オーバーウォーズ   作:フュラーリ

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10. 白銀の騎士と機工戦姫

ユグドラシル ブレアード迷宮

 

 

 

 マントをたなびかせ騎士が歩いている。暗く人気のない、無機質な石造りの廊下に単調な足音が響く。鏡のように反響するため敵が出てきたら居場所をつかむ事さえ難しいだろう。

 清掃は行き届いているものの、石造りの壁は所々剥げている。廊下のあちこちに人間ではつけることのできない足跡や戦闘の跡があり、かつて魔物があふれていたと思わせる痕跡がある。

 

 

 

 

 --- フェミリンス戦争 ---

 

 レスペレント地方に伝わる伝説。姫神フェミリンスとその力を欲した古の大魔術師ブレアードによって引き起こされた戦争。

 

 その伝説の生き証人、ブレアード迷宮。

 フェミリンス戦争でブレアードが作った地下に広がる拠点。各地方をまたぎ領土の一つとしても数えられるほどの広大な迷宮・・・・・・という設定のダンジョンである。

 

 

 

 

 今いる場所はほんのさわり。神殿の遺跡で見られるような通路がただひたすら続いているが、そんな単調な通路も終わりが見え大広間に出る。

 

 大広間の中央には見るものを楽しませる色とりどりの大きな魔法陣が浮かび上がり、中心には宙に浮き瞑想している少女がいた。

 

 少女の周りには僅かに風が舞っており紫色の長髪がたなびいている。チラチラとスカートからシミ一つない白い肌の魅力的な太ももが見えるが、少女は気にする素振りもない。

 

 

 

 騎士はヘルメットを被り表情はうかがい知ることはできないが、先ほどから少女に視線を向けたり逸らしていたり落ち着かない。

 他のギルメンに見られたら「このムッツリスケベめ」と言われることは確実である。

 

 

 そんな騎士の素振りを意に介さず少女はゆっくりと眼を見開く。その瞳に感情の色はない。

 

 周りを舞っていた風は止まり、魔法陣の揺らぎは波紋のように広がる。

 

 

 少女は身にまとう魔道鎧の重量に似合わずゆっくりと床に降りる。石造りの床に硬質なブーツが触れ、金属と石が擦れる音が響く。

 音で我に返った騎士は少女に眼を向ける。

 

 

 

 

「たっち、結界に異常はありません。ですが数体のモンスターが観測されています」

 

 騎士が来るのが分かっていたように少女は静かに告げる。

 

「困ったな。迎えに来ただけだから武器を持ってない」

「問題ありません、全て低レベルです。我々を殺傷できるクラスのモンスターは結界によって遮断されています」

 

 ブレアード迷宮には魔物封じの結界が張られている。強大なモンスターほどその力の影響を受け、プレイヤーの前に姿を現すことはないが、何事にも例外はある。

 

「迎えに来たと言いましたね、たっち」

「次のクエストが決まった。シェラ、君も来てほしい」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、シェラ・エルサリスはナザリックにいることをあまり好まない。

 ギルメン同士のバカ騒ぎも「必要ありません」と言い、不参加を決め込む。普段も淡々としているから何が楽しくてユグドラシルをやっているのだろうと思う。

 

 結界監視といい、ゲームプレイというより何かを観察しているようにも見える。彼女はフィールドやダンジョンにいる時間の方が圧倒的に長い。

 

 

 

「了解。結界監視をオートモードに切り替えます」

 

 シェラはガントレットで覆われた手を、大広間にある4つの彫像の方へ伸ばす。するとシェラを纏っていた魔法陣と同じものが彫像の周りに現れる。まるで移動したかのようだ。

 彫像全てに同じ動作を繰り返し、最後にシェラを覆っていた魔法陣が溶けるように消える。

 

 たしかこれらの彫像は ” 深凌の楔魔 ” と呼ばれるブレアードの腹心達を模したものだ。化け物じみた姿の者もいれば、人間と寸分たがわぬ姿の者もいる。

 創作の定石に従えば人間に近い方が強いはずだが ” 深凌の楔魔 ” はどうだっただろうか? 自分はその時仕事が忙しくほとんどプレイできなかった。

 

 記憶にあるのはぺロロンチーノが幼女の姿をした ” 深凌の楔魔 ” に「バイバイ、お兄ちゃん」と言われて、鼻血を噴出させた事ぐらいか。あの子は幼女の割にやけにスタイルが良かったな。

 

 

 動きからするとシェラが ” 深凌の楔魔 ” に結界監視の任を移管させたことになるが・・・彼らとは和解した? 確かにあまりブレアードを好いていないようだったが・・・

 

 

 

「もういいか? 行こうシェラ」

「了解」

 

 そして2人は大広間を出て行った。

 

 

 

 

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 騎士と戦姫の2人の足音が迷宮内にこだまする。騎士は人間らしくやや不揃いだが、戦姫の足音は規則正しく機械的ですらある。

 

 たっちは毎度のことながら困惑する。ロボ娘のなりきりプレイヤーのはずだが、こうまで異質感を出していると本当にロボットではないかと思うことがある。

 どんな化け物じみた姿でも操っているのが人間ならどこか人間ぽさがあるはず。

 

 

 シェラの顔をチラッと横目で見ると、感情のこもっていない瞳がただひたすら正面を向いている。この様子では彼女から会話を切り出してくれそうにない。

 

 

 

 たっちは大きく息を吸い、深くため息をつく。

 

「アインズ・ウール・ゴウンがどう言われているか知っているか? 」

「DONギルド、ユグドラシルの問題児」

 

 言いづらいことを平気で言うシェラ。情け容赦ない口調にたっちは一瞬たじろく。

 

「どうかしましたか? 」

「いやなに、即答するとは思わなかったから」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで会話が途切れる。マズい、この沈黙に耐えられない。話の流れが急だが仕方がない。

 

 

「次のクエストではモモンガも参加する。君と自分、モモンガの3人編成になる」

 

 シェラの足が止まる。モモンガが参加することがそんなに意外だったのか。

 

「ギルドマスターが? 次のクエストは何でしょうか。紅き月神殿か灰の幽谷でしょうか」

「2つとも外れだ。噂によるとバァレー島のようだ」

 

 こちらをまっすぐに見つけ返す瞳に感情の色はない。

 

「たった3人でHaloクエストですか・・・答えは否。ナザリックから滅多に出ないから情報に疎くなったのですか? 」

 

 相変わらず言うことがきつい。セリーナといい言動に妙な棘がある。シェラは言葉を続ける。

 

「加えてギルドマスターの能力では厳しいです。参加するのは戦闘型プレイヤーばかり。連携も難しくクリアはほぼ不可能です」

 

「何度言っても聞かないんだ、これが」

 

「何があったのですか、たっち。私が指揮官なら魔術師に魔術師をぶつけることはしません、消耗するだけです。対アンデット装備で武装した熾天使(セラフ)部隊を差し向けます。Haloのコヴナントも同じ思考です」

 

 課金アイテムでフル装備するのはモモンガだけではない。アンデットはステータスが高くとも装備が微妙、それに加えてロマン構成だから格下ならまだしも同格クラス相手だと必ずしも強いとは言えない。

 何だかんだ言っても運営が人間キャラを優遇しているのは事実だ。そしてそれを基準にHaloクエストは難易度調整されている。レア装備は持って当たり前。かなり厳しい戦いになる。

 

 

「格下ばかりを狙ったPKで気でも大きくなりましたか? 」

「!!! 知らなかったんだ。彼らがあんな事をするなんて」

 

 自分がその場にいれば止めていた。

 

「スコアは指標になりますが絶対ではありません。下位勢でも上位勢を凌ぐギルドはいます」

 

 これは本当だ。上手いプレイヤーでもリアルが忙しくスコアを稼げない場合が多々ある。有名どころではユグドラシル宇宙海兵隊か。無名の達人ってカッコイイと言ってランキングにワザと載らないようにしているプレイヤーもいる・・・が、これは例外だな。大半のプレイヤーはそこまでの技量はない。

 

「あなた方はゼロとか、危険すぎるために抹消されたロストナンバーとかを好むはずです。何故こういう時にかぎってスコアを重視するのか私にはわかりません」

 

「いや、まあ・・・そうゆうものだし」

 

 風当たりがだんだんきつくなってくるのを肌で感じるたっち。

 

「ギルドマスターにとってHaloのコヴナントは精神的にも厳しい相手です。今までの苦労を水の泡にする強さを誇ります。貴方が彼の性格を知らないはずがありません」

 

「だからこそだ。β基地で分かったが敵は強い。手応えがあって楽しいが、彼にとっては面白くないだろう。防御が固く遠距離攻撃が得意な君に来てほしい」

 

 たっちは言葉を続ける。

 

「他のギルドの援護を得るには君がどうしても必要だ。そしてモモンガが何かしようとしているそぶりがあれば止めてほしい」

「彼にとってユグドラシルはただのゲームではありません。協力体制が組めればクリアの確率は上がりますが・・・」

 

 

 

 僅かな間、沈黙したように見えたがすぐに答えを出すシェラ。

 

「クエスト参加了解。《ゲート》を迷宮出口に設置。目的地にα基地を指定」

 

 静かに言い、シェラは両腕を上げて印を結ぼうとする。

 

「待ってくれ。α基地は警戒態勢に入っている。魔法封じのシールドを展開中だから《ゲート》は使えない」

 

 発動を中断しこちらを見るシェラ。目的を失った両腕が宙を泳いでいる。さっきと違い、なんとなく眼に感情が見える。

 こちらを見つめる眼は非難する眼。しょうがないじゃないか、君の行動が早すぎるんだと心の中で言い訳するたっち。グラフィックは変わらない、気のせいだとひたすら自分に言い聞かせる。

 

「あー、おほん、ペリカン降下艇が出入口で待機している」

 

 DLC-Haloで追加されたD77-TCペリカン降下艇(兵員輸送機)は、登場するやいなや便利な移動手段としてあっという間に普及した。

 実在の機体でたっちも仕事で乗ったことがあるが、まさかユグドラシルでも乗ることになるとは夢にも思っていなかった。

 こういうファンタジー色の強いフィールドではさぞ違和感があるだろうと思っていたが、意外とそんなことはなく妙にマッチしている。

 和風ファンタジーの町で、ペリカンから侍が下りてきたとき違和感爆発であったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 納得したのかシェラは再び歩き始める。通路には人間らしい足音と機械的な足音がこだまする。

 

 

 

 

 懸念事項がなくなり、たっちはなんとなく石造りの壁を見てブレアード迷宮を思い出す。

 

 ダンジョンはナザリックのように改造して拠点にできるものもあるが、大多数のダンジョンは拠点に適さない。

 ここブレアード迷宮もその一つ。魔物が制限なくリスボーンする、構造物自体が修復能力を持ち改造してもすぐ元に戻る、広大で出入口がいくつもあり侵入が容易なことも挙げられる。

 迷宮と言われているが地下都市とか道路網に近いから、防衛するだけでプレイヤーが何百人も必要だ。

 

 ブレアードが率いた魔物の大軍勢はここから前線に送られていたのだろう。各地方にまたがる広大さも兵員輸送網と言われればしっくりくる。

 

 迷宮内には結界を維持する装置があちこちに点在している。リスボーンは結界によって抑えることができたが、シェラの言う通り完全ではない。

 魔物があふれると他のギルド拠点も危険に晒されるためプレイヤー間で協定が結ばれ、出現した魔物も協定を結んだギルドが順番で掃討している。迷宮に侵攻すると他のギルドから制裁を受けるため、余程の物好きでない限りここに訪れない。

 たまに結界を弱めて出現した強敵とのバトルを楽しんでいる者もいるが、それ以外は単調な光景が続くので人気がない。

 

 

 

 

 

 迷宮を出るとペリカン降下艇がその金属質な外観を主張するかのように鎮座していた。

 プレイヤーが持つことのできない武器を積み、如何なる空も宇宙も飛ぶ事ができる鋼鉄の鳥。

 

 この鳥は自分たちを再び戦場へと連れていくだろう。ゲームでもリアルでも・・・ある意味、恐ろしい存在なのかもしれない。

 

 

 

 騎士と戦姫はペリカンに乗り込み、α基地へ向かっていった。

 

 


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