あっさりと聞きだせた『トリック』の居場所は、意外なことに教会の近くにある大屋敷だった。
柵を乗り越えて庭へ、外壁を伝いながら慎重に進む。外に光が漏れないようにカーテンで遮られているが、四人ぶんの話し声が聞こえる。
二階のベランダに警棒の先を伸ばして引っ掛け、身体を持ち上げる。音を発せずにベランダに着地し、警棒をなおす。
窓に鍵はかけられていなかった。そろりと開けて、カーテンの隙間からのぞき込む。
「つまり、ここ最近は失敗続きということね」
「俺のせいじゃないけどな」
「阻止されたのは、自分の責任じゃないと?」
「お前も一人の女の子を捕まえることも出来てないじゃないか、ブレイブ」
「すぐに見つけ出す」
話している人物が見えるように身を乗り出す。一階の大広間に長テーブルがひとつ。囲むように四人が座っている。
ブレイブと呼ばれた、鉄の仮面を被った人物が腰に差した刀の柄を撫でる。他にも目が隠れるほど髪を垂らしている女、金髪のチャラい男、水色に淡く光るラインが特徴の黒いロボット。
声こそ荒げないが、言い合いをしている。おかげで私には気づいてないようだ。
二階はキャットウォーク。身を潜められる場所はないが、どうしても敵の正体を見ておきたい。
急に、四人がしんと静まった。訪れたのは静寂と……恐怖。離れているはずのこっちまで身が引き締まる。
音もなく、女の後ろから誰かが近づいてきた。四人よりも小柄、高校生ほどの少女。だが、この異様な雰囲気を醸し出しているのは間違いなくその少女だ。
上はスーツ、下はキュロットかしら? 全体が黒色で、いまいち全容がつかめない。
「続けてくれ」
机の周りを回りながら、その女の子は言う。
そう言われても、沈黙は続く。つばを飲み込む振動でさえ、真横で感じてるかのようだ。
ブレイブは震える手を、鞘を掴むことで抑えた。
「プラネテューヌでの作戦が失敗したのは、トリックからの供給が無かったせいだ」
「そうか? モンスターの数が足りなかったからって、失敗を擦りつけんなよ」
金髪が言い返した。反応からして、こいつが『トリック』。ルウィーで暗躍する犯罪組織の黒幕。
そいつが動くたびにじゃらりという音がする。いくつもの金属が重なってるようなこれは……鎖?
「女神がいなくなったのに、なんでこんなに手こずるんだ? 目障りな人間が多すぎるぞ」
「『灰色の悪魔』のことか?」
「『骸の代弁者』もだ。あいつのせいで、こっちは人手不足になってきている」
「相手はただの人間だろうが。ジャッジ、ブレイブ、相手するのはお前たちの役目のはずだぞ」
黒いロボットの名前はジャッジというらしい。かつての犯罪組織マジェコンヌ四天王の名前が揃ってる。ブレイブ、トリック、ジャッジ。あの異常な体躯をもった三人とは違って、こちらのは人間サイズだが。
「そのためにはお前の装置の完成が急務だ。それか、マジックの作戦の完遂か」
ブレイブはちらりと女のほうを見た。やはり、最後の一人はマジック。機械であるジャッジを除いて、彼女だけが唯一鼓動が変わらない。
「本当に復活するんだろうな、犯罪神様は」
「疑ってるの?」
ピリっとした空気が広がる。こいつら、表面上は協力はしているけど、あくまで目的のためのようだ。気に入らなければおっぱじめそうな雰囲気。
「ちょっといいかな」
そんな空気を止めたのは、やはり黒の少女だ。
「みんながそれぞれ役目があるのはわかってる。だけど、それらは全てリンクしているんだ。この世界の破滅と支配には、キミたちの力を合わせる必要がある。喧嘩してる場合じゃないんだ」
「わかってるが……」
「けど? けど、なんだい? ここで堂々巡りのお喋りをして良い策が思い浮かぶとでも?」
トリックの言葉を、淡々として返す少女。そのやりとりで力関係ははっきり見て取れる。
あの少女の鼓動が聞こえないのが不気味だった。まるでそこに存在していないかのように、発する振動が感じられない。
「追い詰められているのはキミたちのほうなんだ。必要なものは揃ってないし、敵は多い。だからこそ……」
「待ってくれ」
人差し指を立てて、ブレイブが顔を上げる。仮面のせいでどこを見ているかわからないが、嫌な予感がする。
「誰かがいるぞ」
空を裂く振動。それはまっすぐ私のほうへ飛んでくる。鋭いそれ、ナイフを警棒で弾く。
こっちを見ていないはずなのに正確な投合で、相当手ごわいとわかる。今は全員こちらを見ている。五体一、しかも佇まいを見る限り、あの黒い少女とマジックは強者だ。ここは逃げるに限る。
後退、ベランダを飛び越し、庭へ着地する。そのまま走ろうとしたが、腕に何かが絡みついて動きが止められた。鎖だ。
小さく毒づいてそれを解くと、今度はナイフが二本飛んできた。警棒を両手に持ちつつ、宙返りでかわす。
着地して武器を構えると、正面にブレイブとトリックがいた。
「お前か、『悪魔』は」
ブレイブの息が荒くなっている。緊張ではない、怒りだ。彼は刀を抜いて切っ先を向けた。隣に立つトリックはチェーンをぐるぐると回しながらにやけている。
「だったらどうする」
「ここで討つ」
振り下ろされた一閃を警棒で受ける。もう一方の警棒で首を叩こうとしたが、トリックの鎖で止められてしまった。
次の刃はかわせなかった。わき腹をぱっくりと裂かれる。うめき声を上げてしまったが、鎖を引っ張った。完全に油断していたトリックは無様に転げ、縛りが緩む。
まだ鎖が絡んでいる腕のまま、ブレイブへ拳を向ける。ブレイブは軽い身のこなしで下がりつつ、刀を振るう。間一髪のところで腕をそらしたが、軽く肉を削がれてしまった。
歯を食いしばって痛みを我慢するが、ぐるんと視界が一周して、地面にしたたかに背中を打ち付けられた。トリックが鎖を引っ張ったのだ。
膝をついて急いで鎖を外したときには、すでにブレイブが迫ってきていた。警棒を何度も振るが、当たらない。首を刈り取ろうとする刀をしゃがんでやり過ごし、足を狙う。ブレイブは跳びあがってかわしながら、つま先でこめかみを叩いた。
受け身も取れず、私は地面に伏した。衝撃を吸収する戦闘スーツでも、今のは緩和しきれなかった。
強い。トリックの妨害がなくとも、勝てない。これだけの攻防でも彼の息は乱れていない。
「俺たちの邪魔をして、どうするつもりだ」
私はよろよろと立ち上がりながら、息を整える。
「人のことを訊くにはまず自分から」
「この世界の支配だ」
あっさりと答えた瞬間、刃が肩に刺さる。刀に貫かれた箇所が熱く痛み、血が流れる。乱暴に抜かれ、そのまま胸を軽く斬られる。だけど逆に前へ踏み出し、ブレイブを蹴りつける。よろめいたものの、倒れもせずにすぐさま構える彼へ、あるものを転がす。
これを使うなんて……
ブレイブの足元に投げたものが爆発する。爆炎の代わりに上がったのは煙。万一のときに用意していた煙玉だ。
視界を奪われたブレイブとトリックは、私がいる場所へ武器を投げつける。飛んできたナイフと鎖を警棒で弾いて、私は走り出した。
「はい、我慢してくださいね~」
消毒液が染みて痛い。ぎゅっと目をつぶって我慢。考え事をして気をそらそうと思ったけど、頭の中が苦痛でいっぱいになる。
しかし、コンパの処置は的確で素早かった。回復魔法でおおまかに傷は癒えたし、全力で動かせはしないものの、肩の痛みはすぐに和らいだ。
「こんな傷、どこでつけられたですか?」
「ちょっとね」
「戦わなくなったんじゃないんでしたっけ?」
「それも、ちょっとね」
急に、彼女が泊まってるホテルの一室に押しかけてしまったのは申し訳なく思っている。しかし、何か所も斬りつけられた怪我をそのままにしておくわけにはいかなかったのだ。
こんな深夜だ。文句の一つや二つ、いやいくらでも覚悟していたが、意外にも彼女は何も言わずに招き入れてくれた。
「急に来たときは驚いたです」
「ほんと悪いわね」
「いえいえ」
戦闘スーツだけは家に放り投げてきた。ミナ様がいなかったのは幸いだった。代わりに着てきた安物のブラウスは血だらけ。もう汚れは取れないだろう。
下着姿を誰かに見せるのは初めてで気恥ずかしいが、そうも言ってられない。腕や肩の傷が思ったよりも深かったが、胸は……お世辞にも豊満とはいえない身体のおかげで傷は浅かった。
包帯を巻かれて、ゆったりとした彼女のセーターを借りる。背は私のほうが大きいはずなのに、やけにぶかぶかとしているような……決して、彼女のスタイルの良さが羨ましいわけじゃない……本当よ?
「本当なら一か月は安静にしてほしいところですけど」
「それは無理」
これだけやってもらっておきながら即答する。
昼の仕事だけでも、一日たりとて抜けるわけにはいかない。私的に行動して受けた傷が原因ならなおさら。
治療された箇所をできるだけ動かさないようにしつつ、彼女の服まで血だらけにするわけにはいかない。
「ミナ様には言わないで。いえ、誰にも言わないで」
「わかりましたです」
「恩に着るわ」
疑問に思うべき色んなことを深くは聞いてこない。だから彼女を選んだのだ。
病院に行けば履歴が残るし、私が急患に来たとなればミナ様の耳に届く。傷のことを調べられたら、戦っていることだけでなく、最悪私が『悪魔』だということがばれる。それだけは避けたい。
「それじゃ」
立ち去ろうとすると、傷がないほうの腕を掴まれた。
「今日は泊まっていってください」
退かないときは退かない。コンパはこう見えて頑固なところがある。私を見張って、朝までドアの前に立ってくらいはやってみせるだろう。
医者の言うことを聞くのは早く治すには必要だ。私は観念して、椅子に座りなおした。