FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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──重要なのは正しさではない。王が面白がるかどうかだ。
    (引用元:【不夜城のキャスター】マテリアル)


1-13(中)

>>>> [3/4] 虚構推理-騙り部(かたりべ)のキャスター ①

 

 牢屋から呼び出された先に待っていたのは、魔女たちが控える謎の部屋だった。

 

 奥の壁には魔女の竜旗が掲げられ、部屋のあちらこちらに大量の紙の山が積み上げられている。中央に据えられた大机には巨大な地図が広げられていて、その精密さが俺の目を惹いた。

 地図上に置かれた大小様々な石片は赤青2色に塗り分けられていて、地図上のインクと合わせて奇妙な模様を形作っている。中央部から伸びるように青い石が多くあり、逆に赤い石は地図の端側三方から中央に向かって伸びつつあった。

 

 ……そこまで見れば、俺にだってこの場所の正体はわかる。ここは軍議室的な部屋なんだろう。

 

 地図上の青が魔女率いる竜の軍。赤は俺たちプレイヤーを含めた反抗勢力ということか。無表情で直立不動の姿勢を保つデオンさんはさておき、魔女ジャンヌの方はどうにも苛立っているように見受けられる。なるほど、我らがプレイヤー軍は意外と彼らの手を焼かせているらしい。中々やるじゃない。特に戦線へ貢献していない俺はそんな感想を心のなかで呟いた。

 

 というか、まあ。地図を見る限り、最も彼らに面倒を強いているのはプレイヤーの散らばり具合なんだろう。

 さっきの地図と小石の配置、どっかで見たと思ったらあれだ。K○EIの歴史シミュレーションとかで時々起こる、天下統一まであとちょっとというタイミングで四方から異民族に攻め込まれたときみたいな状況だ。戦力はともかく多方面戦線を強いられるのでひたすらに面倒くさい。かと言って適当に対応すると普通に返り討ちにされるので、嫌がらせ特化みたいな連中だ。つまりWe Are 蛮族。We Are 異民族。……その通りすぎて返す言葉もありゃしねえ。

 

 で、まあ。そんな戦況下で俺が呼び出される理由が何かと言えば。

 

「ヴラドIII世と聖女マルタが敗れ、リヨンが陥落の危機にある。アサシンとバーサーカーを差し向けはしましたが、そう長くは保たないでしょう。……侮っているつもりはなかったのですけれど、ええ。あなた達は、実に奮闘したと言えるのでしょうね。

 ──しかし。

 なぜ、フランス人でもないあなた達は、こんな国を救うために戦おうというのです?」

 

 それは、尋問か、あるいは交渉だ。

 今更言うのも何だけど、これ、俺一人でこなしちゃって良いイベントなのかしら? 俺はカルデアの気配を探る。特に何も無いようだ。全権委任かな? やったね! 一応のログ代わりにと動画を撮影しながら、俺は率直なる意見を述べた。

 

「まあ、それが運営(カルデア)の意向だからな。仕方ないね」

 

 魔女は傍らの椅子の背を引いて腰掛ける。あ、俺も座っていいです? 駄目? あ、はい。そうですか。じゃあ立ってますけども。

 

「……21世紀人、と言いましたね。なるほど。確かにフランスが滅びるか否かがジルの言うとおり人理定礎とやらであるならば、未来に生きるあなた達にとっても決死の戦いと言うべきものですか──」

 

 ジンリテイソ?

 突然、聞き覚えのない言葉が出てきたな。やっぱこれ今起こしちゃ駄目なイベントなのでは……? しかし逡巡する俺を待つほど状況はヌルくなかった。魔女が言う。

 

「こうして呼び出したのは、他でもありません。あなたの情報は正確であり、虚言はなかった。その一点においてのみ私はあなたを評価する。例えそれが、二重スパイの真似事であったとしても」

 

 しゃりん、と涼やかな音が響いて彼女の腰の剣が引き抜かれた。

 魔女はその剣先を俺に突きつける。

 

「あなたはプレイヤーの情報を我らに伝え、同時に我らの情報をプレイヤーたちへと差し出してきた。それ自体は戦場の常、別にどうということはありません。しかし、それももう終わりです。あなたの尋問に割く人員は既になく、戦局は私とファヴニールが自ら各地の抵抗者たちを潰して回らねばならぬ状況となった。だから、最後に──」

 

 剣を持つ魔女の右手に嵌められた篭手から、赤黒い炎がジワリと滲み出す。それは剣の柄を伝い、刃先へ伸び、彼女の剣全体を覆い尽くした。

 

(ナラク・ファイア……!)

 

 俺は戦慄する。あれは、古事記とかに記されているらしい不浄の炎だ。アニメで見た……!

 

「──最後に我が憎悪をその身に浴びて、獄炎に焼かれる苦しみを同胞に伝えなさいッ!」

 

 咄嗟に壁際のデオンさんを見やる。が、止める気配ゼロっ……! 孤立無援っ……! 

 

「我が憎しみ、我が恨み、思い知ってもらいましょうか。──『これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……』」

 

 ヤバイっっ! 宝具特有の前口上がっ!

 

「へ、部屋ん中でやるこっちゃねぇだろ!?」

 

「我が邪炎は憎悪の具現。お前たちの肉と魂だけを焼き滅ぼす業火である!」

 

 ダメだ! どうするっ!?

 

(────土下座をするのですっ!)

 

 内なる声が突如ささやく! んなもんフランス人に通用するかッ!!!

 

(────ならば何でも良いので命乞いを! 死にたいわけではないのでしょう!?)

 

 そうだ。こうして魔女サマに会うために牢屋で粘ってたんだ、こんな玄関入って即宝具!みたいな即オチ展開なんざ認められるかっ! せめて魔女サマが何考えて戦ってるのかくらいは教えていただきたいもんだねえ!

 

 命乞い……ッ! 命乞い!

 ちくしょう、この殺人的にヒートアップした魔女様を止められるだけの命乞いってなんだ!?

 

「【吠え立てよ(ラ・グロンドメント)──」

 

 ええい、ままよ! 俺は叫ぶ!

 

「ま、待て! 考え直せ! お前は、(だま)されてるんだ!」

 

 

 ファック! クソみたいな台詞しか出てこなかった!

 もう駄目だ! 俺は目をつぶった。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 

 ……あれ? 死んでない?

 

「……私が、騙されている?」

 

 ……そんな声が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。目の前で轟々と燃え盛る魔女の炎が、その勢いを微かに弱めていた。

 

「カルデアとやらの雇われ(プレイヤー)風情が、私の何を知ると言うのです?」

 

 邪炎の剣は突きつけられたまま。しかし、宝具の発動は止めてくれたらしい。俺は両手の平を頭上に掲げて言葉を継いだ。

 

「へへっ……。そりゃあ()()ですよ、魔女サマ……」

 

 嘘だ。特に根拠のない口から出まかせだった。

 

「……話しなさい」

 

 だが、この状況。今更嘘でしたなんて話が通るわけもなしっ……!

 

「ええと、」

 

 やむなしか。俺は必死で頭を回す。魔女に面会できたら聞いてみたいと思っていたことは色々とある。だが、あまりにも事態の展開が唐突過ぎて……

 

「あー、その、つまりですね?」

 

「……時間稼ぎのつもり? さっさと話さないなら聞くまでもなく殺すわよ」

 

「……はい」

 

 あっさりと見破られて脅された。ええい、話すよ! 話せばいいんだろ!?

 

 俺は覚悟を決めた。昔からやれば出来る子と言われてきたこの俺だ。「やれば」、英訳したならif構文。つまりifの存在こそが俺であり、平行世界理論を援用すればどこかの宇宙にヤリまくりデキまくりの俺がいる可能性を否定出来ないわけで……つまりは頑張れ大家族! 大丈夫、目の前の魔女(ジャンヌ)さんだって5人兄弟の妹ポジだ。仕事を選ばなければ食わせていくことくらいは出来るってことだろう。たとえば彼女の実家の家業といえば……農家。農業かー。こないだ掲示板で話題になってた内政チート野郎に話でも聞こうかな?

 

 ……いや、違う。

 現実逃避じみた妄想なんかしてる場合じゃない。今は目の前の難題を切り抜けるのが先決だ。

 

 要するにだ、今俺が知ってる事実をイイ感じに繋げ合わせて、『魔女ジャンヌ・ダルクは何者かに騙されている』ってシナリオを作り上げれば良いんだろ? 想定された物語を読み替える。ストーリーラインを捏造する。それが真実かどうかなんてのは二の次だ。今この場において、この魔女様を騙くらかすことが出来ればそれでいい!

 

「…………アンタは騙されてる。それには3つの理由がある」

 

 そう言って、俺は右手の指を3本立てた。【3】。それはケルトの聖なる数字……とは特に関係のない単なるスピーチテクニック。3つもの理由を続けざまに並べ立てられると、何となく人間はそれを信じる気持ちが出てくるもんだ。ふんわりとした説得力が演出される。2つじゃ足りない。4つじゃ長い。問題は、3つもネタを捻り出せるかどうかだが……。

 まあ、アドリブでペラ回すのは苦手じゃないし、やるだけやってみようじゃないか。

 

(────まずはフックを作りましょう。相手があなたを殺すことなく話を聞き続けようとするだけの、興味を引ける話題を……。気まぐれに殺される可能性を下げられます)

 

 再び、内なる声が助言の言葉をささやいた。おお、なんか知らんがチュートリアルでも始まったかな? 実際そいつは良い提案だ。ありがたく乗らせてもらうことにしよう。

 俺は1本目の指をくいっと曲げ伸ばしてみせた。『FGO』における会話と交渉は、プレイヤーのコミュニケーションスキルにのみ依存する。会話(ペラ)(ペラ)(まかな)うっていう寸法さ。目の前の魔女へのフックに成りうる話題といえば……ああ、アレがあったか。

 

「1つ。この特異点でアンタに(くみ)するサーヴァントたちには共通点がある」

 

「共通点? ハッ! いきなり何を言い出すかと思えば。無いわよ、そんなものは。召喚者の私が言うんだから、」

 

「あるんだよ。黙って聞いてくれないか」

 

 第一の指摘。それは以前カネさんが不思議がっていたことだ。あれから俺も色々と考えてみた。

 出身時代も地域もバラバラのサーヴァント達が、どういう理由でこのオルレアンの敵役として配置されたのか? 召喚者ジャンヌは特に理由がないという。彼女からすれば確かにそうなんだろうし、そして実際それが正しいのかもしれない。

 だが、メタ的な視点から見れば話は違うんだ。物事の関係性は見出すものだ。ニコラス・ケイジの年間映画出演数が、その年のプール溺死者の数と相関するように……!

 

 思い出すのは廃村を記録したスクリーンショット。その中の一枚に、食堂と思しき建物の残骸に埋もれた聖女のイコンが写されていた。

 憩いの場たる食堂には似つかわしくない、竜を退治する聖女の画。そうだ。そこに描かれていたのは、主婦の守護聖人──【聖女マルタ】の絵姿だった。

 

「お前たちの共通点。それは……『自分の大切なものを踏みにじっている』ことさ」

 

「ハァ?」

 

 俺の発言に対して何を言っているのか、と言わんばかりの顔をする魔女ジャンヌ。いいぜ、順を追って解説してやるよ。

 

「俺の知っているサーヴァントから順番に行こう。まずは聖女マルタ。言うまでもないよな? フランスの街で聖女として活動し崇められたマルタが、理性を狂わされた挙句にそのフランスを蹂躙しているわけだから。……おや? 祖国を踏みにじる聖女様だって? そいつはまるで今のジャンヌ・ダルクの鏡写しみたいじゃないか? アンタ実際どう思う?」

 

 言外に、「お前もマルタと同じように騙されて(操られて)フランスの蹂躙に加担しているだけなのでは?」というニュアンスを込めてやる。直接口には出さない。明言したら間違いなく逆上した彼女に殺されるので。

 むしろここで大事なのは、「マルタと同じように」という意味合いだ。リツカに聞いた話だが、聖女マルタは魔女ジャンヌの持つ聖杯によって狂化され理性を奪われたという設定らしい。そして、それが意味するのは……『FGO』には、サーヴァントを洗脳できるアイテムがあるという事実に他ならない。

 

 催眠洗脳をご存知だろうか? 催眠も洗脳も似たような意味だが、ここで言ってるのはリアルな催眠術の話じゃない。催眠アプリとか、催眠ペンライトとか……そういう魔法チックなお手軽催眠アイテムを使ったエロ作品だ。その手の作品は大抵チート催眠能力を手に入れた主人公が酒池肉林とばかりにウハウハするわけだけど、それだけじゃ足りないと考えた奴がいる。奴らは、自分たちの作った催眠チート作品に新たな設定を追加した。

 それは、端的に言えば……「催眠チート無双する主人公は、実はとっくに他の誰かから催眠洗脳を受けていた」というものだ。

 

 因果応報。催眠する側とされる側が反転し、舞台はひっくり返される。寝取りは寝取られに変わり、俺TUEEEが俺YOEEEへとねじ曲がる……こじらせた野郎どもの性癖の先鋭化が生み出した、エロという名の業を煮詰めたような設定だ。だが人の業なんてモノはいつの時代もそう大して変わりゃしない。だからこそ、今の発想はこの場においてだって適用できる。

 

 それらのエロ作品群から得るべき教訓は────他人を洗脳できる能力がある以上、自分の正気を証明する方法など存在しないということだ。なにより、魔女ジャンヌは他ならぬ自らの手で「聖女(マルタ)すら虐殺に駆り立てることが出来る洗脳パワー」の効力の程を実証しているわけだから。

 

 「我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」という言葉がある。けれど、その「思う」がそもそも歪んでいたのならどうなるだろう? 「全てを疑っても、疑っている自分の存在だけは疑えない」という命題は確かに理性的だ。だが、だからこそ理性を失った人間がそれに同意するとは限らない。

 

 ははっ。運営から明らかにナニカサレテイルらしい『FGO』プレイヤーが言えた台詞じゃないけどな。まあ、そのあたりを割り切るには誰しも時間が必要になる。どう割り切るかって? 逆に考えるんだよ。「操られちゃっててもいいさ」ってな。暗黒大企業と付き合うっていうのはそういうことだ。

 

 だから何も困惑を隠すことはない。俺も来た道、アンタもこれから行く道だ。なあ、そうだろ。たった今俺の目の前で「その可能性」に思い至ったらしいジャンヌちゃん。アンタはその辺どう思います?

 

「ッ…………。……話を続けなさい」

 

 やったあ、お許しが出たぞ。内なる声もどこか満足気に頷いた。声が頷くってどういうことだ。ともあれ、俺は間髪いれずにペラ回す。動揺している今がチャンスだ。

 

「次はヴラドIII世。俺は面識のないキャラだがね、彼も一人の王様だ。だから、名誉……それを重んじないはずはない。そして、彼が生前名乗った称号【ドラキュラ】。『竜公(ドラクル)の子』って意味だそうだな? ドラクル、つまりお父ちゃんだ。そのお父ちゃん、ヴラドII世が……まさに今、1431年に竜公(ドラクル)の名を授かっている。そんな時代に、竜公の子(ドラキュラ)を名乗って大虐殺してるんだから、自分で自分の名前と名誉に泥を塗ってるようなモンだよなァ? 親不孝ってレベルじゃない話だろ?」

 

 へへっ。こいつはカネさんの講義を聞いた甲斐があったってもんだぜ。

 今の俺はツイてる。舌の回りも絶好調だし、喋り倒すためのネタが途切れずに湧いてくるようだ。この調子でどんどん行こう。

 

「さあ、次だ……シュヴァリエ・デオン」

 

 俺に名前を呼ばれて、デオンさんがちらりとこちらを見る。その体幹は小揺るぎもしない。

 

「これも言う必要はねぇよな? フランス王家に仕えた騎士(シュヴァリエ)様だ。いや、それだけじゃない。俺たちに味方しているお姫様……彼女と知り合いなんだろう? それは果たして偶然か?」

 

 いいや、違うね。言外にそういう雰囲気を醸し出す高等話術を駆使した俺だが、当のデオンさんは「ふーん」くらいの表情で再び壁の一部と化した。否定しないならそれで十分だけど、何も反応がないのは少し寂しい気持ちがあるな。

 

「同じことが他の二人にも言える。カーミラ。そしてサンソンだ。あいつらがオルレアンで待ってた相手ってのは、本当はあいつらにとって何より大事な存在だったんじゃないのかね?」

 

 ……これは正直苦しい。なにせ、俺はあいつらの事情を何も知らないのである。だがまあ、この手の話でここまで因縁を匂わせて結局何もないってことはねぇだろう。もし何もなかったら「ここの制作はシナリオってもんが分かってねぇ!」って叫んで死ぬまでさ。

 

「……それで?」

 

 魔女が答えた。おっと、否定の言葉じゃないみたいだな。つまり、俺の考えってのはどうやらそう悪くない推測だったらしい。俺はひとつ息を吐いて間を入れた。この話はここでひとまず品切れだ。なぜって俺の知ってる敵サーヴァントがそれだけしかいないから仕方ない。リヨンの鉤爪男? 正体不明すぎて想像すら出来ないからパスってことで。

 俺はもう一度、三本立てていた指の1本をくいっくいっと曲げ伸ばしてみせる。

 

「それで? は、こっちの台詞だよ。今のが間違ってなきゃ、アンタが騙されてるって話の続きをするだけだ。どうだ、どっか間違ってたかい?」

 

 問い返す俺に、魔女は眉根を寄せた。

 

「……いいえ。けれど、それは完全でもない。現にあなたの知らないサーヴァントが私によって召喚され、このオルレアンに存在している以上、そのご高説も不完全な妄想でしかないでしょう?」

 

「へぇ。だったら残りのサーヴァントとやらの名前を言ってみろよ。この場で理屈付けてやる」

 

 俺は挑発の言葉を吐いた。嘘だ。理屈付けられる自信なんてどこにもない。魔女もそれを分かっていてか、挑戦的な表情を浮かべた。間違っていたらその場で燃やしてやると言わんばかりの雰囲気だ。俺は気圧されたような表情を作って顔を伏せる。死角になった口元が歪み、音なき笑いが滲み出た。くくくっ……。

 

 か、考え通りっ……! 

 

 俺は意を決したように面を上げる。忍び笑いが収まったからである。

 魔女は俺を否定するために俺の知らないサーヴァントの名前を挙げるだろう。それが俺の推測から外れていても、俺はそいつの名前を知って死ぬことが出来る。

 

 実際、周りの連中からはなんでさっさと死に戻りしねぇんだって催促の嵐でね。分かってくれるのはクー・フーリンとカネさんくらいの御仁だよ。あとはリツカもか。せっかくのVRMMOだってのに不自由な話だぜ。

 

 ま、いくら催促されたからって死ぬ気がないのに変わりはないが……ここまで粘っちまったからには、万一死ぬにしたって手土産のひとつくらい無けりゃあ格好がつかないんでな。ゆえに、これぞ我が策、我が保険。いわば「王手飛車取り」って寸法よ! さあ、論破出来るもんなら俺を論破してみせろ。誰も知らない情報を挙げてくれ! そして俺が死ぬまで存分に会話を楽しもうじゃないか。なあ、魔女サマ……!

 

 しかしそんな俺の余裕を感じ取ったのか、魔女は嗜虐的な表情を見せた。な、なにおう。

 

「そう。じゃあ、お望み通りあなたを絶望させてあげましょう。リヨンにてあなた達を待ち受けるアサシンのサーヴァント……その真名は【オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)】。アハ、先に答えを言ってあげましょうか? 彼の望みは、『彼の歌姫クリスティーヌが世界一の栄誉を受けること』。もちろんクリスティーヌはまだ生まれてすらいないわね。さあ、これをどう理屈付けてくれるのかしら」

 

「……」

 

 ……お、オペラ座の怪人? 金田一少年の元ネタの? あれって単なる殺人鬼じゃなかったっけ? 戦闘能力とか何もないだろ。シャンデリア落としくらいしか知らねぇぞ。いや、俺は別に原作読んでるわけじゃないから実は鉤爪で無双してたのかも知らんけど……。ここの制作は色々と大丈夫なんだろうか。

 

 俺は内なる動揺を見抜かれないように、こっそりと深呼吸をした。

 

 落ち着け。俺は真実を指摘する必要なんて無いんだ。この場にオペラ座の怪人ご本人がいるわけじゃない。一番大切なものが既に出てるなら、続く二番目を答えてやれば良いだけだ。「え、○○!? た、確かにそれって大切なモノだったかも……! きゃあ、ジャンヌ啓蒙されちゃったぁ!」そういう風に思わせてやれっていうことさ。

 問題は大切なものが何かって話だが……ううん、それってもしかしてココロかな? (LOVE)って線も捨てがたいよね。ま、リヨンのボスなんだからその辺から攻めるのが順当なんだろうけどさ。

 

「実際、なんでオペラ座の怪人なんてのが選ばれたのかは知らないが……」

 

「そうでしょうね。だって手当たり次第に呼び寄せただけなのだから」

 

「でも、安心したよ。俺の推測はまだ否定されちゃいねぇみたいだからな。むしろある意味じゃ補強されたとすら言っていい。オペラ座の怪人をリヨンに送ったのはアンタなんだろ?」

 

「確かにそうですが、それが何か関係あるとでも?」

 

 ジャンヌは、至極まっとうに俺を疑う姿勢を崩さない。まあ普通の反応だ。俺がこれまでの尋問の中で虚言を吐いたりしなかったからと言って、そんなモンこれっぽっちも俺を信用する理由にはならねぇからな。だが。

 

「なあ。俺は牢屋の中でリヨンの観光パンフを読んだんだ。この時代にはまだオペラ座がないから知らないだろうが、オペラ座ってのは歌劇場のことなんだよ。それも、ただの歌劇場じゃない。そういう名前を冠する、特に国が認めた『国立オペラ座』なんてものを持ってる都市はフランス広しと言えどもそうあるもんじゃないのさ。

 そして……その数少ない都市の一つが、まさにアンタが怪人(ファントム)を送り込んだ先のリヨンだ。その配役は本当にただの偶然か? 俺だったら疑うね。アンタはその配置を決めるにあたって、誰かに相談したんじゃないのかい。そいつはもしかしたら、アンタの意思を……」

 

「黙れッ……!」

 

 魔女が低く唸りを上げた。その強い眼光が俺を射抜く。ははは、かゆいかゆい。

 やっぱりカーミラたちと同じく自分の時代より未来のことは知らない設定みたいだな? この場に本人がいない以上、まさかオペラ座の怪人がオペラ座を大切に思っていないとは言えまいよ。

 

「オペラ座の怪人はオペラ座の都市リヨンを死者の街に変えちまったってわけだなァ。で、次は何? 俺は別に降参でもかまわないけど? まだまだ話は残っているからね」

 

 俺は余裕ぶったアクションを見せつけながらジャンヌの様子を観察する。かなり怒らせてしまっている。……舐められてはいけない。だが、いつでも殺せると思わせておく必要はある。まあ実際いつでも殺せるとは思うんだけど。

 

「……【ランスロット】。狂戦士(バーサーカー)である彼の願いは知らないけれど、アーサー王に対して凄まじい執念を燃やしているわ。で? この時代にアーサー王はいないわね? 遠い過去のブリテン騎士が、このフランスに何か大切なものを残しているとでもいうのかしら?」

 

 繰り返される俺からの挑発に思うところでもあったのか、ジャンヌは苛立ちと勝ち誇った表情をミックスしたみたいな顔つきでその名を告げた。ここまで頑張ったみたいだけど残念でした、はい論破! そんなことを口に出さんばかりの勢いだ。

 

 しかし、ランスロットか……とんでもない切り札が残っていたもんだぜ。ランスロットって言ったら、あのアーサー王伝説のランスロットだろ。確か、円卓最強みたいなキャラ付けの……。バーサーカーってことは、リヨンに援軍で向かってる奴でもあるよな。リヨン大丈夫……?

 

「そうだな……」

 

 俺は目を閉じ、一拍の間を演出する。この場を切り抜けられたら、リヨン組に警告を出してやる必要があるだろう。タスクが一つ増えちまったな。で、ランスロットはフランス出身の騎士だったはずだから、そこからこじつけてやることも出来なくはない……いや、ダメだ。だって、実際にはブリテンの王様に仕えたわけだから。

 

 繰り返しになるが、『重要なのは正しさではない』。今この場で、魔女を説得できるだけの納得感を演出できるかどうか……それこそが、それだけが問題だ。

 そして、俺の脳裏には既にその効果を期待できるような答えがある。俺は口を開いた。

 

「確かにアーサー王伝説の時代は遠い過去の物語……だが、それはあくまで普通の人間の視点から見ての話だ。アンタは知ってるだろ。アルテュール(アーサー)王の魔術師メルラン(マーリン)の予言。

 

 『救世主はロレーヌより現れ出づる』

 

……どうしてマーリンは、遠い未来の救世主の出現なんかを予言したんだろうな? そして同時に。この時代にはアルテュール(アーサー)の名前を持つ男がいる。ジャンヌ・ダルク。アンタの戦友だ」

 

「……アルテュール・ド・リッシュモン……」

 

「そうだ。騎士王の魔術師によって予言された救世主と、騎士王と同じ名を持つ大貴族。呼び出されたランスロット卿がアーサー王に対して燃やす執念がホンモノだというなら、そいつらに対して何か思うところがあってもおかしくないと思うけど?」

 

「っ……」

 

 魔女はそれを否定できない。ランスロットには理性がないからだ。俺もこれ以上押すことは不可能だった。ランスロットを知らないからである。OK、ボロが出ないうちに巻きで話を進めよう。

 

「もういいだろ? アンタが無作為に召喚し使役してきたと思っていた連中は、その実ひとつの共通点を持っていた。それは『それぞれにとって大切なものを踏みにじる』こと。聖杯の力でサーヴァントを洗脳したアンタは、その蹂躙を自分の意志でやらせたと思っているが……そもそも、アンタ自身が正気だっていう証拠はあるのかい?」

 

 アポフェニア。

 人間が持つ認知バイアスの一つだ。その意味するところは、「人間は、無作為あるいは無意味な情報の中からでも、規則性や関連性を見出さずにはいられない」という性質。事実を並べ立ててストーリーという糸で結んでやれば、人間はそれを信じようとせずにはいられない。メディアリテラシーという名の対抗手段を持ってなければ、その効果は尚更絶大になるだろう。

 

 『FGO』のNPCは限りなく人間に近い能力を持つ。人間に近いっていうことは、人間の欠点も同じようにコピーしてるっていうことだ。人間と見分けの付かない心を持つ以上、人間と同じような心理的問題を抱え込む……それは肉体的に超越しているサーヴァントだって例外じゃないはずだ。どんなに身体が強くても、心の弱さは隠せないからな。

 

(────悪くない語りだったと思います)

 

 やったぁ。謎の内なる声さんからもお褒めの言葉をもらったぞ。

 

(────後は、『続きはまた後日……』ともったいぶって牢屋に戻れば見事生還です。おめでとうございます。最初に3つ理由があると言いましたから、まだもう1回は命乞いできますね)

 

 いや、そんな千夜一夜物語のシェヘラザードじゃないんだから。

 それに、今回魔女と会うまでに掛かった時間を思えば、次がいつになるかなんて分からないだろ。

 

(────予定が未定。素晴らしいことではないですか。それの何が不満だというのです?)

 

 俺の目的は対話なの! 牢屋で生きながらえることは、対話に至るための手段であって、目的そのものじゃないわけよ。ワカル? つーか、リヨンが落ちたらリツカたちもここに来るだろうしな。やっぱりチャンスは今しかないぜ。

 

(────深追いすると死にますよ? 考え直しませんか?)

 

 いいや、ここが限界だ。押すね!

 

 俺は2つめの指をくいっと曲げた。……追撃をかけよう。

 




(12/7 小タイトル変更)

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