アイ・フォー・アイ【完結】   作:ジマリス

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【悪魔】


 正義とは何か。

 よく言われるそんな言葉。

 よく言われるってことは、答えが見つかっていないということ。

 私は今日もその答えを探しながら、夜の街を跋扈する。

 今日は特に良い日だった。仕事は順調、天気は晴れ。朝はすっきりと起きれたし、昼にはいつも売り切れていた人気のパンが買えた。だというのに、とある情報が入ってきたせいで素晴らしい気分が雲散した。

 一台のトラックがゆっくりと大きな倉庫の中に入っていく。

 埠頭。昔から悪い人の取引場所として人気のここで、また一つ悪事が働かれる。

 トラックが止まり、二人の男が降りる。何人かが喋っている。全員で六人だ。

 短い一角のついた硬いマスクで顔を隠し、見た目よりも防御力の高い戦闘スーツは私を守りながらも身を隠す。

 ダークグレーに包まれた全身が、影に溶け込む。

 ぬるりと、一切音を立てずに倉庫の壁を沿っていく私に、男たちは気づいていない。取引に夢中なあまり、注意が散漫になっている。 

 私は腰から警棒を二つ取り出し、右手のを振り回した。警棒が中ほどで分かれ、恐ろしい速さと遠心力でトラックの荷台にもたれかかる男の肩に命中する。

 骨が陥没した感触を感じながら、警棒の小さなスイッチを押す。先端と柄を結ぶ頑強な糸が巻かれていき、警棒が元の姿に戻る。

 痛みとショックで声も上げずにどさりと倒れた男を見て、他がようやくざわめく。だけど、まだ私には気づいていない。

 次に私が警棒の先を伸ばしたのは、天井だ。糸が梁に巻かれて、スイッチを押すと私の身体が宙に浮く。

 じゅうぶんな高さまで上がると、糸を巻き上げて落下する。そのままの勢いで、銃を取り出した男たちの一人の顔を踏み潰す。

 ぐしゃり、と嫌な音が男たちの注意を引いた。私はぱっと詰め寄り、正面の男の鼻と喉を潰した。

 やっと放たれる銃弾を、素早くトラックを回り込んで防ぐ。隠れながら、警棒の先を飛ばして一人の脚を折り、もう一人の腕を折る。

 脚を折られて跪いたほうへ詰め寄り、武器を構える前に両肩を砕いた。苦悶の叫びをあげる男の顔を、今度は回し蹴りでめちゃくちゃにする。

 腕が使い物にならなくなったほうへ近寄り、落とした銃を拾う前に顎を蹴り上げる。

 残った男が、血だらけの惨状を見て、悲鳴を上げながら銃を乱射する。だけど、そこにはもう私はいない。

 カチッ、カチッ、と乾いた音を聞いても、男は引き金を引き続けた。

 私は警棒を腰に収め、影から抜け出してゆっくりと近づく。恐怖を目に浮かべた男は三回引き金を引いて、ようやく弾切れを悟った。そのあとは抵抗もなく、私の拳と脚を受ける。

 高い声でうめいた男の肩を掴み、トラックのドアにぶつける。ガラスが割れて地面に散らばるが、構わずに押しつける。

 

「お前誰だ……」

「関係ない」

 

 私の喉から出たのは、低い男の声だ。特殊な変声機で素性をばれないようにしているのだ。

 スーツで身体の線はわからないし、それにこの声。相手は完全に私のことを男性だと思っただろう。

 

「この取引は誰の差し金だ」

「言えない」

 

 言い終わると同時に男の腕に肘を叩きつける。

 ぼきりと音が鳴って、苦痛の叫び声が上がる。それが収まらないうちに言葉をつづけた。

 

「いいか、答えを一つ間違えれば骨を一本折る」

 

 この脅しは相当効いたらしく、男は息を荒げながら懸命に頭を縦に振った。

 

「知らないんだ。俺たちはメールで命令を受けて動いただけだ」

「誰に指示を受けた」

「知らない。誰も知らないんだ!」

 

 嘘ではなかった。しかし、心臓の鼓動からは恐怖とは別の緊張を感じた。

 

「何を隠してる」

「なに? 何をって……」

 

 もう一本の腕の骨を、拳で粉々にする。腹の底から響く悲鳴が倉庫にこだまする。

 だが、誰にも聞こえない。そんな場所を選んだのは、こいつらだ。

 

「もう一度訊く。何を、隠しているんだ」

「メールの送り主は『トリック』って名乗ってた。本当にそれだけだ! 誓ってそれだけだ!」

 

 トリック。その名前には、一人、いや一体しか心当たりがない。だが、そいつはもうこの世界にはいないはず。

 嫌な予感が胸を駆け巡った。

 

「誰に誓う? 女神か、それとも犯罪神か?」

 

 半ば八つ当たり気味に、男の頭をぶん殴った。

 

 

 

 執務室では、紙が擦る音、ボールペンが走る音すら聞こえるような静寂が感じられた。

 二人しかいないこの部屋は高層に位置しているが、景色を眺めることなく書類仕事に追われていた。

 

「リリィさん。話を聞きましたか?」

 

 目を通した書類を束ねて、きれいに机に並べながら口を開いたのは西沢(にしざわ)ミナ様。

 ここルウィーという国のトップに位置する人物だ。

 私、リリィは彼女の隣で補助をしている。ミナ様は教会教祖服の白いミニワンピースに赤いコート。対して私は黒のパンツスーツ。お互いこれが毎日見合わせる制服だ。

 

「話、ですか?」

「犯罪組織の残党が倉庫で倒れていたという話です。モンスターディスクが積まれたトラックと一緒に」

「今朝、回収に向かわせたあの倉庫ですか?」

 

 朝に、匿名で入ってきた情報があった。埠頭の倉庫で誰かが倒れていて、そばには何かが積まれたトラックがあるというもの。まあ、私が送ったものだけど。

 私はすぐに処理部隊を向かわせて、物品回収と現場鑑識を任せた。情報はまだあがってきていないが、問題なくこなせていることだろう。

 紙の報告書でじゅうぶんだと言っている私と違って、ミナ様のところには逐一連絡が入るようになっている。彼女がいろいろと先に知っているのはそのせいだ。

 こういうことは初めてではなく、むしろ最近はよく起こる。誰かが悪さをし、誰かがなんとかして、私たちが後始末をする。日々収まらない犯罪を処理する毎日は陰鬱になり、こうやって話もしたくなる。

 

「一人は強烈な打撃を受けたみたいで、脳に障害が残っていて、話を聞ける状態じゃないとか。うわごとで、『悪魔が来る』としか言わないそうですよ」

「『悪魔』……ですか」

 

 その二つ名は、いまやこの国で噂される都市伝説と化している。

 夜な夜な現れては、いまだ暗躍する犯罪組織をなぎ倒していく『灰色の悪魔』。悪魔と称されるのは癪だけど、その噂のおかげで一般人による犯罪率はほぼなし。しかし、組織による犯罪に関しては減る気配を見せない。

 

「近頃は物騒ですからね。プラネテューヌでも、教会職員や犯罪組織が次々と……」

「そういった事件は、犯罪神がいなくなる前にも珍しいものじゃありませんでしたよ」

 

 私がそう言ったように、物騒なのは昔から変わらない。

 犯罪組織が今よりも活発になっていたころは、他の三つの国もその被害を受けていた。特に、国民からの信仰で力を得る女神様が一番影響を受けた。人の心が荒んでいくとともに力を失う女神様たちは一度捕らえられ、その間に世界はさらに混沌を極めた。

 その後、妹たちである女神候補生様が女神様たちを救出し、犯罪組織も壊滅させたことで事件は終わりを迎えた。

 ……過程はどうあれ、結果的に収束したのだ。

 

「あなたのほうが詳しいのは、当たり前でしたね」

 

 今の職に収まる前、正確にはこの国のトップがミナ様になる前、私は女神護衛隊だった。

 その名の通り、女神様のすぐそばで警備を任される責任のある部隊。当時は女神様の命を奪おうとする者は少なくなく、プライベートのときまで護衛を任されていた。周りの危険を排除し、女神様が向かう場所に先に行って安全を確保する名誉ある仕事だった。

 今では、それすらできないけれど。

 

「『悪魔』を追う前に、犯罪組織の動きを知らないといけませんね。最近大胆に活動を許しすぎています。女神様が……取り締まる側の手が足りません」

「気を遣わなくても大丈夫です」

 

 言い直したことで、むしろ思い返してしまった。心に影が差してしまった私に対して、ミナ様は少なくとも表面には悲哀を一切出さずに続けた。

 

「ブラン様、ラム様とロム様がいなくなられてから、犯罪組織の残党でさえどうにかするのも難しい。とはいえ、この国を諦めるわけにはいきません」

 

 そう言う彼女の顔は、未来を見据えていた。

 

 

 

 この世界にブラン様はいない。犯罪神との戦いで命を落としてしまった。

 実際にその最期を見たわけではないが、ミナ様が嘘を言うわけないし、あの恐ろしい強さを誇るマジェコンヌ四天王が消えたこと、そしてブラン様が戻ってきていないことが全てを物語っていた。

 女神様の中で生き残ったのは、唯一パープルシスター様だけ。おかげでプラネテューヌは女神に守られている国として繁栄しつつある。唯一安全と言われ、他国からも移る人が多くなり、人口は随一だ。

 だがそれぞれ、国を捨てる気がない人も大勢いる。ルウィーは加護を失っても、ゆっくりと元の姿を戻そうとしている。

 

「リリィさん」

 

 呼ばれる声で私は目を覚ました。病院の待合室で寝てしまっていたようだ。私は目を揉みながら立ち上がった。

 声をかけてきたのはコンパ。ふんわりとしたウェーブがかった髪に雰囲気をもつ女性の医者だ。

 

「どうだった?」

「命に別状はありませんです」

 

 ふう、と二人で息をついた。コンパは疲れからで、私は安堵で。

 

「ごめんね。わざわざ来てもらって、あんな患者を任せてしまって」

「こちらこそごめんなさいです。それほど役に立てなくて……」

「役に立ってないなんて、そんなこと言わないで。一般の病人やけが人だけじゃなく、犯罪者も面倒を診てくれてるのには感謝してる」

「人を救うのがわたしの役目ですから」

 

 役目を果たすのが当たり前みたいに言うコンパには、助けられてばっかりだ。

 この国が国と呼べなくなったときから、ルウィーの公的機関はその働きをじゅうぶんに行えなくなった。病院もその一つであり、以前から交流のある彼女に助けを求めたのだ。報酬や条件なども聞かずに二つ返事で応えてくれた彼女には頭が上がらない。

 

「だからよ。今のこの世界に、役目をもって動いている人間がどれだけ希少か、あなたなら分かってるでしょう?」

 

 何も答えずに、彼女は俯いた。

 

「アイエフだって、部下を育てるのに苦労してるみたいだしね」

 

 現在で唯一女神様がいる国であるプラネテューヌ。そこに住んでいるアイエフという女性は諜報部員のはずなのだが、その高い戦闘能力を買われて街のパトロールもこなしている。

 その手も足りないみたいで、多人数を雇ってはいるものの、練度が足りなくて教える側も足りないという愚痴を以前聞いた。

 コンパは彼女と親友なのだが、こちらを優先してくれてもうしばらく経つ。

 

「悪いわね。パープルシスター様やアイエフにも長らく会ってないんじゃないの?」

「少しさびしいですけど、ここの人たちを放っておけませんから」

 

 この病院には、たくさんの人が救いを求めている。

 もちろんプラネテューヌに行けば、整っている設備で治療を受けられるが、国を越えていくのは危険もあるし、なによりこの国を離れたくないのだろう。

 そんな人たちの思いを、コンパはしっかりとくみ取ってくれる。

 

「ありがとう」

 

 病院を出て、街を歩く。

 ちょうど昼時だったのもあって、何か食べようと店を探すが、どこも満員でいまいち見つからなかった。お腹は空いていく一方だが、しかしその光景は決して嫌なものではなかった。

 

「賑やかになりましたね」

「まだ完全には元に戻ってはいないけれどね。でも、少しずつ街は回復してる」

 

 ルウィーは国として復興しつつある。その事実が、かつての国民をこの国に戻してきている。

 

「人は強い。みんなどうにかして、ここを維持しようとしてる」

「リリィさんも頑張ってます」

「まだ足りないわ。街を守る立場でありながら、犯罪組織をのさばらせているんだから」

 

 女神様がいないぶんの働きを、私はまだできていない。

 きっと、そのことがこの国を元通りにできていない原因なのだ。まだ、まだ足りない……

 

「少しくらい、自分のことを許せませんか?」

「それが出来たなら、きっとこの街にはいないでしょうね」

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