FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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「“竜の魔女”こそが、()()()()。」
「すなわち、聖杯そのものです。」
  (引用元:第一特異点第15節『竜の魔女』)


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> [1/1] 救国の聖処女

 

「う、ううう……」

 

 その夜のことだ。

 俺は冷たい石床に横たわり、上遠野浩平作品キャラみたいな呻き声を上げていた。

 その牢獄の前を時折ワイバーンが横切っては、傷口から血の臭いを垂れ流す俺に向かってゲッゲッと鳴く。見世物じゃねェぞゴルァ! 衝動的に反抗心を掻き立てられ威嚇などしてみたが、所詮は戦闘力に乏しいホモサピだ。ワイバーンは嘲るような目つきで俺を舐め回すように観察すると、ブフンと鼻息を吹き出して牢の前を去っていく。

 

 ──かつて、一部の肉食恐竜は死肉を喰らっていたという。

 

 俺はとても悲しい気持ちになった。

 さっきから俺の牢の前にやってくるワイバーンが、みんな違う個体だということに気付いたからだ。きっと俺が死んだら、そのとき一番近くにいる奴がおこぼれを貰うみたいな習性を持っているに違いない。さすが『FGO』、血の臭いは無駄に実物と瓜二つな再現度になってるからな。

 

 でもさ。それは無理なんだって、俺は教えてあげたかったんだ。プレイヤーは死んだら塵になって消えちゃうの。お肉とか残らない。立つ鳥跡を濁さず。ひとえに風の前の塵に同じ……。

 それは、いってみれば一つの啓蒙だ。文明人の務めである。だから今の俺は、ある種のノブリス・オブリージュを体現してると言っても過言じゃないわけよ。分かったなら今すぐここを立ち去れ。噛み癖の悪い犬みたいに鉄格子を噛むのはヤメロ。なあ、聞いてるかよ。おい?

 

 だが、空飛ぶトカゲ風情にホモサピ様の言葉を理解できるはずもなく。奴らは餌をお預けされた犬みたいに俺の周りをぐるぐる廻ったり、鉄格子をガジガジしたりするだけだった。俺は人恋しさに襲われた……。

 

 この城にはもうマトモな人間が残ってねぇ。

 カーミラとサンソンは戦場に行った。魔女はキレるし、ジル・ド・レェは不気味で怖い。最後の希望と思われたデオンさんも、友情(フレンド)の意味を履き違えたサイコであった。

 俺はメニュー画面のフレンド一覧を開く。登録順で一番上に登録されているデオンさんのフレンドコードを掲示板に晒してやろうと思ったが、正式なプレイヤーではないせいか表示されたフレンドコードは奇妙に文字化けし、じっと見ていると正気度が削られていくような感覚さえ覚えてきた。

 

【Call:音声チャット】【発信者:シュヴァリエ・デオン】

 

「アイエッ」

 

 そんな悪戯を考えたのがいけなかったのだろうか? ご本人から突然電凸をかまされた。チュートリアルもなかっただろうに、既にフレンド機能を使いこなしてやがる。

 不在を決め込みたい……が……穏やかな友情を投げ捨てサイコに覚醒したデオンさんの行動は予測不能。奴はいつでも俺を殺せちまうんだ……! 

 

 俺はきっかり2コール待ってから着信を受諾した。ドーモ、デオン=サン。さっきぶりだな。何か用事でも? 話があるなら直接牢屋まで来てくれれば良かったのによ。こっちは話し相手がワイバーンしかいないから、いい加減嫌になっちゃうぜ。

 

 ほのかな友情をアピールしていく。久々にあった知人へ今度一緒に食事でも行こうって誘う類のムーヴメントだ。あまり本気にしてはいけない……。

 

『やあ、こんばんは。お誘いはありがたいけど、今は少しやることがある。君に連絡したのもその件さ。時間は大丈夫かな?』

 

 デオンさんは爽やかにそう言った。そりゃあ、リヨンで戦争やってる連中と違って俺には特にやることなんて無かったからね。もちろん大丈夫だとも。

 

『それは良かった。今、私は一連の騒動における黒幕の部屋の前に立っている。直接立ち会わせてあげる訳にはいかないが、全く説明もないまま終わらせるのも奮戦してきた君たち【プレイヤー】に対して筋が通らないと私は思う。だから、もし良ければそのまま念話を繋いでおいてくれると嬉しい。おそらく、全ての事情を明かしてあげることが出来るだろう』

 

 念話? ……ああ、まあ彼らからしたらチャット通信はテレパシーみたいなもんか。つくづく無線通信ってのは偉大な技術だぜ。

 応、と俺がうなずくと、デオンさんの方から硬い音が響いてくる。黒幕とやらの部屋をノックしたらしい。……ていうか、待って。え、黒幕? 黒幕って……

 

『おお、セイバー。こんな夜更けに如何(いかが)なされましたかな?』

 

()()が部屋に閉じこもっているからね。今は君が指揮官代理ということになると判断させてもらったよ。その認識でかまわないかな?』

 

『もちろんですとも! おお、ジャンヌ……虫ケラの如き雇われ(プレイヤー)風情にまで慈悲をお見せになるから、報われぬ心労を抱え込まれるのです……。愚昧なる民衆などただ踏み潰してしまえば良いものを』

 

 ……黒幕、ジル・ド・レェでした。

 

 ……し、ししし、知ってたし! さっきジャンヌと話したとき直接口に出しては言わなかったけど、俺も何となくあいつ黒幕っぽいなーって思ってたからね! 

 つーかこれアレじゃん! 俺、いつのまにか探偵モノで最初に推理披露して盛大に間違えるタイプの噛ませキャラになってるじゃんヨ! そして名探偵役はデオンさんだ! くそう、サイコめ! 確かに名探偵キャラってちょっとサイコっぽいところある! でも後出しで良いとこ持ってくのはなんかズルいんじゃないかなァ……!

 

 ギギギと歯噛みする俺を一切気にかけず、デオンさんはジル・ド・レェに向かって言った。

 

『報告があって来たんだ。それに、個人的に尋ねたい事もいくつかね』

 

『ほう! おっと、失礼。立ち話もなんですな。中へどうぞ』

 

 ジル・ド・レェはデオンさんを招き入れたらしい。そこが決戦のバトルフィールドか。

 

『……相変わらず、()()()な趣味をした部屋だ』

 

『おや、ご興味がお有りで?』

 

『いや。私に賞賛の言葉を望むならば、フランス王宮並みの物を用意してもらわなければ』

 

『ホホ、それは手厳しい。もっとも、掛けた金はともかく()においては負けたものでないと自負しておりますが』

 

『……話に入ろう。報告の前に、個人的な質問の方を先にしていいかな?』

 

『ええ、かまいませんとも』

 

 デオンさんが部屋の話を打ち切った。ジル・ド・レェの居室……一体どんな部屋だというんだ。だが、奴の服装とか手に持った魔術書とかを見る限り、まず間違いなく悪趣味なやつなんだろう。つーか、ジル・ド・レェってあの『青ひげ』だしな。

 あっ、魔術書のことを考えたら何故だか頭痛が……!

 

『どうぞ、お掛けになってくだされ』

 

『失礼するよ。……先程、彼女が虜囚(プレイヤー)の彼と話しているときにちらりと出た話なんだけど。彼女の掲げる竜の旗、あれをデザインしたのは君なのかい?』

 

 デオンさんがそんなことを尋ねた。ええ、まず聞くのそこなんだ?

 

『おや、ご興味がお有りで?』

 

 しかしジル・ド・レェは特に気にすることもなく、デオンさんが部屋の品評をしたときと同じ反応を繰り返した。興味あるって言ったらどうなるんだろうな。何やらマイナージャンル沼に一般人を引き込もうとするオタクの波動を感じるぜ。

 

『いや。ただ、非常に()()()なデザインだと思ったからね。君がデザインしていたなら、それはとても驚くべきことだ。同じフランス人の頭から出てくる発想とはとても思えない……』

 

『そう言っていただけるのは恐悦至極。厳密には異なりますが……私がそう望んだという意味では間違いではないでしょうな。あのぼんやり顔のシャルル7世や狂人シャルル6世のような愚物共が掲げてきた王家の百合(フルール・ド・リス)など、フランスに裏切られフランスに復讐せんとするジャンヌには相応しくないでしょう。むしろ神に牙むく悪魔(ドラクル)、すなわちドラゴンこそが彼女にはよく似合う……そうは思いませんか?』

 

『……なるほど。となれば、【悪魔の子(ドラキュラ)】ヴラドIII世が脱落したのは惜しいことだったね』

 

『まさに、まさに。しかしオルレアンにジャンヌ・ダルクと大邪竜ファヴニールのある限り、我らに敗北はありません。無論この不肖ジル・ド・レェめも、力の限りを尽くしてジャンヌをお支えする所存ですとも。

 ……セイバーよ。どうか今後とも、散っていったサーヴァントらのように貴公もまた、ジャンヌを守ってやっていただきたい』

 

『……願ってもない言葉だよ。それで、報告があるんだけど……』

 

 デオンさんは笑った。ジル・ド・レェも機嫌が良いように思う。しかし、入室前に俺が告げられた言葉を思い返せば、デオンさんの笑い声は恐ろしく空虚に聞こえる気がした。

 

『お待ちいただけますかな。こちらからも、今現在のリヨンの戦況についてお話したいことが……ふむ、資料はどこにやりましたか』

 

 そんな言葉とともに、布ずれの音がする。ジル・ド・レェが立ち上がり、探しものを始めたらしい。そして……音声を直結する俺だけがそれを聞いていた。微かな、ほんの微かな音を立ててデオンさんが立ち上がる。密やかな足音。向かう先は、きっと──

 

『──そんな心配は無用だとも。ジル・ド・レェ』

 

 涼やかな声で言葉を掛ける。その音色に隠れるように、金属の滑るわずかな擦過音が忍んでいた。

 ……抜剣の音。

 

『なぜなら、君がこの戦いの結末を見届けることはないのだから』

 

 そして、一際強い踏み込みが床を鳴らして──俺の耳に、苦悶の声が届いたのだった。

 

『……ア、』

 

 鈍い音が数回響く。背後から自分を刺し貫いた「ナニカ」をジル・ド・レェは振り払おうとしたのだろう。

 

『さすがはサーヴァントだ。人間なら、今の一撃で心臓を貫いて終わりだったのに』

 

『ガ、グ……セイ、バー……? なぜ……』

 

『生き汚さは相当なものだね。いいだろう。お前が息絶えるまであと僅か。少し話をしようじゃないか』

 

『我らを裏切ったというのか……? こ、この、匹夫めがァッ!!!』

 

 再び、何かが暴れるような音。しかしそれはすぐに止まった。ジル・ド・レェが苦しげな声を漏らしている。

 

『私のステータスを忘れたのか? 筋力A。筋力Dしか持たないお前が苦し紛れに暴れたところで、私の拘束を逃れることなど出来ないよ。そして残念ながら、お前の魔術書は机の上だ』

 

『グウゥゥゥッ!』

 

『それとも助けを呼んでみるかい? だが、お前の大事なラ・ピュセルは今それどころじゃないだろうね。彼女は、お前の仕組んだ欺瞞の全てに気づきつつあるのだから』

 

『ぐぅ、が……、欺瞞……? 何を言っている!?』

 

『断罪さ。オルレアン特異点……処刑されたラ・ピュセルを魔女として呼び戻し、彼女に聖杯を与えて私たちサーヴァントを召喚、狂化、使役した。

 その目的はフランスの破滅。

 その動機は復讐を望まぬラ・ピュセルに代わってフランスに報復すること。

 ──すべてお前が仕組んだ計画だ。そうだろう、ジル・ド・レェ!』

 

『ッ!?』

 

 き、決まったァ~~~!

 だが事件の全貌はまだ明かされちゃいない。その辺きっちり頼んますぜ、名探偵さんよ!

 

『お前がどうやって聖杯を手に入れたのかは知らないが、この特異点へ最初に降り立ったサーヴァントであるお前は、入手した聖杯を用いてラ・ピュセルを呼び出そうとした。しかし、彼女は『あの方』のようにフランスへの復讐を望まなかったのだろう。だからお前は、聖杯の力を用いて、代わりに復讐を叫ぶ贋作の魔女を創り出したんだ……!』

 

 な、なんだって~~~!?

 俺は一人、牢獄の中で声もなく驚愕する。魔女ジャンヌは贋物!? いきなりの超展開……いや、超展開でもないか? 普通同じ場面に同じキャラが二人いたなら、そりゃどっちかは贋物かワケありの存在だよな。

 

『馬鹿なことを……っ。彼女は、正真正銘のジャンヌ・ダルク……! 腐った教会の(コション)どもを、聖女を見殺しにした愚王シャルル7世を、そしてその結末に加担したフランスに生きる全ての者共を焼き滅ぼす、復讐の魔女なのだッ……!』

 

 ジル・ド・レェの血を吐くようなかすれ声。デオンさんは、氷みたいに冷たい声で答えた。

 

『────ならば問おう、ジル・ド・レェ。なぜあの魔女は、【復讐者(アヴェンジャー)】のクラスで現界していないのだ?』

 

『ッ……!!!』

 

『真実彼女に復讐の意思があるならば、彼女はそれに相応しいクラスを得ているべきだ。だが、あの魔女のクラスは【裁定者(ルーラー)】。ヴォークルールに現れたもう一人の白い聖女……おそらくは本物のラ・ピュセルと同じクラスでしかない。

 そして、【プレイヤー】を甘く見たな。彼らは互いに情報を共有する能力を持つ。リヨンで白い聖女に随行しているプレイヤーが聞いたそうだぞ。自分に復讐の意思など考えられないと』

 

 【復讐者(アヴェンジャー)】、そんな特殊(エクストラ)クラスがあったのか。確かに、それを知ってりゃ変な話だとは思うだろうが……いや、俺知らんかったし。だから悔しくないね! ぜんっぜん!

 

 尋問の中で聖女様に関する情報も粗方デオンさんたちへゲロっていた俺が全力で悔しがる一方で、デオンさんの追求は続く。ジル・ド・レェの悲しげな呻き声。

 

『……おお。ジャンヌ……。貴女は、どうしてそんなにも……』

 

『……お優しいのか、かい? はは。お前には分からないだろうね。ともあれ、私は最初からそのことを疑問に思っていた。今日、『彼』から話を聞くまでは、それこそ聖女と魔女の間で揺れる彼女の葛藤なのだと思っていたのだが。そうではないのだろう?』

 

『……』

 

『だんまりか、まだ話は残っているというのに。第一、それだけではお前も自ら犯人だとは認めまい。……【シャルル・ペロー】を知っているだろう? 知らないとは言わせない。童話作家。他ならぬ【青ひげ(お前の話)】を書いた男さ。彼は様々な民間伝承をまとめ、童話として再話した。宮廷のサロンの貴婦人たちにも人気があってね。生前の私もよく知っていたものだ。

 そんな彼の童話の一つに、【三つの願い】というものがある。元は民話だというから、もしかしたらこの時代にもう原型があるのかもしれないが……』

 

 三つの願い。要は『猿の手』の類型か。望まぬ形で願いを叶える願望器についての教訓だ。

 俺はカルデアの電子資料を検索閲覧しながら続く言葉を待つ。

 

『……しかし聖杯は、そんなものとは違う。望まぬ願いを叶えたりせず、歪んだ形で願いを曲解したりもしない、本物の願望機だ。そして、だからこそ一つだけ想定できる欠点がある』

 

 ……ああ、そういうことか。

 俺は、そこでようやくデオンさんの話の糸口を把握した。

 

 TwitterやらのSNSでよくあるだろう、IT業界のクソ案件ネタ。「お任せでよろしく」「いい感じに進めちゃってくださいよ」、そんな言葉は地獄に続く一丁目の入り口だ。

 全員が全員というわけじゃないし、無闇に主語を大きくするのは良くないことだが、その手の言葉を持ち出す連中は大抵どうなったら「いい感じ」なのかを自分自身でも理解しちゃいない。つまり答えがない。答えがないから、どんなものを提案されても自分の依頼が曲解されたと思い込む。

 

 だから。逆に言うなら、聖杯……本物の願望機を使うためには、願いを曲解されないためには、その願いを叶える道筋を「願う者」自身が理解していなければならないのだろう。

 

『自分が何を望まないかはよく分かるのに、理想に至る道筋をしばしば認識できなくなるのは人類の悪性だ。『あの革命』の中でより善き未来を目指して王権を倒したはずの人々が、理想の社会を築く前に互いを排撃する道を選んで喰い合ってしまったように……』

 

 おっと、デオンさん。しんみりしてるとこ悪いけど、そんな横道ばっか逸れてると黒幕さんが死んじゃうんじゃねぇの? なんか呻き声がさっきから聞こえてないよ?

 

『ああ、そうだね。話を戻そう。……お前は、聖杯の力でもう一人のラ・ピュセルを創り出した。祖国を恨みも憎みもしない聖女ではなく、憎悪によって国を滅ぼす復讐の竜の魔女をね。だが、()らないことは願えない。お前の識るジャンヌ・ダルクは在りし日の聖女だけ。だからこそ、魔女のクラスは【裁定者(ルーラー)】とならざるを得なかった。

 

 …………ああ、失礼。もう一つ理由があったな。

 識らないことは願えない。

 それが意味するのは──願望機を使ったお前もまた、真実の復讐者ではなかったということだ。

 

 そうだろう、【魔術師(キャスター)】?』

 

『ッッッ───貴様は、我が復讐を……愚弄するかッ!!!!!!』

 

 ……よほど癇に障ったのだろうか。その言葉に、沈黙していたジル・ド・レェが再び絶叫した。

 しかしデオンさんは余裕を崩さない。現場の状況を見ることはできないが、あいつが叫ぼうが喚こうが、既に勝敗は最初の奇襲でどうしようもなく決しているのだろう。

 

『……愚弄などしていないとも。フランス国元帥ジル・ド・レェ。

 しかしお前は、崇拝する聖女が処刑されてからお前自身の生涯を終えるまで、一体何をしていたというんだ? お前が聖女を見殺しにした(かたき)と呼ぶシャルル7世陛下が国を治め、復興に励んでおられる間、お前は怪しげな黒魔術に没頭し、冒涜的な実験とやらを繰り返して悪戯(いたずら)に領民を虐め殺していただけだったのだろう?

 

 ……私には分かる。お前と同じ、最も大切な御方の死をただ見送りのうのうと生き延びてしまった私には、お前のことがよく分かるとも。

 

 ……お前の生涯に、復讐の二文字などなかった。

 お前がやっていたのは、()()()()()()()()()っ!

 

 ジル・ド・レェ! ……だからお前は復讐者たりえずッ! 創り上げた贋作に復讐者(アヴェンジャー)のクラスを与えてやることもできなかったんだッ!!!』

 

 その声は……表面を取り繕っている余裕の態度とは裏腹に、どう聞いても心の奥底から吐き出された言葉にしか聞こえなくて。俺は、ただの凡人である俺は、こんなところでそんな英雄の独白を聞く資格があるのだろうかと……思わず、チャットの音量を絞ろうとした。けれど、そんな逃げを許さぬように、通話先では二人の英雄たちが一際強い言葉で思いの丈をぶつけ合う。

 

『違う……違うッッ!!! 私は復讐するのだ! 我が憎悪を貴様ごときに否定させはしない! たとえジャンヌ・ダルクが(ゆる)そうとも、私は許さない! 神とて、王とて、国家とて……!』

 

 つ、辛い。聞いていたくない。

 でも、耳を塞ぐことはどうしてもできなかった。それだけの凄みがあった。

 

『滅ぼしてみせる! 殺してみせる! シュヴァリエ・デオン! 匹夫風情がッ! 我が道をォォッ! 阻むなァァァァアッ!!!!』

 

『ぐぅッ!?』

 

 苦悶の声。まさか……デオンさん、拘束を解かれたのか?

 咳き込むような音が数回響き、デオンさんは崩れた体勢を立て直したようだった。

 

『……まさか、その死に体の身体にまだそれほどの力が残っていたとはね……』

 

『匹夫めが。汝の裏切りの罪、死すら生温い』

 

『裏切り?』

 

 ずぞぞぞぞ、と床を何か重いものが這うような音がする。

 例の触手? 魔導書を取り戻したのか? デオンさんが軽いステップで床を蹴った。

 続いて耳に届くのは床を激しく叩く音と、何かが空を切り裂く音。

 舌戦から状況は一転し、本格的な戦闘が始まったようだった。

 

『──裏切り者とは随分な言い草だ。私は最初から裏切ってなどいないというのに』

 

『どの口でそのような戯言をほざくかァ……!』

 

 デオンさんが剣を振るう音がして、そのすぐ横に何か大きなものが叩きつけられた。触手が切り飛ばされたらしい。戦闘は、尚もデオンさん優勢で進んでいる。

 

『君では勝てない。私は狂化の恩恵を受けているからね……実際、狂おしいほどの忠誠を捧げているとも』

 

『巫山戯たことを! 来なさいッ竜どもッ!』

 

 GRRRRRRR!

 けたたましい破壊音がして、部屋の中に何かが飛び込んできたようだった。何かっていうか、まあいつものワイバーンだろうけど。その音の中でも凛々しく響く声で、デオンさんは言った。

 

『私の在り方は、昔も今も……狂気に侵され魔女の従僕(サーヴァント)と化してさえ、何一つ変わりはしない。私の忠誠は……異国にあろうと、死を迎えようとも! 常にただ一つ、王家の百合(フルール・ド・リス)に対してのみ捧げられているっ!』

 

 そしてその言葉と同時に飛び込む、鉄靴の音。

 

『ジルッ! この騒ぎは一体……ッ!? セイバー!?』

 

『……やあ。いい夜だね、()()()()()()()()()()()()()。いや、最早その贋作と言うべきか』

 

 騒ぎを聞きつけ飛び込んできたと思しき魔女を前にして……デオンさんは、聞き覚えのない名前を呼んだ。

 

 

 ──俺は思い出す。数日前、カネさんが俺を相手に開講した歴史講座の一幕を。

 『なぜフランス王族でもないジャンヌ・ダルクの旗にフルール・ド・リスが描かれているかという話だが……』そこから彼女の話は始まった。

 長い長いその話を要点だけ絞ってざっくり言えば、2年前の1429年。ジャンヌ・ダルクがオルレアンを解放してシャルル7世の戴冠を成し遂げた年。即位した新王シャルル7世は、ジャンヌ・ダルクとその家族を貴族に引き上げ【王家の百合(フルール・ド・リス)】の紋章を与えるとともに、【ド・リス】の家名を認めたという……。

 

『正統なる国王シャルル7世陛下にフルール・ド・リスを託されたジャンヌ・ダルク・ド・リスをマスターとするからこそ、私の忠誠は狂化を受けてさえ小揺るぎもしなかった。『託された』彼女がフランスを断罪するのなら、それも一つの結末かと見届ける決意を固めもしたさ! だが……贋作ッ! 奸臣ッ! 私怨で国を滅ぼす逆賊ジル・ド・レェは、我が忠誠に値しない!』

 

『何を……何を言ってるのよッ! セイバー! あなたのマスターはこの私でしょう!?』

 

『贋作は黙っていろっ!』

 

『なっ!?』

 

 ……ダメだ。魔女は全く状況に追いつけていない。デオンさんがまだ味方だと思い込んでやがる。

 

『君は聞いたはずだ。『彼』の推理は概ね正しかった。そして、『彼』の最後の推理の何が君をあれほどまでに動揺させた? 旗のデザインか? ドイツなまりの発音か? ……違うな。君には、故郷で過ごした記憶が無いのだろう?

 それこそが最大の証拠。君の憎悪も、復讐の意思も、全てジル・ド・レェによって植え付けられたものだ。

 君は……。君は、ジル・ド・レェによって創り出された道化にすぎないッ!』

 

『ッ!? ……嘘。嘘よね。そうでしょう、ジルっ……!』

 

『ええい、黙れェェィ! 匹夫がッ、それ以上ジャンヌを惑わすことは許さぬぞ!』

 

 ジル・ド・レェが喚き散らした。それが何の反論になっていないことを俺は認識していたが、その場にいたジャンヌはどう思っただろうな。

 

 ……戦闘が再開される。

 

 そのまま戦闘音を聞き続けて、十数秒ほどが経っただろうか。

 彼我の認識の断絶が。意味不明な事態の連続に混乱するジャンヌの迷いが。決定的な結末を招いてしまった。

 

『があッ……!』

 

『ジル!』

 

 何かが崩れ落ちる音と、それに駆け寄るジャンヌと思しき鉄靴の音。

 ジル・ド・レェ……。なんてことだ。あれだけの強い意思を持った黒幕が、こんなところでイベント退場してしまうとは……。デオンさんは一際低い声で言う。

 

『ジル・ド・レェ。私がお前を断罪する理由はただ一つ』

 

『ぐ、う……』

 

『処刑されたジャンヌ・ダルクの復讐だと? ()()()()()のために、ジャンヌ・ダルク・ド・リスを汚すな……!』

 

『…………狂人、がァ……』

 

『終わりだ』

 

『ジルゥゥゥゥゥッ!!』

 

 どす、と剣が突き立てられる音がした。それで終わりのようだった。

 

 ジャンヌがジルの名を呼び、泣き叫ぶ声がする。……止められなかったのか。

 

『──さあ。残るは君だけだ、贋作』

 

『……来るな……、来ないで……っ』

 

 ガチャリと金属の鳴る音がした。ジャンヌが後ずさったらしい。デオンさんは彼女の具足が音を鳴らすたび、その分だけ歩を進めて互いの距離を詰めている。

 贋作。

 真相はデオンさんが語ったとおりなんだろうけど、それにしたってヒデェ呼び方だ。ジャンヌの口調から覇気が完全に失せている。衝撃的な情報を俺とデオンさんにダブルで叩き込まれた挙句にジル・ド・レェを失って、心が折れかけているのかもしれなかった。

 ……どことなく、申し訳ない気持ちに襲われる。違うんだ。そんなつもりじゃなかった。俺はただ、命乞いをしたかっただけなんだ……。

 

『そう怯えることはない。君もまたジル・ド・レェの被害者だということは理解している……殺しはしないさ』

 

 デオンさんはどこか優しげにそう言った。「殺しはしない」。俺もさっきアンタにそう言われたよ。どうせ片手には、ジル・ド・レェの血で真っ赤に染まった剣をぶら下げながら喋ってんだろうなあ……。

 

『君が本物のジャンヌ・ダルク・ド・リスで、心の底から復讐を望んでいたなら良かったのだが。彼から『君が正気でない可能性』を聞かされるまで、私は本当にそう思っていたんだよ』

 

『わ、私に……マスターに逆らうっていうの!?』

 

『逆らいなどしないさ、ジャンヌ・ダルク(フルール・ド・リス)。これも王家の百合(フルール・ド・リス)に捧げる忠誠の形だ。【自己暗示】スキル持ちを甘く見たのが間違いだったね』

 

『ッ…………』

 

 ジャンヌは息を呑む。ご主人様(フルール・ド・リス)に狂気的忠誠を捧げるあまり(ころ)しちゃう系のサイコに目覚めたらしいバーサーク・デオンさんは、ご主人様へ(さと)すように語りかける。

 

『この特異点にもたらされた聖杯の、正当なる所有者は死んだ。ならば彼の持っていた聖杯はどこに行ったのかという話になるわけだが……それが、君か。願いの結晶。造られた魔女』

 

『ッ!? は、離しなさい!』

 

『離してほしければ力づくで振りほどくがいい。ずいぶんとパワーダウンしたようじゃないか? 

 ……聖杯によって造り出された君は、聖杯そのものでもあったというわけだ。

 けれど、それは聖杯の正当な所有者であることを意味しない。そう。これまでの聖杯を行使してきた君の力は、本来の所有者ジル・ド・レェの権利を借り受けていただけにすぎない……! そしていまや、彼は消滅した。ならばその権利もまた、』

 

『あ、あガッ、い、ぁ、……ッ』

 

 ずぶり、と嫌な音がした。

 ……つい数時間前に聞いたような音だった。十中八九、ジャンヌが土手っ腹をぶち抜かれた音だ。怪力サイコ中性美人騎士(シュヴァリエ)め。属性の盛りが過剰なんだよ。

 

『はは、当たりだ。聖杯にまだ魔力は残っているね。小さな願いなら数回くらいは叶えられるか? サーヴァントを数騎召喚する程度のことはできそうだ。だが……これの使い道は、そうではないのだろうな』

 

 デオンさんが呟いた、そのとき。

 

『──いくら騒がしいにしても程があるぞ。こんな時間に何をしている』

 

 ……んん、新キャラか? 聞いたことのない声が耳に飛び込んできたぞ。若い女の声だ。

 

『やあ、バーサーク・アーチャー。ずいぶん早く戻ってきたね』

 

『狩人は耳が良い。城の外まで妙な物音が聞こえていたからな。それで、汝の腕が貫いているのは我らのマスターだと思うのだが……重ねて問おう。バーサーク・セイバー。汝は一体、そこで何をしているというのだ?』

 

『ア゛ーチャー! い゛い゛から今すぐこいつを殺せッ!』

 

 ジャンヌが叫んだ。構うことなく、デオンさんは闖入者に答える。もっとも、その手はジャンヌの腹ン中に納められているのだろうが。

 

『バーサーク・アーチャー。我が願いを持って君の問いに答えよう。

 

 ────聖杯に願う。

 ──【私以外の全てのバーサーク・サーヴァントに与えられた狂化を解呪せよ】

 ──【オルレアンの魔女とそのサーヴァントの間に結ばれた全ての契約を破戒せよ】』

 

 その厳かな声の連なりが俺の脳まで届いた瞬間、それを追いかけるようにガラスが割れるような音が耳を貫いた。

 サーヴァントたちの苦悶の声と、しばしの静寂。どさりと重いものが床に崩れ落ちる音。

 ジャンヌの声が呻きを上げて下の方から微かに響く。床に倒れたのは彼女だったのか。腹を抉っていた腕を引っこ抜かれたらしい。

 そのまま、沈黙が三十秒ほど続いただろうか。やがてバーサーク・アーチャーが口を開いた。

 

『……………………ああ。そうか。そういうことだったのか』

 

『正気に戻った気分はどうだい? ()()()()()

 

『……率直に言って最悪だ。己が狂気の中にあったという記憶をこうも直視させられてはな。汝もそうだろう。フランスの蹂躙に加担させられたフランスの騎士』

 

 ……狂化(バーサーク)とやらが、解けたのか? 聴いてる限りじゃよく分からんが……。

 アーチャーは低い声で続けて言った。

 

『なるほど。我らはそこな魔女に操られていたと言うのだな? この私の魂を汚し、あろうことかこの地に生きる幼き子どもたちを私自身の手で殺めさせたのだと。……セイバー、そこをどけ。その魔女は私が(くび)り殺す。断じて許せん』

 

『っ……』

 

 顔も知らない新キャラ・アーチャーさんは自分が洗脳されていたことに怒り心頭のご様子だ。

 しかし、デオンさんは彼女の言葉を否定する。

 

『いや、それは出来ない』

 

『何故だ?』

 

 アーチャーの声が恐ろしげな響きをまとった。

 

『この贋作は、ジル・ド・レェの願いによって作り出された存在。そして同時に、この特異点の異変の元凶たる聖杯そのものでもある。だから彼女は、【プレイヤー】……21世紀から来たという修復者達の手に引き渡さねばならないだろう。

 ……そうしなければ、これより先の未来すべてが書き換えられることになりかねない』

 

 ……このシナリオ、タイムパラドックス物でもあったのか。

 俺はそんな驚きを密かに抱く。アーチャーはなおも殺意を隠さない。ジャンヌは? 唸り声だけは聞こえるけれど……本当に動けないのか?

 

『殺してから中身だけ引き渡せばよかろうよ』

 

『それも一つの手だとは思うけど。君も知っているだろう。【プレイヤー】たちはあまりに弱い。カーミラの尋問によれば、彼らは7つの特異点を観測しているそうだ。つまり、このフランスと同じ惨劇が人類史の7つの時代で起きている。……未来を護るためには、きっと力が必要だ』

 

『……それで?』

 

『私も君も、そしておそらくあの白い聖女もまた、この特異点の聖杯によって呼び出された存在だ。王家の百合(フルール・ド・リス)……フランス……人類の未来。それを護らんとする【プレイヤー】に協力したい気持ちはあるが、特異点が修復されれば我らは消滅を免れないだろう。でも、サーヴァントにして聖杯たる彼女だけは、話が違う』

 

 そこで、少しの間があった。

 さり、と布ズレの音がする。同時にジャンヌの唸り声が近づいた。

 どうやらデオンさんが床にかがみ込んだらしい。

 

『っ……、ろ、せ……ッ!』

 

『殺さないと言ったはずだ。君はフランスを焼いた咎人。操られた私たちにも恨む気持ちはある。だが、全てはジル・ド・レェの悪意が起こしたことだ。情状酌量の余地はあるのだろう……。

 

 けれど。君は、君自身の為した行いについて埋め合わせをしなければならない。

 

 何のことだという顔をしているね? 教えてあげよう。

 君は、『君が殺してしまった()()()()()()()()に代わって、この国を救わねばならない』。

 

 ……そも、オルレアンの聖女ジャンヌ・ダルク・ド・リスはフランスを窮地から救いはしたが、百年戦争そのものに終止符を打ったわけじゃあない。

 分裂する国内勢力を統合し、イングランド軍をこのフランスの大地から追い出して、戦後の国土復興に尽力なされたのは、他でもない【勝利王】シャルル7世陛下の手になる御業(みわざ)。まさにフランスを救った救国の王だ。後年には聖女の名誉回復のための裁判も行っておられる。

 

 そのような御方を、君は逆臣ジル・ド・レェの甘言に乗せられるままに焼き殺したのだ。当然、その損失は埋め合わせなければならないだろう?』

 

 デオンさんは滔々(とうとう)と語る。フランス王家に忠誠を捧げてるって言ってたもんな。国王が殺されたともなれば言いたいことも色々あったっていうわけか。

 

『無論、君がただ凡百な存在であるならこんなことを言ったりしない。だが、君は万能の願望機たる聖杯とあのジル・ド・レェの執念によって、限りなく精巧に作られたジャンヌ・ダルク・ド・リスの贋作(オルタナティブ)だ。彼女のごとく、綺羅星の如き輝きで我がフランスを護ってみせるだけの能力があるはずだと私は信じている。

 ゆえに邪魔なのは、ジル・ド・レェが君に刷り込んだその憎悪と怨念。……それを、これから聖杯の力を以て封印させてもらう』

 

 “!?”

 驚く俺とシンクロするように、ジャンヌの唸り声が一際大きくなった。バーサーク・セイバー。こいつ、自分だけまだ狂化を解呪していない……サイコっぷりが限界突破しつつあるッ!?

 

『なに、単純な強制(ギアス)の呪いだよ。術者が定めた条件を満たさない限り、フランスの、いや、人類の未来を脅かす存在以外に対する君の攻撃行為を禁則とする。解呪の条件はただ一つ。人類史に刻まれた7つの特異点を修復し、ジル・ド・レェに聖杯を授けた……此度の異変の真の黒幕を【プレイヤー】と共に突き止めて、その脅威を排除すること』

 

【Message:シュヴァリエ・デオン】

 

 デオンさんがジャンヌを呪おうとする。

 しかし同時に、俺へのメッセージを送りつけてきた。ずいぶん器用なことをするんだね。俺はそれを開封する。そこに書かれていたのは……

 

【key:John1224. Amen.】

 

 ……なんだろう? (key)

 それは、謎の英数文字列だった。えぇ、何これ暗号? 困るよー。俺そんなの読めないってば。

 

『君は、シャルル7世陛下に代わってフランスを救うために、人類を救え。それが王を殺した君の贖罪だ。全てが終わったとき、君の中にまだ復讐の焔が残っているなら……改めて君自身の復讐を世に問うがいい。ジル・ド・レェのそれではなく、君自身のための復讐を。

 だが、ひとつだけ覚えておくことだ。この特異点で創造された贋作たる君は、異端審問も火刑も受けてはいない。全ては偽りの記憶……。

 

 ──聖杯に願う。

 

 【贋作たるジャンヌ・ダルク(ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ)に、強制(ギアス)の呪いを与えよ】。

 

 我が願い(呪い)を以て、贋作の魔女を救国の聖処女となせ──』

 

 

『アァァッァァッッ! 巫山戯るなッ! 巫山戯るな、シュヴァリエ・デオンッ……! 私は、絶対にお前をォォ……ッ!』

 

 

 しかし、ジャンヌの言葉が最後まで語られることはなく。

 その声は、突然オルレアンに降り注いだ雷鳴のような地を揺るがす轟きによって掻き消されたのだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

『……ただの貴族あがりの騎士とは思っていなかったが、まさか外道の類いであったとはな。それとも、それも【狂化】のなせる狂態か?』

 

 地響きのような異音の中で、アーチャーが言う。

 

『──何とでも言うがいい。このフランスを救うためならば、私はいかな悪徳の罪さえ担ってみせるだろう』

 

 デオンさんはただ冷ややかに言葉を返した。ジャンヌの声はさっきの叫びを最後にずっと聞こえていない。……気絶でもしたのだろうか?

 

『そんなことより、アーチャー。君にはこれから、聖杯たる彼女と地下牢に投獄されているプレイヤーを運び出してもらう。届け先は、プレイヤーの元締め【カルデア】だ。具体的な行き先は、地下牢の彼に聞くがいい』

 

『汝は私のマスターではないだろう。その言に私が従う理由があるか?』

 

『彼らを助けることは、未来を護ることに繋がる。未来を生きるべき罪なき子どもを見捨てられる君ではないだろう』

 

『…………』

 

 アーチャーは沈黙した。

 俺はそれを聞きながら、ワイバーンたちがガジガジ齧っていた鉄格子の傷跡をガンガン蹴りつけている。さっきから地震か何か知らないが、地響きが凄いのだ。地下牢の天井からは絶え間なく土埃が舞い落ちていた。このままだと生き埋めになりそうな気配がプンプンしやがるぜ。

 

『……地下牢のプレイヤーとやらについては、理解しよう。だが、その魔女は駄目だ。子どもを護るためにというならば、やはり私は、それを殺さずにはおかん』

 

 アーチャーは頑なだ。子どもに対して思い入れがあるのだろうか? そういえばジャンヌとお話してるとき、アーチャーの名前が出なかったのは……。

 

『……彼女も子どもだ』

 

『何だと?』

 

『ジル・ド・レェによって憎悪と復讐の意思を植え付けられたとは言え、彼女自身は未だ聖杯によって生み出されて数ヶ月にも満たないはずだ。おそらく、盲目的な復讐以外の何も知りはしないだろう。それは……アーチャー。不幸な子どもの有り様だとは言えはしないだろうか』

 

『ハッ』

 

 だが、アーチャーは嘲笑った。

 

『自ら呪いをかけておいて、よくもそのようなことを口に出せる』

 

『それとこれとは別の話だよ、アーチャー。罪には罰を。だが、君にとっては……憐れむべき、救われるべき魂ではないのだろうか』

 

『……』

 

 断続的に地響きが襲い来る。……俺、なんとなくこの地響きのリズムに覚えがある気がするわ。そして、その正体も察しがついてきた気がするぞぉ……。

 

『長話をしている時間はないよ。聞こえているだろう、ファヴニールが目覚めようとしている。おそらく、主たる魔女が敗北したことを認識したのだろうな。支配の(くびき)から解き放たれた、本物の邪竜の覚醒だ』

 

 そう、それな。このリズム、すげぇ寝苦しい夢見てる時の(うな)され方に似てるのよ。

 

『聖杯とやらをプレイヤーに引き渡せば事態は解決するのだろう? ならば放っておけばいい』

 

 アーチャーは至極冷静にそんな提案をする。俺もその意見を全力で支持したい。あんなバケモノとまた戦わされるのはゴメンだね!

 

 ……でもさあ。

 この展開、何ていうか……。

 

『それが出来れば苦労はしないさ。だが、そうはいかない。なにせ、あれは元来宝物を護る【巣篭もりの竜】だ。今の奴がねぐらにしているこのオルレアンから、宝物を盗もうとする存在を許しはしない。きっと地の果てまでもその盗人を追いかけるだろう。

 ……そして今。このオルレアンにある、最も価値のある宝物は──』

 

 あーあ。特殊ルールのラスボス戦きちゃったよこれ。

 俺は嘆息する。今このオルレアンにある、最も価値のある宝物だって?

 

 …………そんなの、聖杯(ジャンヌ)に決まってるじゃないか。

 

 そしてもちろん、通話先の二人も同じ結論に至ったらしい。

 

『……ああ、なるほど。それで私か。……いいだろう。人間二人程度の荷物を抱えたくらいで、この私が巨竜ごときに追いつかれるものか』

 

『頼んだよ。君の俊足に世界の未来が掛かっている』

 

『……だが、魔女が邪魔になったら中身だけ抜いていくからな。それで汝はどうする。私は、足の遅い者を待ってやるつもりはないぞ』

 

『私か?』

 

 デオンさんは、そこで笑った。ジル・ド・レェとやりあってた時の皮肉や嫌悪を込めた笑い声ではなく、サイコ覚醒する前の俺の記憶にある華やかな笑い方でもない。それは俺が初めて耳にする、とても儚い笑い声だった。

 

『……私は、ここに残るよ。

 ここに残って、あの竜が君を追いかけるのを食い止める。この命を賭して。

 

 私もまた、フランスを蹂躙した罪人なんだ。

 だから、私の罪は私自身の命で以て償わなければならない。

 

 ──聞こえているだろう? 『君』がもしマリー様……マリー・アントワネット王妃にお会いすることがあったなら。どうかこの愚かな騎士(シュヴァリエ)の最期を語らずにいて欲しい。

 

 マリー様やジャンヌ・ダルク・ド・リスのような美しい心を持った方々の輝きに、その傍らにいただけの私やジル・ド・レェの振る舞いが影を落とすことなど、あってはならないのだから。

 

 

 ……ああ、心配してくれるのかい? ありがとう。残念ながら『君』とは友人付き合いと呼べるほどの時間も持つことはできなかったが、それでも『君』と友誼を結ぼうとした選択を私は間違っていなかったと思っているよ。心配はいらないさ。私はバーサーク・セイバー。この心を侵す狂気に身を委ねる限り、あの大邪竜を前にしても私は(おび)えず、(すく)まず、己の性能を十全に発揮して戦うことが出来るだろう。

 

 だから、さあ。一刻も早くこのオルレアンから逃げるがいい。

 魔女の呪縛は解かれた。この地に残る全ての英霊が君たちに力を貸すだろう。

 どうか、その総力を結集して──

 

 ──このフランスに残された最後の脅威、【大邪竜ファヴニール】を撃退してほしい』

 




解説は活動報告に。

(予告)
フランスの破壊を目論む涜神の魔術師ジル・ド・レェは(たお)れ、復讐の魔女は無力化された。
しかし、彼らの残した最後の怪物【大邪竜ファヴニール】が聖杯を奪わんと襲いかかる。

勝利の鍵でありながら呪いで宝具を封じられた魔剣のセイバー。
三度、騎士の誓いを胸に戦場へ降り立つランサー、ディルムッド・オディナ。
共闘を果たすべく戦場へ急行するライダーと、独自の価値観で戦場へ介入するアーチャー。
リヨンからはフランス軍とジャンヌ・ダルク率いるサーヴァント・プレイヤー連合が駆けつける。……最後の戦いが始まろうとしていた。
次回より、『ロワール川血戦』編。

(2021.05.01 プロット変更により予告内容は焼却されました)
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