FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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>>> [1/3] 取り戻された明日(みらい)への第一歩

 

 

[AM 0:00]

 

 ぐらり、とファヴニールの巨体が揺らいだ。

 力を失った全身が大地に向かって崩れ落ちるようにゆっくりと倒れていく。

 

【MISSION CLEAR!】

【討伐ミッションを達成しました】

【達成報酬──】

 

 ミッション達成のアナウンスを見て、ようやく本当にあの邪竜を倒したのだと実感した。

 長く苦しい戦いだった──いや、その大半を牢屋で寝て過ごしてた気もするが。

 

「上出来だったぜ、マスター。お疲れさん。だが……ハァ、まだ一つ目の特異点だってのにこのザマだ。先が思いやられるったらねぇな……」

 

 クー・フーリンがドサリと地面に寝っ転がる。宝具もどきを使ったことによる消耗が回復していないのか、心底しんどそうな様子なので何も言わないことにした。

 

「ジークフリートさん!」

 

 リツカの叫び声が聞こえる。視界共有が切れたせいで遠目の暗がりに薄ぼんやりと見える視界の中、ファヴニールの頭部から脱力した様子の人影が落ちてくる。魔剣に穿たれた眼窩から吹き出す、大量の血液に押し流されて。

 ……ジークフリートさん!? 力尽きたのか!?

 

『私が行こう』

 

 軒並み体力の限界を迎えているサーヴァントたちと、上を見上げてわたわたしているプレイヤー。その中で最初に動いたのはカナメ氏だった。

 スッと群衆を抜け出し、あっという間に落下地点へとたどり着く。プレイヤー特有の馬鹿力で落ちてくるジークフリートさんを見事受け止め──

 

『あっ』

 

 滝のように流れ落ちるファヴニールの血液にベシャリと押しつぶされた。

 

 ジ、ジークフリートさーーーん!

 

 

 

 

>>> [2/3] ラスト・エリザベート・スタンディング

 

 邪竜の断末魔は、特異点の隅々まで響き渡るかのようだった。

 その恐ろしい(とどろ)きを、エリザベートは人気のない廃村の中で聞いていた。

 

「グッ……」

 

 手にした槍の穂先は、白髪を血で赤く染めた女の胸元を貫いている。この特異点で女吸血鬼(カーミラ)を名乗り、竜の魔女に(くみ)していた血の伯爵夫人エリザベート・バートリーの心臓を。

 

「ずいぶん手こずらせてくれたけど、勝負あったわね」

 

 結局ファヴニールとの戦いには間に合わなかったが、きっとゲオルギウスたちが奮戦したのだろう。観客のいない戦い(ライブ)は寂しいけれど、結果的に敵を倒せたならいいじゃないとエリザベートは思う。

 

 その槍の柄を、カーミラの血濡れた手が力なく掴む。その震える口元が、はっきりと歪むのが見て取れた。

 

「……馬鹿な娘。聖騎士(ゲオルギウス)にしたがって民衆の味方ごっこをしてみたところで、結局貴女は(わたし)と同じ【エリザベート・バートリー】でしかないというのに」

 

 そう言って咳き込むように血を吐くカーミラを、エリザベートは強く睨んだ。

 

「確かにアンタは未来の(アタシ)なんでしょうけどね。あいにく今の(アタシ)は自分の罪からも本性からも目を背けるつもりはないの。(アタシ)(アタシ)のやりたいようにやる。だからゲオルギウスやプレイヤー(ブタ共)とは一緒に戦ったし、ヴラド三世(おじさま)と敵対もした。悪人と組んで悪役やってただけのアンタと同類扱いされるのは御免だわ」

 

 吐き捨てるようなエリザベートの言葉を、カーミラは侮蔑の嘲笑で受け止める。

 

「……本当に救いようがない愚かな娘。(わたし)と貴女を同じ穴のムジナたらしめているのは、どちらの陣営に加わったかなどという異同ではないわ。民草の命より希望より己の欲望を優先しようとする性根の卑しさこそが、エリザベート・バートリーのエリザベート・バートリーたる所以(ゆえん)。貴女が、この特異点において人々の命を脅かす最大の脅威ファヴニールを止めることより、この誰もいない廃村で(わたし)を殺すことを優先したように」

 

 看過できない物言いだった。エリザベートは語気荒く言い返す。

 

「ハァ!? 何いってんの!? アンタが自分から(アタシ)に絡んできたんでしょ!!」

 

「ええ、そうよ。そのとおりだわ。正義の味方ヅラした貴女をのうのうと生かしておくなんて、とても許せなかったもの」

 

「じゃあ……」

 

「けれど、あのとき聖騎士ゲオルギウスは先にファヴニールを止めることを提案しようとした。それを蹴ったのは他でもない貴女でしょう?」

 

「だって……そんなの、アンタが受け入れるわけないじゃない!」

 

「受け入れたわよ」

 

「ハァ!?」

 

 混乱しているエリザベートにカーミラは淡々と告げる。

 

「私が望んだのは、ただ一切の邪魔立てが入らない貴女との殺し合い。ゲオルギウスはそれを認める条件として、ファヴニールの合同討伐を提案しようとした。つまり、あの場でファヴニール討伐を優先させることについて互いの利害は相反していなかった。であれば当然、考慮の余地はあったでしょうね」

 

「ふざけないで……!」

 

「ふざけてなんかいないわ。……それに案外、さっき貴女が悪人呼ばわりした魔女側のサーヴァントもファヴニール討伐には協力したんじゃないかしら。なにせ魔女の狂化はあのとき既に解けていたのだし」

 

「……ッ!」

 

 エリザベートは反論しようとしたが、うまい言葉を見つけることが出来なかった。

 不条理なイチャモンをつけられているという不快感がある。だが同時に、カーミラが殺し合いを望んだとき、それを止めようとしたゲオルギウスを遮るように戦いを受け入れたのも事実だった。

 あの場で足止めが必要だと思ったのは間違いない。けれど、この女との決着を欲する感情がなかったと言えば……それは嘘になる。

 

「まあ、私にも言う資格のある話ではないのだけれど。それを言うなら、最初からファヴニール討伐への協力を条件に貴女との殺し合いを申し出ればよかっただけの話なのだから」

 

「……なんでそうしなかったのよ」

 

 エリザベートは怒りを押し殺すように問う。

 カーミラの身体を構成している霊基が崩壊し、金色の魔力となって宙に消え始めた。

 カーミラは自嘲するように答えた。

 

「なぜって、さっきも言ったでしょう。私は血の伯爵夫人エリザベート・バートリー。民草の命より希望より己の欲望の充足を優先した女。人の血をすすり生きる女吸血鬼(カーミラ)。ファヴニールの犠牲になる民衆などより、心底気に食わない小娘を殺すことを優先しただけよ……」

 

 それがカーミラの最期の言葉になった。

 彼女の身体を構成する全てが黄金の魔力の塵となり、オルレアンの空気に散りゆくように消滅した。

 

 

 

 そうして、エリザベートただ一人が残された。

 

 

 

 見渡す限り無人の大地は、どこまでも見通しが良いはずなのに、なぜか暗い監獄に囚われているような感覚を思い起こさせる。

 

「……」

 

 ブルリと身震いする。気分が悪い、とエリザベートは思った。

 

 今更リヨンに向かう気にはなれなかった。あんな話を聞かされた以上、どんな面を下げてブタ共の前に出ればいいのか。

 (アタシ)はアイドルなのに。いやアイドルだからこそ、イメージを崩すような真似はできないのだ。エリザベート・バートリーは歌って踊れて戦闘まで出来る三刀流のアイドルなのだから。それがイメージ戦略というやつだろう。

 

 

「……イメージ戦略?」

 

 しかしその瞬間、ふと思いついた言葉がエリザベートにひらめきを与えた気がした。イメージ戦略。そのために大切なのは、売り出したいイメージを繰り返し伝えること……。

 

 ひらめきがひらめきを生む。エリザベートの誇るエリザ頭脳(ブレイン)に連想の火花が走り…………そしてナイスアイデアを生み出した!

 

「『売り出したいイメージを繰り返し伝える』! そうよ、それだわ! 今回は最後にちょっとケチついちゃったけど、だったらもう一回やり直せばいいじゃない!」

 

 エリザ(アイ)が爛々と輝き、エリザ小鼻(ノーズ)が興奮に膨らむ。

 

プレイヤー(ブタ共)が言ってたわ……特異点は全部で7つあるって! だから次の特異点でも(アタシ)が出ていって、今度こそ最初から最後まできっちり活躍すれば、誰にも文句言われる筋合いなんて無いわよね!」

 

 たしか事情通のブタから聞いたはずだけど、次の特異点ってどこだったかしら……? そう呟きながら、エリザベートはエリザポケットに収めていたエリザノートを取り出した。彼女のアイドル営業スケジュールがちみつに記された、汗と涙と悲しみのシャイニングアイドルロードを記録する秘密の手帳である。

 

「ええっと、次は……第二特異点ローマ、西暦60年! ……って、うっそ! この時代、アレじゃない! 『生』ネロの時代よね!?」

 

 先ほどまでのシリアスは既に雲散霧消し、エリザベートの興奮は止まることがない。

 

「しょうがないわねぇ。どうせこの特異点みたいに国ごとメチャクチャになってるんでしょ? この(アタシ)が行って助けてやろうじゃないの!」

 

 そうと決まれば話は早いとばかり、エリザベートはこの特異点からひと足早く退場することにした。ライブ前に会場を下見しておくのはアイドルとして当然の(たしな)みだ。

 

「……だけど、特異点ひとつだけじゃ物足りないかもしれないわ。どうせ次の特異点で(アタシ)の活躍を見たプレイヤー(ブタ共)は120%アンコール希望するだろうから、おまけでもう一特異点予約入れとこうかしら。どうせならアイドル感ある場所がいいわよね、やっぱアメリカ? うーん、要検討! 都合三回も助けてやったらプレイヤー(ブタ共)も泣いて喜ぶでしょ。『何度も助けてくれて誇らしくないんですか?』ってね! それで今回のやらかしは全部チャラ! ()()()()()()やり返す……倍返しよ!」

 

 ウキウキと浮かれるエリザベートの全身が、先ほどのカーミラ同様黄金の粒子となって宙に溶けていく。

 挽回の機会を一度ではなく二度にしようとした思惑の裏には、無意識のうちに「自分」と「未来の自分(カーミラ)」のやらかしをそれぞれ取り返したいという願いがあったのかもしれない。だがエリザベートはエリザベートなので特にそんなことは考えていないかもしれない。

 

 いずれにせよ、エリザベートは再びプレイヤーたちの前に現れるだろう。

 彼女と彼らの戦いは続く。To be continued...

 

 

 

>>> [3/3] 語り継ぐもの

 

 

 時刻は深夜1時。

 ファヴニールを討伐した俺たちは半死半生で血溜まりから這い出してきたジークフリートさんを救急搬送し、そしてあっという間に一時間が経っていた(カナメ氏は邪竜の血に沈んだまま死んでいたので放置した)。

 

 

 町並みは依然として無数の篝火に照らされ、昼のように明るい。

 だが先刻までとは違い、道を行き交うのは武装した兵士ではなく羽目を外した酔漢で、飛び交うのはウォークライではなく呑めや歌えやの狂騒だ。

 ランスロットとサンソンさん、そしてファヴニール。立て続けの夜襲で中断されたリヨン解放の宴が、すべての元凶を打ち倒したことで戦勝と終戦の宴に名を変えて再開されていた。

 

 宴に入り交じるプレイヤーの姿は、決戦の時よりずいぶん増えているように思われる。最前線に出張ってくるほどの気概を持たなかった連中も、お祝いイベント開催中となれば覗きに来たりもするのだろう。

 

 俺は完全に出遅れていた。

 単純に宴へ参加できなかったという意味でも、宴会ムードに今ひとつノリきれていないテンションという意味でも。

 

 

 

 クー・フーリンと二人、喧騒から遠く離れた裏路地を歩いている。

 さっきの治療所からの帰りだった。一連の迎撃戦が終わったこともあり、改めて魔女ジャンヌをカルデアに回収すべく、マシュさんが召喚サークル設置と転送作業を実施することになっていた。それを見届けての帰り道である。

 

 結局、彼女は最後まで目を覚まさなかっった。

 カルデアに送られた後、彼女がどういう扱いを受けるのかはわからない。

 

 聖女ジャンヌは作業の様子を一度だけ見に来て、特に何を言うでもなく宴の喧騒の中に戻っていった。それすらマシュさんの仕事の傍ら、魔女のベッドの横でひたすら辛気臭い懊悩にふけっていたジル・ド・レェ──サーヴァントではない、現地の「生」ジル・ド・レェの方だ──を連れ戻すのが主目的という印象だった。

 

 他に同席したのは、聖ゲオルギウス。俺にとってははじめましての聖騎士様だが、そもそも彼は魔女と直接やり合っていないし、文字通り敵の首魁程度の認識しか持っていなかっただろう。同席を申し出たのも、おそらく転送作業中に彼女が目を覚ましたときのための保険だったのではなかろうか。

 

 宝具解放後に力尽きたジークフリートさんは、無理がたたって再びベッド送りになっている。サンソンさんは彼の容態を心配してか、そちらの付き添いを選んでいた。

 

 マリー・アントワネット王妃と音楽家のふたりは戦闘終了後からサンソンさんを探していたようだが、まだ見つけられていないらしい。少なくとも俺は、サンソンさんから彼女らに居場所を言うなと口止めされているので教えるつもりもない。というかデオンさんからも一連の顛末について口止めされているので、二重に会いにくいのであった。

 ……というのもマリー王妃、デオンさんやサンソンさんが心酔するのも(むべ)なるかなというレベルのキラキラオーラを放っているので、万一エンカウントして話をせがまれたら俺はペラペラ吐いてしまいそうな予感がある。どうせ特異点を通して大した接点があったわけでもなし、義理を優先して彼女らを敬して遠ざけるのが賢明というやつなんだろう。ロイヤル美人王妃様とお話できないのは極めて残念なことだけど。

 

 リツカと清姫は黙々とマシュさんの作業を見守り、それから三人一緒に宴会の場へと戻っていった。

 勝利を喜びたい気持ちもあったろうに一連の作業中口数少なかったのは、まあ大部分が超絶ダウナーな雰囲気を醸し出していた生ジル・ド・レェの存在によるものだろうが、同じくテンション低めだった俺への配慮もあったんだろう。いまさら言うまでもないことだが、リツカは気配りの達人だ。それがリアルでもゲームでも、人間相手でもNPC相手でも、一切の変わりなく。

 だからリツカの気遣いには後で礼を言わなきゃなとは思うものの、かと言って今から宴会に参加して話をしようという気分にもならない。

 

 ……そうだな。

 結局の所──俺は、誰もまともに魔女ジャンヌのことを心配していなかったのが、なんだか気に入らないんだろう。

 

 いや、仕方のない話だとは理解している。

 この特異点で魔女とまともに会話した中で生き残っているのは、聖女ジャンヌとサンソンさん、そして俺くらいしかいない。ケモミミも一応そうだが、結局行方不明のままだし数に入れなくて良いだろう。そして聖女ジャンヌとサンソンさんから見れば、贋作の魔女ジャンヌは明確に敵なのだった。

 

 ……もちろん、俺にとっても魔女は敵だった。それはそうだ。俺はプレイヤーだからな。

 だが直接彼女と話をして、生まれの事情を知り、全ての黒幕たるジル・ド・レェの憎悪と最期を聞き届けた身としては……そしてデオンさんに何やら後のことを託されたらしい身としては、どうしても感傷的になる気持ちがある。

 そもそもジャンヌ・ダルクに限った話じゃないが、聖女扱いされるような優れた人間が容易に手の平を返され魔女呼ばわりされがちであることに、俺はわりとモヤモヤしたものを抱えている。いつだったか同じ話をした気もするけどさ。そういう意味では贋作の魔女ジャンヌは聖女の裏返しとかそういう類いの存在ではなかったんだけど、だったら魔女に同情の余地がないのかと言われれば、そうではないはずだと思いたい。

 

 そういう言語化しにくい感傷を他の誰とも、リツカとすら共有できないというのがどうにも歯がゆく、この宴会ムードの中でテンションを上げきれずに裏道をぶらついている理由なんだろう。

 クー・フーリンには付き合わせて悪いと思っているが、しかしそっちはそっちで宝具もどきを使ってからというもの気怠(かったる)そうな様子を隠そうともしないので、やはり宴会ムードというノリでもないのであった。

 

 

 

 そういうわけで、何をするでもなく無言のまま、無人の裏路地をダラダラと歩いている。

 お互いリヨンの街に土地勘などあるわけもないので、場当たり的に道を選んでいると、突然ふっと視界がひらけた。

 

 路地を抜けた先は、見晴らしのいい高台になっていた。

 眼下に並ぶ篝火に照らされて、たくさんの人々が行き来し宴を楽しんでいるのが俯瞰できる。

 思わず足を止めてしばらくその光景に見入っていると、不意に背後から声がした。

 

「──ああ、ここにいたのですね」

 

 振り返った俺の目に、夜風に揺れる金の髪が映り込む。月明かりに照らされ佇んでいる姿が、なにかとても神聖な存在のように感じられた。

 

「……聖女様?」

 

 俺の問いかけとも言えない言葉に、聖女ジャンヌはただ「ええ、ジャンヌです」とだけ答えた。

 そのまま俺の隣まで歩いてきて、街を見下ろす。俺はドギマギした。ええっと……宴の主役がこんなところにいてよろしいので?

 

「抜け出してきてしまいました。ふふ、今頃探しているかもしれませんね」

 

 そう言って微笑む。俺は状況に追いつけていない。半ば思考停止に陥った挙げ句、とりあえず適当な相槌を打ちながらスクショを激写している。下界の篝火がなんかエモい感じの夜景効果を生み出しており、上質なイベントスチルが瞬く間に量産されていく。

 そのまま数十秒、いや数分だったかもしれないが、聖女は無言のまま街の灯りとお祭り騒ぎを見つめていた。

 彼女には彼女なりの感傷があるということだろうか。そっとしておこう。しかしそれはそれで間が持たないのでクー・フーリンに目で助けを求めたが、あの野郎いつの間にか霊体化して消えていた。お前、それで気を利かせたつもりなら大間違いだぞ……!

 ひとり取り残された俺が良い感じにムードを壊さない話題を探していると、彼女が真面目な表情をつくってこちらに向き直った。改まった口調で言う。

 

「カルデアの方々から話を聞いて、貴方にきちんとお礼を言っておきたいと思いました。ジル・ド・レェと魔女の凶行を止めてくださったこと、心から感謝いたします」

 

 真面目な表情もお美しい。連写。

  ……ではなく。実際のところジル・ド・レェと魔女を止めたのは俺ではないので、そこを感謝されても据わりが悪い。だが聖女様はその辺の事情を全くご存じないわけで、本来その言葉を受け取るべきデオンさんがいなくなってしまった以上、この場は代わりに受け取っておくしかないのだろうか。

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいです。ただ俺が止めたと言うよりは、色んな人たちの思いや事情が噛み合った結果ああいうことになったわけでして……」

 

 葛藤の結果、斜めに受け流すことにした。どっちつかずで一番悪いアクションだった気がする。なまじVRとしてのリアリティを追求したためか『FGO』の会話には選択肢という概念が存在しないので、コミュ力次第じゃ突き抜けて駄目な回答が出来てしまう。いや、駄目だったということすらわからないと言うべきか。NPCからの好感度は実際存在するんだろうが、それの増減が視覚化されていないのだ。

 とりあえず受け流したボールを相手に渡すことにしよう。お礼くらいならあの治療所で言ってくれて良かったんですよ?

 

「それは……」

 

 彼女は言いよどんだ。そして、やや気まずそうに告げる。

 

「お礼はもちろんですが、こうして貴方をお尋ねした理由は他にもあります。つまり……私は知りたいのです。ジャンヌ・ダルクを名乗ったあの竜の魔女が、本当は何者だったのか。なぜこのような災禍を引き起こしたのか。多くの命が失われたこの戦いの真実を。もし貴方がご存知ならば、オルレアンで貴方が見聞きした全ての事実と真相をお聞かせいただけないでしょうか」

 

 なるほどね……。

 彼女の頼みは、俺にとっても都合の良い話ではあるだろう。やはり事の次第はきちんと正しておかないと、今後さっきの聖女様スクショを見るたび罪の意識に襲われそうなので。それに、魔女とその扱いに対するモヤモヤを吐き出せる良い機会なのかもしれなかった。

 俺は腹をくくった。ファヴニールが死んだからといって、まだイベントは終わっていないのだ。ここで彼女に俺の知るすべてを伝えて初めて、この特異点で語られるべき物語が終わるのかもしれない。

 

 俺は手始めに、彼女へ先程の感謝の言葉が向けられるべき本当の相手を教えることにする。つまりはデオンさんの名を。マリー王妃には言うなと口止めされてるが、聖女様にも話すなとは……言われてないよな? たしか。

 

「……シュヴァリエ・デオン。あの方が……」

 

 案の定、彼女はその名を聞いてずいぶん驚いたようだった。お互い敵だったわけだし、無理もないか。

 

「……やはり私は何も知らなかったのですね。あの治療所で事の次第をお聞きしなかったのは、貴方が語る真相を衆目の前で平静に受け止める自信がなかったからなのです。あの場では、私はまだ戦い疲れた兵たちの『ラ・ピュセル』として振る舞う必要がありましたから」

 

 そう言って、申し訳無さそうに薄く笑む。俺はすかさず速写した。

 というか、これもイベントなんだから録画でいいな。スクリーンショット機能を録画モードに切り替える。オルレアン特異点の総括みたいな話になるだろうし、他のプレイヤー連中にもいずれ共有してやろう。また盛大に燃えそうな気もするが……。まあ、そういうことはそのときになったら考えればいいだろう。

 

 ……さて、それじゃあ何をどこから話そうか。

 思い悩む。俺はあのオルレアンで起きた一連の出来事の聞き手であったが、これからその語り手として振る舞わねばならない。いや、事の発端は俺が魔女を相手に(かた)りをしたことだったかもしれないが、その辺はうまい感じに流すとしよう。

 

 見下ろす街明かりの中、小さな人影があちこちで踊っている。祝勝の宴もたけなわというところか。音楽家のサーヴァントがフランス兵たちの指揮を取って楽しげに楽器を演奏させている。そのすぐそばでは、遠目にも目立って見えるほど巨大な帽子をかぶったマリー・アントワネット王妃が、片腕を吊った男と踊っていた。サンソンさんは結局逃げ切れなかったらしい。きっと死ぬほど気まずいだろうが、それも一つの結末ではあるのだろう。

 

 考えをまとめて、いざ口を開こうとしたその瞬間。

 ふと、自分がこんな夜を何度も過ごしてきたような錯覚に襲われた。……現実に思い当たるような記憶はないので、やはり錯覚なのだろうが。あるいはそういう夢でも見たことがあるのかもしれない。

 

 いずれにせよ、夜は語り部の時間だ。

 千夜一夜物語(シェヘラザード)の時代よりずっとずっと昔から、人類は夜ごとに焚火(たきび)を囲み、物語を語り継いできた。

 

 時刻は深夜2時、草木も眠る丑三つ時というやつか。

 俺は語り始める。長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

【Order Complete】

 

【定礎復元】

 

 

 

 

 

 

 

新エリア:第二特異点【セプテム】が開放されました。

 

 




あとがきは活動報告に。

なお次回より幕間です。
オレルアン編で触れられなかったあれこれや各種設定など。

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