そこは僕の知っている所とよく似ていて・・・でもやっぱりどこか違っていた。
なぜ来てしまったんだろう。
いつの間にか見たことがない世界にいた。
何でここにいるのか、どうやってここに来たのか。いや、そんなことより此処どこ?
「ねぇアンタ、暇してるなら手伝ってよ」
「は?」
「いや、は?じゃなくてさぁ…とにかくこっち来て、ほら早く」
僕に声をかけてきたのは、僕より少し年上に見える女の子だった。
僕とその人で作るこの物語は、かなり強引な要求から始まった。
~~~~~~~~~~~~~それから約1週間後
僕は今、仕事をしている。
ちなみにあの子は心藍(シェンラン)というらしい
あの日、心藍に手を引っ張られて、つれていかれた先には小さなキッチンがあった。
「はい、やって!ほら早く」
「え、何を?」
「仕事に決まってんじゃん、さぁ早く」
「いや、そうじゃなくてなんで僕が?」
「あんた暇なんでしょ、なら手伝ってよ」
「ちょっと待ってよ、いきなり・・・・」
「あ~もう分かった分かった、いいからやるよ」
と言う感じで。今に至る。
そしてどうやら食事処らしく、今は彼女が接客している。いや、接客といってもいいのか怪しい。
ただ淡々と皿を出して、掛ける言葉は「食べたらさっさと行って」だ。なんなんだ此処は。
「すいません・・・ちょっと僕いきます」
キッチンから出て、心藍と代った。やったことないから僕もよくわからないけど…。
ヴィーという入店の合図とともに4,5人のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ、ご案内します」
これであってるのか?いや、多分大丈夫。こんなのを何かで見たことがある。
「決まったら呼んで下さい」
「も、もう決まったんだけど」
「はい、ご注文をどうぞ」
お客さんはいつもの素っ気ない接客に慣れきってしまっている。ここに来るお客さんのなかで、笑顔を見せたのは誰一人いない。まるで動物が餌を食べているようだった。
そしてこの店のメニューには『大・中・小』しかなく、塩水につけたふやけたパンしかないのだ。食べられればいい、生きるために食べられればいい。そんな感じ。
僕がここにきて約1週間で分かったこと。喜怒哀楽が存在しない、超つまらない世界。
「大が3つですね、わかりました」
僕は急いでキッチンに戻り、密かに試作していた『ソーセージ』を取り出した。
この世界にとって僕がやっていることは相当珍しいことなんだろう。お客さん含め、店の中のみんなの視線を受けていた。
「アンタ…何やってんの?」
「面白いこと、してるんだよ」
ケチャップとかは作れないけど…完成した。
「出来た!!簡単ホットドッグ3人分!」
「は?なにそれ」
「まぁまぁ、あの3人に持って行って」
簡単だけどあのパンよりは遥においしいパン。
その日の店内はどことなく明るかった。
店じまいをして、片づけをしていると心藍が話しかけてきた。
「アレ何?」
「ホットドッグ、まぁ簡単にしか作れないけど」
「犬?」
「食べてみる?」
「いらない」
「おいしいよ」
「うるさい、そんなことより買い出し行ってきて」
「なんで僕が」
「犬がナントカってやつメニューに追加したから、アノ変なヤツ明日も作ってもらうから」
「犬じゃないし、ていうか変なヤツを新入りに作らせちゃっていいわけ?」
「お店が繁盛するならそれでいい、少し多めに買ってきなさい」
「はいはい」
拗ねたように返事をして、僕は買い出しに出た。
帰って来た時、まだ店に心藍の姿が見えた。セカセカと何かやっているようだったが、僕にはあまり興味はなく、買ってきた食材を適当に置いてこの日の仕事を終えた。
僕以外の店の人は家に帰っているけど、家がない僕は店の奥の物置みたいなところで寝泊りしなくちゃいけない。
だからいつまでも店に居られると鬱陶しくて休めないんだ。
隣でガチャガチャと、あまりにも五月蠅くてその日は外で寝た。
翌日。
いつもの様に店に入ると、もう心藍と数人の従業員がいて開店の準備を終えていた。
「今日アンタは外で掃除ね、閉店までキッチリやるように」
またしても無理矢理。絶対押し付けられてるだけだ。
昼頃になり掃除も一段落して少し休んでいると、1人2人…3、4、5とゾロゾロと入って行くのが見えた。
ホットドッグがかなり好評だったようで、昨日の倍以上のお客さんが来ていた。
繁盛しているようで一安心してまた掃除をしていたら、5分も経たないうちにお客さんが出ていくのが見えた。
店に戻ってみるとお客さんは1人として残っていなかった。
ふと、テーブルにある物が目に入った。
泥団子みたいな色の何かに生肉みたいな何か、それに匂いも酷かった。
「これ…何?」
「ホットドッグ…のつもり」
料理が下手の域を超えていた。こういう店で料理出来ないなんて…あまりにも衝撃的過ぎて数分思考停止した。
取り敢えず今後は僕が作ることになり、心藍には接客と掃除をやってもらうことになった。
しかしその日も閉店の後、キッチンでガチャガチャやっていた。
恐らく試作に耽っているのだろうけど、やるだけ食材が無駄になるだけ。
「食材が無駄になるだけだから、もう何もやらなくていいよ」
「・・・・・・・」
試しに言ってみたが、沈黙の回答しか帰ってこなかった。
その日も外で寝た。
翌日、気になりすぎて早く目が覚めた。
キッチンに行くと心藍が床で寝ていて、その手には包丁が握られていた。
「なんてもの持って寝てるんだ」
取り敢えずその手から包丁を取り上げた。
その時初めてキッチン全体を見た。何ていうか…、ゴミ箱の中にいるような気分だった。
「開店までに掃除しないと」
壁や床に飛び散ったシミを綺麗に拭き取って、散らばった食材を掃いて、ゴミ袋にまとめて、序でに開店の準備もして、全部終えて一息ついた。
「仕事の前にこんなに疲れるなんて」
開店までまだまだ時間があったから、ちょっと思い立ったことをやってみた。
そのうちに心藍も起きてきた。
「それは何?」
「おそよう、これはケチャップ」
トマトと塩と砂糖を適当に混ぜて煮込んでみた。初めて作ったけどかなり近い味になった気がする。
それを作っている間に時間が経ち、もうすぐ開店の時間。店の前には数人のお客さんが待っていた。
「料理は僕がやるから、接客をやってよ」
「分かってるよ、そのつもりだったし!」
僕がちょっと何か言ったぐらいでいちいち怒鳴っていたから、接客を心配していたが今日はこの前の様な態度ではなかった。
「いらっしゃい、何にしますか?」
ホールから聞こえてくる声は、少しぎこちなくはあるものの丁寧な言葉遣いになっていた。
何か心情の変化でもあったのだろうか・・・、時々こっちを見てきたりもした。
「ホットドッグ4人分、結構大食いみたいだから1人で食べると思う」
驚いたのは言葉遣いだけではなかった。
何時もテキトーでいい加減なイメージの人が、お客さんのことを理解しようとしていた。
「はい、大食いのお客さん用4人分、それとこれ持って行って」
小さい容器にケチャップを入れてみた。
「それさっきの…」
「お好みで付けて食べって、言っておいて」
「うん」
昨日のことがあってお客さんは少なかったけど、来て食てたお客さんは皆満足そうな顔をして帰っていった。その後はいつも通り、僕と彼女で片付けや掃除をした。
一通り終わったけど、今日は僕に用事があるみたいで引き留められた。
「ホットドッグ教えて、何回も作ろうと思ったんだけどうまくいかないから教えて」
怒られるとは思ってなかったけど嫌味くらい言われると思っていたんだけど、全然そんなことはなかった。
拍子抜けしたけど、この言葉は素直に嬉しかった。
「分かった、じゃあ一緒に作ろう」
僕たちは成功するまで作り続けた。難しい料理ではないけど始めのうちは誰でもうまくいかないものだと思う。自分で納得するまで何度も作り直して、一度も妥協しない姿を見て少し関心していた。
「十分成功してると思うけど、何がそんなに気に入らないの?」
「ちょっと待ってて、試したいことがあるんだけど無いから買ってくる」
「わ、分かった…いってらっしゃい」
何かを思いつくやたるや、颯爽と飛び出していき一人置いてきぼりの僕。
かなりの量を作ったけど、どれも美味しそうに作れている気がする。でも確かにインパクトは薄いかもしれない。100人に食べさせて100人が衝撃を受けるとは思えない。
この世界の人たちが衝撃を受ける何か、それを悶々と考えてあることを思い出した。
「そうか、この世界の人たちはふやけたパンしか知らない、てことは違う食感にすれば」
そこで目についたオーブントースター。これを使えば出来るかもしれない。
幾つか試してみたけど結構難しい。焦げないようにと思うとやたらと緊張する。
漸く納得のいく感じに出来たとき、運よく買い出しに言っていた心藍も帰ってきた。
「ただいま、お待たせ」
「お帰り~、僕もちょっと試したいことあって色々やってたんだ」
「試したいこと?何してたの?」
「食べてみる?多分イケる思うよ、改良型試作1号パン」
「何それ、いただきます」
まだ少し熱があるパンを差出し、半分冗談で命名したのを軽くあしらいながら、そのパンを口に含んだ。
“サクッ”というお腹が減りそうな音がした。
「どう?」
「うん、いいねこれ」
「じゃあ君が試したいこともやって見せてよ」
「大したことじゃないんだけど、見た目が悪い気がするから…」
と、取り出したのはレタスだった。それを軽く洗って、ソーセージの下に敷いた。
「見たことあるよ!元の世界でこういうのあった気がする、見た目イイ感じじゃん!食べてみたい!」
「あ、どうぞ…」
「いっただっきマース!」
“サクッ”の後に“シャキッ”という食感、味の問題じゃないけどこれだけで凄い美味しく感じる。今度からホットドッグをこうすれば、店はもっと賑やかになるに違いない。
「ちょっと待って、今元の世界って言わなかった?」
「ん…ここに似た所だけど、多分遠い所から来たんだと思う、言ってなかったっけ?」
「聴かされてないよ、なんで言わなかったの?」
「忘れてた」
「ふ~ん、いつ帰るの?」
「いつか帰る手段が見つかったらかなぁ」
翌日から彼女も料理をするようになり、僕と1日ずつ交替で接客するようになった。
ホットドッグだけじゃなく色んなものを作るようになった。
僕が創作し彼女がアレンジを加える、どんどん仲良くなっていき、最初のような僕たちのギスギスした感じは無くなって、それに伴って店の雰囲気やお客さんにも陽が出てきた。
ある日曜日の朝。
平日でも早すぎる時間から店で物音が聞こえた。
何事かと跳ね起きて行ってみると、心藍が来ていて何やらガサガサしていた。
「なにやってんの?」
「おはよう、最近お客さん増えてきて食器とか足りないじゃん?だから買いに行こうと思ってさぁ」
「あ、なら僕も行くよ!新しいメニューとか考えたいし、どうせ暇だし」
二人で近くのショッピングモールに向かった。
普段買い出しに行っている店とは反対の方向で、僕は来たことがなかったから新鮮な気分だった。
「なんか楽しそうにしてるけど、どうしたの?」
「こっちの方は初めて来たから、つい興奮しちゃって」
「ふ~ん、先に食器買わせてね」
「そのつもりでいたから大丈夫」
中に入るとクーラーの涼しい風が吹き抜けた。
手招きで呼んでいる彼女のあとをついていき、キッチン用品のところまで案内してもらった。食器のセンスがわからない僕は、隣にいたものの食器選びは全部任せた。
時々「どうかな?」と聞かれることがあっても「いいと思うよ」と、毎回同じような返答しかできずにいた。
食器は一通り揃え終わったようで、次は僕の目的の新しいメニュー作りのために、色々な店に行くこと、ついでに昼食を済ませること。
そこに行くにもまた案内されて行った。僕の態度の所為で気まずくなってしまって、移動の間僕たちの会話は一言二言で終わった。
色んな店を見て周り、昼食をとり終わった僕たちはいよいよ帰ろうとしたとき、心藍が何かを見つけたようで、僕を置いて走って行ってしまった。
追って行って行き違いや、迷子になっても困るからその場で数分待っていた。
「ごめん、ちょっといいの見つけてさぁ」
「何か買ってきたの?」
「はいこれ」
渡されたのは変なストラップ。
別に形が可愛いとか、色が綺麗というものではなくただ変なストラップで、彼女のは色違いのを持っていた。
「何これ」
「さぁ何だろう、わかんないけど一応今日の記念に受け取ってよ」
「別にいらない」という言葉が出そうになったけど、今日の素っ気ない態度を反省して一応受け取った。
「うん、じゃあ記念に…ありがとう」
「変なやつだからって、なくしたり捨てたりしないでよ」
「いやいやしないよ、そんなこと」
帰るころにはいつも通りの自然な会話に戻っていた。
このストラップのおかげでこれまでの僕たちを振り返ることが出来た。
そしてそのおかげで、新作メニューを思いつくことが出来た。
最初は違うモノとして別々に作られたもの、だけどある工夫を加えてお互いに譲歩しあうことで、それは一つの作品として生まれる。
「多分これ以上のものは考えられないと思う、後はアレンジを加えていくことくらいしか思いつかないだろうな」
「わかったそれは任せて、それでこの新作の名前は?」
「メロンみたいな模様があるから、メロンパン…がいい」
「よし、じゃあメニューに追加」
「じゃあ早速、試食しよか」
「「いただきます!」」
僕は勢いよく頬張った。
思わずため息が出た。もう「美味しい」の一言に尽きる。
生まれて初めてパンで感動した…瞬間だった。
「美味しかった、ご馳走様」
「さぁてと、じゃあ今日は色々あったし早く休もう」
気が付くと外はもう薄暗くなっていた。
いつの間に時間が経ったんだろうよ思ったけど、そういえばメロンパンを作るのに結構時間が掛かっていたなと、思い出し。
「ねぇ、この店の為に…色々ありがとう」
「うん…おやすみ」
心藍を見送ったあと、いつもの寝床に行きポケットからストラップを取り出した。
「もしも帰る手段がわからなかったら…」
ストラップに話しかけた。
もう少しここに居たいという思いや、帰れないんじゃないかという不安が脳内で巡りめぐっている。
そんなことをあれこれ考えている僕に睡魔は突然襲ってきた。
本当に今日は色々あったから考えるのはまた今度にしようと、なくさないようにストラップを強く握りしめ、眠りについた。
暑苦しくさに、無理矢理起こされた僕はいつもと違う風景に驚いた。
広い部屋に机、その上にパソコンが置いてあった。
昨日までとは違うけど、この部屋には憶えがあった。
立ち上がろうとすると耳から何かが抜け落ちた。
「イヤホンか?なんでイヤホンなんか」
コードを辿っていくと端末に繋がっていた。
だんだんと思い出してきた。
「ああ、これの所為か…」
ネットでたまたま見つけた歌で、知らないところに迷いこんだ主人公が、そこで色んな経験をして成長してく様を歌ったものだった。
「この歌を聴いているうちに寝落ちをしちゃったのか、だからあんな夢を」
起き上がって着替えようとしたときにポケットから”チャリッ”という音がして、何がと思って取り出したら目を疑った。
僕が取り出したのは、あのストラップだった。
「夢から出てきちゃったのかな?」
正直信じられない、アニメや漫画のような話でまだ夢を見ているようだった。
「まあいっか、たまにはこんなこともアリってことで」
あの後、あの歌について調べたけどどこにも検索結果が出なかった。似たようなメロディーや歌詞は見つかったけど、やはり同じものは見つからなかった。
不思議な歌と不思議な夢。
僕に与えられた、僕が見た、僕たちの数ヶ月間の日々。
そして僕はあれは夢物語ではないと思っている。
多分どこかで経験して、それを夢として思い出していた。
多分そういうことなんじゃないかと思う。
今まだはっきりとは思い出せないけど、いつかちゃんと思い出したらもう一度、今度はちゃんと準備をしてストラップをもって、遊びに行こう。
蜃気楼みたいに霞がかった思いでを、いつか本物の想いでに・・・。