コカビエルの聖剣強奪事件から数日、有馬は相も変わらず任務に赴いていた。
あれから有馬は教会に連絡し、帰りの飛行機を手配してもらう事となった。その後、イリナと共に教会に帰還、教会の事情でゼノヴィアは教会から追放され、その場で別れることとなった。
教会に戻り、報告を済ませると新たな任務が有馬を待っていた。
再び日本に行きはぐれ悪魔を討伐せよという任務だった。
どうも今回の事件がきっかけで、三勢力のトップが集まり、会談を取り行う事となった。
有馬が日本に派遣されるのは、その会談を安全に執り行う為の準備だ。
要は会談にはぐれ悪魔が侵入したら問題になるから掃除しておけ、そう言うことだ。
そこで有馬のパートナーに選ばれたのはジークフリート、通称ジーク。悪魔払いの中でも最上位に位置する腕の持ち主だ。
意外なことだが、ジークと有馬の仲は良好だった。
かといって雑談を頻繁に交わすわけではないが、ある程度の意思を汲み取ることを他の者よりできていた。
だからこそ、有馬にとってジークはありがたい存在だった。
必要以上に話しかけず、詮索してこない、さらに自分の意思をある程度理解してくれるコミュ障に優しい人間だ。
それにジークは有馬の事を尊敬しており、日々有馬に追いつくために研鑽を積んでいる。
そう言うことで、有馬はジークと共に再び日本に赴き、はぐれ悪魔の討伐を淡々と行っていた。
その数10、小さな町にはぐれ悪魔が10だ、異常と言う言葉では収まりきらない程の数だ。
この駒王町と言う町は昔から何かとトラブルの絶えない土地だ。
そんな土地に赤龍帝、白龍皇が現れ、そこに有馬の不幸体質が加われば、こんな事態が起きてもおかしくはない。
最も、二人にとってはぐれ悪魔が何匹増えようとさして問題はないのだが。
有馬の最高討伐レートはSSS、ジークはSSと両者ともに並外れた戦闘能力を持っている。
討伐レート=戦闘能力に直結するわけではないが、それでもこの二人の強さが窺えると言うものだ。
「お待たせしました、有馬さん」
ジークは先程まで一人ではぐれを相手し、見事に討伐した。
その姿を有馬は少し離れたところで傍観していた。
「まだ武器の重量に振り回されている。もう少し使い込んで来い」
「わかりました」
振り回されていると言っていいのかわからない程、わずかなズレ。
それすらも有馬は見逃さない。
具体的な説明などなく、どこが悪いかなど言われることも無い。
そんな指摘に顔を顰めるどころか、嬉しそうに返事を返す。
有馬の言葉通り、両手ならともかく、片手で武器を扱うと武器の重さに振り回されることが少しある。
ジークは本来、複数の武器を持って戦う多刀使いだ。多刀使いが武器の重さに振り回されるのは論外、少しのズレは次の行動を遅らせ、その次の行動も遅らせる。
自分でも気が付かない僅かなことを指摘され、未熟さを痛感させられる。
それと同時にまた一つ強くなれるという確信が、胸の内から湧き上がる。
「次のポイントに向かう」
付いて来いというように先に歩き始める。
その後姿は大きく、まだまだ遠い。背中を掴むのはまだまだ先のように思える。
そんな背中に何時か追いついて見せたい、そう思いながらジークも有馬の後を追う。
■□■□
「一体どういうことなのかしら」
リアス・グレモリーは自身の領地の異変に、眉間の皺を寄せる。
コカビエルの事件が終わった後、この街に潜入していたであろうはぐれ悪魔が次々と姿をくらましているのだ。
最初は何かの偶然だと考えたが、数が増えていくにつれてその考えは変わっていき、一つの仮説に辿り着いた。
この領地で、はぐれ悪魔を狩っている誰かがいる。
その理由は何なのか、全くわからない。賞金目当てなのか、それとも快楽殺人者なのか。
だがそんな事はどうでもいい。問題は、自分の領地の中で勝手なことをしている輩がいるという事だけだ。
リアスは現魔王の妹であり、元七十二柱のグレモリー家の次期後継者として教育を受けてきたが、それ以上に過保護と言ってもいいぐらい愛を持って、蝶よ花よと育てられてきた。
その為、今まで自分の思い通りにならないことはなく、また名門という事もあり彼女のプライドは高い、そして自分の物に勝手なことをされることを嫌っていた。
「どうやらお困りのようだね、リアス」
現れたのはリアスの兄であり、現魔王の一人でもある
「お、お兄様!?」
サーゼクス・ルシファーとその女王、グレイフィア・ルキフグス。
突然の兄の襲来に慌てふためくリアス、それと同時に眷属たちは臣下の礼を取る。
サーゼクスは楽にしてくれと笑い掛けながら、話を進める。
「今の駒王町はどうなっているのか気になって来てみたが、白い死神の名は伊達じゃないようだ」
「ど、どういうことですか?」
兄の言葉に困惑を隠せないリアス。
そんな妹に、簡単な説明を始める。
三大勢力のトップが駒王町で会談を開く。しかし、会談中に野暮なことが起きるのは好ましくない。なので会談先となる駒王町の掃除をする事となった。
最初はその土地の管理者であるリアスとソーナが担当する予定だったが、教会が掃除は一刻も早く行うべきだ、と言い悪魔払いを二名派遣した。
その後、その二名は驚異的な速度ではぐれ悪魔を討伐、または捕獲を行っている。
大まかに説明するとこのような感じだ。
兄の説明は理解した。だが、それに不満を感じないリアスではない。
「何故教会の者が、管理者である私達が行うのが普通ではないのですか?」
「確かにそうかもしれない。だが、赤龍帝、それに魔王の妹である君達、聖剣デュランダル使い、聖魔剣使いがここに集まり、コカビエルと白龍皇の襲来。偶然とは思えないことが多くある中、君達のような若手では何かあった時に対処が難しい。だからこそ、今回の要請を飲むことにした」
「私達では力不足と?」
魔王の言葉に不満な顔を隠さないリアス。
この言葉は遠回しに、君達では役に立たないと言っているようなものだ。
だが事実、彼女たちでは実力が足りないという事は明白だ。
それは先日のコカビエルの事件で浮き彫りになったことから明らかだ。
「君達は本当ならまだ学生だ、それがこのような荒事の最前線に立ち、戦うという事は若い君達では経験が足りない。そこは理解してくれないかな?」
できる限り、傷つけないように優しく事実を告げる。
その言葉に流石のリアスも沈黙する。
兄の言っている言葉は正しく、自分が傲慢であると理解したのだ。
「有馬さんが、此処に居るのか?」
「君は・・・」
話に入ってきたのは、先日教会から追放された少女、ゼノヴィアだった。
教会から追放され、路頭を迷っている際にリアスから悪魔にならないかとオファーを受けたのだ。
この話を受けた時、簡単にこの誘いに乗っていいものか思案した。その結果、一時保留と言う形で落ち着くことになった。
そんなこともあって、ゼノヴィアは現在、悪魔であるリアスたちと共に行動をしている。
「紹介が遅れてすまない、私の名はゼノヴィア、リアスさんの眷属候補だ」
「なるほど、君がデュランダルの使い手か。眷属候補という事は、まだ悪魔ではないようだね」
「曖昧な返事で申し訳ないとは思っているが、決め手に欠けていてね。未だ決心がつかないんだ」
「なに、そう話を急ぐ必要はない。君の人生を左右することなんだ。じっくり考えてから答えを出すと言い」
その言葉は、甘言で相手を誑かし、欲に忠実だと言われる悪魔だと思えない程優しさに満ちていた。
「ありがとう、ところで話の続きなのだが」
「この町に、有馬貴将が来ているか、だったね。ああ、彼は今回の討伐任務の為こちらに来ている。今現在何処に居るのか、私にも解らないが、確かにこの町に彼は居るよ」
「そ、そうか・・・・すまない、用事を思い出した」
ゼノヴィアはそれだけ告げ、部室から走り去る。
他の者達は話の意図が掴めず、彼女を見送ることしかできなかった。
「すいません、サーゼクス様。少し質問していいですか?」
「何だい、一誠君」
「白い死神って何なんですか?」
白い死神、コカビエルの事件で何度か聞いたことがある言葉だが、その時は色々と立て込んでおり、聞くことはできなかった質問。
悪魔なら知って当たり前の名前、今更だが、それについてサーゼクスは丁寧に説明を始める。
「白い死神はある一人の人間に対して呼ばれている名称だ。悪魔にとっては天敵と言ってもいい存在、それが白い死神。私も実際にあったことはないが、その実力は底がしれないと言われているほどの実力者。彼と会ったはぐれ悪魔の生存率は驚異のゼロ、どんな相手であっても等しく死を与える存在であり、教会では最強と名高い悪魔払い、それが白い死神、有馬貴将だ」
「最強、ですか」
実感の伴わない言葉に少し困惑する一誠。
魔王であるサーゼクスがここまで言うほどなのだから、相当な実力者だという事が分かるが、最強と言う存在がどれほどなのか、悪魔になってまだ長くない一誠には実感のわかない言葉だった。
「ああ、コカビエルを短時間で倒したのだから、その実力は本物なのだろう。本当に人間なのか疑問に思うぐらいだ。むしろ人間と言うカテゴリーには収まらない気がしてならないよ」
「コカビエルを倒した・・・ってもしかしてあの人が!?」
そこでようやく一誠は白い死神が誰なのか気が付いた。
あの時、自分たちが手も足も出なかったコカビエルを、一瞬で倒した悪魔払い。
あれが白い死神だという事に今気が付いた。
それと同時に、そんな相手にあれだけ啖呵をきったことに顔が白くなる。
もしも有馬が、ゼノヴィアのように感情的な人物だったら、自分はなず術もなく殺されていたかもしれない。
そう考えると顔が青ざめるのも無理はない。
「イッセー君、もしかして知らなかったのかい?」
「イッセー、貴方って子は・・・」
一誠の反応に今更ながら頭を抱えるリアスと眷属たち。
この場合、気がつかなかったのは一誠にも問題はあるが、説明をしなかった彼女たちにも問題がある。
まあ、過ぎたことをどうこう言っても仕方のない事だ。
「今回の会談は、君達にも参加してもらうことになる。堕天使は白龍皇を同伴、天使はその彼が同伴するという話だ」
聞けば聞くほどビックネームが出てくる。
それだけで、今回の会談がどれだけ重要なのかが理解させられる。
そんな会談に、悪魔になって間もない自分が参加していいのか疑問が生じるが、参加すると決定したサーゼクスが何も言わないのならいいのだろうと、考えを纏める。
「さて、今回此処に来たのは会談の為だけではない。リアス、何で伝えてくれなかったんだい?」
「そ、それは!?」
魔王が手に持っていたのは、授業参観を伝えるプリント。
その話をきっかけに、今までの空気が滅茶苦茶になったのは言うまでもない。
■□■□
「お前さんが噂の白い死神だな?」
「・・・・」
「有馬さん」
有馬たちは本日の討伐任務を終え、宿に帰ろうとしていた。
宿に帰ったら簡単な組み手でもしてもらおうかと考えていたジークだったが、そこに現れたのはチョイ悪風の男、有馬の事を白い死神と知っているのなら、裏の関係者であることは間違いない。
問題は何故ここに姿を現したのか。
ジークは、有馬を庇うように前に出る。
相手の目的が有馬なら、簡単に有馬と接触をさせるべきではない。その判断に間違いはない。だが、今回は相手が悪い。
「ほぉー、それが魔剣の頂点に立つ魔帝剣か。使い手もなかなか通して悪くない。だが、相手は考えた方が良いぜ?」
相手からのプレッシャーが跳ね上がる。
それと同時に、ジークの背後から巨大な圧力が放たれる。
有馬だ。
「へぇ、コカビエルを倒したって話は嘘じゃなさそうだ。こりゃ、悪魔も恐れるわけだ」
男は軽口を叩きながら、プレッシャーを収める。
だが、その額には僅かに汗が浮かび上がっている。
「紹介が遅れたな、俺の名前はアザゼル。これでも堕天使のトップをやらせてもらっている。今回は噂の死神殿と会うために此処に来させてもらった」
アザゼルは12枚の翼を広げ、ニヒルに笑う。
その表情は、悪戯に成功した子供のような無邪気な笑いをしている。
「さて、少し話でもしていかないか?」
「断る」
アザゼルの誘いを即座に切り捨てる。
即座に切り捨てられると思っていなかったアザゼルは、少し顔を顰める。
「おいおい、突然来たことに関してはこっちに非があるが、それでも即答は酷いだろう。俺はただ単純にコカビエルの事で話をしに来ただけだぜ?」
「コカビエルについては会談で話す予定のはず、今聞く必要はないと思うのは僕だけかな?」
有馬の代わりに返答をしたのはジークだ。
確かにコカビエルの事は会談で話が行われることになっている。それは今ここで話すことでは無いはずだ。
「なに、直接迷惑かけたお前に謝罪しに来ただけだぜ?俺が礼を言うなんざめったにないんだ。ありがたく受け取っておけよ」
「そうですか、ですが有馬さんは貴方に謝罪してほしくて戦った訳ではありませんので、どうかお引き取りを」
ただでさえ多忙な有馬は他の者と会う事が少ない。それだけに今回組手をしてもらう(予定)を邪魔されたことに苛立ちを感じながら、さっさと帰れと告げる。
だが、それで帰るのなら苦労はしない。
「はあ、固い奴だな。もう少し楽にした方が人生は楽しいぞ?」
「お構いなく」
「はあ、建前とかめんどくさくなってきたし、用件だけ言うぞ。死神、お前の武器を見せてくれないか?」
「断る」
アザゼルはそう言うなよ、と言いながら 有馬の持つアタッシュケースに近づく。
アザゼルが研究者気質だということは有名だ。
そんな彼が、IXAとナルカミを見逃すはずがない。
できるなら、今すぐ研究室に持ち帰り、どうなっているのか様々な実験を行いたいぐらいだ。
「いい加減にしろ、これ以上有馬さんに迷惑をかけるな」
そんなアザゼルを制したのは、怒りで今にも斬り掛かりそうになっているジークだった。
先程から勝手な言い分に堪忍袋の緒が切れそうだった。
仮にここで有馬がGOサインを出せば、ジークは持てる力を全て使い、この堕天使総督を黙らせようとするだろう。
「おいおい、今にも斬り掛かりそうな顔しやがって。仕方ねえ、今回は縁がなかったって考えるか」
そう言いながら頭をぼりぼりとかきながら、堕天使総督は去っていった。
それと同時に、有馬の中に、堕天使総督は苦手と言う文字がインプットされた瞬間だった。
それはアザゼルが有馬の武器を調べるきっかけを失った瞬間だった。
面倒ごとが終わり、宿に戻ろうとするが
「有馬さん!」
再びエンカウント、現れたのは、教会から追放されたゼノヴィアだった。
どうやら有馬は、まだ宿に帰れないらしい。
ゼノヴィアの様子から、不満丸出しのジークを先に帰らせ、近場のファミレスに入る。
元同僚のよしみで少しぐらい話をしてもいいか、そんな軽い気持ちでファミレスに行った事を後悔するのはそう遠くない話だ。