アイ・フォー・アイ【完結】   作:ジマリス

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 昼はいつも誰かと食べるわけじゃない。というより、一人で食べることが多い。

 私にとって食事は、楽しむものじゃないし、一人暮らしを始めてからは特に食に関心がなくなった。単純にそれ以外のものに追われているということが多いというだけなのかもしれないが、とにかく食に対して割く時間や手間がもったいないというだけだ。

 その私の前にいるのが……

 

「ミナ様」

「どうしたんですか? 緊張しているように見えますが」

 

 落ち着いた様子で、ミナ様がカップに注がれた紅茶を飲む。喫茶店のテラス席の対面に座る私は、対照的にそわそわと落ち着かない。

 

「それはそうでしょう。ミナ様と二人でご飯だなんて」

「そうかしこまらなくても大丈夫です。私だってただの一人の女ですよ?」

「は、はぁ……」

 

 とは言われても、ルウィー教会の運営を任されている人と一対一で気軽に話せるほど、私は偉くない。

 相手がミナ様といえば、緊張も度を超す。

 

「リラックスしてください。こうやってお昼に誘ったのはお話ししたいと思っていたからなんです」

「話ですか?」

「リリィさんとは、こうやって話すことがなかったものですから」

「といっても、私に話なんて……」

「あなたのこと、もっと知りたいんです」

 

 そう言われれば断れない。促されて、私が学生だったときのこと、訓練生時代のこと、あとは、女神護衛隊としてホワイトハート様とホワイトシスター様とともにした仕事とか。

 話が行ったり来たりで、聞くほうは理解するのが大変だろうに、ミナ様は和やかな表情で受け止めてくれた。

 

「と……こんな感じでしょうか」

 

 ひとしきり話し終えて、息をつく。

 

「いまのリリィさんのことも知りたいですね」

「いまの?」

「なぜ人を殺さないのか……とか」

「食事時にそういう話します?」

「そっちのほうが話しやすいんじゃありませんか?」

 

 まあ、確かに流行の話や堅苦しい仕事の話よりかはそっちのほうがいい。

 とはいえ、ミナ様がそういった話を切り出してきたことには驚かざるを得なかった。護衛隊の一人の人間に個人的な話を持ち出すなんて、珍しいどころの騒ぎじゃない。

 言葉が出ずにいたことを肯定とみなしたのか、ミナ様は言葉を続けた。

 

「こういう仕事に就く以上、命を奪ってしまうことは珍しくありません。覚悟をもって、または弾みで人を殺してしまうことは」

 

 ミナ様の優しい声に落ち着いた私は、すう、と息を吸って答えた。

 

殺してしまう(そういう)ことは当たり前といえば当たり前です。だからこそ、当たり前にしたくありません」

 

 女神護衛隊に配属されたときから、銃や刃物を使うことを拒んできた。誰かを守るために命を奪う。そんなことはしてしまいたくなかった。

 

「ルウィーはメルヘンでファンタジーな国です。それが屍の上に成り立っているとは、思いたくないんです。悪を裁くのに、殺すという手段を使ってしまうことは、私たちを動かしているホワイトハート様がそれをよしとする……そう解釈されても仕方ない。気高く、美しい女神様とルウィーがそんなふうに思われるのは、好ましくありません。悪もなく、誰もが平和に生きている。理想だとは分かっていますが、それを体現できる国であると信じています」

 

 現実を見ない、甘い理想論。それを求めるからこそ、ルウィーの国民なのだと思う。私はルウィーの民として、理想を現実に近づける義務がある。

 そう思わせるほどにこの国は素晴らしく、尊い。

 

「ルウィーが好きなんですね」

「ホワイトハート様の国ですから」

 

 これはいつかのときに話したこと。もうずいぶん昔に思える。

 そこに込められた信念を忘れてしまうほどに。

 

 

 

 

 振動覚というものがある。文字通り、振動を感じ取る感覚だ。

 地震のようなわかりやすいものだけでなく、空気や音など、ものの震えを感じる能力。

 生まれついて、私は振動覚が鋭い。遠くの音、話している内容、他人の鼓動まで感じることができる。人が動けば、その輪郭もはっきりとわかる。

 おかげで簡単に悪事が働かれている場所がわかるし、話している人間が嘘をついているかどうかわかる。

 鼓動を操れる人間にはまだ出会ったことがない。そしてそれは、今日救いを求めてきた男も一緒だった。

 

「それで……エイクさん?」

「なあ、もう何人にも同じ話したんだ」

 

 がたがたと忙しなく貧乏ゆすりをする男、エイクがきょろきょろと周りを見回す。だけど、この部屋には机と椅子しかない。

 今朝になって、エイクは教会に自供を申し出た。私がそれを知ったのは、アノネデスと取引して戻ってきてからだった。それまでに彼は何人かに尋問されたらしく、いらいらが募っていた。極度の緊張も。

 

「ここで決定権を持つ者は少ないの。私は持ってる。全部話してくれるかしら?」

「ルウィーで行われる犯罪について、俺の知ってることを喋る」

「見返りは?」

「保護してほしい」

「保護?」

 

 既に尋問した者の記録を読みながら、私は質問する。

 T・エイク。犯罪組織に雇われている運び屋。過去三度に渡ってモンスターディスクをラステイションとプラネテューヌに運んでいる。

 

「俺はただの運び屋で、危険のない仕事をするつもりだった。だけど昨日、同じ運び屋仲間が襲われた。一人は腕と足を折られて、もう一人は顔面がぐちゃぐちゃ」

 

 昨日のことだ。私がやった。つい感情を抑えきれず力の限り何度も殴った。幸い死んではいなかったが、骨は何本も折れ、顔は原型をとどめていない。

 

「一番酷いのは、そんな状態で生きてるってことだ。俺は死にたくないし、暴力を受けるのも嫌だ。わかるか?」

「『悪魔』に襲われたくないし、組織に報復を受けるのもごめん被るってことよね」

「あんたは話が早くて助かるよ」

 

 緊張が幾分か解ける。五体満足で生きていられる希望が見えてきたと考えているのだろう。

 

「安心するのはまだ早いわ。あなたの話に価値があれば、言うとおりにする」

「わかった、何が聞きたい?」

 

 一応、周りに誰もいないことを確認し、鞄からあるものを取り出す。これからやることは上の確認も仰がない私の独断だ。ただ、いまの私はその『上』だから、どうのこうの言ってくる人はいない。

 余裕が見え、意気揚々と身を乗り出してきたエイクに、私は資料を見せる。アノネデスに見せたのと同じものだ。

 

「最近、大量の物資が秘密裏に運搬されてる。その中でこれがあった。こそこそ運ぶ必要がないはずのこれが」

「これは……俺も運んだことがある。スピーカーのパーツだとか」

「スピーカー?」

 

 てっきり、何かの実験の道具かと……いやしかし、スピーカーの素材? それをわざわざ裏で運ぶ必要があるの?

 

「詳しくはないんだ。あらゆる素材で何かを作ろうとしている」

 

 運び屋はあくまで運び屋。知らないだろうと思って、私はこの質問を打ち切った。

 

「それじゃ、次の質問。これが一番聞きたいことよ」

 

 反応を見るために、資料を引き、相手の目を見る。

 

「『トリック』」

「……なんのことだ?」

 

 エイクの鼓動が跳ね上がった。

 

「もういい。わかったわ、入り口までは保護してあげる」

「待て待て待て! 待ってくれ、頼む!」

 

 立ち上がろうとした私を、エイクは必死に引き留める。その反応も予想通り。私は再び椅子につき、一転息を荒げた彼を睨みつけた。

 

「嘘や隠し事は通用しない。次やろうとしたら、追い出す。いいわね?」

「わ、わかった」

「じゃあ、『トリック』について知ってることを教えて」

「詳細は知らない。俺たちに連絡だけして、ものを運ばせる」

 

 かなりの時間鼓動を早鳴きさせながらも、息を整えてエイクが口を開く。

 

「ただ、俺の仲間が直接会おうとして、門前払いを食らったことだけは知ってる」

 

 出すのを渋っていた情報だったが、喋ってしまったことで枷が外れたのか、ずるずると言葉が出てくる。

 

「顔と顔を突き合わせて話しないと相手を信じない奴だったんだ。それが、会いに行こうとしただけで片手をちぎられた」

「門前払いってことは、つまり『門』までは行ったのよね?」

 

 エイクが頷く。

 

「『トリック』の場所を知ってた?」

「ああ、しつこく聞いたせいかもな。招待されて、腕をちぎられて、追い返された」

 

 酷い話だ。だが、今のでわかったことがある。『トリック』はしつこいことが嫌いなこと、そして、正体がばれることをひどく恐れている。

 

「その男の場所を言えば、あなたの条件を飲む」

 

 

 

 『悪魔』のスーツを着て、階段を上がる。さびれたアパートだ。誰も私に気づかない。尾行されてる様子もない。

 二階のある一室で歩を止める。呼吸の振動から中に誰かいることがわかった。

 エイクから知らされたのは、この部屋だ。ノブをゆっくり回し引くと、意外なことに扉は開いた。乱暴に壊さずに済んだのは幸いだ。

 中は暗かった。

 

「わかってる、殺しに来たんだろ?」

 

 滅茶苦茶に荒らされたような部屋から声が響く。

 顔色の悪い男が部屋の隅でうなだれていた。髪もひげもぼさぼさでやつれている。

 

「まさか『悪魔』を寄越すなんてな」

 

 彼は、私のことを犯罪組織が差し出した執行人だと思っているようだ。死に直面して、彼の鼓動はにわかに早く打ち始めた。

 

「私のことはよく知らないみたいだな」

「知ってるさ。『トリック』が俺を殺しに寄越した『悪魔』」

「私は組織の動きを阻害してるし、人を殺しはしない。あんたのことも、殺しに来たんじゃない」

「じゃあ何をしに? 運び屋も辞めて、手もなくなった俺に何の用だ?」

 

 見せつけるように右手を掲げる。腕より先がない。エイクの話は本当のようだ。

 こいつが『トリック』に会いに行こうとした運び屋。

 

「『トリック』の居場所を知りたい」

「場所?」

 

 男は自嘲気味に笑い、それは次第に泣き声に変わった。

 

「そこまで喋ったら、今度は手だけじゃ済まない」

「私がさせない」

「あんた、『トリック』を知らないからそんなことが言えるんだ。恐怖に耐えられなくなって辞めてったやつらがその後どうなったか知ってるか?」

 

 ついには恐怖の泣き声だけが響いて、嗚咽混じりに主張する。

 

「殺されたんだよ、一人残らず。だから辞めたくても辞められない。俺はまだ幸運だったのさ」

「ならなおさら知ってることを吐いたほうがいい」

 

 私は男のそばに膝をつき、グレーのマスクに覆われた自分の顔を指さした。

 

「私が『トリック』を倒す」


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