>>> [3/3] 立ち向かう者たち
煌々と明るい、しかし蛍光灯に慣れた現代人からすればどこか頼りなく揺らめく灯りに照らされた幕舎の中で、十人ほどの男女が机を囲んでいる。ジュラから南に数十キロ、リヨンを臨むフランス王軍の陣の中央に建てられたものである。その骨組みを覆う布地には、青を基調にした金百合の紋が入っていた。
フルール・ド・リス。
シャルル7世および王族の大半を失った混乱のフランスにあって、今なお王家の紋が掲げられているのは、その陣にかつての救世主ラ・ピュセルが滞在しているからに他ならない。そして同時に、魔物が跋扈する異常事態の中で「正義は王軍にあり」と主張し兵らを鼓舞するための策でもあった。
防柵と兵士らの宿舎によって幾重にも囲まれたその幕舎の最奥、上座に座するのはやや小柄な背丈の男。三白眼気味の大きな目と形の良い鼻。貴公子らしい風貌ではあるものの、どこか捉え所のない雰囲気を纏う彼こそは、当時のフランスの武官の中でも随一の大物である、フランス軍最高司令官アルテュール・ド・リッシュモン大元帥。フランス王家の剣とも言うべき存在である。
「では、此度の騒乱は
リッシュモン大元帥が問う。言葉の先には、この陣へと招聘された復活の聖女、白きラ・ピュセル……ジャンヌ・ダルクの姿があった。
「はい。この異変は、
その証拠に、とジャンヌは言って、傍らに立つ青年と少女を紹介した。
「彼の名はリツカ、そして彼女がマシュ。遠き未来より魔女のもたらした殺戮を止めるべく訪れた、カルデアのプレイヤーたちです」
ジャンヌの発言に応じて、リツカとマシュが頭を下げる。ともに、白地の上着を黒のベルトで止めた格好……カルデア制服を身に着けていた。顔貌、膚の色ともにフランス人からは見慣れぬ彼らだったが、
(見たことのない上等な仕立てに身を包んでいる。素性はともあれ、まず只者ではあるまい.........)
と、幕舎にいることを許された将官たちは無言でそれを見定めた。
「──ラ・ピュセル。貴女の口から突拍子もない言葉が出てくるのも懐かしく思うが……今の言葉に限っては皆目見当がつかない。陰謀とは何のことだ? 未来とは? 突然フランス各地に現れた謎の集団……【プレイヤー】を名乗る者共は、此度の騒動と一体何の関係がある?」
リッシュモンは矢継ぎ早に質問を繰り出した。だが、そこにジャンヌの発言そのものを疑う様子は見せていない。むしろ、その言葉には彼女に教えを請うような響きすらある。
リッシュモン大元帥。彼もまた、かつてジャンヌ・ダルクの旗と共にイングランドと戦った将の一人であり、オルレアン解放に続く『パテーの戦い』ではジャンヌと共闘することでフランスに大勝利の戦果をもたらしていた。ジル・ド・レェ元帥やラ・イール将軍に並ぶ、彼女の支持者なのである。
『ご説明いたしましょう』
だが、彼の質問への答えは虚空から響いてきた。聞き覚えのない、女の声だった。
「何奴ッ!?」
気色ばんだ将官の一人が剣の柄に手をかける。ジャンヌがそれを制止した。
『お初にお目にかかります。【人理継続保証機関カルデア】代表のオルガマリー・アニムスフィアと申します』
虚空の声は続けてそう名乗る。魔術師。その言葉が、場の一同の脳裏に浮かんだ。1431年。未だ神秘の残滓が人々の中に残る時代である。聖女を信じるように、魔女を信じるように、魔術師という力ある存在を彼らはまだ信じていた。
姿無き声は語る。この時代から600年弱を経た未来、西暦2015年に起きた地球規模の災厄。その原因が様々な時代に対する何者かの介入であることを。
その何者かは死者を蘇らせる力を用い、古今東西の英雄たちを呼び起こし操っている。1431年のフランスを襲う魔女ジャンヌもその一人であり、その脅威に対抗するべく聖女ジャンヌが復活した。カルデアもまた、協力者【プレイヤー】を現地に送り込んで事態の調査解決を行っている……
「……にわかには信じがたい話だ」
リッシュモンは傍らの将官に目を向ける。先程剣を抜こうとした男だ。
「貴公はどう考える。ラ・イール将軍殿」
呼ばれた男……ラ・イールも困惑を露わにする。日に焼けた大柄の身体と猛禽の如き面構えが印象的な、屈強な男である。武勇凄まじき歴戦の将たる彼の経験をもってしても、やはり現状は奇怪に過ぎた。将軍は瞑目し、ややあって口を開く。
「──『事の真相』とやらがどうであれ、今このフランスを侵す魔物共、そしてその主犯たるオルレアンの魔女は倒さねばなりますまい。我らフランスの
冷静に──努めて冷静に意見を述べるラ・イールの瞳の奥には、しかしその言葉に反して怒りの炎が燃えている。
1431年当時。囚われのジャンヌ・ダルクを救出すべく軍を動かしていた彼は、しかし目的を果たせずイングランド軍に敗れ、彼女の処刑の日を自身も敵軍の牢獄の中で迎えていた。その後の魔物襲来の混乱に紛れて牢を抜け出した彼は、再びフランスのために剣を執っていたのである。
「最初に竜に喰われたのは、根無し草の傭兵どもでした。次に、守りの薄い集落がオルレアンを中心として次々に襲われていった。辛うじて生き延びた者たちは、今も市壁と薄屋根を心だよりに夜を過ごしている。我らの怒りは、まさに民草の怒りでもありましょう」
「……ふむ」
リッシュモンはひとつ頷いて、一人の官を呼び寄せる。
「ジル・ド・レェ元帥をここに」
「はっ。──拘束は如何致しましょう」
「不要だ」
「ははっ」
足早に幕舎を出て行く官を横目に、リッシュモンはその三白眼でジャンヌを見据えて言う。
「ラ・ピュセル。先の貴女の戦いにおいて……魔女方の巨竜と共に、異装に身を包んだジル・ド・レェ元帥の姿があったという。彼もまた、呼び起こされた者の一人と考えて良いのだろうか?」
「おそらくは。『私』が二人いるように、元帥もまた死後の魂を呼び起こされたのでしょう」
「…………信じよう」
そして、声を落としてもう一度問いかけた。
「────ラ・ピュセル。貴女は……復讐を望んだのか? あの魔女のように?」
「…………わかりません。魔女は自分こそがジャンヌ・ダルクと言う。しかし、私には……復讐しようという意思など考えられないのです」
「……」
ジャンヌの返答。しばらくの間、沈黙が場を包んだ。
その場にいた誰もが、何と言っていいものか分かりかねたからである。
そして数分が過ぎただろうか。束の間の沈黙を破るように、不意に外の空気が幕舎の中へと流れ込んだ。湿った夜気と共に現れたのは、青白い顔つきをした黒髪の騎士。血色の悪い肌とは対象的に、その両眼だけが強い意志を思わせる。
「ジル・ド・レェ、
当時のフランス宮廷を牛耳る文官の長、筆頭侍従官ジョルジュ・ド・ラ・トレムイユ──おそらく、フランスで最もジャンヌ・ダルクを煙たがっていた男──の派閥の有力者でありながら、同時にジャンヌ・ダルクの崇拝者でもあったジル・ド・レェ元帥。敵軍にその姿が見られたことから一時的に自身の幕舎へ軟禁されていた彼が、今再び軍議の場に呼び戻されたのだ。
「……久しいですね、ジル」
ジャンヌの言葉に、ジル・ド・レェは目を見張る。彼女の来訪を、彼はまだ聞かされていなかった。驚きのまま彼は何事か口に出そうとして、果たせず、青ざめた唇だけが魚のようにパクパクと開閉した。ジャンヌは微笑んだ。
「また、目が飛び出しそうになっていますよ」
「──おォ、」
限界まで見開かれた両目から、大粒の涙が水跡を残して
「貴方に会えて嬉しく思います、ジル。けれど再会を祝う前に、私たちは為すべきことを為さねばなりません」
ジル・ド・レェはただ頷き、頷き、涙を拭くこともなく立ち上がる。先ほどとは違う、しっかりとした足取りで用意された空席に向かい、腰を落とした。ガシャリと腰に携えた剣が音を立てる。ラ・イールが苦笑し、机の地図をバァンと大きく叩いた。
「これで役者が揃ったというわけだ! 神の
ことさら野太い大声を張り上げる将軍に、場の将官たちから笑いが漏れる。空気が変わった。リッシュモンはすかさず、カルデアの使いを名乗る男女と、その背後の虚空に目をやり言った。
「カルデアの人々よ。貴方がたにも我らの作戦へご協力いただきたい」
若い男女はやや緊張した面持ちで頷き、そのまま軍議が始まった。
ジャンヌ・ダルクの処刑に始まる異常事態。国王シャルル7世を失うという失態と敗戦の苦渋を舐めてきた軍人たちの胸にも、自然と反撃の時は近いという思いが強まりゆくのであった。
◆◇◆
それから一時間ほどを経て。幕舎の中から二人の人影が現れる。
「ああ、本当緊張しちゃったなー……」
「お疲れ様です、先輩」
言葉を交わし合う男女は、カルデアのリツカとマシュ。カルデアの名代として出席させられた会議は、これまでの人生を一般人として過ごしてきたリツカにとってなかなかに心労を伴うものだった。
「おう、戻ったな坊主」
自身に割り当てられた宿舎へ向かう二人を、その玄関の横に立つ男が出迎える。背を壁に預ける楽そうな姿勢でありながら、きっと油断など微塵もしていないのだろう。男の名前はクー・フーリン。成り行きでリツカに同行している、彼の友人によって召喚されたサーヴァントである。
「ありがとう、待っててくれたんだ」
「いや、礼には及ばねぇよ。マスターに状況報告するついでだ。それもちょうど終わったところだったしな」
どうやら、今の今まで彼はマスターであるリツカの友人と会話をしていたらしい。
……友人は未だ戻らない。死に戻りさえすればすぐにも前線へ復帰できるだろうに、なぜか自分からそうしようとはしないのだった。
「『シナリオが刺さるから』ってマスターは言ってたぜ。何のことかは知らんがね」
「クー・フーリンはそれでいいのか?」
何の気なしに尋ねてみる。魔術師はニヤリと笑った。
「もちろん、良いとも。凡人以下の腕前で剣振り回させとくより余程有用ってもんだろう?」
「……有用?」
「そうさね。アンタらカルデアのプレイヤーがオルレアンに来てるだけでも1万以上いる中で、うちのマスターただ一人だけがオルレアンの牢獄に放り込まれたままでいる。その希少性だけでも、十分すぎるほどに価値があって役に立つっていうもんだ」
東洋風に言うなら『奇貨居くべし』って奴だよな、とクー・フーリンは言う。なぜケルトの英雄が古代中国の
「ま、一応実益もある。敵さんにいつどんな情報を垂れ流したかを把握しておけば、それなりに対応ができるからな。年経た竜ならともかく、ワイバーンってのは大して頭の良い生き物じゃない。襲撃があることが分かっているなら……そうだな。飯の時間をずらすとか、戦いやすい場所で待ち受けるとか。それだけでも随分違うもんさ。なまじうちのマスターが話す情報が正しいだけに、敵さんとしても敢えて無視することは難しいって寸法だな」
……なるほど、とリツカは思う。言われてみれば、確かにワイバーンの襲撃は自分たちがサーヴァントたちやドクターとの会話に花を咲かせているタイミングで始まることが多かった。邪魔だ邪魔だとは思っていたけれど、逆に言えば会話をやめればすぐに対応できる状況だったとも言える。その裏ではそんな働きがあったのか。
「マスターはもう令呪を使っちまったしな。しばらくは思うようにさせてやってくれ。オレも単独行動は慣れてるし、相応の働きはするからよ」
「うん。頼りにさせてもらうよ」
リツカは頷いた。自分たちとはまた違う主従関係だが、それなりに仲良くやっているようなのでなんとなく安心したのだった。
(……?)
と、そこでクー・フーリンに何か違和感を覚え、リツカは目の前の魔術師の顔を怪訝そうな顔で見つめる。何故か、彼の顔が誰かに似ている気がしたのだ。
「先輩?」
マシュが声をかけた。ああ、うん、と生返事を返したところで、その既視感の正体に思い至る。
「……あ、わかった。リッシュモン大元帥だ」
先程まで場を共にしていた大貴族の顔つきに、どこか彼の顔貌を思わせるところがあった。
なるほど、とスッキリした心持ちで隣を見れば、そこにはどこか不満げな表情のマシュの顔がある。赤みを帯びたほっぺたが軽く膨らんでいた。突然上の空になり勝手に自己解決したのがお気に召さなかったらしい。リツカが今の気づきを二人に話すと、クー・フーリンは訳知り顔で頷いた。
「ああ。そりゃあ、アレだ。あの殿さんに俺と同じケルトの血が流れてるんだろう。百年もゴタゴタが続けば、国の間で血が混じりもする」
「そうなんですか? むむ、勉強不足だったようです……」
「しかし、
そう言って、クー・フーリンは宿舎の中へと消えていく。マリーさん……マリー・アントワネット王妃とアマデウスも中にいるはずだが、特に物音はしない。もう眠ってしまったのだろうか。
そんなことを思いながらクー・フーリンを見送るリツカの背に、ひたりと冷たい何かが触れた。
「うぁっ!?」
リツカは思わず飛び上がった。マシュと二人、息を合わせたように振り返る。
「ああ、
「……清姫」
「
予想に違わず、振り向いた先にいたのはリツカのもう一人のサーヴァント清姫だった。ほら、と言いながらリツカの手を取った彼女の指先は、さっきの冷え切ったそれとは違い、まるでカイロでも使ったような熱を帯びている。
リツカは内心コメントに困り、とりあえず、なんとなくその手を強く握り返してみた。
「あぁっ! そんなに強く求められたら、わたくし……!」
「せ、先輩!?」
清姫の声のオクターブが一つ跳ね上がる。握り合わせた指が途端にボウ、と熱を孕んだ。マシュは自分の両手を見つめ、激しく
「ああっ」
「清姫さん、先輩を困らせてはいけませんよ?」
マシュは穏やかな口調で彼女を引き離してたしなめ、清姫も名残惜しそうにその手を引っ込める。
「……」
その様子を見ながら、リツカは二人の関係の変化を思う。
最初、清姫に連れ去られた自分を追ってきた時のマシュは、それはもう見たこともない取り乱し様だった。勿論その乱心ぶりは友人とクー・フーリンが仕掛けた【魅了】のルーンに因るところが大きいのだろうけど、後に友人に聞いたところでは知らせを受けた瞬間のマシュもやはり相当に狼狽したのだという。
実際、追いついたマシュは清姫相手に実力行使で挑みかかった。清姫も普通に応戦する気満々だったし、今にして思えば、こうして丸く収まったのが奇跡のような結果だろう。
(……それが、今では)
リツカの目の前で愛情とか淑女の
『先輩の身をお守りすることについては誰にも譲る気はありませんが……やはり、戦力的に言ってわたしが攻め手に欠けるのは事実ですから。バーサーカークラスの清姫さんなら、その欠点を補えます。価値観を全て共有できるわけではないですが、先輩を大切に思っているのは間違いないですし。一緒に、先輩のご活躍を支えようということになったんですよ』
そう言って、清姫と二人して笑う。
その笑みは、きっと混じり気のない純粋なもので。だから、リツカは深く追求することをしなかった。
どのみち、今は目の前に立ち向かうべき敵がいるのだ。
オルガマリー所長やドクター・ロマンは勝てる戦いだと激励する。
フランス軍の人たちも、大いに戦意を見せていた。今頃は幕舎に残ったジャンヌを前にお酒でも酌み交わしているのだろう。
……それでも、やはりあのファヴニールの威容を思えば不安が残る。
『竜殺しを探しなさい。戦いで傷ついた彼はリヨンに身を潜めている』
軍に合流する前の晩。生放送の少し後でリツカたちを襲撃してきたサーヴァントは、戦いに敗れた後そう言い残して消滅した。
聖女マルタ。
特異点の破壊に寄与するサーヴァントの多くは、魔女の持つ聖杯の力でその理性を狂わされているのだという。それでも彼女は強い意志で抗い、ファヴニールを倒すための切り札を残してくれた。その気持ちには、なんとかして報いなければならないと思っていた。
「……リヨンへ」
明日、フランス軍によるリヨンへの本格的な攻撃が始まる。一刻も早く街を支配するサーヴァントを撃退し、竜殺しを救い出さなければならない。
深い闇を透かすように、リツカの視線は彼方のリヨンを見据えていた。
10月末に没ったのが、この時点でのカルデアサイドの裏話でした。
ライネス&ディルムッドのその後とか、オルガマリーが「神秘の秘匿? 国中にワイバーンと
オルレアン編が終わった辺りで適当に改稿し、幕間にでもする予定です。