アイ・フォー・アイ【完結】   作:ジマリス

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 動けるようになるにつれて、心はざわめいていく。癒えた身体は早急に動きたがる。

 理性で抑えつけているぶん、いつ爆発するかわからない。

 目を瞑るたびに襲い掛かってくる過去から逃げるように、そわそわと落ち着かない。

 俺は何をしてるんだ。何のために生きて、何のために戦っているんだ。

 どこを進んでいるのか、どこに進んでいくのかもわからず、俺は何のために引き金を引くんだ。

 五十三人。俺が殺した人間の数。

 血が、死体の感触が、死の感覚が消えない。奪った命が魂に重りをつける。生きていることが信じられないほど苦しくなる。

 外に出て、煙草を咥え、火をつける。

 父と同じようにこれを吸えば、少しは近づけるかと思った。身体を悪くするこいつが、死へ近づかせてくれると信じた。

 結局、両方とも叶わない。

 風にさらわれた煙がどこかへ飛んでいく。それを生み出した俺を置いて。

 万全とは言えないが、回復した身体に許されたのはこれだけだ。

 

「リーンボックスには何の知らせもありません。あなたがいたことも、逃げたことも」

 

 一本吸い終わったタイミングで、5pb.が横へ並ぶ。

 

「今ならここを出ていけます」

 

 5pb.にお世話になっている間、チカはまったく動きを見せなかった。あれだけの大人数を失っておきながら、俺を探そうとする気は一切ない。

 あの紫色に光る弾丸が俺の手に渡ったことが彼女にとって重要なのだ。俺が女神を殺しさえすれば、あとはナタリア……いや、犯罪神を滅することだけが必要になる。

 5pb.は俺を家の中に招いて、机に並べたものを示した。俺の持ち物だ。俺が手を伸ばそうとした瞬間、彼女は銃の上に手を置いた。

 

「本当なら、あなたを行かせたくありません」

 

 握りつぶそうとするくらいに強く銃を掴んで、5pb.は訴える。

 

「身体じゅう痣だらけで血を流して、少しも動かないあなたを見て、ボクがどう思ったか、ナタリアちゃんがどんな顔をしたかわかりますか? あなたが傷つけば、悲しむ人がたくさんいるんですよ」

 

 そんなこと知るわけがない。俺はただ殺して、殺して、殺し続けるか殺されるのを待つだけだった。

 だが、5pb.はそんなことを言っているわけじゃない。兵士ではなく、暗殺者でもなく、俺をベクター・ソーンとして見てくれている人間がいることを説いているのだ。

 親も妹も死なせてしまい、人を殺してきた俺にかけられるはずもないと思っていた言葉と感情が向けられ、戸惑った。

 もう戦わなくていいと言われたような気分だ。

 だが、殴られ、叩かれ、撃たれ、それでもなお生きる俺には、戦い以外の道はない。

 それ以外の道を知らないわけじゃない。まだ終わっていないからだ。

 

「それでも俺は戦うしかない」

 

 復讐のために始めた旅は、もう一つの目的を生み出した。

 ナタリアに人間とはなんなのかを教えると約束したんだ。俺が勝手に、心の中で

 犯罪神の器ではなく、普通の少女としての道を進めることを示さないと、俺は先に進めない。

 

「頼む、5pb.。俺はもうこれ以上、止まるわけにはいかないんだ」

 

 ここで戦いをやめてしまえば、なにもかもが中途半端で終わることになる。死んだ命も殺した命もすべて意味のなかったものになってしまう。

 5pb.は長い間ためらって、ようやく手を動かした。

 俺は置かれたすべてを手にし、身に着ける。

 以前これらを着けたときに感じたのは、悪魔となった自分自身だ。消えない血が色濃く匂い濃くこびりついている。

 今も変わらないそれをさらに濃くしようと続けるのか、拭うために終わらせようとしているのか、俺にもわからない。

 

「ナタリアはどこに行ったんだ」

 

 それを言ってしまえば、ついに俺は旅を始めてしまう。

 最後の壁を守るために口をつぐむ5pb.を睨んだ。

 

「5pb.」

「どこに行ったかはわかりません。ですけど、終わらせるって言ってました」

「終わらせる?」

 

 震える声で言った言葉は唯一の手掛かり。

 ナタリアが幕を閉じさせようとしているのは、この旅か、それとも命か。

 大丈夫。そう言ったナタリアは、何を思って自分を犠牲にしようとしたのか。過去という判断材料のない彼女には、ただついていくしかなかったのだろうか。

 ならあの不器用な笑顔はいったいなんなんだ。連れていかれるときのあの無理な笑顔、初めての笑顔はなんなんだ。

 その答えが知りたい。

 

「世話になった」

 

 家の扉を開け、外へ出る。

 

「ベクターさん」

 

 くるりと振り返ると、5pb.の顔はあのときのナタリアと同じような、無理に作った笑顔が貼り付けてあった。

 彼女は大きく息を吸うと、口から綺麗な歌声を発した。

 以前にも聴いたことがある。CDやスピーカーからではなく、生の声で。

 その時と同じような澄んだ綺麗な声で、彼女は精一杯力強く歌ってみせた。前もそうだった。他の音が無くなったように、耳には彼女の歌しか聞こえてこない。それほどの魅力が彼女にはある。

 一曲歌い終わると、5pb.は先ほどよりも自然な笑顔を向けた。

 

「またライブ、観に来てくださいね」

「ああ」

 

 生きて帰る。

 そのときはナタリアとともに見れるだろうか。星のように輝く5pb.の姿が。

 

 

 

 船がぐらりと揺れた。

 俺はつとめて、脈打つ心臓を落ち着かせようとした。焦っても船は速くならない。

 

「あの女の子が一人で来たときはびっくりしたよ。あんたと喧嘩別れでもしたかなって」

 

 リーンボックスに来た時と同じ船長が軽い口調で言う。

 彼はナタリアを送ったあと、定期便としての役割を果たしながら俺を待ってくれていた。

 ナタリアは何か言っていたか。そう訊いても、期待した答えは返ってこなかった。

 いったいどこだ。終わらせるというのが、犯罪神の器としてのナタリアの命を指しているなら、チカのところへ行っても同じだ。わざわざ海を渡った目的は何だ。

 向こうにしかない何を求めたのか。考えてもわからない。

 終わらせるのがこの旅自体だとするなら、それは女神の死を意味する。ナタリアは女神を殺す気だろうか。どうやって? その手段である魔弾は俺の手元にある。

 いや、方法はもう一つだけある。ナタリアの中にいる犯罪神、それを解き放ったなら、世界は再び破壊の渦に飲み込まれることになる。

 嫌な予感に、頭がひりつく。 

 プラネテューヌに着いてすぐ思いついたのは、アイエフだった。 

 ナタリアが何をする気にせよ、他の国に行くとは考えにくい。彼女の中にある犯罪神の力がモンスターや犯罪組織を刺激する限り、うかつにどこかへ向かうことはできない。

 彼女だって自分が狙われていることはわかっている。それに、旅の最大の目的である女神はここにいるのだ。

 教会に辿り着くと、入り口を固めている兵士たちが見えた。だが、そいつらは俺を簡単に中に通した。

 以前ここで戦ったことが、彼らの信用を勝ち取っている。だがそんなことはどうでもいい。俺の目的は、入ってすぐ、パープルシスターと一対一で話をしているアイエフだ。

 

「アイエフ」

 

 声をかけると、すぐさまこちらへ寄ってきた。

 

「来たわね、ベクター」

 

 焦りと怒りを浮かべながら目の前で来るアイエフ。その表情は俺とどれだけ違うだろうか。

 

「この前のモンスターのプラネテューヌへの襲撃、それに今は犯罪組織が女神に対して宣戦布告を出してきたの。どうしてこんなことが起こったか、知ってる?」

 

 非難するような言い方だ。その答えを、アイエフはすでに知っている。

 

「ナタリアだな」

「あの子のことを知ってたのに黙ってたの? いいえ、それよりも、なんであの子を……」

「その時は知らなかったんだ」

 

 俺は首を横に振った。

 

「いや、最初から知ったとしても受けていたかもしれない」

 

 最初、ケイから話をされたときは復讐のことしか頭になかった。

 むしろそんなことは関係ないと思って受けただろう。女神を殺すことのできる根拠として、あの話し合いがもっと早く終わっていたかもしれない。

 

「あの子は犯罪神なのよ」

「違う!」

 

 教会の中に、俺の叫びがこだまする。いまこの場にはこの三人以外いない。それが余計に響いたように思わせた。

 思いがけない怒りに、アイエフとパープルシスターはびくっと身を震わせた。自分ですら、この荒々しさにショックを受けたくらいだ。

 

「違う。あいつはただの少女だ。犯罪神の器になっても、あいつはただの人間なんだよ」

「ベクター……」

 

 深く呼吸して落ち着く。少なくとも見た目は。心の中は、相変わらず俺を急かしていらいらさせる。

 

「ナタリアの場所はわかっているのか」

 

 アイエフが口を噤む。二人きりで話していたことを鑑みると、犯罪組織からの通達は機密事項だ。そして俺に言うほど、信用が出来ていない。代わりにパープルシスターが前へ出た。

 

「犯罪組織の宣戦布告の内容に、ナタリアちゃんのことも書かれていました。彼らはナタリアちゃんから、犯罪神を解き放つつもりでいます。阻止したいなら、来い、ただし女神一人で来ないなら、ナタリアちゃんを殺すと」

 

 パープルシスターはあっさりとばらしたが、強い眼差しで俺を制しようとする。

 

「場所は教えられません。ベクターさんの言う通り、ナタリアちゃんは人間です。犠牲にはできません」

 

 言うなり、彼女は奥の部屋へと引っ込んでいった。敵地へ向かう用意をするのだろう。もしかしたら帰ってこれない可能性もある。その際の処理に関しても、彼女は考えているのかもしれない。

 しばらくの沈黙の後、俺はすがるようにアイエフを見た。

 

「アイエフ」

「無理よ。教えられないわ」

 

 目を伏せて、それでも即答するアイエフ。

 機密、信用、犠牲、信念。様々なものが彼女の中に渦巻いている。だが、譲れないものがあるのは俺も同じだ。

 

「犯罪神がいなくなって、リーンボックスもなくなって、なんで俺が戦い続けていたと思う」

「は?」

「妹が死んだからだ。俺が愛した者がみんな死んだからだ」

 

 いきなりのことに、アイエフはぽかんと口を開ける。構わずに俺はつづけた。

 

「この理不尽な世界が殺したと思って、復讐のために戦った。だけど違った。俺の決断と理解が遅かったせいで殺されたんだ」

 

 世界はただ、なるようになるだけ。未来を作っていくのはいつだって生きている者だ。いま俺が後悔しているのなら、それは俺が作り出してしまった未来の道だ。誰にも擦りつけてはいけない責任だ。

 そのことに気づくのに、遠回りをしすぎた。

 すうっと息を吸い込んで、身体の内にある全てを吐き出すように、次の言葉を吐いた。

 

「何年も見たはずの笑顔が、今はもう思い出せない。数時間しか見ていない死に顔しか思い出せないんだ」

 

 骸の代弁者(スカル・トーカー)と呼ばれているが、皮肉にも俺は身近な人の考えもわからない。

 父と母と妹が何を思って生きていたのかは俺にはわからない。俺が手を伸ばせば、その思いに届いただろうか。

 

「これ以上手遅れになるのはごめんだ」

 

 ナタリアをこの手で救わなければ、一生見ることはできない。俺が人生で感じた疑問の答えも、ナタリアの笑顔も。

 アイエフは長いことためらって、口を開いた。

 

「プラネテューヌの外側、南に位置する森の中に工場を作ってる」

「恩に着る」

 

 俺はそれだけ言って、踵を返す。この先に望んだ未来があるか確かめる。

 それを見られるかどうかは、俺次第だ。

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