精霊転生 ~転生したけど崩壊した現代でした~   作:緒方 ラキア

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24話「初仕事③」

先程まで囲んでいた焚き火の明かりはとうに消え、灰を触っても温もりは感じられない。

だが、焚き火が消えても、周囲は完全な闇夜という訳ではなかった。

 

「(やっぱり綺麗だなぁ。)」

 

夜空に浮かぶ月と星の明かりが辺を照らしている。多少の薄い曇りがかかっているも、その程度では阻害にはならない。

辺りを走る風が草を揺らし、ざわざわと音を立てる。どれもが今までの発展しきった日本では失われたものであり、自然本来の美しさがそこにあった。

 

現在リーフはフェンと共に周囲の警戒にあたっていた。

魔物(モンスター)の中には夜行性型の者も多く、冒険者達が急速している中で襲撃する場合も存在する。

辺りに簡易的な罠を設置しているが、それでも魔物(モンスター)が絶対来ない訳ではない。

だからこうして交代して見張りをしているのだ。リーフ達の担当は最後であり、一番夜型魔物(モンスター)が活発化する時間帯だ。冒険者最高ランクのフェンとパーティー内実力最強のリーフが担当するのは当然であった。

 

「噂には聞いていたが、お前の強さは予想以上のようだ。」

 

夜空を見ているとフェンが話しかけてきた。改めて考えると、二人きりで冒険者ギルド最強の方と話せる機会はめったにないとリーフは会話を続ける。

 

「いえいえ、自分なんてまだまだですよ。実際に師匠の二人、いや三人には敵いませんし。」

 

「・・・お前がそう言うなら、その三人の強さは想像もつかないな。」

 

全くもってその通りである。

しかもティガによると、リーフが旅立った後あの三人はさらに自分の身を磨いているらしい。

リトビは歳も気にせず技を強化するためにリーフ以上の修行をしており、グランはというと幻龍を超える武器を造らんと洞窟奥の工房に籠りっぱなしで、アブルホールは二人が逃げ出した際所持していた書物の中の『古代錬金術』に興味を持って、現在解読中だそうだ。

 

「(あの三人はいったい何を目指しているのだろうか?)」

 

その後フェンとは思った以上に会話は弾んだ。

 

「えっ、フェンさんって元貴族の長男なんですか!?」

 

「まあな、貴族と言っても大貴族ほど名は売れていないがな。」

 

「何で家出なんかしたんですか?」

 

「・・・曾祖父が大の人間嫌いでな、家は代々過激派思想でだったんだが、俺は人間がそこまで悪い存在じゃ無いと思ってな、そうしていたら家族との溝が深くなって逃げたってところだな。」

 

「・・・相当な人間嫌いみたいですねひいお祖父さん。」

 

「あぁ、たしか昔ニホンに住んでた時、銃を持った人間達に親戚達が殺されたって話してたよ。」

 

「(もしかして、ひいお祖父さん絶滅したニホンオオカミの生き残りなんじゃ・・・)」

 

そんな感じでその後も、倒した強敵、一般知識、この先にあるエルフの森について、実に有意義な時間であった。

しかし、突然リーフの視界が歪んだ。何事かを理解する暇もなくリーフは意識を失った。

 

「それで・・・あれ?」

 

フェンはさっきまで相槌を打って話していたリーフから反応がない事に気付いて顔を覗き込むと、リーフは静かに吐息をたてて眠っていた。

 

「まったく、見張りが寝てどうするんだ。」

 

そう言いながらも、そっと毛布をかけて一人で夜明けまで見張りを続けたのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

辺りに漂う香りがリーフの意識をゆっくり覚醒させる。妙な眩しさに朝だろうかと思ったリーフは起き上がりゆっくりと瞼を開いた。

 

「・・・えっ?」

 

だが、目の前に広がる光景は先程までとは全く違っている。

辺り一面草花が広がっており、リーフは花畑の中にいた。優しいそよ風が花びらを青い空へ舞い上げる。

そしてこの場には自分しかいない。辺りを隈無く見渡すが、隣にいた筈のフェンも他のメンバーは何処にもいない。

そして気になったリーフは自分の頬をつねってみる。しかし痛みは感じられない。

 

「・・・夢か?」

 

おそらく明晰夢というものなのだろう。そう考えたリーフはとりあえず歩き出した。

花畑の中をひたすら歩き続けるも、一向に景色は変わらない。

 

「いい加減目を覚まさないのか。」

 

早く目を覚まさないかと考える中、突然強い風が吹き荒れる。

花びらが先程以上に舞い上がり、思わず手で目を覆った。

風が治まるとリーフは目を開ける。そして、花畑しかなかった景色に一つだけ変化があった。

 

リーフの先に一本の木が現れたのだ。

 

何の変哲もない一本の木が一瞬で現れた。普通は驚くのだが、リーフは何故か懐かしく感じられた。

気付けばリーフは木に向かって駆け出していた。

だんだんと近づいて来るにつれ、リーフは目を見開いた。

 

木の下には二人の人がいたのだ。

 

一人はリーフとそっくりな袴姿をしている木精霊族。リーフと違っている点といえばグレーの羽織をしているところだ。

だが、リーフには見覚えがあった。何回か夢に出てくる人だ。

もう一人は純白のドレス姿でリーフよりも髪の長い女性であった。若葉の色をした髪が風で靡き、とても美しい。

しかし、どちらも後ろ姿であるために顔を伺うことはできない。

なのにどうしてこんなに懐かしい気持ちになるのだろうか。全く知らない二人なのに。

気付けばリーフは右目から涙を流していた。

そして、リーフは駆け出す。

 

あと十メートル

 

あと八メートル

 

あと五メートル

 

「(もう少しで)」

 

そしてあと三メートルぐらいにさしかかったその時だった。

 

地面がガラスが割れるかの如くに崩れ落ちたのだ。下は真っ暗な闇が広がっている。

そのままリーフはゆっくりと落下してゆき、二人の後ろ姿が離れてゆく。

 

ーー嫌だ。

 

リーフは届かないとわかっていても、懸命に手を伸ばす。

 

ーーせっかく会えたのに。

 

そして、あり得ない言葉が自分の口から出た。

 

 

「父さん!母さん!」

 

 

リーフの視界が闇に包まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全然起きないな、リーフ。」

 

とうに夜は明けたのだが、リーフは未だに目を覚ます様子はなかった。

 

「おかしいですね、そろそろ起きてもいいのですが。」

 

ティガはいつもリーフの体調管理はしっかりしている。呼吸も心拍数も安定しているし、悪夢を見ている様子はない。

ティガがリーフの所に来たのはサポートする為だけではない。彼女はアブルホールからある特命を受けていた。

それは、リーフの暴走を未然に防ぐ事である。

リトビ達との極限の修行の中で、リーフは幾度となく暴走していた。そのたびに三人がかりで止めたのだが、リーフが離れた今、いつでも止められるようにしているのだ。

その証拠に、タブレットには雷ほどの電撃が流れるように細工してある。

 

「・・・・・」

 

「あれ?今何か言いませんでした?」

 

わずかにリーフの口が動いたのを見たリリーナがリーフを覗き込んだその時だった。

 

ムニュン

 

突然リーフの右腕が動き、そのままリリーナの左胸を掴んだのだ。

これには、その場の全員の空気が凍りついた。リリーナに至っては茹でダコみたいに顔が真っ赤になっている。

そしてそのタイミングでリーフは目を覚ます。

しかし、まだ寝ぼけているためぼんやりしているままだ。

だから、リーフは自分が何かを触っているのかわかっておらず、確かめようとして更に揉み出した。

 

「・・・い、いやぁあぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

その時、一際大きい何かを引っ叩く音と、遅れて何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ようこそエルフの森へ。私はここの長でありリリーナの母親のマリナ・アシュレイと言います。」

 

一行を出迎えてくれたのは、驚いた事にリリーナの母親であった。

近付いてきた時に何処かで見たような顔だと思っていたら、まさかの出来事でかなり驚いた。というより若すぎるだろ。挨拶があるまでずっとお姉さんだと思ってた。

 

「運んできた物資は後ろの二人が案内しますので付いて行ってくれれば問題ありません。リリーナ、あなたは話があるから付いて来て。」

 

そうしてリリーナとはここで一旦別れて冒険者の五人は二人のエルフに倉庫まで案内されることになった。

 

「あのー、リーフさん大丈夫ですか?」

 

現在リーフの頬には、赤い手形がくっきりとついていた。まさかダメージまで食らうとは想像もしていなかった。

 

「(シダの優しさが染みる。)」

 

そう考えているうちに、倉庫に到着していた。

 

「ここからは私達が引き継ぐ、宿で休むといい。」

 

どうやらこれで一旦仕事は終わりのようだ。とりあえずこの辺りを見て回ろうかとこの場を離れようとしたのだが、誰かに肩を捕まれ止められる。

 

「ねぇ、言ったわよね限無覇道流を教えて貰うって。」

 

リーフにはまだ仕事が残っているようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エルフの森の木は頑丈で太く高い。

この樹木の上にログハウスを作ってこの森の住民達は暮らしている。

その中でも一際大きいログハウスにて、リリーナと母のマリナとの話し合いが行われていた。

 

「さてと、情報交換を始めましょう。」

 

二人の間に漂う空気は真剣そのものであった。リリーナは持って来た資料をマリナに渡して話を始める。

 

「ギルドの調べによると、やはり最近になってから魔物(モンスター)の活動が活発になっています。」

 

「こっちは狩りに出ている武僧達に聞いたけど、魔物(モンスター)の目撃が少なくなってきているわ。」

 

魔物(モンスター)の中には一定期間活動をしなくなる種類もいるが、この辺りで出没するゴブリンやオーガなどはまだその時期ではない。

にもかかわらず、目撃や遭遇が減っているとなると、明らかに異常事態である。

しかし逆にバッケスの周辺には、魔物(モンスター)の目撃や遭遇が異常に増えていた。

 

「やっぱり|あ(・)|れ(・)が関係しているんじゃないかしら?」

 

「おと、ギルド長も例年ならそろそろだと思って対策を練っている所です。」

 

二人が言っている事は『魔王軍の進行』である。

 

太平洋の何処かに存在するという魔王が統治する大陸、通称『魔王国』。普段から不可視の魔法が大陸全体にかけられている為、めったに発見されない危険な国である。

国民のほとんどが魔族に分類される悪魔、アンデット、魔物や犯罪者などの他種族であり、五大陸の領土に侵略行為を続けている。 

バッケスも例外ではなく、二年前から魔王軍と思われる者達の進行は始まっていた。

今までならこの時期に進行が予想される為、中央都から軍が派遣されていたのだが、今年は政権が不安定らしく、例年通りにはいかなくなる可能性が高い。

魔王軍がこの機会を逃す筈がない為、今回はバッケスの常備軍と冒険者も戦闘に駆り出されるつもりだが、それでも心許ない為こうしてリリーナはここに来たのである。

 

「ギルド長、そしてバッケスの市長からの正式な協力依頼です。どうか力を貸していただけないでしょうか。」

 

「・・・我々も重要な貿易拠点を失うのは惜しいですし、何よりバッケスが落とされれば我らの森に進行しないという確証もない。」

 

「では。」

 

「ええ、我らエルフの森は協力する所存です。」

 

「ありがとうございます。お母さん。」

 

こうしてバッケスとエルフの森の協力が約束された。

 

「とりあえず話はこれまでにして、リリーナ。バッケスでいい人見つけた?」

 

いきなりいつもの家族の会話に変わったことでリリーナは飲んでいた紅茶を詰まらせ少し噎せてしまった。

 

「ゴホッ!ゴホッ!・・・何でいきなりその話題に。」

 

「だってあなたもお年頃なのに浮いた話一つないなんておかしいじゃない。」

 

「私は気になる人なんて・・・」

 

そう言った時に、今朝の事故を思い出してしまい、耳まで真っ赤に染まる。

それを見逃す母親(マリナ)ではない。これ見よがしに畳み掛ける。

 

「あらあら、その反応からして何かあったのかしら?もしかしてあの冒険者の中にいるのかしら?」

 

「そ!?そんな訳ないじゃない!!」

 

ニヤニヤしながらさらに問いただそうとするが、リリーナが話題を反らす方が早かった。

 

「そ、それよりさっきから地上が騒がしくないかしら。」

 

エルフ族は耳がよく、数十メートル離れた場所の音も正確に聞く事ができる。

 

「確かに少し騒がしいわね、行ってみましょう。」

 

 

 

地上に降りた先には、かなりの人だかりができていた。

人々の喧騒と共に何かがぶつかり合う音が聞こえる。二人は人だかりの中を通してもらって先頭列までたどり着く。

二人がその先で見た光景は、驚くべきものであった。

 

「はぁああーーーーーーーーーー!!」

 

「・・・・・」

 

カラーの放つ拳の連続攻撃を、右腕だけで軽く受け流しているリーフの姿であった。

素人が見ても、実力差は明らかであった。

 

「ふんっ!」

 

リーフはカラーの拳を受け止め握り込んで連続攻撃を止める。

カラーは拳を引き抜こうとするが、万力に挟まれたようにびくともしない。

掴んだままリーフは巴投げをするように後ろに倒れ、そのままカラーを真上に蹴りあげる。

そしてすぐさま地を蹴り、吹き飛ばされたカラーの上空に回り込み蹴り技を放つ。

 

「限無覇道流、無影龍脚。」

 

「っ!」

 

咄嗟に空中で体をよじり、両腕をクロスさせて受け止めようとするが、リーフの方が力は上であった。

カラー吹き飛ばされ背中から地面に激突し、リーフは離れた所に静かに着地する。

 

開いた口が塞がらないとはこの事だろう。常識はずれの身体能力と技の数々、どうしてこんな人材が今まで無名であった事が不思議でならなかった。

 

「本当に常識はずれだよな、リーフの野郎。」

 

「当然です。ご主人様(マスター)はリトビ様から教え直伝に指導を受けたのですから。」

 

声がした方を向くと、かすり傷だらけのフェンがあぐらをかいて、タブレットの中で胸を張っているティガを持って、二人の組み手の様子を眺めていた。

 

「もしかしてフェン様・・・」

 

「ああ、最初はカラーを止めようとしてシダが挑戦して一発KO。その次に俺。どっちも手も足も出なかった。」

 

それを聞いてさらに絶句してしまう。

フェンは相当の実力があるのは、ギルドを超えバッケス全体に知れ渡っている。そんな彼ですら軽くあしらってしまうなんて想像もしていなかった。

 

「彼女もそろそろ限界だろう。」

 

そして目線を戻すとよろよろになりながらも立ち上がり、リーフへ駆け寄ってゆく。

残った力を振り絞り拳を放つも、簡単にかわされリーフはカラーの脇腹に肘打ちを喰らわせる。

想像以上のダメージにカラーは後ずさり、そのまま倒れる。

 

「はぁはぁはぁ、参ったもう降参。」

 

荒い息を吐きながら降参を宣言する。

リーフの方も構えを解きカラーに近寄って手をさしのべる。

 

「ありがと。」

 

「こちらこそ、なかなか勉強になりました。」

 

「・・・なんかアドバイスとかある?」

 

「そうですね・・・持論になりますけど、まずは拳の一つ一つに気持ちを込める事ですかね。そうすれば威力も格段に上がると思います。」

 

「なるほど、気持ちか~。」

 

ようやく一段落尽きそうだ、少し休もうとしたらカラーに肩を掴まれる。

 

「待って、まだ終わってないわよ。」

 

そうしてチョイチョイとギャラリーの方を指差す。

目を向けると目を輝かせている一団がいる事に気付く。

 

「エルフの武僧の皆さ~ん。リーフが相手してくれるって~。」

 

カラーがリーフの意思など関係なしにそう呼び掛ける。

 

「あら、良いわね。武僧達にも良い経験になりますからお願いしますわ。」

 

断ろうとしたら長であるマリナにお願いされ完全に断れなくなった。

さすがのリーフでも、ここにいるエルフ50人の武僧を一人ずつ相手するのはしんどい。そして緊急時以外は本気を出さないようとリトビ達から言われている為さらにしんどい。

本気が出せない事で、肉体よりも精神の方が疲れていた。

 

もうこうなればやってやる。自棄になったリーフは構えを取り宣言する。

 

「さぁ、全員まとめてかかってこい!」

 

結果はリーフの無双で終わったが、エルフの武僧達とはとても仲良くなった。


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