夏休みが明け、学校が再開された。全ての決着がおそらく三月なので、運命の一年はすでに半分過ぎ去ったことになる。久保美津雄が捕まり、無事に事件を解決したと思っていた鳴上君たちも、白鐘直斗との接触により疑問を持ち始めていた。今までの事件との相違点、それに正体を隠した僕と言う存在、まだ何かあると思うには十分だろう。彼らの修学旅行も終わった数日後、白鐘直斗が失踪した。再び事件は動き出した。
「って、ところかな」
考えをまとめるために状況整理をする。事件が終わってないと分かった今、疑惑の対象は謎のペルソナ使いに集約されるはず。唯一の手がかりでもある僕を、全力で探している。
「そうなると、またしばらくは接触を控えるべきか……」
いつものように屋上で考え事をしていると、ぎい、と音を立ててドアが開く。またか、最近多いな。今度は誰だろう?
「あっ、やっぱりここにいたんですね、畦倉先輩!」
首だけで振り返って声の主を確認すると、雪子ちゃんと里中さんが立っていた。
「やあ、こんにちは。僕に何か用かい?」
極めて平静を装うように努める。
「私たち、直斗君について調べてるんです。何か知ってることありませんか?」
「直斗君をかい?うーん。一度話したことがあるくらいだし、その時も大した話はしなかったよ」
「それって、完二君が失踪した直後の話ですか?」
「そうだよ。僕が話した内容も完二君がらみのことだったし。ほら、その…例の事件の話だよ」
里中さんが、う、っと顔をしかめる。まだ完全に吹っ切った訳ではないようだ。雪子ちゃんも困った顔をしている。どうやら、当てが外れたみたいだ。
「それで、直斗君の何について調べていたのかな?僕が答えを知ってるかは分からないけど、聞くだけ聞いてみたらいいんじゃない?」
頭をぽりぽりと掻きながら、困った顔をして言う。直斗くんついてならば、特に聞かれてまずいこともないはずだ。問題ない。
「それじゃ。直斗君、悩みがあったとか、なんかそういったことについて、知らないですか?」
「悩みか……心当たりはあるけど、これは言っていいものなのか……?」
無論、男装のことだ。
「そこを何とか、お願いします!」
里中さんが頭を下げ、雪子ちゃんもそれに続く。これだけ必死に頼み込むってことは、救出に必要なのか?まあ、いい。
「二人とも、頭を上げてくれ」
不安そうな目でこちらを見上げてくる二人。
「話すよ。でもここじゃ駄目だ。いつも通り、ジュネスのフードコートに行こう。きっと、鳴上君たちも来るんだろう?」
そう言って、おどけてみせる。笑顔とこれは、染み付いた癖のようだ。
「ありがとうございます!」
二人は大声でお礼を言い、走りながら屋上を後にした。……とりあえずジュネスに向かうとしようか。
・・・
ジュネス、フードコートにて。特別捜査本部は里中たちからの連絡を受け、畦倉先輩を待っていた。
「しっかし流石は畦倉先輩ッスね」
「でしょでしょ!困った時の畦倉先輩作戦、大成功~!」
「りせちーが黒い……」
テーブルを囲んでみんなでワイワイと騒いでいる。難航していた捜索も、ようやく手がかりが得られそうなのだから無理もない。
「でも実際、子供の時から言い聞かされてきたよね。困ったら畦倉先輩を頼るといいって」
「マジかよ…苦労してんだな、あの人も」
「頼りない花村より全然いいんじゃない?」
「ぷぷっ…千枝、ホントのこと言ったら可哀相だよ」
「ユキチャンの言うとおりクマね」
「クマ、お前給料減額な」
その時、こちらへ向かって来る人影が見えた。畦倉先輩だ。
「お待たせ、っと。ん、そこの美少年は誰だい?あまり見かけない顔だけど」
あっ、全員すっかり忘れてた。
「クマはクマクマよー!」
「クマ君かい?初めまして、僕は畦倉弥勒、八十神高校の三年生だよ。宜しくね」
「クマこんな丁寧な扱いされたの初めてな気がするクマ…およよ。センパイはいい人クマね!」
「先輩?」
畦倉先輩が首を捻る。
「センセイのセンパイならクマのセンパイでもあるクマよ!」
「ああ、なるほどそういうことか。可愛い後輩が出来て、僕も嬉しいよ」
クマが嬉しそうに手を掴み、ぶんぶんと振り回している。これは、子供のころから、たくさんの子供の面倒を見ていたと言われて納得の光景だ。りせ、完二、天城の三人は、昔を思い出したのか、遠い目をしている。
「挨拶も済んだところで、本題に入ろうか。直斗君の悩みについてだよね」
畦倉先輩が話を切り出す。
「はい。知ってることがあれば教えてください」
「本来は、本人の許可取らないといけないような話なんだけど……君たちなら悪用はしないだろうから、特別に話すよ。なにか事情がありそうだしね」
「助かります」
コホン、と咳払いをし、いつもの朗らかな顔から真面目な顔に切り替わる。
「実のところ、直斗君は君たちを調べてたらしくてね。その関係で僕に話を聞きに来たみたいだ」
「そう、ですか」
知らないうちに迷惑をかけてしまっていたようだ。一瞬、暗い表情になってしまっていたようで、畦倉先輩がフォローを入れてくれる。
「気にしなくていいよ。あんなの迷惑と思うようなら、ここにはいないさ」
と、軽い調子で流す。
「雪子ちゃんが発見されてすぐに、それまで知り合いでもなかった僕と、会ったからね。何か関係あると睨んだらしいよ」
「なるほど」
「その時の僕は、三年前のアレ関係で来たのかなと思って、うっかり口を滑らせてしまってね。その話をするために人のいない公園に行く途中、気が付いたんだ」
話が核心に迫り、みんなが固唾をのんで聞いている。
「直斗君、自分の性別にコンプレックスがあるみたいなんだ」
「ブウゥゥ!」
完二が飲んでいたコーヒーを思いっきり噴出した。
「クマ―!?何するクマか!?」
「げほっ、えほっ、う、ぐえ」
「完二、しっかりしろ!傷は深いぞ!」
「ありゃ、仕方ねーわ。流石に同情するぜ…」
「完二君、可哀相に…」
「ど、どうした完二君!?大丈夫かい?」
珍しく、と言うより初めて見たんだが、畦倉先輩が慌てている。
「もしかして、マヨナカテレビの件かな?あんなのは誰かのいたずらに決まってるさ。気にしないほうがいいよ」
ピシリ、と空気が凍った。クマですら下を向いて黙っている。
「あ、あああ、あ、畦倉先輩。マヨナカテレビ、見たことあるんですか?」
「ん、そりゃあるよ。確か、五回くらい見たかな。完二君、雪子ちゃん、りせちゃん、それとホクロの少年に、直斗君で五回」
勢いよく詰め寄った天城だったが、それを聞き終わると、フラフラと離れて行った。
「……終わった…私もう一生逆らえない…」
「天城先輩…仲間ですね。今度、完二もいれて食事でもどうですか……」
再び、遠い目とする二人はさておき、これで直斗の居場所が分かるかもしれない。
「貴重なお話、ありがとうございました」
「ああ、いいよ。それよりも、彼女の秘密、言いふらしたりしないようにね」
さっき以上の爆弾発言が飛び出した。
・・・
鳴上君たちとの会ってから数日後、僕は今、出雲と向き合っていた。
「弥勒って案外、腹黒いよね」
「全部真っ黒な誰かさんよりはましだろ」
話していたのは、ホクロの少年のダンジョンの入り口を常に見張っていた三人への、ささやかな意趣返しについてだ。
「で、実際のとこ見極めってヤツはどうなのよ。僕としては、鳴上君たちが誰かに負けることは、そうそうないと思うんだけど」
「この事件の真相の、その先にいる俺にたどり着く。真実を求めるなら、そこまで来てもらわないと話にならないね」
「てことは、今は見極め以前の問題なのか」
「そうそう、いわば予選って感じ」
まあ、あいつらなら大丈夫だろう。僕は、相対する時に向けて力を蓄えるだけだ。手のひらを見つめながらそんなことを考えていると、出雲が珍しく心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫さ。約束を果たす目星はついたし、鳴神君たちの対策も出来た。何も心配はいらないよ」
約束の方は明言はできないが、鳴上君対策ならできた。一対一に近い状況で戦えたなら、まず負けない。僕のペルソナ、マハー・ヴァイローチャナはそれだけの力を持った存在だ。
「俺としては、君が心配なんだがね」
「珍しいこともあるもんだな。なんだ、またバイトが減ったのか?」
「茶化すなよ。真面目な話、自分を犠牲にして俺を助けるとか考えてるだろ、お前?」
「そうだけど、どうかしたのか?」
表情一つ変えず、当たり前だとばかりに話す弥勒に、出雲は呆れた顔を向けている。そんな顔をされても困る、これが僕なのだ。
「ままならねーよな。止めようにも死ぬまで止まらないし、止まらないと死ぬし。八方ふさがりじゃねーか」
「まあ、僕の予定では確実に死ぬわけではないんだけどね」
命の答えを得て、奇跡を起こした人の話をイゴールから聞いた。命の答え、いわゆる悟りのようなものだろう。ならば、僕もそこにたどり着き、僕は僕のカタチを取る。それですべては上手くいくはずだ。結果、僕がどうなるかは分からないけど。
「前提からしておかしい気もするがな。ったく初めてできた友達がこんなのとか、ついてるんだかついてないんだか」
「そっくりそのまま同じ言葉を返すよ」
お互い、相性抜群で最悪な友人関係だが、まあ、こんな二人がいてもいいだろう。
「救われたい神様と、救いたい人間が出会った。どっちも異常。それだけの話さ」
僕の言葉を最後に真面目な雰囲気は消えうせ、いつもの他愛ない会話に戻った。束の間の日常を噛みしめるように味わった。
・・・
「直斗君…ホントに女の子だったんだね」
シャドウを倒した後、床に倒れている直斗を見ながら千枝が言う。
「う…ん…」
どうやら、目を覚ましたようで身じろぎしながら呻く。
「気が付いた!?」
「ここは…そうだ、皆さんが助けに来てくれて、それから…」
立ち上がった直斗は少しずつ記憶を手繰っていく。
「そうか…全部、見られちゃったんでしたね…」
自分のシャドウへと歩みよりながら、自分の過去を語る。鳴上達に向けてか、それとも自分に向けてなのかは分からない。探偵への思いを、祖父への思いを吐露していく。なぜ自分は女なのかと言う苦悩、どうしようもないという諦観。それらすべてを語り終えたとき、直斗のシャドウは力強い輝きを放ちながらペルソナへと変化した。
「それにしても、ズルいですよ…こんな事、ずっと隠していたなんて…。はは…これじゃ警察の手に負えないわけだ…でも…これで、分かりました…事件はまだ…終わってない…」
「ああ…お前がそれを証明したんだ。とにかく詳しい話は後だ、外に出よう」
ジュネス、テレビ前。
「おい…おい!」
肩で息をする直斗に、完二が声を掛けている。
「まったく、体はっちゃって…」
「でも…直斗君が証明してくれた。やっぱり、まだ犯人は捕まってないって…」
雪子の言葉に一同は頷きを返す。
「やっぱり…?」
直斗に謎のペルソナ使いについて説明をする。分かっているのは、その力の強さ、だいたいの背格好、そして、『マイトレーヤ』というペルソナをはじめとして、多くのペルソナを持っているということだ。
「『マイトレーヤ』、ですか」
直斗が眉をひそめる。
「どうかしたのか?」
「いえ、ただ、気になった事があって。確証はないんですが…」
「間違っててもいいから言っちゃいなよ。私たちだと手詰まりでさ」
「分かりました」
直斗は頷くと、自分の推理を語り始める。
「ペルソナは自らの心に深く影響します。鳴上さんのような特殊な場合でも、例外ではないと思います。これは、ペルソナが困難に立ち向かうためのもう一人の自分であることからも明らかです」
一旦話を切り、みんなを見渡す。
「ここからが本題で、『マイトレーヤ』と言うのは、仏教に出てくる菩薩の名前です。慈しみの心を象徴する存在でもあります」
緊張感で空気が張り詰める。『慈しみ』。そんなイメージの人物に鳴神には覚えがあった。
「この菩薩、日本では―――弥勒菩薩と呼ばれています」
みんなの顔が驚愕に歪んだ。
命の答えのくだりはペルソナ3の話です。
十月は文化祭しかなく、書けることが少ないので、ついでに一部を除いた主人公のペルソナ紹介をしたいと思います。