幼女がISに乗せられる事案   作:嫌いじゃない人

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 やたらと厳ついタイトルになってしまいましたが、今回も話は進みません。
 設定語り的な小話です。


13. 格闘 / 狙撃対剣戟

 パワードスーツ『IS』同士の戦闘(バトル)が一つの競技として成立したのはほんの数年前、アラスカ条約によりISの軍事利用が禁じられた直後の事だった。今でこそ世界中で熱狂的人気を誇るIS競技だが、しかし発起当初は興業として成立するかかなり不安視されていたのだ。

 理由は競技としての観戦手段の不確立。

 もしIS同士の戦闘を生で観戦しようとすれば流れ弾が飛んでくるのは勿論の事、音速で飛行するISが何かに衝突し破片を飛ばすだけでも生身の人間には危険が過ぎる。これまでのスポーツのようにネットやアクリル板で防ぐ、或いは観客の自己責任で済ませるという訳には当然いかない。

 もし本当にIS同士の高機動戦闘を観戦しようというなら、戦闘そのものは何もない不毛の地の上空や海上で繰り広げ、オーディエンスはドローンによる空撮や設置カメラの観測越しに観戦するしかない。リアルでの観戦は諦めTV中継に絞る戦略だ。だがこれではどうにも迫力に欠けるし、観てる側としては限りなくリアルなCGアニメーションと大差ないだろう。むしろカメラワークが最悪という意味ではそれ以下だとも考えられた。

 

 だが非常に幸運なことに、その心配は杞憂に終わる。米国の研究機関によってISのコアに依存しないエネルギーバリアーが開発されたのだ。

 それは各国がISの世界大会開催の是非を協議している最中の出来事。

 アメリカはISのシールドエネルギー発生原理を解明することでコアを必要としないエネルギーバリアーを開発。当初はISと同じように戦闘機や潜水艦、あらゆる緒兵器に搭載することで世界に名立たる軍事強国に返り咲くことを目論んでいた。しかし実現にこそ漕ぎ着けたものの、バリアー発生機構の小型化に難航。空母に搭載可能な大きさにすら至らず、結果としてバリアーの軍事利用は一部の重要拠点の防御に限られる始末。

 その一方で競技としてのISにおいては、ISバトルのリングを形成し観客を守る遮断シールドとして活躍。第一回モンドグロッソの盛り上がりに大いに貢献することとなる。

 

 

 

 

 そして現在、エネルギー式遮断シールドはIS用アリーナの標準的な設備として定着していた。

 最新のドイツ軍IS特殊部隊用訓練フィールドも、当然その例に漏れない。

 今は遮断シールドの設定を武器による攻撃や衝撃だけでなく特定波長の光も遮断するように変更しているため、外部からシールド内部の訓練の様子を覗き見ることはできず、また中にいる人達からも空を仰ぎ見ることはできないようになっていた。

 

 

 ドーム状のバリアーから放たれる光に照らされるフィールドの下で、訓練兵の少女たちはISを用いた組手に取り組んでいた。もちろんこれは(れっき)とした訓練であり、傍らでは織斑教官が監督として目を光らせている。

 訓練兵に与えられたISは《シュヴァルツェア・フェステ》。数は全部で三機。組手では二機を使う。

 数が足りないため順番に乗り込んで使うことになっており、更に破損を避けねばならないため武器を使った試合形式の訓練は滅多に行うことが出来ない。あまり実戦で使う機会のないIS同士の組手を行っているのも、機体の損傷を避けながらISを操作する感覚を磨き研ぎ澄ますためだった。

 

 

 

 ターニャ個人の感想としては、この形式の訓練はあまり好きではなかった。

 小さい体躯のせいでISの動きが制限されてしまうという課題を未だ解決できていない。しかし織斑教官はターニャの演習参加を免除せず、他の隊員と同じように扱う。後塵を拝さないためには人一倍の努力と工夫が必要だった。

 尤も、体躯を理由に特別扱いされてはそれもそれで惨めなので、この待遇に対し特別不満を抱いてはいない。必要な努力量も訓練に志望した自己の責任だとターニャは割り切っている。

 

 

 

 

 今回そんなターニャの組手の相手となるのは訓練兵のメンバーの一人、イヨ・ノマソープ。部隊内で突出した能力はないが、逆に不得手とすることも無い。未熟な精神面を除けば割と模範的な軍人だとターニャは評価している。

 

 

 ISに乗り込み所定の位置から向かい合う二人。

 両者が纏うフェステの右手には唯一使用が許された武器である近接格闘用ブレード《ジスクリンゲ》が握られていた。刃渡りこそIS用小型ブレードとしては標準的なサイズだが、特徴的なのはその形状。刀身の縦方向の幅が異様に長く遠目には肉切り包丁の様な形に似て見えるが、包丁より遥かに厚みがあり、両刃どころか刀身の先端に当たる一辺にも刃が設えられている。ISのパワーを以てして乱雑に扱っても壊れず、それでいて敵に確実にダメージを与えるという意味ではある種の理想形に近い形状とも言えた。

 

 この組手における勝敗の決定条件は相手のシールドエネルギーを削り切ることではなく、明白な初手の一撃を相手より先に喰らわせること。

 つまりは互いが握るたった一つの得物が勝敗を決する鍵なのだ。

 

 

 

 

 

「始めっ!!」

 

 千冬の合図と共に二機のISが組み合う。

 対戦相手の弱点を突くためにイヨは当然にインファイトに持ち込もうとする。だからこそ、その判断を読み切っていたターニャは敢えて前に出た。

 

「なにっ!?」

 

 イヨが突き出したブレードを持つ右腕を抑え込み、彼女が反応するより早く足払いを仕掛ける。

 

 ゴギィン!

 

 ISの装甲脚同士が激突する激しい金属音が響き、イヨのシュヴァルツェア・フェステが体勢を崩す。PICにより自在に宙に飛ぶISは、もとより地に足を付ける必要が無い。しかし人の意識は別であり、突然地表付近で視界が傾けば脊髄反射により受け身を取ろうと判断してしまう。それはISにとっては無駄な動作。

 だがイヨとて伊達にIS訓練部隊に選別され、訓練を耐え抜いてきたわけではなかった。ターニャの予測より数コンマ早くPICを発動させ、喉元まで一直線に迫っていたターニャのブレードを腕の装甲で防ぐ。

 

「―― ほぉ」

 

「くっ!」

 

 イヨは装甲が抉れ火花を散らす様を幻視する。実際は機体の破損防止のためにジスクリンゲの刃にはカバーが付けられていたが、それでも衝撃は通る。訓練であることに救われた事実にイヨは顔をしかめた。

 

 千冬は判定を下さない。有効手ではなく防御の成功と判断された。

 

 ターニャは更に追撃を仕掛けようとするが、イヨはそれより速く倒れた体勢のまま背面飛行のように距離を取る。もちろん組手で大きく距離を取れば訓練の趣旨から外れるため、距離を取り態勢を立て直した直後には再び間合いを詰めなければならない。

 それを理解しているターニャも深追いはしなかった。追撃の構えから流れるように迎撃態勢に移る。

 加速した勢いのまま振り下ろされたイヨのブレードと、迎撃の態勢からコンパクトに刺突として繰り出されたターニャのブレードが激突する。刀身が肉切り包丁の様な形状であるが故に起きた異様な鍔迫り合いは、衝突直後こそイヨが押していたが、しかしターニャを押し切るには至らない。競り合うブレードが完全に膠着した瞬間に、二機同時に撥ねる様に動いた。

 ターニャはブレードを引くと同時に機体ごと身体を前に出し、イヨは更なるジスクリンゲによる一撃を見舞おうとする。

 

 イヨのブレードがターニャの左側面から迫る。

 

「もらった!!」

 

「甘い!」

 

 防御も回避も不可能だと思われたタイミング。しかしターニャは予め左逆手に持ち替えていたブレードでイヨの攻撃を封じる。

 

「なっ!」

 

 ISのパワーアシストは全ての方向に対し有効に働くわけではない。人体の筋肉と同じように稼働できる向きは構造上自ずと限られ、体軸から外側に向かうようなターニャの動きはその点で悪手とされている。

 だが実際に、イヨのフェステの右腕はターニャのブレードにより止められていた。

 

(コイツ、PICをマニュアルで……!)

 

 ISの機体を構成するパーツは非固定浮遊部位(アンロックユニット)を始めとして胴体部分や手足で装甲が独立しているのが標準的であり、改めてその機体の姿形を見れば自立することすら不可能に思えるような造形をしているのが殆ど。そんなISが自由自在に動けるのも、飛行機能としても活用されるパッシブ・イナ―シャル・キャンセラーによって各パーツの配置が相対的に維持されているためであり、ISが腕や脚を動かす時にもオートで発動したPICが人の手足と同様の挙動を可能にしている。

 ターニャはこれを任意(マニュアル)で制御することでPICの干渉域を拡大、イヨの攻撃を防ぐに足るパワーとスピードを補っていた。機体のマニュアル制御自体は珍しい技術ではない。要は()()()()()()()()()()()動けばいいという、ただそれだけのこと。しかし攻防入り混じる近接格闘戦の中、瞬時に戦況を読んで繰り出すとなれば難易度は一気に跳ね上がる。国家代表の中でも、実戦で可能とする者は果たして何人いることか。

 

 それを目の前の幼女が為したということを、イヨはこの数ヶ月の付き合いから抵抗なく受け入れ、反射に近いレベルで素早く対応を練る。マニュアル制御が可能だというのなら、それを前提とした戦い方をするだけのこと。

 しかしその決断が実を結ぶだけの隙を、ターニャは与えない。突き出した右手を同様にマニュアルで制御し、一瞬のうちにイヨのフェステの胸部装甲を掴んだ。そしてその勢いのまま、イヨの脇腹に脚部装甲を膝蹴りの要領で叩きこむ。

 装甲を掴まれたために逃げることも衝撃を逃がすことも叶わずに叩きこまれた体当たりとも見紛う一撃は、ISの操縦者保護機能のキャパシティーを超え、イヨの意識を奪い取った。

 

 それはほんの数秒のことだったろう。

 

 目を覚ましたイヨのハイパーセンサーが捉えたのは90°傾いた大地と、自分に跨りジスクリンゲを首元に突きつける幼女の姿だった。

 

 

 「そこまで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の訓練を終えた後、ターニャは軍宿舎の廊下を歩いていた。

 時折、両肩を回し調子を確かめているのは、午前の訓練で行った組手のせいである。PICのマニュアル制御を使って四肢を動かしたため、肉体の方に少しばかり負荷が掛かってしまったのだ。特に肩甲骨のあたりに違和感が付き纏う。

 

(……まったく、情けない)

 

 確かにマニュアルPICによる四肢の制御は、例えるなら自分の肉体を糸で釣られた操り人形(マリオネット)のように振り回すようなもの。当然扱い次第では相応のリスクはあるが、それでも完璧に制御さえできていれば後々違和感が残るような負担は掛からない筈。つまりはターニャの操縦技術が未熟なのだ。

 体躯による関節の可動域制限というハンディキャップを補うために身に着けた格闘用マニュアル制御だが、この調子ではまだまだ実戦レベルには程遠い。

 

 ターニャはそこまで考えたところでふと、立ち止まった。

 

(……ん? 実戦? イヤ待て待て、実戦を想定する必要などない筈だろう私には)

 

 他の隊員たちはこの訓練を経てドイツ初のIS運用特殊部隊となることを目指しているが、ターニャは違う。大切なのは《越界の瞳》の暴走を抑える術を知ることであり、その過程で必要なのは部隊内でそれなりの成果を出すこと。

 それを今さっきまで失念していた。どうやら訓練兵の一員として織斑教官のコーチングを受けているうちに、少なからず影響を受けていたらしい。

 

 ターニャは自分の勘違いを改め、気を引き締める。

 

 必要以上にISやこの部隊に入れ込むことは回避しなければならない。入隊前に自分にそう言い聞かせていた筈が、気付けば真逆の行動を取りかけていた。

 古くから統率された軍隊の訓練は心身のみならず部隊内の協調意識も同時に高める事を目的とすることが多く、こと近代においては脳科学や心理学の要素さえも組み込んだ綿密なプログラムが活用されている。それに教官役として地上最強(ブリュンヒルデ)のカリスマが加われば虎に翼だ。ターニャ自身は惑わされずとも他の隊員は少なからず織斑千冬を信頼し、それが部隊内の雰囲気として間接的にターニャに影響していたのかもしれない。

 

 ターニャは自身を戒めながら廊下を進む。

 そして扉の開いていた食堂の前を通り過ぎた。しかし視界の隅に映った人物に気付き、数歩後退。扉の陰から食堂の中を覗き込む。

 

(あれはメルセデス女史に織斑教官? 珍しい組み合わせ…… でもないのか)

 

 食堂の席に座っていたのは千冬と、以前ターニャが一度だけ会ったことのあるメルセデスだった。

 二人が相席する仲だとは知らなかったが、考えてみれば両名とも元国家代表操縦者。第一回モンドグロッソでは直接対決をし、織斑千冬が勝利を収めた。

 

 そんな第一回モンドグロッソの結果は、ドイツにとっては苦い思い出である。

 

 ドイツの国家代表操縦者として出場したメルセデス・マスマディス。そして彼女の専用機《ズィルバーン・ヘクセ》は国内外からも注目を集め、この大会に挑んでいた。

 その理由(ワケ)は、この《ズィルバーン・ヘクセ》が世界で初めて非実体型の遠距離攻撃兵装 ――俗に言う『ビーム兵器』を世界で唯一、実戦レベルで搭載した機体であったためだ。厳密に言うならば世界で初めて観測されたISである《白騎士》が既に完成された荷電粒子砲を有していたが、アレはあらゆる意味で例外的な物として位置付けられているため技術史的にはノーカウント。隔絶し過ぎているため技術の進歩としては捉えられないのだ。対してヘクセの兵装は、巨大なジェネレータを内蔵したバックパックと有線バイパスで接続したライフル型の粒子レーザー砲二挺のみ。正に人の手によって作り上げられた武器だった。

 ズィルバーン・ヘクセの機体そのものは小さく、銃身が異様に長いだけのライフルを保持するための腕部装甲と、それに見合った大きさの胴と脚の装甲しかない。スラスターは巨大なタワーシールド型の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の裏側に設置され、その三基のユニットの配置をプログラム制御により操作することでヘクセは高い防御性能と機動力を両立させていた。

 エネルギー兵器という他国より一歩抜きんでた攻撃兵装と、それを有利に展開するために十分な防御力と機動力。メルセデスは優勝候補の一人として目されていた。

 しかし優勝を目指す彼女の前に、織斑千冬という高い壁が立ち塞がる。

 両者がまみえたのはモンドグロッソの総合部門、準決勝。片や刀一つで並居る強敵を切り伏せ、片やライフル二挺でここまで勝ち抜いてきた両者の戦いは正に激戦。だが、それでもやはり操縦者としては織斑千冬が一枚上手であった。ズィルバーン・ヘクセの変幻自在の機動性に追従する適応力と、アンロック・ユニットのプログラムパターンを見切り防御の隙間を正確に衝く洞察力。加えて機体の相性が最悪だった。エネルギーを無効化する、IS《暮桜》の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)《零落白夜》。その一振りでヘクセの攻撃は掻き消されてしまうのだ。結果、圧倒的な実力を持つ対戦相手に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という想像し難い不運が重なったメルセデスは、準決勝で敗退となる。

 

 そんな少し複雑な事情はあれど、それ以外でも以前から国際交流の場などで付き合いがあった二人だ。それを考えればわざわざドイツに来た千冬がメルセデスと会うのはむしろ自然だろう。

 

 

 まあ、なんであれターニャには関係のないこと。

 食堂には二人の姿しか見えない。国家の威信を背負い戦った強者二人が顔を合わせているのだ。流石にわざわざ同じ空間に居合わせたいと思うミーハーはこの基地にはいない。

 

 ターニャとてそれは同じだ。

 ゆっくりと踵を返し、静かにその場から立ち去った。

 





 最後に登場した国家代表二人の会話は本当にターニャとは関係ないので、特に何かの伏線ということはございません。本当にただ出てきただけです。


《ズィルバーン・ヘクセ》……ドイツの第一世代型IS『白銀の魔女』。逃げと防御を徹底しつつ自分は盾の向こう側から撃ちまくるという基本の戦法からして卑怯な機体だが、世界初のビーム兵器搭載型ということで今でも根強い人気がある。IS事業に乗り出したストラヴェルケは当初『白銀』と『黒』二つのISブランドを打ち立てたが、『白銀』シリーズは本機後継の第二世代型開発途中に他国との差別化を理由に開発を中止、以降は『黒』のみに注力。本機はメルセデスが国家代表を引退後コアを抜き取られストラヴェルケの倉庫に眠っていたところ、彼女に買い取られる。現在はメルセデスの自宅の居間に飾られており、酒の肴として活躍中。


 以前なんかの本かネットで見た『設定は盛るのではなく削るべし』という話、本当にその通りだと思うし心掛けた方がいいと思ったけれど、全く実践できないので諦めました。
 なのでストーリーに特に絡まない設定が今後も続くと思います。ご容赦ください。

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