教会の白い死神   作:ZEKUT

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 長らくお持たせして申し訳ありません。
 手術予定が決まり、検査や書類などでリアルが忙しくこちらに手が回りませんでしたです。
 前回の削除した分と大してレベルが変わらない気がしますけど、それでも良ければどうぞです。
 それと突然話を消してすいませんでしたです!


羽化

 悪魔にとっての悲劇から数日が経ち、若手悪魔達が無事に五体満足で病院から退院したその日、魔王が気晴らしと言う形で若手悪魔を招いてパーティーを開いた。若手らは気乗りしないものの、魔王からの招待を断るわけにもいかず、渋々と言った感じでパーティーに参加した。その中には、ガブリエルとその護衛も見える。

 しかし、意外と言ってもいいのかはわからないが、その護衛の中に有馬の姿は見えなかった。

 替わりと言っては何だが、ジークとジャンヌ、リントがガブリエルの護衛としてその眼を光らせている。

 何故この場に有馬がいないのか、その理由は簡単だ。若手悪魔の気晴らしに開催したパーティーに、そのトラウマの元凶がいるとなってはおちおち気を抜けないだろうと言うのが主だった理由だ。

 もはや何のために有馬が冥界へ来たのかわからない。この対応には流石のジークも顔を顰めていた。護衛が護衛できないとはこれ如何に?

 そんな事もあり、有馬は一人暇を持て余すことになった。そして何を思ったのか、冥界をうろついていた。街中を歩いていると、心なしか、悪魔の眼から恐怖が滲み出ているように見える。おそらく、レーティングゲームの噂が一般人にも伝わっているのだろう。

 そんな視線を気に留めることなく、有馬は町を散策していた。何故思いついたように外に出たのかと言われれば、その目的は冥界に置かれている書籍。

 有馬は自他ともに認める読書好きだ。教会では任務以外の時間は読書している姿がよく見られている。その為、自室には本棚が幾つか置かれており、その中には今まで読破した書籍が山の様に並べられている。

 そんな有馬が人間界に置かれていない冥界の書籍に興味を抱くのは、自然な流れだった。冥界の文字が読める読めないは後にして、興味深そうな書籍は買って帰ろうと考えていた。文字の翻訳は後で誰かに頼めばいいと、完全に他力本願な考えをしていることを突っ込む人間はこの場にはいない。

 

 

 しばらく歩き続けると、古本屋を見つけた。

 建物自体も古く、それによって醸し出される雰囲気は有馬の興味を引いた。

 中に入ってみると、そこには気の良さそうな老婆が椅子に座りながら本を読んでいた。

 

 

「ん、いらっしゃい。おや、お前さんは人間かい?あたしも長い間店を開いているけど人間のお客さんは初めてだねえ。まあいい、欲しい本があれば持ってくるといいさ」

 

 老婆はそれだけ口にすると再び読書を再開する。

 有馬は会釈し、本棚に目を向けようとするが、ふとある本が目に入った。

 

 

「すまないが、少しいいか?」

 

 

 目に入ったのは、本棚の隣に乱雑に置かれている積まれた本の一冊。埃がかぶっていることから随分と昔の本だという事がわかる。

 

 

「あいよ。っと、その本が気になるのかい?こりゃ珍客もおったもんじゃ。それはあたしが若かった頃の話が元となっとる実話じゃ。確か題名は”王のビレイグ”だったかね?」

 

 

 その言葉に有馬の身体が固まった。

 比喩でもなんでもなく本当に固まった。それは見事なまでにカチコチと。

 そんな有馬に気づくことなく、老婆は話を続ける。

 

 

「昔にな、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が誕生したばかりの頃の話じゃわい。転生悪魔とハーフの悪魔が悪魔や天使、堕天使に戦いを挑んだ。その時の事は今も覚えておるよ。まさに悪鬼羅刹と呼ぶにふさわしい程の実力者、一手刺し違えておれば悪魔は滅びておったかもしれぬからな」

 

 

 カラカラとした笑い声が本屋に響き渡る。

 そんな笑い声の中、有馬の思考は大きな波を打っていた。

 過去に起きた?悪魔の駒が誕生してすぐの事?誰がそんな事を?結末はどうなった?老婆は一手刺し違えば悪魔が滅びていたと言った。つまり紙一重で悪魔は勝利したのだ。

 

 

「詳しく聞かせてもらえるか?」

 

 

 結果はともかく、今必要となるのはその結果に至るまでの顛末だ。

 有馬の問いかけに老婆は気分よく了承する。

 そして老婆から過去の出来事を話された。

 

 

 およそ数百年前、悪魔の駒が普及し始めた頃に起きた悲劇、それがこの本の内容だ。

 当時種族としての人口不足、戦力不足に頭を悩ませていた悪魔は、アジュカ・ベルゼブブの製作した悪魔の駒によって戦力の確保する術を確立した。これによって悪魔は大戦時に被った損害を急激に取り戻していった。

 当然、これを危険視した天使、堕天使は悪魔の戦力拡大を防ぐために転生悪魔狩りを始めた。聖書の神が死んだことによって純粋な天使が増えなくなった天使勢力、天使が堕天しなければ堕天使が増えない堕天使勢力。どちらも急速に勢力の拡大をしていく悪魔を危険視するのは当然だった。

 悪魔の転生対象に選ばれるのは主に神器を宿した人間。神器を宿し、その力に目覚めきっていない人間が特に狙われることになった。当然、人間にとって超常の生物である悪魔や天使、堕天使に命を狙われる人間が生き残ることは限りなく不可能に近い。

 次々と人間が死していく混沌の中、一人のハーフ悪魔が神器所有者を率い、悪魔や天使、堕天使を迎え討った。部下である人間たちを統率するそのカリスマ性もさることながら、その武力においても人間の群を抜いていた。ハーフ悪魔が所有していた神器は黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)、神器の頂点に位置し、神滅具(ロンギヌス)の始まりと言われている最強の神滅具。

 そんなハーフ悪魔の元には神滅具所持者も多く存在し、その力を十全に振るい三勢力から人間を守っていた。彼らは各地を転々と移動し、人間を保護する傍らゲリラ戦を繰り返し行い、三勢力を相手に優位を保っていた。

 しかし、一人の人間が転生悪魔になったことによってこの優位は崩された。

 白龍皇の光翼、その所持者が悪魔になったのだ。その転生悪魔の力もあり、徐々に人間は劣勢に追い込まれていった。敗戦に敗戦を重ね、これ以上は無為に命を散らすだけと悟ったハーフ悪魔は苦渋の末に一つの決断を下した。

 組織の解散。

 組織の人間を各地に逃がすために幹部たちと僅かの手勢を率いて三大勢力に最終決戦を挑んだ。最も、最終決戦とは名だけであり、本来の目的は多くの人間を三勢力の手の届かぬところに逃がすための苦渋の決断だった。十を救うために一を捨てる。幹部たちもどうしようもないこと情勢を理解していたのか、それに快く頷いてくれた。

 そして始まった最終決戦、一人一人が一騎当千の力を発揮し、三勢力をその場に押しとどめた。しかし、奮戦空しく、数の暴力によって一人、また一人と押し潰されていく。次第に幹部たちも力尽き、苦悶の表情でその命を終えていった。ハーフ悪魔は仲間が死んでいく中、最後の最後まで抗い続けるも、満身創痍になったうえ、白龍皇の光翼の所持者に捕えられた。

 

 

「と、まあこんなもんじゃ。続きもあるが、それを口にするのはつまらんじゃろう?続きが知りたければそれを買う事じゃな」

 

 

 老婆は本棚の奥、有馬が目を付けていたものでは無い本を差し出す。

 有馬は困惑しながらも本を受け取る。

 

 

「こっちはお前さんのような人間でもわかるように英語で綴られておる。買うのならこっちにしておきな」

 

 

 題名は『Bireigu of the king』、老婆の言う通りだ。

 有馬は老婆に硬貨を手渡し、その本を懐に入れる。

 

 

「一つ、お前さんに伝えておこう。その本は正式に書籍として売り出されておるもんじゃない。これはあたしの自作だ。勿論、魔王もこの本の存在を知らない」

 

 

 老婆の言葉に驚くと同時に納得した。

 最後まで内容を聞いたわけではないが、この話は三勢力の中でも指折りの事件だ。それにもかかわらず何故これほどの出来事が世に出回っていないのか、その理由も少し思案することによって解決する。

 だが、それでもわからない。何故これを自分に渡すのか。

 

 

「その本がどれだけの物か、お前さんが理解しているかは知らないけど、それがあたしにとって最後の仕事だ。初対面の人間に渡すのはお門違いかと思うけど、お前さんになら渡してもいい、そう思っただけさね」

 

 

 老婆はそれだけ言うとシッシと手を振り有馬を外に追いやる。

 半ば放心状態の有馬はなす術もなく店の外に追い出され、最後に一言だけ告げられた。

 

 

「生き恥を晒して生き残ったババアからの贈り物、頼んだぞい」

 

 

 それを最後に老婆は本屋の中に戻っていった。

 有馬はその姿を呆然と見ていることしかできず、老婆が立ち去ってから数秒後に再起動を果たした。

 状況の整理ができず、未だに思考が纏まらないが、だがそれを此処で考えていても仕方がない。

 

 

「読んでみるか」

 

 

 有馬はそのこんがらがった思考を纏めるべく、ホテルに戻り本を開いた。

 

 

 

□■□■

 

 

「………………」

 

 

 その後、有馬は時間の許す限り本を何度も読み続けた。何度も何度も。

 老婆の言葉通り、ハーフ悪魔が人間を率い、三勢力に戦いを挑んだ。そこまでの流れはどこかの英雄譚に出てくるような王道な流れだった。

 しかし、どこかでその流れが変わった。

 そこからはどこか釈然としない、何かが欠けているような違和感を感じた。老婆の話を聞いた時から感じた違和感、それが王のビレイグを読むことによって確固たるものに変わった。

 物語としては完結している。だが、その話の何処かが欠けているように感じて仕方がなかった。この物語の中でのキーパーソンとなる人物、それが足りないように感じた。

 何が足りない?

 何が不足していた?

 思考に没頭し続けること一時間、此処でようやくその正体を掴んだ。それと同時に知ったことを酷く後悔した。

 何故知ってしまったのか?何故余計なことを詮索してしまったのか?知らぬが仏とはよく言ったものだ。

 押し寄せてくる苦悩と共にこれから起きるであろうことを想起する。どうしようもない、抗いようのない現実が押し寄せてくる。有馬の予想が正しければ、この世界はこれから大きく荒れる。そして今度こそ、人間の種族としての存在意義は地に落ちるだろう。人として存在するのはなく、道具として扱われるようになる。

 この本を読んだことによって、有馬は一つの決断に迫られた。

 死にたくないという思いと同時に、今度こそ何かを残したいという思いも抱く。

 長い葛藤が続く中、有馬はこの世界で初めて、大きな決断をした。

 

 

「今まで、自分にとって心地いい夢を見ていた」

 

 

 有馬以外誰もいない一室。そこで誰に語り掛けるわけでもなく一人呟く。

 生きていいと、生きたいと傲慢にも願ってしまった。有馬にとってそれは大罪にも勝る大きな咎だという事を知っていながら。

 あれで償えたと思いたかった。

 今度は生きてもいいと思い込んでいた。

 欲しがってもいいって勘違いしていた。

 ●● ●●●は幸せな夢。

 長い夢の中から目を醒まし、そこから初めて”有馬貴将”として始まる。

 

 

夢は、もういい(おやすみ、●● ●●●)

 

 

 一つのものが終わり、新たに一つのものが生まれた。

 ここからが本当の始まり、もう誰にも止められない。

 そして止まらない。

 

 

 

 

 有馬が大きな決断に迫られていた同時刻、一人の男に異変が生じていた。

 

 

「血を、肉を、違う!臓物を斬り裂いて、そんなの可笑しい!俺はやりたくない!血飛沫が見たい、うるさい!出て行け!俺から離れてくれえ!?」

 

 

『落ち着け、相棒!』

 

 

 小さな病室の中で、一人の男が壁に頭を打ちつけ苦しんでいた。

 

 

 

 

 

 




 

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