FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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大変長らくご無沙汰しております。
1章オルレアン完結→幕間→2章セプテムプロローグまで連続更新予定です。

更新停止中に原作第2部が始まり、様々なキャラクターが実装されました。
それらに伴い、本作品において次の変更を行いました。

・主人公のクラン名変更:
第2部5章でアルゴノーツが補完され、本作3章プロットが大幅に変更されたため。

また全体に加筆修正を行いました。
よろしくお願いいたします。



1-15

>>> [1/3] 夜を走る。第一幕

 

 『FGO』第一特異点(ステージ)オルレアン、すなわち西暦1431年。

 

 その時代設定が意味するのは、フィールド上に夜を照らす街明かりが存在しないということだ。夜ってめんどいよな。VR関係なく導入されることも多いけど、ものが見えにくいってだけで諸々の効率が爆下がりする。人間、夜は寝るのが一番だ。そうと分かっていながら夜更ししてしまうのも人間だけど。

 ともあれだ。俺が見上げる黒々とした天蓋は、宝石箱をぶちまけたかのように星々の輝きを散りばめていた。

 

「ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ」

 

 そして俺は、声にならない断裂音を喉から絞り出し続けている。激しい振動。ヘドバンじみて上下に揺り動かされる俺の頭部が位置エネルギーの増減を繰り返すたび、夜空に光る無数の星々は、流星のように長く残像の尾を引いた……。

 

 

 

 

 俺は珍しく感傷的になっていた。

 それは、俺の視界の片隅に展開されたフレンドリストの一番上。そこに文字化けアカウントとして登録されたばかりの『シュヴァリエ・デオン』の接続状態が、オンラインを示す緑色から通信切断(オフライン)状態を意味する灰色に変わってしまったからなのだろう。

 

 俺たちがオルレアンを離れてから、すでに30分ほどが経っていた。

 

 

 

>>> [2/3] 回想・地下牢にて。 / そしてそれから

 

 

「【プレイヤー】はいるかっ!」

 

 デオンさんが黒幕ジル・ド・レェを始末してから数分後、見知らぬケモミミアーチャーが地下牢の扉を蹴り開けて現れた。どうやらこいつがデオンさんとの通話に割り込んできた元バーサーク・アーチャーとやららしい。俺がオルガへ今しがたのデオンさん事変のニュース速報を取り急ぎ流し終えた直後だったのは、間が良かったのか悪かったのか。いずれは彼女のこともカルデアに知らせねばなるまいが……。

 

 二度手間は面倒だなと言う気持ちと、オルガに情報リークしたら情報料で俺の所持金が一桁増えたのでヤッターみたいな感情がせめぎ合っている。金が無かったら面倒が勝って連絡サボったかもしれない。やはり金は偉大だ。『経済なき道徳は寝言である』とは二宮金次郎=尊徳先生の御言葉だが、偉い人は良いことを言うものだなあ。

 

 そんな感慨を抱きつつケモミミの様子を観察してみよう。

 俺の牢屋の前でいつものように鉄格子をガジガジしていたワイバーンどもが、突然の侵入者出現に牢番の仕事を思い出したのか、キャンキャン喚いて威嚇を始めた。その耳障りな合唱に、ケモミミアーチャーの頭上の耳がぴこっと動いて反応するのが見て取れた。そして威圧的な声で言う。

 

「うるさいぞ。少し黙れ」

 

 Grr! キャンキャンキャン! GRRRRR!

 

 ……ま、そう簡単に意思疎通できたら苦労はねぇわな。

 この牢屋のワイバーン全てを個体識別できる程度には長い付き合いになってきたと自負する俺が言うんだから、間違いない。

 

「――なるほど。(しつけ)がなっていないようだな」

 

 ワイバーンたちに発言を無視されたケモミミが、低くつぶやく。

 次の瞬間、一番けたたましく喚いていたワイバーンが突然すごい勢いでぶっ飛んで、牢屋の反対側の壁にピン刺しにされていた。目にも留まらぬ速さで喉元を撃ち抜いたらしい一本の矢が、壁にぶっ刺さってなお勢いを殺しきれずにビンビンと震え続けてる。速射。プレイヤーのそれとは格が違う、これがサーヴァントのチカラ……。

 

 ええ……? 俺はドン引きした。

 

 スンッ……。ワイバーンたちも騒ぐのをやめた。

 

 

 そして訪れる、痛いほどの沈黙。

 

 

 コツコツと牢屋を歩き回るケモミミの足音だけが響き渡っている。

 ……怖っ。俺は息を潜めた。

 

「そこか」

 

 しかし無駄な抵抗だった。気配か何かを察知されたらしい。そもそもよく考えたら、大人しく良い子にしてた俺は特にケモミミから隠れる理由がねぇ。でも怖かったんだから仕方ない。そういう気持ちを分かって欲しい。

 ケモミミは俺の潜伏するお部屋に向かって足早に近づいてくる。ワイバーンたちは牢獄の片隅で身を寄せ合うように固まり動こうとしない。お前ら、怯えているのか……?

 

 俺は震えるワイバーンたちと一緒に、ケモミミへと注意を向けた。

 

 こいつが最後のサーヴァント、アーチャー。おそらくは、このオルレアン特異点の各地でプレイヤーたちを無差別マップ攻撃していた『矢の雨』の正体が、こいつなんだろう。

 

 なびく髪から漂ってくる草っぽい匂い。均整の取れたシルエット。揺るぎない所作。そしてアーチャーというクラス……要は女狩人か。素性は知らんが、やはり俺たちプレイヤーのロールプレイとはモノが違うな。堂に入っている。

 細身の体躯に、キツめの性格で武人っぽい感じの、だが森の香りをほのかに漂わせる脳筋系エルフ感……。ははぁ。典型的な低STR(筋力)AGI(敏捷)ビルドと見たが、どうかっ?

 

 俺の牢屋に到達したケモミミは、白く細いお手々で傷だらけの鉄格子をガシッと掴むと、そいつをグワッと勢いよく捻じ曲げた。

 

 ばっ、蛮族~~~!

 

 俺はぴぃっと警戒音を立て、牢屋の奥へころころと転がって避難する。視界の奥でワイバーンたちが俺と全く同じ逃避動作を取っていた。扉! 扉あったでしょ! なんでそんな風にモノ壊しちゃうの!? 乱暴!

 

「この砦は既に用済みだ。それより話は聞いていたそうだな? 時間がない。さっさと出るがいい」

 

 ああ、そう。廃棄を前提にした効率重視の振る舞いをしているとおっしゃる。なるほどね……。そういうことなら、こっちにも考えがあるっていうもんだ。

 

 俺は彼女の言うとおりに立ち上がろうとして、先刻デオンさんに腹をえぐられたせいで死にかけだったことを思い出した。そのままパタリと床に倒れ込む。そして心底不思議そうな表情を作ると、くいっとメガネを押し上げるジェスチャーを入れつつ現状報告をした。

 

「おや? どうしたのでしょう。立てませんね……?」

 

「……ちっ、腑抜けた男だ。一体なぜ、処女神(アルテミス)様に仕える私がこのような……」

 

 呆れた様子で牢屋へズカズカと踏み込んできたケモミミが、仕方ないとばかりに俺の襟首を掴んで持ち上げる。そしてそのまま俺を肩に担いで牢を出ると、元来た入口へ向かって歩きだした。俺はお持ち帰りされる狩りの獲物めいて、身体を「く」の字に曲げて四肢をブラブラさせつつ大人しくする。

 

 ……そうだ。それでいい。

 さっきの振る舞いを見た俺は、お前がそうするだろうと思ったんだよ。お互い、効率を重視するならこう動くしかないはずだ。だからこうして、合法的に肉体的接触の機会を確保しつつお前の肩の感触を味わっている……。

 

「妙な真似をしたら置いていくからな」

 

 ケモミミは言う。左様で。彼女の華奢な肩先で腹を突き上げられながら、俺は従順に頷いた。

 

 ……へへっ、心配はいらない。妙な動きなんてしないとも。俺は腹八分目を知る男……。ファーストコンタクトからどうこうしようなんて気はないさ。だが、そういう一言を入れてくれるってのは嬉しい配慮だぜ。細かな積み重ねでキャラが立つ。

 

 ところで、地鳴りの頻度が上がってきた気がするな? いよいよファヴニールの覚醒が近いのか。

 あ、目的地? リヨンでよろしく。南東ね~。ダチがそこでドンパチやってるからさ。リツカなら俺を匿ってくれるだろ。

 

 担がれたまま言葉を交わしつつ、牢獄の外に出る。おっと、蹴り壊された扉の先に女が一人転がっている。気絶しているらしく顔はうつ伏せになっていて見えないが、それが誰かはひと目で分かった。無力化された魔女。もとい、ジャンヌ・ダルクの贋作さん(オルタナティブ)だ。

 

「デオンさんは?」

 

 ここにいないもう一人の所在を聞いた。もっとも、たとえ聞いたところであのファヴニールに単身立ち向かおうとしているデオンさんに対して、今更俺に何か出来ることがあるとも思えなかったが。

 俺の質問にケモミミは直接答えようとせず、肩の上に担いだ俺の身体のそのまた上に、ぐったりしている魔女の身体を積み上げることで返事の代わりにしたようだった。

 

「ぐえっ」

 

 のしかかった重みに俺は呻く。それでケモミミとのやり取りは終わった。コミュニケーション不全にも程があるやり取りだったが、状況は既に会話どころではなくなっていたからだ。

 

 

 

 

 ふにゅんっ……!

 

 

 異質な感覚が、俺を襲っていた。

 

 なにっ……!? 俺は目を見開いた。

 感じる。圧だ。柔らかい、圧ッ……!

 脳内で非常事態警報が鳴り響く。なんだ。何が起こっている……?

 

 ケモミミが歩き出した。細かな振動が、肩の上の俺と魔女様を細かく揺さぶってくる。

 

 ふにっ。ふににっ。

 

 ……くうっ。

 

 俺は再び呻く。原因は明確だった。魔女様の胸部にたわわに実った左右双峰の魔女様が、俺の背中に()()()()()()

 

 なんてことだ。俺はその破壊力に恐れおののいた。状況を把握しようとする理性が、一瞬でピンク色に染め上げられていくっ……! だが今の俺には胸のことなど気にしている余裕はない。俺は理性の手綱を固く握りしめる理由があるからだ。それはつまり、リヨンへ向かったというバーサーカー【ランスロット】に続いて判明した素性不明のケモミミサーヴァントの情報についてとか、ファヴニールが覚醒おっぱいした件についてとか、そして何より黒幕おっぱいの顛末と聖おっぱい杯の行方をカルデアに伝えるという義務がありおっぱい!

 

「がああああっ!」

 

 ダメだ! 俺は叫んだ。この思考は駄目っ……! カット……カットだっ……!!!

 

「騒ぐな。ファヴニールに気取られる」

 

 ケモミミが冷たく制止する。この状況でそれが出来たら苦労はねえよっ。

 俺の中のシリアスは、背中を押す魔女様の膨らみの恐るべき豊満さによって、凄まじい勢いで侵食されていた。もはや一刻の猶予もない。

 

 で、デオンさん……。

 

 俺は切り札を切った。現状の元凶たるシリアス発生源に思いを馳せる。俺に対して示された、特に理由の見えない好意の数々。それは俺の心中に一抹の優しさとサイコの恐怖を想起させた。あるいは友情めいた感傷。矛盾した感情の爆発。サイコバースト……。

 続いて俺は、デオンさんにぶち抜かれた内臓の感触を思い出し、恐怖によって己の理性を引き戻そうとした。しかしお腹に意識を移した瞬間、今度はうつ伏せの状態で担ぎ上げられた俺の腹に当たるケモミミの小ぶりで華奢な肩の形がはっきりと意識され。

 

 結論から言えば、俺はもう駄目だと思った。

 

 

 そんな一方でケモミミは、肩に積み上げた俺たちお荷物を軽く揺すって位置を調整していたらしい。そして「行くぞ」と小さく呟いた。幸いにもお荷物一号こと俺を悩ます煩悩には気付いてないようだ。どうぞ、と俺が辛うじて残された理性を口から絞り出したその瞬間────世界が、加速した。

 

「アッ──!!!」

 

 呼気とも悲鳴ともつかない音が俺の喉あたりから漏れて出る。そのあまりの加速度に、頭の中のピンク色が消し飛んだ。

 

 廊下の装飾らしきものが一瞬すさまじい勢いで視界を流れ、すぐ消える。

 

 疾走を開始したケモミミは、俺には認識できないほどの速度で砦の廊下を走り抜け、開いていた窓か何かから外へと飛び出していたらしい。つい何秒か前まで建物の中にいたはずの俺の周りには、既にオルレアン市街の夜の空気が広がっていた。

 

「ゴッッッッ!?!?」

 

 そして、着地。いつかのクー・フーリンとはまるで違う、気遣いの欠片も感じない荒々しさだ。

 アーチャーの肩が着地の衝撃のままに俺の腹部を突き上げ、俺は目を見開いて嘔吐感をこらえる。

 

 ぐぅっ……ぐ……く……も、問題ない。

 

 背中にあたる魔女様の肉体の生々しさに意識を集中させれば、その柔らかさが俺に強い鎮静作用をもたらした。

 

 い、いいぞ。その調子だ俺。もっとだ。もっと精神を集中させろ……!

 

 俺の脳は、激烈な速度と振動がもたらす嘔吐感と、猛烈なおっぱいの柔らかさがもたらす多幸感を同時に入力されたことで、混乱の極みにあった。

 理性のタガが、ガタガタと音を立てて緩みだす。

 

 ──嘔吐感。気持ちが悪い。ゲロ吐きそう。

 

 ──魔女様はケモミミに任せて、俺はもう死に戻っていいんじゃないか?

 

 ──だが──この背中に当たる柔らかい感触は──

 

 ──この感触は、惜しい。今はまだ死にたくない。

 

 そうだろ?

 揺られているから気持ち悪い。揺られているから気持ちいい。

 二つに一つを選べないなら、俺はどうすればいい?

 

 ──そして朦朧とした意識が答えを出した。迷いが晴れるのを感じる。

 

「わかった、わかっタ、ワカtta、輪ヵッ他……」

 

 俺はワカッタ。分かっちまった。そうだ。理性を閉じろ。感覚に身を任せるんだ。

 肉の重み。そしていのちだけがもつ温かみへと。

 色香ではない。性欲でもない。回帰。そう、回帰だ。死でもなく、生でもなく、ただかつて在ったあたたかい場所へ還りたいという願望。それは、ヒトの持つ本能にも似て……。

 

 街の景色が飛ぶような勢いで過ぎ去っていく。風が轟々と唸りを上げる。見上げれば満天の星がそれぞれに残像の尾を引いていて、まるで流星雨のようだった。

 

 だが俺は、既にそんな雑多な風景など受容していない。

 むしろもっと内側の。

 より原始的な……根源的な感覚に揺蕩(たゆた)っていた。ケモミミアーチャーの踏み込みが生む激しくも規則正しい振動と、それに突き上げられた俺の(からだ)を押し返す魔女様の(からだ)の柔らかな感触だけが、俺に残された真実だった。

 

 ザリ。

 

 いつの間にか、建物一つ見えない夜の原野を走っている。

 街灯などあるはずもない。月と星だけがぼんやりと世界を照らす。

 

 ザリ。ザリ。

 

 視界に混線するのは、その夜の光景と同じくらい暗い部屋。異国風の調度……アラビアン。見たことがある気がするのに、いつ、どこでの記憶なのかを思い出せない。

 月が陰ったのか森に入ったのか、視界がだんだん暗くなっていく。

 感覚されるのはアーチャーから漂う森の匂い。魔女様の身体から滲む血の匂い。そしてほのかな……

 

 ザリザリザリザリ……。

 

(((────本当に。仕方のない人ですね)))

 

 ……ほのかな、西洋薄荷(ペパーミント)の香り?

 

「はっ!??!!?」

 

 あああ、あっぶねー!

 俺は正気に戻った。完全に白目をむいて、死にかけていた。

 

 くそっ。何がどうなってる。イマイチ頭が回らねぇ。俺は……。

 

 背後で轟くファヴニールの唸り声が、いつの間にかずいぶん大きくなっている。

 視界の片隅に開きっぱなしのフレンド欄に注意を向ける。一番上の、文字化けじみたデオンさんのそれはまだ健在だ。

 よかった。

 

 

 俺は、ふっと安堵の息を吐き。

 

 

 次の瞬間、デオンさんのオンライン表示がふっと消灯するのを、呆けたように見届けた。

 

 

「――――え?」

 

 

 ファヴニールの咆哮が、一際大きく響き渡る。

 

「セイバーが(たお)れたか。少しスピードを上げるぞ」

 

「あ、ああ。…………いや。え?」

 

 ケモミミの冷たい声に一瞬現実へ引き戻された俺は、肯定の意を込めて返事をしようとし、再び困惑のるつぼに落ちた。意図が正しく伝わったかどうかは、分からない。

 

 だが、まあ。そんな俺を担いだまま全力疾走し続けているケモミミ女は、正しく俺の意を汲んだようだった。

 一際強い踏み込み、そして加速。

 

 いや。最初から俺に答えなど求めていなかったという可能性もある。その場合、一応一言かけてくれたこのケモミミは、意外と律儀な性格だったのだろうか。俺はそんな、どうしようもないことを考えていた。

 そして並行するように、今しがた俺の最新のフレンドが……NPCがオフラインになったということの意味を、ゆっくりと咀嚼していた。

 

 

 

 

 

>>> [3/3] 夜を走る。第二幕

 

 NPCがオフラインになった。

 

 経験上、プレイヤーの意識をトバしても接続状態に変化は生じない。死のうが気絶しようが、オンラインはオンラインのままである。だからこそ……目の前の、通信途絶(オフライン)状態という変化が意味するものは。デオンさんは、もう既に。

 敵だったのか味方だったのか。男だったのか女だったのかさえ結局よくわからなかったが、俺のフレンドではあった。それは……。そう。友達になれたかもしれないということだ。

 

 ……くそッ、だめだ。思考がまとまらない。俺は思ったより動揺してるらしい。

 

 とにかく、味方になりえたサーヴァントの一角が脱落したという事実がある。そしてもう一つ、大ボスとしてレイド級エネミー、ファヴニールが覚醒したという事実。

 

 一方で、ケモミミアーチャーに運搬される俺の上には魔女様が積み上げられている。聖杯の奪取は達成できたということか。つまり、特異点修復達成(ステージクリア)条件へのアクセスだ。

 

 総合するならば、現状はやはりオルレアン特異点(ステージ)の最終盤といえるだろう。プレイヤー全体の進行度がまだ途中の街(リヨン)であることを考えれば、前倒しでイベント起こしちまった感は否めないが……。いや。俺は何も特別なことはしちゃいない。精一杯生き残るためにゲームプレイ上可能な範囲での説得と交渉を行い、あとはNPC(サーヴァント)同士の内輪もめを横で聞いていただけだ。つまりこれは必然。起こるべくして起こった結果ということか?

 

 そうだ。そうに決まっている。

 だから。

 なるほど。

 やはり俺は悪くねぇ。

 ……悪くねぇ、はずだ。

 

 俺は強引に気持ち(マインドセット)を切り替えることにした。

 リアルタイムでイベントが進行している以上、いい加減で暗い感情を振り切って通常営業に戻らなければならない。

 そのためには……。

 

「ん、うぅ……」

 

 おっと、お(あつら)え向きだな。眠り姫がうなされているようだ。

 寝心地が悪いのか、俺の背中でもぞもぞ動こうとする魔女様の四肢を、俺はガシッと掴んで固定した。細いながらも柔らかく沈みこむ魔女様の腕の感触が、それを握る俺の手のひらを通じて伝わってくる。

 

 おいおい、あんまりモゾモゾ動くなヨ? 振り落とされちまうからな……。

 

 相手に意識はないが、念じれば届くかもしれない。そういう気持ちを込めて、強く思念を脳へ刻み込む。これは善行。最重要人物である聖杯(まじょ)の危険を防ぐための、いわば不埒な感情の介在する余地が無い極めて倫理的かつ良心的な振る舞いであるということをアピールする必要があるからだ。どこか遠いところで俺たちの思考と行動を検閲しているだろう運営(カルデア)に。

 

 

 ――オトコ、と呼ばれる警句がある。

 

 ・「お」さわりしない

 ・「()」らない

 ・「(ころ)」さない

 

 以上3つの頭文字をとった言葉だ。自由を謳うVRMMOである『FGO』において、なお禁止されているアクション。それを端的に示したものである。俺たちに紳士的振る舞いを強要する三か条、破れば激烈な強制弱体化(デバフ)のペナルティがある。罪状によっては、その場にぶっ倒れて立ち上がることすらできなくなるほどに。

 

 無論、抜け道が無いわけではない。プレイヤーの飽くなき検証によって、いくつかの例外事象が報告されている。例えば……

 

 ……いや。そういう話は今はいい。

 

 つまり動機の話だ。

 身も蓋もない言い方をすれば、せっかくのチャンスなので、魔女様へのおさわりについて情状酌量を狙っている。肉体的接触に関するペナルティは、乱戦時などにおいては基本的に免除されることが多い。つまり不可避の接触は対象外。この特殊イベントじみた状況の真っ最中ならば、もしかしたらという気持ちがあった。

 

 そもそも、いくらおさわり禁止と言ったって、偶然誰かの身体に触れちまうことはある。戦闘中はもとより、平時にだってトラブルじみたラッキー展開は起こりうるだろう。なぜって、仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)ってのはそういうシチュを可能にする技術であるからだ。モニターを介する従来のゲームでは実現不可能とされてきた、肉体(アバター)という「実」のあるコミュニケーションが、俺たちをこのゲームに駆り立ててきた……。そういう側面があることを俺は否定しない。エロと戦争は技術を進める2つの車輪。誰の言葉かは知らんが、間違いなく真実を指していると俺は思う。そういう事を考えながら、魔女様の二の腕を揉みあげるようにして絶妙な力加減の塩梅を探っている。無論、彼女が振り落とされないようにだ。聖杯の運搬が攻略の必須条件である以上、このムニムニは必要悪。いや、悪ですらない。なぜって俺に不埒(ふらち)な気持ちなど微塵もないからだ。つまりセクハラではない。いいね?

 

【!DANGER!】

 

 よくなかった。

 視界に真っ赤な警告文が踊る。

 

「横に跳ぶぞッ!」

 

「ゴッ!?」

 

 いや、別件だった。

 

 横っ飛びに緊急回避したケモミミを追いかけるように、空から炎弾が落ちてくる。ファヴニールの口から放たれるナパーム唾だ。咆声も気づけば既にずいぶん近い。射程に入られたのか……!

 

「山に入るッ! 落ちないようにしっかり捕まっていろっ!」

 

 一瞬獣じみた四足姿勢――俺たちを片手で担いでいるから三足だが――を取ったケモミミが、そこから猛加速する。弾丸じみたスプリントで突っ込んでいく先には、木々が生い茂る小山があった。なるほど、頭上からの炎弾直撃を避けるルート取りというわけか。やはりこいつもクー・フーリンやデオンさんと同じサーヴァント。プレイヤーよりよほど判断が早いし、的確だ……。

 

 だが、判断が早ければ良いとは限らない。

 俺は加速する視界の前方に、運悪く山を降りてきたらしいプレイヤーの姿を捉えていた。中年男性のアバター、背中には木製のカゴを背負っているのが見て取れる。前線を離れて山菜採りでもしていたか?

 

「な、何だ!?」

 

「邪魔だっ!」

 

 猛スピードで突っ込んでくる俺たちを見て動揺し、思わず後じさろうとして硬直する中年男性プレイヤーの脇をすり抜けるような位置取りへ、ケモミミが走り込んでいく。

 しかし生い茂る木々が明らかに邪魔だった。このままケモミミが中年男性の横を抜けるコース取りでいくならば、ケモミミはともかく、俺と魔女様は路上に長く張り出した枝に激突してお陀仏まっしぐらである。

 

 見る間に男との距離が詰まっていく。ケモミミがスピードを落とす気配は微塵もない。ちょうど俺の頭の高さで伸びているぶっとい枝が、恐ろしい勢いで近づいてくる。

 

 死ぬッ……! これ死ぬけどッ!?

 

 

「口を閉じていろッ」

 

 ケモミミが吠えた。同時に、ぐいっと一際強く俺たちお荷物を抱え込む。

 ずっと規則正しいリズムを刻んでいたケモミミステップが、ズガガッと特徴的な足運びを混じえてリズムを変えた。

 視界が360度高速回転する。――ケモミミターンだ!

 

 ちょっっ……!

 

 

 と、思った次の瞬間。俺達は森の中にいた。

 

 

 えっ?

 

 

 後ろで、ファヴニールの炎弾を受けたと思しきさっきの中年男性の「ぬわーっ!」という声がする。あまりのスピードに認識が追いつかなかったが、どうやらさっきの変則ケモミミステップは高速スピンしながら男の脇をブチ抜いていくための走法だったらしい。

 

 ……ん? そんな技術、どっかで聞いたことがあるような…………。俺の脳裏におぼろげな記憶が引っかかり、そして俺はアイデアロールに成功した。

 ハッ! こ、この技はまさか……! あの伝説の!

 

 

「デ、【デビルバットハリケーン】……ッ!!!?」

 

「……【アルカディア越え】だ。私のスキルにいきなり変な名前をつけるんじゃない」

 

 

 あ、はい。さいですか。

 俺は黙って荷物に戻ることにした。

 

 

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