童話とのクロスオーバーではありません。
乳白色の蛍光灯に照らされた、その空間には老若男女様々なざわめきが溢れていた。
長さ数十メートル四方、高さ数メートル、床に張り巡らされたラインテープ、幕の降り切ったステージ、そこは体育館と呼ばれる場所だった。
体育館内のカーテンは全て締め切られ、外から差し込む日光は遮られている。ステージを正面から見て、右側の壁に掛けられた大きなアナログ時計の針は10時55分を指していた。
体育館内の床には椅子が均一に並べられている。ステージに近い位置には学生服を着た少年少女が、そこから数メートルほど離れた位置には学生達の保護者であろう人々が着席し、思い思いに言葉を交わしていた。学生達は10代前半、またはそれに満たない年齢であり、館内の様子からここで何か催し物が行われていることが覗える。
館内の大時計が11時に指しかかろうとした時、ステージの左端――舞台袖から一人の少女が現れた。少女の外見は10代半ばほどで、白いセーラー服とショートパンツを着込んでいる。少女がステージ上から館内を見回すと、腰まで届く鮮やかな赤銅色の髪が揺れる。
少女に気付いた一部の学生達から歓声が上がるが、少女はその声に軽く手を振りかえすのみで、館内を見回し続けた。そして、舞台袖に設置されためくり台を見つけると、駆け寄ってめくり台を捲り上げる。
赤銅色の髪の少女によって捲り上げられためくり台には『文化祭 特別ゲスト』と書かれていた。
「――マイク、チェック……ワン、ツー……」
カチリと、スイッチを入れる軽い音と僅かなノイズの後、柔らかく丁寧な女性の声が館内のスピーカーから流れる。
その声に、館内のざわめきは若干薄らぐ。赤銅色の髪の少女はスピーカーから流れた声に頷くと、舞台袖に戻って行った。
「本日は、文化祭へお招きいただき、まことにありがとうございます。鎮守府一同、深く感謝申し上げます」
女性の言葉に、館内からは僅かな拍手が起きる。
「本日のご案内、および劇中のナレーションは私、霧島が担当いたします。
それでは、艦娘舞台劇『赤ずきんちゃん』上演開始です」
館内にビープ音が鳴り響き、天井の照明が落とされていく。
そして、舞台の幕が上がる。
むかしむかし、ある所に、とても可愛らしい女の子がいました。
おばあさんが作ってくれた赤い頭巾がお気に入りの、その女の子の名前は――
「暁よ! 一人前のレディーとして、舞台衣装もばっちり着こなすわ!」
はい、暁ちゃんです。
赤と白を基調にしたエプロンドレスに赤い頭巾が良く似合っていますね、可愛らしいです。
「えっへん♪」
ここは森の近く、暁ちゃんが住む小さなお家。
ある日の事です。暁ちゃんはおかあさんに呼ばれました。
「暁さん、今日は貴女におつかいをお願いします」
淡藤色のカットソーに青いジーンズ、ヒヨコ柄のエプロン。
物腰柔らかなソロモンの狼、青葉おかあさんです。
「おつかい?」
「森のお家に住んでいるおばあさんが、病気になってしまったんです。
お見舞いに行ってくれませんか? おばあさんも、きっと喜んでくださいますから」
「わかったわ! 暁にまかせて、おかあさん!」
暁ちゃんの返事を聞いた青葉おかあさんは、テーブルの上のバスケットを手に取りました。
「ありがとうございます、暁さん。
では、このパンと葡萄酒をおばあさんに持って行ってくださいね」
暁ちゃんが手渡されたバスケットには、焼きたてのパンと上等な葡萄酒の瓶が一本入っていました。
バスケットの蓋を開けると、焼きたてパンの香ばしいバターの香り……何とも食欲がそそられます。
「……じゅるり」
「食べちゃダメですよ?」
「にゃっ!? た、たべないわよ!
つまみ食いなんて、レディーのすることじゃないんだからっ!」
ぷんすかと、暁ちゃんは可愛らしく怒りを露にします。
そんな彼女の様子に、青葉おかあさんはちょっぴり不安げです。
「この調子で大丈夫かしら……」
「もぉ! 暁は子供じゃないんだから、一人でおつかいだってできるわよ!」
暁ちゃんがおばあさんの所に一人で行くのは、今回が初めての事でした。
青葉おかあさんは、暁ちゃんの事が心配で堪りませんが、用事があるので一緒には行けないのです。
「いいですか暁さん、おつかいの途中で道草をしてはいけませんよ?
それから、狼に用心してください」
「オオカミ?」
「狼は、どんな悪いことをするかわかりません。
もし、話しかけられても耳を貸してはいけませんからね」
「わかったわ!」
暁ちゃんは、バスケットを手にお家の扉まで駆けていきます。
お家の扉を開いた暁ちゃんは、青葉おかあさんに振り向き――
「いってきま~す!」
青葉おかあさんを安心させるように元気よく、そう言って出かけて行きました。
「いってらっしゃい」
青葉おかあさんは、小さく手を振って暁ちゃんを見送りました。
「ふぅ……。
それにしても、どうして青葉がおかあさん役なのかしら……」
おや?
青葉おかあさんが、なにやらぼやいていますね。
「ソロモンの狼だから、てっきり狼役だと思ったのになぁ。
第一、おかあさん役ならもっと適任が居るでしょうに……」
おっと、これはいけません。
舞台袖から風が吹き始めました。風向き良好です。
青葉さん、それ以上は地雷を踏み抜きかねませんから撤収を――
「例えば、いつもおかあさん然としてる、鳳しょ――に゛ゃん!?」
!!ああっと!!
舞台袖から飛んで来た九九式艦爆が、青葉おかあさんの後頭部に直撃しました!
「ぐふっ……」
あ、倒れましたね。
照明の明石さん、暗転です。
黒子の皆さんは、青葉さんを回収してください。
さて、青葉おかあさんに見送られて家を出た暁ちゃんは、森を目指していました。
今日は天気の良い日なので、暁ちゃんは上機嫌にスキップをしながら鼻歌を口ずさんでいます。
「ふんふん~♪ ふふ~ん♪」
あら可愛い。
森の入り口が見えてきたところで、近くの茂みから誰かが飛び出してきました。
「戦場が、勝利が私を呼んでいるわ!」
飢えた狼、足柄狼さんです。
茶色のロングコートに白いシャツとスラックス、頭のウルフイヤーと実に狼感が溢れています。
「ワイルドッ!」
その場でくるりと回る足柄狼さん。
スラックスの腰の部分にはふさふさの尻尾まで付いていますね、こだわりを感じます。
「こんにちは、赤い頭巾が可愛い暁ちゃん」
足柄狼さんは、にっこりと笑いながら暁ちゃんに話しかけました。
暁ちゃんは、青葉おかあさんの言いつけを思い出し、プイッとそっぽを向いて歩き続けます。
「こんにちは、素敵なレディーの暁ちゃん」
「こんにちは、オオカミさん」
挨拶を無視するのは素敵なレディー失格だと思った暁ちゃんは、足柄狼さんに挨拶を返してしまいました。
暁ちゃんの返事に、足柄狼さんは一層笑みを深めます。
「暁ちゃんは、一人でお出かけしているの?
おかあさんと一緒じゃないと危ないわよ。いったいどこへ行くのかしら?」
「危なくないわ、暁は一人でも大丈夫よ。
今日はおばあちゃんのお家に行くの。病気のお見舞いなんだから」
「そうなの、偉いわねぇ……。
あら、そのバスケットには何が入っているの?」
足柄狼さんは、暁ちゃんのバスケットをまじまじと見つめながら尋ねます。
「おかあさんから持っていってって頼まれた、パンと葡萄酒よ」
ほら、と暁ちゃんはバスケットの蓋を開けて、足柄狼さんに中身を見せました。
バスケットの中には焼きたてのパン、ラベルからも上等であることが窺えます。
「……じゅるり」
「た、たべちゃダメよ!?
暁だって、我慢してるんだからっ!」
暁ちゃんは、慌ててバスケットを引っ込めました。
バスケットから目を離さず、足柄狼さんはさらに質問を続けます。
「ところで、暁ちゃんのおばあさんのお家はどこにあるの?」
「そこに森の入り口があるじゃない?
おばあちゃんのお家は、その森の奥にあるのよ」
暁ちゃんは、右手の人差し指を頬に当て、小首を傾げました。
「う~ん……ここからだと、歩いて15分くらいかしら?」
「15分ね……」
足柄狼さんは、少し考えました。
暁ちゃんより先に森のお家を探して、おばあさんを食べてしまうには時間が足りない、と。
「暁ちゃん。おばあさんのお家に行く前に、ちょっと道草をしてはどうかしら?」
「えっと、おかあさんに道草はダメって言われてるのよね……」
「それはきっと、夜になる前に貴女がお家に帰って来れるように言い聞かせたのよ。
少しの道草なら大丈夫。ほら、周りを見て?」
暁ちゃんは、足柄狼さんの言うとおりに周囲を見渡します。
「綺麗な花畑でしょう? 小鳥は楽しそうに歌っている。
おばあさんのお家まで、遊びながら行くのもいいと思うわ?」
「う~……でもぉ、おかあさんの言いつけを守らないのは、レディー失格かも……」
「お花を摘んで、おばあさんにプレゼントするのはどうかしら。
素敵なプレゼントに、きっとおばあさんも喜んでくれるわよ」
「にゅ~……」
あと一押し。
足柄狼さんは、さらに誘惑の言葉を続けます。
「おばあさんも褒めてくれるでしょうね。
『こんな気遣いもできるなんで、暁ちゃんは立派なレディーね!』……って」
「……そうね、オオカミさん。あなたの言うとおりだわ。
暁、お花を摘みながら行くわ……立派なレディーだもの!」
暁ちゃんは、早速しゃがみ込んでお花を摘み始めました。
その様子を見た足柄狼さんは、ニヤリと笑みを浮かべ――
「うふふっ……♪ 明日の勝利のために、あの子も、あの子のおばあさんも食べちゃうわ!」
森の中、暁ちゃんのおばあさんのお家を目指して走り去っていきました。
ところ変わって、こちらは暁ちゃんのおばあさんが住むお家です。
森の中に佇む小さなお家に、おばあさんは一人で暮らしていました。
お家の中には大きな暖炉にテーブル、クローゼットに調度品の数々。
そして、お家の扉の反対側、窓際の大きなベッドには病気で寝込んでいる――
「この配役考えたなぁ誰じゃ!?」
暁ちゃんの祖母、浦風おばあさんです。飛び起きました、元気ですね。
浦風さん、そういうメタ的な発言は楽屋裏でお願いします。
「はん! どうせ磯風じゃろ、この前の腹いせにぃ!」
まぁまぁ浦風さん、落ち着いてください。
白藍のパジャマワンピースと丸眼鏡、とっても可愛らしいですよ?
「そりゃぁウチが婆臭いってことかっ!?」
いえ、そういう意味では……あら、ここでお便りですか?
浦風、お前の老婆姿の演技を楽しみにしているぞ……磯風より。
追伸、指令の世話を焼く私を笑ったお前を、今度は私が笑ってやる、覚悟しろ……だそうです。
「うぎぎぎぎっ! むっつり風ぇ……!」
お二人の間に何があったのか、非常に気になるところですが……。
どうやら、誰かが浦風おばあさんのお家に訪ねてきたようですね。
「あん?」
ドンドンと、ドアをノックする音が数回。
「はいはい、どなたか~?」
『おばあさん、暁よ。
パンと葡萄酒を持って来たわ、鍵を開けてもらえるかしら?』
浦風おばあさんが尋ねると、ドアの向こうから暁ちゃんを名乗る女性の声が返ってきました。
「おや、暁か。お見舞いに来てくれたん?」
浦風おばあさんは、嬉しそうに答えます。
「鍵はかかっとらんから、入って来るとええ。
ウチは体が弱っとって、ベッドから起きらりゃぁせんけぇのぉ」
「そうなの、それじゃあ遠慮なく……」
ドアが開き、そこに居たのは――
「暁、よう来てくれ……た……?」
(「・ω・)「 がおー!
なんと、お家に入って来たのは暁ちゃんではなく、足柄狼さんでした。
「狼ぃ!?」
「腹が減っては何とやら、私の糧になりなさい!
ハムッ、ハフハフ、ハフッ!」
「ぬぁっ!? 気色悪ぅ!?」
足柄狼さんは、浦風おばあさんに飛び掛かります。
そして、怯える浦風おばあさんを丸飲みにしてしまいました。
「さてと、次は暁ちゃんね~」
足柄狼さんは、ロングコートを脱ぐと、クローゼットから白藍のパジャマワンピースを取り出しました。
取り出したパジャマワンピースを羽織り、足柄狼さんはいそいそと浦風おばあさんのベッドに潜り込みます。
さらに、長い黒髪をナイトキャップに押し込み、目深に被りました。
「んふふっ……変装も完璧、必勝の戦略ね♪」
待ち伏せの準備を終えた足柄狼さんは、暁ちゃんが来るのを息を潜めて待ち始めました。
一方その頃、暁ちゃんは森の中を歩いていました。
手には花束を乗せたバスケット、周りの景色を眺めながらおばあさんのお家を目指します。
「……着いたっ!」
少し開けた場所に出ると、そこには小さなお家が佇んでいました。
浦風おばあさんのお家です。
暁ちゃんは、お家のドアに駆け寄りました。
ドアの前で息を整えて、浦風おばあさんに呼び掛けます。
「おばあちゃ~ん、暁が来たわよ~」
トントンと、ドアを数回ノックします。
「パンと葡萄酒を持って来たわ、鍵を開けてちょうだい?」
二回目の呼び掛けに、しかし、浦風おばあさんからの返事はありません。
返事がないことを不審に思った暁ちゃんは、ドアノブに手を掛けます。
「あれ、あいてる……?」
暁ちゃんは、鍵の掛かっていないドアを開きお家の中を覗き込みました。
中の様子を、以前暁ちゃんが来た時と変わっている様には見えませんでしたが――
「……なにかしら、このにおい」
暁ちゃんは、いつもと違う匂いがお家の中に漂っていることに気が付きます。
しかし、その匂いが足柄狼さんが纏う硝煙の匂いだということはわかりませんでした。
むせる様な匂いに顔をしかめながらお家の中を見渡すと、大きなベッドが目に留まりました。
「おばあちゃん……?」
ベッドには布団を被った人物が横になっていました。
浦風おばあさんが居ることに安心した暁ちゃんは、お家の中に入りました。
「もぉ、おばあちゃんったら、返事くらいしてよねっ」
暁ちゃんは、テーブルの上にバスケットと花束を置くと、浦風おばあさんに呼び掛けます。
しかし、ベッドの人物は僅かに身動ぎするばかりで、暁ちゃんの声には応えません。
「……?」
浦風おばあさん、病気で体調が優れないのかも――
少し心配になった暁ちゃんは、ゆっくりとベッドに近付きました。
「おばあちゃん、こんにち……は……?」
暁ちゃんは、違和感を覚えました。
「おばあちゃん、おばあちゃんってこんなに体が大きかったかしら?」
「わた……おばあちゃんは病気なのよ。
ちょっと体が大きくなるのも仕方がないわ」
病気なら仕方がありません。
いつもの広島弁が出ないのも、きっとそういうことなのだと暁ちゃんは納得しました。
暁ちゃんは、さらに尋ねます。
「おばあちゃん、帽子の中で動いているのはお耳なの?
なんだかとっても大きくて、変な形に見えるけれど」
「補聴器よ」
補聴器なら仕方がありません。
ナイトキャップ越しに見える影は獣の耳に良く似ていましたが、きっとそういう品物なのだと暁ちゃんは納得しました。
「それじゃあ、目が大きいのはどうして?
光ってる気がして、ちょっと怖いかも……」
「眼精疲労なの」
眼精疲労なら仕方がありません。
獲物を狙い定める様な鋭い眼光も、きっとそういう症状なのだと暁ちゃんは納得しました。
「それから、手も大きいわ。
暁より全然、一回りも二回りも大きい」
「大人ですもの」
ぐうの音も出ませんでした。
「あ、暁……子供じゃないもん……。
う~、あとは、そう、おばあちゃんのお口よ。
あんまり大きいから、暁、びっくりしちゃったわ」
「そう、驚かせてしまったのね……ごめんなさい。
でも仕方がないの、大きくなければ貴女を……」
「……暁を?」
「食べられないのだからっ!」
(「・ω・)「 がおー!
なんと、ベッドに居たのは浦風おばあさんではなく、足柄狼さんでした。
「オ、オオカミさん!?」
「また会ったわね! そしていただきます!
ハムッ、ハフハフ、ハフッ!」
「ひゃわっ!? 変な顔ぉ!?」
足柄狼さんは、暁ちゃんに掴み掛ると、そのまま彼女を丸飲みにしてしまいました。
そして、小さく息を吐くと、大きなお腹を満足そうに撫で回します。
「ふぅ……二人も食べたからお腹いっぱいだわ。
ちょっとだけ、横になりましょうか……ふあぁ……」
満腹感からの眠気に、足柄狼さんは欠伸を一つ。
ベッドに潜り込むと、そのまますやすやと眠ってしまいました。
足柄狼さんが眠り始めてすぐのことです。
いつも森で狩りをしている猟師さんが、浦風おばあさんのお家の前を通りかかりました。
「海のスナイパー、イムヤにおまかせっ!」
陸でも恐らくスナイパー、イムヤこと猟師、伊168さんです。
今日はいつものポニーテールを下して麦わら帽子を被っています。
お子様方には刺激の強いスクール水着は、白いワンピースで覆い隠され実に健全です。
「霧島さん、この格好スナイパーっぽくないと思うわよ?」
いつもの格好よりスナイパーですよ。
それになにより猟銃があります、大丈夫です。
「これ、アンチマテリアルライフルじゃない」
細かいことを気にしてはいけません。
さぁさぁ、浦風おばあさんのお家から妙な声が聞こえてきましたよ。
「あら、変ね……こんな大きないびきは初めて聞くわ……」
「むにゅ……那智ねぇさん……のみすぎよぉ……。
あぁあぁ……妙高ねぇさぁん……お説教は……やぁ……」
「……いびき?」
いびきです。
「そう……気になるから家に入ってみましょう」
イムヤさんは、浦風おばあさんのお家に入ります。
一見、お家の中に変わったところは見当たりませんが――
「なんだか、おばあさんのベッド……やけに膨らんでるわね」
イムヤさんの目に留まったのは、浦風おばあさんのベッドでした。
寝ている人物を起こさないように足音を忍ばせてベッドに近付き、布団を捲ってみます。
「わっ……これって、狼よね?」
ベッドでは足柄狼さんが寝息を立てていました。
大きなお腹を見るに、浦風おばあさんが足柄狼さんに食べられたことが予想できます。
「眠ってる間に仕留めちゃった方がいいかしら?
でも、もしかしたら、今ならおばあさんを助けられるかも……」
食べられた浦風おばあさんが、お腹の中でまだ生きているかもしれません。
イムヤさんは、僅かな希望に賭けることにしました。
「ええと……ハサミは……あった」
イムヤさんは、近くの棚から裁縫用の大きなハサミを取り出しました。
そして、眠っている足柄狼さんのお腹をハサミで切り始めます。
「中に誰かいるかしら……っと」
イムヤさんが足柄狼さんのお腹を両手で開くと、赤い頭巾が見えました。
さらにお腹を開くと、中から女の子が飛び出してきました。
「わぷっ! もぉ! いきなりなんなのよぉ!
おばあちゃんがオオカミさんだし、食べられちゃうし、まっくらで怖いしっ!」
「貴女は……暁ちゃんね?
浦風おばあさんのお孫さんの……よい、しょっと……」
イムヤさんは、暁ちゃんをベッドから降ろしながら尋ねます。
「そうよ、今日はおつかいで来たの」
「偉いわね……狼に食べられたのは、災難だけど」
「まったくだわ! ぷんすかっ!」
膨れっ面の暁ちゃんを宥めた後、イムヤさんは再び足柄狼さんのお腹を開きます。
すると、今度は青色の髪のおばあさんが飛び出してきました。
「誰が婆じゃ!?
やれやれ、酷い目にあったわ……」
「浦風ぉ……浦風さんも無事だったみたいね、良かったわ」
「あら、イムヤさんが助けてくれたんじゃね、ありがとさん」
「どういたしまして……っと」
浦風おばあさんは、イムヤさんの手を借りてベッドから降りました。
「これで一安心、と言いたいところだけど……。
どうしましょう、狼が起きたら二人を助けたことがバレちゃうわね」
イムヤさんは、暁ちゃんと浦風おばあさんを無事に助け出すことができました。
しかし、大きなお腹が空っぽになった足柄狼さんの姿を見て、困った様に呟きます。
「それなら、ええ考えがあるんじゃ……暁!」
「なぁに、おばあちゃん?」
「おばっ!?
……まぁええ、家の裏から重りになりそうな物を持ってきて」
「まかせてっ!」
浦風おばあさんの指示に従い、暁ちゃんはお家の裏に走って行きました。
「重りって、なにするの?」
「なに、悪い狼さんを、ちぃと懲らしめちゃるんよ」
「おばあちゃ~ん、これでい~い?」
暁ちゃんは、お家の裏からたくさんの石を……あら……?
「……ドラム缶ね」
「……ドラム缶じゃな」
「重りて言ったらこれじゃないの?」
暁ちゃんが持って来たのは輸送用のドラム缶でした。
確かに燃料を満載したドラム缶は、相当な重量になりますね。
「ダメだった……?」
「いや、上出来じゃ」
不安そうに呟く暁ちゃんに、浦風おばあさんは笑顔を見せます。
そして、暁ちゃんからドラム缶を受け取ると、それを足柄狼さんのお腹に詰め込みました。
「これを……こうして……よしっ!」
浦風おばあさんは、針と糸で足柄狼さんのお腹を縫い合わせました。
「さてと、狼に気付かれんうちに、ここを離れようか。
暁、あんたの家まで案内してくれんか?」
「わかったわ、おばあちゃん!」
暁ちゃんは、テーブルの上のバスケットを手に取り、お家の入り口に向かって駆け出しました。
「せっかくだから、送っていくわよ」
「ええん? 助かるわぁ」
暁ちゃんの後を追って、浦風おばあさんとイムヤさんもお家を出て行きます
そして、浦風おばあさんのお家には、未だに寝息を立てる足柄狼さんが残されました。
暁ちゃん達がお家を出てしばらくした後、足柄狼さんは目を覚ましました。
「ん……よく寝たわぁ……。
喉が渇いたし、水を飲みに行きましょうか……」
ベッドから降りた足柄狼さんは、ふと体に違和感を覚えます。
「なんだか体が重いわね……食べ過ぎかしら?」
しかし、お腹の中身が入れ替わっていることには気付きません。
足柄狼さんは、ゆっくりとした足取りで浦風おばあさんのお家を出ると、近くにある川に行きました。
川に辿り着いた足柄狼さんは、川縁にしゃがみ込みました。
そして、水面に顔を近付けて水を飲もうとしますが――
「にゃっ!?」
お腹の中のドラム缶の重さにバランスを崩し、川に落ちてしまいました。
「ちょ、体が重っ……! 溺れ、溺れるっ……!」
足柄狼さんは、慌てて川縁に戻ろうともがきます。
「やっ、流されっ……! にゃ、にゃ~!?」
しかし必死の抵抗も空しく、お腹の重りで体はどんどん沈んでいきます。
そして、足柄狼さんは、とうとう川に流されてしまいました。
森を出た暁ちゃん達は、花畑小道を進んでいました。
日はまだ高く、暁ちゃんのお家には夕暮れまでに十分帰られそうです。
「さぁて、磯風へのお礼はどうしちゃろうかのぉ?
目にゃぁ目をとゆうし、意趣返しといこうか……くくくっ……」
「う~ん……演劇なんて初めてだったけど、結構面白かったわね。
クジ引きで負けて良かったかな? 次があるなら、ゴーヤを推薦しちゃおうかしら」
「……」
俯き加減で歩いていた暁ちゃんは、ふと立ち止まりました。
そして、振り返り遠くを――森の奥の浦風おばあさんのお家の方を見つめます。
「……今日はとっても怖い思いをしたわね。
暁が、おかあさんの言いつけ守らなかったばっかりに……レディー失格だわ。」
暁ちゃんは、今日の出来事を思い出して沈んだ表情を浮かべました。
青葉おかあさんの言いつけを守っていれば、危険な目に会うことは無かったはずです。
「お~い。あかつき~。どうした~ん?
ぼ~っとしよったら、置いていくけぇね~?」
浦風おばあさんの呼び掛けに、暁ちゃんは我に返りました。
暁ちゃんが考え事をしている間に、浦風おばあさんとイムヤさんは小道を先に進んでいました。
「は、は~い!」
暁ちゃんは、慌てて浦風おばあさんの声に応えます。
そして、その場でくるりと回り――
「こほんっ」
可愛らしい咳払いを一つ。
「暁は今日のことを反省して、立派なレディーになるわ!
みんなも、道草したり、知らない人の言うことを聞いちゃダメよ?」
さらに右手を胸に当て、圧倒的ドヤ顔を浮かべました。
「一人前のレディーとの約束なんだから!」
そして、舞台の幕が降りる。
今回の舞台劇は、軍の兵器として知られる艦娘対する誤解や偏見を払拭する、という目的の広報活動の一環として行われたものだった。複数の鎮守府から手の空いている艦娘を集めて、軍務に支障を来たさない様にしながら地域の催し物に参加する。
結果として、この試みはある程度の成功を収めた。舞台上で演じる艦娘達の姿は『人間味』に溢れ、多くの観客は彼女たちを『普通の人間』として受け入れていたのだった。
しかし、全てが上手くいった訳ではなかった。広報活動の視察に訪れていた海軍関係者から『これでは、我が軍がお笑い集団と誤解されかねない!』『何故もっと格式高い物語を選ばなかったのだ!』『那珂ちゃんのファン辞めて、暁ちゃんのファンになります!』といった抗議の声が挙がったのだ。そして、劇に参加した鎮守府の提督は、皆一様に始末書を書かされた。
なお、劇自体は一般の観客からは好評だったため、別の催し物への参加が決まっているとかいないとか。
『暁んちゃん』という名前ネタから書き上げました。
・2017/08/03
誤字修正しました。ご報告ありがとうございます。