「……え?」
刹那に放たれた矢に、木刀が弾かれた。同時に彼女の頭と体に三発、同じものが撃ち込まれる。
意識外。それも、対応がしにくい斜め後ろからの、あまりにも速く、無慈悲な射撃。
なす術もなく椛の体は駒次郎さんの横に逸れ、そのまま倒れ込んだ。
「……なんてな」
再び余裕そうな表情を浮かべた駒次郎さんが、誰にともなくそう呟いた。
「ど……どういう事だ……お前は……」
「そうだよ。椛の言う通り、俺は仕事の時に隠し武器を使う事もある。だが残念だったな。生憎今日は仕込んでない」
「それじゃああの構えは……」
「あぁ、あれはブラフだよ。あれも俺の作戦の一つ。お前はそれに引っかかっただけだ……感想戦でもしようか?」
「巫山戯るな! 私はまだ負けてなど──」
「あっそ、じゃあいいや。なら……」
駒次郎さんは椛の方へ座り込むと、何の躊躇いもなく彼女の喉元にクナイを突きつけた。
「まだやる? 言っとくけど、もう周りは囲ったから」
軽く言い放ったと同時に、二体のルーク兵が現れた。持っている刀は木刀などではなく、その巨体に見合った鈍色に輝く本物の大太刀。逃げようとすれば確実に刀の錆になるだろう。
「まぁ個人的には、このまま降参して欲しい所ではあるね。どうしようと勝手だけどさ」
「うっ……ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅっ……! わ、私の……負けだ……!」
任務完了、と駒次郎さんが呟いた。余裕そうな表情から、気怠そうな表情に切り替わる。同時に、今まで散っていたチェス駒の兵達が、次々と駒次郎さんの手元に戻っていった。
「よし、みんな戻って来たな。それじゃあ俺は帰る。後片付けは──」
「ちょっと待って下さい」
そのままゆらゆらと体を揺らしながら帰ろうとする駒次郎さんを、私は思わず呼び止めた。
「あの……どうして椛が進路を変えてくると分かったんですか? あまりに突然の事だったので、私には何がなんだかさっぱりで……」
「だから教えて欲しいってか。面倒くせぇなぁ……けどまぁ、後でどやされるよりマシか」
他言すんなよと駒次郎さんは釘を刺し、私達の方に向き直りって今までの事について説明を始めた。
「順を追って話をするぞ。まず、元々の作戦は結構シンプルだった。ひたすら煽って冷静さを忘れさせてから、突っ込んで来た所を返り討ちにする。謂わばカウンター戦法だな。ナイトやポーンを使って撹乱して、それをルークで守りながらビショップで射る。予想通り、作戦は上手くハマった。だが……一つ、問題が起こった」
「問題?」
「ちょっとばかり決定打に欠けていたんだ。正確には、『降参』と言わせる程の力がなかった。スピードは椛の方が上だったから、動かれたら駒数での圧倒も難しい。このまま消耗戦に持ち込んでも良かったが、ポーンが倒された所でそれも厳しいと分かった」
「それじゃあもう詰みじゃないですか」
「まぁ落ち着け。どちらにしろ、この時点で俺は戦法を変える気はなかった。効果的だったのは事実だし、急ごしらえの作戦をやった所で失敗するのは目に見えてるからな。じゃあどうするか? 確実に勝てると相手に勘違いさせればいい」
勝てると勘違いさせる? 一体、どういう事だろうか。
「今度は椛側の視点に立って考えてみるぞ。始まってから今まで、あれだけ煽られて圧倒されて、正常な判断が出来ない状況の中、漸く掴み取った勝利への糸口。射命丸、お前ならどうする?」
「えっと……興奮して、後先考えずに突っ込むと思います」
「だろうな。先に周りの駒を倒す、なんて事もあるかもしれないが、概ねそう言った心理になる事は確かだ。そして、攻めて来る俺が始末屋である事を再認識させれば、必然的に他の武器や罠も意識するようになる。じゃあもう一つ、そんな状態でこちらに向かってきた場合、その進路は一体どうなると思う?」
「そりゃあ、左右のどちらかから……あっ」
そこまで来て、ニヤリと駒次郎さんが笑った。
「そう、武器を持っていると考えるならば、正面から突っ切ってくる事は殆ど有り得ない。頭に血が登っているなら尚のことだ。この段階で既に進路はその二択に絞られる。しかも、あれだけ挑発させられれば、相手の策に乗った上で潰したいという欲も出てくる。後は簡単。来るであろう二つの進路に駒を置いて、露骨に武器を持ってますとアピールすればいい。予想通り、相手は自分が勝ったと勘違いして、俺の計算通りの進路を辿った」
そんな奴なんざ恰好の的さ。と、駒次郎さんはあっけらかんと言い放った。
全てはこの人の手の中だった。多分、初めて椛と出会った時からその性格を見抜いていて、それをしっかりと戦略に組み込んだ上で不測の事態にも対応出来るように手を打っていたのだ。
この勝負、完全に駒次郎さんの勝ちだ。
「お見事です駒次郎。流石私の息子なだけあります」
「よせ、鞍馬天狗。褒めたって何も出やしねぇよ……それじゃあ俺は──」
「待てっ!」
再び駒次郎さんが帰ろうとした時、椛が大きな声で呼び止めた。
「今の勝負……物言いだ。お前は自分の力で勝ってなどいない! もう一度、今度は一対一で私と勝負しろ!」
悔しさに顔を染めた椛が突きつけたのは、再戦の申し込み。それを一蹴するかのように、駒次郎さんは口をへの字に曲げて「嫌だ。断る」と拒否した。
「あのな、始める前に鞍馬天狗が言ったよな? 『大きな怪我させる以外は何でもあり』って。俺はそれに則って矢もゴムで保護したし、真剣じゃなくて木刀を使った。後は能力使おうが仲間呼ぼうが御構い無しだ。お前もそれは折り込み済みな筈だろ?」
「ぐっ……確かにそうだ……だが! 少し理不尽すぎではないか!? あれではあまりに……!」
「──死人に口なし」
瞬間、あれだけ緩みきった駒次郎さんの雰囲気が、一気に張り詰めたものに変わった。
「死んだ奴は、何も言わない。自分が死んだ理由も、それに対する後悔も、憤りも、禍根も、悲しみも、何も言わない。勿論、もう一度戦えというワガママも言わない。これは今みたいな試合でも、同じ事が言えると俺は思っている」
「だからどうしたと──」
「まだ分からないのか? 普通だったら、お前はもう
刹那、駒次郎さんがクナイを放った。さっきまでの倍くらいはある速さのそれが、椛の頬を掠め、壁に深々と突き刺さる。
「これでトドメだ。俺は帰って寝る。鞍馬天狗、後処理は頼んだ」
冷たく言い放ち、再び駒次郎さんはゆらゆらと歩き始め、入り口に貼っておいたお札を剥がして道場から出ていった。
「くそっ……私は……!」
「椛、そう辛そうな顔をしないで。貴女もよく頑張りました。これを糧に、より一層の研鑽に励んでください」
天魔様が椛を慰める中、私は駒次郎さんが去った後の道場の入口を呆然と見つめいた。
◆
川のせせらぎが耳に届く。鳥のさえずりが、何処が遠くで聞こえてくる。
緑と水の気配を心地よく感じる中で、パチンと音を立てて飛車が歩兵を取った。
「……なるほどねぇ。相手のズルで負けて、しかも再戦すら受け付けてくれなかったからそんな怒ってたんだ」
取ったばかりの歩兵を手でもてあそびながら、にとりは軽い調子でそう言った。
「あぁ、今思い出してもイライラする。あんな奴に負けたなんて屈辱的だ」
合わせるように桂馬で飛車を取る。取られたにとりは、少し顔をしかめつつ、顎に手を当てて考え始めた。
「まぁでも、私は分かっちゃうな。その人の言い分も」
「何だと、まさかにとりまで一対一の決闘を愚弄する気なのか?」
「落ち着きなよ。確かに予めルールが決められていて、その中でズルをしたなら悪いのはその人だよ。だけど、天魔様はなにも言ってないんでしょ? その状況で椛と戦うなら、私は自作の武器をいくつか持ってきて、怪我をさせない範囲で思いっきり使うね。そうじゃなきゃ私が負けちゃうもん」
「しかしだな──」
「もー、椛は相変わらず固いんだよ。もっと柔軟に考えないとまた足元掬われるよ?」
こんな風にね。と、椛は玉の左に金将を置き、王手と高らかに宣言する。慌てて駒を動かそうとしたが時すでに遅く、逃げ道は全て塞がれてしまっていた。
「うっ……まさかあの飛車は……」
「桂馬を開かせるために決まってんじゃん。あれで金将を置ける隙が出来た。目先の飛車に囚われて脇の銀将に気づかないなんて椛らしいっちゃ椛らしいけど、こう言う事に気を付けるようになれば勝てるんじゃないかな?」
「ぬぅ……これは……」
「諦めなよ。今日は私の勝ちで決まりなんだから」
勝ち誇るにとり。どうしようかと思案していると、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「はーい! 椛、ちょっと出てくるね」
言い残して、にとりは玄関に向う。
……駄目だ。どう考えてもここから逆転出来る一手が思い浮かばない。
投了が頭をよぎった時、玄関からにとりの声が聞こえた。
「やぁ、旦那じゃないか! 随分ご無沙汰だったねぇ! 今日はどうしたんだい?」
「あぁ、まぁな。ちょっと野暮用でクナイの仕入れを頼みた──」
どうやら来客は男性らしかったが、不自然な言葉の切り方に違和感を覚えた。
振り返って見ると、白黒の市松模様の着物を着た細身の男が顔を苦くしてこちらを見つめている。
今私が一番会いたくない相手だと理解するには、数秒もいらなかった。
「お前は──!」
言い切る刹那、私の腕をクナイが掠めた。にとりからは死角になる場所からクナイを放った始末屋が、余計な事は言うなと鬼の形相で釘を刺していた。
「あれ? どしたの駒次郎の旦那。そんな鬼気迫る表情しちゃってさ」
「いや……なんでもねぇ。それより、クナイを百本仕入れたいんだが頼めるか? ついでにポーンの修理もお願いしたい」
「ふーむ……分かった。その量ならきゅうり一箱と五万円だね。今出すから中に入って待っててくれるかい? お茶も出すからさ」
始末屋が差し出した袋を受け取り、中身を確認したにとりが、奴を中へ案内する。ちょっと待っててねと私に断った後、そのままにとりは工房へ入り、入れ違うように始末屋が少し遠い位置にどっかりと腰を下ろした。
「……おい、何故貴様がここに来る」
「ここに俺が来ちゃいけねぇってのか? とんだ職業差別だな」
刺すような私のささやきにも、奴はカラカラと笑って相手にしない。まるで柳相手に刀を振り回しているようで、先の事と合わせてより一層不機嫌になる。
「身を隠すのと実益を兼ねて武器を売ってんのさ。ほれ、こんななりだし、妖力も少ないから簡単に人里に入り込めるだろ? 余ったクナイは自分で使えるし、一石二鳥ってわけ」
「ならばここでなくてもいいだろう。何処か別の所へ行け」
「ま、そう言うな。にとりの腕は確かだし、武器自体もかなり安めに取引してもらってる。そのかわりに本来の買値にプラスしてきゅうりの納入という話で手は打ってあるんだ。多少財布は痛むがまぁ、のらくら生きるためには必要な犠牲ってやつだ」
言い終えた始末屋は、くぁー、と大きく欠伸をした。全くもって呑気な奴だ。
「やーお待たせ。先に注文のクナイ百本ね」
タイミングよくにとりが現れ、ある程度大きさのあるダンボールを一箱始末屋の前に置いた。中に入った黒金の武器を、始末屋は一本一本丁寧に検分していく。
「うん、確かに受け取った。これは先払いの五万だ」
「毎度あり! あ、ポーンに関してはちょっと時間が欲しいな。細かい作業が結構多いし」
「んじゃ、きゅうりは後から持ってくる。世話になったな。後は頼むよ」
気楽な感じでにとりとやり取りし、奴はそのままゆらゆらと小屋から出て行った。
あの時、私に見せた隙がない気配と違う、緩みっぱなしのだらけた気配。
こんな奴に負けたのかと思ったら、自分の力不足に苛立って。
気がついたら、にとりの存在を忘れ、私は外に出て「待て!」と大きな声で叫んでいた。
「……もう一度だ。私ともう一度勝負しろ!」
振り返った奴に向かって再び宣戦布告をするも、奴は嫌そうな顔をして一言「やだ」と斬り捨てる。
「頼む! あのままじゃ私にとって生殺しもいいところだ! 一戦だけでいい!」
「断る。俺は今オフだ。プライベートで予定外な事はしない主義でね。文句があるなら依頼してから来な」
「じゃあ今、この場で依頼する! どうか私と戦ってくれ! 報酬も出す!」
「あのなぁ……仮にお前が休みだったとして、急に仕事を頼まれたら嫌だろ? 今俺にしてんのはそういうことなんだぞ」
「だが……!」
「もー、いーじゃないですかぁ。駒次郎さん」
ふと、聞き慣れた声が上空から降ってくる。
上を見ると、見慣れた一本下駄を履いた私の上司が、ふわりとこちらに降りてきた。
「おい、射命丸。お前どうしてここが分かった」
「それは企業秘密です。そんなことより、折角私の可愛い後輩が頼み込んでるんですよー? ここは受けてあげるのが、男としての筋って奴じゃありませんか?」
「あのな、どこから聞いていたのかは知らんが、何を言われてもこいつと勝負する気はないぞ」
「あややー、それじゃあ仕方ありませんねぇ。それじゃあ……」
依頼として天魔様に持って行くしかないですよ。
これを聞いた瞬間、始末屋の顔色が一気に変わった。
「なっ!? ちょっと待て! お前確か、鞍馬の野郎に口止めされてたんじゃ……」
「確かに新聞は止められましたよ。けど、今日天魔様から直々に貴方のお目付役を頼まれたのですよ。可愛い息子をよろしく頼むって!」
「あんの馬鹿天狗……!」
苦々しく歯をくいしばる始末屋を尻目に、文さんは清々しい笑顔で更に追い詰めて行く。
「おっと、私にそんな事言っていいんですかー? 天魔様に報告しちゃいますよー?」
「それとこれとは話が……!」
「もーみじー、天魔様の所に行きましょうか」
「あああああああ! 分かった! やるよ! やりゃあいいんだろ!?」
とうとう奴は脅しに屈した。がっくりと肩を落とす始末屋に同情しつつ、私は申し訳ないと文さんに頭を下げる。
「いいんですよー。そ・の・か・わ・り、また部隊にお邪魔させて下さいね!」
……結局、文さんの一人勝ちで終わったのは少し悔しいが。
「……ったく。ただし、条件がある。俺と戦いたかったら、まずこいつらのどちらかに勝ってからだ」
始末屋はそう言うと、地面に正方形を二マス書き、その中央に黒と白の大きなチェス駒を置いた。たちまちのうちに光が放たれ、マスの中に人影が現れる。
白い駒が置かれた方には、真っ白い鎧を身に着けてた男がかしずいていた。月のような形の兜を被り、そこから銀に輝く長髪がのぞいている。
かたや黒い駒が置かれた方には、黒金に艶めく鎧を身に着けた男が、白い男と同じようにかしずいていた。今度は鬼の角のような兜を被っている。髪は見えないが、短い黒髪である事は間違いないだろう。
「お呼びでございましょうか。ご主人」
かしずいたまま、二人は同時に尋ねる。当の始末屋は「おう」と軽く挨拶し、顔を上げさせた。
「
親指で乱雑に指されたことにムッとしながらも、私は二人に会釈をする。
先に反応したのは、白い鎧の男だった。私に目を向けるやいなや、すぐに近づき、片膝をついて──
「おぉ、麗しのレディ。貴方が私のお相手ですか」
私の手を取り、キスをした。
「……へ……?」
あまりにも自然、かつ突然の出来事に頭が追いつかない。だが、男は気づかないのか尚も私に話しかけてくる。
「あぁレディよ、そんな驚いた顔も素敵だけど、やはり貴女はそのままの方がもっと素敵だ。白い髪に透き通る手、何よりもその小さな耳。何処を取っても最高だ。だがどうだろう? 私はこの美しくも可愛らしい娘と戦わねばならないのか。運命はなんと残酷なのだろう? いやしかし、こんな宿命、私の手で断ち切ってみせよう。いや、見せなければならぬのだ。レディ、私と逃げましょう。そう、幸せというエリュシオンに……」
「はぁ……あっ、えっと……」
「けっ、まーた始まったか」
逡巡していると、今度は黒いほうが口を開いた。
「おい白金、おめーの女癖の悪さには飽き飽きしてんだ。いい加減に女と目ぇ合わせたら口説こうとするのをやめろ」
「何ですか、もてない男の僻みですか。みっともないですよ黒金。分かったらどこかに行ってください」
「ちげぇよバーカ。毎度毎度懲りないなと呆れてんだよ」
「はい?」
「あぁ?」
「おーしテメェら、そこまでだ」
始末屋はそういうと、ゴンッと兜越しに拳骨をお見舞いした。余程強い力だったのか二人とも兜を抑えて悶えている。
「全く、隙を見せりゃ喧嘩しかしねぇなおめぇら。いい加減仲良く出来ねぇのか」
「申し訳ありませんご主人……」
「め、面目ねぇ……」
しゅんと項垂れる二人の武将を「まぁいいやと」ひらひら手を振って制し、「で、どっちがやんの?」と更に続ける。
「も、勿論この白金がやらせていただきます!」
「馬鹿、おめーに任せたらどうなるか分かったもんじゃねー。ここは俺が……」
「貴方みたいな堅物がやっても彼女のためになりません。ここは私が手取り足取り……」
やいのやいのとやっているうちに、二人はまた取っ組み合いの喧嘩になった。その様子を、ポカンとして見つめる文さんと私、カカカと笑って「しょうがねぇ奴らだなー」と嘯く始末屋が対象的だった。
「……あのー、駒次郎さん? この人達は一体……」
戸惑いながら文さんが尋ねると、始末屋は何事もないように答えていく。
「この二人はクイーン。チェス駒の中でも最強の駒で、白駒と黒駒の率いている俺の軍師だ。白い奴は白金。今見たように女癖が悪い。そっちの黒い方は黒金。斜に構えた皮肉屋で、二人とも馬が合わねぇのかしょっちゅう喧嘩してるんだわ」
はっはっはっと他人事のように始末屋は笑う。
「……ふん、そんな奴に私が負けるはずが……」
「おっと、甘く見ない方がいい。二人とも相当強いからな。有事の際には頼りになるぜ?」
今のオメーにゃ丁度いい相手だろと始末屋が煽るが、これも奴のペースであるという事は先の手合わせで分かっている。そう簡単に乗せられないようにしなければ。
「で、オメーはどっちとやるんだい?」
再度始末屋が問いかける。
私は少し考えて、喧嘩している二人の武将の一人に声をかけた。
「黒金様! どうか私と勝負していただきたい!」
途端、ピタリと喧嘩が止み、二人とも私の方を見つめた。黒い武将はニンマリとした顔で、白い武将はショックを受けた顔をして。
「な……何故なのですかレディ! 私では不服と申されるのですか!?」
今にも泣きそうな子供の目を向けながら抗議する白金様に対して、私ははっきりと言った。
「確かに、貴方も十分にお強い事は理解しているつもりです。ですが、私は本気で始末屋と戦いたい! そんな時、もしも手を抜かれて貴方に勝ったら、私の面目は立ちません! ですので、少なくとも全力で戦ってくれるであろう黒金様を選びます!」
「そんな……」
「ははははは! 色男が聞いて呆れるなぁ! 気に入ったぜ小娘。いいだろう、乗った!」
豪快な笑い声を上げながらこちらに近づいてくる黒金様を、私は目線を逸らす事なく見つめた。私より幾ばくも高い背丈から、黒い武将が私を見下ろす。
「言っておくがな、この前の事は全部ご主人から聞いている。俺は木刀なんて甘っちょろい事は言わない。来るなら真剣だ。全力で来い。分かったな?」
「言われなくとも!」
「よーし分かってんな。だったら……」
今からスタートだ!
そう言わんや、黒金様は刀を抜き、即座に振り下ろす。「おい!」と言う始末屋の声すらも置き去りに、私もまた合わせて刀を抜いて受け止める。
「ぐっ……これは……!」
重い! 刀の一撃がこんなに重いのは朱百隊長の時以来だ!
だが!
「負けるかぁ!」
私は負けじと足に力を込め、黒金様の刀を弾いた。
ニヤリ、と黒金様が笑う。
「さぁ白狼天狗! 全力でぶつかってこぉい!」
そう吠える黒金様に同じように笑みを返し、そのまま彼に向かって突進した。