>> [1/2] 今は脆き風説の壁
AD.1431──フランス・ドンレミ村近郊に建つ小屋で。
トントントン、トントントン。
軽快なリズムで藁を叩く。藁打ち用の太い木の槌で藁の繊維を潰すと、たとえ曲げてもポッキリ折れないようになるのだ。この調子でどんどん叩いていこう。
トントントン、トントントン。
十分に叩いたら藁を換えて、また叩く。トントントン。
うーむ。単純作業っていうのは、趣味でやる分には楽しいな。心が洗われる……。
トントントン。トントントン……
そんな作業を延々続けていると、扉がギーッと軋む音がした。
誰かが俺の居る小屋に入ってくる。
俺が藁の束から視線を起こすと、その先に立っていたのは、きれいな銀髪の女性だった。
「あれ、久しぶりだなオルガ。しばらく見なかったけど、元気だったか?」
俺がそう声をかけると、オルガは何やら気まずそうに二本の指で髪の毛をクリクリといじった。そして言う。
「ええ……その、忙しかったから。久しぶりね。まだ当分は忙しいんだけど、時々はこうして様子を見に来れると思うわ」
ああ、なるほど。しばらくログインしてなかったから気まずいんだな。そういうのってあるよね……。最後に会ったのはいつだっけ? 確か【ファーストオーダー】イベントの少し前だったか。覚えのある感覚に、俺の中の優しさ成分が喚起された。
「そうか、それは助かるな。新エリアに新機能、色々やりたいこともあるし分かってないことも山積みだからさ。ま、うちのクランはまったり系だけど、それなりには進めていきたいし」
「……そうね。出来ることが増えて良かったじゃない。……ねえ、リツカはいるかしら。ちょっと話があって来たんだけど」
リツカ? ええっと今日は……。
「そういえば、見てないな。多分この小屋で待ってればそのうち来ると思うけど」
「そう……いないならいいわよ。別に急ぎの用じゃないから」
「ふーん。あ、お茶飲む? 麦茶でいいならあるよ」
「ありがとう、いただくわ」
俺は作業台代わりにしていた簡素なテーブルから藁束を片付けると、立ち上がってお茶の用意をする。近くのドンレミ村に住む村人に分けてもらった麦で煮出した麦茶だ。
最近、村の周囲に変な獣が増えてきたということで、時々出向いて駆除したりしている。俺たちプレイヤーからすれば明らかに魔物、敵モンスターなので、掃除をするのはゲーム的に順当な流れだ。魔物素材以外の報酬は敵討伐時にシステムメッセージ経由で出るから、村人などの一般人NPCには請求しないことになっている。強要したり犯罪行為をすると、かなり重いペナルティがあるらしい。当然といえば当然だ。
ただ、代わりに好意程度のモノをもらったりするのはOKとのこと。俺がもらった麦とかね。
あまり密には関わらず、適当に人里からは距離を取る。
『FGO』には空腹度システムとか無いし、別に飲まず食わずでもプレイヤーが死んだりしないから、まあ、とりあえずは上手くやれているんじゃないかな。胡乱な移民集団だと思われてはいるだろうが、この辺りの治安機構はモンスター襲来やら何やら色々あって死に体だ。こちらからちょっかい出さない限りは構っている暇もないのだろう。
──と、お茶の準備ができた。
俺はオルガの前にお茶を差し出す。木製の粗雑なコップしか無かったが、まあ味は同じだ。
「悪いわね」
なんだ、さっきから今日のオルガは妙にしおらしいな?
そんなにログインできなかったのが気まずいのか? それとも他に何か気に病むことでもあったのか。……まあ、あまり踏み込むのは良くないか。代わりに適当な話題を振ることにしよう。
「いや、気にしなくていい。検証班の奴から聞いた話なんだけど、どうやら料理もスキル経験値になっているらしくてな。これは実益を兼ねた家事ってとこだ」
「……ああ、それで」
「他にも、小物作り……麦藁細工なんかにも手を出してるんだが、これが意外に面白くてさ。【道具作成】スキルの経験値稼ぎ抜きでも趣味に出来るかもしれない」
俺は自分の分のお茶も用意し、テーブルを挟んでオルガの対面に座った。
オルガはうちのクランでも比較的ライト層のプレイヤーだ。エンジョイ勢の俺やリツカよりも更にログイン率が低く、運が悪いと結構長い間顔を合わせなかったりする。普段は仕事が忙しいとのことで、時折見せる険のある態度は、そういう仕事のストレスなのかもしれなかった。
オルガは上品に麦茶を飲む。
「貴方、今のクラスはキャスター? そのまま進めるの?」
「んー、いや、まだ決めてない。今試してるキャスタークラスは生産職寄りだし【道具作成】スキルも腐りはしないだろうけど、元々俺は剣で戦ってたしな。セイバーも考えてる」
「……助言じゃないけど、あまり移り気は良くないと思うわよ。あれは……その。脆弱なプレイヤーの成長方向性を限定特化させるためのものだと思うから」
「ああ、そんな考察が掲示板に出てたっけか。確かに器用貧乏は良くない……あとはクラン全体のバランスも考えたいし。別に俺もキャスターじゃなきゃ! ってわけでもないしな」
「え、そうなの? 冬木でクー・フーリンと使い魔の契約したって聞いたから、わたしはてっきりその影響でキャスターを目指したのかと思ったわ」
……?
俺は怪訝な表情をした。
……オルガ、耳が早いな。
俺がアルトリア戦でクー・フーリンと【契約】を交わしたってのは、あの場で生き残っていたプレイヤーの中でも、イヌイのクラン員とかを含めてごく一部しか知らないはずだ。リツカとマシュさんに至ってはアルトリアの宝具ビーム発動中の話だから、俺がリツカに助言した声もまともに聞こえなかっただろうし、何が起きたかきちんと理解できているのは俺くらいのものだろう。
実際、まだ掲示板でもそういう情報は流れていないはずだが……。
「……そうだな。確かに俺はクー・フーリンと契約したよ。一時契約ってことで、あの戦いが終わった今は契約も何もしてないけどな」
俺はそう答えて麦茶を一口すすった。そして視線を茶褐色の水面に落としたまま、尋ねる。
「……なあ、オルガ。その話、どこで知ったんだ?」
「!? え、あぁ、その、人づてにね……」
「人づて? 俺が知ってる奴?」
「え!? いや、知らないんじゃないかしら……たぶん?」
「へぇ……」
……少し考える。
オルガの交友関係はお世辞にも広くはない。慣れればともかく、初対面の相手にはあんまり好かれるタイプじゃないしな。もちろんオルガの友達の輪が拡大したならそれは何よりだが……問題は、噂が広まるのが思ったよりも速いってことだ。藁打ちしながら掲示板の監視はしていたんだが、やっぱり出てこない情報や掬い上げられない噂ってのはあるもんだな。
「……そうだな。少し計画を早めるか」
「な、何の話……?」
「情報提供だよ」
そう言って、俺はずっと視界内で監視していた掲示板を操作し「新規スレッド作成」を選択した。このゲームの掲示板には、完全匿名のスレッドとユーザー名を強制公開させるスレッドの二種類がある。俺はユーザー名公開型を選んだ。十分な効果を出すためには、自分から名前を晒すことが必要だろうからだ。
【使い魔】ファーストオーダーでSERVANTと契約したけど質問ある?【契約】
1:【俺】 2015/8/5 12:35:04 ID:jaCOJU8iN
なお戦闘終了後に契約も終了、現在ぼっちの模様
2:アーリオ 2015/8/5 12:36:59 ID:KRdKZNEdC
SERVANTって誰よ
3:†キリター† 2015/8/5 12:38:17 ID:H6NkFndpx
------ 終 了 -------
4:【俺】 2015/8/5 12:39:41 ID:jaCOJU8iN
>>2
クー・フーリン。令呪使って宝具アシストしたったわ
5:たかすぃ 2015/8/5 12:41:02 ID:zaNpWVXHf
>>3死ね
色々聞きたいけどとりあえず経緯くわしく
ククク……。
俺は餌に群がってきたプレイヤー共へ、パン屑をばら撒くように情報を公開していく。
内容を要約するとこうだ。
・【ファーストオーダー】でアルトリアにボコられてた時の話。
・最初はこっちからNPCに令呪を使おうと思ったけど出来なかった。
・その後、【SERVANT】クー・フーリンの方から話を持ちかけてきた。
・そしたら令呪が使えるようになった。
・令呪を使うことで【SERVANT】の宝具を解放させることが出来た。
・アルトリアを倒した後、使い魔契約は終了した。当然だが令呪は戻ってこなかった。
……何も嘘は言っていない。
更に、俺が送ったtellに答えてイヌイのクランのプレイヤーが目撃情報を出す。第2の善意の情報提供者。スレは本格的に俺の話を検討する流れに入った。くく、仕込み通りだ。
これまで掲示板を監視していた中で知ったことだが、NPCに令呪を使おうとしたのは俺が初めてじゃなかったらしい。そりゃそうだ。NPCを令呪でバフろうとか、そんな俺の思いつきなんてのはユーザーの数が揃えばまず誰かしらが思い至ることだ。
──だが、失敗する。
今にして思えば、それも当然の結果だ。【契約】に必要な条件には、おそらく「両者の同意」が含まれるからな。事前に会話するなり恩を売るなりで友好度を上げておかなければ、いきなり令呪を使ったって【パス】は繋げない。
そういう失敗報告を経て、その原因が検討されているのも分かっていた。ま、頭の良い奴もいるみたいで色々なアイディアが出てたがな、如何せんデータ不足ってやつだ。肝心の【SERVANT】がいない以上、実証のしようがない。そこにこの俺が、明快な理由をぶち込んでやったってわけだ。
「通常時こちらから【SERVANT】に令呪を使ったり使い魔にすることは出来ないが、実は一定条件下で可能である。しかしそのためには、相手【SERVANT】からの申し出が必要になる」
これが、俺がこのスレで誘導する結論だ。
一見して分かりやすく、理屈が通っていて、しかもゲームらしい。今回実装された【使い魔】機能を援用した救援要請イベントの一種だと思わせるわけだ。
Q. なぜ俺に申し出があったのか?
A. 近くにいたプレイヤーで令呪温存しているのが俺だったんじゃない?(これは事実。イヌイのクラン員に確認を取ったし、たぶんクー・フーリンもそれを知ってて話を持ちかけたはず)
Q. 今回実装された他の使い魔との違いは?
A. 俺まだ使い魔持ってないから分からんけど、契約中はすごい脱力感あるよ。実際、俺は女の子みたいにへたり込んでたし。メリットとしては、俺がヘタってても【SERVANT】が勝手に無双して戦局打開してくれることじゃないかな。他の使い魔と違って一戦しか使えないけどね。
Q. 戦闘終了後に契約終了ってのはどういうこと? 継続できないの?
A. 契約に令呪が必要っぽいから戦闘で使っちゃったら駄目なのでは。ただ、そもそも令呪を温存できるようなタイミングで話を持ちかけてくるのか? 誰か頭の良い人考えて。
次々と質問に答えていく。
とりあえず最初の仕込みは十分だ。このままゆっくりと議論が進むのを待ち、時々俺自身あるいは知人に頼んで介入を行い、最終的には
「敵じゃない【SERVANT】とはできるだけ共闘関係を築く。もし負けそうになったら味方【SERVANT】が契約持ちかけてくるかもしれないから、そのときは逆転のチャンスだと思って協力しよう」
こういう流れに持っていくのが理想だ。
そうすれば、先走ったプレイヤーが勝手に【SERVANT】に使い魔の話を持ちかけて関係を悪化させることもない。不利な戦局での救済システムってのは、ゲーマーにとって耳馴染みのある言葉だ。アルトリア戦でのデスペナ軽減っていう先例もあるしな。
そして同時に、システムならプレイヤーには弄れないっていう印象を与えられるのも大きい。
……これは、9割の事実に基づく先入観だ。今は脆き風説の壁。共闘スタンスがプレイヤーに定着するまで保てばいい。後から一部が間違ってたと分かってもそれは新事実の発見であって、不完全な情報提供者であった俺が悪いとはならないだろう。それを、築き上げる……!
>> [2/2] オルガさん評して曰く。
「ねえ貴方。これ、一体何のためにやってるの?」
掲示板でハッスルする俺を見ながら、自分も掲示板を覗いていたらしいオルガが尋ねた。おっと、麦茶のコップが空だな。俺はオルガのコップに追加の麦茶を注ぎながら答える。
「虫よけの準備だよ」
要は、こっちから【SERVANT】NPCへ強引に使い魔の話を迫る連中を減らしたいのだ。
先の大規模イベントが終了し、【使い魔】機能が実装されてから数日が経つが、【SERVANT】NPCが対象に含まれるかどうかは未検証だ。
というのも、このエリアに来てからまだ肝心の【SERVANT】に該当するキャラと遭遇できていないからな。攻略組は捜索を進めていると聞くが、なにぶん今回のエリアは広い。まだ解放された新エリア攻略に参加せず【修練場】でクラスや使い魔を試している奴らも多いし、きっとそれなりに時間が掛かるだろう……。
それでも、【SERVANT】NPCをマスターが使い魔に出来るってことは、いずれプレイヤー勢力がオルレアンで【SERVANT】の誰かと接触すれば間違いなく明らかになる、避けようのない事実だ。そして俺にはその後の混乱を予想できる以上、先んじてルールみたいなものの雰囲気を作っちまうのが面倒がない。
まあNPC連中にも人格みたいなものがあるんだから、もしかしたら話を持ちかけられた途端に即OKしちゃうようなチョロ甘な奴とか、向こうから一方的に一目惚れして【契約】を迫ってくるような奴なんかもいるかもしれないが……それでもNPCの意思(?)が体面上尊重されているならOKだ。強引なのが駄目なのだ。
「あー、オルガ。同じクランだから一応教えておくが、これオフレコで頼みたい」
「いいわ。何?」
「この間のイベントで、リツカがマシュさんと契約した。マシュさんは【SERVANT】だ。ずっと味方で敵対したことがないから、戦闘開始時のシステムメッセージが出なかっただけで……」
これは、わりと広く予想されていたことだ。
というか、【SERVANT】同様に人間タイプのNPCで戦力も同じくらいとなれば、誰だってそう思うだろう。明言されてこそいないものの、暗黙の了解みたいな話ではあった。
それでもこれまでは別に問題なかったが、【SERVANT】と使い魔関係を結べるとなったら話が違う。マシュさんを相手にしようと考え、迫ってくる奴らがいるかもしれない。それ以上に、彼女とリツカの間に既に契約関係があることを知られたら、結構面倒な問題になるだろう。
ユニーク。
VRMMOは特殊なゲームジャンルだ。
ゲームとして成立する前に、いわばそのリプレイだけが広まっていた。なろう小説だ。『FGO』がメインシナリオを開始した今、誰もが「なろうVRMMO」から受けてきたイメージがどれほど正しいのかを、そしてそれらの小説が描いてきたユニーク要素の有無を気にかけている。このゲームが、俺たちの知る「VRMMO」と同じであるのか。それとも、もっとまともで公平な「普通のゲーム」であるのかを。
……ま、後者については例えユニークが無かったとしても、マトモなゲームの部類に入れられるとは思わんが。ともあれだ。リツカはユニークを手に入れた。そして、その過程に俺が関わったという自覚もある。もちろん、俺だってクー・フーリンと契約したって意味じゃユニーク獲得者ではあるんだが……。野郎、なんかピカーって光りながら消滅したからな。要は過ぎた話、俺にとっちゃあ過去の男とでも言うべき存在よ。
だから結果として、リツカのユニークだけが残った。今、俺の中にはリツカにユニークを押し付けたんじゃないかという感覚がある。
ユニーク。
そりゃあ、なろう小説では羨ましがられる要素だが、俺たちはライトゲーマーだからな。ゲームがリアルより優先されるっつーことはないし、面倒になったらクリアできなくても積めばいいやって考えちまうクチなのよ。俺はリツカに面倒を押し付けた責任……責任じゃあないが、まあ、なんつーか。せめて少しくらいは面倒を省いてやろうって話だな。
「だからこうして、こっちから先手を打って情報の流れを作ることで、マシュさんに絡もうとするような不埒な輩を発生させにくくする」
「……それで?」
「それで時間を稼げるうちに、何とかして運営と話をしたい。このゲームのサーヴァントとマスターの比率は異常だ。まるでマスター間の争いを煽ってるみたいだ。何を考えてるのかが知りたい」
「え!? えーと……あの……あ、争いを煽ったりする気は……ないと思うわよ……?」
「ああ。俺もそう思う。そういう方向にコンテンツ展開するタイプの運営じゃないからな。公式のランキングイベントとかもないし。今回の使い魔だって、【SERVANT】を狙わなきゃ選択肢なんていくらでもあるんだ」
ぶっちゃけた話、変にユーザーの期待を煽ってることに気づいてないだけかもしれないって思うんだよな。
「……欲を言うなら、マシュさんは運営ナビキャラの特別なNPCだから使い魔とかにはできないよー、みたいなアナウンスを出してもらってリツカとの関係ごと隠蔽したいくらいだが、まあ、それは無理として。運営が何かしら対策をしてくれるよう頼みたいな」
このままだと、リツカを生贄に『マシュさん争奪PvPトーナメント』とか始まりかねないぞ。ユニークってのは、それだけのパワーがある存在だ。なにせ獲得すれば物語の「主役」に近づける。「人類初のVRMMO」のメインシナリオで主役を張りたいってプレイヤー共は、それこそ枚挙に暇がないだろう。
「…………そう。いいわ。そういうことなら協力するわよ。わたしが言うのもなんだけど、
オルガが食いついてくる。俺は少し安心した。リツカを「あのコ」呼ばわりするのにはびっくりしたが、あいつの身を案じてくれる仲間が増えるなら、それに越したことはないからだ。
身内の結束は大事だ。特にリツカは俺の数少ないリア友ゲーム仲間だからな、多少の面倒は見てやらないこともない……。それにあいつ、女運も悪いしね。マシュさんは珍しく良い娘っぽいから、この機会に存分にイチャイチャすればいいと思うんだ。NPCだからリアルへの後腐れもないし、心ゆくまで仮想恋愛を楽しめばいい。
「……掲示板も悪くはないけど、他から見えるのがな。それにメールフォームは今止まってるだろ。一応、運営と接触する手は考えてある。マシュさん以外にも、まだ運営側のキャラクターがいるんだよ。あのライオンマンに、あとロマニって男と、オルガっていう女」
「ッ……なんですって!?」
「ああ、ごめん。オルガのことじゃない……いや、ややこしいな。とにかくそいつらにマシュさん経由で接触して、運営と話が出来ればなって」
特にライオンマンは自称ディレクターだ。というか実際、ディレクターが操作しているキャラクターなんじゃないかと俺は疑っている。当たっていれば話が早いんだが……
「……違う。そこじゃないわ。貴方、
────突然。
それまで俺の話をうんうんと頷きながら聞いていたオルガが、冷たい声を放ったのだ。俺を見る目が、ギラギラとした警戒……そう、初めて会ったときみたいな……そんな激情に満ちている。
そして久々に聞いた、棘のある声音。……いや、違う。俺はこの声を、最近どこかで……?
「答えなさい」
凄まれる。
ッ……、ああ、畜生。いきなりどうしたってんだ。俺は、ただ正直に返答した。
「はァ? どうしてって……【ファーストオーダー】の最後で、黒幕のレフ教授が言ってたんだよ。ああ、オルガはイベント参加できなかったから知らないのか? そりゃすまんな……」
「
再び、強い口調。
……? いったい何がそんなに気に入らないんだ。意味がわからないぞ。
とりあえず俺が頷くと、オルガは目を伏せ、呟くように言った。
「……そう。じゃあ、やっぱり調査員の報告書にあった『リツカの友人』っていうのは貴方だったわけ。確かに計測された貴方のレイシフト適性はギリギリの基準値オーバー……そう。そういうこと」
そして、沈黙。
……なにこの雰囲気。俺はただただ困惑した。俺は機嫌の悪い女が大の苦手だ。どう声をかけようか迷った末、仕方なく手元の麦茶を口に運ぶ。ヌルい。すぐにコップは空になった。
「……なあ、オルガ。よく分からないんだけど、他のプレイヤーはレフを覚えていないのか?」
思えば、掲示板でレフ語も見ない。あれは一瞬の流行、白昼夢か悪夢の類だと思っていたんだが、違うのか。どういうことだ。
「…………」
「おい」
そして。
しばしの沈黙の後、オルガは開き直ったようにこう答えたのだ。
「…………。そうよ。【ファーストオーダー】はアルトリア・ペンドラゴンを打倒した時点で終了。プレイヤーは、レフ登場以降の記憶を封印された。
こ、こいつ……。
い、いや、待て。今はオルガ相手にどうこう言うべきタイミングじゃない。冷静になれ。もっと重要な事があるだろ? 俺という個人の
そうだ。俺は問う。お前が言ってるのは、運営がプレイヤーに何かしたっていう意味か? で、俺はその処置がちゃんとされてない?
「ええ。貴方だけというわけでもないけれど」
「……」
なるほどね……。俺はユラリと立ち上がり、自分のコップに麦茶を新しく注いだ。
運営は俺の目を弄り、脱力感をフィードバックし、挙句に記憶まで操作しようとしたってことか。あいつらマジ気軽にそういうことするよな……。
麦茶を一息で飲み干した俺は、オルガの傍らに歩み寄り、彼女のコップにも追加を注ぐ。まだ結構残っていたが、まあ誤差みたいなもんだ。そして口を開く。俺の声は、自然と固くなっていた。
「俺さあ、実は疑問に思っていたことがあるんだよ。今のオルガの話で、一つだけ謎が解けた」
「な、なによ突然……。ねえ、怒ってるの……?」
俺に隣へ立たれたオルガが、座ったままの上目遣いで俺を見る。
いや、怒ってたのは俺じゃない。むしろお前だ。
「まあ飲めって」
俺はオルガに麦茶を勧めた。
……そして、彼女が恐る恐るそれを口に含んだ瞬間、俺はその一言をオルガの耳元で囁いたのだ。
「──『八頭身のレフ教授はキモい』」
「ッ!?」
一瞬後。グフッ、という音がして、オルガの口元から僅かに茶褐色の液体が噴き出した。
ふふっ。それを見て、俺は……俺は。ほんの少しだけ、浮かばれた気持ちになったんだ。
見てるか、昨日の俺。お前は……間違っちゃいなかった。
『八頭身のレフ教授はキモい』。
それは昨日俺が天啓じみて思いつき、即座に掲示板にスレ立てしたのに(卑劣な運営の記憶操作のせいで!)悲しくも全く評価されず、「誰それ」の1レスで落ちてしまった……俺の、『会心のネタ』である。
魔物と戦わずに掲示板で戦う主人公。今回は茶飲み話しかしていない。
【SERVANT】 :ゲーム内用語。NPC分類のひとつ。
サーヴァント:魔術用語。原作と同じ意味。
このお話はシリアスっぽい雰囲気を醸し出したりもするけれど、基本的にはテキトーな感じだと思います。思いますっていうのはまだ書いてないからなんですが、まあ、鬱な方向にも(たぶん)行かないと思います……