後処理の整理、それに捕まえた犯罪組織員の尋問はかなりの時間がかかった。
特に後者は、相手がまともに喋れる状態じゃないので、収穫はほぼなしと言っていい。喋れたとしても、今以上の情報は得られなかっただろうが。
黒幕である『トリック』はよほど用心深いようで、過去の資料を合わせても影すらも掴ませない。
消沈しながら帰路につく。協会から家へは徒歩で十分ほど。二階建ての一軒家は独り暮らしには大きすぎる。
「おかえりなさい」
扉を開けてすぐ、ミナ様が駆け寄ってきた。
いつもの職員服ではなく、白いセーターにロング丈の赤いスカート。一旦家に帰ってからこっちに来たのだろう。
「来てたんですね」
「たまには、リリィさんの食事も管理しないとですから」
ぱたぱたと台所に向かうミナ様に続いて、ではなく私は二階の自室へ上がる。スーツ(戦闘服でなく黒のフォーマルスーツ)を脱いで、私服へ着替える。
一階のリビングへ戻ると、ミナ様がキッチンで料理していた。機能がたくさんあるが、あまり活用したことはない。
「私は大丈夫だと、何度も言ったでしょう」
「冷蔵庫の中にはレトルト食品、ごみ箱の中にもカップ麺の容器がいくつかありましたけど?」
痛いところを突かれて、私はうめいた。
ここ最近の食事は、昼も夜も手早く食べることだけを目的にしてる。人の温かみのある食事は、ミナ様の手料理しか覚えがない。
「よろしくお願いします」
「はい、任されました」
笑顔で返して、ミナ様は料理をよそう。匂いだけで美味いとわかるビーフシチューがテーブルに並べられた。食材はなかったはずだから、わざわざ買ってきてくれたのだろう。
こうやってたまに食事を作っていただけるのは、感謝しかない。私だとどうしても買ってきたものになる。料理が得意なわけじゃないし。
「もう、体調管理も仕事の一つなんですから」
「う……すみません」
「あなたが忙しいのは重々承知ですが、倒れてしまったら心配するんですよ」
「ありがとうございます」
ブラン様たちがいなくなってから、ミナ様に言い聞かせてきたことだ。
あの時はものが喉を通らず、げっそりとしていくミナ様を直に見ることができなかった。女神様たちと同じように離れてしまいそうで、怖かったことを覚えている。
そういった経験があるからこそ、彼女は私に尽くしてくれるのだろう。私もその心遣いを心地よく思っている。でなければ合鍵を渡したりはしない。
いつかは自立しないいけないとは思っているが、まだ遠い未来の話だ。
「リリィさんと初めて会ってから、もうずいぶん長いですね」
「そうですね」
ご飯を食べ終えて、一息ついていたときにミナ様が口を開いた。
「あなたを女神護衛隊に配属させて正解でした」
「そう思いますか?」
「ええ、心の底から」
ミナ様の心臓の鼓動が変わらない。感じなくても、今のが嘘でないことはわかっていたが、感じてしまうのだ。
生まれ持った
「それで?」
食後の熱い紅茶を一口飲んだミナ様はきょとんとした顔で私を見た。
「ミナ様が私のところに来るときは、大体話があるときですから」
「敵いませんね」
「戦ってるわけじゃないでしょうに」
ふふふ、と笑ったミナ様はしばらく黙り込んで、下唇を噛んだ。
「最近、色々なことを思い出します」
口を開いたのは、紅茶が温くなったあとだ。
「ブラン様たちがいたときのこと」
彼女は蚊の鳴くような声で言った。だけど、しんと静まったこの空間ではじゅうぶんに響く。
「まだ立ち直れてません」
「女神様が消えて、誰もが傷を負っています。あなただけじゃありません」
私もまたそうだ。女神様が亡くなられた傷は、いまも癒されず、私を根深く痛めつける。
「引きずるな、なんて誰にも言えませんよ」
傷が生んだのは、彼らが『悪魔』と呼ぶものだ。女神様を殺して、彼らが恐怖するものを生んでしまったのは皮肉としか言いようがない。
だけど私は彼女たちのように甘くはない。
「おい、さっさと終わらせちまおうぜ」
「なにせかせかしてんだよ」
「『悪魔』が来る」
前よりも大きなトラックに小さいコンテナを何個も積みながら、二人の男が愚痴る。
コンテナの中身はディスクじゃない。軽いものや重いものが混じっている。しかも大量に。
昼間に働く業者なら問題にもしていなかっただろうが、夜の、しかも路地裏でやると目立つ。隠れながらしているつもりでも、私にはわかる。
「あんなの信じてんのか? ヘマやらかした奴の言い訳だよ」
「だけど誰かがやってるのは間違いないだろ?」
『悪魔』に怯える男の問いに対しての答えは返ってこなかった。目の前で話していた相方がいつの間にか消えている。
あれだけおしゃべりだった男がしんと黙り、掴んでいたコンテナを下に置く。
「おい?」
イタズラだ。そう思いつつも、『悪魔』への恐怖は消えない。息が乱れ、鼓動が早くなる。ついでに膝も震えている。
トラックの陰から血だらけの相方が倒れる。男は悲鳴を上げて後ずさろうとするが、後ろに立っていた私に阻まれた。
震える身体を掴んで、トラックに押し付ける。私を視界にとらえた瞬間に、男は余計に震えた。
「『トリック』は誰だ?」
「待て待て待て、本当に待ってくれ! 暴力は嫌いなんだ!」
ろれつの回らない口を開く男の顔を殴る。小気味よい砕けた音が響いて、少しスッキリする。
「無駄口を叩くな。『トリック』は誰だ?」
「は、鼻が……」
「もっと折ってほしいか」
「何でも答える! 何でも答えるから!」
押さえつけられた身体で、手だけをばたばたと動かしながら喚く。ぼたぼたと流れる血がさらに無様に見せる。
灰色の戦闘スーツは闇に溶け込むが、目にすれば恐怖として映る。『悪魔』の称号はそれを際立たせた。『灰色の悪魔』。大仰で不名誉な二つ名だが、利用できるものはなんでもしてやる。それがお前たちへの復讐だ。
「その、『トリック』ってのはただ指示を出すだけで、顔は知らないんだ」
何度も息をのんで、ようやくそう吐き出した。
「お前と同じだよ! 噂が蔓延して、恐怖を与えてる!」
同じ? 違う。私がお前たちを痛めつけるのは正義のためでもある。面白半分に、何の信念もなく人を傷つけるお前たちとは違う。
私は拳を握り、男の顔面を何度も殴りつけた。
ファイリングされた十数枚の資料を
実際のところ、こいつが男性なのか女性なのかは知らないけど、興味もない。
「これで全部」
「ふうん、どれも結構いいパーツね」
加工された声が返ってくる。
性別がわからないのは、このせいだ。纏っているピンクのアーマー。ロボットのような外見だが、どうやら中身はちゃんと入っているらしい。
アノネデスと自称するこの天才ハッカーのおかげで、後追いではあるが、犯罪組織の動きをなんとかつかめていた。
彼女(と便宜上呼ぶことにするが)とは数年前からの付き合いで、そのコネで取引をさせてもらっている。どこから仕入れてくるのかはわからないが、彼女の情報は信頼できる。
今回はいつもの取引のほかに、もうひとつ頼みたいことがあった。
昨日運び屋がトラックに積んでいたもの。機械のパーツだということはわかるが、何に使われるパーツかがわからない。モンスターディスクや違法薬物などはわかりやすいが、どうにも機械には疎いのだ。
「そうなの?」
「そうなのって、自分のところで調べてないの?」
「あなたに頼んだほうが早いわ」
「そうでしょうけどねえ」
私は資料に書かれた文字をとんとんと指で叩いた。もちろん協会のほうでも調べさせてはいるが、調査機関はまともに機能しているとは言えない。プラネテューヌの諜報機関でも使えれば話は別だが。
それか探偵。そっちのほうが能力的には信頼できるかも。
「そこに書かれてるものを大量に運ぶつもりだった。どこかで足がつくはず」
「二、三日もらえば調べがつくと思うわ」
「報酬は?」
「サービスしておくわ。あなたの普段の支払いは悪くないもの」
アノネデスには相場の倍ほど払っている。急がせているのもそうだが、その量と質にはそれだけの価値があるからだ。それにこういうサービスが多い。
「それじゃ、これはアタシから」
アノネデスは三つの厚いファイルを差し出してきた。こちらがいつもの取引だ。犯罪組織のこれからの動きが纏められている。いつもだいたいファイル一つだが、今回は……
「いつもより多いわね」
「活動が活発化してきてるの。ラステイションやプラネテューヌでもね」
以前、組織が犯罪神復活を企てているという話を聞いた。
昨日のトラックもそうだし、一日に二つ三つ取引を行うことも珍しくはなくなってきている。
証拠を隠しきれてない。隠す気がないというほうが正しいかしら。計画の大詰めか、焦っているのか。後者のほうかしらね。犯罪組織の邪魔をしてるのは私だけじゃない。女神がいなくなっても、戦う人間はいる。
有名どころは『
正体を隠してないのはプラネテューヌのエージェントであるアイエフだけだ。しかもあそこには女神様がいる。誰もうかつに手出しはできない。
「あなた、相当憎まれてるわよ」
「でしょうね。大きな取引を何度も邪魔してる」
最悪でも、日に一度犯罪組織を邪魔してる。それだけで足りるとは思えないけど、とにかく邪魔してる。そのことに関してはあっちもよく思ってないはず。いつかどこかで私を殺そうとしてくるはずだ。まだ油断してる間に決着をつけないと。
「そのおかげで犯罪組織は焦ってる。あなたがこの前取引阻止したモンスターディスクも、プラネテューヌで使う予定だったみたいだしね」
「他の国はどうでもいいわ」
もらったファイルを脇に挟んで、私は踵を返した。