結果として、得られるものはなかった。あちらに考えを見抜かれてたのは屈辱だった。
誰かいるにしても、武装した組織員程度かと思っていたが、まさか敵の幹部が待ち伏せていようとは。『悪魔』はよほど嫌われているみたい。あの会合に現れたのが一番のきっかけでしょうね。場所はともかく、タイミングはあっちにとって最悪のものだった。
ブレイブという男、相当な実力者だった。あれが出しゃばってくるようなら、今後はかなり動きづらくなってしまう。
あの男とジャッジは戦闘の担当だと言われていた。ならば避けては通れない相手だが、正直いまの私じゃ勝てない。
なんにしても、状況は振り出し。どうしたら犯罪組織を止められるのか。脅しも交渉もやりつくして、しらみつぶしもやった。次の一手が思い浮かばない。アノネデスもまだ敵の本拠地までは掴めてないようだ。
「お手上げね」
ふらっと入った喫茶店のテラス席に腰を下ろし、コーヒーをぐいっと飲み干し、空を見上げる。私の心なんて知らずに澄み渡っていた。
手当たり次第に人に手を出してた頃とは全く違うやり方。裏で巧妙に動かれては、影だけしかつかめない。
だが昔は昔で厄介だった。わざわざ女神様が話し合いをするほど、事態が切迫していたときがあった。
そう、あれは……まだ女神様が生きていたころ。
△
リーンボックスは、他の国よりも少々騒々しさが足りなかった。
まあ、どこも似たようなものか。いま活気づいているのは、モラルのない人間だけだ。
それをどうにかするための、グリーンハート様との会談。ホワイトハート様が教会の中に入られてから、もう何時間も経っていた。しかし、私はその間シルバーの車の前でじっと待っていた。私は戦闘員で、難しい話はわからないし、変なことを言ってしまって時間を奪うのも申し訳ない。
誰もがそうだとわかる高級車を手配しなかったのは、女神様を連れているとばれないためだ。しかし、教会の前でパンツスーツの女が待っているのを見れば、いささか妙だと気づく人もいるだろう。
日が傾き始めたころ、ホワイトハート様がようやく出てきた。うんざりした顔で、ため息をつく様子からどうなったのかがわかる。
「待たせたわね」
「いえ、どうぞ」
後部座席のドアを開け、ホワイトハート様が乗り込んだのを見て閉じる。
車をゆっくりと走らせながら、ちらりとミラーでホワイトハート様を盗み見る。顔色が良くない。
それに鼓動が乱れていた。
振動覚が鋭いことはとても役に立つ。取り調べすれば相手の嘘がわかるし、後ろから襲おうとしてくる輩も察することが出来る。仕事ができると評判をもらったのも、この能力のおかげだ。
だが、彼女の振動を感じてしまうたびに、プライベートを荒らしているようで嫌な気分になる。
「何も訊かないのね」
車なら港までそうかからない。ひと眠りもせずに、彼女は言った。
「あとで報告書を見せていただきますから。ホワイトハート様を急かすなんて、私にはとても」
「犯罪組織を抑える方法を話し合ってたの。実りのあるものとは言えないけれど」
私を気遣ってか、それとも愚痴を言いたいのか、ホワイトハート様は話を始めた。
「通話ではいけないんですか?」
「直に顔を合わせたほうが話が早いの」
早いとはいえ、彼女が言った通り『実りのあるもの』ではなかったのだろう。全身がそう物語っていた。
「力が及ばず申し訳ありません、ホワイトハート様。対処はしているのですが……」
「あなたは充分やってくれてるわ。悪いのは犯罪組織よ」
お褒めの言葉の後、彼女はミラー越しにじとっと睨んできた。
「それに、ブランでいい。そう言ったはずだけど」
前からそう言われているのは確かだ。
妹様たちに関しては、『ホワイトシスター様』ではどちらを呼んでいるのかわからないし、初対面のころから『ラムとロム』と呼べ、と言われたのでそれほど抵抗はなかった。
だが、『ホワイトハート様』を崩すのはなかなかに難しい。それまでの慣れと気恥ずかしさが原因としてある。
誰もいないところで注意されれば、そのときだけ呼ばせていただいているが、やはり畏まってしまう。
「外では流石に……」
「ここは外じゃないわ。だから誰にも聞かれない。あなたが何を言ってもね」
つまり、思うまま正直に言えということだ。
「犯罪組織は日に日に力を増していっています。どれだけ戦っても、敵の数は増える一方」
「どうすればいいと思う?」
「やはり、元から絶たねばと。マジェコンヌ四天王を名乗る幹部たちの実力は驚異的ですが、その強さと恐怖に従っているものが大多数でしょう。崩れてしまえば、あとに残るのはわずかかと」
「やっぱりそれしかないのね」
「ですが……」
それはつまり、犯罪組織相手への正面からの戦争を意味する。
いままで直接の対決を避けてきたのは、ひとえに奴らの驚異的な力のせいだ。
自らを犯罪神の分身と名乗る敵の言葉は嘘とは言い難く、引き分けか撤退か、決着はつけられず終いなのが結果を際立てる。
「あなた風に言うなら、『それが私の仕事』よ」
堕ちていく世界を守るには、そうするしかない。
その価値があるだろうかと考えるときがある。恐怖に敷かれ、あるいは楽や刺激を求めて犯罪組織の味方をする者、組織を悪く思わない者も多い。
そいつらにとっては軽い気持ちだっただろうが、私にとっては女神様を捨てた裏切り者だ。
そんな奴らを守る価値があるのかどうか、迷ってしまう。
けどブラン様は迷わずに決戦の地へ向かおうとする。ルウィーの女神様だから? それとも彼女がブラン様だから?
「もし私が戻ってこなかったら、ルウィーと妹たちの面倒を頼むわ」
「ラム様とロム様は私が守ります。ですが、遊びとなると私一人では荷が重すぎます。ミナ様と二人でも」
まるで死地へと向かうようなブラン様を引き止めるために、近しい人の名前を出す。
最悪な結果になってしまう、そんな『もし』を認めたくはなかった。
「妹の相手をするのも、姉の仕事ですよ」
△
あの言葉がきっかけだったのか、ブラン様はマジック・ザ・ハードが待ち受ける墓場へと向かった。そして捕らわれた。
私があのときから手段を選んでいなければ、ブラン様はいまも生きていただろうか。
そう考えると、罪悪感と自身に対する失望が押し寄せてくる。女神護衛隊が聞いてあきれるわね。私は国どころか、たった一人さえ救えない。
苦みが胸に広がる。苛立ちと相まって、気分が悪くなる。
今日はまた、しらみつぶしに襲っていこうかしら。あれは成功ではなかったが、失敗とも言えないわけだし。
「怖い顔になってますよ、リリィさん」
ぽんと肩を叩いてきたのは、白衣を羽織ったコンパだった。
「コンパ。今日はもう仕事終わり?」
「いえいえ、やっと休憩がもらえたところです」
「やっとって……もう三時よ?」
「はい、だからもうお腹ペコペコです」
お腹をさすりながら、えへへと笑うコンパ。相変わらずの目の隈、白衣はよれよれ、それに胃が強く収縮している。朝以降何も食べてないどころか、休憩もほとんどとってない。
催促しているわけじゃないのはわかってるけど、放ってもおけなかった。彼女を対面に座らせて、メニュー表を手渡す。
「好きなものを頼みなさい」
はじめは首を横に振っていたコンパだったが、強引に頼ませた。彼女が頼んだサンドイッチとカフェオレのセットに、特大のパフェを頼んでやる。
相当空いていたのか、あっという間にペロリと平らげる。この時間にそれだけ食べても、コンパの場合はどうせ腹にはいかない。
「本当に同年代なのかしら」
「はい?」
「その胸よ。でかすぎる」
コンパは腕をばっと胸を隠すように構える。そのせいで余計に強調された胸が柔らかく形を崩す。
「せ、セクハラですっ」
「なにをいまさら。あなただって私の身体見たじゃない」
「あれは治療ですっ」
顔を赤くするコンパに、ふふふと笑って返す。まあ、私の身体は見ても面白くないものだけど。
女神様は国民の思いで生まれる。なので、女神様が
プラネテューヌの国民であるコンパがこんなにスタイルがいいのが悲しみに拍車をかけるわね。でも、パープルハート様は女神化すれば一気に育つし、パープルシスター様だって着やせするタイプみたいだし。
単に食生活の問題かしら。ミナ様だって案外なかなかだものね。
そんなことを考えていると、コンパの休憩時間もそろそろ終わりに近づいてきた。
席を立ちあがった彼女についていき、半ば護衛のようにして周りを注意しながら歩く。夜に悪が跋扈している気配が微塵も感じられないほど穏やかなのはいつものことだ。
つまり、ルウィーは常時危険に晒されている。いつ夜が昼に侵食してきてもおかしくない。
この国の人たちにとって、それを知らないことは幸せなことだ。そしてそれを知らない間に片付ける義務が私にはある。この仮初の平和を本物にするためにするための義務。
それのためにはまずあいつらの拠点を……
「どうしたんです、リリィさん?」
コンパは急に足を止めた私を訝し気に見る。私は人差し指を立てて、『ちょっと待って』と『静かにして』を同時に示す。
ああ、そうか、なんて馬鹿だ。
情報が得られる確証はない。だが少なくとも、焦って何も手につかず、何度も読み返して積まれた資料をもう一度、なんて意味のないことをすることはせずに済む。
「病院についていくわ」
「さっきも聞きましたけど」
私は頭を振った。
「病院の中によ」