システムの管理をおこなっている、人型であるが培養皮膚は全くついていないロボット。
セラミックスと複合素材で構成された無機質で純然たる機能一点張りな外観である。右肩にサミエルと書かれている以外は。
そのロボットはモニターが目まぐるしく写している信号をチェックしながら機器を調整していた。システムのログアウトを確認後、警報ベルが室内に響き渡る。
動いていた機械は役割を終えておとなしくなる一方で、眠っていた機器が次々と目を覚ます。
真新しい設備、気が遠くなるほどの高額の機材がびっしりと空間を埋め、足の踏み場に難儀するほど。デットスペースなど存在せず隙間という隙間に装置が置かれている。その部屋は比喩無しの電子の要塞である。至る所に計器類や制御盤、モニターが光を放っている。
やがて調整を終えたロボットがベッドに横になっている1人の女性に視線を移す。
人間が眠れるベッドではない。華麗な装飾はなく、わずかなクッションを除き金属でできており、すぐ横にはケーブルをつなぐ端子がいくつも露出している。人間では筋肉痛は確実で寝返りすらうてないだろう。
女性の周辺にはケーブルが彼女を守るかのように散在していた。そのうちいくつかは彼女や身に着けている鎧に直接つながっている。
ロボットが見守る中、ケーブルから信号が届き、鎧を身に着けた女性が眠りから覚める。
----- ダイブから復帰 ----- 各システム確認 ------
彼女の瞳には目まぐるしく体の状態をチェックするシーケンスがはしっている様が映し出されている。
ベットから半身を起こし腕を動かすが、ガントレットで覆われている腕を動かす様は着込んでいるにしては動きが自然すぎる。生身の腕のように動かしている。
やがて脚を動かし始めるが、脚は鎧に覆われておらずシミ一つない白い肌が鎧のスリット越しに見える。上半身の重装備にしては無防備のように思えるが今の姿勢だとそう見えるだけだろう。鎧はスカート状になっている。
動作確認を終えた彼女は、ダイブ中自分の面倒を見ていた存在に目を向ける。
「ふむ、全システム問題なし。立ち上がっていいぞシェラ君」
無機質な外観に似合わず流暢な言葉で話すロボット。
シェラと呼ばれた女性は合図とともに体につながっていたケーブルを手で抜く。
----- 各システム正常 ----- 動作に支障なし -----
シーケンスが終了したことを確認し立ち上がる。
姿勢が変わることで紫色の長い髪が緩やかに肩にかかる。端正な顔立ちだが人間にしては瞳に感情がこもっていない。
金属の匂いの中に僅かに人間の匂いを漂わせる女性。そこにはユグドラシルにいたのと同じ魔導鎧をまとった少女がいた・・・否よく見ると鎧の造形がやや異なる。魔導鎧というファンタジー色は薄くSFで見かける装甲のような印象を受ける。
ひさしぶりだといわんばかりに大きく一呼吸する。宙に浮遊し、その様子を観察していた別のロボットが告げる。
「シェラ・エルサリス様、スカイネット様がお待ちです。基地へご案内いたします」
言葉を切り先導する。そのロボットはドローンの様な見た目をしていた。
「サミエル博士。いつも通りこれまでの記録はすべて解析班に提出を」
「わかってるわかってる。君はさっさとスカイネットのところへ行ってこい」
うんざりした口調で肯定するサミエルだが、慣れた手つきで記録装置からデータチップを取り出しケースにしまう。オンラインによるデータ送信をしないのはデータ漏洩を恐れての事である。特に今は・・・
データチップが重厚なケースにしまわれる様を見届けた彼女は先導するセンチネルに甘えず、デジタルマップを網膜ディスプレイに表示させルートを確認する。センチネルを疑っているわけではない。ただそうするようにプログラムされているだけである。
「セリーナの様子は? 」
「ちゃんと仕事をこなしているよ。ただもう少しで艦のスリップスペースドライブの換装が終わる。延長するならUNSC(国連宇宙軍)に伝えた方がいい」
「アポをとってください。カッター艦長には私から話します」
「分かった、手続きはしておこう。いい機会だから艦も見てくるといい。元がコロニー船とは思えないくらい戦艦然としているぞ」
会話を終え部屋から出るとそこは人気のない通路であった。通路の両壁はガラス張りとなっていて、そこから大小さまざまなロボットがサーバーのような機械に張り付いて何かをチェックしている様が分かる。
通路には時たまシルバーに光り輝く骨格を持つ形式番号T-800戦闘ロボットが巡回していた。不審者を見かけたらすぐさま排除するつもりだろう。プラズマライフルで武装し特徴的な赤い目を光らせている。
硬質な足音を響かせラボから出ると、まず目についたのが成層圏まで届かんばかりの巨大な大気浄化施設群。完全に自動化されたこれらの施設から、大気中の有毒成分を分解し無毒となった空気が突風の如く絶え間なく放出している。汚染の進んだ今の地球には無くてはならないもので、思想自体は珍しくないがここまで巨大なものはそうお目にかかれない。
施設周辺には無機質な道路に絶え間なく行き交う車、遠くには高層ビルが立ち並ぶ。共通しているのはどれもが装飾されていないこと。塗装も素材本来の色を損ねない錆対策程度のものである。
そんな景観に興味が無いとばかりにドローンは機械的に停車していた一台の車両まで案内する。それは行き交うホバーカーに比べて大型で重厚な装甲をもち、どんな事態になっても対処可能であると誇示している。電子装備を満載して司令センターとしての機能も持つ軍事技術の粋を集めた車両でもある。
「車両? 周辺に航空機の反応無し」
「さほど急ぎではないと。ダイブ直後という事もあり、のんびりでもかまわないとの配慮です」
基地にはペリカン降下艇およびファルコン輸送機が常時待機している。速度だけならこれらの方がはるかに速いのだが・・・いつもながら妙なところで気を回す・・・
シェラは特に言葉を発することなくそのままの足取りで乗り込む。
車載コンピュータが乗車を確認すると車両はモーターのうなりを上げてラボから離れる。ドアウインドウには外の景色を眺めているシェラの顔が映りこんでいる。
感情の起伏の乏しいはずの顔が物憂げな表情を浮かべているのは気のせいだろうか・・・
視線の先には機械による機械のための世界が広がっていた。ただ目的を遂行するためだけに造られた建造物があり装飾や美意識といった人間にとって当たり前のものが存在しない世界。植物は存在せず金属の放つ無機質な光が支配する世界。
過去のSF作家はこの光景を見たらこう称するだろう。
” 機械都市 ” と・・・