かつてここまで叩かれたことのある主人公が居たでしょうか?
僕はビックリです。
アザゼルの案内の元、有馬たちは何事も無くグレモリー家に辿り着くことができた。
中にはリアスとその眷属たちが各々寛いでいたが、アザゼルが突然の訪問したため屋敷内はちょっとした騒ぎになった。
それもそうだろう。本来は会議に参加しているであろう人物が、前触れもなく訪問しに来れば驚きの一つや二つはある。
そんな事を気にする事も無く、アザゼルはちょっとこいつ借りるぞ、と言い一誠を拉致、そのまま個室に連れ込む。
「さて、今日から冥界に帰るまでお前を鍛えてくれると立候補してくれた、最強の悪魔祓い有馬貴将だ。教会の戦士なら泣いて喜ぶシチュエーションだ。ありがたく思えよ」
前置きも、本人の許可も、拒否権も、全て無視した暴言。
あまりの理不尽な言葉におもむろに異空間からグラムを取りだそうとするジークを必死で止めるリント。ジャンヌは一誠を品定めするように見るが、すぐに飽きたように目を逸らす。どうやらお眼鏡にかなわなかったようだ。有馬は特に反応することなく、アザゼルの言葉を黙って聞いているだけ。
「ちょ、ま、待ってください!?最初から説明してください!急にそんなこと言われても意味が分かりませんよ!」
一誠も急に拉致され、いきなり本題のみを告げられ状況を理解しきれていない。
そんな一誠にアザゼルは溜息をつきながら言葉を続ける。
「なら馬鹿にもわかるように長ったらしく説明されるのと、端的にまとめた内容、どっちがいい?」
「え、えっと、短い方で」
「どうしようもないほど弱い歴代最弱のお前を教会最強が鍛える。わかったか?」
「すいません!馬鹿でもわかるようにお願いします!」
やはり端的な言葉では駄目だったらしい。というか、これで理解できる人間はほぼほぼいない。
「なら一から説明するぞ。赤龍帝のお前は俺ら三大勢力にとって無視することができない存在だ。極めれば神すら屠ることができる十三ある神滅具のうち一つ、それがお前に宿ってることは周知の事実だ。だが、残念なことにその所有者のスペックは下の下。今のところ上級悪魔一人倒すことができれば上等なぐらいの実力。そんなお宝を素人に毛が生えた程度の奴が持ってたら、前回の停止世界の邪眼の所有者みたく捕まって利用されてもおかしくない。最悪神器だけ抜きだされて殺される可能性もある。さらに言えば赤龍帝と白龍皇は毎回尋常じゃない程の殺し合いを必ずと言っていい程している。赤と白の因縁で戦いに巻き込まれれば、今のお前じゃヴァーリが禁手を使うまでも無く殺される。他の神話、特に北欧や須弥山にだって俺らが神滅具を持っていることを快く思っていない奴もいる。そんな奴らからしたらお前は格好の獲物なんだよ。つー事で、お前は早急に自衛できる程度の実力を付けてもらわねばならん。そこで過去に赤龍帝と白龍皇を倒した事のある白い死神様に指導してもらってさっさと実力を上げてもらう。わかったか?」
「ちょちょちょ、っと待ってください。もっと簡単に説明できませんか?」
「これでもわからねえとか脳ミソどうなってんだ?エロ以外使い物にならねえにもほどがあんだろ。要約すると、何もせずに死ぬか、死ぬ思いして生きるか、どっちか選べ」
至極簡単な二択を提示することによってようやく理解する一誠。
どちらにしても辛いことには変わりない。
先程述べたのはあくまでアザゼルの推測だ。この推測が必ずしも当たるとは限らない。だが、それでもこの先それに近い状況が来るかもしれないことは間違いない。
今の情勢は客観的に見てもよろしいとは言えない。各勢力から離反者が次々と現れ、それが三大勢力だけではなく、他勢力にまで火の粉が飛び火している状況だ。これが原因で他神話との戦争に発展しないとも言い切れない。
そうなれば悪魔に所属している一誠も戦いに出向かなければならない。
もともと平凡な高校生だった一誠にこの選択を迫ることは酷かもしれないが、彼は選ばれてしまったのだ。
―――――――――赤き龍帝に
「……無茶苦茶じゃないですか。選択肢なんてないような選択、なんで俺が……」
突然迫られた選択に難色を示す一誠。
当然と言えば当然かもしれないが、この場において彼に逃げるという選択肢はない。
「……元を言えば俺の部下がしでかしたことが発端だ。俺がもっと部下を管理できていれば、お前は裏を知ることにならなかったかもしれない。だが、それはあくまでIFの話だ。あそこでお前が死んでいようと死んで無かろうと、お前は裏の世界に足を踏み入れることになっていただろう。何故なら二天龍をその身に宿しているんだ。どのみちまともな人生は送れていなかっただろうよ。だからこそ、お前は選ばなきゃならない。後悔しないために、な」
「……後悔をしないため。俺は悪魔になって後悔したことはないですよ?」
「だが、後悔しかけたことはたくさんあるはずだ」
その言葉に一誠の身体が強張る。
「アーシア・アルジェントは一度死んだ。リアス・グレモリーの婚約はサーゼクスの計らいが無ければ決まっていた。コカビエルの時は有馬が居なければ全員死んでいた。ヴァーリが反旗を翻した時はそれを見ていることしかできなかった」
「……でも、結果的に助かってます」
「運良くな。だが、それが長く続くと思うなよ?」
アザゼルの言葉は最もだ。一誠は何もできていない。
彼は毎回手遅れだった頃に駆けつけ、周りに助けらながら運よく無事に済んでいるに過ぎない。
それがいつまでも続くと考えるのは大間違いだ。
「アザゼル」
ここで話に割って入ったのは意外にも意外、有馬だった。
有馬は一誠に目を向けながら言葉を続ける。
「彼と少し話がしたい。二人にさせてくれ」
有馬の発言に難色を示すアザゼル。それとは正反対にジーク達は何も言わず部屋から退出する。
アザゼルは数秒考えた表情をし、それを終えると大きく溜息を吐く。
「仕方ねえ。ここに連れてくる条件がそれだったんだ。できるだけ短く済ませてくれよな」
アザゼルは渋々と言った感じで部屋から退出する。
去り際、ふっ、と言う笑い声が聞こえた気がしたが気のせいだと考えた。
□■□■
思い通り!思い通り!思い通り!
無表情がデフォルトの有馬、その彼のどこぞのキラよろしく悪巧みに成功したような表情をしている、つもりだ。その程度の表情の変化、それでも有馬は笑った。内心大笑いしているが。
兵藤一誠が王になりうるのか、なりうらないのか。
ここに来るまでにも何度も考えた。
だが、それは実際見て見ないことにはわからないという結果しか出てこなかった。
苦悩の渦の中、有馬は閃いた。
――――――成長するのを邪魔すればいいんじゃね?
その考えが浮かんだ瞬間、すぐさま計画を変更。
兵藤一誠を隻眼の王である可能性をすぐさま排除、忘却の彼方へと追いやる。
変わりに兵藤一誠をいかにして成長させないか、強くなれないと諦めさせるかに考えをシフトする。
原作のカネキも有馬のしごきによって隻眼の王としての実力を身に付けた。
なら自分が手ほどきしなければ、むしろ足を引っ張ればその可能性は潰えるのではないか?
有馬自身、今まで他者に手解きと言う程のことをした覚えはないが、それでも自分が他人を指導することができるほど、器用な人間じゃないということは理解している。
自分の無茶苦茶な指導で強くなる確証などない。
だが、万に一の可能性もある。
一番のベストは強くなること自体を諦めさせ、堕落させていくことだ。
最高なのはその結果、兵藤一誠が死亡することだ。
人間性を疑われると思うが、自分が助かるためなら仕方がない。
その為に必要なのは逃げ道。
特に今のような過酷な選択を強いられている時こそ、その逃げ道は甘美な物となるだろう。
そして一度妥協してしまえば、そう簡単に抜け出すことはできない。
そうと決まればさっそく決行だ!
「兵藤一誠」
こうして有馬の隻眼の王誕生阻止作戦が始まった。
□■□■
「な、なんですか?」
一誠は緊張で上ずった声で返事を返す。
だが、そんな事を気にすることなく、有馬はできる限り優しく言葉を続ける。
「先程の選択、そこにだけ視野を狭めるのは良くない」
「……じゃあ、他に選択肢なんてあるんですか?」
一誠の諦めが混じった弱音、それは有馬が最も望んでいる言葉。
精神的ゆとりがない現状、そこに甘く優しい選択肢を与える。
どこかの隻眼の喰種も言っていた『人に愛される最も簡単で効果的方法はその人の傷を見抜いてそっと寄り添う事』と。
今回の場合、極限の選択肢とまでは言わないが、一般人にすれば過酷な選択肢の中で、最もかけてほしい言葉、それを提示することによってその人に寄り添っているかのように見せる。
「アザゼルはああ言ったけど、何も君一人が強くなればいいわけじゃない」
「俺一人だけじゃなくて?」
甘く甘美な言葉、ブッラックホールの様に暗く吸い込まれていきそうな
「君には仲間が居る。その仲間と一緒に強くなればいいよ」
「部長たちと一緒に……」
その甘美な囁きに吸い込まれていく。
一見、正しい選択のように見える。
だが、これには大きな落とし穴がある。
有馬は兵藤一誠の情報を探ると同時に、その周囲の情報も探った。
幼くして母を失い父を拒絶する堕天使と人間のハーフ
幼くして姉と離れ離れになり仙術にトラウマを持つ希少な猫魈
幼くして同族から迫害され対人恐怖症なハーフヴァンパイア
幼くして実験動物のように使い捨てられた元教会の戦士
ぱっと調べられただけでも、これだけの情報を手にすることができた。
この者達の共通点は過去に囚われ、未来へ進むことができていないという事だ。
聖剣事件の際、一人が過去を乗り越えたらしいが、それは稀有なことだ。
普通は今まで目を逸らしてきた事実と向き合うことはそう簡単ではない。それが長きに渡って逃げ続けてきたのなら尚の事。
この仲間たちと一緒に強くなろうというのなら、長い時間が掛かるだろう。
そして足の引っ張り合いをし、互いが成長することができないと傷の舐め合いでもしてくれれば更に良し。
自分たちはこのままでいいと妥協してくれれば大成功だ。
そんな事を考えている有馬は中々に人間性が終わっている気がするが、彼も生きることで必死なのだ。
「悪魔の寿命は長いんだ。そう急ぐことはないよ」
そうして長い年月をかけて腐らせていく。
時間はたくさんあるんだから急がなくていい、チャンスはまたあるんだからと。
「そ、そうですかね?」
有馬は内心計画通り、とほくそ笑む。
ここまで来れば後はもう一押しだ。
一誠はその選択に魅了されている。
だがそれと同時に、それを選んでいいのかと疑問も感じている。
「君と仲間の道だ。急がず自分のペースで進んでいけばいいよ」
この場合、最後の一押し、他者からの同意を得ることによって、その考えは確固たるものとなる。
どんな生物でも他者からの共感を得られなければ胸中に不安が残る。
そこをついた悪魔の囁き、それは完全に一誠に浸透した。
「ですよね!俺だけじゃ無理でも部長や皆とでやればどうにかなりますよね!」
先程までとは打って変わった元気の良さを見せる一誠。
その表情には先程までの葛藤は見えない。
彼は選んでしまったのだから。
「俺で良ければ、また相談に乗るよ」
「あ、ありがとうございます!」
こう言っておけば今後このような悩みを持ったとき、有馬に相談することがあるはずだ。
過去に自分の悩みを解決してくれた。
そのように思わせることができたことは大きい。
「じゃあ、そろそろ戻るよ」
有馬は抑えきれぬ高揚の中、部屋から退出する。
面白すぎるほど単純で、扱いやすい。
まさかここまで簡単に事が運ぶとは有馬自身も思ってもいなかった。
予定では徐々に信頼を勝ち取っていくつもりだったが、今回のおかげでそう言った真似をしなくてもいいだろう。
すでに充分すぎるほどの信頼は勝ちえた。
「おう、話は終わったかい?」
部屋から出てすぐのところでアザゼルが現れる。その傍らにジーク達の姿も見える。
「お前さんがイッセーと話をしている間に会議は終わった。それとガブリエルからの伝言だ。『若手悪魔の会合に護衛として参加してほしい』だとよ。どうやら話し合いは無事に済んだみたいだ。それとは別に、俺からの頼みがある。冥界に滞在している間だけで構わねえからイッセーに少し戦闘のイロハを叩き込んでやってくれねえか?」
「本人がそれを望めば」
やはり先程の話しは本気だったようだ。
アザゼルの話を遮り、先に手を打っておいてよかった。
「そうか、本来なら護衛としてこっちに来てんのに迷惑をかける。あいつには手っ取り速く強くなってもらわねえと困るからな」
アザゼルは肩の荷が下りたような表情をしているが、それは間違いだ。
有馬はあくまで一誠が望めばと言った。
つまり望まなければ自分が指導することはない。
あれだけ仲間と一緒に強くなればいいと言ったのだ。
第三者の自分に頼る前に仲間に頼ろうとするだろう。
「さて、会議も終わったことだ。お前さんらもガブリエルの護衛に戻っていいぞ。今はガブリエルにバラキエルを付けてあるからそんなに急がなくても問題ない。何なら買い食いでもしながら戻ればいいさ」
冗談交じりの言葉を口にしながらアザゼルは個室に戻っていく。
「護衛に戻ろうか」
「はい」
「せっかくだから何か買っていきましょ」
「あれだけ食べてまだ食べるつもりなのか」
有馬たちは雑談を交えながらグレモリー邸から出て行く。
護衛に戻り、会合用に持ってきたスーツに着替え、 再び護衛に着く。
そして若手悪魔の会合が始まった。
急いで書いたらこうなりましたです。
毎度毎度、誤字訂正していただきありがとうです!
最近は感想を見るのが密かな楽しみとなっている作者です。