武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第八話 「どうするか」

 紫雨は驚愕していた。今しがた入口辺りにいたはずなのに、気づけば自分を通り過ぎて奥にいたのだ。

 その理由は分かっていた。凄まじく自然な視線誘導と有り余るほどに流麗な体捌きを以て可能とするただの“移動”である。だが、その単純な移動も昇華を突き詰めれば“瞬間移動”となる。

 

「……名を伺ってもよろしいだろうか?」

「……それは、貴方も良く知っているのでは?」

「ふ、ふふふ……探り探り行こうと思っていたが、無駄な労力であったか」

 

 ああ、知っていた。問いかける前に言った言葉と、そしてそれにそぐわぬお手並みを拝見してしまっては、もはや己の該当する人物はただの一人しかいない。

 紫雨は、その頭に浮かぶ名前をそのまま口にする。

 

「その身のこなし……現代の忍と名高い七番――藤林祥乃殿とお見受けするが、如何に?」

「……イカもタコもない。私は忍者」

「鳴神虎春殿の右腕である貴方がここにいる……ふ、ふふ、ふふふ……」

「……気でも触れた?」

「否。やはり正解だったと小躍りしている所だ」

 

 竹刀を抜き、構える紫雨。

 

「鳴神虎春殿は何処へ?」

「……教えるのは簡単だけど――」

「――九本」

「ふぅん……」

 

 藤林は一体どこで気取られたのだろうと所作を振り返るが、自分の“仕込み”はそう容易く見破られるものではない。今しがた紫雨が口にしたその本数とは、紫雨の意識を“盗み”、自分の机に行く間に張り巡らせたワイヤーの本数に他ならない。

 しかし、驚いているのは藤林だけではない。

 

(恐ろしや、藤林学園長殿……!!)

 

 たったの一瞬(ひとまたた)きで、そのような本数のワイヤーを室内に張り巡らせるその腕前。噂に違わぬその魔手。そして紫雨は侮っていた。

 

 およそ室内戦闘において、藤林祥乃は無双を誇る。

 

 その事を忘れていたわけでは断じてない。ただ、自分の想像よりもえげつのない手腕だったと、それだけの話である。

 今の自分はさながら、愚かにも蜘蛛の巣へと飛び込んだ哀れな羽虫といったところであろう。

 

「……東雲一刀流の事はたまにお嬢様(・・・)が喋るのを耳にしている」

「お嬢様――鳴神殿か……ッ! それは重畳……ッ!」

「暗闇と共に在り、暗黒と共に振るう血塗れの剣。……滅びた剣術流派を受け継ぎ、今もなお現代に顕現させる貴方の目的は何?」

「今の東雲一刀流にそのような心は無い。先祖への唾吐き者と蔑まれようが、その真なる心意気を理解していればこそ、今もこうして私はこの剣を振るえるのだ」

「私にそのようなものは通用しませんが……?」

「それも善き。それよりも、私が知りたいのはただの一つ」

「何ですか……?」

「学園長殿は今ここで、やり合う気はあるのかと、それだけだ」

 

 交わされる視線。そこに含まれる感情はほとんど無く。

 紫雨と藤林はゼロからトップスピードで動ける体捌きを持つ両雄である。“始める”のは一瞬、“終わる”のも一瞬だった。

 だからこそ、互いに動けなかった。動くということ、それすなわち死合いの始まりを意味して。

 

「……分かっているんでしょ、貴方も?」

「分かっていますとも。故に、こちらから因縁を付けておいて大変失礼に当たるのだろうが、ここは剣を納めさせていただきたい」

 

 ここであっさりと剣を納める紫雨を見て、藤林はここの生徒との“違い”を感じ取っていた。それは“やはり”といった類のもので。

 この東雲紫雨という生徒は仕合や勝ち負けと言った物に拘りの類は無いのだろう。見据えるはその先にある“価値”。

 現に紫雨はこの時点で濃厚な“泥仕合”の予感をかぎ取っていた。

 対する藤林は目の前に立つ東雲紫雨に後れを取ることは決してないという自信があった。しかし、だからといって気を抜いていられるほど容易い相手では無いことは、放つ気配からひしひしと感じ取られる。

 その姿は、どこかで見たことがあった。

 

(……いつぞやの“あの子”に似ているその眼。ああ――きっとこの子もお嬢様へ……)

 

 いかな事実を突きつけても決して揺らぐことのないその行動方針。それはきっと、如何な形を持つかは知らぬが自身が仕える主へ影響を及ぼすこと必然。

 そう思えたのはいつかの昔なだけで。今の藤林は、過去の自分と違ってもう少し柔軟な発想に至れると、そう自分へ言い聞かせた。

 

「――――いいえ、剣を納めることは許しませんよ。何せ、学園長へ刃を向けたのですから」

 

 その言葉の後、高まる敵意。

 それに気づかぬ程愚鈍な紫雨ではない。

 

「向けたつもりは微塵もないが……いたし方あるまい。まずは学園長殿の誤解を解く所から始めるか……ッ!」

「誤解、という訳ではない。以前にもこうして実力を計ったから……うん、普通」

「以前?」

「……“跳ね馬”、で分かる?」

「“跳ね馬”……!? 敵対したことがあるとはなるほど流石“飛びユキノ”……!!」

 

 その名は紫雨もよく知っていた。

 “跳ね馬”遠山荒馬。番号持ちの中でも異質の“協調”しない側の人間として、紫雨の知識に入っている。しかし、その言葉には少し奇妙な違和感を感じた。

 

「学園長殿の力量ならば、遠山荒馬殿の実力は計らずとも推して知れるはず。なのに、何故そのような面倒なことを……?」

「……ああ、そうか。貴方は知らないのですか」

「何を?」

「……遠山荒馬は亡くなっています。今は“代わり”がその番号を張っています」

「何と……遠山殿が……。なればその代わりとは……?」

「それは――――」

 

 空気が、“動いた”。その本能的とも言える警鐘に従い、紫雨は一歩でその言葉に出来ないプレッシャーの幕から抜け出した。

 

「……へぇ、完全に不意を打ったと思ったのに」

「ワイヤーに繋がれた小型クナイで背中を狙うとは……何たるお手前」

 

 それこそ藤林祥乃の十八番。

 室内に張り巡らせたワイヤーと、小型クナイに繋がれたワイヤーを用いて、軌道を巧みに操作することで可能とする死角からの攻撃である。

 初見では勘の良い者か、恐ろしいほどに彼女を注視した者でしか対応できない妙技。

 

「しかして、僅かにおかしくなった風の動きが私に教えてくれた」

「だからと言って、勝ったという事ではないのは良く分かっているはず……」

 

 既にいない。否、下段。まるで鎌のように鋭く繰り出される足払い。

 後方へ跳躍することで事なきを得るが、その度し難い隙を見逃すほど“飛びユキノ”は甘くはない。

 

「上……!?」

 

 先ほどまで地に着かんばかりの低い体勢だったというのに、身体はもう紫雨を飛び越えるくらいの“高さ”にあった。

 音もなく上げられる右脚。その威容たるや紫雨の眼には一瞬、斧のように映った。

 

「ッ――!」

 

 辛うじて身を捻ることで、やり過ごせた。しかし振り下ろす速度あまりにも人外。前髪の先端が僅かに斬られていたのには流石に背筋が凍った。

 今度は片手五指のみで接地し、藤林は天地逆転の構えで踵落としを繰り出す。変幻自在とはまさにこのこと。

 躱すだけで精いっぱいであった。

 

「……この程度?」

「否。ようやく身体が暖まってきたところだッ!」

「その割には竹刀の振りが遅い……」

 

 更に跳ね上がる藤林の速度。天井を蹴り、壁を蹴り、地に手を着き天地逆転の姿勢からの跳躍など。およそ人間と言って良いのか疑わしい変則的“過ぎる”三百六十度全方位超機動。

 状況は後手後手中の後手。視覚では既に追うのは諦めている。その他の四覚をフルに活用し、ようやく後手の後手と持ち込めていた。

 

 

 ――しかしそれも“飛びユキノ”とまで称された修羅の前ではか弱い虫の鳴き声と同等で。

 

 

「お見事と言わざるを……ッ!!!」

 

 右手に感じる空虚。視界の端に映るはたった刹那の隙を突かれ、その結果、無様に弾かれた竹刀。

 思わず絶賛の言葉を漏らしていた。たったほんの少し気が逸れただけで詰まされる相手に出会ったことはいつ以来であろうか。因幡月夜に関しては元より実力が気配から滲み出ていたので、納得すら出来る結果であったが、この学園長殿は異常。

 能ある鷹は爪を隠す、の典型的な例である。ただ非情に冷徹に、現実を突きつけられているような、そんな感覚であった。

 しかして、そこで諦める紫雨ではなかった。

 

 

「――だが、東雲一刀流は武器を持つだけではないッ!!!」

 

 

 五指の間に挟んだ小刀を避け、突き出した右腕を抑え込んだ紫雨。完全に硬直状態。そこで、あえて紫雨は言ってのけた。

 

「腕は完全に拘束したぞ学園長殿ッ! 下手に動けば脱臼は免れまいッ!」

「脱臼が怖くて、忍者は出来ない……」

 

 だが口だけであった。

 己の軸足へ絡まされていた藤林の足。このままでは逆に足を折られる事を察した紫雨はせっかく近づけた距離を手放さざるを得なかった。

 

(これは……何とも……)

 

 似た相手と戦った経験が全くない紫雨は、藤林のあらゆる行動に理解が追い付けなかった。今のやり取りなど最たる例である。

 紫雨はしかと感じ取っていた。

 

 今しがた――藤林は腕が外れようが、折れようが構わなかったと。

 

 足と同時に、完全に拘束していた腕に力が入っていたのだ。だからこそ紫雨は足元に注意がいかなかった。

 

「膠着状態……か」

 

 無音の室内に、携帯の着信音が響いた。

 軽く目配せをした後、藤林は携帯を耳に当てる。

 

「……ええ、はい。今踊っている所です。……分かりました」

 

 すると、藤林はスピーカーモードにした携帯を紫雨へ向けた。

 

「何を……」

 

 

『初めまして。東雲紫雨さん』

 

 

 全身が硬直した。その声、その口調。およそ顔と名前しか知らなかった紫雨の薄い知識を以てして、直感的に感じ取っていた。

 そう、この声の主こそが――。

 

「鳴神……虎春殿……ッ!!」

『殿付けって好まないわ。私の事は呼び捨てで構いません』

「何故このタイミングで表へ出て来たのか教えて頂きたいものだ」

 

 ひとしきり上品に笑った後、鳴神虎春は言った。

 

『滅びたとされる東雲一刀流が現れたと聞けば、興味が湧く。だから今こうして言葉を交わしている。そう、それはとても自然な流れだと思いませんか?』

「物見に訪れたにしては手の込んでいる……それで、私に何の用か」

『あら、それは言い間違いではないでしょうか? “貴方が”私に用があるのでしょう?』

 

 遠慮なく、紫雨はその言葉を口にする。

 

「一戦、果たし合いを所望する」

『それはまだ駄目』

「何故に……!?」

『貴方にはまだ私の前に立ち塞がる資格がありません。それに気づかない限りは、私は貴方と立ち会うことはないでしょう。……祥乃、もう良いわ。切って頂戴』

 

 死刑宣告に等しい、その言葉。

 

「待てッ!!!」

「……気を抜いた」

 

 気づけば地面に組み敷かれていた。しかも、藤林は片手でそれを行ったという余りにも屈辱的な状態で。

 

「……天下五剣、女帝、そして納村不道」

「その連ねられた名は……」

「さあ……私、忍者ですので。そこからどうするかは貴方次第」

 

 どうするか。

 それに即答出来るほど、今の紫雨の心は水面ではなかった。




声だけだけどついに登場した“雷神”!!!

感想をくれた

一条秋様、紅葉久様

ありがとうございます!

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