FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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1-13(前)

>>>> [0/4] インターミッション

 

 クー・フーリン語りて曰く。

 

 一、『FGO』のメインシナリオは、7つの特異点(ステージ)を巡る戦いである。

 ニ、各特異点の修復(クリア)条件は、異変の元凶である【聖杯】の回収を以て達成される。

 三、敗北条件は特異点の修復失敗、または事態の完全解決前に2017年1月1日を迎えること。

 

 ……なるほどなー。それで、なんで俺はそれをお前から聞いてるの?

 

『アンタ、ずっと牢屋に閉じこもってるからカルデアに招集できないって魔術師の嬢ちゃんが困ってたからよ。代わりにオレから事情を伝えとくって申し出たのさ』

 

 ああ、そうなんだ。

 以前オルガが言ってた、レイシフト適性持ちとやらを対象にした説明会の話かな。情報公開対象を絞ったのは敗北条件が含まれるから? タイムリミットがあるなんてのは初めて聞く話だ。

 それに、このフランスと同じ規模の特異点が後6つあるってのは実際相当なボリュームだろう。今ちょうど8月下旬に差し掛かったとこだから、あと1年4ヶ月くらい? 1特異点あたり2ヶ月ちょいのペースで攻略できれば間に合うって話になるが……

 

『ちなみに次の特異点はもう特定されてるらしいぜ。1世紀のローマ帝国だ』

 

「クソ制作氏ねバーカ!」

 

 俺は臆面もなく叫んだ。牢番ワイバーンが何事かとばかりに俺を見るので中指を立ててやる。

 ローマ帝国って言ったら、あの、アレだろ? だいたいヨーロッパじゃねぇか。同じようなノリでアフリカ大陸編とか北アメリカ大陸編とかお出しされたら、そんなんフィールド歩いてるだけでタイムリミットまっしぐらだわ!

 

『オレはむしろ例外的な規模と見るがね。ま、そういう先々のことも考えて、カルデアはさっさと攻略を進めたいみたいだぜ』

 

「……やっぱり、俺は戻ったほうがいいってか?」

 

『んなこと気にする必要ねェよ。単独行動なら慣れてる。こっちは適当にやっとくから、アンタはアンタで楽しむといい。折角の"ゲーム"なんだしな』

 

 ……お前、意外に気配りのできる奴だったのね。

 じゃあお言葉に甘えさせてもらうけど。……あ、そういえば俺ってときどき尋問されてるんだけど、もしさっきの話とか聞かれても秘密にしといた方がいいのかな?

 

『……いや? 別にいいんじゃねえの? アンタにゃまだ一番ヤバイ話はしてねェし』

 

 クー・フーリンは悪びれもせずにそう言った。

 ……お前、マジで気配りの達人だな。NPCの心遣いで泣きたくなるわ。俺だけ情報フィルタリング掛けられてるってどういうことなの。俺は携帯持ったばっかの子どもかよ。そしてお前は俺のお母さんかよ。ちょっと過保護すぎじゃない?

 

『知ったら多分、今ほどこのゲームを楽しめなくなるぜ。それで良いなら教えてやるがね』

 

 あ、じゃあいいです。あんまり運営会社(カルデア)の黒い裏話とか聞きたくないし。

 

『ま、本当に必要になったら伝えるさ。オレの見るところじゃ、アンタが自分で辿り着くほうがきっと早いだろうがな……』

 

 クー・フーリンは小さく笑いながら意味深なことを言う。

 変なフラグを立てられるのは嫌だったので、俺は早々に会話を打ち切った。

 

 

 

>>>> [1/4] その夜、怪談。

 

 

『──この特異点において、運営(カルデア)が用意したプレイヤーの初期地点が北東のヴォークルール、南東のマルセイユ、南西のボルドーの3つしかないことを疑問に思ったことはないだろうか?

 北西部……キーキャラクターであるジャンヌ・ダルクが処刑された都市ルーアンを含むブルターニュ地域一帯が、シナリオに関わる気配がないのは何故なのかと。

 

 人間は合理性の生き物だ。不思議や不合理があれば、そこに理由を求める。我々検証班などはその最たるものだが……そう、これは私の知り合いのプレイヤーの話だよ。

 

 彼は──そうだな、名前を仮に【アドル】とでもしておこう──検証勢にしては珍しく戦闘力のある彼は、特異点攻略開始から程なくして、フランス北西地域を目指して旅立った。押し寄せる魔物たちを時に蹴散らし、時に避け、とうとう大西洋を臨むフランス西岸シザン岬へと辿り着く。

 

 そこには、小さな漁村があったそうだ。

 濃い霧に囲まれ、遠目に建ち並ぶ家々も白く霞んで見える集落だったという。

 日も落ちかけていたのでアドルはその村で一夜の宿を借り、海に面した部屋のベッドで眠りに就こうとした。だが、寂れた村だからだろうか。あまりに周囲が静かなのでなかなか眠ることが出来ず、しばらくベッドの上で目を閉じてじっとしていたそうだ。

 

 ……そのまま、何時間が過ぎただろうか。ふと、部屋の窓を叩く音がした。

 さては魔物かと手元の武器を引き寄せて窓を開けば、昼間の霧は嘘のように晴れ渡り、暗い海を照らすように大きな満月が冴え冴えと青い光を放っていた。……そんなにも月が綺麗な夜を、アドルは初めて見たという。

 そして、気づく。何者かに叩かれたはずの窓の先には、足跡一つ無い無人の浜辺が広がっているだけだということに。

 アドルは気味が悪くなり……音の正体を確かめようと、窓からこっそり外に出た。そして海に向かって歩いていくと、そこに、小さな船があったという。

 

「乗れ」

 

 次の瞬間、耳元で、低い声がそう囁いた──』

 

 

『ピャアアァッ!!!!』

 

「うるせぇ!?」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 クッソ甲高い鳴き声を脳髄へダイレクトに叩き込まれて、俺は思わず怒りの声を上げていた。

 

 夜も更けに更け、もはや明け方も近いこの時間。現在開催されているのは、知人プレイヤー有志による怪談の集い。その名も【本当にあった怖い話 in FGO】だ。パーティチャット機能を援用したこの会合では、参加者同士が事前にパーティ申請を済ませた上で、毎回決められたテーマに沿った実話怪談を一ネタずつ持ち寄ることになっている。今回のテーマは『オルレアンであった怖い話』。新エリア攻略も進みつつある今が旬のテーマと言えるだろう。

 そして今日紹介されたのは、「夜中に青銅のヴィーナス像を地面に埋めている謎のNPC集団」「ある墓地のそばを通過すると声が出なくなる怪現象」「フランスで無人の荒野を歩いていると、突然矢の雨が振ってきてハリネズミにされる話」等々……

 

 戦争中の時代だからか、やたら物騒なネタのオンパレードであった。

 

 ちなみに今話しているのはカネさんね。鳴き声を上げたのは……いや、これもうオクターブ跳ね上がりすぎて元の声が誰だか分かんねぇな。

 幻想ホラーな雰囲気を悲鳴で吹っ飛ばされたカネさんは軽く咳払いして、再び話を続けた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

『続きを話していいか? 続けるぞ。

 

 ……アドルは言われるままに船を海へと押し出し、(かい)を漕いだ。姿無き声が恐ろしかったのもあるが、なにより、暗い海面にぼんやりと映る月の光が水底の灯火のように見えて奇妙に心を惹かれたのだという。

 

 静かな海にぎぃ、ぎぃ、と櫂が鳴る。誰も乗っていないはずの舟はなぜか海面ギリギリまで沈み込み、しかし船足は妙に軽い。滑るように進んでいく舟は、やがて小さな島にたどり着いた。ゆっくり、岩場を抜けた先にある洞窟の中へと入り込んでいく。

 ……突然。不意に舟が止まり、動かなくなった。アドルは驚く。

 そこで、先程の低い声が再び響いたそうだ。

 

「【■■■ ■■】……【■■■■■ ■■■■】……【■■■ ■■■■】……」

 

 声が読み上げるのは、なぜか日本語。それも、日本人の名前ばかりだったという。

 アドルにとっては知らない名前だ。だが、海辺の洞窟の奥へと続く深い闇の底から抑揚のない声で読み上げられ続ける人名は、聞く者の背筋を無性にゾクゾクと泡立たせる不気味さがあった。

 

 舟は動かず、逃げることは出来ない。

 そのまま数分も聞いていただろうか。ふと声が止んだ。

 おや、と思って洞窟の奥を見やった瞬間。

 

 ……ヒヤリとした手の感触が、彼の顔面を掴んだという。

 

 その手はぐっしょりと濡れていて、塩っぽさのある湿り気をアドルに擦り付けた。

 

「【■■■■ ■■■■】──本日のお客様は、この方々です」

 

 その声を聞いた瞬間、アドルは(これ以上ここに居てはいけない)と、そう強く思った。

 一刻も早く離れなければ。アドルは、櫂を両手に掴んで力の限り元来た方へと漕ぎやった。先ほどとは違い、舟の櫂は嘘のように重い。波もない洞窟の中なのに、舟がやたらに揺れて振り落とされそうになる。

 まるで今まで舟を沈み込ませていた「ナニカ」が、舟の上を暴れ回っているように。

 

「【瞬間強化】ッ! 【瞬間強化】ッ! 【瞬間強化】ッ!」

 

 スキルのCT(チャージタイム)を待つ暇も惜しく、怒鳴り散らすように叫びながら逃げ帰ってきたそうだ。

 

 そして元の海岸に辿りつくと、夜の月明かりの中を走り、走り、走ってその村を逃げ出して、最後には偶然出くわしたワイバーンに喰われて死んだという。

 

「あれほどワイバーンに会ってホッとしたのは初めてだ」

 

 彼は私に、そう言っていたよ。

 

 ……ああ、島の声が最後に何と言ったのかって?

 

 ────アドル氏の、現実の本名さ。ゲーム中では誰にも知らせたことがなかったそうだ。

 

 きっとあの舟には、名前を呼ばれた人間たちの魂が乗っていたのだろうね。アドルは魂の運び屋に選ばれたというわけだ。もしそのまま島にとどまっていたなら……一体どうなっていたことか。

 

 運営があえて注目させようとしなかった特異点の未踏地区。そこにこそ、未だゲームに落とし込まれていない本当の恐怖が残されているのかもしれないな……』

 

 

 ◆◇◆

 

 

『ふぅー、少し長くなってしまったな。ご清聴感謝する』

 

『乙ー。面白かったよ』

 

『えぇ、ちょっと地味すぎない? 個人的にはもう少しパンチが欲しかったなあ』

 

「そこはホラ、実話怪談ってそういう尻切れトンボ感を楽しむみたいなとこあるし……」

 

『だったら月刊ムーみたいなオチやめろよ! ホラーとオカルトは別ジャンルだろ!?』

 

 長広舌を終えてお疲れ気味のカネさんを横に、我々会員達は彼女の話の品評を口々に述べていく。

 

『……いや待って。まず今の話って有名な都市伝説のパクリやん』

 

 おっと。空気を読めない品評マンがいたようだな?

 

『パクリ?』

 

『ほら、【NNN臨時放送】って……聞いたことない? 放送終了後のテレビ見てたら突然ゴミ捨て場の映像をバックに大量の名前が流れ出して、最後に「明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい」って言って消えるやつ』

 

『あー、聞いたことあるかも』

 

『……あの、放送終了って何ですか?』

 

『えっ』

 

『えっ?』

 

 ……コホン。データ放送ネイティブと思しきプレイヤーの発言に混沌とする場を横に、俺はカネさんに呼びかける。

 言われてみれば、テレビ番組が島になっただけで構成はほぼ同じだよな。その辺どうなんですかね、誤軍師殿?

 

『っ……た、確かにそのネタは私も知っていたが! そしてちょっぴり話を盛ったのも事実だが! 基本的にはアドル本人に聞いたままの実話だぞ! というかパクるならパクるで、もう少し分からないように改変するに決まっているだろう!』

 

 ガオー、とカネさんは吠えた。ま、そりゃそうだ。ゲームの中でまで怪談やろうなんて物好きなら、大概押さえてそうなネタである。俺だって聞いたことくらいはあったわけだしな。

 

『フランスの土地で日本人の名前を呼ばれるっていうのもなあ。どうせだったら百年戦争で死んだ亡霊たちとかの方が怖かったと思うんだけど』

 

『そもそもその島は何なんだ? 魂を運び込ませてどうしようというのか』

 

『設定から謎すぎるよね』

 

 そうだよなあ。島、謎の島……

 

 

(────【イース】、ではないでしょうか?)

 

 

 そのとき。そんな囁きが、どこかで聞こえた気がした。

 ん、イース? イースってなんだ? チャットを見れば、そっちでもイースの名前が上がっているようだ。タイミングの良いことだが……

 

 ……。

 ……。

 

 ……続きが来ねぇ。おい発言者、話すなら話すでちゃんと最後まで話せよ。

 

『お前が話すんだよこのリハク野郎!』

 

「え、俺!?」

 

『お前以外に誰が話すんだすぎる……』

 

「みんなちょっと冷たくない? 傷つくんですけどー」

 

 突然みんなに責められた俺は、何か失言したっけとログを漁る。……失言はなかった。だが、確かにチャットの中で【イース】の名前を出していたのは俺だった。

 えー。俺、そんなこと言ったかなあ? 全く記憶にねぇよ。これが無意識ってやつなのか?

 

「イースってのはさぁ」

 

 あ、でも頭の中にふわっとイースの知識が浮かんできたぞ。どこかで聞いたことがあったのかもしれねえな。俺の封印された記憶が今蘇るって寸法だ。さっきの内なる声は、その前フリだったに違いねぇ。まさかこんなダベリが覚醒イベントだったとは、この俺の目をもってしても見抜けなかったわい。

 

「イースってのは、昔フランスのあたりに伝わってた伝説の海の都でさ。

 大洪水に巻き込まれて、【ダユー】っていう浪費家のお姫様と一緒に海の底に沈んだんだけど、海底で今も地上と同じ姿のまま存続してるとかいう話でな。死後の世界とか、常若の国……理想郷みたいな扱いを受けたりもする。

 死人の魂の行き先としちゃ、まあ妥当なんじゃねぇのかな」

 

『へぇー』

 

『……君が知っているとは意外だったな』

 

 カネさんが俺にそう言った。向こうは最初からこの推論に辿り着いていたらしい。

 

『もしアドル氏がそのまま島に留まっていたら、イースの住人になれたのかもしれないな。

 ……まあ、舟に乗っていたらしい魂たちはともかく、まだ生きているアドル氏の名前が呼ばれたっていうのは少しばかり不可解だがね』

 

 …………まだ生きている? 彼女のその言葉に、何か疑問を覚えたような気が──

 

『じゃ、次は……あ、またまたリハク先生の番じゃないですかぁ』

 

 ──俺?

 呼びかけに思考を中断された俺は、何を話そうとしていたか温めていたネタを思い出す。

 意識を逸らした一瞬に、覚えたはずの疑問は霧散した。いかん、集中力が乱れている。こういう話をするときは没入感が大事だからな。余計なことを考えてる余裕なんてありゃしない。

 

「オッケー。じゃあ、取っておきのネタを出しちゃうぜ。題して、【廃村の瓦礫の量を数えると、破壊された建物から推測される瓦礫量よりも遥かに多い件】」

 

 手元資料として廃村のスクショ画像を送信しながら話し始めようとした。

 そのとき。

 

 ギギギ、と頭上で重いものが軋むような音がした。次いで、暗い牢屋の奥、長く続く石造りの廊下の先から徐々に光が漏れ込んでくる。地下牢の入り口が開いたのだろう。

 ……こんな時間に珍しい。どうやら見回りが来たみたいだな。

 

「あー、すまない。牢屋に誰か来たっぽい。今の話はまたの機会にさせてもらうわ」

 

『しゃあなしやね』

 

『次回の開催日決まったら連絡するねー』

 

『では、折角なので私が代わりに彼の送ってくれた写真を使って話をするとしよう。タイトルは、そうだな。彼を踏襲して【廃墟の探索をしていると、どんなに警戒していても死者(アンデッド)から奇襲される件】とでもしておこうかな』

 

 監視の来訪に備えてチャットを辞する俺を放って、奴らは次の話題を弾ませる。俺の跡を引き継いだのはカナメ氏だ。お前、こんなところで油売ってていいのかよ。

 

 

 

>>>> [2/4] 別れの言葉

 

 

 カツンカツンと響く硬い足音が、冷たい石床を伝って近づいてくる。

 

 この足音は仮面女のものだ。

 いつまでも仮面女って呼ぶのもどうかと思ったので名前を聞いたところ【カーミラ】だと言っていたが、それをチャットで話したところ、リーク相手のオルガはなぜだか否定的だった。曰く、サーヴァントというのは一般的に自分の名前を積極的に明かさないものらしい。弱点を突かれないように、との理由らしいが。

 

 ……その割には堂々名乗ってるのもいましたけど、その辺どう思ってるんですかねぇ。

 まあ、アキレウスのアキレス腱じゃあるまいし、普通の人間英雄にとっては弱点も何もないのだろう。肉体的に逸脱した存在でもない限り、白木の杭で心臓を貫かれたら普通に死ぬし、唾を塗りつけた矢で眉間を射抜かれてもやっぱり死ぬ。人間は(もろ)い。だからあまりいじめるな……。

 

(……十歩!)

 

 と、足音が牢から十歩のところまで来たので俺はそっちを振り向いた。青白い顔と目元を隠す仮面が薄闇に浮かぶ。大正解だ。

 

「尋問よ。さっさと出なさい」

 

 そう言って、カーミラはガチャリと牢の扉を開けた。今日は何を話してやろうか。さっきのイースの話でも振ってみるかね? 頭のなかで構成を組み立てつつ俺はぬるりと牢の外に出る。やはりヨーロッパネタや医学ネタは奴らの受けが良いのである。

 囚人の身分である俺だが、手枷足枷の類はない。そんな物があろうがなかろうが、サーヴァントの圧倒的身体能力の前じゃ大きな違いはないからだ。尋問にはいまいちやる気の見えないカーミラ&サンソンペアではあるが、最低限の仕事だけはきっちりやっている。根が真面目なタイプなのかしらん。

 

 ──彼ら二人は、互いの『待ち人』の訪れをこのオルレアンで待っているのだという。

 

 俺が積極的に殺されずにいるのは、俺の伝える胡乱な情報群の中にその待ち人とやらの所在が含まれているからという理由もあるらしかった。サンソンの姿はここ数日見てないが、案外もう待ち人に会う算段がついたのかもな。

 

「……あれ? 曲がるところ違くないです?」

 

「黙って歩きなさい」

 

 いつもの拷問室へ向かう途中、カーミラは一度も通ったことのない道に通じる角を曲がった。そして更にひとつ、ふたつと突き当りの角を曲がり、階段を登れば、とたんに豪華な内装が見えてくる。我が物顔にうろついているワイバーンさえいなければ、立派に貴族の邸宅という感じ。

 

 俺を先導するカーミラは鬱陶しげにワイバーンを躱して歩き、後ろの俺も気まぐれ的に齧られないよう心もち足音を殺して彼女に続く。そしてまたしばらく進むと、やがて大きな扉に行き着いた。背後に立つ俺を振り返りもせず、彼女は言う。

 

「ひとつだけ忠告、いつもの無駄口は控えなさいね。いまさら死にたくはないでしょう?」

 

「そりゃ、まあ」

 

 ご忠告どうも。

 開け放たれた扉の奥には、巨大な机に広げられた地図らしき紙。その傍らに立つ、見覚えのある二人……いや、三人のサーヴァント。魔女ジャンヌとジル・ド・レェ。そして壁際に立つシュヴァリエ・デオンさんの姿があった。

 

「連れてきたわよ」

 

「そう。では、そこに置いて退出なさい」

 

「……」

 

 カーミラは俺をその部屋に残し、無言で退出しようとする。それを、再び魔女が呼び止めた。

 

「ああ、いえ。待ちなさい。貴女には出撃を命じようと思っていたのでした」

 

「……出撃?」

 

 カーミラの声が、剣呑な響きを帯びている。

 

「そう。ヴラドIII世を屠ったゲオルギウスが、プレイヤーを率いてオルレアンに迫っています。貴女はその足止めに向かいなさい」

 

「……あの護国の槍が敵わなかったサーヴァントを相手に、私一人で戦えと?」

 

「ワイバーンは好きなだけ連れて行って構いません。敵の殺害も期待しません。貴女に期待するのは、敵軍のオルレアンへの到達を遅滞させる時間稼ぎ……それだけです」

 

「……」

 

「悪い話ではありません。だってそうでしょう? その一行には、貴女が待ちわびてならない【エリザベート・バートリー】が同行しているそうですから」

 

 悪い話ではない、と言いながらも魔女は邪悪に笑う。エリちゃんがプレイヤー集団に同行してるってのは俺が流した情報だ。間違いなく事実ではあるが……そいつは要するに、サーヴァント二人を相手しろって話だろ? しかも一方はサーヴァントとタイマンで勝てる聖騎士だ。その命令は、カーミラへ死にに行けと言っているのに等しい。

 

「……わかったわ。準備ができたら出撃します」

 

 だが、カーミラは迷うこともなく頷いた。最後にちらりと俺を見る。あ、これもう会えねぇやつだ。離別イベントの気配を察した俺が惜別の言葉を贈ろうかと思った矢先、

 

「彼の帰りの心配は不要です」

 

「そう?」

 

 魔女がそう言ったので、カーミラはそのまま退出していった。その場に残された俺の口の中で、音にならなかった言葉を紡ごうとした舌が空回る。

 

 その、なんだ。短い付き合いだったが、お達者で。

 

 ──次に彼女の姿を見るのは、動画の中になるんだろうな。

 

 おそらくそれは、南西から攻め上がるプレイヤー共によって撮影されるサーヴァント討伐動画だ。そう、ヴラドIII世と同じように……。

 

 俺はヴラドIII世を知らないから以前の動画には特に思うところもなかったが、敵にだってこうして人格みたいなものも個別の事情だってあるわけで。たぶん彼女の撃破動画を見た俺は、素直に敵の消滅を喜ぶというわけにはいかないんだろう。それは仕方のないことだ。それに、エリザベート・バートリー。さっきの話からするにカーミラの『待ち人』の正体は彼女だったんだろうが、結局その間にある因縁だって俺が知ることはなかった。

 

 ゲームを進め様々なイベントを発生させていくほどに、それと同じくらい様々なイベントたちが取りこぼされていく。オンラインゲームにリセットボタンはないし、時が戻ることも(滅多に)ない。

 だから、VRMMOのプレイヤーは誰しもゲーム体験をよりリアルに感じようとするのと同時に、どこかで「これはゲームなんだ」と線引きすることを要求される。それが出来ないやつはこのゲームに向いてないし、続かない。逆に言えば今残っているプレイヤー共っていうのは、そういう割り切りを一年半近くに渡って続けてきた連中でもあるわけで……。

 

「では、ジャンヌ。私は魔物らへの指示がありますので、これで失礼しますぞ」

 

 そんなことを考えながらぼうっとしている俺の横を、ジル・ド・レェの暗いローブが通り過ぎていく。一拍遅れて、ローブに染み込んでいたらしい鉄みたいな血の臭気が鼻をついた。その姿を無意識に追って振り返った俺の鼻先で、元来た大扉が硬い音を立てて閉められた。

 

 俺は緩慢に顔を振り戻して魔女を見る。何が不機嫌なのか、魔女は俺を強く睨みつけていた。壁の花と化したデオンさんは無表情を崩さない。

 

 ……。気まずい雰囲気だ。

 

 緊張に耐えかねた俺は、部屋の雰囲気を和ませるべく商人的(ビジネスライク)にヘラリと笑った。「変なことを言うと殺される」。カーミラ、俺はアンタの忠告をちゃんと覚えてるぜ。だから、さっと両手を胸の前に出し、揉むように握り合わせることで己の無害さをアピールすることも忘れない。へらへら。もみもみ。口を開く。

 

「へへっ。それで、この俺に何の御用で……?」

 

「……」

 

 完璧な人畜無害ぶりを発揮した俺に、魔女サマはただ虫を見るような視線をくれたのだった。

 




 連続更新はあと2回です。
 更新一回分を割くほどの内容じゃないけど、わいはイースの話がしたかったんや……。

◆イース
 海賊公女ダユーが支配する伝説の都。イースの大いなる種族(クトゥルフ神話)とは特に関係ない。『FGO』はゲームの皮を被った現実(過去)なので、その時代に起きてたオカルト現象は特異点要素と無関係に襲ってきたり。
 プレイヤー【アドル】は『Ys(イース)』シリーズの主人公から。たぶん赤毛キャラ。

◆シュヴァリエ・デオン:
 バーサーク・セイバー。主人公から見ると割とまともっぽく見えますが、きっちり狂化は受けています。本格的な出番は次回から。本作オルレアン編に登場するキャラクターの中でも、たぶん一番狂ってる……。

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