終わらせるということは、始まりと同一の、偉大な業なのだと彼は言った。
火が渦巻いた。灰が舞う。
気を失った。
夢を見た。
可能性を宿した灰色の霧だけが世界を覆っていた。
燃え盛る大地。果てしない地平線。空を突く岩の大木。
そして、命という概念さえ、生と死の輪廻さえ持たぬ、朽ちぬ岩の古竜。
変化をもたらしたのは世界の根源にも等しい現象だった。
大勢が地から立ち上がった。
そうして戦いが始まった。
憎いあの人を焼き尽くしたサーヴァントは微笑んだ。
浄化の火が屋敷に篭っていた全てを燃やし尽くした。
望みは?
漆黒に燃える瞳を見て私は願い事を言った。
あのひとを手に入れたい。
確かに、君は正しく、そして幸運だ。
サーヴァントが言った。
かつて私は呪いを超えようとして、悟った。“全て”を終わらせて、その寿命を看取った。
そのひとは全てと引き換えにしてもなお価値があるものかね?
私ははいと言った。
ここに契約は完了した。
始原より繋がれし火を終わらせた最後の英雄はあなたのために働こう。
はい。
跪いた彼を見て私は震え上がった。
彼こそが人類最後の英雄。全ての人類を終わらせた男。偉大な最後の
王殺し。神殺し。玉座に王を座らせた者。
思わず握り締めた拳からは血が伝っていた。
▲ ▽ ▲ ▽
「――――藤ねえ!? やばい! どうしよう!」
「ど、ど、ど、どうするのだシロウ!」
アルトリアは一般人の気配を悟るや否や狼狽を隠せなかった。服は一般人のそれとはいえ男二人同じ屋根の下ではうまい具合の言い訳を考えねば怪しまれる。頼りになるであろう魔術師は現在家の奥に引っ込んで出てこない。
士郎も、慌てていた。押入れにねじ込もうか。庭か。土蔵か。そうだ、と手を打つ。
「えーっとうーんと! あ、そうだ霊体化すればいいんじゃないか!」
「そうだった、失念していた!」
ということもあって、急襲した虎へは何事も無かったかのように、すなわち誰もいませんでしたで通すことになった。
これがたとえば休日であれば虎がやってくることもなかっただろうが、召喚された日のずれや、波及効果によって、虎こと大河がやってきてしまうことになっていた。
幸いなことに一般人の目には見えなくなる霊体化という術により悲劇は回避された。すぱんと扉が開かれる数秒前には、赤い弓兵も剣士も姿を消していた。唯一肉体を持つ凛に関しては家の奥に隠れていたので問題は無かった。靴を隠すという初歩的な部分でポカを犯してもいなかった。
「いただきます!」
「いただきます」
どうにか誤魔化せそうだと士郎は席につき味噌汁をすすっていた。
虎こと大河の瞳がすいと向けられる。凄まじい食いっぷりだ。卵焼きをあっというまに啜りこみ白米を胃袋にねじ込んでいく様は、さながら大食い競争だった。その瞳が何かを見透かしているようで恐ろしかった。大河は生来の素直さと鋭さでたいていの嘘を暴いてしまうことを知っていた。
「どったの士郎? 元気ないよ?」
「へ!? あ、や、ちょっと悪い夢を見て!」
「ふーん。そうだ、士郎。桜ちゃん風邪引いちゃったからしばらく休むってさ」
「お見舞いいかないとな」
『おいしそうだ……これはなんて料理なんだ? 黄色くてふわふわしている……白と黄色のもある……これはスープか? 渦巻く芳しき一品とは、なんてうまそうなんだ』
おいしそうだ、食べたい、いいなぁ、などの念話が永延脳裏で鳴り響いている。セイバーことアルトリアは虎さえこなければ食べていたであろうものへの熱っぽい要望を語り続けていた。
別次元のアーサー王もまたこの世界で召喚されたアルトリアと同様食い意地が張っていたりするのだが、士郎は無論わかるはずがなかった。
『サーヴァントはものを食べなくてもいいんだよな?』
『わずかではあるが魔力に変換することもできるし、精神衛生上食べたほうがよろしい。英霊だなんだといってもものを食べ眠っていた頃の記憶もあるのだから。彼女がいる前で食べるわけにもいかない。後でご馳走してくれ』
「ごちそうさまでした。じゃーいってきまーす!」
「おう、行ってらっしゃい」
士郎は、元気よく登校もとい通勤していく義理の姉の姿を見つつふうとため息を吐いた。
霊体化を解いたアルトリアが出現する。おかずは全滅。白飯の欠片も残さない焼け野原の机を見て切なそうに目を細めていた。
「食べたかったのに………」
「どうせ食べるならスピード重視のより、手間隙かかってる方のをご馳走するからさ。晩御飯とかには期待してくれよ」
「うむ……まあ、よい。通学するのだろう? 私も同行する。なに、普段通り生活してもらえればそのほうがよい。神秘は隠すものというのが常識なようだから、むしろ一般人の中で生活したほうが他のマスター相手には防御になる」
アルトリアの意見は正論だったが、士郎はむっと唇を噛んでいた。知人友人を盾扱いされたのが気に食わなかったのか、あるいは戦闘になったときに自分以外が傷つくことが嫌なのか。
「確か魔術師殿も同じ学び舎に通う学童だったはず。私が起こしてこよう」
「いや、俺が起こすよ」
「……ふむん、士郎。乙女というはな、寝顔を見られるのを誰よりも嫌うものなのだ。一応は同性に任せてほしい」
「そうなのか?」
「らしい」
アルトリアが士郎の肩に手を置き首を振る。
―――布一枚纏っただけの格好のくせして、森であの
脳裏にいつか王の刃に言われた言葉がよぎった。あの時はだからどうしたと憤慨したものだが、なるほど、こうして言う側の立場になるや否や響いてくるものだなとアルトリアは思った。
「わかった。なあアルトリア、一緒に登校ってどうなんだろうな。怪しまれたりしないか?」
「普段の仲にもよる。友人関係ならばよい、違うなら時間をずらすべきだ」
「わかった。先に行く」
「すぐ追いかける。その間は“
アルトリアは士郎から鍵を受け取った。鍵を相手に託すということは、大昔から信頼の証であるとも言える。学生服に着替え鞄片手に家を後にする主人を見送った後、家の奥に戻る。襖を開けてみると、幽鬼がいた。
「……………」
「魔術師殿……?」
遠坂凛がいつもの服に着替えていた。猫背で天井を仰いで虚ろな瞳をしている。顔は、人間性を失った亡者のようだと言えばわかるだろうか。陰影激しい疲労し尽した表情だった。ただでさえ
アルトリアは見てはならぬものを見てしまったと表情をこわばらせていたが、ややあって何かを手元に実体化させた。薄っすらと光を宿した緑色の液を詰めた小瓶だった。
「故郷で栽培されている緑花草を煮込んだエキスだ……気付け薬にもなる。よければ……」
「………」
凛は一言も喋らず瓶を受け取るとコルクを抜き一気飲みした。青汁にパセリとハーブを混ぜて発酵させたような味が味覚を蛸殴りにする。
「げほっごほっ!!」
むせた。
アルトリアは背中をさすってやろうと一歩進み、
「牛乳! 牛乳持ってきて! じゃないと………!」
「は、はい!」
凛が鬼の剣幕で牛乳を所望したことに対しなぜか敬語で走り出したのだった。
▲ ▽ ▲ ▽
弓兵は召喚された当初はなるほどと理解していたが、あの騎士を見てからは自信を失っていた。己が参加した聖杯戦争とは構成要素が大きく異なっているのだ。召喚された日をはじめ、槍兵の襲撃日時、そしてアーサー王ではなく、騎士アルトリウスなる異界の存在がかつての自分の手元にある。曰く蝶の羽ばたきが地球の反対側で台風を巻き起こすことがあるという。十中八九、己の時と同様に進むはずがなかった。この世界のエミヤシロウが、正義の味方を目指しているのか。ほかの可能性はないのか。見定めることさえできないかもしれない。
―――早期に手を下すべきか。
遠坂凛という人間は、表面上魔術師然として振舞えるが、本質的には人を信じたがる善人だった。犠牲を出すことを良しとしない人間性は確かにヒトとしては好ましいと言えるが、戦争屋としての観点からは欠点と言えた。己の目的を遂行するという意味では、通学路を歩いているあの青年の背中から矢を数本叩き込むだけで事足りる。いくら“鞘”が体にあろうと、心臓と頭部を丸ごと吹き飛ばせば蘇生さえできまい。宝具の投影など必要ない。凡庸な弓矢一本で肉体を散らすことは可能だ。
かすかに殺意をにじませたのが撃鉄だったか―――空間に一条の眼光が煌いた。
「ん………?」
士郎が足を止めて振り返る。弓兵が座している建物の屋上ではなく、まるで辺りに何かがいるかのように視線をめぐらせていた。
眼光が宙で蠢く。弓兵の瞳におよそ尋常ではない体躯の狼の輪郭線が垣間見えた。
「――――……」
弓を下ろす。
あれは、サーヴァントにも匹敵する怪物であることを瞬時に理解する。ソレのあぎとに“咥えられた”剣の因子が頭の中に流れ込んできた。
それは、忠義の剣だった。主の命令を守り続けた尊い剣の歴史が垣間見えた。決して裏切らず、決して退かず、約束を守るためにすべてを投げ打った尊い意思が宿っていた。
―――まだ、その時ではない。
弓兵は武器を下ろすと、主たる凛の元へ移動するべく地を蹴った。
投稿止まっても気にせず屍を踏み越えていけ!
【クラス】キャスター
真名『Firelink ender』
【スキル】
星の開拓者:EX
人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
あらゆる難航、難行が“不可能なまま”“実現可能な出来事”になる。
別次元における人類史を葬り去り、人理を終わらせたことで得た。
このクラスになると“不可能なことは存在しない”。常に一定の確率で成功する。