幼女がISに乗せられる事案   作:嫌いじゃない人

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 今回でようやく原作ヒロイン登場。
 ちなみにアニメ版ターニャとISキャラの絵柄が違い過ぎて絵的にイメージし辛いという方には、幼女戦記のコミカライズ版を画像検索することをオススメします。作者もちょくちょくコミカライズ版の絵でイメージしながら執筆しておりますので。


7. 完成された妹

『―― 砲手スタンバイ良し。デグレチャフ試験要員、そちらは如何ですか?』

 

「こちらデグレチャフ。残念ながら問題なし。いつでもいける」

 

『了解。干渉透過型電磁砲槌《ドラング》最終確認に移行。エネルギー充填完了。排熱孔閉鎖。いつでもいけます』

 

『カウントを開始しろ。3からでいい』

 

『10から始めます。9,8,7,』

 

 

(この時間が嫌なんだよなぁ……。逃げだしたい)

 

 

『3,2,1 ―― 照射』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうかね? デグレチャフ君」

 

「最悪ですよ。兵器の試し撃ちに使われてそれ以外の感想がございますか?」

 

「結構。さてここからは問診だ。お互い真面目に語り合おうじゃないか」

 

 

 IS《シュヴァルツェア・フェステ》に乗ったターニャの周りを複数の研究員が囲い込み、専用の電子機器を使って機体に蓄積したダメージを計測する。

 

 

 本日ターニャが的となった対IS用兵器の名は《ドラング》。『電磁砲槌』というターニャが見たことも聞いたこともない兵器にカテゴライズされる。

 外観は装甲車両一台分ほどのごちゃごちゃした機器の先端に、直径3mほどのレドームのような白い円盤が付いている、怪しさ満点の代物。

 その円盤部分からISのシールドバリアーのようなエネルギータイプのシールドを無効化する特殊な電磁波を、疑似的な衝突エネルギーが伴うほどの出力で照射することで敵ISの行動を阻害する装置である。

 欠点があるとすれば、無効化するための特殊電磁波の波長が各ISやバリアー発生装置によって異なるため、十分な機能を発揮するためには事前のデータ収集が必須となることだろう。

 

 

 装甲の歪みや内部回路の異常が無いか観察されながら、ターニャは頭に被った防護用のヘルメットを外してもらう。そして喰らった感想をドクトル・シューゲルに伝えた。

 

「戦闘継続能力に不調をきたすような身体的異常はありません。ただ命中直後は確実にダメージを受けています」

 

「その点を詳しく」

 

「…… 内臓や脳を揺らされる、著しい不快感。それと一瞬ですが視界が途切れたような記憶があります」

 

「ふむ。モニター係、照射時に被検体のバイタルに異常はあったか? ブラックアウトの形跡を調べろ」

 

『はい……。確かに命中の瞬間、一秒足らずですが脳波がブラックアウトに近い数値を示しています。その直後の異常な変化による脳波の持ち直しには、ISの操縦者保護機能による干渉が見受けられます』

 

「よろしい。念のためデグレチャフ君には後で精密検査を受けてもらう」

 

「シューゲル主任、機体検査終わりました」

 

「ご苦労、結果は?」

 

「装甲、内部構造ともに破損の形跡は見られません。砲槌と呼ぶには名ばかりの衝撃(インパクト)ですね。殆どPICの自律制御によって相殺されています」

 

「今はそれが限界だろう。これ以上の出力は装置も操縦者も危険だ」

 

「操縦者に影響が出たのは、純粋に機体のハードより人体の内部構造が脆いからだと考えてよろしいですか?」

 

「それが妥当だろう。デグレチャフ君、もう降りてもかまわんよ」

 

 ターニャは機体をしゃがませると、慣れた様子でその装甲を滑り降りる。

 

「体に異常は無いかな? ISの操縦者保護機能から離れたことで影響が出るかもしれん」

 

「感覚的には異常はありません。このまま医務室に向かいます。―― ああドクトル」

 

「? なにかね?」

 

「今度の休日、再び生体研究所に行くつもりなので一応知らせておこうかと」

 

「安息日だ。教会で祈るも家族と語り合うも君の自由。好きにしたまえ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ちょうど良かった。C-〇〇一一、君を探していたんだ」

 

「?」

 

 C-〇〇〇一の見舞いに来た帰り、研究所のエントランスでターニャは一人の職員に呼び止められた。見れば、ターニャがここを出る前に何度か見かけた顔だ。

 

(確か…… 下っ端のカールだったか?)

 

 幸薄そうなおかっぱ頭の青年、カールは呼びかけたターニャのもとへ駆け寄ってくる。

 

「いや君がちょうど今日ここへ来ていると聞いてね、主任が連れて来いって言うんだ。もう帰っちゃったかと思って焦ったよ」

 

「はあ。それで如何なるご用件で?」

 

 『私はもはやこの研究所の人間ではないのですが』という言葉は飲み込む。筋が通っていても流石に反抗的すぎる。

 

「まあとりあえず僕について来てくれ。あまり遅くなると僕がどやされる」

 

「分かりました」

 

 ターニャはカールについて研究所の廊下を歩く。ターニャにとってよく知った通路だった。この先には座学用の教室と室内運動場があることも記憶している。

 てっきりお偉方の部屋に向かうと思っていたターニャはカールに質問する。

 

「それで、私が呼ばれたのは一体どのような用件か、現地に着くまでに教えていただけないのでしょうか」

 

「ああ、いや。〇〇一一にはこれから組手の演習をしてもらいたいんだ。君は同じ世代の中では一番組手の成績が良かっただろう。だからそれを見たいっていうお客さんが来ててね」

 

「わかりました。本研究所の威信をかける覚悟で全力で取り組ませていただきます」

 

「いやそれは…… まあいいか。ほら着いた」

 

 室内運動場の扉を開き、二人が中に入る。室内では二人の先客がターニャたちを待っていた。

 一人はデザインチャイルドに関する研究の主任。名前はカスパー・フォン・タイヒマン。

 もう一人はターニャの初めて見る少女だった。しかしその姿はついさっきまで会っていた少女によく似ている。遺伝子調整個体特有の輝くような銀髪に、兎を思わせる真っ赤な瞳。そして人形のような顔立ち。

 

(C-〇〇〇一によく似ている……。彼女も遺伝子強化試験体か)

 

 しかし見た目の年齢的には地下の少女より一回り上の様に感じる。ということは彼女よりも一つ前の世代と考えるのが妥当だが、第零世代など見たことも聞いたこともない。

 既に彼女は格闘専用のウェアに着替えていた。腹筋や腕の筋肉を見る限りでは隆起こそしていないものの、幼いターニャより明らかに筋肉量が多く絞り込まれている。

 

 身体的な成長の差による不利は大きく油断できないとターニャが考えていると、カスパーが叱責の声を上げた。

 

「遅いぞ! いつまで待たせるつもりだ!」

 

「す、すみません。今彼女もウェアに着替えさせますので」

 

「遅いと言っている! その服のままでやれ!!」

 

「……わかりました」

 

 頭ごなしに意見を押さえつけられ黙ってしまったカールに代わり、ターニャは不承不承に承諾する。

 しかし、今の服装が格闘戦に向いているとも思えなかった。

 まず靴と靴下を脱ぎ、ズボンのポケットから小物を取り出す。ズボン自体は日頃から動きやすいものを意識して身に着けているためこのままでも問題ない。

 問題があるとすれば上に着ているシャツだ。インナーもそうだが襟が広いタイプである。これでは容易く襟元を取られてしまうだろう。

 

 ターニャはそのリスクと素肌に攻撃を受ける痛みを天秤にかけ、後者を取った。

 シャツとインナーを脱ぎ捨てる。

 

「これでいい」

 

 呆気にとられるカールをよそに、ターニャは組手の訓練用スペースに歩を進める。

 それと同時に運動場の端々に設置されたカメラが、彼女の動きを追った。今回の組手はおそらくこのカメラの向こうにいる相手に見せるためのものなのだろう。主任の焦りを見るに軍の関係者か。

 床に薄く張られたマットが足裏に張り付く感覚が、どこか懐かしく感じられる。

 

 

 

 ターニャと銀髪の少女が所定の位置で向き合った。

 

 ターニャは半身の構えを取る。油断なく、身長の関係から見上げるように睨みを利かせる。

 対して銀髪の少女は一見して構えには見えない脱力の姿勢を取った。あらゆる動きに派生・対応を可能とする脱力した構えは達人の域に達しているが、その眼だけは達人の心構えからは遠く、明らかに対戦相手を見下していた。

 

 試合開始のランプが点灯する。並んだ三つの丸いランプ、緑が二つに赤が一つが端から消えていく。

 そして赤いランプが消えて開始のゴングが鳴ると同時、両者が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ここは?」

 

「あ、気が付きましたか。流石に回復が速いですねぇ」

 

 ターニャが目を覚ますと、そこは医務室のベッドの上だった。

 ズキズキとした痛みによって、これまでの経緯を思い出す。

 

「負けたのか」

 

「接戦でしたね。見ている方も熱くなってしまいましたよ…… ああっ! まだ安静にしていた方が!」

 

「問題はありません」

 

 ターニャは痛みを堪えながらベッドから抜け出し、その端に腰かける。

 身体の状態を確認しようと動かすとやはり随所に痛みが走った。流石に骨や内臓には影響はなさそうだが、至る所に痣や内出血ができている。一番ひどい右頬の腫れにはガーゼが当てられていた。

 

「……いや、この様じゃ問題なしとは言えないか。まったく惨敗だな」

 

「そんなことないですよ! 最後の絞め技が決まったときなんて、僕は勝ったと思いましたもん」

 

 確かに、終盤ターニャが仕掛けた裸絞はターニャ自身完璧に決まったと思った。それまでの不利を全て布石としただけあって鮮やかに相手の頸動脈を絞め上げ脳への酸素供給を遮断したはずだった。

 しかしそれでも相手は失神しなかった。大の軍人ですら優に気を失うだけの時間が経ったにもかかわらずその意識は健在。それどころか長時間の絞めに疲弊し始めたターニャの腕は剥がすと一転、攻勢に出た。

 リーチを活かしたシステマスタイルの打撃によって一方的にターニャを圧倒、気を失うまで一方的に殴り続けたのだ。

 

「ありがとうございます。カール研究員。しかし慰めは必要ありません。おおよそブランクで絞めが緩くなっていたのでしょう……。ところで、そろそろ私を倒した者の正体を教えてもらえませんか?」

 

「え? 言っていませんでしたっけ?」

 

「聞いてないですよ。私の同胞だろうと察しは付きますが見たことない顔でした」

 

「まあ、初めて会うのは当然でしょう。なにせ彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒが生まれたのは〇〇一一 ……じゃなかったターニャがここを出てからですし。だいたい半年前かな?」

 

「……は? 待ってください! 半年? どう見ても私より年が上でしたよ!」

 

「うーん。なにから説明すればいいのか。えっと、そもそもこの遺伝子強化兵計画…… あ、兵って言っちゃった。まあいいや。この計画の目指すところ、その完成形の一つ『最強の個』こそが、あの『ラウラ・ボーデヴィッヒ』なんです。元々、遺伝子の操作によって兵士として十分な素質を持った個体を生み出すという案は古くからありました。ですが本研究はそこからさらに踏み込み、培養槽の中で肉体を一定レベルまで成長、電気的刺激によって脳内に言語などの基礎知識を埋め込むことで、正真正銘の生まれながらの兵士を作り出すことを目的にしています」

 

「……訓練すら不要か。それは画期的…… いえ。次世代的とでも評すべきでしょうか」

 

「いえ、訓練は必要です。脳内の『知識』を肉体的な『技術』に昇華する必要がありますし、一個体として優れていても組織で動く軍隊で活躍できるかは、また別の話ですから。まあ主任たちはいずれ本当に訓練のいらない、誕生即ロールアウトの軍人を作ろうとしているみたいですよ」

 

 事態はターニャの想像の上を行っていた。

 戦争でもなしに人間性がここまで喪失させられるとは、前世の経験からは全く想像できない事態だ。

 

(悍ましい。倫理観の形骸化だ。某大作スペースオペラのクローン兵とまるで同じではないか。オーダー66が発令される想像力すら持ち合わせていないのか?)

 

 しかし一方で納得できる点もある。要するに、軍や政府の御偉方はデザインチャイルドの兵士によって、質だけでなく量も補おうとしているのだ。

 この時代におけるドイツ軍は徴兵ではなく志願制を採用している。徴兵制度では国民の反感が強く、軍隊でも士気や統率の維持が困難だからだ。しかしその志願制も今日(こんにち)では暗礁に乗り上げていた。

 理由はISの登場。現状、軍のISへの対策は十全と言い難く正面切ってISと衝突すれば一方的に蹂躙されるのは目に見えている。そして年端もいかぬ子女に敗北する軍隊に憧れる若者などいないのだ。

 しかしそんな強いISであっても、多岐にわたる軍隊の役目を補い兵員不足の穴を埋めることなど到底不可能。頭数も不足している。ISで戦闘には勝ててもISだけで戦争に勝つことはできない。それは航空魔導士として活躍したターニャが一番よく知っている。

 

 これは各国が抱える問題だったが、どうやらドイツは工場から出荷される兵士によってその頭数を補う方針を定めたようだ。

 

「…… しかし、となれば私は(よわい)半年もいかない赤子に負けたということですか」

 

「いやそこは気にするところじゃないですよ。ラウラはターニャと同じ基礎遺伝子配列に、今までの全個体をサンプルに組み上げた最高精度の強化加工を施した個体ですから、負けて当然です」

 

 カール研究員はこう言うが、ターニャは間違いなく自分に対する評価が下がったと確信していた。

 なにせ相手は生まれて半年。肉体や性能の面ではターニャを上回るかもしれないが、それでも本来はハイハイも出来ない首も座らない赤子である。

 それに手も足も出ずに負けたとなれば決して良い目では見られないだろう。遺伝子強化試験体最良の成績を保持したという経歴も無くなったと考えるべきだ。

 

 ターニャは以前より自分の価値が下がったであろうこれからの日々を考え、気が重くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これは一体どういうことか説明してもらおうか」

 

 研究所の応接室。

 椅子に腰かけたコンラート・フォン・リップマン大佐がカスパー主任を問いただしていた。彼が指す"これ"というのは先の組手の顛末である。

 結果はラウラの勝利に終わったが、それは二人の戦いの一部始終を観戦していた大佐にとって納得できるものではなかった。

 

 軍人の一睨みを受けたカスパーは臆しながらも必死に反論する。

 

「し、しかしラウラ・ボーデヴィッヒは勝ちました!」

 

「それで?」

 

「C-〇〇一一は怪我を負いましたがラウラには目立つ傷一つありません。これは完全な勝利です」

 

「そうか。これを見てもそう言えるのか」

 

 そう言って大佐がモニターに移した静止画は、先の組手でターニャがラウラを絞めるシーン。普通の軍人同士の試合なら既に勝負が決まっているところだ。ラウラが耐えられたのは遺伝子強化による身体の基礎的能力向上の恩恵に他ならない。

 

「い、一度不利な状況に落ちても耐え抜くことが重要です! 身体的優位もラウラの実力の内だと、そう評価していただきたい。事実あらゆる数値は水準を大幅に超えて満たし、試作型との試合も結果を見れば完全な勝利です。ラウラ・ボーデヴィッヒになんら問題はありません!」

 

「…… やがて凡俗の集団ではなく、強大な個を有する者が覇権を握る時代がやってくる。ドクトル・シノノノとブリュンヒルデの登場はその兆しだ。ドイツが後れを取るのは我慢ならん」

 

「承知しております」

 

「先の言葉、信じるぞ。下がれ」

 

「はい。失礼します」

 

 カスパーは応接室を出る。廊下にはラウラが直立不動の姿勢で待機していた。

 

「…… 失態だな。よくも私に恥をかかせてくれたものだ」

 

「申し訳ありません。ですがあの試作型にも私は勝ちました。軍事行動は結果が第一です」

 

「黙れ。今日から訓練を増やす。お前が研究所を出るまでに今日のことは無かったことにするぞ」

 

「はっ!」

 

 カスパーは大佐からの叱責によって生じた苛立ちをラウラにぶつける。明らかな八つ当たりだが、ラウラは大人しくカスパーの後を付いて歩く。

 正に人形だと、カスパーは思った。

 しかしその印象が先入観となり、彼はラウラの拳が小さく震えていることに気が付けなかった。

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは人形ではない。教育によって歪みこそすれど、生まれついての感情はしっかりと持っている。

 そして今の彼女の胸中を占めるのは、燃え滾るような怒りだった。

 

 

(―― C-〇〇一一。私の存在意義を穢した貴様を、私は許さない。絶対に、許してなるものか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…… ヘックシ!」

 

「おや風邪ですか。上裸で喧嘩なんかするから風邪をひくんですよ」

 

「違う。ちょっとくしゃみが出ただけです。大方、どこかの誰かが生後半年の子供に負けた鈍間(のろま)のことを笑っているんでしょう。……ラウラとかいうヤツは勝ち誇っているな。そうに違いない」





 『ラウラ・ボーデヴィッヒ』……皆さんご存知、ISのヒロインです。ちなみにデザインチャイルドとして赤子から生み出されたのか、或いはそこそこ成長してから生み出されたのかは原作ではよく分かっていません。特に言及がないため普通に考えれば前者なのですが、アニメのシーンを見るかぎり後者の疑いもある、という感じです。一応本作ではこのような設定で書き進めさせていただきます。偶に『ボーデビッヒ』と打ち間違えます。

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