月刊麻雀アイ五月号。特集「歴代最強、白糸台『虎姫』三連覇に迫る」内、宮永照インタビューより抜粋。
――宮永選手も今年のインターハイが高校最後。三連覇が賭かった大会になります。プレッシャーというものは感じていますか?
宮永照「プレッシャーは毎回感じています。確かに今までは優勝という最良の結果を残すことが出来た。ですけど、それは決して磐石のものではなくて、一つ間違えれば私達が敗北した試合がいくつもあったと思います。お互いに、必死、真剣。その中での鎬を削っています。平常心で、とは意識していますが、一戦一戦がそういう状況ですから」
――なるほど。確かに各高校がインターハイという一年間の総決算に賭ける想いというのは凄まじいものがあるのかもしれませんね。
宮永照「そうですね。私達が強い、と驕ることはありません。強さというものは自身の口から語るものではなく、周囲が認めるものだと思っていますから。ですから当然、プレッシャーもある。……王者、と呼ばれることもありますが、私はいつも『自分は挑戦者だ』と考えて牌を握っています」
――そのチャレンジャーとして立ち向かう精神が結果に結びついているのかもしれません。特に宮永選手は試合中ポーカフェイスを崩さずにいます。これもまた強靭なメンタルによるものでしょうか。
宮永照「ポーカーフェイス、というのも一つの技術だと思います。精神的な要素もありますが、訓練次第で獲得できます」
――では、宮永選手も最初はそういった技術を持っていなかったと。
宮永照「そうですね。よく意外に思われるんですが、これでも親しい人間からはコロコロと表情が変わると言われているんですよ」
――そうなんですか? いや、想像できませんね。そのような宮永選手は。やはり、友人や肉親の前ですと、言い方は悪いかもしれませんが、年相応の表情を見せると。
宮永照「ええと、一番素を見せるのは……そうですね、友達や両親よりも……」
――よりも?
宮永照「彼氏、の前ですね」
――はい? 彼氏? いえ、宮永選手、それは公にしていいものなんですか?
宮永照「はい、不純なお付き合いをしているというわけではありませんし、私自身プロ志望ではありますが、『アイドル雀士』としてデビューしようとも思っていませんから。私だって年頃の女子高生、そういう人がいてもおかしくはないと思います」
――ああと、その。……では、宮永選手の強さの秘訣として、その、彼氏の手厚いサポートもあってのことということで。
宮永照「京ちゃん……その、彼のことをそう呼んでいるんですけど。彼とは東京と長野の遠距離恋愛で、あまり頻繁に出会えないのですが、それでもテレビやこういった取材を通じて彼が私のことを見てくれているのかなって思うと、心の中に勇気が湧いてくるんです」
――……あー、それは、とてもお熱い仲なんですね。
宮永照「はい。愛していますから」
突然の爆弾発言も飛び出した宮永照選手のインタビュー。彼女の強さの秘訣は支えてくれる恋人の存在もあった? 精神論について語ってもらった前半。続いては宮永照選手の技術論に迫る。後半は五十ページ後。
投擲。
それは人類が生み出した発明の一つ。人は火と投擲を生み出したことにより進化と発展を遂げ、やがて霊長の王に至った。
投げる、放つ、打ち出す。大地を踏みしめる足から爪先へエネルギーは始まり、下腿三頭筋へ伝わり、大腿二頭筋、大臀筋を通過し背筋へ。広背筋、僧帽筋を流れ、腕へ向かう。上腕三頭筋へ繋がり、総指伸筋を突き抜け、伸筋支帯へ辿りつき、やがてその結集が手のひら、指先へ至り、放たれる。
人は、それによって獣を狩った。四足を捨て二足へ至り、純粋な肉食獣が持つ爪牙の変わりに得たのが、「投げる」という動作だった。人間の成りは、それに特化している。
つまり、何が言いたいのか。
つまるところ、彼女を指してこう言いたい。
確かにそれは誹られる行為だった。
確かにそれは投げてはいけないものだった。
しかし、それでもやはり。
彼女のその投擲はその瞬間地球上に至る全ての人類の中で最も美しいフォームで、最も勇ましい勢いをもって、全ての憤怒を叩きつけるようにして解き放たれたものであって、最早そうするしかない、という遣る瀬無さがもたらしたものであるということを鑑みれば、十二分な情状酌量の余地があるのではなかろうか。
例え彼女が白糸台麻雀部部室内床に叩きつけたそれが、出版社から送られてきた貴重な献本であっても、その書かれている中身に目を通せば、彼女自身の立場も相俟って「かくあれかし」と頷くべきものであると理解できるはずだ。
ずぱぁん!
月刊麻雀アイ五月号が部室の床とキスをして奏でた音は到底甘酸っぱいものではなく、炸裂音に似た音だった。
そしてそれは事実、闘争の始まりを予感させる音。
彼女、弘世菫が宮永照に向けて戦争の始まりを告げるゴング……!
「みぃ~やぁ~なぁ~がぁ~……」
地の底から這うような声が部室内に響く。声の主は、誰が発したかについて触れるのは野暮か、あるいは彼女の尊厳に障るか。
とりあえず、釣り少女は「やっべえ」と小さく呟いたあと目を伏せて、おもち眼鏡少女は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにお茶を啜りながら中空を見つめて。
だがアワレ、唯一一人、チーム虎姫において最も彼女との付き合いが短い次期エースがまさに「虎」と化した彼女に触れようとしてしまった。
「あ、あの~スミレ? どうしたのかな~なんて……ひぃっ!」
ぎょるん、と、「虎」の首が少女へ向けられた。暴走した汎用人型決戦兵器めいた動きで射竦められた少女は思わず悲鳴を上げる。
あっ、これヤバイ奴だ。授業でやった奴だ。たしか、三月記?
日頃先輩にわりかし舐め腐った態度を取っている彼女も一度で理解出来る「凄み」がそこにはあった。コワイ! そして人が虎になる文学作品と将棋マンガが少女の中でナチュラルに大分混じっていた。アイエエ!
「淡ぃ……。宮永照を見ていないかぁ……」
やっべえ。
淡と呼ばれた少女はそう思った。語彙も何も無かった。ただただやっべえと思った。そりゃ誠子もそう呟くわ、と思った。
「て、テルー……? きょ、今日はまだ見てないかなーって」
「……ハァー。……そうか。まだ見ていないか……」
深々と息を吐いて、彼女はようやく怒りを吐き出した、かのように表面上は見える。流石に関係のない第三者に当たるほど理性を失っていなかったらしい。だがそれでも淡は理解している。悪戯に突けば破裂するそれだと。吐き出した呼気には死の薫りが燻っていると。不発弾。ただし衝撃を与えたら九割九分九厘炸裂すると。
来て!
そう願うのは生贄を所望するような酷薄さだろうか。否、否だろう。どうせテルーが何かやらかしたに決まってる。だからさっさと部室に来てスミレの怒りを一心に受けるがよい、テルー!
淡はそう願った。
そしてその願いはすぐに叶う。それもそうだ。今は放課後、これから部活。強豪白糸台において平日休みは存在しない! ならばテルーはやがて来る!
こつり、こつり、と、廊下を誰かが歩く音が聞こえる。
ぶわり、と、弘世菫の艶のある黒髪が重力に逆らい始める。さながらジブリアニメめいたその威風。「それあたしのやつ!」と突っ込む一年生は此処にはいない。既に心が挫けているから。
がちゃり。何者かが部室の扉に触れた。扉の窓からシルエットが見える。具体的に言うと、
嗚呼、来た。来てしまった。それが一体廊下の影と部室内の虎、どちらに向けるのが正しいのかは分からないが、ともあれ、来て、しまった、
菫の瞳が鋭く搾られる。狩人の目つきだ。シャープシューターの視線だ。彼女の背後に薄っすらと見える鬼の姿は鎮西八郎かはたまた那須与一か。
扉が、開く、音が響く。
ぎぎぎい、と音を立てている。
淡はあんなに軋んだ音を立てたっけ、と遠くに思考を解放していた。
やがて、思っていた通りの少女が、思っていた通りもっしゃもっしゃとクッキーを貪りながら、部室に顔を見せた。
刹那。
弘世菫の五指が。
宮永照の顔面に。
食い込んだ。
「宮永照ぅ……。お前は一体何をカミングアウトしているんだ……?」
至極真っ当な怒りが、女子高校麻雀チャンプを襲う!
もうちょっと書くかもしれませんねこれ