今まで、暴力で脅しても情報を喋る奴は少なかった。口が堅いのか、あまり知らされていないのか、『トリック』の名前を出すものはこの前まで一切いなかった
だが、知ってしまえばこちらの出方も変わる。『トリック』を知っているということは、『悪魔』は相当の人数を脅したか、かなり残酷な方法で聞き出したか。
どちらにせよ、隠し事はできない。知らないと言えば骨を折られるか、最悪身体を使い物にされなくなり、『悪魔』は次へ向かうだけだ。
実際、『トリック』の単語を手に入れただけで、そこから私はさらにある程度の情報を得られた
なら、それまでにだんまりを決め込んでいた奴らにこれを聞けばどうなる?
治療中の身じゃ逃げられない。黙るなら、少し痛い目を見てもらう。
そんなわけで、私は病院患者の面会を求めた。
犯罪組織だけでも、今は十数人入院している患者がいる。少しは何か知ってるといいんだけど。
清潔に保たれたエントランスには、呼ばれるのを待っている患者が数人いた。今日のピークは過ぎたようで、病院内全体が静かだ。
階段を上がって三階の病室を回る。残念なことに、何も知らない、または反応のできないくらい怪我を負っているのが大半だった。
少し手加減したほうがよかったかしら? ふとそんなことを思ったが、頭を振った。悪さをしているのは間違いない。罪には罰を。骨の五本や十本折っておかなければ、悪事への抑制にはならない。
一階上がる。四階には、下よりも軽い怪我の患者が多く、うわごとしか言わない男たちとは違う。
ステーションの横を通り、一つ目の部屋をノックする。ドア越しで、中の患者がびくりと反応したのがわかる。
ドアをゆっくり開けると、男は毛布にくるまって震えていた。足と頬が折れている。骨の軋み、擦れ、詳しい説明は省くがそれは振動覚でわかる。
それよりも一番重傷なのは、その心だ。
『悪魔』がそう呼ばれたてのころ、武器の運び屋だった彼に何度も拳を顔面に叩きつけたのを覚えている。
心的なストレスが強く、看護師も手を焼いているらしい。けど、私は優しくする気はなかった。
ベッドのすぐそばにある椅子にどっかりと据わり、観察する。
怯えきって身体の震えが止まらないのは、私のことを『トリック』の手先か『悪魔』だと勘違いしているからだろう。厳密に言えば、後者は勘違いではないが、いまは<<話し合い>>しに来たのであって、拳を振るうためではない
手を出すどころか、一言も話しかけられないことに違和感をもったのか、男はゆっくりと顔を出す。
ルウィー教会職員のバッジを見て、彼の表情は幾分和らいだ。
「あんた、誰なんだ?」
かすれた声。喉と内臓を思いっきり痛めつけたのを思い出した。これでも、私が殴った相手の中ではまだマシなほうだ。
「教会の者よ。あなたに聞きたいことがあって来たの」
「聞きたいこと? もう全部喋った」
骨が折れているせいでもごもごと聞きづらいが、そんな奴らが多かったせいで慣れた。
「あなたが運ぼうとしたものの最終的な目的地は?」
「目的地も喋っただろ」
「次の運搬者との合流地点ならね。私が聞きたいのは、最終的な目的地よ。あれはどこに納入されるはずだったの?」
「知らねえ」
私は音を立てて立ち上がった。頂点に達した怒りが暴力に訴えようとする。
びくびくしている男に椅子を投げるか、ベッドをひっくり返すかすれば、少しは気が晴れるでしょう。
この考えは魅力的だったが、深呼吸して何とか抑える。またハズレ。一縷の望みは簡単に打ち砕かれてしまった。
「けど……」
椅子に座り、うなだれた私を見て、男は口を開いた。
「けど、別の仕事のときは、俺が納入担当だった。その時の場所と同じかどうかは知らねえけど」
「教えて」
唐突な情報に、思わず身を乗り出してしまう。しかし、彼はなかなか続きを喋らない。喋る気がなければこんなことは言わない。喋ってしまえばトリックに五体のいずれかを奪われることを懸念しているのか、何か取引できないかと考えているのか。
それもすでにお見通し。後押しするために証人保護の書類を見せた。他と同じく、情報を渡せば教会が身の安全を守るという旨が記された、正式な書類だ。すでに私の判が押されている。これがあれば、彼の心配は消え去る。
緊張が一気に説かれ、彼の鼓動が静かになる。
極度の緊張から緩和され、黄金を扱うかのような手つきで書類を掴む。私がボールペンを渡すと、すぐさま自分の名前を付けたした。
「その場所は……」
「待って」
騒がしい音が聞こえる。距離と方向からして、二階だ。
何かが倒れるような振動、ジャラジャラと金属が擦れるのも感じられた。
嫌な予感がして、部屋の扉を閉じた。止める者はだれもおらず、代わりに悲鳴が聞こえる。
階段から誰かが上がってくる。姿は見えないが、緊張で息が少し乱れているのと、慎重すぎる足取りで患者でも見舞いでもないと分かる。
息をひそめて、扉を少し開けて様子を見る。銃を持った男三人が廊下をゆっくりと歩いてくる。
防弾服にヘルメット。慎重かつ大胆に、油断なく周囲を警戒している。見つかる前に扉を閉じた。それを察してか、一人がこちらに近づいてくる。
音を立てないように息をひそめているが、私にとっては距離がまるわかりだ。経験か練度、あるいは両方が足りないのか、ぱっと扉が開く。
かくして、圧倒的なアドバンテージをもつ私のいる場に一歩踏み出した運のない兵士は、一瞬の間に銃を取られ、膝を折られることになった。
奪った銃で鼻を砕く。蹴って吹き飛ばすと、残りの敵がこちらに気づいた。
銃口を向けられる前に、手に持ったままの銃を投げる。真っすぐ兵士の一人に向かったそれは、見事に頭にヒットしてのけぞらせる。
相手の体勢が整う前に、もう一人の手に握られている銃を回し蹴りで弾く。そのままの勢いで、くらくらとしている兵士にも拳の突きを食らわせた。
悪いことに、どちらも倒れなかった。兵士たちは驚きはしてもすぐに格闘の構えに入った。今までとは違う、鍛えられた兵士。
挟み撃ちにされた形の私の首に何かが巻きついた。首を絞めてきた男 ―銃を弾かれたほう― が力を込める。ほどこうとして打ち出した肘は、しかし防弾服に吸収された。
意識を刈り取られる前に脚にぐっと力を入れる。床を蹴って、背中を壁にぶつける。サンドイッチにされた兵士の腕が緩んだ。解放されたところで兵士の足を払い、膝をついた男の顔面を殴る。
続いて、銃を向けてきた兵士の懐に飛び込む。そのおかげでポイントが逸れ、銃弾があらぬ方向へ飛んでいく。一瞬遅れていたら危なかった。敵の頭を掴んで、足を払いながらぐるりと敵の身体を回すように地面に叩きつける。
まだ立ち上がろうとするそいつの頭を蹴り飛ばす。さらにもう一人へ向き直り、ぐるんと空中で回り、鎌のように振り下ろした足を叩きつける。
肩で息をしながら、壁にもたれかかる。二人倒すのに、時間と体力を使いすぎた。弱い敵ばかり相手にしてきた慣れと油断のせいだ。
今までの経験から、こんなのが大勢いるとは思えない。犯罪組織は実戦的な戦力を投入してきたのだ。
何のためかはわからないが、それほどのことをするためのものがここにある。
気づけば、悲鳴も銃声も止んでいた。下にはまだ襲ってきたやつらがいたはずなのに。
二階に降り、廊下を見渡す。途端に吐き気がこみ上げてきた。先ほどの戦いで汗をかいていたが、身体は震えるほどに寒く感じた。
床も壁も赤色に染まっていた。患者も医者も隔たりなく倒れていた。
力が抜け、がくりと膝をつく。
血が流れる音、絶えていく鼓動がやけに響く。耳を塞いでも意味がない。振動は骨を通じて、私に死を教えてくる。私の全身が他人の死を、その経過を伝える。
折れそうなほど歯噛んで床に頭をついたとき、一際目立つ振動を感じた。
廊下の隅で、うずくまって震える女性が私を見ていた。
「看護師さんが……」
彼女は焦点のあっていない目で、かろうじて私を捉えながらそう言う。
私はあたりを見回した。
横たわる死体の中には、コンパはいない。今度はできるだけ死体を見ないようにして、何かヒントがないかを探る。
集中しても、コンパの声を感じられない。いや、一つ違和感がある。病院の入り口のほうから、怒号が感じられた。四人分の足音の真ん中、ずるずると引きずられている何かがある。
慌てて階段を下り、倒れている人々に見向きもせずにエントランスを隅々まで見る。
もうすでにそこにはいなかったが、どこにいるのかはわかってる。病院の目の前に止められたワゴン車に、四階に来た男たちと同じ装備の四人が乗り込もうとしていた。
その後部座席に押し込まれているのはやはりコンパだった。抵抗がないのは、彼女が気絶させられているからだ。
底なしの怒りを覚え、先ほどの絶望と吐き気はどこへやら、私の足は床を蹴った。
気づいた二人が悠然とこちらへ向かってきた。
先にパンチしてきた兵士の腕を掴んで、そのまま折る。肘を二度叩きつけ、ヘルメットを割る。足を払って敵を仰向けに倒れさすと、露になった男の顔にもう一度肘を一発。
続いて後ろに控えていた兵士から繰り出された足を、膝を蹴って抑える。肩と腕を乱暴に掴んで、腰を落として一本背負い。受け身の取れなかった兵士の首へ掌底を放ち、さらにみぞおちへ拳を沈める。
ようやく片付いたが、それに構わず車のドアが閉められ、出発する。しだいにスピードを上げる車の後を追うが、追いつけるはずもなく、逃してしまった。
「くそっ」
毒づいて地団太を踏む。何が目的は分からないが、よりによってコンパを攫っていくなんて……
地面を何回踏みつけても気は晴れないが、落ち着けと言い聞かせて息を整える。
死体と血、そして先ほどまでの戦闘が私の心臓と頭を乱す。しかし車は相当音を発するし、振動もでかい。離れても、私なら場所がわかる。
どれだけ逃げても、絶対にコンパを助け出す。攫った奴らを潰してやる。