神父
人里離れた樹海のような土地。
およそ人が暮らすにはあまりに過酷な環境、勿論そこに人が住んでいるような跡は見られない。
そんな樹海の中で、人ではないナニカが息を切らしながら必死に樹海を疾走する。
その表情はまるで自身に迫りくる死から逃げるような必死の形相だ。
「クソクソクソクソクソ、ふざけるな!」
異形の男は悪態を吐きながらも走るのをやめない。
走ることを止めたら最後、それが自身の終わりだという事を理解していたからだ。
その証拠に異形の男の身体はそこら中から血を流しており、地面にはポタポタと血が垂れ落ちている。
初めこそ意識が飛びかねない程の痛みに悶絶し、怒りを感じたが今はそんな事すらどうでもよくなるほど恐怖に駆られていた。
そんな異形の男を恐怖に駆り立てる存在、それはすぐそこまで来ていた。
バチチチチ
高熱の物体が周りの木々を焼き払いながら男に飛来する。
男はすぐさま振り返り飛来する物体を防ぐために防御魔法陣を展開するが、それは男の命を少し延命させる役割しか果たさない。
高熱の物体は防御魔法陣と衝突し一瞬拮抗するが、言葉通り一瞬。
高熱の物体は防御魔法陣を容易く突き破り男の左腕を焼却する。
男の行為は無駄に思えるかもしれないが、防御魔法陣は破壊こそされたが高熱の物体の軌道を逸らすことに成功していた。それでも四肢の一部を失うほどの威力を持ち、男の動きを硬直させるには十分だった。
「グゾグゾグゾグゾガァァァァ!俺はSレート悪魔だぞ!それが人間如きにぃぃぃ?!」
悪魔と名乗る男はこの理不尽な状況に喚き散らすが、それで状況が好転することはない。男にとって死を具現化したかのような存在はすぐそこまで来ているのだから。
「お前だ、お前のせいだ、俺がこんな地べた這いずりまわっているのもこんなに痛い目にあっているのも全部全部全部お前のせいだぁ?!」
男の思考は既に痛みと恐怖により支配されており、正常な判断ができないくなっていた。最も、正常な判断ができたからと言って状況が好転するはずもないが。
男は残った全ての力を右手に収束、目の前の死神に向けて放つ。放たれた攻撃は目の前の樹海を更地に変えるほどの大爆発を起こす。
男は恐る恐る爆発の跡に目を向けるが、そこには何もない。
「ハ、ハハ、ハハハハッ!ざまあねえな!所詮貧弱な人間だ、俺の攻撃に耐えられるはずがなかったんだ!」
男は目の前の恐怖から解放された途端、狂ったように笑いだす。
だが、男は忘れていた。
その貧弱な人間と戦闘が始まってから一度も攻撃を当てることができなかったことに。
ドスッ
「アぺ?」
男の口から赤い液体が飛び出る。男は一泊置いてからそれが自分の血であることに気が付いた。それと同時に口から剣のようなものが生えていることにも。
「いぢゅのま―――――――――」
男が言葉を言い終える前に剣から発せられる高熱、雷に焼かれ男は塵となって消える。
その様子を感慨にふけることなく、感情一つ変えずに見届けた後、その場から立ち去る。
■□■□
バチカンに存在する教会の本部
教会の中では神父服を着た男性と司祭の服を着た男性が話をしていた。
「はぐれ悪魔ゼリアモスの討伐任務、無事果たしてくれたようで何より」
「はい」
「Sレートのはぐれ悪魔相手に傷一つなしとは恐れ入る。流石無敗の
「大したことではありません」
その発言に苦笑を零す司祭。
Sレートのはぐれ悪魔はレートで上から3番目、その脅威もレートに比例して高くなる。現在の教会でSレート相手に傷一つなく討伐することが可能な人物は両手で数えるほどだ。それを大したことではないと言ってのける彼がどれだけ異常なのかは察せるだろう。
司祭は少し考えた後、彼に新たな任務を与える。
「君にはこれからある任務を受けてもらう。お得意の討伐ではなく奪還任務になるがね」
司祭は任務の詳細を説明をする。
どうやら彼が教会を留守にしている間に聖剣エクスカリバーが何者かによって奪取されたらしい。犯行は極めて隠密に行われたようで人的被害は一切ないが、それでも6本あるエクスカリバーの内3本が侵入者に奪われた。教会はすぐさま奪還するため部隊を派遣するが部隊は壊滅、辛うじて生き残った者から首謀者が堕天使幹部コカビエルだという事が判明した。現在コカビエルはバチカンから日本へ移動しており、潜伏先は駒王町だという事が判明している。
この任務はあくまでコカビエルの討伐ではなく、聖剣の奪還、もしくは聖剣の破壊が目的とされる。コカビエルの討伐は可能であればの話であり、優先されるのは聖剣。
以上が任務の概要だ。
「我々の警備が甘かったこともあるだろうが、相手は彼の大戦の生き残りコカビエル。歴戦の堕天使相手では我々には少しばかり荷が重い、主戦力が出払っていたあの状況では警備の有無関係なしに聖剣は奪取されていただろう」
司祭の言葉を聞く限りではコカビエルは手薄となった教会の隙を突き、聖剣を奪取したようだ。奪取時に人的被害が出なかったことは幸いだった。だが、奪還部隊には大きな被害があった。
「話を聞いてわかると思うが、奪還部隊はコカビエルによって手痛い打撃を受けた。残念ながら教会も人材に余裕がある訳ではない。言いたいことはわかるな?」
つまり聖剣の奪還に多くの人数を割くことはできない。
今回のコカビエルの襲撃、及び聖剣の奪取は囮。本来の目的はコカビエルに追手を差し向け、手薄となった教会に襲撃をかける。その可能性も否定はできない。だからこそ、教会にも迎撃することが可能なほどの戦力を残しておく必要があり、コカビエルには最低限の人数しか向かわせることができない。
「一人でも問題ありません」
「確かに君一人でも問題はないかもしれん。だが、今回は聖剣使いと組んでもらう。元々はその二人組に任務を一任しようかと思っていたが、予定が変わった。元々あの二人組には荷が重いと考えていたが、君がいるのなら別だ。堕天使の幹部に遅れを取ることもないだろう。安心して任務を任せることができる」
「その任務、承りました」
「頼んだぞ、有馬貴将」
■□■□
こんにちは、こんばんは本人詐称している有馬貴将モドキです。
いつの間にか転生して、この身体に宿ってました。
言葉にすると簡単だけど、理論とか摩訶不思議とか通り越して意味不明だ。
さて、東京喰種に登場する有馬貴将に似た人物に憑依?してしまった俺ですけどこの世界はこの世界で物騒だ。とにかく物騒だ。喰種みたいな人を喰らう生物はいない、と言いたいけどそれに似た感じの生物が存在している。それだけならよかった、嫌よくはないけど。
この世界には天使や悪魔、堕天使、はてはドラゴンや神様まで実在する。さらに
正直に言うとお腹いっぱいです。
こんな馬鹿みたいに設定の多い世界に転生して生きていくことができるのか不安だったんだけど、そこは流石有馬さん。この身体は姿形だけではなく、身体能力も有馬さん並に高いらしく、一般ピーポーな俺でもどうにか生き残ることができている。
流石無敗の捜査官、白い死神と呼ばれるだけはある。おかげでこうして今日を生きられる。
俺はこの世界で本物の有馬さんのように振る舞う気はない。と言うか振る舞える気はしない。俺はあそこまで顔色一つ変えずに敵を殺せないし、天然でもない。ましてや天才でもなければあれほどのカリスマ性も持ち合わせちゃあいない。
俺自身は単なるコミュ障だし、感情表現が苦手だし、第一臆病だし。この前の討伐任務だって樹海なんて薄気味悪いところから、いち早く帰りたかったから恐怖押し殺して急いで任務終わらせたって言うのに、やっとの思いで安心できる教会に帰ったら、堕天使幹部から聖剣取り返して来いって、泣きたくなったわ。
セキュリティー仕事しろよ。
それに聖剣使いの二人組と一緒に行けって何かの拷問ですかね?
コミュ障の俺が初対面の人間とまともに話ができるわけねぇだろ。気まずくなるわ!
「あら、有馬じゃないですか」
「グリゼルダか」
目の前に美女が現れた!
サーセン、ちょっとふざけました。この美女はグリゼルダ・クァルタ、超絶美女で教会で屈指の実力者だが、オカン気質なところがあり正直苦手。第一女性と話すこと自体が苦手だ。
正直な話、会釈だけしてこのまま立ち去りたい。
「貴方は討伐任務に行っていると聞きましたが、どうしたんですか?」
「任務はすでに終えた。これから別の仕事だ」
「相変わらず仕事が早いと言いますか、無茶をすると言いますか、また無茶な戦い方をしたんじゃないんですか?」
離脱に失敗してしまった。
これはお説教コースか?
俺は一度だけグリゼルダをパートナーに討伐任務に向かったことがある。その時のレートは確かSSだった気がする。討伐自体は問題なくできたが、どうやら彼女は俺の戦い方が気に入らなかったようで、討伐任務が終わった帰り道に耳にタコができるほど説教を頂いた。正直もう二度と御免こうむりたい。
それ以来グリゼルダは俺に無茶なことはしていないか、怪我はしていないかと必要以上に心配してくる。コミュ障爆発しかけるからやめていただきたい。
「そんなに無茶かな?」
「無茶の自覚がないのは変わっていませんね。普通は攻撃を薄皮一枚で避けませんし、避けるべき攻撃を受け止めたりしません」
そんなに言わなくてもいいじゃん。俺だって頑張ってやってるんだし。攻撃が当たりそうなところでギリギリ反応して避けて、避ける必要性がない攻撃は防いでるだけじゃん。そこまで文句を言われる筋合いはないと思う。
「まあ、貴方に言っても馬の耳に念仏でしょうし強くは言いませんが、あまり心配をかけないでください」
「・・・・善処しよう」
そんな心配そうな目で言わないでくださいよ。
こちとらノーと言えない日本人なんですから。
そこまで言われると反論できないじゃないですか。いや、元々コミュ障で反論できるような気概はないですけど。
「それで、次は何の任務なのですか?」
「奪還任務だ」
「奪還任務って、まさかコカビエルが奪った聖剣の奪還任務ですか?」
「耳に入っていたか」
「確かに有馬なら聖剣の奪還は問題ないかもしれませんが、コカビエルと遭遇してもむやみやたらに戦ってはいけませんよ?あなたなら問題ないかもしれませんが」
「わかっている」
俺だって好き好んで堕天使のそれも幹部と闘いたくないわ。
そう言う役割はもっと上の立場の人がやるべきだ。断じて俺のような下っ端にやらせることではない。
「それと一つお願いがあるのですが、その任務に聖剣使いが同行するはずです。聖剣使いの一人にゼノヴィアと言う女性がいると思います。彼女の事をどうかよろしくお願いします」
おい、勘弁してくれよ。
ただでさえ自分の事で一杯一杯だって言うのに、それに加えてグリゼルダの知り合いをフォローしながら仕事とか鬼畜過ぎるだろ。
駄目だ、これだけは了承できない。そんな責任の持てないことを了承することはできない!
今日こそ、俺はノーと言える日本人になるんだ!
「ゼノヴィアは私にとって妹のような存在なのです」
ぐっ、揺れるな俺の心よ。
今日こそ、今日こそは!俺はノーと言える日本人に
「少し自信過剰な面もあるかと思いますが、教会では将来有望になり、必ず教会に貢献してくれるような存在になります。勝手かもしれませんが、どうかお願いします」
「・・・・分かった」
言えなかったよ・・・・
俺はやはりノーと言える日本人にはなれないようだ。
俺はグリゼルダと別れ、久しぶりの自室に戻る。
ああ、今の俺はまさしく社畜だ。
俺は憂鬱な気分の中、任務に向けて準備をする。
偶には自室でゆっくりと過ごしたいものだ・・・・・
■□■□
翌日
教会の前で白いコートを着用した二人の少女、片方の少女は栗毛色の髪をしたツインテールの少女、もう片方の少女は青髪に緑色のメッシュの入った特徴的な髪をした少女、二人の少女は一人の男を待っていた。
「今回の任務、もう一人同伴することになった人って誰かしら?ゼノヴィアは知らない?」
「生憎だが私もそれについては知らされていない。聖剣使いではないということは確かだが、それは些細な問題だ。任務を達成し主に貢献できるかどうか、重要なのはそれだけだ」
「まあ、それもそうよね。それにもうじき誰か分かるんだし考えても意味はないわね」
「イリナ、お前は考えが足りないというか楽観的と言うか、正直もう少し思慮深くなった方がいい。いつか足元を掬われるぞ?」
「随分と失礼な言い方ね。私だって考えていないわけじゃないんだからね」
栗毛のツインテールの少女はイリナ、青髪にメッシュの入った少女はゼノヴィア。彼女たちは教会でも数少ない聖剣エクスカリバーを扱う適性を持った少女たちだ。その実力は聖剣の所持者という事もあり、教会の中でもそれなりの実力を持っていることは有名だ。
そんな他愛もない会話をしていると残りの一人が到着した。
「遅れたようだな」
元々は二人で取り組むはずだった任務、そこに滑り込んだ形で同行する人物は誰なのか。少女二人は到着した人物に視線を向ける。
その表情はすぐに驚愕へと変わる。
現れたのは神父服の上に白いコートを着こなし、両手にアタッシュケースを携えた白髪の男性。
「あ、有馬・・・・」
「貴将・・・・」
二人も飛び入りで参加する者がいるとは聞いていた、だがそれがまさか有馬貴将とは聞いていない。上層部は何故この任務に有馬が参加することを伝えなかったのか、その事を問われたら上層部は『予定より早く有馬が戻ったから』こう答えるだろう。
とうの有馬は『やべっ、待たせたこと怒ってる』と内心焦っているが、そんなことはない。集合時刻はまだ5分前であり、少女たちが先に着いたのは偶々なのだから。
「し、失礼ですが有馬さんは何故こちらに?」
イリナは念のために確認を、と有馬に問いかける。
グリゼルダも問うたことだが、本来なら有馬は未だ討伐任務に赴いているはずなのだ。Sレートのはぐれ悪魔の討伐は捜索、戦闘を含め時間が掛かる。それ故に何故ここに有馬がいるのか、彼女たちの疑問は最もだ。
「仕事だ」
その一言だけでは少女二人には説明不足らしく、頭に?を浮かべるだけだ。彼女たちが求めているのはそう言った言葉ではなく、端的な言葉だ。
流石の有馬も二人の様子を見て言葉が足りないことに気づく。
「俺の任務は君達と同じ、聖剣の奪還だ」
「な、なるほど。それはわかりました。ですが貴方は別任務で教会から出ていたはずでは?」
ゼノヴィアの質問に、有馬はその事かと納得した表情になる。残念ながら彼の感情表現力では、表情は一ミリたりとも変化はしていないが。
説明の為、有馬は簡単に結果だけを伝える。
「それは先日終わった」
「「なっ?!」」
有馬の言葉に二人は絶句する。有馬は事も無く言っているが、二人にとってはあり得ないことだ。
Sレートのはぐれ悪魔の討伐は現在の二人の実力ではよくて五分、それも長期的に見ての話だ。それを短期間で終わらせ、さらには今から聖剣奪還の任務を行おうとしているのだ。これが神器などによる力の補助があるのならまだ納得できる。しかし、有馬が神器を持っていない普通の人間だと言うことは教会では周知の事だった。それ故に二人は有馬がどれだけ常軌を逸しているか理解させられると同時に思い出す。有馬が何と呼ばれているのかを。
今まで任務に就き失敗をしたことがない、教会最強の悪魔祓い
今まで狩ってきた悪魔の数は100を超える、白い死神
所詮噂、尾ひれの付いた話だと考える者も少なくはない。しかし、その名に偽りが無い事を二人は今実感させられた。
有馬貴将は本物だ
「自己紹介が遅れてすまない。私の名前はゼノヴィア、
「えっと、私の名前は柴藤イリナです。
二人は少し遅れた簡単な自己紹介を行う。
そんな二人に有馬は内心『礼儀正しいええ娘らや』と感動する。
「俺の名前は有馬貴将、よろしく」