夜兎の営む呉服店   作:とんちき

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ドSとマヨラー

「おばちゃん、カツ丼おかわり」

「あいよー」

 

 お昼時。

 仕事が一段落したので昼食を取りに行きつけのおばちゃんの店にやってきた。

 

 江戸の料理は美味しい。卵焼きと称してダークマターを出してくるスナック店も存在するが、そういった一部の特殊な店以外を除けば宇宙でも上位に食い込むであろうレベルだろう。だから今日のように、一仕事終わった後に飯作るのが面倒くさいという時はよく外食する。

 ちなみにこの店はあの銀さんが頻繁に足を運ぶ店で、宇治銀時丼なる家畜の餌と見間違うようなメニューまで存在していて、土方スペシャルなる最早食い物ですらない地獄のメニューもあることから、この店はそういった特殊な食通たちの間ではかなり有名な店だったりする。

 

「土方さん、俺あんな犬の餌食いたくないでさぁ」

「もっぺん食ってみろって。ぜってぇ美味いから、あの時はお前の舌がどうかしてただけだから」

「いやどうかしてんのは土方さんの頭でさぁ」

 

 ガラガラと扉が開かれ入ってきたのは真選組の副長さんと隊長さん。

 乗り気の副長さんに対して隊長さんは心底嫌そうな顔をしている。普段はドSな隊長さんがあんな顔をするのも珍しい。

 話題はどうやらメニューの片隅にひっそりと書いてあるこの土方スペシャルなる犬の餌らしい。

 

「おばちゃん土方スペシャル一つとカツ丼土方スペシャル一つ」

「あいよー」

 

 俺の二つ隣のカウンター席についた二人の会話を盗み聞くととんでもない言葉を聞いてしまった。

 なんとあの副長土方スペシャルだけに飽き足らず、カツ丼土方スペシャルなるとんでもないものまで生み出してしまったらしい。現在進行形でカツ丼を食べ進めている俺からすれば見たら最後、食欲を失くすこと間違いなし。

 

「ん? あらぁ呉服店の兄貴じゃありやせんか」

「おお本当だ。なんだアイツもカツ丼食ってんのか。なら丁度いい、総悟よく見とけ土方スペシャルは万人に受けるって事を証明してやる」

 

 ちょっと待ってぇえええ!?

 バレるのは別にいいよ、飯食ったら制服取りに来て欲しかったから声かけるつもりだったし。けど何が丁度いいの、カツ丼食ってることの何が丁度いいの? お願いだから土方スペシャルと関係ない話題で声かけてくんない!?

 

「奇遇だな店主。この店にいるってことはあんたもソッチの口なんだろ? この店のオススメ知ってんだ、奢るからあんたもどうだ?」

 

 ああもうダメだお終いだ。真選組はウチの常連さんだし、色々あるからあんまり関わりたくないってのに……!

 クソどうする。俺が夜兎ってのはバレてないけど大食いってことは副長さんも隊長さんも周知の事実。俺がカツ丼一杯で満足するようなヤツじゃないってことはバレてる。この場面をどう切り抜ければいい。切り抜けなければ間違いなく死ぬ。

 

「カツ丼土方スペシャルって言ってよ。カツ丼にマヨネーズかけるだけのシンプルな料理なんだが、これがまた格別でよ。普段から世話になってるあんたには是非とも食って欲しいんだ」

 

 ああそうだね。その言葉だけ聞けば食欲がそそられるかもしれないね。けどね副長さんのいうマヨネーズをかけるだけの料理って、それもう八割がただのマヨネーズでしょ? ご飯とマヨネーズの割合って2対8でしょ? 普通逆だと思うんだけどていうか逆にしてもむしろ多いぐらいだと俺は思うんだよ。

 

「待ちな土方さん」

 

 ッ、隊長さん!

 

「あんなもん食って喜ぶヤツなんてそうそういやしませんぜ? 近藤さんしかり万事屋の旦那しかり俺しかり──」

 

 そうだ隊長さん言ってやってくれ。俺はあんな料理食えない

 

「──だから俺の土方スペシャルも兄貴に上げて貰って結構でさぁ」

 

 おいぃいいいいいい!

 なんでだなんでその流れになった!? そこは普通、俺たちさえ食えないモノを兄貴が食えるわけないだろとかそういう流れじゃなかった!? 何言ってくれてんの隊長さん! しかも副長さんも天啓が下ったみたいな顔してんじゃねぇえええ! それ天啓じゃないから悪魔の囁きだから!

 

「しっかり味わって食べてくださいよ、兄貴」

 

 三日月の如く裂けるその口を見て、そういえば隊長さんってドが付くほどのSだったなと思い出した。銀さん、俺今日死ぬのかもしれない。今までありがとう。メガネくんや神楽ちゃんとこれからも達者に暮らして欲しい。ああ、銀さんに恩が返せなかったのが心残りだなぁ……

 

 

 

 

 

 

「ほらなぁ総悟、やっぱり土方スペシャルは万人に受けんだよ。お前とあの腐れ天パの舌がおかしいだけなんだって」

「すいやせん兄貴、この恩はいつか必ず返しやすんで」

「あぁ、うん……だったら今すぐ帰ってくんない? この腹に溜まった異物吐き出さないと行けないから」

 

 カツ丼土方スペシャルと土方スペシャルを奥義一点見つめで無心になることで完食し、現在進行形で泣き叫ぶ腹を擦りながら俺の店で呑気に茶を啜る二人に出来上がった制服を差し出す。

 

「制服を受け取りに来たのはついで、本命はコッチだ」

 

 土方さんが取り出したのは攘夷浪士のような武装した男たちの写真。

 はて、こんなのを見せられても特に思い当たることはないんだが。

 

「最近、過激攘夷浪士たちが兄貴の店の周辺嗅ぎ回ってましてねぇ、何か心当たりないですか?」

 

 過激攘夷浪士たちが? 過激ってことはヅラさんとは関係ないんだろうけど……にしてもやっぱり心当たりはないぞ。

 

「コイツ等、最近幕府の重鎮や他星のお偉いさんその関係者含め手当たり次第に襲撃してるんでさぁ。呉服店の兄貴、そういったヤツ等から依頼とか受けてたりしやせんかね?」

 

 ……受けてるな一件。凄い個人的なお願いだけど、受けてるな。

 幕府の重鎮所か頂点に君臨する人から。

 

《妹の誕生日に着物をプレゼントしたい。そこで貴殿に仕立てて貰いたいのだが》

 

 ああ、心当たりがありまくるぞ。確かにあの人なら過激攘夷浪士が付け狙うのも分かる。うん、凄い嫌な予感がしてきた。そう言えば昼取りに行くとき誰かに付けられてたような気がするんだが

 

「オラァ攘夷浪士様だ! 大人しく両腕上げて、金と将軍に渡すっつうモンを出しな!」

 

 店の扉が蹴破られ、十数人の攘夷浪士たちが剣を片手に乗り込んでくる。

 あーあ、嫌な予感的中だよ。

 

「チッ、付けられてたか」

「何で気づかなかったんでぃ土方、殺すぞこの野郎」

「テメェから先に殺してやろうか!」

 

 しかもこの場には副長さんと隊長さんいるし。二人がいなかったらこんなヤツ等どうってことないんだけどなぁ。真選組の前であんまり目立つ訳にもいかんし……どうするか。

 

「動くんじゃねぇぞ真選組」

「動けば店諸共この爆弾で木っ端微塵にしてやるかな!」

「「ッ!?」」

 

 おいマジかよ、アイツ等爆弾持ってきてるぞ。

 流石に店爆破するのだけは勘弁してくれないかね。今日やっと仕立てたモンが終わったのにまた一から作業するの流石に嫌だよ。

 

「おら、さっさと持ってこい!」

「チッ」

「やっこさーん、このアホの首で一つ手打ってくれやせんかねぇ!」

「テメェ本当に殺すぞ!」

 

 副長さんと隊長さんって本当に仲悪いな。いや、これはある意味いいのかもしれない。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ!」

「早くしろ! どうなっても知らんぞ!」

 

 囲まれ剣を首に向けられる。

 流石の副長さんと隊長さんもこればっかりはどうしようもないのか、剣を構えることすらせず立ち竦んでいる。まぁ、十中八九俺の店の心配して手が出せないのだろう。

 

「しょうがないか」

「お、おい店主!」

「兄貴……」

 

 遅かれ早かれバレるだろうし、あの時は顔隠してたし番傘も別のヤツだったから大丈夫だろう。店ぶっ壊されて金巻き上げられるよりは全然マシだ。

 

「副長さん隊長さん、ちょっと頭下げといてください」

 

 店の裏に金と着物を取りに行くフリをして店の裏に立てかけておいた番傘を取る。

 

「お前ソレ……」

「兄貴あんた」

「コレ、出来れば内緒でお願いしますよ。あんまり目立ちたくないんで」

 

 呆然とする二人の前に番傘を担いで立つ。

 攘夷浪士たちの怪訝な視線が俺に刺さる。言葉はなくても言いたいことは大体分かる。

 

「何のつもりだテメェ」

「俺たちは金と貢物出せつったんだが、聞こえてなかったのか?」

 

 なるほど、彼らは夜兎という種族を知らないようだ。普通なら副長さんや隊長さんみたく一目で分かるものなのだが……まぁ、それならそれで好都合。さっさと終わらせましょうかね。

 

「もっぺん言うぞ? 金と貢物──」

 

 言い寄ってきた男の頭を掴み、砲丸投げの要領で外へ放り投げる。弾丸の如き速さで投擲された男は店の正面の壁に叩きつけられ気を失った。良かった、正面に建築物なくて。

 

「こ、コイツ……!」

「やれ、やっちまえ!」

 

 肉弾戦では敵わないと思ったのか、爆弾が投擲される。

 はいはい、そんな危ない物は──

 

「お空にぶん投げちゃいましょうねー!」

 

 番傘に爆弾がクリーンヒット! そのまま空高くハイアーザンスカイ!

 直後、空中で起こる爆発。勿論被害はゼロ。この時間帯は飛行船飛んでないからね。

 

「さて、大人しくお縄につくかあの男みたくぶっ飛ばされるか……選んでいいよ」

 

 ボキボキと指を鳴らしながらニッコリスマイル。これが最も威圧感の出る方法だと俺は師匠に教わった。

 

『すいませんでしたー!』

 

 

 

 

 

 

「まさか呉服店の兄貴が夜兎だったなんてなぁ、あのチャイナ娘とは知り合いなんですかい?」

「いや、神楽ちゃんとはこの星で会ったのが初対面さ。基本的に俺の知り合いはほとんどがこの星で出会った人ばっかりよ」

 

 お天道様が沈みかける夕暮れ時。

 攘夷浪士たちを捕えるために集まった真選組の皆さんを眺めながら、副長さんと隊長さんと雑談を交わす。

 

「わりぃな。なんか足引っ張る形になっちまって」

「ほんとでぃ役立たず土方この野郎」

「お前帰ったら覚えとけよ……!」

 

 副長さんどうどう。

 

「でも店の被害が扉だけで良かったですよ。正直、今結構大事な時期だったんで」

「将軍様から依頼受けてるんだってな。俺たちももしソレを爆破なんてされたら首が飛んでた。改めて助かった」

「土方さんが素直に礼言うなんざ、明日は近藤さんが全裸にでもなってそうですねぇ」

「いやそれ毎日だから」

 

 ていうか今考えたら神楽ちゃんとかって結構口軽いし、俺が夜兎だって隠し通すのは無理があったかもしれない。そういう意味じゃ今回の一件は俺としてもありがた……くはないな。扉ぶっ壊されてるし。

 

「副長ー! 攘夷浪士たち全員詰め込みました。いつでも車出せますよ」

「そうか。んじゃそういうことだ、行くぞ総悟」

「兄貴、今度冷やかしに店行くんでその時は茶でも出してください」

「隊長さんはブレないね。うん、お茶ぐらい出すからいつでもおいで」

 

 車に乗り込んでいく副長さんと隊長さんに車が見えなくなるまで手を振る。

 なんだかんだあったけど、今日も楽しい一日だった。

 

 


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