あの時、転弧少年に手を差し伸べたのがAFOではなく、オールマイトだったら……という話。

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 運命の悪戯ってやつほど、タチの悪いもんはない。

 

 例えば、だ。

 俺のお婆ちゃんに弟子が居たとしよう。弟子は大層お婆ちゃんのことを慕って、第二の母のように思っていた。男は母親に似た女を好きになるっていう話がある。

 じゃあ、その弟子がお婆ちゃんに芯が似た女性に自然と惹かれてしまうのは、仕方のないことか?

 

 んでもって、お婆ちゃんには一人息子が居た訳だ。

 でも、ヒーローっつう危ない職に関わらせない為に、夫―――まあ、俺から見たらお爺ちゃんだな。お爺ちゃんが死んだ後に、その息子を里子に出したらしい。

 するとどうだ? もう言った通り、男は母親に似た女性を求める訳なんだから、元々母親が恋しい時期に生き別れしたもんだから、強烈なまでに母親に似た女を見つけ、付き合って、最後には結婚する。

 

 それで生まれたのが俺だが、偶然か必然か、不慮の事故で俺のお父さんが死んで、お母さんはシングルマザーになってしまった。

 するとどうだ?

 世間じゃ未亡人って言われるお母さんに、一人寄ってくる男が居るじゃあないか。

 

 ある時、馬鹿みたいな数のチンピラがウチに襲いかかって来た時、まだ餓鬼だった俺を庇うお母さんの元に颯爽とやってくる一人の男。その時は単純に仕事だったんだろうな。ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、チンピラどもを一掃して、俺等を救けてくれた。

 

 それだけなら、『ああ、仕事お疲れさん』ぐらいですんだだろう。

 だが、男が何度かプライベートで、病院に入った俺等の下に『慰安』と称してやってきやがった。世間のヒーロー様は、そりゃまあケガした子どもたちを慰める為に来てくれるだろうな。

 それでも男の瞳は、俺のお母さんに向いてた。

 変な既視感でも覚えてたんだろうな。

 

 でも、退院すればあの男が来ることもなくなるだろうと、お母さんと男が楽しそうに話しているのを我慢してた。

 ……結果として、お母さんは大分アイツと仲が良くなってしまいやがる。

 男がお母さんに惹かれたように、お母さんも男のどこかに惹かれたんだろうな。

 納得はしないが。

 

 そうだ、これは仕方のないことなんだ。

 だって、男っていう生き物は母親に良く似た女に惹かれるんだからな。第二の母とも呼べる師匠に良く似た女が居りゃあ、そりゃ仲良くしたいと思う筈さ。

 そう……仕方ないことだ。

 仕方のない―――

 

「わ~た~し~が~、帰ってきた!!」

 

 暑苦しい筋肉達磨が帰ってきたようだ。

 ぶっ壊れるんじゃないかっていう勢いで、玄関の扉を開くんじゃないよ。

 そんなことを思ってボーっとしていると、ドタドタと凄まじい速度で廊下を駆け抜けてくる足音が聞こえてくる。

 

「転ちゃん、ただいま!」

「抱き着くな熱い痛い汗臭い」

「……流石に今のは心に来たよ」

 

 そうだろうな。そうなるように流れるような罵詈雑言を浴びせたんだから、心に来てもらわなくちゃ困る。

 兎も角、たった今俺に抱き着いた挙句、俺の暴言に心を折られたこの筋肉達磨こそ、戸籍上は俺の父に当たる男―――八木俊典。世間で知られているヒーローネームで言えば、オールマイト。

 

 そう―――平和の象徴だ。

 

 

 

 *

 

 

 

 八木転弧。旧姓・志村転弧。

 それが俺だ。現在中学三年生で、近くの中学校に通っている。成績は良くもなく悪くもなくと言ったところ。

 インドア派で、好きなものはゲーム。暗い部屋で、据え置き機のゲームをピコピコやるのが好きだ。

 お蔭で肌は病的なまでに白くて、『ちゃんと食ってるか?』とクラスメイトに心配されるほど体は細い。女子は『羨ましいな~』とか言うが、こんな不健康な身体に憧れるのが俺には理解できない。

 

 “個性”は崩壊。五指で触れた物をなんでもかんでも崩すという、割と強力な“個性”だが、他の没個性のと比べても日常生活では使えない。使えると言ったら、要らない書類捨てる際にシュレッダーが要らないくらいか? 使えない。

 強力な“個性”ほど、この超常社会では抑圧されて鬱憤が溜まり易い。だから『敵』なんて呼ばれる奴がたくさん現れるみたいなんだが、大体は“個性”持て余したチンピラども。プロのヒーローの手にかかれば瞬殺だ。

 

 そして今、俺の目の前ではそんなプロの中でもトップに立つ男が、骸骨みたいにガリガリな姿で夕食をとっている。

 

「いや~、玉子粥はおいしいね。転ちゃん」

「爺か。あと転ちゃんって軽々しく呼ぶな。せめて君づけにしろ」

「そう? ごめんね、転くん」

 

 俺の機嫌を損ねたと分かると、表情に出るくらいあたふたし始めるオールマイト。

 この骸骨みたいな姿……トゥルーフォームだかなんだか言うらしいが、少し前に仕事で大怪我した所為で衰弱し、ここまで痩せ細ったみたいだ。

 その気になれば俺でも殺せそうな気はするが、襲えば途端にあのムキムキなマッスルフォームへと変貌するだろう。三角締めはされたくないから、悪戯でもそんなことはしない。

 

 そんな訳で夕食を食っている俺達だが、お母さんは同窓会とやらで家に居ない。

 気まずい。元々家でも喋る方じゃあないんだよ。ゲームやってて『クソ』とか『死ね』とかくらいしか言わないから尚更だ。

 

「……転くん。学校どう?」

「……普通」

「そっか。ならいいんだよ」

「……」

「……」

 

 ほれ見たことか。会話が弾まない。

 

 元々俺は、お母さんとコイツが結婚することは反対だったんだ。

 一度、家族会議って称して、俺とお母さんとコイツとグラントリノとかいう爺を交えて会議した。

 その時、死んだお婆ちゃんがヒーロー世界から遠ざける為にお父さんを里子に出したっつう事実があるもんだから、オールマイトとお母さんが結婚することは、おばあちゃんの意思に反するもんだったのさ。

 

 いっつもヘラヘラ笑ってて、人間味を感じさせない笑顔が俺は大嫌いだった。

 だから、お母さんの再婚も最後まで反対だったんだよ。

 

 でも、コイツが大怪我して、ヒーローとしての寿命が残り短いってなった途端、他の人間の意見聞かないでお母さんが再婚決意して、あっという間に入籍しやがった。

 『家族は支え合うものだ。今こそ、その時よ』だとさ。笑いもんだよ。

 それから同居も始めて、三人で暮らすようになった。

 

 平和の象徴が衰弱して痩せ細っていく姿も、生で観察できた。

 世間じゃ負け知らずの№1ヒーローも、家じゃ嫁の尻に敷かれて苦笑いする只の旦那だ。実の子でもない思春期の息子のご機嫌取りに苦労する、一児の父親。

 その姿が……ヒーローの時との姿のギャップが、俺にはとても人間らしく思えた。

 

 ロクに恋愛もしたことない中年のオッサンが、生涯に一度の恋に情熱を注いだ結果がこれだよ。

 呆れて物も言えない。馬鹿馬鹿しくて溜め息が出る。

 平和の象徴が、家庭に救いを求めていたことに驚きを隠せない。

 平和の柱は、誰よりも身近に支えを欲していた。

 

 それが、数年一緒に過ごして俺が感じ取ったものだ。

 

「……なあ」

「ん、どうしたんだい?」

「……弟子。見つかったか?」

「ん~……今日は見つからなかったかなぁ。活動限界があると言っても、私はまだまだ現役だからね! ハハハッ、頑張ってみせるさ!」

「アンタも不死身じゃないんだろ? さっさとした方がいいだろ。悠長に事構えてるヒマないだろうが。急げよ」

「そ……そっか。うん、どうしたものか……」

 

 ひどく辛辣になってしまった言葉に、オールマイトが唸る。

 本当の姿が分かるからこその焦燥は、俺が一番感じてるのかもしれない。法律やルールでガッチガチに縛られてる社会も、今はオールマイトっていう柱によって辛うじて平和が築き上げられている。

 でも、そんな柱一本が崩れ去れば、超常黎明期に逆戻り。

 また犯罪がそこらかしこで増えて、力のないパンピーが隅っこでブルブル震える時代にだ。

 

 それを阻止するには、なによりも平和の象徴を受け継ぐ者を育て上げること。

 このオッサン、自分が張り切ることだけ考えて、後のことをまったく考えちゃいない。アンタが死ぬ頃にゃ、俺はちょうど働き盛り。良い迷惑だ。

 

……ん? なんか、むさ苦しい視線を俺に向けてくる輩が居るな。

 

「……なに?」

「転くん。よかったら、平和の象徴やってみない?」

「オイオイオイ、ノリが軽すぎるだろ。『やってみない?』ってなんだ。そんな『バイトやってみない?』的な感覚で言われても困るんだよ」

「そっか……やっぱりそうだよね。ゴメン」

「悪いと思うなら最初から言うな。人を見る目を育てとけよ。俺にそんな大層なモンがやれると思うか? 血縁抜きでな」

「……ゴメンね」

「……ヒーロー志望でもない奴に言う事自体間違いなんだ」

 

 ほうら、雰囲気悪くなった。

 さっさとメシ食って退散だ。ゲームの続きだ。

 

 なんでも俺のお婆ちゃんは、なんかの七代目だったらしくて、こいつは後を継いで八代目らしいけど、『おばあちゃんの血を引き継いでるから』ってだけで役割を担わされるなんて御免だ。

 俺は俺のやりたいように生きる。

 お婆ちゃんだって、それをお父さんに願った筈なんだ。

 

 ムカつくものは嫌いだ。気に入らないものはぶっ壊したい。

 『血縁』が俺を縛るなら、俺はそんなパンピーの客観的な意見をぶっ壊して、自分なりに生きる。

 そもそも、自己犠牲の精神で人助けっていうのが性に合わないんだよ……。

 

「ごちそうさま……」

「あ、転くん。お皿は台所下げといてね。洗っとくから」

「……んー」

 

 主夫っぽい。

 女子力が高いっても言うのか? あんな図体して、昼飯は小さい風呂敷に包んだ弁当だしな。

 

 なんで家だっていうのに、こんな陰鬱な空気になりゃいけないんだ。

 腹が立つ。なにに腹が立っているのかは、具体的に分からないが……

 

「風呂風呂……あ?」

 

 風呂に入ろうと浴室の前に来たら、扉に一枚の張り紙が貼ってあった。

 

『お風呂壊しちゃった。二人で仲良く銭湯に行ってね(・ω<) 』

「……オイオイオイ、ふざけるんじゃあないよ。なんで風呂が壊れてるんだ? って言うか、どうやって壊した? ……あぁ、“個性”か。いや、それよりも今年に入って何回目だ? なんで今日に限って壊した! 言いたいことが追いつかないぜ、めちゃくちゃだ。なんで思い通りにならない」

 

 俺と似た“個性”を持つお母さんが、家の風呂を死に至らしめたようだ。

 って言うか、張り紙の『テヘペロ』って言う顔文字がイラつく。すぐに張り紙を引きはがしてくしゃくしゃに丸めた後は、俺の“個性”で紙を塵にしてやった。

 すると、俺が騒いでいるのを聞きつけたのか、食後のオールマイトが廊下の角からひょっこりと顔を覗かせる。

 

「ど、どうしたの?」

「……風呂がぶっ壊れてるから、銭湯に行けってさ」

「あ……そうなの」

 

 家主のオールマイトは、慣れたように落ち着いた声色で返事をしてくる。

 

「じゃあ、転くん。一緒に銭湯に行こうか」

「……俺はシャワーだけでいい」

「つれないなぁ。帰りに、ゲームショップでも寄ろうと思ったんだが―――」

「行く」

「よし来た! それじゃ、早速着替えを準備して行くとしようか」

 

 不本意だが、流れ的に新作ゲームを買ってもらえる気がしたから付いていく。

 毎月五千円の小遣いじゃ、据え置き機の新作は高くて中々買えないんだよ。一家の大黒柱の収入が多いからと言って、俺にくる小遣いがたんまりだと思うな。平均的な中三の小遣いよりちょっと多いくらいなんだよ。

 集れるときは集る。セコイとか言うな。

 

 俺は父と息子が親睦を深める機会に乗っているだけだ。決してやましい気持ちなんてないんだよ。

 実際、俺が行くって言った瞬間に、目に見て分かるほどルンルン気分になっているアイツを見れば、多少は……なあ。

 

 

 

 *

 

 

 

「ふう……偶には、公衆の浴場もいいものだね」

「……俺はどっちかと言えば、一人でゆっくりしたい」

「あ……そう?」

 

 カッポーンという擬音が響きそうな、湯気の立ち込める空間。都心では珍しい銭湯に訪れた俺たちは、よぼよぼの爺さんやオッサンに混ざって、タイル張りの浴槽に張られた湯に身を委ねている。

 熱い。銭湯の風呂ってこんなに熱いのか? 俺の場合、白い肌だからどこまで温まってるかは色ですぐ分かるんだよな……。

 

「転くん転くん。ちょっといいかい?」

「あ?」

「もう中三だけど……どこに進学するかは決めてる?」

「……まだ」

「そっかぁ。普通科志望かい? それとも、ヒーロー科に……」

 

 やけにヒーロー科に入ることを期待するかのような眼差しを向けてきやがる。

 そんなに義理の息子にまでヒーローになってほしいのか?

 

「そんなにヒーローになってほしいのか?」

「ああ、勿論さ! この社会を担い、守り行く一員として―――」

「アンタが居なくなった後、荒れる社会の対応に奔走して、アンタの尻拭いする職業にか?」

「っ……そ、それは」

 

 俺の言葉に狼狽するオールマイト。

 これが平和の象徴だ。世間の印象とはかけ離れている弱弱しい姿。でも、息子だからあえて言わさせてもらうとする。

 

「アンタの居なくなった後の世界は……正義ってもんは脆弱だ。知ってるから分かる。世間に暴かれるのも時間の問題だ。寿命のある職業に、なんでわざわざ俺がならなきゃなんないんだよ?」

「……たぶん……それは」

 

 俯き気味のオールマイトが、自身の左わき腹の手術跡をそっと撫でる。

 痛々しい傷跡だ。それをファン共に言えば、男の勲章だなんだ呑気なことを言うんだろうが、そう思えるほど平和の象徴は完璧じゃない。

 今にだって、一人の餓鬼に論破されそうにして……

 

「私が、君に救けを求めているからなんだと思うよ」

「……は?」

「事実を知っている者の一人……弱みを知っている人だからこそ、委ねたいという思いがどうしても生まれてしまう」

 

 男二人、裸一貫で語り合う状況。

 纏う衣が何もない中、肩書なんぞは意味をなさないって訳か。

 

「君の言う通り、私がヒーローとして表舞台に立てる時間は限られている。恐らく、君が最も働き盛りの頃には、既に姿を消していることだろうな。私には、時間が残されていない。そんな限りある時間の中、私は何かを託したいと願う」

「……それで、俺にヒーローをってか」

「終わりがあれば人は託す。本当なら、『平和の象徴』が居なくなっても平和なままなのが本望なんだけれど、そうはいかないものだからねぇ……」

「そりゃそうだ」

「ああ。平和の象徴も有限。だから、未来を担う前途ある若者たちに、私が支えてきたものを継いでほしいんだ」

「デケェ負債をか? 冗談じゃない」

「ハハハッ、厳しい言葉だ。でも、だからこそ君にはヒーローになってもらいたい」

「……は?」

 

 いやいや、話の流れが掴めねえよ。さんざんヒーローにはなりたくないって言ってるだろうが。

 さっさと銭湯から出ていきたい……が、力強い瞳が俺を射抜いて、動くことを許さない。

 流石、№1ヒーローって言われるだけのことはあるな。ガリガリでも、目の光は全然変わってねえ。

 

「このヒーロー社会の脆さを知っている君だからこそ、他のヒーローたちとは違った角度で、改革をもたらしてほしいのさ! ただのヒーローとは、一線を画した……ね」

「そりゃあ……平和の象徴並みに面倒な仕事だな」

「平和の象徴じゃなくても、仕事ってのはほとんど面倒なものさ。でも、救けを求める人がいるからこそ、そんな労力を苦と思わずに、また頑張ろうって思えるようになるのさ」

「思える気になれねえ」

「大人になれば分かるさ。間接的にでも、社会を担う一員だって自覚する時がね」

「俺はまだ子どもだってか?」

「中学三年生はまだまだ子どもさ。これから、大人の階段を上っていくんだよ」

 

 グッと拳を握るオールマイト。

 その拳で掬ってきた命は数知れず。だからこそ感じる。俺がヒーローになったところで……ってな。

 ほとんどの奴が思ってるだろうよ。自分はほどほどに活躍できて、少し他人にちやほやされて給料貰えればどっこいどっこい。公的職業になったヒーローなんて、そんなもんだろう。

 でも……

 

「……アンタの師匠は……お婆ちゃんは、どんなヒーローだった?」

「お師匠かい? そうだなぁ……笑顔が素敵で、明るい未来を語り、誰よりもヒーローであろうとした素晴らしいお方だった」

「それでも……殺されたんだろ?」

「ッ……それは」

「いいんだよ、別に。顔も分からねえし、なんも思わねえ。でもなぁ……」

 

 とある敵に殺害されたらしいお婆ちゃん。

 随分オールマイトは崇拝してるみたいだが、俺にはどんな奴だか想像つかねえよ。

 

 でも……でも、平和の象徴って謳われる最高のヒーローを育て上げた、立派な人だったんだよな。

 正直、憧れなくはない。

 血に囚われんのも御免だが、そんな立派な人間の血を―――正義の血を引けてるって思えると、なんだかやれるような気もしてこなくもない。

 

(あぁ―――……俺、ヒーローになれるかな?)

 

 自然と、口角が吊り上る。

 

 ヒーローになればチヤホヤされる。

 仕事は面倒だが、それなりの給料がもらえる。

 名声と金が一辺に手に入るんだ。

 なんだ、ヒーローは素晴らしい職業じゃないか!

 

 ……っていうのは建前。死と隣り合わせの職業で、為るまでの過程も面倒くさいにも程がある。

 そんな大層な職業に俺がなれるかなんて、可能性は宝くじ当てるより難しいかもな。

 

「まあ……義理の息子が果たせる義理なんて、たかが知れてるだろ。あんまり期待するな」

「て、転くん……! 君ってやつは~~~……!!」

「痛い熱い汗臭い」

「風呂に入っているから汗臭くはないぞ!」

「じゃあオッサン臭い!」

「ゲボァ!! オ、オッサン臭……」

「血ィ吐くな! きたねえ……」

 

 嬉し涙ならぬ、嬉し血反吐を吐く義父。

 俺がちょっとでもヒーローを志したことが、大層悦ばしいようだ。そこまで喜ばれると、是非為ってみたいと思ってしまうのは、俺が単純で子どもっぽいからなのだろうか?

 

 

 

 結果を知るのはもっと先。

 

 

 

 具体的に言えば……そうだなぁ。

 

 

 

 *

 

 

 

 荒廃した街並みの中、スーツを纏い、管だらけのマスクを被る男を前に、二人のヒーローが立ちふさがる。

 

「……俺は、気に入らないモノは全部ぶっ壊す主義だ。だから、闇の帝王やらなんやら祀り上げられているアンタをさ、目茶苦茶にぶっ潰したいなぁと思っているところさ」

「その言い方はアレだと思うけど、アイツが許せないってことは賛成だよ!」

 

 一人は、大よそ明るい雰囲気を放っていない、ダークな印象を与える漆黒のコートを羽織ったグレー髪の男。

 もう一人は、モジャモジャの緑髪に、目の下のそばかすがトレードマークの気弱そうな少年。

 

 両者共に、宙に立つようにして佇む男に視線を向ける。

 

「……ふむ。共に、オールマイトの残した遺物。志村の孫に、ワン・フォー・オールの後継者ときた。まさかここまで僕を手こずらせるとは思いもしなかったよ。だが……その足掻きもここまでだ」

 

 たった一人の(ヴィラン)は呟く。

 絶望的な威圧感を放つ敵。しかし、立ち向かうヒーローたちの闘志が途絶えることはない。

 

「それはこっちの科白だ」

「オールマイトが……いや、ヒーローたちが守り紡いできた世界を、今度は僕たちが(たす)ける番だ!!」

「「覚悟しろ、AFO(オール・フォー・ワン)!!」」

 

 強く握った拳を掲げる二人。

 その拳は、かつての平和の象徴を彷彿とさせる強靭さと意志の強さを感じさせるものがあった。

 

 

 

「ならば―――精々足掻いてみせろ、ヒーロー!」

 

 

 

「「おおおおッ!!!」」

 

 

 

 ヒーローよ。

 断ち切るには眩し過ぎた、紡がれゆく未来へ足掻け。

 

 これは、あったかもしれない一つの物語だ。

 



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