この理不尽な世界をのらくらと   作:焼き鯖

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どうも皆さまこんばんは。お久しぶりです。焼き鯖です。

投稿しなさすぎてなれ鮨みたくなっているかもしれませんが、生きてます。社会の荒波に呑まれそうですが、まだかろうじて生きてます。大学生ですけど。

取り敢えず今回は戦闘編。椛ちゃんと駒次郎の対決です。

相変わらず成長のない文章ですが、よろしくお願いします。


彼女は、彼の強さに驚きを隠せないようだ。

 面倒な事になったなと思う。

 鞍馬天狗の顕示欲がここまで強かったのを想定してなかった俺に落ち度があるとは言え、今まで上手く隠しおおせて来た自分の力をここで晒すのは問題だ。噂好きの鴉天狗の奴らの事だから、多分これを聞いたら格好のネタとして大々的に報じるだろう。

 唯一救いなのは、これを見られる奴が情報開示を禁じられた射命丸だと言う事。これが別の鴉天狗なり白狼天狗なりだったら、俺は振り切ってでも逃げていたと思う……鞍馬の奴が自分で言ったら話は別だが。

 

 

 

「……おい、何をぶつぶつ言っている」

 

 

 

 剣呑な声。顔を上げると、木刀と木の盾を持った犬走椛が俺を睨みつけていた。

 普段は白狼天狗達が修行をしている道場には、俺と椛、射命丸と鞍馬天狗の四人しかいない。無論、誰も入ってこれないように入り口は全て封鎖して結界も張ってある。これで気兼ねなく戦えるわけだが……やはり気乗りはしない。

 報告終わったら飯食って寝るつもりだったんだがなぁ……すっかり予定が狂っちまった。

 

 

 

「別に。ただ面倒くさいなって思っただけだ。気にするな」

 

 

 

「ふん、そんな軽々しい事を言っていられるのも今のうちだ。この山に二度と入って来れないよう念入りに打ちのめしてやる」

 

 

 

 どうして天狗というのはこうも高慢で頑固なんだろう。面子だかなんだか知らないが、たかがそれだけの為にこんな事をするのは馬鹿げている。一応鞍馬天狗の事もあるため此方としても真面目に戦うつもりだが、そうでなかったら始まった瞬間に自分から降参していたところだろう。

 

 

 

「で、ルールはどうすんだ?」

 

 

 

 訓練用のクナイの具合を見ながら鞍馬天狗に問いかける。

 

 

 

「そうですね……では、シンプルに先に降参した方が負けとしましょう。それ以外は目潰しや大きな怪我をさせるものは禁止とします」

 

 

 

 了解。と返事を返し、再び目線を椛に向ける。既に道場の造りや広さ、強度なんかは把握済みだし、いつも通り動けば問題はない。後は油断さえしなければ負けないだろう。宣言した椛には悪いが返り討ちにさせてもらう。

 

 

 

「二人とも、準備が整ったようですね。それでは犬走椛対沼田駒次郎の試合……始め!」

 

 

 

 かくして俺たち二人の決闘は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「始め!」

 

 

 

 天魔様の凛とした声が、道場内に響き渡る。椛と駒次郎さんの戦いが始まった瞬間だ。

 椛の強さを知っている私からすれば、並みの接近戦で駒次郎さんが勝てる確率は極めて低いと考えている。少し前に行われた組み手大会では、隊長格の天狗たちを抑えて堂々の一位に輝いているし、知能を持たない低級妖怪なら軽くあしらえる位には戦闘にも手馴れている。多少踊らされやすい気質ではあるが、それを差し引いても白狼天狗の中ではトップの実力を持っているのは間違いない。

 方や駒次郎さんも確かに強いだろうが、強さのベクトルが違うと私は感じる。種類としては椛とは逆に暗器や罠を使ったりと、暗殺者らしく影や死角を突くような戦い方を好むように思われる。真っ向から勝負しても、武芸百般を学んでいる椛にとっては格好の餌食。そこをどう策を巡らせ、攻略していくかが駒次郎さんの課題となるだろう。逆に椛は乗せられやすい性格が悪い方向に出ないかが重要となる。

 ……と、始まる前まで私はそう思っていたのだが、いかんせん二人に動きがない。間合いを図り、お互いの出方をただただ窺っているだけで、一向に攻撃する気配が見えない。

 

 

 

「ちょっとー! 二人ともなーにやってんですか! そんなビクビクした戦い方してもつまらないだけですよ! 私たちはもっとこう、白熱した戦いが見たいんですよ!」

 

 

 

 とうとう痺れを切らした私は、大きな声で二人にヤジを飛ばした。

 

 

 

「文、少し落ち着きなさい。あれで結構白熱しているんですから」

 

 

 

「それは心理戦だけでしょう!? 私はガツガツとぶつかり合う光景が見たいんですよ!」

 

 

 

 天魔様に文句を言っていると、椛が急に構えを解き、はぁ、と重いため息を吐いた。

 

 

 

「文さんの言う通りだ。貴様舐めているのか? さっきから見ていればぬるぬると私の様子を窺っているばかり。よくそれで始末屋を名乗っていられるな。私だったら恥ずかしくて顔負けが出来ないぞ?」

 

 

 

 苛立ちを含んだ椛の言葉に、一瞬だけ天魔様が不機嫌な表情を浮かべる。しかし、当の駒次郎さんはムッとするどころかクスクスと笑いを堪えており、余裕そうな様子を崩さない。それどころか面白そうに椛を眺めており、その姿はどことなく仙人の姿を思い浮かべさせた。

 

 

 

「分かってないねぇ、戦いって言うのは情報がモノを言うんだよ。先に動いて手の内を晒すなんて愚の骨頂。まずは地固めからやって、序盤を凌ぐことが重要なの。聞いた話じゃ大将棋を指すらしいけど、そんなんじゃそっちの腕もたかが知れてるなぁ、犬走椛ちゃん?」

 

 

 

「なんだと……!」

 

 

 

「おぉっと、そんなに吠えるな。あんまり吠えるとお里が知れるぞ? あぁ、もう知れてるか。ゴメンゴメン。傷つけちゃったかな? お詫びにこれ終わったら犬用の骨買ってやるから--」

 

 

 

 先に動いたのは椛からだった。目にも止まらぬ速さで駒次郎さんに襲いかかってくる。

 が、完全に挑発に乗せられており、太刀筋は見え見え。あっという間に躱されてしまった。それでも諦めず、尚も切り掛かかるが、冷静な判断が奪われた状態でまともに当たる訳がない。

 のらりくらりと身を捻り、するりと躱し、時々思い出したかのように持っているクナイで弾き、駒次郎さんは軽々と椛の攻撃をいなしていく。

 

 

 

「この……真面目にやれぇ!」

 

 

 

「大真面目さ。アンタが堅物すぎるだけ」

 

 

 

 余裕な感じの駒次郎さんに対し、椛は完全に踊らされている。予想通り、彼女の短気な性格が悪い方向に災いした証拠だった。

 

 

 

「彼の強みの一つは、相手を上手く自分の舞台に引きずり込む事です」

 

 

 

 ここで天魔様が口を開いた。

 

 

 

「おだて、煽り、取引、はぐらかし。ありとあらゆる手段を講じて相手を上手くその気にさせ、自分の思うような動きをするように仕向ける。乗せられやすい相手なら効果は絶大です」

 

 

 

 嬉しそうに語る天魔様だが、それだけじゃいくつもの修羅場を乗り越えられる筈がない。

 確かに今は椛の方に余裕がないし、体捌きは見事なものとはいえ、攻撃する手段がなければ意味がない。何より今回は一対一だが、これが集団だった場合や追い詰められた状況なら火に油だ。

 

 

 

「……どうやら、彼には攻め手がないと考えているようですね」

 

 

 

 優しく微笑みながら天魔様が私に話しかける。どうやら表情から私の心を読み取ったらしい。思わず「はい……」と呟いた。

 

 

 

「大丈夫、あの子には頼れる()()()がついていますから」

 

 

 

「仲間達? それって一体……」

 

 

 

 尋ねかけた瞬間、戦局が大きく動いていた。

 

 

 

「おっと……」

 

 

 

 あれほど攻撃を躱しまくっていた駒次郎さんが、何時の間にか壁際まで追い詰められていた。幾らか落ち着きを取り戻した椛によって、ジリジリと後ろに詰められていたのだ。

 

 

 

「はぁ……はぁ……漸く追い詰めたぞ、この臆病者め。危うくお前の策に溺れてしまうところだった」

 

 

 

 既に駒次郎さんの術中にはまっていた気がするのだが……後からこっちに飛び火するのは嫌なので、口にするのはやめておこう……。

 

 

 

「へぇ、あれだけ顔真っ赤にしながら木刀ブンブン振り回しておいてよくそう言えるな。完全に嵌りまくってたじゃん」

 

 

 

 そんな私のささやかな優しさを知ってか知らずか、駒次郎さんは容赦ない物言いでその言葉を叩き斬った。

 再び椛の顔が赤く染まる。が、罠だとわかっているのかすぐに収まり、落ち着かせるために刀を持ち直した。最も、身体は怒りで震えており、我慢の限界が近い事は窺えるが。

 

 

 

「……ふっ、フフフフフ……また私を誘い出すつもりか? もうその手には乗らんぞ。そんな見え見えの挑発に乗っかる程私は甘くない」

 

 

 

「あぁそう。で、そんな事をわざわざ宣言してどうすんの?」

 

 

 

「決まっているだろう……手加減してやるから、もう二度とその顔を妖怪の山に見せるな!」

 

 

 

 再び椛が斬りかかった。鋭く、速い斬撃が、真一文字に彼の体を襲う。舞い散る木の葉すらも容易く斬り裂く椛の太刀筋を捉えられるものは、全ての天狗はおろかこの妖怪の山には殆どいない。私ですら見切るのは難しいこの速さと正確さは、他の白狼天狗にはない椛だけの強みだ。

 冷酷無比の一閃が、なんの躊躇いもなく駒次郎さんを斬り裂く。いくら名うての暗殺者でも、喰らってしまえばそこで終わり。勝負は決した、椛の勝ちだ。

 少し彼を過大評価し過ぎただろうか。そう思った瞬間だった。

 彼は椛の目の前から消えていた。いや、消えたというのは語弊があるかもしれない。

 彼は飛んでいた。

 曲芸師のように軽々と、空に舞う鳶のように高く優雅に、あの神速の剣さばきを易々と避け、椛の頭を踏んで飛び上がったのだ。

 その状態のまま彼は体を翻し、手にいっぱいのクナイをこれでもかと放つ。

 しかし、それを予期していたのか椛もまたすぐさま体制を整え、持っていた盾でクナイを受け止めた。

 それでも彼は攻撃をやめない。着地した後も椛目掛けてクナイを投げ続け、的にならないように動きながら彼女との距離を保っている。一方の椛は駒次郎さんの攻撃を剣で弾きながら避け続け、反撃の隙を伺いながら彼の接近を許さないように牽制している。

 一見すると激しく拮抗した状態だが、椛はこの状況で無類の強さと集中力を誇っているのを私は知っている。僅かではあるがこの戦い、椛が先に動けば勝つのは彼女だ。

 

 

 

「……そこだ!」

 

 

 

 予想が的中した。足元を襲ったクナイをジャンプして躱し、勢いそのままに駒次郎さんに襲いかかって来る。

 

 

 

「避けて下さい駒次郎さん! あんなの食らったらひとたまりも……!」

 

 

 

「はっ、知れたことよ」

 

 

 

 吐き捨てるように彼は呟き、持っていた両手のクナイを振り上げる。

 その行為に、私は戦慄する。まさか、彼はあんな小さな物であの速さの斬撃を受け止めると言うのか?

 

 

 

「無茶ですよ! こんなの受け切れるわけがない!」

 

 

 

「血迷ったか始末屋! そのまま後悔して吹き飛べ!」

 

 

 

 刹那、互いの身体が交錯した。木刀が逆袈裟に斬り上がり、ほぼ同じタイミングでクナイが振り下ろされる。結果は目に見えて分かった。駒次郎さんのクナイは弾かれ、床に転がっていった。

 木と鉄がぶつかる嫌な音が、部屋一杯に響き渡る。あまりに大きく、長く続くその音は、緊迫したこの状態を的確に表現しているかのようだった。

 そして、

 

 

 

「……いってぇ」

 

 

 

 駒次郎さんが膝をついた事で、それは一気に解かれた。

 

 

 

「ハハハハハ! 見たか! これが私の実力だ!」

 

 

 

 勝利を確信したのか、振り向いた椛が勝ち誇ったように笑う。

 

 

 

「大口を叩いた割には随分とあっけないじゃないか、始末屋。受け止められると思っていたのか? 残念ながらそれは勘違いだ。私の一撃は並みの天狗とはわけが違う! 何年も何年も、精神を研ぎ澄まし、ひたすらに修行を続けた末の成果だ! お前如きが正面切って捌ける程のものじゃあないんだ!」

 

 

 

 煽るように椛がまくし立てても、駒次郎さんは何も言わない。痛みに耐えるように蹲っている。それを見た椛が、更にまくし立て始めた。

 

 

 

「何も言えないか。そうだろうな、あれだけの威力を近距離で受けたからな。素直に避けていればそうはならなかったのに。まぁいい、これは勉強料として心に刻め。そして二度と天魔様の直属などとのたまうな。分かったならさっさと--」

 

 

 

 言い終わる直前、駒次郎さんの手が椛に向かって何かを放り投げた。私の目にも見えない程小さなものだった。油断した椛の隙を突いたいい攻めだったが、呆気なく椛の盾に受け切られた。

 

 

 

「……さっきから黙って聞いてみれば、ベラベラベラベラベラベラと、よくもまぁそこまで舌が回るもんだな。これが戦場ならお前は死んでたぞ?」

 

 

 

 そのまま駒次郎さんはヒョイと立ち上がった。まるで何事もなかった様に、ごく軽い感じで。

 

 

 

「なっ……どう言う事だ! 太刀筋は確かに急所を捉えた筈!」

 

 

 

 それに驚いた椛が、叫ぶ様に声を上げた。

 

 

 

「あぁ、当たったよ。強烈なもんが思いっきり身体にな。正直言ってまだ痛い。気を抜いたらぶっ倒れそうな位さ。確かにこれは高い勉強代だ。けど、それに見合った見返りは充分あったがな」

 

 

 

 言うなり、駒次郎さんは着物をはだけさせて腹部を曝け出した。赤々と腫れ上がった線が、お腹から脇にかけて斜めに斬り裂かれた様に浮かび上がっている。見れば見る程痛々しい痕だが、よく見ると通る筈だった太刀筋よりもわずかに下にずれている。

 そこまで来て、ハッと悟った。

 駒次郎さんは、椛の太刀筋を見極めるために、真っ正面からわざと攻撃を受けたのだ。本来ならば致命傷コースの斬撃を受けてずらし、ぬらりひょんが持つ耐久力と合わせてその後の対応を確実なものにするために受けたのだ。

 理論的にこれを思いついても、実戦で試みようと思う者はそうそういない。駒次郎さんだからこそできる芸当と言ったところだろうか。

 

 

 

「ともあれ、これで情報は揃った。お前の行動、太刀筋、威力、弱点、クセ……ほぼ全てが俺の手中だ。もうお前は俺には敵わない」

 

 

 

「よく言えたものだ! 追い詰められているのは始末屋、お前の方だと何故気付かない!」

 

 

 

 再び椛が語気荒く噛み付くも、駒次郎さんは動じない。既に苦悶の表情は消え、余裕のある表情が見え始めている。

 

 

 

「まぁそうだな。一撃貰っちまったのは変わらないし、急所は避けたとは言え、この傷は普通に動くことが出来ない代物だ。お前の言う通り、追い詰められているのは変わらない。だから……」

 

 

 

 不意に駒次郎さんは、道場の後ろまで下がり、驚くべきことを口にした。

 

 

 

「宣言しよう。俺はここから一歩も動かない。一歩でも動いたら俺の負けでいい。このままでも俺はお前に勝ってやる」

 

 

 

 耳を疑った。動かずして椛に勝つなんて、余程のことがない限り不可能に近い。

 

 

 

「……舐めるなよ始末屋! どこまで私を愚弄する気だ!」

 

 

 

「愚弄? 勘違いするな。確かに仕事は面倒だと常々思っているが、俺は今まで相手を舐めた事は一度だってない。それとも何か? お前は手負いの相手にすら情けをかける甘ちゃんなのか? 所謂武士道ってやつか? そんなんじゃいつまで経ってもお前は俺に勝てないよ」

 

 

 

「巫山戯るな! いいだろう、もう容赦はしない。その言葉を使った事を今すぐ後悔させて--」

 

 

 

「まぁ、そんな口を叩くのは俺の()()を倒してから言うんだな」

 

 

 

「何?」

 

 

 

 瞬間、椛の盾から光が放たれ、何かがそこから飛び出して来た。

 

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

 

 反動により椛の身体が後方に吹っ飛んだが、飛び出して来た何かはそんな事など御構い無しで、悠々とその場に着地した。

 飛び出して来たのは、白い忍び装束を見にまとった一人の忍者だった。少し小振りな木の直刀を携え、無機質で冷えた目を、それでも爛々と輝かせて椛の方に向けている。

 

 

 

「だ……誰だ! 一体……一体どうやって現れた!」

 

 

 

 椛が尋ねても、その忍者は何も答えない。まるで命令されるのを待っているかのように佇んでいる。

 椛が動揺する最中、駒次郎さんはその忍者に向かって指を向け、指示を仰ぐようにそっと告げた。

 

 

 

「第一の指令だ『キングを守れ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 僕は今日、殺される。

 薄暗く、何もない部屋に通された時、そう確信した。奴らは僕の能力の事を熟知している。この部屋では、僕は自分の力を充分に発揮出来ない。よくて逃げるだけが精一杯だろう。

 何よりも不気味なのが、目の前にいる中華服の--男……であろうか--だった。

 見るからに毒々しく、くすんだ黄色の長髪を持つそいつは、ただでさえ細い糸目を更に細くさせ、獲物を見定めるように此方を見つめている。何度も修羅場をくぐって来た僕なら分かる。こいつは手練れだ。それも、僕では歯が立たない位強い。

 

 

 

「……初めまして、ルオシャと申します」

 

 

 

 男にしては嫌にハスキーな声で、そいつが挨拶をした。

 

 

 

「単刀直入に聞きましょう。今日、何故ここに呼ばれたか、その理由は……貴方ならお分かりでしょう? 白狼天狗第四部隊隊長、孤狼の朱百殿」

 

 

 

「……昨日起こった、椿鬼組組長である華山椿殺害事件および、それによって生じた損失について……でしょうか」

 

 

 

「流石隊長。私が何か言わなくても、貴方なら分かってくれると思っていましたわ」

 

 

 

 嬉しそうに笑うルオシャ。一見すると無害そうだが、この手の輩は一番厄介だ。どう転ぶか分かったものではない。

 

 

 

「そうよねぇ、分からない筈がないものねぇ。だって、今朝死体の処理に向かっていましたもの。私、見ていましたよ」

 

 

 

 鼻歌でも歌うように、呑気な声で奴は言う。

 

 

 

「ボスがとても残念がっていましたよ? あそこは絶好の狩場じゃなかったのか、あいつが持ちかけてきた提案だが、それは儂を裏切るためだったのか。あいつは儂を騙したのか……って」

 

 

 

「まさか……そのような筈がございません。私はボスに忠誠を誓っております。裏切るなんてそんな……」

 

 

 

「分かる、分かるわぁ。予想外ですものね。あの場所は一部の天狗しか知らない絶景スポット。どこで漏れたかは分からないのも無理はないわねぇ。それに関しては何も言う事はないわ。後で私がそいつを始末すればいいだけですもの。ただ……」

 

 

 

 瞬間、僕の背筋に嫌な汗が伝った。奴の目が妖しく見開かれた。

 

 

 

「責任はどうつけてくれるのかしら? 朱百隊長?」

 

 

 

 妖艶とも取れるその視線から、目を背けられない。蛇に睨まれたカエルというのは、この事を言うのであろうか。

 

 

 

「さ……早急に新たな業者を探し出し、損失分の利益を出来る限り回収したいと--」

 

 

 

「そうじゃないわ、貴方自身の信頼回復について、どう落とし前をつけるかを聞いているの」

 

 

 

「それは……」

 

 

 

「そういえば、貴方付き合ってる娘がいたわね。にとりって言ったかしら。その娘をボスに差し出すって言うのはどうかしら?」

 

 

 

 全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。ボスは僕だけでなく、にとりまで手にかけるつもりなのか。

 持っていた刀を抜き、ルオシャの首元に突き立てる。しかし、それすらも楽しむように、笑顔のまま両手を上げた。

 

 

 

「ちょっとちょっと、そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。ほんの冗談よ」

 

 

 

 嘘だ。気まぐれに見せかけて本当に実行する奴がいる事を僕は知っている。事実、さっき奴の目からは明らかな殺意が見えていた。

 

 

 

「にとりには手を出すな! あの娘は関係ない!」

 

 

 

「分かってるわよそんな事。だからどうするかを聞いているの。この件は貴方が提案したものでしょう? 失敗した時の尻拭いは当然、考えてあるわよね?」

 

 

 

 ダメだ、これ以上ここに居たら、にとりが確実に狙われる。僕はどうなっても構わない。けど、にとりだけは別だ。一か八かではあるが、もうここから逃げ出すしか……。

 

 

 

「……この期に及んで逃げる気?」

 

 

 

 ()を扉に伸ばした瞬間、ねっとりとした声が耳に絡みついた。

 気がつくと目の前には不気味な笑顔のままのルオシャ。そして僕の()には奴の()が、僕の()には奴の()が重ねられていた。

 

 

 

「虫が良すぎないかしら? 許して貰った上に見逃して貰おうなんて。そんな甘い事あるわけないでしょう? 貴方、そんなに死にたいの?」

 

 

 

 動けない。()()()を抑えられた上に、奴の殺気が強すぎて身がすくんでしまっている。一歩いや、僅かに身体が揺れただけでも僕は……。

 恐怖に支配された唇をなんとか動かして、僕は弁明を始めた。

 

 

 

「申し訳ありません……に、にとりに何か危害が加えられると反射的に思い込んでしまいまして……も、勿論、責任はしっかりと負うつもりでおりますし、今後ボスからの御命令は、この朱百の身をもってして遂行します。だから……」

 

 

 

 どうかあの娘にだけは何もしないで下さい。

 恥も外聞もなく、頭を深く下げて懇願する。命乞いにも似た情けない僕の言葉を、ルオシャは黙って聞いていた。

 そうして……。

 

 

 

「アッハッハッハッハッハッ!」

 

 

 

 突然、奴が高らかに笑い始めた。今まで浮かべていなかった、柔らかな笑顔がそこにあった。

 

 

 

「そんな顔しないで頂戴よ。本当にあの娘には手を出したりしないし、何だったら後から会わせてあげてもいいですわよ?」

 

 

 

「ほ……本当、ですか?」

 

 

 

「勿論。貴方の覚悟は充分伝わったわ。但し、今から与えられた仕事は最後まできちんと遂行すること。これを守る事が出来れば、にとりちゃんに会わせてあげるわよ」

 

 

 

 良かった。少なくともにとりが殺される事は無くなった。最低限これだけでもいい、後は僕が任務をこなせば生きて帰る事が出来る。

 

 

 

「それで、その仕事というのは?」

 

 

 

 僕がそう尋ねると、ルオシャが簡単に説明を始めた。

 

 

 

「ある人物を始末して欲しいと依頼してきた人がいるの。その人とタッグを組んで、そいつを始末してきて欲しいわ」

 

 

 

 ルオシャから説明された仕事内容を聞いて、僕は再び安堵する。もっと理不尽な仕事を課せられると思っていたが、これなら能力をフル活用する事が出来る。ここで汚名を返上して、何とかボスからの信頼を回復させなければ。

 

 

 

「了解しました。一つお聴きしたいのですが、依頼人はどのような人でしょうか」

 

 

 

「そうねぇ……一つ上げるとするなら……」

 

 

 

 怨みを抱えて既に死んでいる、という事かしら?

 ルオシャの目に、再び妖艶な光が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一度だけ、椛が負けたという話を聞いた事がある。

 朱百隊長に挑んで負けたという噂だった。私自身も、朱百隊長の元へ突撃しては勝負を申し込む椛と、その度に断る隊長とのやりとりを何度か見てきている。私としては椛が負けた事よりも、普段一人でいる事の多い隊長が、椛の勝負を受けた事が意外であったと記憶している。

 決着は一瞬だったらしい。噂では、遠距離から一方的に打突をくらい、何が何だか分からないまま負けてしまったという話だった。当の椛に話を聞こうにも口をつぐんでしまうので、詳しい事は聞けなかったが、顔を赤くしていたところを見ると、その噂は真実に近いだろう。

 そして今は……。

 

 

 

「くっ……! このぉ!」

 

 

 

 突如現れた謎の忍者に圧倒されていた。

 盾も持たず、刀も小ぶりな筈なのに、攻撃は悉く躱され、弾かれる。刀さばきに特別なものはない筈なのに、椛は徐々に圧され始めている。

 私自身も、あの椛がここまで追い詰められるとは思っても見なかった。こんな一方的な展開は、全くの予想外だった。

 

 

 

「ほ〜れほ〜れ。足元がお留守だぞ〜?」

 

 

 

「ぐぁ……!」

 

 

 

 私がそんな事を考えている間にも、駒次郎さんが追撃でクナイを撃ち込み、椛に更なる追い討ちをかけていく。

 忍者だけではない。弓を持った作務衣の僧侶、薙刀を持った騎兵、山のように大きな歩兵……誰もかれも、何もない所からいきなり現れては淡々と攻撃を繰り返し、椛を翻弄し続けている。

 腕前以上に、私は彼らがどこから来ているのかが気になった。結界を張ってある以上、外部から人が入ってくる事は有り得ないのに、一体どうやって……。

 

 

 

「何が何だか分からない、と言った顔をしていますね」

 

 

 

 すると、今まで黙って見ていた天魔様が口を開いた。

 

 

 

「そんなに難しく考えないで。よく見ていればすぐに分かる筈ですよ」

 

 

 

 よく見ていれば。

 その言葉を頼りに、私は記憶を遡る。

 そういえば、あの忍者が現れたのは椛の盾からだった。その前に駒次郎さんが何かを投げていたところを見ると、物を介して召喚してきたと考えていい。

 では何を媒介に? 今日初めて会ったばかりだが、それらしいものを見た覚えはない。持っていたとしてもチェスの駒程度だったが……まさか。

 

 

 

「もしかして、あの忍者や騎兵は駒次郎さんのチェス駒ですか?」

 

 

 

 答えを聞いた天魔様が、「はい、その通りです」笑顔で答えた。

 

 

 

「駒次郎の能力は、持っているチェスの駒に命を吹き込み、自分の手足のように操る能力です。彼らはクナイや線等で陣を敷いた場所から出陣し、駒次郎の意のままに命令や行動を遂行します」

 

 

 

 あれを見てください。と天魔様が椛の盾を指をさす。刺さっているクナイは四角く区切られており、中央にはポーンの駒が鎮座している。それだけではない、バラバラに刺さったように見えた数百本のクナイも規則正しい四角形を作り、同じように駒が置かれていた。

 確かにこれは便利だ。攻撃と同時に布石を作るだけでなく、数的優位を確保する事が出来る。これを一手で行えるのは相当強い。

 

 

 

「あっ……!?」

 

 

 

 ちょうどその時、死角から矢が放たれ、椛の足に突き当たった。先端がゴムで保護されているとはいえ、その速度は普通の矢と変わりはない。あっという間に体勢を崩し、忍者の木刀に吹き飛ばされた。

 これだけではまだ終わらなかった。すぐさま立ち上がり、反撃を加えようとした所で、薙刀の一撃が斜め後ろから加えられる。向かい打とうとした所で、巨漢の歩兵に阻まれる。その間に、負傷していた忍者を僧侶が治療する。

 目まぐるしく戦況が変化する中で、各々がきっちりと役割を全うしていた。

 

 

 

「駒にはそれぞれ役割があります。例えば、あの忍者はポーンですが、白は白兵戦、黒は密偵を任されています。馬に乗り、薙刀を振り回しているのはナイトであり、撹乱と急襲、戦場の斬り込みの役割を与えられています」

 

 

 

「……という事は、あの大きな歩兵はルークで、他の駒や駒次郎さんの護衛、あの僧侶はビショップで、負傷者の治療と弓矢による狙撃がそれぞれの役割でしょうか?」

 

 

 

「その通り。この強力な連帯感と、明確な役割分担が、彼らの大きな特徴です。ここに駒次郎の指揮能力や相手のデータが加わる事で、一分の隙もなく相手を追い詰める事が可能となります。更に、出陣は駒次郎の命令次第であるため、やり方によっては確実に死角を突くことも出来ます」

 

 

 

 椛が言っていたあの噂は、紛れも無い真実だった。実際に忍者や騎兵を指揮し、獲物を確実に追い詰めていく。そこにこの数時間の姿はなく、あるのは始末屋としての冷徹な目と、指揮官としての冷静な思考を兼ね備えた、()の姿そのものだった。

 

 

 

「勿論、彼らにも弱点はあります。幽体や飛行する敵には対抗策が殆どない事と、遠すぎると指揮が届かない事。後は……」

 

 

 

 言葉を続けようとしたところで椛が大きな声をあげた。見ると、あの忍者を横から斬り捨て、仕留めたらしかった。

 すぐに他の駒が反撃すると思われたが、ルークも、ビショップも、果てはナイトですら、動く気配がない。

 

 

 

「……駒の動きがそのまま投影されるため、あのように()()()の出来事には全くの無力だと言う事です」

 

 

 

 言われて気づいた。今椛が立っている場所は、ルークやビショップの攻撃が通る場所ではなく、ナイトの通り道でもない完全なフリースペース。しかも、ポーンは例外はあれど真っ直ぐにしか移動出来ないため、反撃する事も出来ない。

 恐らく椛が必死に足掻いた末の偶然の産物だろうが、彼女はこの一手で自信をつけたらしく、目には明らかな高揚が宿っていた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……やっとだ。やっとお前を仕留められる! 覚悟しろ! その余裕そうな態度を今崩してやる!」

 

 

 

 刀を突きつけ、高らかに宣言する。駒次郎さんはそんな椛を一瞥すると、「撤退しろ」と、小さく呟いた。倒れた忍者が欠けたポーンに変わり、駒次郎さんの手に戻っていく。

 

 

 

「うーん……こりゃ俺の応急処置だけじゃ間に合わなさそうかな? いや、ビショップ四人がかりならなんとか……」

 

 

 

 それでも尚、余裕な気構えを取る駒次郎さんに、ついに椛は爆発した。

 

 

 

「この……無視をするな! 貴様はどれだけ馬鹿にすれば気がすむのだ!」

 

 

 

「……じゃあかかって来いよ」

 

 

 

「何?」

 

 

 

「勝てる算段がついたんだろ? なら自信を持って斬り込んで来いよ。尤も、始末屋相手に不用意に近づくけばどうなるかは、頭のいい椛ちゃんなら分かる筈だけどな」

 

 

 

 そうだ、能力のせいで忘れていたが、駒次郎さんは始末屋。事前にこの道場の何処かに罠が張っておいた確率は高い。また、体や服の至る所に武器を仕込んでいる事も考えられる。接近戦は圧倒的に椛優位とはいえ、下手に突っ込んだら返り討ちに遭う可能性は高い。

 しかし、高揚と怒りに心が奪われた椛に、そんな思考を巡らす心的余裕は持ち合わせてなかった。

 

 

 

「上等だ! その挑発、私にした事を後悔させてやる!」

 

 

 

 椛が突っ込んだ。チェス盤を無視した直線距離から駒次郎さんを狙う。

 それを見た駒次郎さんは、はぁ、と溜息を吐き、右手を大きく振りかぶった。

 矢張り遠距離武器を隠し持っていたか。あの構え方から察するに、鉤縄か鎖分銅、或いは目潰し用の何かだろう。これで動きを封じるつもりか。

 

 

 

「甘い!」

 

 

 

 その瞬間、椛は予期したように進路を左に曲げ、真っ正面から駒次郎さんに斬りかかった。

 完全に虚を突かれたのか、ここまで表情を崩さなかった駒次郎さんの顔が驚きに染まる。無理もない。あれだけ逆上していれば、そのまま突撃してくるかと考えるのは自然の事。僅かでも彼女が冷静な判断を残していたのは全くの想定外だろう。

 姿勢は既に攻撃の体勢。椛のスピードと剣さばきを考えれば、向きを変える間にやられてしまう。

 要するに王手詰み。あれだけ有利だった状況が、一転して絶望的なものに変わってしまったのだ。

 

 

 

「思った通りだ! 暗器の類はあるだろうと踏んで敢えて突っ込んで誘ったんだ! 最後の油断が仇となったな始末屋! この勝負、私の勝ちだ! 後悔しながら敗北しろぉおおお!」

 

 

 

 駒次郎さんの体が椛の間合いに入った。神速の刀が振り上げられる--。

 

 

 

 




と言う事で、どうなるかは次回に持ち越します。散々待たされてこれはないだろって? 聞こえないなぁ……。

取り敢えず今後も不定期更新になるかと思いますが、これからもよろしくお願い致します。

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