世間的にはもうすぐクリスマスですが、皆さんはどう過ごすおつもりでしょうか?私はイブは分かりませんがクリスマスとその次の日に補習が入っております。これも全て台風のせいです……
そんな非リアの愚痴は置いといて、今回もお楽しみください。
ぬらりひょん。
世間では鬼と並んで全妖怪の総大将だったり、怪物の親玉だったり、果ては神様扱いされたりと、最早どうしてこうなったと思わざるを得ない程勘違いされた妖怪であり、その実態を知る人は恐らく一般人では殆どいないだろう。多分、幻想郷ですら知っているのは一部の名のある妖怪だけだと思う。
故に、その正体を知った者は皆一様に逃げ出す。もしくは泣いて命乞いをするかのどちらかの行動をとる。これが妖怪ハンターや陰陽師辺りの天敵だった場合は立場が逆転し、今度はこちら側が逃げ出さねばならない事になる。
どちらにしても、俺やその他のぬらりひょん達にとってはこの勘違いは迷惑でしかない。うっかり自分の秘密を喋ろうものなら百年来の親友ですら恐怖で距離を置かれ、実生活にも支障をきたす。最悪の場合、いつ死ぬか分からないような逃亡生活に陥る羽目になり兼ねない。事実、俺自身もそんな生活を何度も送ってきていたから、その大変さ、何よりもその理不尽さは大いに理解しているつもりだ。あんな生活、二度と送りたくはない。まぁ、この生活を送ったお陰で自分の身を守れるような力や技術は身についたし、一概に理不尽とは言えないが……いや、そのせいでこんな仕事をしているのだからやはり理不尽な事には変わりない。
誰からも恐れられる存在。それが皆から見えるぬらりひょんの存在だ。
「……で、どうしてお前はいきなりそんな格好をし始めたんだ?」
だからと言ってこんな反応をされるのは、俺自身にとっては予想外以外の何物でもないのだが。
目の前にいる少女……烏天狗の射命丸文は、誰がどう見ても見事と言わざるを得ない程綺麗な土下座をしていた。艶めく美しい黒髪と同じ位黒い翼が小刻みに震えている。
その様子に鞍馬天狗はクスクスと笑いを堪えているが、同じ状況を想像したら洒落にならない事は分かっているので、俺は笑う事が出来なかった。
「い、いや……その、さっきまでの私は貴方に対してとても失礼な態度をとってしまいましたので、そのお詫びというか、精一杯の命乞いというか……今まで失礼な事をして、本当にすみませんでした!」
どうやら本気で怖がっているらしい。今にも泣き出してしまいそうな声色と表情でこちらを伺っている。
こんな態度をされるのは今に始まった事ではないが、流石に土下座をされたのは初めてだ。何より、これまでに出会った烏天狗は逃げるしか能のない連中が殆どだったから、この部屋から飛び出さなかっただけでも俺としては十分驚いている。
先の約束を反故にされた事もあって、この勘違いを放置させたまま少しばかりいじっても良かったが、隣に鞍馬天狗がいる事もあってそれは慎んだ。代わりに一つのため息を吐き、射命丸の顔を上げさせてこう尋ねる。
「あのさ、先ず聞くけど、射命丸は俺に対してどんな感情を抱いていたわけ?」
「え?……駒次郎様の正体を知る前は、少し妖力があるくらいの弱小妖怪かと思っていました。今は貴方から発せられる妖力に押しつぶされてしまいそうです……」
残念ながらそれは射命丸の勘違いだ。元々ぬらりひょんという種族は、そこまで妖力を蓄えられるわけではない。
「大丈夫だ、それは単にお前が怖がり過ぎてるだけだから」
苦笑しながら落ち着かせようとするが、尚も射命丸は震えたまま警戒した状態で首を振っている。これは一から説明をしなければ納得はしてもらえないらしい。
補足を頼むと鞍馬天狗に目配せをして、俺は丁寧に説明を始めた。
「いいか? 射命丸が……いや、お前を含めた妖怪や人間の全般が信じているぬらりひょんって言うのは、実のところ全くの出鱈目だ。本来のぬらりひょんは、大昔の人間から分裂した、謂わば人間の遠縁みたいなものなんだよ」
ぬらりひょんの種族に伝わる伝承では、弥生の昔に突然的に妖術を使える人間が一人現れたと言われており、これがぬらりひょんの始まりだとされているらしい。ただ、その力は余りに弱く、精々長く生きる、自分の体を回復させる程度にしか用途はなかったらしい。怪我をしても三日で再生し、流行病にはかからない。つまるところ健康に特化した能力だったそうだ。
その能力故、当時の人々は神と崇め奉ったが、当の本人はそれで満足出来なかったらしい。あらゆる魔法や法力を研究し、果ては邪法にまで手を染めたらしいが、ついぞそのような力は身につかず、邪法の副作用によって死んだ。しかし、その力は受け継がれる事で強くなるものだったらしく、後々の時代にはまばらながら能力を持つものが増えてきたと言う。
普通の妖怪ならば自分の力を誇りに思う事だろうが、俺たちぬらりひょんの一族は違った。元々人間から派生した為、先祖達は邪法から生じた自分たちの力を忌み嫌い、一時は箝口令を敷く程にその存在を秘匿しようとした。この徹底的な隠蔽によって、近代以後までその存在は闇の中に葬られた。
この長く暗い歴史のおかげか、ぬらりひょんの種族は基本的に臆病で影が薄い者が多い。遥か昔に叩き込まれた教えを遺伝子レベルで刻まれている為、必要以上に前に出ようとはしない。しかし、人間の時の名残なのか少しでも人と接することを望んでいる。だから会話には参加しないがその場にはいると言う奇妙な接し方を始めた。いつのまにかその場にいると言う伝承は、この接し方に由来している。名前であるぬらりひょんも、ぬらりとして相手に正体を明かさず、ひょんと突然消えるところからきている。
「分かったか? お前達が怯えているぬらりひょんのイメージってのは虚構で、寧ろ俺たちの方がお前達を怖がっている。勿論例外な奴らはいるが、基本的にぬらりひょんとお前達の立場は逆なのさ」
「でも……それならどうして私達が知るような状況になったんですか?」
「それは、江戸の時代にいた一人の男によってそうなったのです」
ここで鞍馬天狗が口を開いた。
「私が幻想入りする前の事でした。江戸の街に霧沼と言うヤクザ組がありましたが、頭目の男が到底口では表せないほどの悪党で、考え付く限りの悪行をその街で行ってきたのです。最期は仲間の裏切りにあって屋敷ごと焼き討ちにされましたが、その存在は死んだ後も人々の脳裏に焼き付いてしまいました。その男は人の心をつかむのに長けており、人の家に突然に押し入ってはお茶や煙草を勝手に頂いていたことから、これを人々がぬらりひょんの特徴と勘違いしてしまったのです」
そう、しかも不運な事にこれを人間が創作として世に出してしまった為、鞍馬天狗が幻想入りした後もその悪い噂は絶える事なく、どこかの村では魔女裁判で沢山の人が磔にされたと言われている。事実、その村にもぬらりひょんはいたので、同胞を失った事も多くの人間が死んだ事も、俺としては耐え難い理不尽として脳裏に刻んでいる。
「その頃には射命丸は幻想郷にいましたから、詳しいことは恐らく分からないと思います。ですが、これは頭に入れなさい。彼らは幻想郷にも住んでいます。しかし、その多くは決して世間で語られるような悪党ではありません。皆臆病ですが、とてもいい方ばかりです。新聞を作っている貴女なら分かると思いますが、噂に惑わされては良い記事は書けません。自分の目と耳で得たその真実を書きなさい。いいですね?」
「は……はい! 私、精一杯頑張ります!」
鞍馬の凄いところは、その語り口であると天狗達は言う。あっという間に射命丸の目から恐怖が取り除かれ、逆に生き生きとした意欲と笑顔で溢れかえっていた。よく見るとその笑顔が可愛らしいと感じたが、恐らく奴はそれをネタに俺をいじってくると思い、慎んだ。
「それにしても、天魔様はどうしてそこまでお詳しいんですか? それは駒次郎さんとの関係と何か繋がりがあるのですか?」
早速この質問をして来た射命丸に、俺は内心苦い顔をする。先程のどさくさで忘れていてほしいと思っていたが、しっかりと覚えていたようだ。
余計な事は言うなよと鞍馬天狗を睨むが、それに気づいているのか分からないような澄まし顔で答え始めた。
「私は駒次郎の家族と交流がありましてね、時折彼の乳母をやっていたのですよ。彼の母親はぬらりひょんでしたが生憎病弱で、彼が小さい頃に亡くなってしまいました。幸いな事に彼の父親も私の悪友だったので、私が幻想入りするまでは彼の世話を引き受けました。だから、私にとって彼は友人の忘れ形見であり、大切な息子であるのです」
「へぇ……だから先程、あのような態度をとったわけですね。納得です」
「当然です。母親として、息子の心配をするのは義務ですから。そうでなければ死んだ二人に面目が立ちませんよ」
穏やかな笑顔を浮かべながら、鞍馬天狗はそう言い切った。
彼女がそう思っているという事は、俺自身も薄々感じていた事だった。血も、種族すら違う俺の事を大切にしていて、尚且つこうやって息子だと言ってくれるのは、凄く嬉しいし何より感謝もしている。幻想郷にやって来た時、味方もなく、ボロボロだった俺を真っ先に保護してくれたのは鞍馬天狗だった。俺にとっても彼女は大切な人である事は変わらない。
多分、この先俺はずっと鞍馬天狗の下で働き続けるだろう。一生かけても返せそうにない恩を、彼女から貰っているのだから……それでも面と向かって誰かに母と答えるのは流石に恥ずかしいし、始末屋とか言う理不尽極まりない仕事に就かせたのは、未だに許されない事ではあるが。
「なんだか憧れますね。私、今まで誰かにそうやって大切にして貰えたことないですから……おっと、今は私の事なんて関係ありませんでしたね! さぁ、どんどん行きますよ! 次は--」
その時、部屋の扉がノックされ、外から声が聞こえた。
「天魔様、椛です。麓の処理が終わりましたので報告に参りました」
妙に可愛らしい声だ。恐らく里の住人が十人聞いたら大体半数は気絶してしまうんじゃないかと邪推してしまうほどの声。
まずい、早く隠れなければ。そう思った時には時既に遅く、俺が隠れる前に鞍馬天狗が「どうぞ入って下さい」と答え返していた。
「おい鞍馬天狗! 何やってんだ!」
「駒次郎、前々から思っていたのですが、貴方は少し臆病が過ぎます。身分がバレた時のリスク回避なのは分かりますが、ここは全てを受け入れる幻想郷。親しい者くらいにはその仮面を外してもいいじゃありませんか。幸いにも、部下の犬走椛は物分かりがいいので、事情を話せばすぐにでも納得してくれます」
鞍馬天狗が答え終わると同時に、件の犬走椛が姿を表す。
白狼の名に違わぬ短くて白い髪に、これまた霊夢の巫女服に似た白い天狗装束。対照的に黒いスカートには、裾に赤、フリルに白と秋の趣を感じさせるデザインである。最大の特徴である犬耳は、俺や射命丸を見るなりぐっと前に突き出され、尻尾はピンと直立していて余程警戒心が強いのかが伺える。
典型的な、可愛らしい白狼天狗の少女だ……目に明らかな敵意と殺意が浮かんでいなければ、の話だが。
「……二つ、天魔様にお伺いします。一つ、何故文さんがここにいらっしゃるのですか? もう一つ、そこにいる客人は一体何者で、どこから現れたんですか?」
直感で悟った。こいつ、絶対に話を聞かないタイプだ。こう言うタイプは勘違いが起きないように慎重に話すのが定石……。
「彼は沼田駒次郎さんです。取材中に出会って協力させて貰っています。凄いんですよ椛、彼は噂に聞くあの始末屋なんです!」
なんて考えていたら、よりにもよって
「始末屋……? どうしてそんな奴が天魔様のお部屋にいる? さてはお前、客人を装って天魔様を暗殺するつもりだな!」
まずい、非常にまずい。このままでは俺は叩き斬られて無駄に命を散らせてしまう。なんとかして誤解を解かなければ……。
「い、いや、違う。俺はそんな事をするつもりは断じて--」
「問答無用!」
そうだった、この子は話を聞くような妖怪じゃなかったんだった……。
彼女は背負っていた背丈くらいの大きな剣をすらりと抜き、明確な殺意を持ったまま俺の方に突進してくる。最初の時点である程度覚悟しておくべきだったか。
すぐさま意識を戦闘状態に切り替え、立ち上がって此方からも椛を迎え撃とうとした。その瞬間、両者の間に一陣の風が吹き、俺たちの動きを完全に止めた。この風は……鞍馬天狗のものだ。
「二人とも落ち着いて下さい。椛、駒次郎は確かに始末屋です。が、彼は私の部下であり、私の家族です。怪しいものでも、況してや私の命を狙いに来たわけでもありません。なので早急にその剣を下ろしなさい」
「しかし!」
「二度同じ事を言わせないで下さい。今回は話を聞かずに襲った貴女に非があります。認めないのであれば、貴女にはそれ相応の覚悟をしてもらう必要がありますよ?」
そう言って鞍馬天狗が眼鏡をずり上げた瞬間、首回りを這うような嫌な風が吹き抜けた気がした。実際には吹いていないはずなのに、そう感じさせてしまう程の恐怖心をここまで煽らせるのは、鞍馬天狗が本気で怒っている証拠だ。こんなに怒りを露わにする鞍馬天狗は久しぶりに見た。
「も……申し訳……ございません……」
これで椛は完全に萎縮してしまったらしい。青い顔をしながら恐る恐る謝罪の言葉を口にした。横で見ていた射命丸も、表面上は面白そうにニヤついているが、目には恐怖を浮かべており、いつ自分に雷が落ちるかびくびくしている。
「駒次郎、貴方も貴方です。やましい事がないなら堂々と違うと答えなさい。びくびくしていては相手に舐められるだけですよ?」
「そ、そうだな……以後気をつけるよ……」
この状態の鞍馬天狗を刺激したら、何が起こるか分かったものじゃない。俺は無難な答えを返して理不尽な怒りを回避した。
「それから……文?」
「ひゃい! ななな、何でしょうか!?」
「貴女……また私に断りもなく他部隊に押しかけたそうですね?」
「あやややややや!? どうしてその事を知っているのですか!?」
「部隊長から連絡があったのですよ」
「じゃあどうして椛が報告に!? 後始末の報告は本来部隊長が行う筈でしょう!?」
「多分貴女は知らないと思いますが、彼が急に用事を思い出して早退したそうなのです。なので彼女に諸々の指揮をお願いしました。使いも送りましたので、現場にいた白狼天狗達は全員知っていると思ったのですが?」
鞍馬天狗の口ぶりからすると、これまでにも何度かそういう事をして来たらしい。規則違反者には厳しい罰があると聞いた事があるが、それを分かってて何度もするとなれば、最早馬鹿としか言いようがない。いや、チャレンジャーと言うべきだろうか?
「毎回毎回私は貴女に諭してきましたが、貴女は聞き入れてはくれませんでしたね。ですので今回は敢えて何も言わず、自分から報告するまで待っていたのですよ。それなのに貴女ときたら、報告どころか嘘までついて呑気に駒次郎の取材ですか。こうなれば呆れて物も言えません。何より許せないのは、新聞記者という肩書きにも関わらず、相手に誤解を招くような言い回しでで駒次郎を紹介した事です……本来だったら、母親である私が紹介する筈だったのに」
結局あんたはそこに行き着くんかい。それに俺はあんたの息子になった覚えはないとあれ程言っているのに……なんて事、今の鞍馬天狗に言えるわけがないので内心で呆れるだけにしておいた。
「と言うわけで、明日から一週間文々。新聞の発行を禁じます。それに加算してこれから先、私の許可なしに駒次郎および彼と私の関係や能力、始末屋の仕事に関する一切の情報の公表も禁止です」
「そんな殺生なぁ! 折角のスクープが水の泡になるじゃないですか!」
「諦めなさい。これも貴女の自業自得、身から出た錆でしょう?」
「うぅぅぅ……あの時の違和感の正体はこれだったのですね……この射命丸、不覚です……」
机に突っ伏して泣く射命丸。当然と言えば当然の報いなのだが、ここまで泣かれるとどうすればいいか分からなくなる。俺の個人的な情報を鞍馬天狗が守ってくれたのは凄くありがたいけど、流石にこれはやり過ぎじゃあなかろうか。
「駒次郎? 私は貴方に感謝こそされど、やり過ぎだと思われるような事はしていない筈ですけど?」
再度眼鏡を直しつつナチュラルに心を読んだ鞍馬天狗に、あんたはいつからさとり妖怪になったんだと内心でツッコミを入れた。
そうしてわちゃわちゃやっている内に、今まで蚊帳の外だった椛がおずおずと口を開いた。
「そ、それで……天魔様、結局この方は一体何者なのでしょうか?」
……最早そのまま隠し通す事は出来ないらしい。観念した俺は諦めのため息をつくと、椛に向かい合って右手を差し出した。
「射命丸や鞍馬天狗の言う通り、俺は鞍馬天狗直属の始末屋さ。名は沼田駒次郎。三度の飯よりチェスが好きなぬらりひょんだ。どうぞよろしく、椛」
「……犬走椛。
完全に警戒されてしまったが、差し出された手を取って握手してくれるあたり、まだ救いはあるかもしれない。
「言っておくが、私はお前を信用したわけじゃないからな! 貴様はあの極悪非道の大妖怪なんだ。ここは天魔様に免じて一旦は見逃してやろう。ただし、妙な真似をしたらすぐに叩き斬る! 覚えておけ!」
……なんて期待した自分が馬鹿みたいだ。ここは大人しく、彼女の思うぬらりひょん像を少しだけ演じておこうかな。
「……おー怖い。肝に命じておくよ。じゃあな鞍馬天狗、そろそろ俺は帰るから。後はよろしく」
そんな淡い期待が儚くも崩れ去ったところで、俺は握手を解いて帰ろうとした。その時、
「待ちなさい駒次郎、貴方はここまで言われて悔しくはないのですか?」
まだ声に若干の怒気を含んだ鞍馬天狗が俺を呼び止めた。
「悔しいも何も、それが椛の持った印象ならしょうがねぇだろ。そんなアホらしい事で一喜一憂するのは馬鹿のする事だ。俺はそんな面倒な事はしない主義でね」
「成る程……ところで椛、貴女は駒次郎の事を信用していないようですね」
「当たり前です! 始末屋なんて、金さえ払えばすぐに寝返る奴らばかりですよ? 況してやぬらりひょんは厚かましくて、他の妖怪達を何とも思っていない奴らが殆どです! 天魔様がいつ彼と親子の契りを交わしたかは分かりませんが、どれだけ天魔様が彼を信じていても、私は貴女と同じように信じられるとは到底思えません! そもそも彼が始末屋という根拠すらありません! 彼にそんな力があるようにも見えないし、武器の類すら持ってない奴が始末屋を名乗るなんてちゃんちゃらおかしいでしょう!?」
先程の怯えようは何処へやら、マシンガンのように放たれる椛の言葉は真っ直ぐに鞍馬天狗に向かっていく。多分話を聞かないだけでなく、こうと思い込んだら一直線にそれを信じる性格でもあるのかもしれない。
当の鞍馬天狗はと言うと、そんな椛の言葉を受け止めるように黙って聞いていて、俯きがちに何かをぶつぶつ呟いている。
やがて椛が全ての言い分を吐き終わり、鞍馬天狗もまた、何かを思いついた風に顔を上げた。この満足気な表情は……何かロクでもない事を思いついたようだ。
「そう言えば椛、駒次郎、私はまだ貴方達に罰を与えてはおりませんでしたね」
罰? いきなり何を言いだすかと思えば……何故今更罰なんだ?
「椛は言わずもがな、勘違いで私の息子を襲っただけでなく、あろう事か私の目の前で侮辱しました。覚悟した上での事でしょうが、流石の私でさえ少し傷つきましたよ」
「申し訳ありません……ですが!」
「えぇ、分かっていますよ。貴女は私の事を考えてそのような啖呵を切ったのでしょう。しかし、そこで部下の失言を許してしまっては、上司としての面子を保つことが出来ません。それは駒次郎に対しても同じです」
ここで鞍馬天狗が俺の方に向き直った。
「私は貴方を誇りに思っています。例えどんなに貴方がそれを否定しても、私はそれを認めているつもりです」
瞬間、俺の背中から嫌に変な汗が出始める。
「ですから、貴方が愚弄されるのを見てしまったら、黙って見ているなんて事は出来ません」
経験上、こんな風に改まって俺の事を褒める場合、その後に来るものはとんでもないものが多い。先の罰の話が既に出ている事もあって、俺の警戒心は更に高まった。
「私は上司としても、一人の母親としても、貴方のその強さや考え方は評価しているんです。だからこそ、私は椛や射命丸、その他の部下に知らせたい。これが私の息子だと、胸を張って言いたいのです。しかし、貴方は面倒臭がりですから、そんな無駄な事はしたくないと、のらりくらり躱すのでしょう。なので……」
……読めた。いや、読めてしまったと言うべきだろうか。
今までも、鞍馬天狗は俺の事を口外したがっていた。その度に俺は適当な理由をつけてぬるぬると誤魔化し続けてきたのだ。何せ仕事が仕事だし、さっきも言ったがバレたらこちらが追われる身となる。のらくらと生きるがモットーの俺にとって、こんな悲惨な状況に成り下がるのは真っ平ゴメンだ。後は色々個人的な事情もあって、進んで答えるのも嫌だった。
鞍馬天狗が何か意図があって口に出したいのか、それとも単に自慢したいだけなのか、それは俺にも分からない。だが、今まで起こったこのトラブルから、一つだけ分かった事がある。
それは……。
「なのでこれから、貴方達二人で戦って貰って、その強さをお互いに証明して下さい」
今日の俺は、厄日に近い程運が悪いらしいと言う事だ。
次回は悲恋録もしくはしがない小説家の方を更新……したいと思います。またもゆっくりになるかもしれませんが、お待ちしていただければ幸いです。