日本
有馬、ゼノヴィア、イリナの三人は自己紹介を終えた後、すぐにバチカンから日本へと向かった。その際、荷物検査で空港の警備員と一悶着があったことは割愛させてもらおう。
まあ、何はともあれ無事に三人は日本へとたどり着き、コカビエルが潜伏しているであろう駒王町に潜入することができた。
三人が駒王町に到着してから向かった場所は、すでに機能していない廃教会だ。ここなら土地を管理している悪魔も気が付かないだろう。
そこで三人は今後の方針について話し合っていた。
「私達が受けた任務は強奪された三本の聖剣、
「ああ」
「では明日にでも、この領地を管理する悪魔と今回の件について交渉しに行きたいと思いますが、それで構いませんか?」
「ゼノヴィアの判断に任せよう」
有馬の言葉に少しばかり緊張が高まるゼノヴィア。
あの有馬貴将が自分の判断に任せると言ったのだ。緊張するなと言う方が難しい。これは何が何でも失敗はできない。
「聖剣の捜索は二人に任せる」
「え、それは構いませんけど。有馬さんは何をするんですか?」
イリナの疑問は最もだ。三人は聖剣奪還の為にここまで来たのだ。聖剣の奪還は何よりも優先される。それにもかかわらず有馬は、二人に聖剣捜索を任せると言ったのだ。二人には有馬の真意が読めない。
「コカビエルを捜す」
有馬の言葉に二人は耳を疑った。確かに今回の黒幕であるコカビエルを抑えれば事態は全て収束に向かうだろう。だがそれはコカビエルとの戦闘を意味する。二人とて必要とあらばコカビエルと対峙することもいとわない。だが、率先してコカビエルと闘おうという気はない。二人とてコカビエルと戦闘して無事に済むとは考えていない。堕天使の幹部と言う肩書は伊達ではない。いくら聖剣をもってしても自分たちでは勝つことが難しいことぐらい理解している。だからこそ二人は有馬の発言に驚愕を禁じ得ない。
「た、確かにコカビエルを抑えれば、この任務は大きく解決に向かいます。ですが、それは危険が大きいのでは?」
元々この任務はゼノヴィアとイリナのみで行う予定だった。それだけにゼノヴィアはできる限り慎重に任務に取り掛かる予定だった。ゼノヴィアのプランでは、できる限りコカビエルを刺激せず、聖剣の奪還を行い奪還が終わり次第即時撤退する予定だった。ゼノヴィアとて藪をつついて蛇を出したくはない。
「大したことではない。遅いか早いかの違いだ」
いくらなんでもその考え方はぶっ飛んでいる、思わず口に出しそうになるが、ゼノヴィアとイリナは口にしないように心の中に押しとどめる。この言葉が親しい同僚なら問題ないだろうが、まだ知り合って間も無い有馬に言うには少しばかり失礼かもしれない。
そんな二人を他所に有馬は廃教会の出口に向かって歩き出す。
「ど、どこに行くんですか?」
イリナは慌てて有馬を引き留める。
常人には理解できない、普通なら考えつかないであろうことを、平然と考え、言ってのける有馬。今有馬と別行動をしたら、その間に有馬がとんでもないことをしてしまうのではないか、イリナはそう言う予感がしてならない。
「管理者に後日伺う事を伝えに行く。付き添いは必要ない」
確かにそれだけなら二人がついて行く意味はない。むしろ一人で無ければいらぬ威圧を与えるかもしれない。そう考えれば有馬の言葉は正しい。
「お前達も暫く自由に行動して構わない。だが問題は起こさないでくれ」
それだけ告げ有馬は廃教会から立ち去る。
残ったのは困惑する二人の少女。
「どう思う、ゼノヴィア?」
「・・・・何とも言えないな」
「何とも言えないことはないでしょ、あの人の考えは馬鹿げてるわ。確かにコカビエルを倒せば聖剣も取り返せるし、任務を早々に終わらせることができると思うけど・・・」
「コカビエルをそう簡単に倒せるとは思えない、だろ?」
ゼノヴィアの言葉にイリナは沈黙する。
正直な話、ゼノヴィアもイリナと同意見だった。
確かに有馬貴将は教会では知らぬ者は居ないほど有名だ。だが、二人は有馬の実力を未だ見たことはない。知っているのはあくまで噂だけであり、実際どの程度の実力を持っているのか見当もついていない。
更に付け加えるとするなら二人は心のどこかで有馬を侮っていた。強力な神器を持っている訳でもなく、自分たちの様に聖剣を扱うことができるわけでもない。そんな人物が本当に強いのか、噂は尾ひれが付いただけなのではないのか。
まあ、それは今考えても仕方のない事なのだが。
「考えても埒が明かない。これ以上憶測で話をしても無駄なだけだ」
「・・・・それもそうね。本当は私達二人でやる予定だったんだし、私達がやることに変わりはないわ」
「その通りだ、それに今は自由にしていいと言われた。その間にお前が行きたいと言っていた場所にでも行けばどうだ?」
「そうよ!そう言えばイッセー君に会おうと思ってたの忘れてた!」
「全く、此処に来ると決まった時から言っていたことを忘れるとは」
「仕方ないじゃない!立て続けに驚くようなことが多かったんだから!」
「それについてはイリナに同感だ」
少女らは有馬について考えるのをやめ、荷物を持って立ち上がり、二人の少女も廃教会から立ち去った。
■□■□
駒王学園、昼間という事もあり、まだ部活動に取り組む生徒が多くいる。そんな中、1人この場にそぐわない人物が校門の前に立っている。白いコートを着こなし、両手にアタッシュケースを持つ白髪の男、勿論有馬である。
有馬はこの領地を治める悪魔が学園を根城にしていると聞き、此処にやってきたわけなのだが、この男やはり変なところで臆病だ。このまま許可を得ずに学園に入っていいのだろうか、それとも誰かが来るまで待っていたほうが良いのだろうか。先程、ゼノヴィアとイリナに啖呵をきった者と同じとは思えない程しょうもない事で悩んでいた。
「あ、有馬神父・・・・」
声のする方向には小柄な金髪の少女がいた。
何故彼女がここに居るのか、そんな事情は一切有馬は知らないが、有馬も彼女の事は知っていた。
「アーシア・アルジェント」
「な、何故ここに有馬神父が・・・・」
有馬を見て明らかに狼狽える少女、アーシア。
過去に有馬はアーシアと教会で何度か話をしたことがある。その頃のアーシアは教会では聖女と呼ばれ、教会では有名だった。有馬本人はアーシアに興味はなかったが、教会の仕事関係で何度か話したりすることがあり、関係は悪くはなかった。だが有馬が仕事で教会を留守にしている間に、アーシアは教会から追放されてしまい、それ以来アーシアが何処に居るのか有馬はわからずじまいだった。それだけに、まさか有馬もこのような場所でアーシアと再会するとは思ってもいなかった。
ましてや悪魔になっていたとは夢にも思っていなかった。
「アーシア・アルジェント、君は悪魔になったのか?」
「え、えっと、そ、その・・・」
有馬の問いかけにアーシアはどのように答えるべきか返答に困る。普通に考えたら神父にとって悪魔は殺すべき駆逐対象になる。それ故にアーシアはどのように返答するべきか思案する。
アーシア・アルジェントは自らの意思で悪魔になったわけではない。だが、悪魔に転生したことを後悔している訳でもない。悪魔になって失ったこともある。だが、同時に今まで得ることができなかったものも多く手に入れることができた。
だからこそ、どのように返答するべきか迷った。
「アーシア?この人と知り合いなのか?」
そこで話に割って入ったのはアーシアと一緒に居た茶髪の少年だ。この少年からも悪魔の気配がすることに有馬は気づいていた。だが、有馬は特に彼を気に留める様子はない。何故なら有馬は此処に争いに来たわけではない。あくまで話し合いに来たのだから。
「こ、この方は有馬神父、教会の悪魔祓いです」
「なっ!?教会!?」
その言葉を聞いただけで茶髪の少年は臨戦態勢に入る。
それに対しても有馬は特に気にする様子はない。
第一、一般人もいるこの場で戦闘を行う気は有馬にはさらさらなかった。
「こちらに戦闘意思はない。ここの管理者に用がある。案内を頼む」
「ぶ、部長に?」
どうやら茶髪の少年は状況がうまく理解できていないらしく、有馬と話がかみ合っていない。
この状況に有馬もどうしたものかと考えようとするが、どうやら有馬の存在にあちら側も気が付いたらしい。
「兵藤君、下がりなさい」
「せ、生徒会長!?」
現れたのは黒髪ショートの眼鏡をかけた女性と黒髪ロングの眼鏡をかけた女性。
「失礼ですが、何か御用でしょうか?」
警戒の色が混じった問いかけ、こちらに何か危害を加えるんなら容赦しない。だが、彼女ら本人は自覚していないが彼女らの額には冷や汗が流れ、無意識か身体もわずかに震えている。これは有馬に多少なりとも恐怖していることに他ならない。
何を考えてるかわからない冷めきった冷徹な瞳、感情の色が一切見えない表情、異様な存在感を放つアタッシュケース、それらが重なり、彼女らに言い表せない圧迫感を与えている。
緊迫した空気の中、彼女らは一挙一足見逃すまいと目を凝らす。
最も、有馬は何もする気はない。今回はあくまで話をしに来ただけだ。
「君がここの管理者か?」
「・・・・少し中でお話ししましょう。お時間はよろしいですか?」
「構わない」
有馬は彼女らに案内され校内に、生徒会室に連れられた。
「わざわざこちらまで来ていただき申し訳ありません。ですが裏の話を外でするには少々不用心ですので、何卒ご了承ください」
「問題ない」
その言葉に彼女らは苦笑を零す。彼女、黒髪ショートの女性は、有馬を校内に招いたのは失策だったと感じた。ここに来るまでに彼女ら二人は有馬の挙動を観察したが、隙らしき隙は一切なかった。またその身のこなし、歩みによどみがなく、身体の中心には正中線上に光が見えるほど綺麗な自然体だ。だからこそ理解した。有馬と自分たちの戦力差に。仮に今ここで不意を突いたとしても、眷属全員で戦ったとしても、待っているのは自分たちの敗北。すなわち死だ。
そんな危険人物をこの場に迎え入れたのは、少しばかり早計だったのかもしれない。彼女はそんな事を考えながら既に終わったことだと思考を切り替える
「紹介が遅れました。私はソーナ・シトリー、シトリー家次期当主兼この学園の管理者をやらせていただいてます」
「その
「教会本部所属、有馬貴将」
ソーナと真羅は驚愕する。
有馬貴将、悪魔の中で知らない者は殆どいない。悪魔の天敵、教会の白い死神、悪魔の中ではそう忌避されている存在だ。何故そのような人物がここに居るのか。
「今回は顔合わせだけだ。詳細は後日、対談にて伝える。かまわないか?」
自己紹介からの端的な言葉。正直、この男程交渉の場に向いていない男は居ない。前置きを平然と飛ばし内容だけ伝える。確かに効率的だが、初対面の相手からしたらやりにくいことこの上ない。本来の有馬ならもう少し言葉が多いかもしれないが、残念ながら中身は有馬貴将ではなく、唯のコミュ障な男だ。これ以上を求めるのは困難だろう。
当然、有馬の言葉にソーナと真羅は面食らった表情になっている。いち早く再起動を果たしたソーナは有馬にいくつかの問いを投げる。
「質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、いくつか質問があります。その対談は何が目的でしょうか?」
「先程も言ったが、こちらに戦闘意思はない。教会からの言伝がある」
「教会からですか・・・・」
教会から悪魔に言伝がある。それは普通では考えられないことだ。悪魔と教会は敵対関係にあり、決して仲は良好と言えるようなものではない。にもかかわらず使者を送ってまで話さなければならないことがある。これは決して悪魔にとって面白い話ではないとソーナは予測する。
「それともう一つ、貴方以外に悪魔祓いは来られていますか?」
「俺以外に二人来ている。俺から問題は起こすなと言っているから、問題はないはずだ」
有馬以外に悪魔祓いが二人、つまり合計三人の悪魔祓いがこの街に居る。これはソーナが最も確認しておかなければならないことだ。もしもこちらが相手に粗相をしでかし、眷属悪魔が殺された、悪魔祓いを殺してしまったとなれば即外交問題だ。それが戦争の火種になりかねない。
「最後に、私は学園の表の管理者です。裏の管理者はリアス・グレモリーが務めていますので、私から話を通しておきます。その際は、あちらに見える建物にお越しください」
「わかった、そうさせていただく。明日の17時頃に伺う」
有馬はそれだけ告げ、椅子から立ち上がる。どうやら用件は本当にそれだけらしい。
「お見送りをします」
「気づかいは必要ない」
有馬は今度こそ、生徒会室から退出する。
有馬が退出すると同時に大きく息を吐く音が響く。
「大丈夫ですか、会長?」
「ええ、問題はありません・・・・と言いたいところですが、正直寿命が縮む思いでした」
ソーナがそう言うのも無理はない、かくいう真羅もそのような気持ちだったのだから。
底知れぬ相手との対談、それも自分たち悪魔の天敵である有馬貴将であるなら尚更だろう。
「椿姫、貴方はどう見ましたか?」
「・・・・正直言わせてもらいます。私達が束になっても歯牙もかけない強さだと思います」
そう言いきる椿姫の拳は悔しさで力が入る。ソーナ自身も悔しさを感じないわけではない。今回の有馬の目的が対談だったからよかったものの、もしも自分たちの殲滅が目的であったなら彼女らは死んでいたのだ。運がよかったと言えばそれだけだが、ソーナはそれで納得しない。
「徐々に強くなればいいと考えていました。その考えは今でも変わりません。重要なことは継続です。徐々に積み上げていったものがやがて本物となる。ですが、あまり悠長にはしていられないことが今日分かりました」
上には上がいる。人間であっても悪魔を簡単に殺す事ができる存在がいる。決して人間を侮っている訳ではないが、それを知ることができただけでも、今回は十分な収穫となった。
「椿姫、リアスには私から説明しておきますので、貴女は急いで他のメンバーを招集してください。今回の事について説明が必要です」
「わかりました、会長」
駒王町には現在、潜伏している堕天使コカビエル、統治者である悪魔、教会から派遣された有馬達、三大勢力の全てがこの街に集結した。
近年長く続いていた三竦みの均衡が崩れようとしている。
これが吉と出るか凶と出るかはまだ誰にもわからない。
役者は揃った、この先に台本通りでなんて言葉はない。
一人一人の軌跡が描く、誰も知らない、新たな物語の始まりだ。