三人目となった彼は、どうやら一つ下に転入してきたらしい。名前は鳴神悠。話を聞く限りだと天然の気があるようだ。諸岡先生の嫌味に突っ込みを入れたり、ジュネスのテレビの前でロープを体に巻きつけたりしていたという目撃証言もある。曖昧な情報が多いのは、あの日のガソリンスタンド以来なぜか鉢合わせることがないのだ。
「せめて、一度は接触しておきたいんだけどな。かといって面識もないのにわざわざ訪ねていくのは不自然だし。どうにも歯がゆいな」
出雲が言うには三人とも動き出しているらしい。一人は真実へ、一人は嘘へ、最期の一人は滅亡へ。自分が確認できているのは鳴神悠ただ一人。
「しっかし、まさか鳴上君のペルソナがイザナギとは、運命ってのがあるんだとしたらずいぶんと悪辣だ」
「畦倉先輩?」
屋上だからといって、誰も来ないだろうと油断していた。随分と深く考え込んでしまったようだ。振り返るとそこには、大和撫子を体現したような女の子がいた。
「雪子ちゃんか。こうして話すのは久しぶりだね」
「そうですね。学年も違いますから……」
「それもそうか。それで、屋上に何か用事?」
「いえ、少し息抜きをしたくなって。最近忙しくって」
天城屋旅館で最近起こった怪死事件が原因だろう。彼女のフルネームは天城雪子だ。件の旅館の次期女将と言われている。美人な時期女将に怪死事件。マスコミが放っておく訳もなく、連日連夜押し寄せているのだろう。
「僕はいないほうがいいかな?」
「そんな、悪いですよ。先にいたのは先輩の方じゃないですか」
「僕のことは気にしなくても大丈夫だよ。少し考え事してただけだし」
軽い笑みを浮かべておどけてみせる。
「………先輩は変わらないですね。根っこのところは昔のまま。少しだけ、羨ましいです」
「昔、ね」
正直、昔の自分にあまりいい思い出はない。
「私も将来の夢が女将の時期もあったんですよ。敷かれたレールだなんで思うこともなく、ただ毎日楽しかった」
我慢しなくては。我慢。
「小さいころ内気だった私を、あなたは救ってくれました」
柵に手を突き遠くを見ていた雪子が振り返り、目が合う。何が言いたいのか分かってしまう。抑えなくてはならない。
「私が今、鳥籠から出たいと言ったら、あなたは手を差し伸べてくれますか?」
ああ、なんて甘美な誘惑。救ってくれと、それを僕に言うのか。脳がとろけそうだ。心臓の鼓動が耳元で鳴っているかのようだ。
僕にとって、拷問のような時間が十秒ほど続き、
「なんて、冗談です。変なこと言ってごめんなさい。私、もうそろそろ帰りますね」
柔らかく微笑むと、天城雪子は屋上から立ち去った。取り残された僕は、それからしばらくの間動くことが出来なかった。そして次の日。天城雪子が学校に来ることはなかった。
・・・
「こーんばーんはー。えっとぉ今日は私、天城雪子がナンパ。逆ナンに挑戦してみたいと思いまーす!」
小さい女の子が憧れるようなドレスに身を包み、リポーターが使うマイクを持っている。
「題してぇ。やらせ無し!突撃逆ナン。雪子姫の白馬の王子様探しぃ!もぉ超本気ぃ!見えないとこまで勝負仕様。ハートみたいなねぇ」
これが、マヨナカテレビって奴か。率直に言って悪趣味だ。
現在、時刻は丁度深夜零時。本日出た、初めてのバイト代をジュネスでテレビに変えたのだ。おかげで人生初給与はすべて吹き飛んでしまった。
「しかし、まさか雪子ちゃんが狙われるとは。基準はなんだ?どっちの奴がやったんだ?」
情報が少なすぎてまるで分からない。頭が働かない。
「もし、テレビに入れられた全員がああなるなら、非常にまずい。ペルソナ能力があるからと言ってならない保証もないし、出来るだけターゲットにならないように立ち回らないと」
僕の内面性はとてもじゃないが、人様に見せられるものではない。見たら、人間不信になること請け合いだ。正面から向き合って逃げ出さなかったのは、今のところ堂島さんしかいない。
「とりあえずは、見えてるところから手を付けますか」
そう呟きながら、金属細工だいだらで買ってきた槍を手に掴む。
「今後、この部屋からあの世界に入ることになるだろうし、どこに出るかくらいは把握しておかないとね」
すでにマヨナカテレビは終わり、何も映していない。そこに手を突っ込むと、画面に波紋が起き、ずぶずぶと手が呑み込まれていく。
「さて、一体どこに出るのやら」
落ちてゆくような感覚がしばらく続き、気が付くと塔の頂上にいた。さっと血の気が引いた。数日前、夜中のジュネスから忍び込んだ時にはこんな建物なんて無かった。かといって、天城雪子の城とは明らかに違う。
「なんてこった。予想しておくべきだったか」
ある程度辺りを見回したところで確信した。これは僕のダンジョンだ。
「心に歪みがある奴が入ると出来るのか?いや、それなら僕のペルソナは暴走してるはずだし……」
分からないことを調べに来たら、分からないことがまた増えた。完全に悪循環だ。趣味のウィキペディア巡りを彷彿とさせる。
「行くか……」
これ以上悩んでいても時間の無駄だろう。だんだんシャドウも集まってきたし。
「来い!マイトレーヤ!」
発行するカードを握りつぶすと、蓮華上の塔と水瓶を持った菩薩が現れる。マイトレーヤ。別名を弥勒菩薩という。未来を見通す慈しみの菩薩である。弥勒の最初のペルソナでもある。召喚の隙をついてシャドウが弥勒へと飛びかかる。それをまるで来るのが分かっていたように躱し、槍の一撃を叩きこむとシャドウは霧のように消えて行った。それを皮切りにシャドウが一斉に飛びかかる。槍をうまく使い、時にはシャドウを踏み台にして相手の攻撃をすべて紙一重でかわしてゆく。
「ミリオンシュート!」
自分がいるのもお構いなしで技を放つ。マイトレーヤから無数の針が放たれ、次々にシャドウを貫く。針の雨が降り注ぐ中、その全てを紙一重で避けながら槍を突き刺す。超人的な動きの元となっている力はマイトレーヤの固有スキル『未来予知』。効果は物理攻撃の完全回避だ。一体多の乱戦で最も輝くマイトレーヤは、その他にも、体力回復魔法、状態異常回復魔法、蘇生魔法など。慈しみの菩薩の名にふさわしいスキルを持っている。
「ふっ!」
槍を目いっぱい長く持ち、横に一閃。二体のシャドウを同時に葬ると、その瞬間大きな火球が飛んできた。
「フドウミョウオウ!」
一面二臂で竜の巻きついた剣と羂索を持ち、その形相は怒りで歪み、逆巻いている。背中には迦楼羅炎。赤く燃え盛る神格。その名も不動明王。
迫りくる火球を難なく吸収し、それをやすやすと超える炎を繰り出す。
「マハラギダイン!」
炎に体制があっただろう敵シャドウを含むすべてのシャドウが、その炎の前に塵も残さず消滅した。焼け野原はますで焦熱地獄のような有様。
「弥勒菩薩だけで行けるかと思ったんだけどな……。そう上手くもいかないか」
現時点での切り札である不動明王を使わされたのは、大きな誤算だった。
もっと気を引き締めなきゃダメだな。
「帰ったら反省会だな」
顎に手を当てながら焼け野原を後にした。
・・・
「こ、これは何事クマ―!?」
翌日、雪子の救出へと赴いた三人と一体が見たものは、未だにぷすぷすと煙を上げるシャドウの死骸だった。
「ちょっと、なにこれ!?ミサイルでも落ちたの!?」
「いや、有り得ねえだろ!?ここテレビの中だぜ!」
「じゃあ中で作ったんじゃない?それなら大丈夫だよ!」
「数時間でミサイルなんか作れねーだろ!」
仲間の二人がコントをやっている間、鳴上悠はある仮説を思いついた。
天城をテレビの中に入れた奴がいる?もしそうなら、まさか小西先輩も……?
「クマ―!先生あの二人を止めてくれクマ―。クマには無理クマ」
「あ、ああ。おーい、花村、里中。とりあえす天城のところに意ごう!」
リーダーの鶴の一声で、謎の焼け野原は放っておくこととなった。
・・・
4/29(祝)雨
数日前に天城雪子は助け出され、現在テレビの中には誰もいない。あれから毎日のようにこっそりとテレビの中を監視していたが、鳴上君一派以外の痕跡を未だに見つけられない。でも今日ならば、天城雪子を殺す目的で入れたのだとしたら、現れるかもしれない。ダメもとで潜んでいると、カツン、カツンと足音が聞こえる。
根気の勝利です。
思わずぐっ、とガッツポーズをとる。毎日、ほぼ不眠で張り込んだ甲斐があったというものだ。悟られないようにそっと音の出元を窺う。
「あれは……」
そこにあったのは意外な顔だった。頭をポリポリとかきながら、濁った眼で雪子城を見つめている。あれはたしか、堂島さんの部下の―――そう確か足立さんだ。
「足立さんが犯人?」
ますます選考基準が分からなくなる。女性を無差別?足立さんは、そういう性格じゃあなさそうなんだけどな。まあ、人の本性なんて分からないものだけど。俺みたいなのもいるわけだし。
「ともかく残りの二人のうち一人が足立さんだと分かった。それだけでも収穫かな」
暫くじっと無言のまま佇んでいたが、霧がさらに濃くなってきたところで帰って行った。それを見計らって僕も帰る。これ以上の長居は危険だ。もう一人が来る気配も全く無いようだし。
「多分、虚無が足立さんなんだろうな。嘘に振り回されてるって雰囲気じゃなかったし」
僕は、頭の中で事件の全容を思い描きながら帰宅した。
・・・
翌日、天城雪子が学校に復帰した。田舎ならではの噂の足の速さで、登校するなりそのことを知った。行方不明となっていた間のことは覚えていない、と言うことらしい。ペルソナがどうだとか言ったらまず間違いなく、精神病院行きだろう。僕も15に時に入れられそうになった忌々しい病院だ。
「精神衛生上忘れ去りたいだろうマヨナカテレビの件があるから無事とは言い難いけど……」
例によって屋上で自分の考えをまとめていると、ギイとドアの開く音がして振り返る。
「雪子ちゃんか。また息抜きかい?」
先日のような暗い影が、憑き物を落としたように晴れている。素晴らしい、と僕は思った。自らが異常だと気付いていなかった自分ならば、全世界の人間をテレビに入れようとしていたかもしれない。
「あの、私。謝らないといけないと思って……」
そう言って、申し訳なさそうな顔をする。
「謝るっていったい何をだい?」
いつも通りの軽い笑みを浮かべる。
何を謝りたいのかは想像がつく。あの時と状況も似ているし。
「先日、先輩と話した時。私は身勝手なことを言いました」
雪子の独白が始まる。
「決められた人生が嫌で、嫌で仕方ありませんでした。自分から出ていく勇気も持てずに、ただ誰かを待っていたんです。ここから救い出してくれる誰かを」
救いという言葉にとくん、と鼓動が少し高鳴る。ダメだ。これでは前回の二の舞になってしまう。
「昔、助けてくれた先輩に、私は憧れました。笑っちゃいますよね、要は助け出してくれる人が欲しかったんですよ、私は。そして、そんな自分が大嫌いでした」
重い内容を語っている雪子だが、その表情はやはり曇ることはない。
「毎日毎日マスコミが押し寄せて、精神的にもう限界だったんですよ先輩と会った時は」
「それくらい分かるさ。あの時の雪子ちゃんは酷い顔だったよ」
「なんですか、それ。女の子に酷い顔とか言うのはどうかとおもいますよ」
笑いながらの言葉だが、笑っていない。主に目が。
「ごめんごめん。まあ、僕としては雪子ちゃんが立ち直れたんなら、それでめでたしめでたしなんだけど」
いつものようにおどけてみせる。雪子ちゃんも呆れたように笑っている。
「本当に変わりませんね、先輩は。誰かの為に飛び回ってたあの頃のままです」
「そうだね。自覚が出来ただけ以前よりもましだろうけど」
「畦倉先輩。このたびは本当に申し訳―――いえ、ありがとうございました。久しぶりに話せてよかったです。他愛ない話に、ほんの少しだけ救われました」
そう言い残し屋上から去って行った。またしても屋上に取り残された僕だが、前回とは違いいい気分だった。
・・・
ジュネス、フードコートにて。
「遅れてごめんなさい」
弥勒と話した後、急いで駆け付けた雪子だったが、すでに三人とも席についている。どうやら思いのほか時間がたっていたようだ。
「雪子おそーい。なんか用事でもあったの?」
「ちょっと人と会ってて」
「おやおや~。新しい王子様候補ですかぁ?」
「もう千枝ってばその話はしない約束でしょ!本当に何でもないんだから。ただ、この間迷惑をかけたから謝りに行ってただけ」
「あれ、雪子にしては珍しいね。なにやっちゃったの?」
顎に手を当て心底、不思議そうな顔をする千枝。
「私がテレビの中に入れられた日かな。あの時は結構参ってたから、つい口が滑っちゃって。つい本音がぽろっと」
今でこそ平然としているが、確かに失踪前の雪子は見ていられなった。というより今、恐ろしいことを言った。
「本音ってあれだよな……マヨナカテレビの。まずくねーかそれ?」
「誰に言ったの!?私が蹴っ飛ばして記憶消してきてあげる!」
詰め寄る千枝と花村の二人だが。言葉とは裏腹に出歯亀全開の顔をしている。
「畦倉先輩だけど」
「畦倉先輩!?」
驚きのあまり手を伸ばした千枝に殴り飛ばされ、頬を抑えながら花村が悶えている。
「有名人なのか」
聞きなれない名前だ、と鳴上が尋ねる。
「うん。この町だと知らない人がいないくらい有名。来たばっかの鳴上君はまだ知らなくても無理はないけど」
「俺は聞いたことあるぜ。というかこの町で一か月も暮らしてれば確実に知る」
いつの間にか起き上がっていた花村が口を挟んでくる。
「しかも、なんつーか良い噂しか聞かねーの。直接話したことはないからホントはどうかは分かんねーけどな」
「しっかし畦倉先輩か……。あの人なら雪子のアレ見てもそれまで通りに接しそうだよね」
どんな聖人だそれは。実際にマヨナカテレビ見た鳴神は、録画しとけばよかったと思うほどだったのだ。
「あっ……。よく考えたらあの日最期に会ったの、畦倉先輩かも」
「マジか!?それじゃあもしかして犯人?」
「それは無いと思うけどなあ。話したことあるけど、本当に良い人みたいだったし」
まずはあってみない事には始まらないようだ。
「とにかく、一度会ってみよう」
弥勒の知らない所で、重大な決定が下されていた。
マイトレーヤ 物 火 氷 雷 風 光 闇
― ― ― ― ― 無 弱
フドウミョウオウ 物 火 氷 雷 風 光 闇
耐 吸 弱 耐 ― 無 無
簡易的なステータス。主人公ペルソナが増えたら、スキルも書いた詳細版を公開します。