アイ・フォー・アイ【完結】   作:ジマリス

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 事実と真実は違う。

 様々な情報の中から必要なものを見つけ、現場で本当のことを知る仕事についていた俺にとって、そんなことは百も承知だった。

 たとえ国が必死に隠す記録でさえ、それが真実であるかどうかなんて保証はない。個人が語る物語なら特に、感情や偏見が混じってしまうぶん歪められかたは尋常じゃない。

 時代が経るごとに、語る人間によって都合よく、もしくは好き勝手に変えられていく物語に意味はない。

 ケイはそのことをよくわかっていた。だから、最低限のことしか語らなかったのだ。

 自分の目で見て判断することの重要さが、俺と直に話した理由だ。ベクター・ソーンがどれほどの復讐心を持っているのかを見定めるために、あの場で顔を突き合わせた。

 はたしてそれは、満足のいく結果だったのだろう。あのとき俺が感じた既視感は、彼女も感じていたはずだ。

 まるで自分を見ているようだった。生きる理由は復讐しかない。心に負った傷に苛まれながらも、俺たちは戦うしかない。

 失ったものは戻ってこない。それでもここで止まることなんて、許されはしないのだ。

 いたずらに増えていく痛みを癒すための戦いでも、やめてしまえば意味をなさなくなってしまう。

 それが怖くて、俺たちは戦う。これ以上何かを失わないように、誰かのものを奪いながら。

 だけども、俺が復讐する相手は女神で間違いないのだろうか。世界を相手に人を殺していくのに、間違いはないのだろうか。

 パープルシスターと話して、彼女にも悩みがあることを知った。

 目を逸らしていたことを知ってしまったのだ。女神だって、ただの一人の少女であることを。

 

 

 

 全身の痛みに苛まれながら、目が覚めた。

 捕らえられた時よりも、ドラゴンに襲われた後よりも身体が悲鳴を上げている。ひどい頭痛も襲ってくる。

 首を動かした。綺麗な部屋だ。しかし病院ではない。

 物がいくつか置いてある。そのほとんどが音楽系のものだった。コンポにマイク、部屋の隅にあるのは形状からギターの入れ物だということがわかる。

 誰かの部屋だ。

 身体を動かそうとして、うまく動かないことに気づく。他人のもののように脳の指令が伝わらない。そのくせ、痛みだけははっきりと感じられた。

 焼きつくような痛みのせいで、意識が無理やり現実に引っ張られる。再び昏睡することを許してはくれない。

 ごとり、と大きな音を立てて何かが落ちた。

 俺の身体だ。

 フローリングがいつの間にか目の前にあるのを自覚して、そう思う。

 立とうとして、先ほどまで寝ていたベッドに片肘をついたところが限界だった。それ以上身体が動かない。

 不意に誰かの手が俺の身体を支えた。柔らかく、しかし力強い手だ。

 その力を借りながら、俺は上半身、そして足に力を入れてベッドに腰掛けることが出来た。

 

「大丈夫ですか?」

 

 手助けしてくれた女性を見る。

 青い髪の少女が可愛らしい少女が心配そうにこちらを覗きこんでくる。

 俺はこいつを知っている。

5pb.(ファイブピービー)というリーンボックスのアイドル。

 以前、この女がらみで仕事をしたことがある。犯罪組織に狙われた彼女を守るための任務を任されたことがある。

 

「あの、聞こえてますか?」 

「ああ」 

 

 喉を絞って、やっとそれだけ言う。

 

「女の子が近くにいたボクを呼んだんです。助けてって」

 

 ナタリアだ。助けるべき対象に助けられた。そして生き延びた。

 あれだけの銃撃を受けてなお、俺にはまだ死は許されていないのか。

 

「あの、ベクターさん、ですよね」

 

 声を出そうとして、叶わなかった。頷いて応答する。

 あの仕事で話したのはそれほど長くない。しかも、5pb.は極度の人見知りで、俺とは目を合わせなかった。なのに俺を覚えている。

 アイエフといい、人の記憶はそれほど曖昧なものでもないみたいだ。

 

「お久しぶりです。ボクのこと、覚えてますか?」

「5pb.」

 

 忘れるわけはなかった。あの任務は俺にとっても珍しく、激しい戦いだった。

 負の力を弱め、正の力を助ける彼女の歌は、犯罪組織にとって目障りなもので、教会側にとっては逆転のカギだった。

 それゆえに、彼女が狙われていたときは四国合同で事に当たったものだ。

 

「何があった。ナタリアはどこだ」

 

 額に手を当てて、俺は問う。しかし、5pb.は首を横に振った。

 

「わかりません。傷だらけのあなたを、女の子……ナタリアちゃんが引きずろうとして……」

 

 それで、偶然近くにいた5pb.に助けを求めたのだ。

 

「ナタリアはどこだ……!」

 

 繰り返す問いにも、彼女は首を振る。

 

「あなたをここに運んだあと、どこかに行きました」

 

 それを聞いて、俺の脳はまたしても無理やり身体を動かそうとした。

 

「だめ、だめ……です」

 

 5pb.が俺を押しとどめる。

 

「ナタリアちゃんに言われたんです。あなたを休ませるように」

 

 そのナタリアがここにいなければ、俺がここにいる理由もない。

 ぐっと立ち上がろうとしても、5pb.に無理やり寝かしつけられる。

 抵抗もできないほど、俺の身体は弱りきっていた。

 

「今はただ、休んでください」

 

 その言葉に誘われるように、俺は眠りについた。

 

 

 

 昏睡と覚醒を繰り返して、三日経ったころには、ようやく歩けるくらいに回復していた。

 その間、5pb.は決して俺を外に出すことはなかった。

 

「今日は食べられますか?」

 

 呻きながらテーブルに座る俺に、粥を持ってきた5pb.。

 彼女の持つ特異な能力、それだけでなく献身的な介護がなければ、ここまで早く回復することもなかっただろう。

 

「ああ」

 

 スプーンを持って、湯気の立つ粥をひとすくい、喉に流し込むようにして食べる。

 久しぶりの食事が食えたことに、唾がわいてきた。せわしなく手を動かして貪る。

 

「美味い」

 

 腹が減っては戦はできない。なにより暖かい食事は身体に活力を与える。

 俺の回復を見て微笑みながら、5pb.は空になった食器にもう一杯入れて差し出してきた。

 礼よりも早く、俺はそれを頬張る。

 

「よかったです。ここまで元気になって」

 

 5pb.は俺の向かいに座り、同じく粥を食べる。

 

「俺の銃は?」

「秘密です」

「煙草は」

「秘密です」

 

 この三日間、5pb.はがんとして武器どころか、持っていたものの場所すらを教えない。知らせてしまえば、どこかに行ってしまうことを分かっているのだろう。

 歩くことが出来るようになったが、逆に言ってしまえば歩くのが精いっぱいなのだ。痣だらけの身体は、戦いができるほど激しく動けない。

 この前のような銃撃戦になれば、たちまち蜂の巣になってしまうだろう。

 それでも俺は止まることはできない。俺はまだ、ナタリアに生きるということを教えられていない。犯罪神の器でもなく、女神への復讐の手段でもなく、彼女が彼女として生きていられる場所へ連れていきたい。

 そのナタリアに言われて、5pb.は俺を戦いから遠ざけている。

 いてもたってもいられない俺を宥めるように、彼女は落ち着いた表情で接する。

 その強い意志に根負けして、俺は話題を変えた。

 

「アイドルはまだ続けているのか?」

「はい」

「このリーンボックスで?」

「ベール様が遺したこの国を離れるなんて、ボクにはできませんから」

 

 そう言って浮かべたのは、悲しい笑みだった。

 何度か5pb.のライブを見たことがある。大きな歓声と照るライト、それが作り出す熱、その中でも燦然と輝く彼女の姿はまだ目に焼き付いている。

 まるで星だ。そう思った。

 人間の持つ喜怒哀楽を表現しきった彼女を見た者は、笑顔、感動、興奮、憧憬、様々な感情を現した。5pb.が心の底から楽しんでいるからこそ、できることだと俺は感じていた。

 だが、その彼女の先ほどの言葉は、まるでやらなければいけないことのように「アイドル」を語った。

 リーンボックスのアイドルである5pb.は、今でもこの国の象徴だ。

 だからこそ、この国を放すことが出来ないのではないか。リーンボックスの偶像である彼女は、同時に人々と自分に縛られているのだ。

 女神と似ている。

 人の希望を背負って歌うことは、5pb.にとって重荷になっていやしないか。努力して手に入れた彼女の夢が崩れてしまってはしないか。俺は問わずにはいられなかった。

 

「わがままを言えたらいいんですけどね」

 

 5pb.はそんな言葉をこぼした。

 それが俺に確信を与えた。さっき思ったことは、そう間違ったことでもない。

 

「あれから何があったんだ」

 

 俺が聞いてるのは、女神が捕らわれてから、女神が死ぬまでの空白の三年間。

 犯罪組織を相手に奔走していた期間のことだ。

 

「女神様たちが捕まってから、その妹さんたちと旅をしていました」

 

 俺は驚いた。

 彼女もまた、アイエフと同じように女神救出の旅の一員だったのだ。

 

「少しは変われると思ってました。だけど、少し世界に触れただけで、ボクの弱さは変わりませんでした」

 

 ゆっくりと食べ終わったあとの食器にスプーンを置き、膝の上で拳を固める。

 身体が震えていた。

 

「ボクは無力だ……」

 

 人見知りが直ったのは、変わった証拠だ。だけども、5pb.はそこまでいっても自分の成長を認めなかった。誰に何を言われようとも、努力と経験を否定せずにはいられなかった。

 女神についていき、そして生き残っていること自体が、彼女の強さを示していた。

 それ以上に空虚な何かが心の中を占めている。

 

「見たんだな、その目で、女神が死ぬところを」

 

 声もなく頷くとともに、身体の震えが大きくなった。何かを喋ろうとしても、涙と嗚咽が邪魔をしている。

 俺でさえ、死んだという事実と骸だけで心をかき乱され、地獄に落とされた感覚がしたのだ。

 チカが話したような凄惨な事件を、目の前で目撃してしまった彼女の心情は察するにあまりある。

 それでも、彼女はグリーンハートのいた世界を守ろうと戦っている。彼女ができることで、できうる限りの力をもって。 

 その身一つで。

 

 

 

 窓の外から見える景色は、荒れていない程度に手入れされている庭だけだ。それがむしろ寂しい。自分が壊れてしまっていくことを見て見ぬふりするような状態。ギリギリのところで踏ん張っている5pb.の状況を、そのまま表しているようだった。

 5pb.の家は間取りが広く、部屋も複数ある。一人暮らしとしては豪華だが、歌やダンスの練習場所も兼ねているとのことだ。いくつかの部屋は防音仕様になっているのだろう。

 これだけ大きな空間を、いま彼女はどれだけ使えているんだろうか。

 俺たちはモニターを見ていた。映っているのは、歌って踊る5pb.の姿だ。

 過去を収めたディスクはたくさんあるが、療養を強制されているいまなら時間はたっぷりある。

 

「あのときはデビューしたてだったな。いまじゃ、すっかりプロだ」

「ちょっと恥ずかしいかも」

 

 隣に座る5pb.が、少し俯いて頬を掻いた。

 

「見られる仕事だろ」

 

 それとこれとは違います。そう呟いて、頬を膨らます。

 仕事をしている姿を知り合いに見られるのは気恥ずかしいものがある。それは、一般論としては頷ける。アイドルもそうだというのは初めて知った。

 二つ目のディスク、5pb.がリーンボックスで行った大規模なライブのDVDを再生する。

 この時は確か、女神が捕らわれて犯罪組織の活動が活発になっていた時期だ。女神候補生が立ち上がり、旅をしていたころでもある。

 どん底に突き落とされても、希望を持っていたから戦っていたはずだ。今は?

 

「ボクのステージ、実際に見てくださったんですよね」

 

 モニターから目を逸らさずに、5pb.が言う。

 

「ああ、招待されたときと、警備のときで何度か」

「控室には来てくれませんでしたね」

「俺が個人としてお前を訪ねたと知られたら、リーンボックスの兵士がこぞって押し寄せてきてたぞ」

「でも、少しくらいは顔を見せてほしかったです」

 

 そのことは知っている。5pb.から送られてきた手紙には、チケットとともに彼女直筆の文もついてきていからだ。どちらかというと、チケットのほうがおまけか。

 

「ボク、人見知りが激しくて、話せる知り合いって少なかったんです。だからベクターさんに話したいことがいくつもあって……」

「買い被りすぎだ」

 

 お前の話を聞いて、何か気の利いたことを言えるほど、面白い人間じゃない。それほどお前に近い人間でもない。

 周りにはもっと話ができる人間がいるはずだ。

 

「このとき、何千人とお客さんがいたんです。だけど、この人たちはステージの上に立っているボクしか知りません」

 

5pb.はサイリウムを振る人々を指差す。

 

「人って、誰かを見るとき、何かのフィルターを通して見ることがほとんどなんです。グリーンハート様を見るときは女神様として、チカ様を見るときは教祖様として。ボクはアイドルとして見られました。それを望んでたはずなのに、いざそれを感じてしまうと、どうしようもなく寂しく感じるんです」

 

人に触れる機会が多いからこそ、孤独を感じてしまうのだろう。その孤独を誰かに癒してほしかった。しょうもない話、例えば最近あったことや食べたもの話の中で。

同じようなことを感じていた男を知っている。

本当は聞いてほしいことがあるくせに、誰にも理解できないと決めつけて、話しても何も変わらないと抱え込んで、自ら他人を遠ざけた。

そこから、どれだけ進めただろうか。

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