銃を構えながら階段を上がる。
今死体が二つ転がっている地下四階はほぼ放置されていて、人はいなかった。同じく人の気配のない、暗い地下三階をスルーして、地下二階までたどり着く。
他よりも綺麗な廊下を進み、足音を忍ばせて角に張り付く。二人分の足音が聞こえた。息をひそめる。
何やら談笑しているおかげで、距離が測りやすくなった。
ぬっと顔が見えた瞬間、俺はその鼻を肘で砕く。そいつの一歩後ろを歩いていた男の前に姿を現し、銃弾を叩き込む。
二人とも白衣を着ていた。鼻からとめどなく血を流す男の首を掴む。
「ナタリアはどこだ」
「あ……ひ……」
そんな声にならない悲鳴を上げて、恐怖に目を見開く。
「十一歳の女の子がいるはずだ。どこだ!」
銃口を頭に突き付け、もう一度問う。だが、あわあわとしているだけで男は答えない。
引き金を引いて、俺は進む。
銃声を聞きつけたか、次の角からさらに誰かがやってくる。
防弾着の上に、胸や肘膝に金属プレートをつけた、完全防具兵だ。
試しに撃ってみるも、厚いヘルメットに阻まれる。しかしよろめくという効果が出ただけで十分だ。
立て続けに二、三発撃ちながら走る。のけぞったまま戻らないうちに、壁を蹴って跳躍する。膝をヘルメットに打ち付け、勢いで下がらせる。
ダメージはないが、顔は完全に上を向いていた。
着地と同時に銃を撃つ。相手は防護されていない喉から鮮血を迸らせて倒れた。
その陰からもう一人、防具兵が来る。
ごそりと取り出したのは警棒だ。
気づいた時には遅かった。不意を突かれて、ガツン、と頭に衝撃が走る。
思考と視界がぼやけて、反射的に後ろに下がる。
俺は銃を収め、振り下ろされる棒を避ける。来るとわかっていたら、大ぶりの攻撃じゃ当たらない。次々と振られる武器を、身体をわずかに逸らすことでいなす。
腕をつかみ取り、警棒を取り上げる。奪った武器で顎を打ち上げて、さらに首の骨を殴り折る。
叩き落とすように、警棒を投げ捨てた。
角を曲がり、奥にある扉へたどり着く。前へ立つと、自動で開いた。
壁も床も机も、白一色で調えられた大きな部屋だ。ガラスの扉で仕切られた部屋が隅にある。
リーンボックスの、秘匿された研究室だ。ここが出来たのは何年も前で、犯罪組織を倒すためのあらゆる開発が行われていた。
今や逆の使い道をされているなんて、皮肉以外のなにものでもない。
「ナタリア!」
叫んだのはまずかった。待ち構えていた兵士が机の影から現れ、銃弾を放ってくる。
慌てて近くの柱に身を隠した。
左肩と脇腹に痛みが走った。血は出ていない。
このスーツは実弾でも身体に届かせないが、衝撃は別だ。ハンマーのフルスイングを食らったような痛みに顔をしかめる。
舌打ちして銃を取る。
ちらりとしか見えなかったが、あの男は普通の戦闘服しかつけていなかった。負けるはずがない。
ぱっと飛び出す。同時に相手も銃を向けてきた。頭に当てないよう、銃口は少し低め。おかげで狙いやすい。
撃たれる前に一発で仕留める。
安堵する間もなく、視界の両端から敵が現れる。
再び柱に隠れた。先ほどまでいたところに、集中砲火が浴びせられた。
こうなれば、仕留める気があるのかないのかわからないが、ここで死ぬ気はない。
撃たれている場所に、銃を一丁投げる。釣られて、二人が弾を放った。宙を舞う拳銃に弾は当たらない。へたくそが。
柱の反対側から出て、二人を仕留める。
柱から柱へ、机から机へ移動する。敵の姿はもうない。
警戒しながらゆっくりと移動し、隅の部屋へ向かう。
中にはいくつかのモニター、取り外された電極。中央のベッドには、見慣れたものが置いてあった。
中に入り、それを掴む。ナタリアに与えた帽子だ。彼女はここにいた。今は?
周りを見ても、ヒントになるようなものはない。
ふと、モニターが置いてある机が気になった。小さな箱が置いてある。
開けてみると、銃弾が五発。紫色のそれを、箱ごとポケットにしまう。
おそらくこれが、女神を殺す手段。ナタリアの中の犯罪神から取り出された破壊の力。
力の抽出はもう終わっている。だとすればナタリアは……
脈打つ心臓の鼓動に押されるように、俺は動いた。投げ出した拳銃を拾い、倒れている男から小銃も拝借した。
最上階にあがあるには、かなりの段を上がらなければならない。しかし、エレベータは危険だ。
選択の余地なく、階段を駆ける。すぐに一階へ出た。
都合の悪いことに、そのまま上へは上がれない。広いエントランスを横切って、逆側のドアへ駆け込まなければ。
一階の通路を渡り、入り口まで来た。
さらに悪いことに、予想よりも多い兵士たちが待ち構えていた。
俺は戦闘の兵士へ発砲する。糸が切れたように倒れた兵士を見て、他がたじろぐ。
先制を奪われて、怖気づいたのだ。
その隙をついて、もう二発。銃声とともに二人の命が消える。
ようやく我に返った兵士たちが、何発もの銃弾を放つ。
その半分ほどが俺の身体に命中する。燃えるような感覚のせいで、どの弾がどこに当たったのかがわかる。
一瞬、視界が灰色に染まる。痛みにうめく前に、必死で動く。
ぐるりと前回りして、横へ飛ぶ。
敵が俺を捉えなおす前に、銃を連射して四人を倒す。
留まることをせずに、常にがむしゃらに動きながら弾を放つ。
まだ敵は残っていた。何発か銃弾を受けながら、的確に撃ちぬいていく。
小銃の弾が切れたときには、二桁ほどの死体の中に立っていた。
全身が怒りで満たされていた。灼熱のような痛みがそれに拍車をかける。
生きているのが不思議だった。どれだけ傷つけられようと命が消えないことに、俺はさらに怒りを覚えた。
限界を超えた身体を、感情だけが動かしている。
燃え盛る感情が吹き飛ぶ前に、俺は歩を進める。血だまりに倒れる兵士に小銃を投げ捨てる。
この兵士たちと同じように倒れてしまえば、いや膝をついただけでも地獄に堕ちそうだった。
いつかは堕ちる覚悟はある。だがまだ早い。
首元に死神の鎌を添えられても、立ち止まる理由にはならなかった。
死体を踏みながら奥へ踏み出し、階段を上がる。
敵もそれをわかっていた。次々と現れる兵士たちに、俺は拳銃の銃口を向けた。
殺意を向けられる前に、殺す。かつて彼らと同じ立場で培った能力を存分に生かす。
どれだけ近くに寄ってこられようが、意地になって弾丸を浴びせる。
この建物には死が蔓延していた。命を守ろうとすれば失う。手に入れようとすれば遠のく。
後悔も懺悔も意味はなさない。もはやここは教会などではない。救いを乞うべき女神はここにいない。
壁に手をつきながら、朦朧とした頭で足を動かす。
音がなくなった。
俺以外の誰も彼もが死に絶えた。死者は階段を永遠の寝床とし、静寂の空間を作り出す。
いつもこうだった。
他人も自分も傷つける
足や腕、全身に砂袋をつけられたような重みを感じながら、一段、また一段と上がる。
気を抜けば転げ落ちてしまいそうだった。
誰かに引きずられている、と錯覚した。誰かの手が俺の足を掴んでいる。
ちらりと下を見ると、闇がぱっくりと口を開けていた。何者かが、そこへ俺を引きずり込もうとしている。
今まで殺してきた人間の憎悪か、あるいは悪魔が誘っているのか。
ぐっと力を込め、ようやく最上階に着いた頃には、息が上がるのを隠せなかった。
廊下を渡り、執務室の扉を叩くように開ける。
信じられないものを見るような目が四つ。いたのは二人だけだった。
ナタリアとチカ。
おびえた様子もなく、チカは俺を眺める。
こうなることを予測していたような、諦めの闇が目の中に見える。
無言で銃口を向ける。
引き金を引くと、カチッという乾いた音がした。弾切れだ。
銃を投げ捨てて、よろよろと近寄っていく。
ナタリアの手を引くと、チカは簡単にそれを許した。
「女神を殺す弾丸は地下にあるわ」
背中越しにそれを聞く。
この状況にあっても、彼女は復讐心を捨てきれないでいる。
どれだけ周りを殺されようと、自分が殺されようと構わない。
彼女の心は、女神が殺された時から変わっていない。
「もういただいた」
ポケットから箱を取り出して、見せる。
戦闘が終わって、俺の身体はさらに痛みを自覚し始めた。
閉じてしまいそうな瞼を、無理やり開ける。
「それはあなたの銃に合わせてある」
チカが、長いバックパックをナタリアに持たせる。
俺の銃だ。
人間と女神を殺すのに必要な武器を、彼女は再び俺に戻した。
「女神を殺して。そのあとは、どうしてくれても構わないわ。アタクシを殺すのも自由」
ふん、と鼻で笑って、俺は出口へ向かう。
この身体じゃ、銃を掴むことも難しい。この女を殺すのは、また今度だ。
今やるべきことは二つ。生きることと生かすこと。
来た道を戻る。ぬるりとぬめる血に足を取られまいと踏ん張る。
転がる死体を無視して、入り口から外へ出た。
差し込む光に意識がもっていかれそうになる。
朝だ。
右足、左足、右足、左足。亀の進むようなスピードで前へ進む。
耐え切れなくなって、糸が切れたように俺は潰れた。
どしゃりと音を立てて、地面に突っ伏してしまう。
防弾着はあくまで命を救うためのものだ。弾丸の威力を削ぐだけで、撃たれても平気なわけじゃない。むしろ、一発でも撃たれれば戦闘続行不可と考えていい。
それを何発、十何発と受けて、俺の身体は限界を超えていた。
力が入らない。這うようにして進む。
やがて指一本すら動かなくなって、地面に沈む。
ばらばらにされるような激痛を感じながら、意識は地に還っていこうとする。
ぬるり、と液体が手に触れた。赤黒い染みが地面に広がる。
その血が、もうどこからか出ているのかわからない。あるいは、全身から噴き出しているのか。
俺はここで死ぬのか。何もかもが中途半端なまま、何もこなすことができないまま地獄へ堕ちるのか。
褐色の手が、すっと視界に入ってきた。
やけに暖かい感触が頬に当たった。