憂鬱である。先日、ようやく鳴上悠に接触できたと思えば、疑いの眼差しを向けられた。なんと僕は犯人候補になっていたらしい。幸か不幸かバイトのシフトが入っていたので、というか出雲が何か細工をしたらしく店員がほぼ辞めてしまったので、晴れの日は僕が入らないと無人スタンドになってしまう。あいつ曰く、万が一誰かに計画のことを聞かれたらまずいとか言ってたけども、記憶消すくらい出雲なら簡単に出来そうな気がする。
閑話休題。なぜ憂鬱かと言えば、一つ目に今日の昼過ぎに鳴上悠と再び会うことになっているから。もう一つは、玄関が見覚えのある青い光を放っていたからだ。もうこの際窓から出てしまおうと思ったが、不思議な力で開かないときた。
「呼び出しされるようなことした覚えないんだけどなあ……」
意を決してドアノブを捻り、中へと踏み込んだ。
「ようこそおいでくださいました」
話しかけてくるのはイゴール。鼻の長い老人だ。今日は珍しくタロットカードを手に取っている。
「本日お呼びしたのは他でもありません。もう一人のお客人の運命が、あなたの運命と重なるようだ。その在り方は大きく違うながらも、これから暫しの間引かれ合うことになりましょう」
もう一人の客。おそらく鳴上悠の事だろう。
「占いは信じますかな?」
イゴールが手をかざすとタロットカードが宙を舞う。
「もう一人のお客人は近い未来に塔の正位置を、遠い未来に月の正位置を示されました。あなたと同じ結果でございます」
塔の正位置は大きな災難。月の正位置は迷い。二度目に訪れた折に僕を占ってもらった結果と同じ。
「このようなことは初めて起こりました。大変興味が尽きませんな……フフ」
本人は楽しいのだろうけど、笑う姿は正直怖い。
「もしかしたら、私どもにとっても得難い旅になるかもしれませぬ。このイゴール、最期までお付き合いいたしましょう」
マーガレット共々恭しく一礼をし、頭が上がりきると同時に僕はもとの玄関の前に戻っていた。時間は午後二時。鳴神たちとの約束の時間まであと一時間。
「さて、行くか。確かジュネスのフードコートだったよな」
いつものように身だしなみを整え、ジュネスへと向かって出発した。
・・・
ところ変わってジュネスフードコート。僕が着くと、もうすでに四人とも集まっていた。
「待たせてしまって悪かったね」
空いている椅子に座りながら、極めて普通に声をかける。大丈夫だ、ぼろを出さなきゃ僕が関係者だなんて分からるわけがない。
「いえ、こちらこそお呼び立てしてすいません」
「それくらい大丈夫だよ。それで、用事っていうのは?」
「天城さんが誘拐される前、最期に会ったのが先輩らしいんです。その時のこと詳しく教えてもらえないでしょうか?」
四人を代表して鳴上君が僕に質問をしてくる。しかしそれは、迂闊だろう。
「誘拐?穏やかじゃないですね。行方不明とは聞いていましたが、攫われていたんですか?」
四人ともしまった、と言う顔をしている。四人だけで捜査をしている弊害だろう。つい、いつものように話してしまったのだ。
「詳しくお聞かせ願えますか」
畳み掛けるように、こちらから問いかける。完全に立場が逆転した。痛いところを突かれる前に、相手の痛いところを突く。昔、いろいろやっていたので小賢しい話術は得意なのだ。名付けて攻撃は最大の防御作戦。
「それは……」
鳴上君は渋い顔をしている。しばらく沈黙が続く。このままではお互い気まずいだけだ。仕方ない、助け船を出そう。
「あの日は、屋上で考え事をしていたんだ」
いつものように軽い笑みを浮かべて、僕は語りだす。
「春からバイト始めたんだよ。商店街のガソリンスタンドでね。ところが間が悪く、店員さんがほとんど辞めてしまってね、どうしたものかと頭を悩ませていたんだ」
突然語りだした僕に、あまり話したことのない三人は驚いているようだ。
「それでバイトに行く前に、少し屋上で頭を冷やそうと思ってね。一人でぼーっとしてたら雪子ちゃんが上がってきたんだよ」
ねっ、と確認を取るように雪子ちゃんの方を見ると、こくんと頷く。
「顔色悪かったからね、気を使って出て行こうとしたんだけど呼び止められてね。少しだけ愚痴に付き合ったってところさ。その後すぐバイトに行ったら堂島さんに会ったから、鳴神君ならすぐ調べられるんじゃないかな?」
相手が緊張しないように軽い調子で言う。あっけにとられているようだ。話してもらえるとは思わなかったのだろう。
「伯父さんを知ってるんですか?」
「ああ、まあそうだね。あんまりいい話じゃないから詮索しないでくれると助かるんだけど、恩人みたいなものかな」
「恩人ですか……。いえ、いろいろ話してくれてありがとうございます」
「構わないよ。それよりせっかく休日に集まったんだし、楽しい話をしようじゃない。今日は先輩のおごりだよ。好きなもの頼むといい」
「ホントですか!?肉頼んでいいですか、肉!?」
いい先輩っぽく言い切った途端、里中さんが身を乗り出してきた。肉食獣の目をしている。
「あ、ああ。好きに頼んでいいよ」
「里中!完全に先輩引いてるって!」
「うおー!肉があたしを呼んでいる~!」
「落ち着け里中ーっ!」
「千枝ー。分もおねがーい!」
ようやく柔らかい雰囲気に戻ったようだ。
「ありがとうございます」
騒ぐ三人を眺めていると、鳴神君からお礼を言われた。その表情からは緊張が消えていた。
「いやいや、お礼を言われるようなことはしてないさ。少しばかりお節介をしただけだよ」
「それでも助かりました」
そう言って笑いあいながら握手をした。出雲の前以外では久々に余所行きじゃない笑顔だった気がする。
・・・
「噂通りすげーいい人だったな」
「確かに。噂には尾ひれがつくものだけど、あの人の場合はそうじゃなかったな」
花村の呟きに鳴神が返す。あれから数時間後、畦倉先輩が帰った後、鳴神達は再び集合していた。特別捜査本部だ。
「そうそう。肉おごってくれたし、疑ってた自分がバカみたい」
「お前、ホント肉の事しか考えてないのな」
「だから言ったじゃん。良い人だって」
「天城がぽろっと本音を漏らすのも無理ないな。俺も悩み事とか相談しちゃいそうだったよ」
弥勒としては無意識の行動だったのだが、自分の探られたくないことを教えたのが、とても好印象だった。
「しっかし、畦倉先輩にもいろいろあるんだね。あの人が堂島さんにお世話になることなんて想像つかないよ」
「同感。ありゃあ評判になるわけだ」
先ほど、堂島さんに連絡を取り弥勒の言葉の真偽を確認し、結果、畦倉先輩は犯人ではない、と結論付けた。
「そうなると手がかりゼロか……」
難しい顔をする鳴神。
「暫くはマヨナカテレビに注意するしかないのかな…」
「分からないことで悩んでてもしょうがない。行動を起こすのはマヨナカテレビに誰かが移ってからになりそうだ」
「じゃあ、今日はもう解散にするか?」
「そうだな。後手に回るけど今は待とう」
それから十分後に解散となった。
帰宅すると、珍しく伯父である堂島がいた。
「遅かったな、悠。こんな時間までどうしたんだ?」
「ただいま。ちょっと人と会ってたんです。奈々子は?」
「丁度、風呂に入ってるところだ」
飲みかけの缶ビールを飲みほし、こちらに向き直る。
「それより珍しいな、新しい知り合いでもできたか?」
「畦倉先輩と知り合いになりました」
「畦倉だと?そういえば昼間に電話してきたな。そうか、あいつから聞いたのか」
そういえば、伯父さんとは知り合いだと言っていた。当たり障りのないことだけ聞いてみよう。
「どんな人なんですか?」
「多分、悠が会ってみた思った通りの奴だろう。昔は考えなしなところもあったが、今では落ち着いてるな」
「昔……?」
「あまり吹聴することでもないからな、聞きたきゃ本人から聞け」
そうこうしているうちに奈々子がお風呂から出て、曖昧なままこの話は終わった。
・・・
「あぁ~ん暑い。暑いよぉ~。こんなに暑くなっちゃった僕のカラダ。どうしたらいいのぅ?んもぅこうなったら、もっと奥まで。あ、突!入!しちゃいまぁ~す」
「いやいやいやいやいや、どういうことだこれは」
マヨナカテレビは現在、褌一丁の巽完二がサウナでくねくねしているという悪夢のような光景を映し出していた。
「マジか。完二君子供のころは、別にそっち系じゃなかったじゃないか……」
本当に人間はどうなるか分からない。意思とは関係なくわなわな震える手を抑えながら、僕はテレビへの侵入を開始した。願わくば事故が起きてサウナに落ちたりしませんように。目を開けるといつも通りの塔の頂上にいた。嫌な予感に駆られ、急いで下まで降りてみると、真横にサウナが出来ていた。
「………とりあえず行くか」
逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、僕はサウナへと入って行った。
「あぁ~ん!気の早いお客様!」
シャドウをなぎ倒しながら中層辺りまでたどり着いた時の事だった。
「畦倉先輩じゃないですかぁ。丁重におもてなししないとぉ!」
とてつもなく聞き流したいような言葉とともに、筋骨隆々なシャドウが現れた。
「もう無理だ、こいつ倒したら帰ろう……」
狙われていることが分かった以上こんな恐ろしいところへはいられない。一刻も早くお家へ帰ろう。
「ダキニテン!」
勢いよくカードを握りつぶすと、白狐にまたがった禍々しい女性のペルソナが現れる。左手で口元を覆っていて、その背後には剣、宝珠、稲束、鎌が浮いている。
「まずは小物を一掃しようか」
愛用の槍で敵の攻撃を受け流し、一か所にまとまるように誘導する。幸い、ボス級シャドウを始め、タックルなどの高威力で単調な攻撃をしてくる敵しかいないため、上手く事を運べた。
「マハムド!」
シャドウの塊に向かって発動すると、地面に紫色の魔方陣が描かれる。一瞬光を放つと、約半数のシャドウうが消滅していた。
「続けてくらえ!マハガルーラ!」
突風が起き、ボス級を除くシャドウを薙ぎ払っていく。飛び散るシャドウの死骸を煙幕代わりに跳びあがり、こちらを見失ったボス級の頭に槍を突き立てる。
「があっ!」
カーン、と甲高い音が響くと与えたはずのダメージがそっくりそのまま僕へと帰ってきていた。さらに追い打ちをかけようと、すさまじい速度でこちらに迫ってくる。まずい、と思う前に行動を起こしていた。
「ダイコウフショウ!」
倒れこんだ僕を、十一の顔を持つ観音が覆い隠す。ペルソナの細腕は敵のタックルを容易に受け止め、動きをぴたりと止める。次の攻撃を開始する隙を与えずにアクションを起こす。
「ドゥルガー!」
フドウミョウオウと並ぶ僕の切り札の一つ。現れたのは、十本ある腕にそれぞれ神授の武器を携えた美しい女神。
「一発で決めるぞ!」
敵を牽制しながら大技を放つために力をためる。攻撃を反射してくるならば、出来ない一撃を叩きこむまで。それを可能にするのがこのペルソナが持つ固有スキル。反射貫通物理技『トリシューラ』。その手に持った三叉槍を振り上げ、僕を追って直進してくる敵に頭から突き刺さる。そのまま動かなくなり静かに消滅した。
「………帰ろう」
反射でくらった自分の一撃が思いのほか効いている。今夜はこれ以上の探索は無理だろう。完二のシャドウが出てこないことを祈りながら、そそくさと逃げ帰ったのだった。
・・・
「と言うことがあってさ。もう今月はテレビの中には行かないことにした」
「あはははは!受け入れてやればいいじゃないか」
「他人事だと思ってやがるな……。僕としては、笑い事じゃすまない可能性が出てきたんだぞ。怖くてテレビがそばにあると眠れやしない」
「ギリシャの神々だと結構よくあるらしいよ」
僕は今、ガソリンスタンドにいる。今日は雨なので客が少ないので、出雲と他愛ないしながら時間を潰している。
「それはそうと、見極めはどうなってるんだ?未だに全容を把握し切れてない僕には、何とも言えないんだけど」
時々忘れがちだが、目の前のガソリンスタンド店員はすべての黒幕にして、国生みの神様である。
「まだ始まったばかりだから何とも言えないな」
「何だよそれ。僕と同じじゃないか」
「まあ、神様も万能じゃないってことさ。俺も未来が見えたりはしないのさ。それに―――」
出雲は、急に真面目な顔をしてこちらを見る。
「弥勒というイレギュラーがいるしね。君の行動は俺からしても読めないんだよ。普段は割と単純なんだけどね」
「………確かに僕は救いを求められると、暴走しがちだけどな」
「そう拗ねるなよ、俺としては感謝してるんだぜ。この国一番の呪いの神を救ってやると来たもんだ。そんな奴はいままで一人たりともいなかったからな」
「自慢げに言うんじゃないよ、このアホが」
やれやれ、と手のひらを上に向け、呆れている動作をする。
「……永遠に救われない存在があっていいわけないんだよ。僕はそう思ったんだ。まだ、何をしたらいいのかてんで分からないけどね」
「まだ時間はある、楽しみしてるとするさ」
いい感じに話がまとまったところで、車がやってきた。
「らっしゃーせー!」
話を切り上げて仕事に戻る。先行き不安だけど、どうにかしてやろうと心に決めた、五月のある雨の日の話。
ダキニテン 物 火 氷 雷 風 光 闇
弱 ― ― ― 吸 弱 反
ダイコウフショウ 物 火 氷 雷 風 光 闇
無 耐 耐 耐 耐 ― ―
ドゥルガー 物 火 氷 雷 風 光 闇
耐 ― 耐 耐 ― ― 無
簡易紹介。ダイコウフショウは攻撃手段皆無の防御ペルソナです。