教会の白い死神   作:ZEKUT

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 思ってたより早く投稿できました~!

 ここで言うのもあれなんですけど、実は作者の事情で7回目の手術が決定しましたです!
 拍手をください(白目)
 いや、ほんとに全身麻酔って辛いんですよ。
 その為、ただでさえ多忙で遅くなっている執筆活動がさらに遅くなる、と言うか完全に止まってしまうかもです。
 手術の予定は12月か1月何ですけど、それまでに何度も病院に足を運ばないといけないので。
 作者のくだらない事情のせいで更新速度が遅くなってしまい申し訳ないです。
 ですので、更新が止まったとしてもエタったとかそう言うのではなく、休止中とでも思っていただけるとありがたいです。

 重ね重ね、迷惑をかけてしまい申し訳無いです。


 それとは別にお気に入り件数が見ないうちに4000越えててビックリしたです!
 この小説って呼んでて面白いのかな?って考えたりしている作者にとっては自信と励みになります!
 これからも頑張るです!


誘因

 走る、何かから逃げるように走る。

 それに捕まらないように、必死に。

 叫び声が聞こえた。

 その叫び声は断末魔の如く耳にこべり付いて離れない。

 現実から目を逸らすように目を閉じる。それでも耳から入り込む音が現実だと非情に告げる。

 次は耳を塞ぐ。視覚を封じ、聴覚も封じた。これで現実から逃避できる。

 そう安堵したのも束の間、叫び声は先程よりも鮮明に、それも脳内に直接語り掛けるように頭の中でハウリングする。

 お前のせいだ、どうしていつも、来るのが遅すぎた、お前のせいだ、全部台無しだ、しっかりしろよ、お前のせいだ、努力が足りないから、お前のせいだ、結果が残ってない、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ!

 呪詛のような言葉が何度も何度も脳内で繰り返される。

 違う、そうじゃない。そう言うつもりはなかった。ただ助けたかっただけだったんだ。その為に走り続けたはずだ。

 自分自身に言い聞かせるように言葉を口にしていく。だが、その言葉は自分で口にしたにもかかわらず、羽のように軽く、何の重さも感じない。

 誤魔化すな、嘘をつくな、嘘つき、偽善者、善人気取り。

 責め立てるような言葉が次々と頭の中に入り込んでくる。

 不快だ、邪魔だ、消えろ、そういくら念じたところでその声が止むことはない。むしろ苛烈さが増していくばかりだ。

 目を背けるな、現実を見ろ、お前の業だ、過ちを認めろ。

 目を閉じているにも拘らず、ぼんやりと目の前の人物が見えてくる。

 

 

『認めろ。お前は選ばなかった。大切なモノを、天秤に乗せることを恐れ、その選択から逃げた』

 

 

 出てきたのは、顔だけが靄にかかった白い服を着た青年らしき人物。

 

 

『傲慢にも両方選び、全て壊した。選ぶ強さを持たなかった結末がそれか』

 

 

 その青年の言葉は鋭利な刃となって、心を斬り裂く。

 

 

『一人で考え、動き、その果てがこれだ。お前自身が知っていながらも進み続けた道だ。自分が正しいと信じ、知らなかったと逃げ、他者の事を顧みず進み続けた結果がこれだ』

 

 

 黙れ、黙れ、黙れ!

 

 

『やはりお前には重かったか?』

 

 

 言うな、その先は!

 その先の言葉は―――――――――

 

 

『友の命は』

 

 

 その言葉が告げられると同時に、意識は暗転した。

 

 

 

 

□■□■ 

 

 

 

 戦闘が開始して約10分ほど、半分近くまで数を減らしながらも若手悪魔達は有馬の元まで極少数だが辿り着いた。

 あの激戦区を潜り抜け、最初に辿り着いた者は

 

 

「会いたかったぞ、白い死神」

 

 

 若手ナンバーワン、サイラオーグとその女王だ。

 サイラオーグはゲームが始まると同時に兵士をリタイアさせた。これは自身の手札を、切り札をいずれ闘うであろう他の若手に隠しておきたいと言う気持ちもあっだが、それ以上に今持つ自分の力のみで戦ってみたいという思いの方が強かったからだ。

 女王以外の眷属は、他の者の足止めに徹しているが、それでも完全に足止めすることは叶わず、サイラオーグも戦闘を強いられた。当初は有馬の前哨戦として軽くあしらってやろうと考えていたが、その立ち回りと動きを見て考えを改めた。

 通常、多対一を行うにはいくつかの鉄則がある。そして目の前の男はその条件を苦もなくクリアしている。それどころか、この闘いを操作していると言っても過言ではなかった。

 多対一における数的有利をものともしない迅速かつ的確な攻撃、闘いながら敵の位置を誘導する技能の高さ、何より攻撃の選別をする判断能力がずば抜けて高い。

 前哨戦などとんでもない。目の前の男を倒すには全身全霊で挑まねば、容易くあしらわれる。そう考えてからの動きは速かった。

 眷属と他の若手に戦いを押し付け、自身も牽制を放ちながらその場から離脱、有馬の元へ向かった。その後を追うように、女王もその場を後にする。

 男は有馬の元へ向かう二人を追いかけるようなことはせず、何もなかったかのように目の前の敵と戦い再開した。

 その判断能力も遠巻きながらサイラオ-グは舌を巻く。

 ここで自分たちに意識を向ければ、他の者まで突破を許すことになる。男はそうなることを防ぐために取捨選択、二人を有馬に任せることを選択し、残りを片付けることに専念したのだ。

 こうして二人は有馬の元までたどり着いた。

 

 

「知っているかもしれないが、自己紹介をしておこう。俺の名はサイラオーグ・バアルだ」

 

 

 名乗りを上げるが、返ってくるのは沈黙のみ。

 その瞳は何処までも無機質で、冷めており、相手に形容しがたい圧迫感を与える。

 その圧迫感に気圧され、主従共に動き出せないサイラオーグ達。

 緊迫感が漂う空気、両者の内どちらかが動けば即座に戦闘が始まる。普段なら真っ先に先手を取るべく動き出すサイラオーグだが、今回ばかりは動けない。なぜなら隣に立つ女王、クイーシャ・アバトンが青ざめた表情でガタガタと体を震わしているからだ。

 なまじ半端な力を持つからこそ分かってしまう相手との実力差、それに加え表現しようのない威圧感、それが彼女の戦意を根こそぎ奪ってしまったのだ。

 サイラオーグとて有馬との実力差は重々承知している。だが、彼の場合は並々ならぬ闘志と意思によって、それを堪えているに過ぎない。

 

 

「ッ!」

 

 

 カチリと言う音と共に雷が走る。

 有馬の代名詞の一つ、ナルカミの遠距離モードだ。

 何の前触れもなく切って落とされた戦いの火蓋、サイラオーグは未だ恐怖に震えているクイーシャを抱え、その場から飛び退く。

 だが、その程度で死神の手から逃れることはできない。物理法則を無視した動きで雷は急転換、サイラオーグを追尾する。

 

 

「クイーシャ!」

 

 

 理不尽な追尾性能に驚愕するよりも早く、普段なら考えられない程焦りの籠った怒声にも似たような声、その声によって恐怖に竦み、震えていた身体が動き出す。

 空間が歪み、大きな穴が生まれる。雷はその穴に吸い込まれサイラオーグ達に届く前に消える。

 穴が閉じると同時に、別の空間から再び穴が空き雷が飛び出す。

 これこそ、サイラオーグがクイーシャを有馬の元まで共に連れてきた理由。

 アバトン家の持つ固有能力『(ホール)』。何もない空間に穴を作り出し、あらゆるものを吸収、吐きだしを行う事ができる特異能力。サイラオーグはその特性を利用し、有馬のナルカミを防ぎ、得意の接近戦に持ち込もうと考えていた。そしてその考えは功を奏し、攻撃の質量の問題などが懸念されていたが、無事にナルカミを吸収することができた。

 だが、初見なら面食らうはずの穴からの反撃、有馬はそれ難なくナルカミのナックルガードで防ぐ。

 これで片が付くとは考えていなかったが、それでも驚きの一つぐらい見せてくれもいいだろうにと内心愚痴る。

 

 

「助かったぞ、クイーシャ」

「いえ、私の方こそ足枷となってしまい申し訳ございません」 

 

 

 初撃を躱すことができたことで、少しばかり心に余裕が出来る。今の攻撃が全力でないにしろ、避けることができた。それが二人の自信に繋がる。戦える、自分たちは戦える。

 無言のアイコンタクト、サイラオーグはその肉体を駆使し肉迫、クイーシャは後方から魔力弾による援護と穴によるナルカミ封じを行いその補助を担う。

 有馬は先程の攻防で誰が重要なのか理解する。ナルカミの一撃を吸収、利用した攻防一体の技は少しばかり面倒だ。試しに何度か試してみたがそのどれもが尽く吸収される。ナルカミの最大出力ならどうなのかわからないが、それでも生半可な一撃は吸収されることが分かった。あの穴は物理攻撃すら吸収するのか、それとも遠距離にのみ有効なのかはわからない。だが、その程度どうとでもなる。少し意表を突いた吸収できない攻撃をするだけだ。

 有馬は自身の動きを阻害する魔力弾をIXAの防御壁で防ぐ。攻撃を防ぎ足が止まっている隙に背後へ回り込んだサイラオーグの鍛え上げた拳が迫る。それを振り返ることなくナルカミで防御、続けてナルカミをレイピア状にしながら雷を纏い斬り払う。それを察知し、バックステップし躱すが、いつの間にか防御壁からランスへと形態移行したIXAの刺突が迫る。

 反撃を受け態勢の整っていない状態での二撃目、無傷で躱しきることは不可能。それを悟るや否、腕の肉が裂けることを構わず、IXAの刺突に合わせ腕を払う。

 ブチブチと言う不快な音と赤い鮮血が飛び散る。左腕を犠牲にリタイアすることは避けられたが

 

 

―――――――やはり攻撃の予備動作がない!

 

 

 繋ぎ目など全くもってない連撃、その締めに終末の稲妻が放たれる。

 有馬と自分とでは流れる時間が違うでのでは、と考えてしまうほど高速の連撃。正確なんて生温いものでは無い。一撃一撃が命を刈り取らんとする致命傷狙いの攻撃。それが全くと言っていい程のタイムラグなしで襲ってくるのだ。相手からしたら溜まったものでは無い。

 やられる。そう思い両手を交差し衝撃に備えるが、目の前の空間がぽっかりと空く。

 それがクイーシャの能力だと理解するや否、間合いの外へ逃れるために大きく跳び退く。自分にとって最高の間合い、そこから離れることは惜しくはあるがそれでも距離を取らねばやられる。

 当然のことだが、サイラオーグにとっての間合いは有馬の間合いでもある。それに素手とランスとではリーチが違う。仮に、その更に深い間合いに入ったとしても、そこに有利なんて言葉はない。

 近中遠距離全てにおいて死角はない。近距離はナルカミによる攻防一体の技、中距離はランスの性能を生かした一撃必殺の鋭い刺突、遠距離はナルカミによる追尾性能付きの雷にIXAの遠隔起動、一つでも強力無比なものにもかかわらず、それら全て兼ね備えている。そんな彼に死角も慢心も無い。故にこと戦闘に置いては最善を選択し続けることなど造作もない。

 有馬はちらりとサイラオーグから視線を逸らす。だが、今の状況に一杯一杯の彼にそんな些細な動きを見る余裕などない。

 クイーシャの援護もあり、適度な距離を開けることができたが、それでも安心はできない。問題は山積みだ。遠距離からの攻撃は(ホール)によって防ぐことができるが、それは決して決定打になりえない。そもそも、自らの攻撃を何の工夫も無く使われたところで痛くもかゆくもない。それが通じるのは自らの力を正確に把握できていない者か、慢心している者だけだ。

 更に近距離戦はまず相手にならない。此方の攻撃が一だとすれば、有馬の攻撃は5や10で返ってくるのだ。質なら負けないという自負はあったが、それすらも難なく相殺される。

 

 

「クイ――――――――――」

 

 

 そして相談する間もなく、地面から隆起した一撃がクイーシャの腹部を穿つ。

 先程の視線の意味、予め敵の位置を再確認し、サイラオーグの離脱に意識が裂かれている隙を突いた一撃。離脱完了と同時に放たれた一撃、それは反応する隙も与えない刹那の出来事。

 何が起きたかは理解できていない。だが、それでも自分が続行不能の傷を負ったことは理解できた。

 

「申し訳、ありません―――――――――」

 

 

 光に包まれ戦場から強制的に転移させられる。

 油断はしていない。全力で戦っている。狙いは悪くはない。が、それでも圧倒的な力の差を埋めるまでには至らない。

 クイーシャがリタイアしたことにより、辛うじて使用制限をかけることができていたナルカミの制限が解除される。

 攻撃を当てることはできない、攻撃を避けきることもできない、この状況を打破する妙策も考えつかない、万策尽きた。

 

 

「ようやく見つけたぞ、人間!」

 

 

 そんな窮地に現れたのは、ゼファードル・グラシャラボラス、先の会合で有馬に赤っ恥を書かされた悪魔だ。

 まさかの有馬の元まで彼がたどり着くことができるとは、サイラオーグは考えもしていなかった。状況が好転するどころか悪化することに舌打ちを禁じ得ない。

 

 

「たかが人間の癖に、俺らに戦いを挑むとはな!今頃お前の取り巻きは数人がかりで甚振られている最中だろうな!俺が放っておいても、お前がやられるも時間の問題だ。だけどな、俺に赤ッ恥かかせたお前は俺が潰さねえと気が済まねえ!あの時の借り!後悔したくなるほど返してやるよ!」

 

 

 言い終えると同時に魔力を滾らせ、バスケットボールほどの魔力弾を次々に撃ち放つ。何発も何発も、これでもかと言うぐらい撃ち続ける。普通の人間なら、避けることも儘ならず、その身を四散させてるところだ。

 魔力を大幅に消費したことで疲労したのか、攻撃の手を止める。

 

 

「ハハハハッ!今更後悔したって遅いぜ!お前は俺を怒らせちまったからな!って、もう聞こえてねえか!」

 

 

 下品な笑い声をあげながら、勝利の余韻を噛み締めるゼファードル。目障りな人間を殺し、さらに上層部からの悪魔の評価は独り占め。そんな未来を思い描き、笑いをこらえきれない。

 唯一、サイラオーグだけは未だ戦闘態勢のまま、何時でも動き出せるように目を凝らしている。

 煙の中から雷が奔る。地面を抉りながら獲物を求める雷は、近場に居た悪魔の左腕を食いちぎる。

 

 

「あっ?」

 

 

 何が起きたのか、理解が追いつかない。

 突然光ったと思えば、四肢の一部が欠けている。

 それを知覚した。

 

 

「うわああぁぁぁ!?」

 

 

 途端、絶叫が響き渡る。

 焼け爛れた左肩。左腕は完全に失われた。切断されたのならまだ繋げ用はある。だが、完全に焼却された左腕を再生させる術はない。

 

 

「ゼファードルッ!」

 

 

 全身の身の毛がよだつ。

 頭の中で五月蠅い程の警鐘が鳴り響く。逃げろ、と。

 その警鐘と今までの経験に基づき、その場から身体を投げ出す。

 その行動をとった1秒後、クイーシャを屠ったIXAの刀身が地面から隆起する。後数コンマ何秒遅れていたら餌食となっていただろう。

 冷や汗が止まらない。心臓の鼓動が普段の何倍も早く打っていることが分かる。

 腕を一瞬で消し炭にする威力もさることながら、それよりも恐るべきことは、煙で視界を阻害されているにも拘らず、敵の位置を的確に把握する気配察知能力だ。五感をフル活用した有馬の索敵からは、何人たりとも逃れることはできない。死神と言われる所以の一つだ。

 

 

「ゼファードル、悪いが構ってやる暇はない。今すぐリタイアしろ」

 

 

 未だ且つて経験したことがない緊張感、目を逸らすことすら許されない。まばたき一つでもしようものなら次の瞬間死ぬかもしれない恐怖。それがサイラオーグの精神を削る。

 当然のことだが、若手悪魔はまだ本当の殺し合いと言うものをしたことが無い。やったことがある事と言えば、自身より格下である者を一方的に殺したことぐらいだ。そんなもので得られる物は優越感と無駄な重荷だけだ。だからこそ、この心境は当然だった。

 排斥する側から排斥される側へ。

 この時、彼らは初めて排斥される側の恐怖を知る。

 

 

「ッ!」

 

 

 有馬がゆっくりとした足取りでサイラオーグに向かって歩き出す。

 身体が恐怖で震える。

 落ち着け、震えよ止まれ。そう念じるが身体はその言葉に反するように震え続ける。

 一歩ずつ近づいてくる死神の足音。それが恐怖を助長させる。

 

 

「あ”あ”あ”あ”!」

 

 

 身体を縛り付ける恐怖を振り払うように叫び声をあげる。

 洗練さも何もない、愚直に突進する。

 全ては恐怖の元凶を消すために。

 力任せに振りぬかれた拳は空気を殴りつけ、強力な空気砲を生み出す。突風何て生易しいものでは無い。全てを押し潰し、破壊せんとする嵐だ。

 下手な魔力弾よりも威力は高い空気砲は、唸りをあげながら有馬に迫る。人間である彼がこの嵐に巻き込まれれば一溜りも無い。

 だが、それを苦もなく対処するのが有馬だ。

 飛来する空気の塊、その下に潜り込むように滑り込む。地面擦れ擦れ、少しでも姿勢が上がれば空気砲に巻き込まれる。少しでも姿勢制御が甘ければ大怪我待ったなし、正気とは思えない行動に思わず目を見開く。回避を終えるとともに有馬の動きが加速する。

 一拍を置かずして潰される距離、視界の端にはナルカミの切っ先がわずかに見える。狙いは己の首、回避は不可能、なまじ躱せたとしても首の動脈を確実に損傷する。

 窮地に立たされ思考が加速する中、ナルカミの刃が振りきられた。

 

 

「サイラオーグ!」

 

 

 ボトリと重たい物体が地面に落下する。それと同時にリアスと一誠がこの場に到着する。

 リアスは牽制として滅びの魔力を放つが、それは有馬に着弾すること無く空を切る。幸い、避けるために飛び退いたことで間合いが広がり、サイラオーグに駆け寄る時間が生まれる。

 

 

「り、リアスか」

「貴方、腕が…!」

 

 

 ナルカミの一線を受けて尚、サイラオーグの首は繋がっていた。

 回避不能のタイミング、避けることはできない一撃だった。加速する至高の中、サイラオーグは既に使い物にならなくなった左腕を盾に、ナルカミの軌道をわずかに逸らしたのだ。重傷は覚悟していたが、まさか容易く斬り落とされるとまでは予想できなかった。

 

 

「気にするな。これで済んだだけ、御の字だ」

 

 

 そうは言うものも、その表情は苦悶で満ちている。出血も酷く、脂汗も酷い。そう時間の経たないうちに強制的にリタイアさせられることは間違いない。最も、その時間まで死神の手から逃れることができたらの話だが。

 

 

「拙い! ゼファードル!逃げろ!?」

 

 

 サイラオーグは悲鳴にも似た叫び声をあげるが、今の彼にそんな声は届かない。

 再びナルカミの雷が牙を剥く。今度は外れる無い。確実に仕留める。

 過呼吸に陥りながらも、辛うじてリタイアしていないゼファードルに放たれた雷撃。それは寸分の狂いも無く、その身に降りかかる。

 雷と接触すると思われた刹那、その姿がかき消える。

 どうやら、審判が強制的にリタイアさせたようだ。その判断は正しい。Sレートのはぐれ悪魔を塵残さず消すナルカミの一撃、それを上級悪魔が受ければどうなるのか、結果はわかりきっていることだ。

 戦慄するサイラオーグ。それもそうだ、躊躇なく、躊躇いなく殺しにかかってくるのだ。コカビエルのような遊びではなく、息をするように命を刈り取る。

 ゼファードルが消えた、なら次は誰だ?考えなくてもわかる。自分達だ。

 

 

「……リアス、今すぐリタイアしろ」

 

 

 サイラオーグの言葉の意味、それを理解できない程、リアスは愚かではない。彼女の身の為を思っての勧告。あれは若手程度でどうにかなる相手ではない。それこそ一人で若手を殲滅することなど造作もない存在だ。

 だが、彼女は残念なことにその言葉で納得できるほどの器量は持ち合わせていなかった。

 

 

「嫌よ、まだ戦ってもいないのに逃げることなんてできるわけないでしょう!」

 

 

 だが、力量差の読めない彼女にその言葉は寝耳に水、聞き入れてもらえるはずがなかった。

 

 

「サイラオーグは下がってて。後は私とイッセーに任せて頂戴」

 

 

 蛮勇や愚かと言う言葉すら生ぬるい。無知は罪と言うが、その通りだろう。知っているのなら、こんな無謀な行動には出ない。魔力だけしか取り柄の無い上級悪魔と倍加しなければ並の下級悪魔より劣る赤龍帝、戦いとして成り立つとすら思えない。確かに倍加すれば有馬の動きに追随することも不可能ではないかもしれない。ならその倍加のチャージ時間はどうやって稼ぐ?仮にそれで勝てるとしてもどれだけの時間を要する?現実的に不可能だ。

 余りにも愚かな選択をするリアスを止めようとするが、出血による眩暈によってそれすらままならない。

 

 

「行くわよ、イッセー!」

「はい、部長!」

 

 

 いざ戦いを始めようとするが、此処で一つ違和感が生じた。

 今までのやり取りの中、仕掛けるタイミングはいくらでもあった。にもかかわらず、何故こちらを見るだけで何もしてこなかったのか。

 血の足りない頭を総動員させ考える。そして気づいた。IXAの刀身がない事に。

 

 

「遠隔起動」

 

 

 小さな呟き、此処からの距離では悪魔の聴力をもってしても聞こえない声量。だが、サイラオーグにはその言葉が鮮明に聞こえた。

 注意喚起を促すよりも早く、IXAの刀身が地面から現れる。

 当然のことだが地面にまで注意を向けている訳も無く、グチャリと言う音を奏でながら、リアスの腹部を貫いた。

 

 

 悪夢の始まりだ。

 


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