俺の妹である高坂桐乃の特別な趣味が親父にばれて数日後。自宅に帰ってきた俺を出迎えたのは、残酷な現実と一人の魔法少女だった。

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俺の親父がこんなにイタイわけがない

妹の名前は、高坂桐乃(こうさかきりの)。現在十四歳。

近所の中学校に通っている女子中学生だ。

ライトブラウンに染めた髪の毛、両耳にはピアス、長くのばした爪には艶やかにマニキュアを塗っている。すっぴんでも十分に目を惹くだろう端正な顔を、入念なメイクでさらに磨きあげている。中学生には見えないくらい大人びた雰囲気。背がすらっと高く、しかし出るところはきっちり出ている――。

学校のクラスの女子にはたいてい幾つかのグループがあるよな。

その中でも一番華やかなグループ中でも、さらに一段、垢ぬけている女子。

声をかけるのさえ躊躇われてしまうような世界の住人。いわゆる『高めの女子』ってやつだ。たいていの男なら、苦手なタイプだって思うよな。もちろん俺もそうだ。同じ高めの女子なら、お嬢様のように生まれて欲しかったと思ったのは、一度や二度じゃない。

既にお互いの関係は冷え切っている。嫌いとかじゃなくて、お互いをいないものとして扱っているんだ。

毎日作業のような挨拶はするが、それは親父が怖いというだけにすぎない。

死ぬまでこの関係は変わらない。

 

 

 

 

俺も数日前まではそう思ってたよ。

 

 

            ☆

 

 

 

親父に桐乃の趣味がばれて数日経った。

あれ以来、親父は桐乃の趣味についてとやかく言うこともなく、桐乃も桐乃で楽しくやっている。もちろん、親父に隠れて、と頭に付いてしまうが。

お袋は慌てふためくことも無く、二人の関係を楽観視している。

信頼からか。怠慢からかは分からない。

でも、ま、問題じゃないだろ。あのお袋だし。

そして……当り前だが、俺と桐乃の関係は全くと言っていいほど変わっちゃいない。いや、変わっても困るんだが。

 

想像してみろ。いくら容姿がいいとは言え実の妹だぞ?

 

『お兄ちゃん。一緒に妹を攻略するエロゲーやろ』

 

とか、

 

『お兄ちゃん。一緒にエロゲーを買いに行こう?』

 

想像したか? どうだ、あいつがこんな事言ったら気持ち悪いだろ?

……ちょっと待て、「優しくなった妹との関係がエロゲーだけか?」というツッコミがどっかから聞こえてきたが気のせいか? よし、気のせいだな。気のせいだと信じたい。

 

(ゴホン)――とにかく話を進めよう。

 

あれから"人生相談"もなく、普段どおりの平々凡々な日常を俺は過ごしている。厳格な態度を崩さない頑固な親父。何事もなかったかのように皆の世話を焼く呑気なお袋。お互いに会話はおろか視線さえ交えようとはしない生意気な妹。

これがあと数年は決して変わらない俺の日常。

改めて思う。ほんと俺は――

 

「俺はお袋に似ていると思う」

「きょうちゃん、誰にお話をしているの?」

 

抜けるような青空の下、俺の隣をのほほ~んと歩いているのは幼馴染の田村麻奈美。パソコンで打つと一発で変換できるような地味~な名前だ。名は体を表すとはよく言ったもので、コイツは素でそれを表している。

 

成績は上の下。部活動には所属しておらず、趣味は料理と縫い物。

丸っこい眼鏡をかけて、特に目立つようなパーツも存在しない。

どこの学校にも探せば絶対に一人はいるような女だ。

 

「……声に出てたか?」

「うん」

 

ほわほわとした笑顔で俺に返事をする麻奈美。

どこから? とは聞けないなこりゃ。エロゲーの(くだり)を聞かれていたら俺は世間から白い目で見られてしまう。

それに……純粋なコイツの口からは聞きたくないしな。

 

「でも、きょうちゃん。今日はご機嫌だね~」

「お、そう思うか?」

 

思わず顔を抑える。そんなににやけていたのか。恥ずかしいな。それでもにやけは止まらない。

 

「何か良いことでもあったの?」

「おう、聞いてくれ」

 

実はこの話。誰かに話したくてしょうがなかったりする。

そして、俺は声を大にして叫んだ。

 

「実は……今日家に誰もいないんだ!」

「……ほぇ」

 

麻奈美が呆気に取られている。ま、それも仕方ないか。俺もいきなりこんな事言われたら訳が分からないだろうし。

親父は仕事だし、桐乃もモデルの仕事とかで夕方まで帰ってこない。

いつもは家にいるお袋も、昔の友達と会うとかで夜までいないらしいんだ。

つまり今日は夕方まで家には俺しかいないってわけだヒャッホーーイッ!

 

俺の部屋は桐乃の部屋と違って鍵がかからない。だからか、お袋はいつもこれ以上無いと言っていいほど悪いタイミングで入ってくる。今日は邪魔者が居ないから、何の気兼ねもなしにゲームができるというわけだ。あはは、嬉しくてしょうがねぇ。

健全な男子諸君なら、ヘッドホンを片耳だけ当てないでゲームが出来る嬉しさも共感してくれるだろ?

 

「きょうちゃん、それは家に来いって言ってるの?」

 

麻奈美が期待と焦燥が入り混じった顔で尋ねてくる。

なにを言ってるんだコイツは。なんでいまの会話でそういう話の流れになる。

じゃっかん、頬が赤くなっているのは気のせいか?

 

「いや、そんなつもりは全くないが?」

「……もうっ!」

 

ふいっ、とそっぽを向いてしまう麻奈美。

なんだ? なにかしたか? 女の気持ちと言うものはさっぱりわからん。

どんな参考書の問題よりか難しいぜ。

俺の妹の気持ちがわかるやつは、何も勉強しなくても東大なんて楽勝で受かるんだろうな。彼氏になるやつが大変そうだ。

 

「でも、私は家に誰か居たほうがいいと思うけどなぁ」

 

ちょっとだけ哀しそうな表情を作ってぼそりと呟く。

まぁ、お前の家族ならそう思うかもしれないな。

でもな、一日でも俺の家で生活してみ? 俺の気持ちが嫌というほど理解できるから。

お前の弟違って俺の妹は生意気だからよ。結構苦労するぜ?

 

「まぁ、どう思うかは人それぞれさ」

「そっか~」

「それで麻奈美……どこから口に出してた?」

 

さきほど言っていた事を聞いてみたくなった。だってしょうがないじゃんよ。結構気になるんだぜ。数分前に立てた誓いをあっさり反故にして俺は隣を歩く麻奈美に話しかける。

 

「えっとね」

 

こほん。可愛らしく咳払いをする麻奈美。

そして、にへら、としか形容できない笑顔をこちらに向けてきた。

……ああ、おそらく俺の笑顔を真似してるんだろうな。だけど可愛すぎて全く似てないぞ。

 

「お兄ちゃん。一緒に妹を攻略す」

「ストーップ! それ以上言うなぁーーっ!!」

 

最初っからじゃねぇか畜生!!

 

 

 

             ☆

 

 

 

いつもの分かれ道で麻奈美と分かれ、プラプラと自分の家に帰る俺。

ぬぅ、金があったら近くのゲーセンにでも行くんだがな。如何せんお袋からの小遣いが少なすぎて困る。

しょうがないから……妹から(強制的に)借りたエロゲーのフラグでも立ててるか。

仕方なくだぞ、仕方なく。

どんなに暇があっても「よっしゃーっ! 勉強してやるぜ!」なんて気持ちは沸かねぇんだよ。皆なら、分かってくれるだろ?

そんな気分を抱いたまま俺は、玄関の扉に手をかけた。

 

「ん?」

 

鍵が開いてるな。おかしい、お袋はいないはずなのに。

……桐乃が帰ってきているのか? おおかた。撮影までに時間があるから一回家に帰ってきたって所だろうな。

あまり顔を合わせたくはねぇな~。どうせ会ってもお互いに気まずいだけだと思うし。

 

「ただいま」

 

かと言って、妹のために俺が外で時間を潰すというのも癪だ。

ここは黙って入り、そそくさと自分の部屋に閉じ込まるのが得策だろう。

 

……俺ってへたれだなぁ。ま、あの妹の前じゃ仕方ねぇか。はっはっは………はぁ。なんでこの家では長男の立場が一番低いんだろうな。

暑いからかな、目から汗がでてきやがったぜ……ぐすっ。

 

『……くず……から…』

 

靴を脱いで、すぐさま二階にある自分の部屋に行こうとすると、リビングから無機質な声が聞こえてきた。なんだ? 俺は鞄を静かに玄関マットへと降ろし、リビングへと続く扉に耳を当てる。

 

『星くず☆うぃっちメルル はーじまーるよー』

 

リビングから聞きたくもない幻聴が聞こえてきた。

 

「やっぱ、桐乃か……」

 

どうでもいいが音漏れしてんじゃねえか? 

俺もよくあるぜ、ヘッドホンの入れ方が甘くて、パソコンの音が外部に漏れることが。

俺の場合はたいていすぐに気づくんだが……桐乃は気づいてないと見える。現に俺が帰ってきても、音量を下げる素振りも見せねぇし。

何年も秘密を守ってきたアイツにしちゃ珍しいな。

 

「ま、俺のしったこっちゃねぇか」

 

言ったところでアイツは俺の忠告を聞くような女じゃねぇし、『なんでメルルの邪魔すんのよ!』なんて俺に噛み付いてくるしな。

君子危うきに近寄らずってやつだ。ここは素直に二階に行くのが吉だろう。

トントントン。三段ほど上がったところで気づく。鞄忘れてた。

 

「――っと」

 

鞄を拾い上げて、なんとなくリビングのほうを向く。未だにリビングからはぼそぼそと、だがしっかりと音声が流れてきていた。

 

『アルファちゃん!』

 

少女の叫び声が聞こえてくる。その後に今度は別の少女の声で『大丈夫!』なんて声が聞こえてきやがる。

普通のテレビ番組じゃないんだろうな。会話の途中でチュドンッ! なんて効果音も入ってるし。

 

「……ちっ」

 

ああもうっ! なんでアイツはこんなに無防備なんだよ! 

そして俺はなんでアイツの事がこんなに気にかかるんだよ! 訳がわからねぇ。俺は妹の事がそんなに大事だったのか!?

 

……いや、違うな。二度と面倒ごとに巻き込まれたくないからこんな気持ちが沸くんだ。

なら、ここは今強く言っておかないと後々めんどくさいことになるな。主に俺が。

ふっ、妹思いのいい兄貴だぜ。

桐乃に言ったら鼻で笑われる気しかしねぇが。

俺は思い切ってリビングへと続く扉を開け放つ。

 

「おいっ桐乃! こんな真昼間からアニメを見る……な………」

 

『見る』あたりで声のボリュームが下がって、『な』でスイッチを落としたように音声が停止した。

 

ふぅ、今度は幻覚でいいんだよな。

そうだよな。考えてみればあの桐乃が音漏れなんて事をするはずもないし、そもそもアイツに、他の人に迷惑がかからないようにヘッドホンをする、なんて発想は沸かないはずだ。

いや、そもそも靴が無かった時点で気づくべきだった。

こんな時、自分に探偵のスキルがないのが恨めしい。

 

「……京介……!」

「親父、帰ってたのか」

 

今起こっていることを端的に言おう。親父だ。リビングでアニメを見ていたのは親父だった。

さすがに現役の警察官だけあって背後の気配には敏感だったようで、俺がリビングの扉を開けるとすぐに俺と目を合わせてきやがった。

 

「違うんだ。これはだな――」

「親父」

 

俺は何もかも悟ったような目で慌てふためく親父に言ってやった。

 

「ヘッドホンは片耳だけじゃないと危ないんだぜ」

 

違うな。言うべきことはそんなことじゃねえな。

 

「親父。この際なんで家にいるのか、アニメを見ているかなんて些細な疑問は後回しにしておく」

 

もちろん充分に大きな疑問なんだが、目の前の光景に比べればそんなもの空の彼方に吹き飛んでしまう程度のものなんだ。

心を落ち着かせるために深呼吸……スーハースーハー……よし!

言うぞ、今から言うぞ。 準備はオーケー?

 

「なんで……魔法少女のコスプレなんてしてるんだ?」

 

そう、目の前の親父は魔法少女のコスプレをしているんだ。

凄いぞ。頭にはベレー帽をふんわりとさせたような赤い帽子をかぶり、その上にはピョンとネコミミがついている。

視線を下に移すと、見えてきたのは背中に六枚ほど天使の羽のギミックがついているゴスロリ風の真っ白な服。サイズが合っていないのか筋肉隆々のボディラインがくっきり見える。黒く塗れば黒猫に似合いそうだ。

 

ああ、黒猫っていうのは友達のハンドルネームなんだが、ここは割愛させてもらおう。親父の説明が先だ。

 

手には先端が☆の形のステッキ。赤色にピカピカ点滅している。どっかのセール品で売ってそうな雑な作りだ。桐乃の部屋にあったものとは出来が違う。

さらに視線を下に動かすと、何層にもフリルがついたスカート。プリーツスカート、とか言ったか?

説明が長々となってしまったが、親父が着ているのはそんな奇奇怪怪の服なんだ。

笑えると思うか? 全く笑えねぇんだよこっちは。

へっ、いま思っている間に何度幻覚であってほしいと思ったことか。

でも……何秒たっても俺には幻覚が見え続けるんだよ。

麻奈美に聞いて良い眼鏡屋でも教えてもらうか。

 

「それだけだ親父。じゃあな」

「待て京介」

 

自分で投げた質問の答えを聞かず、俺はリビングを後にする。

 

タンタンタン………トントントン………ダダダダダダ、ガチャ!!

 

実況中継すると、リビングを出ると親父もついて来たので階段までは早歩きで、親父に気づいてない雰囲気を出しながら階段を上り、二階に着いたところで親父を振り切るために急いでダッシュ。そして自分の部屋へと逃げ込んだってわけだ。

 

「京介!」

 

ドンッ!。ガチャガチャ。廊下から親父が力いっぱいドアを押してくる。

くそっ! しつけえ。

なんで俺の部屋には鍵がついてないんだ!? 格差社会ってやつか!?

 

「ここを開けろ!」

「い、嫌だ!」

 

桐乃のコレクションを失うのを防ぐのに奔走した時の状況に似ている。

場所こそは違うが。お互いの立ち位置は同じだ。

どうしても押しとおろうとする親父と、何が何でも止めようとする俺。

あの時は、何がやりたかったかすぐに分からなかった俺だが、今回は嫌でもわかる。

今回は……俺の貞操が失われるのだから、絶対に屈するわけにはいかねぇっ!!

 

ギギギッ

 

「ぬぅぅっ!」

 

健闘も虚しく均衡が破れ始め、ドアの向こう側に親父の目が見えるようになった。

血走った親父の目は、桐乃なんかとは比べてはいけないほど冷酷で、俺に一つ、ただ一つメッセージを伝えてきていた。

……見られたからには、殺すしかない。

怖っ! 超怖っ! 絶対部屋には入れたくねぇ!

 

「さ、させるかっ!」

 

ぐぬぬぬっ! お、親父。まさかこんなに力が強えぇのかよ。

さすが現役警察官なだけある。

男子高校生だから少しは抵抗できるなんて思った自分があほらしいぜ。

あと数秒もこの均衡を保つことはできねぇ。腕に力が入らなくなっていくのが自分でも分かる。

なにか、なにかこの危機を脱出できる手段は転がってねえか!?

 

「京介ぇぇっ!」

 

生と死の境目を現在進行形の形で味わっているせいか、俺の頭の中に革命的なインスピレーションが沸いてきた。

そうだ。わざと力を抜くって言うのはどうだろう。

 

頭の中でその状況を事細かにシミュレーションしてみよう。

 

まず俺が力を抜くと、扉を押している親父は前のめりに部屋に入り込んでくるだろう。

その間に俺は親父の脇をすり抜け、一目散に階段を駆け下り、靴も履かずに玄関を飛び出す。まさか、いくら壊れているからってあの格好で外に出られはしまい。

万が一でてきたら『知らない人です』を一貫して訴えればそれで解決だ。

完璧だ。一部の隙も無い。そうとなったら、

 

「それっ!」

 

バッ! 全身全霊を込めてドアを勢いよく開ける俺。

おそらく、これほど一生懸命ドアを開けたのは俺の人生で初めてだろう。

 

「ぬあっ!」

 

勢いよく俺の部屋になだれ込む親父。

しゃあっ! 予測どおりだ。親父の重心が前に崩れているのがわかる。

格闘技もなにも習っちゃいないが、秘められた特殊能力っていうのか?

我ながら厨ニ病くさいと思うが。

ともかく、今のうちに親父の魔の手から逃げるんだ!

 

「させんっ!」

 

瞬間、俺の身体を縛る重力の鎖が解き放たれた。(厨二病的表現)

床から俺の足が離れる。俺の身体が宙を浮く。視界に天井を捉える。

親父にぶん投げられたのだと、その時はすぐに判断できなかった。

ドスン。勢いを保ったまま思いっきり地面に叩きつけられる。

 

「ガハッ!?」

 

肺の中の酸素が一つ残らず体外に放出される。衝撃で目の焦点がぶれ、視界全てが白一色に染まる。世界はキーンと甲高い音だけしかなく、俺はしばらくの間指一本も動かすことができなかった。

 

 

 

……親父。アンタどれだけ必死だったんだよ。

 

 

          ☆

 

 

 

「お茶、持って来たぞ」

「……おう」

 

『第一回緊急家族会議 in 俺の部屋』開幕ってところか。

八畳にも満たない俺の部屋にコスプレ姿の親父がいる。

何の絵柄も無い茶色い座布団の上げあぐらをかいている親父に、ほどよく冷えたお茶を手渡す。

今は一秒でも時間が惜しいんだよ。お湯が沸くのなんて待ってられっか。

親父はそれを申し訳なさそうに受け取ると、ちび、とちょっとだけ口に含んだ。

いつもは大きい親父の姿がやけに小さく見える。

なんかこっちの気分までおかしくなってくるぜ。俺は正常なはずなのによ。

俺は自分が持ってきたお茶に一口もつけず、ベットの上に腰を降ろした。

 

「で、本当に親父なのか?」

「…………(コク)」

 

こちらを見ないで無言で頷く親父。

せめてもの情けに、頭に変態の二文字はつけないでおいた。

しかし……声を聞いて、顔を至近距離で見ていても、これが未だに親父なのか確信が持てん。

これがホントに、あの親父なのか? ただの変態じゃないのか?

あ、これが親父でもただの変態か。

どちらにしても、いつものイメージと今の格好がかけ離れ過ぎていてまったく実感がわかないよな。

 

まぁいい、まず初めに何を聞こうか。

コスプレの件か、アニメの件か。

どっちにしても満足な答えは得られそうに無いが、ここはコスプレのほうから聞くとしようか。いや、特に理由はないぞ。

 

「親父」

「……なんだ?」

 

ぼそり。聞こえるか聞こえないかの境目の音量で親父が呟く。

そんな心配すんなよ。親父だって俺たちの言い訳は聞いてくれただろ。

俺だっていつまでも子供じゃないさ。

親父がしたように、相手の言い分を聞くぐらいできる。

さぁ、思う存分聞かしてくれ。

親父と縁を切るか決断するのは、それからでも遅くないと思うしな。

 

「それは親父の意志で着たのか? 罰ゲームとかじゃなくて?」

「俺の意思だ」

 

親父の言葉が、静かに、ゆっくりと俺の耳に入ってくる。

そうだよな。伊達や酔狂で仮にも警察官である親父が着るわけ無いよな。

だとすると、

 

「えっと……体温計はこの部屋にあったかな?」

「京介。熱を測ろうとするな。俺は正気だ」

 

そっすか。

と、なると……ああなんだ。そういことか。

けど、これを素直に言うとさすがに親父も傷つくよな。

俺としても、あまり人の泣く姿は見たくない。

それがたとえ、ちょっと可愛いからって高圧的な態度をとり実の兄貴に向かって侮辱的な言葉を浴びせる女だとしてもだ。

もっとも、そいつに限っては泣き顔を見ると、後々俺が酷い目を見るという理由からだが。

 

さて、どうやって親父を悟そうか。

下手に言えば血をみるのは明らかだ。これも主に俺が。

と、ここで俺の頭に名案が降りてくる。

手抜き感は満載だと思うが、アイデアとしては悪くない。

あの晩桐乃に言ったように親父に言えばいいんだ。

桐乃の血の半分は親父から受けついだ。だからきっと通じるだろう。

 

「俺は、親父がどんな趣味を持っていようか、絶対バカになんかしねぇって。――いいんじゃねぇの? 何を趣味にしようがそいつの勝手だ。誰に迷惑かけてるわけじゃなし、自分で稼いだ金で何を買おうが、文句言われる筋合いはねぇよ」

「……お前は何か勘違いしてないか?」

 

やっぱ違うよな。当り前だが。

親父がそんなヤツなら桐乃の趣味だって寛容に受け止められたと思うし。

 

「じゃあさ、なんでそんな服を着ようとしたんだ?」

 

直球ど真ん中ホームランコース。

別に遠まわしに聞くのがめんどくさかったって訳じゃないぞ。

親父相手にゃ、変に策を講じるのも無意味だと思うしな。それに、何か理由があってこんな事をしてるって信じたいんだ。

 

「先日、お前と桐乃が俺に詰め寄ってきた時があっただろう」

「おう」

 

忘れるわけがねえ。おかげで未だに腫れが残っているし。

 

「俺は偏見で物を言った。先入観というのは恐ろしいものだ。良くも悪くも人の心を変化させる。俺としても、お前らと仲違いするのは避けたい。だから、幼い女の子がいる同僚に頼んで色々貸して貰い――」

「服を着て、アニメを見てたと」

 

コクン。無言で頷く親父。俺はその光景を見て苦笑した。

 

本当にバカだよ。

桐乃にさ『アニメを見せてほしい』って言えば、目をキラキラさせて懇切丁寧に教えてくれるって言うのに。

それなのに、なんで自分の力だけで全てを解決しようとしてんだよ。

多分、凄く恥ずかしかっただろうな。親父が、幼い女の子がいる、なんてプライベートなことを知ってる人なら、相手も親父に幼い子供はいないなんてわかってるはずだろうし。

もうちょっと、家族を信用しろよ。

話を聞けば、少しは手伝ってやるからさ。

なんで親子揃ってこんなに不器用なんだよアンタら。

ほんっと、それに付き合う俺もバカだよな。

 

「大見得をきった手前、流石にお前らの見てる前でアニメを見るのは躊躇った。だから、仕事を早めに終らせてもらい家に帰ってきた訳だが」

「そこに運悪く俺が帰ってきたと」

 

コクン。再び無言で頷く親父。

大体の謎は解けた。親父が精神病を患ってなくて安心した。

それにしても、結構真剣に見てたんだな。

話によると、俺が帰ってくる時間になってもアニメを見てたって訳だし。

そんなに面白かったのか?

俺も暇があったら、桐乃に貸してもらうとするかな。

 

「で、親父」

 

呼吸を整え、改めてコスプレ姿の親父に向き直る。

 

「他にどのくらいそんな服があるんだ」

 

返答次第によっては親父の職場を疑う必要がある。一家離散の危機だけは避けたいものだ。

親父やお袋は当り前として、あんなんでも妹だしな。

幼くして別れる運命になった兄妹、なんて特別な設定は平凡な俺にはいらない。

それにな……収入が全くない俺が一番先に死ぬのは目に見えている。

 

「服は、これ一着しかない」

「そうか」

 

ほっと胸を撫で下ろす。

どうやら緊急事態には今までどおり110番でよさそうだ。

 

「他にどんなアニメを借りてるんだ?」

「それはだな……」

 

俺の問いに、親父は宙を見ながら指を折って数え始める。

これは一作じゃないのか。そんな軽い気持ちで親父が喋りだすのを待つ俺。

 

「たしか、『天元突破十二姉妹』『妹と恋しよっ♪ ~妹めいかぁEX Vol.2~』『妹たちとあそぼ』」

「……………」

「『ラストシスターズ』『星くずうぃっちメルル』――」

「ストップだ親父」

 

カウントが右手の指から左へと移行した時、思わず俺はそれを止めてしまった。

俺の心臓はバックンバックン、汗はダラダラ、全身はガクガクブルブル ((((;゜Д゜)))

……ふぅ、言っている俺も意味がわからねぇ。

まさか、親父の口からそんな言葉が出てくるとはな。

途中聞こえた中に、明らかに大きなお友達用のアニメが混じっていたんだが。

なんで親父の同僚の子供はそんなもの持ってるんだ?

 

……ああ、そういえば――

 

『あ。それは最初プレステ2から出たんだけど、パソコンに移植されてから別シリーズ化したやつね。名作ではあるけど、ちょっと古いし内容もハードだから、初心者にはおすすめしない』

 

なんてことを桐乃が言ってたな。

大事なことなので二度言わしてもらう。桐乃が! 言ってたな。決して俺じゃないからな。そこんとこ注意。

ふむ。もしかしたら元々18禁だったのが移植して全年齢対応になったやつもあるのかな。

だとしたら、親父の同僚の子供が持っていてもおかしくはないよな。まぁ、タイトルを聞いただけで絵が鮮明に浮かぶ俺もどうかと思う。

 

というか親父よ。タイトルを聞いただけでおかしいと思わないのか。明らかに子供向けだろ? そんなんで桐乃の趣味を理解できるわけが――無いとは言い切れない。

ふっ、妹よ。今更ながらお前の『妹』への執着は尊敬に値するぜ。

 

「このアニメの格好なのだが、どうやら俺にはあってないらしい。こんなんで桐乃の気持ちが理解できるとは到底思わん」

 

だからな親父よ。娘の気持ちを理解したいと思うのはわかるが、着てみる前にそのぐらいわかれよ。

あれだろ、ほら、あれ。

ジーパンを試着もしないで買ったのはいいが、ウエスト周りがきつくて履けなくて、結局店に返品しにいくタイプだろ。

ああいうことやられると、店のほうに迷惑がいくんだぜ。実際に働いたことはないので良く知らんが。

 

「じゃあさ、桐乃に教えてもらったら」

「ふざけるな!」

 

その台詞をいま親父にだけは言われたくない。

 

「そんなことできるわけないだろう」

「でもさ、桐乃だって親父が歩み寄って来てくれて嬉しいと思うぜ」

「それとこれとは話が別だ。俺は理解はしたいと思うが、これを好きになる気はない」

「そりゃそうか」

 

俺だってこれ以上身内にオタクが増えたら困る。

 

「…………なぁ京介……俺は、桐乃と仲直りできるのか?」

「あぁ、もちろんできるさ」

 

俺は親父の質問に食い気味に答えた。

娘と距離を戻したいと思うけど、それができないから悩んで、挙句の果てに同僚に頭を下げたんだよな。

家族(きりの)を大切にしたいから、男の矜持もかなぐり捨てて。

で、その努力の途中で愚息に発見されて、こんな状況になって、それでも解決しようと愚息にでさえ頼っている。

なんというか、その……すげぇよ親父。

俺が目を瞑って感慨深く思っていたときだ。

 

「ただいまー、って、あれ? 誰も居ないの?」

 

ガチャ。玄関の扉が開く音が聞こえて、続けて桐乃の声が聞こえてきた。

愛娘の登場だ。

よかったな桐乃。口ではあんな事言われたが、お前は充分愛されてるぜ。

 

「京介」

 

俺が部屋の扉、正確にはその向こうにあるはずの階段を見つめていると、親父が驚愕の目で俺を見てきた。

いつもの獰猛な瞳じゃなく、今にも食べられる小動物のような弱弱しい瞳だ。服が変わると、目の印象も変わるのか?

 

「お前の部屋に鍵は無かったよな?」

「ああ、ないけど……それがどうかしたか?」

 

なにを当り前のことを聞いてるんだ?

鍵があったら俺が部屋に逃げ込んだ時に鍵をかけて親父をはいれないようにしていたに決まってるだろ?

 

「お前の部屋に桐乃が入ってくる可能性はないのか?」

「ねぇよ」

 

天地神明に誓ってもいい。絶対にそれはありえねえ。

まぁ、一度だけ入ってきたときがあったといえばあったが、あれ以来入ってこないからな。

あいつも二度と入りたくないと思ってるだろうし。

だから適当に返事を返したんだが、

 

「ほんとうにか?」

 

親父は怪訝な顔で、俺をじっっっと見つめてくる。

何が言いたいんだ? いまいち親父の言いたいことがわからない。

物事はいつもはっきり言っていたと思うが……そんなに話しにくいことなのか?

 

「どういう意味だよ」

「つまりだな……この格好を目撃される心配は無いのか?」

 

そういうことか。

トントントン。桐乃がゆっくり階段をあがってくる。

それに比例して、親父の額から流れる汗の量が増していく。

これ以上焦る親父を見てるのも貴重でいいが、安心させてやるか。武士の情けだ。

 

「親父。心配すんな。それこそドアが壊れない限り――」

 

そこまで言ったところで部屋のドアからギギギと、まるでドアが壊れる予兆のような音がして、バキッっと蝶番やらドアを壁に固定しておくパーツが壊れるような音がして、ドンッとドアが部屋の中に倒れこんできた。

こ、これがマーフィーの法則!?

 

「……アンタ、なにやってるのよ……」

 

あ、桐乃だ。

 

「「…………」」

 

現在の状況を確認しよう。

家にいるはずのない親父が俺の部屋にいる。

現在、高坂家は二人っきり。親父はコスプレ姿。お袋は夜まで帰ってこない。

――カオス過ぎて説明できないこの状況。救急車を呼ばれて検査入院させられる事が容易に想像できる。

 

「ちょっと!」

        

ツカツカ。声を荒げて桐乃が部屋に入ってくる。

顔が紅潮している。怒りが心頭にたっしているのは誰の目にも明らかだ。

でもさ、いくら俺でも引くわけにはいかんだろ。

この状態でこの二人が争ったらもう修復はできないぜ。

一生埋まらない溝を持ったまま、家族のために働く親父なんかみたくねぇ。

 

貧乏くじだとはわかっている。

バカだと思うやつは笑えばいいさ。

それでも俺は、ここまで娘のことを真剣に考えている親父の力になりたいんだ。

 

「待て桐乃」

 

俺は親父と桐乃を結ぶ直線上に飛び出る。

 

「邪魔っ!」

「うぉっ!?」

 

メンチ切ってきた妹に目力だけでどかされる。

俺か!? 俺がへたれだからか!?

 

「ちょっとアンタッ!」

 

桐乃が胸ぐらを掴みあげて親父を立たせる。

親父も特に抵抗もなく立ち上がり、桐乃の判定を待っていた。

それが静かに裁量を待つ死刑囚のように見えて、俺の目からはボロボロと大粒の涙が流れている。

親父……さようなら。

やがて、桐乃は激情しながら言葉をまくしたてた。

 

「メルルのコスをそんなに広げたら意味無いじゃん! それは二期の装備でしょ!? おへそを出すタイプだから胸下まで隠れれば充分なの! それにソリッドウィング! 一番下の三枚目は下向きにするのは常識! なんで六枚とも全部上を向いてんの! それに、なにこのステッキの適当感! これだけ一期のやつじゃん! コスするならきちんと細部までこだわんなさいよね! スカートだってローライズパンツみたいに履くタイプだから、腰じゃなくて腰骨であわせて履くの! そのためにスカート内に落ちないようにするための紐がついてんじゃない! 

アンタメルル見たこと無いでしょ!? あんたあたしに喧嘩売ってんの!? いいよ、買うよ! これはメルルに対する冒涜よ冒涜! あんた全国のメルルファンに謝りなさいよ……って、あれ? まさかお父――」

「ふんっ!」

「きゃっ」

 

後頭部に手刀を一撃。桐乃が力なく親父の身体へと倒れこむ。

こ、この親父。自分の愛娘を気絶させやがった。

これほど必死な親父は見たことがねぇ。

桐乃に灰皿で撲殺されそうになった時でさえ手はあげなかったはずなのに。

親父は桐乃をしっかりと抱きしめながら、俺の顔を見ずに喋り始めた。

 

「京介、警察には守秘義務というものがある」

「お、おう」

 

ひぃっ。気張って返事したのはいいけど、言ってる本人は足がガクガクいってるぜ。

鏡を見ればひでぇ顔になってるんだろうな。

怒ってるわけじゃねぇのに、なんでこんなに怖ぇんだよ。

 

「それを破ったら……どうなるかわかってるな」

「了解です」

 

いまだに気絶している桐乃の代わりに返事をしておいた。

だってよ、桐乃にさえあの仕打ちだぜ。

俺が他の人にこの事をばらしてみ? 瞬殺されっから。

親父はそのまま俺に目を合わせずに部屋をでていった。

た、助かった……。

Tシャツを伸ばして顔についてる汗を拭く。

うわっ! 背中がびしょびしょで気持悪りぃ!

……仕方ない。少し早いが風呂でも入ってさっぱりしてくっか。

 

 

                 ☆

 

 

 

「ねぇ」

「あん?」

「あたしさ、さっき変なものを見た気がするんだけど」

「変なもの?」

「お父さんが、変な格好してアンタの部屋にいたの。あれは夢だったのかな?」

「そうに決まってんだろ。悪い夢を見たんだよ。お前も、俺もな」

「はぁっ? なんでアンタと同じ夢見なくちゃいけないの」

「どうでもいいじゃないか、あとな――」

「なによ?」

「悪い印象を持たれるから、その話は絶対親父の前じゃするなよ」

 

 

 


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