「ほらほらいかがなさいました!? 防戦一方ですわね!!」
「ッ……!」
亀鶴城のような西洋剣術の使い手とやり合った経験が皆無の紫雨は酷く攻めあぐねていた。
攻めなければその亀鶴城の下半身のバネと細剣の“しなり”を生かした変幻自在の突きをもらい、攻めれば進行方向に切っ先が置かれている。
その絶妙な間合い調整の秘密は先ほども言及があった通り、足回りにこそある。
(外側を向いた左腰、そして左膝。日本の剣術ではまず真似することの難しい伸びと速度はこの立ち姿でしか生み出せぬ。つま先と膝を使った柔らかながらに強烈な足捌きは……なるほど不勉強が実に悔やまれる……ッ!)
要塞を相手にしているような気分であった。
難攻不落を絵にしたような相手。およそ日本剣術の使い手のみしか相手にしてこなかった紫雨の眼には、亀鶴城メアリは靄がかかった強敵と映っていた。
「私を狙った理由は薔薇咲殿だけかッ!」
「十分過ぎましてよ!! あたくしの死ぬほど可愛い妹分に手を出した罪は海よりも深くてよ!!」
「それほどまでかッ!」
「それほどまででしてよ!!」
激痛走る。腕、背中など、神経の集中する箇所のみを集中して攻撃されることのなんといやらしい事だろうか。
突かれる度に反射的に硬直してしまう。これは訓練ではどうにもならず、またその隙が致命傷となることもまたおかしいことではない。
「さぁ泣くが良いですわ! そして跪きなさいッ!」
塵も積もれば山となる。蓄積したダメージはいずれ地に膝を付ける要因となることは紫雨は良く知っていた。
そして同時に、紫雨は亀鶴城の余りの手堅さに舌を巻く。
見るに、フェンシングを源流としたバトルスタイル。
攻撃されずに攻撃する。この当たり前とも言える流れを徹底化させた手法を厳守している亀鶴城は基本に忠実であった。
攻めれば退かれ、退けば攻められる。
暖簾に腕を押しているような感覚、そして向かっても向かってもカウンターとばかりに突きがやってこられては攻撃の意志が萎えるというもの。
「跪く時は己が素っ首落とす時……だッ!!」
「そのような時代錯誤は輪さんだけで十分でしてよッ!!」
更に増える刺突傷。ただの斬撃や打撃ならば慣れているが、点の攻撃はいかんともしがたい感覚だ。
無傷の鶴亀城に対し、傷だらけの紫雨。このままいけば勝敗は明白。
しかしてそこで折れるほど柔な鍛え方をしている紫雨ではない。
踏まれても踏まれてもなお上を向く雑草のごとく。
「はぁ……はぁ……。そろそろ、観念したらいかがでして……?」
「生憎と、我慢強い方でな。亀鶴城殿こそいかがした? 突きの伸びがいささか衰えたように見て取れるぞ」
「ッ……!? 良いですわよ。ならば早急に沈めて差し上げましてよ!!」
口にこそ出さぬものの、亀鶴城は紫雨の底知れぬ体力にほとほと嫌気が差していた。およそ亀鶴城はその者がいつ弱音を漏らすようになるかが分かるようになっていた。
だが、目の前の相手はどうだろう。
“分からない”のだ。亀鶴城には紫雨が負けを認め、無様に許しを乞う姿が全く見えなかったのだ。
しかしてもはや自分が疑問を抱くことは許されない。
天下五剣とは“そういう”ものなのだ。自分は剣を抜いた、
――ならばそれ相応の結末を迎えなければいけない。
「亀鶴城殿は」
「何かしら?」
「先ほども聞いたが、亀鶴城殿は何故に薔薇咲殿の為に出来る……?」
愚問。鼻で笑い、亀鶴城は答えてやった。
「大切な妹分だからと言ったのが聞こえなかったのかしら!? あたくしがここまで動くのはそれだけ十分でしてよ!!」
「ッ――!!」
両腕関節、両太ももを突かれ、思わず肺の中の酸素が漏れだした。思わず膝をつきそうになる。
だが今の紫雨は、そんなことよりも先ほどの亀鶴城の言葉を噛み締め、飲み込むことの方が重大であった。
(大切な妹分……それだけで、動けるのか。それだけで――戦意を奮い立たせられるというのか)
ああ、そうなのかと。紫雨は得心いった。
自分も“そうだった”。芯を一本通していたはずなのだ。だが、今の自分は?
「私も……そう、だ」
「何をごちゃごちゃ言ってますのッ!」
繰り出される刺突は紫雨に当たらなかった。否、寸での所で避けたのだ。
「……私は、何だ。“雷神”と剣を交えるだけだったのか?」
また飛び込んでくる剣先を、紫雨は弾く。
「私は、“雷神”と戦う為ならば、他の者達全てに目もくれぬような、そのような者だったのか……?」
一人言つ。
「……ああ、そうだった。そうだったな……私は戦う意味を見失っていたのだ。この胸に巣食う解れぬ感情。……そう、か」
曇天に、光が一本差し込んだような気がした。小さく、だけどしっかりと感じられたその感覚を言葉にするのならば。
気づけば雲のようにフワフワしていた足元がしっかりと地に根を張った。そこまで来ると、あとは簡単だ。
「――少しだけ迷いが晴れた」
相対する亀鶴城は紫雨の変化に気付いていた。
(さっきまで死んだような眼をしていらしたのにこの方……何が変わったと言うんですの……ッ!?)
水平に構えられた竹刀の切っ先が、亀鶴城にとって妙なプレッシャーとなっていた。何も武器を向けられたのはこれが初めてではないと言うのに。
それなのに、言い難い重圧が紫雨から感じ取れた。
(それでもあたくしは退くわけにはいきませんわッ!! 死ぬほど可愛い蝶華のために!!)
油断なく細剣を構える亀鶴城と比べ、どこかリラックスした立ち姿の紫雨はどこまでも通りそうな澄んだ声で宣った。
「亀鶴城殿。心して、全霊で打って来い。私の剣はそれを畳み返す」
どちらともなく、動いた。もはや止まることない互いの武器。
「な……!」
紫電の如き速度で、勝負は意外な結末を迎えることになる。
まるで鞘に納めたかのように、細剣が竹刀に突き刺さっていたのだ。理由は何も奇妙なものではない。
ただ、紫雨が精密な剣捌きで亀鶴城を迎撃しただけなのだ。
その様子を見て、第三者は一体どのような勝敗を宣言するのか。答えは明白だ。そんなものは決まっている。
「如何様に亀鶴城殿? 私はこのまま組み敷き合い、喉笛掻っ捌く合戦もやぶさかではないのだが」
「……いいえ、これで終幕でしてよ。ましてや、貴方の今仰った言葉通りの流れになれば――」
「私は」
そこで紫雨はあえて言葉を遮った。それ以上は言わせる訳にはいかない。そのような恥辱、亀鶴城には相応しくないのだ。
「私は、亀鶴城殿に感謝をしている」
「あたくしに?」
「ああ。何せ、会って、手を合わせなければ分からぬ事があった。それが、今の私にとって如何に大事な事なのか。筆舌に尽くしがたい」
「……本当に貴方、生まれる時代を間違えたのではありません?」
「それは重々自覚している。故に、私は亀鶴城と友になりたい」
「はぁっ!? 貴方、何を言っているのか分かっているのですか!?」
「冗談などではこんなことは言わない」
ずいと顔を近づければなるほどこれはまさに、ある意味で美の集大成とも言える整った顔立ちである。染みひとつない陶磁器のような肌と言ったらどうだ。
こんな凄まじい程の美女相手に剣を振るっていたとは東雲紫雨一生の不覚。
「気が付かなかったが随分と美人だな」
「なっ……!? じょ、冗談は間に合ってましてよ!」
「いや、本心だ。おっと、いつまでも竹刀を突き刺しておくわけにはいかないな」
だから厄介なのだ。これがまだ腹の下に一つ孕んでいる言葉ならばまだ嘲ることが出来たのに。どうやら彼女の言葉には気持ちが悪いほど、気持ちを率直に伝えてくる力があるようだ。
損傷した竹刀を納める紫雨を見ながらそう感じていた亀鶴城は彼女に倣い、細剣を鞘に納めた。
「……で?」
「……で? とは?」
「あたくしは死ぬほど可愛い蝶華のために貴方を痛めつけると決めて来ました。ならばそんな貴方は? わたくしの怒りを真正面に受けて、なおかつ勝……引き分け以上に持ち込んだ貴方が、わたくしに求めるものはありますの?」
何だそんなことか、と紫雨は妙に安心できてしまった。だったら話は簡単だから。というより、とっくの昔に用件は伝えている。
「……話は聞いてくれていたのだろうか。最初から友になりたいと言っているではないか」
「ほ、本気でしたの?」
「私はあまり冗談は言わないということは、今しがたの打ち合いで分かっていただけたかと思っていたのだが」
信じてもらえていないことは何となく紫雨にも分かっていた。だからこそ、変に着飾ることはしない。常に真正面から、それが東雲紫雨の心がけである。
「最初から言っているではないか。亀鶴城殿と友になりたい、と」
「あたくしと……」
「おっと、その前に誤解を解いておかなければならないか……」
そう前置き、紫雨はなるべく簡潔に事の成り行きを説明する。時間もそう掛からなかった。
そもそもの話、薔薇咲の誤解だということを声高に叫んでいきたい紫雨である。
「なるほど……事情は分かりましたわ」
「私も言葉が足りなかった点は重々承知している。後で薔薇咲殿へ改めて謝罪へ行くつもりだ」
「いいえ。その必要はなくてよ」
言うが早いか、亀鶴城は頭を下げた。あまりに唐突な出来事だったので、止める事が出来なかった紫雨は慌てて頭を上げさせた。
「き、亀鶴城殿が謝る必要は無い! 頭を下げさせたくて、私はこの立ち合いを望んだわけではないのだ」
「妹分の非礼はあたくしの非礼でしてよ。だから、これはそのケジメですわ」
右手を差し出すと、亀鶴城は言う。
「貴方に興味が湧きました。きっかけはどうあれ、貴方とは良き関係になりたいと、そう思えましてよ」
東雲紫雨の姿は何が起きても一本の刀としての振る舞いを忘れない
亀鶴城メアリにはひどく目新しく見えてしまった。
「……身に余る僥倖」
交わされようとする手。その交友が成立する寸前――“その声”が振り下ろされる。
「ふははは……いや、素晴らしい茶番であった。お陰で茶請けへ伸ばす手が止まらなかった」
そこに立っていた女性を、紫雨は何と表現すれば良いのか分からなかった。腰まで届くほどの長い黒髪は一本一本が邪竜を彷彿とさせ、その四肢からは熱い鉄の息吹が嗅ぎ取れる。
立ち姿だけで分かった。
この目の前に立つは、とてつもない難敵なのだと。
「……貴方が出て来るなんて、珍しいこともあるんですわね。天羽斬々さん」
「天羽……斬々殿か。私は東雲紫雨だ」
「東雲か。ふむ……」
言うや否や、天羽は紫雨を“観察”する。
立ち振る舞いから見て、良く分かる。この竜はやはり自分が思っていた通りの竜であったと。並みの鍛錬ではこうはいかない。何より、と天羽は紫雨の目を見る。
素直に、賞賛を向けることが出来た。何せ、彼女はこの学園の誰よりも、下手すれば自分よりも、“戦う者”の眼光であったのだ。
――故に。
「竹刀を構えろ。この私、手ずからその真を見極めてくれる」
君臨せざるを得ないのだ――。
武装少女マキャヴェリズムOVA見ました。すげえ良かった(語彙力