夜兎の営む呉服店   作:とんちき

4 / 6
将ちゃんとカブトムシ

 季節は夏。番傘越しにも伝わる熱気を肌に受けながら、俺は一人虫取り網とカゴを背に森の中を歩き続けていた。

 

「暑い……なんだってあんなこと言っちゃったんだろう俺は」

 

 夜兎の俺にとってこの炎天下は大焦熱地獄にも等しい。半袖半パン、番傘で陽の光を遮ってるといっても暑いものは暑い。しかしあんなことを言ってしまった手前、手ぶらで店に帰るわけにもいかない。

 

 事の発端は凡そ2時間前。俺の友達が妹の誕生日プレゼントを取りに来たところまで遡る。

 

 

 

 

 

 

「カブトムシブーム再来か。前世も今も、夏の流行は何処も変わらないってことかね」

 

 ポリポリと、煎餅を齧りながらテレビを見ていたお昼時。

 適当につけたテレビでは銀さん一押しの結野アナが今話題のカブトムシについて取り上げていた。

 

 カブトムシと言えば子供の頃、野山を走り回って友達たちと捕まえまくった経験がある。そんで捕まえたカブトムシたちで相撲取らせてたりしたっけかな。

 

「うへぇ、あんなカブトムシで車買えるのか。世も末だねぇ」

 

 巷じゃピッカピカに光るカブトムシというのが流行ってるらしい。大きいカブトムシだけでも十万で買い取ってくれるとことかあるらしいので、銀さんがソレを知ったら森中のカブトムシを捕まえてきそうだ。

 

「失礼する」

 

 新しい煎餅を取り出したところで来客。

 あれま、もうそんな時間だったか。

 

「長門。依頼していた物を取りに来た」

「待ってたよ将ちゃん」

 

 江戸幕府第14代征夷大将軍 徳川茂茂。

 半年くらい前に攘夷浪士に狙われた妹のそよちゃんを偶々助けたことで縁が出来て、そよちゃんがウチの着物を気に入ってくれたのと妹助けてくれた礼とかでそれ以降はよくウチに着物の仕立ての依頼をしてきてくれるようになった。

 今回みたくそよちゃんの誕生日に上げたいと将ちゃん一人で来たのは初めてだが、そよちゃんとはよくウチに来て茶を飲んで世間話をするのが通例だったりする。

 

「先日、攘夷浪士たちの襲撃にあったのだろう? 大事無いようで何よりだ」

「危うく店爆破されるところだったけどね」

 

 幕府のトップともなれば嫌な性格してるんだろうなと当時は思ってたけど、実際会って話すとむしろその逆、民思いの優しい人だった。初めて会った時も敬語は使わないで自分のことは将ちゃんと呼んで欲しいと言われた時もビックリしたもんだ。

 

「ハイどうぞ。そよちゃんの好きな赤で仕立てさせて貰ったよ」

「そうか。それはそよも喜ぶ」

 

 プレゼント用の装飾を施した箱を将ちゃんに渡し、茶でも出そうかと裏へ行こうとすると

 

「カブトムシ……ああ、瑠璃丸」

「ん? なんだ将ちゃん、カブトムシ好きなのか」

 

 カブトムシを紹介しているテレビを見て、憂うような表情で将ちゃんが呟いたので気になって聞いてみた。

 

「うむ。瑠璃丸というカブトムシをこの前まで飼っていたのだが」

「いた?」

「……森を歩いていた際に逃げられてしまってな」

 

 ああ、よくあるよね。カブトムシ捕まえられて舞い上がってその気持ちで一緒に散歩したくなるよね、それで逃げられて親に泣きつくというのが一連の流れ。

 ずーんと、体育座りで落ち込む将ちゃん。これはかなり重症のようで。ていうか瑠璃丸ってすごい名前つけたな。

 

「片栗虎に頼んで探してもらっているが未だ進展はないようだ。ああ、瑠璃丸……」

 

 片栗虎ってアレだよね。警察庁の長官の人。ていうか今凄いこと聞いちゃったんだけど……え、いくら将軍のカブトムシだからってたかがカブトムシのために警察が動くの? 

 

「瑠璃丸……もしかしたら何者かに捕まり悪逆の限りを尽くされているのではないか、もしかしたら既に息絶えてしまっているのではないか、そう考えると余は夜も眠れない。余のせいで罪無き瑠璃丸が危機に陥ってると思うと余は自分が許せなくなる……!」

「いやそれは考えすぎだと思うよ将ちゃん」

 

 瑠璃丸ってカブトムシだよね? たかだが虫のためにそんなこと考えてたら俺なんてどうなっちゃうのさ。もう死後は天国はおろか地獄すら生温い虚無の彼方に飛ばされちゃうよ。

 

「すまない長門。暗い話をしてしまったな」

「いや全然暗くないんだけど。むしろなんで暗くなると思ったの?」

「今日はお忍びだからな。じいやたちが来る前に帰らせてもらう」

 

 あの将ちゃん俺の声聞こえてる? 完全に自分の中で自己完結してるよね。

 え、なんで将ちゃんチラチラ俺のこと見てるの? まさか俺にカブトムシ捕まえて来いって言うの? 俺夜兎なんだけど、この炎天下の中出歩いたら死ぬぞ。

 

「……」

「はぁ」

 

 とうとう足止まっちゃったよ。もう完全に俺のこと見てるよ。捕まえろと言わんばかりの眼光だよ職権乱用だよ。

 

「俺、何でも屋じゃないんだけどなー」

 

 最近、俺の知り合いはこの店を何でも屋かなんかと勘違いしている。そういうのは銀さんのところでウチは呉服店なんだけどね。

 でもまぁ、依頼も来てないしお客さんも今日は来ないから別にいいけど。

 

「分かったよ。俺がその、ロリ丸だっけ? それ捕まえてくるから将ちゃんはお城でそよちゃんと待ってな」

「ッ、そうか恩に着る長門。それとロリ丸じゃなくて瑠璃丸だ」

 

 そんな訳で、俺のロリ丸ならぬ瑠璃丸捕獲任務が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「お、カブトムシ見っけ」

 

 これでカブトムシ自体は七匹目だ。と言っても全部普通のカブトムシなので瑠璃丸ではない。瑠璃丸は将ちゃん曰く陽の光を浴びると金色に輝く特別なカブトムシで一目見れば分かるとのことだが……そんなの何処にもいないしいる気配がそもそもない。

 

「まぁでも金稼ぎだと思えばこんな楽な仕事もないよな」

 

 カブトムシブームということで普通のカブトムシすら何千何万、サイズによっては何十万にもなるほどだ。正直夏限定ならカブトムシ屋に転向した方がいいとさえ思える。まぁ、夜兎の身からすれば死んでも御免だが。

 

「銀さんも来れば良かったのに。こんだけ儲かる仕事逃すなんて勿体無い」

 

 一人では時間もかかるし、人手は多いほうが楽だと思ったので銀さんたちに依頼という形で頼んだのだが──

 

《カブトムシ取りだぁ? こんな炎天下の中、んな面倒くさいことやりたくねぇっつうの。他当たれ他。俺は今結野アナの生中継見るので忙しいんだ》

 

 ──という理由で断られた。そうやって仕事を選んでるからいつまで経っても家賃すら払えないんだと俺は思う。

 

「金ぴかカブト金ぴかカブト……んー、いないもんだなぁ」

 

 将ちゃんはこの森で逃がしたって言ってたけど、逃がしてもう数日経ってるんだ。最悪別の森に逃げ出した可能性は充分にある。ただかぶき町内で別の森なんて俺の知る限りここだけだし、かぶき町外に出たのならまだしも町内だけに絞ればここ以外考えられないんだよなぁ。

 流石にカブトムシ如きのために町外まで行くのは御免こうむる。その時は正直に捕まえられなかったと将ちゃんに言って、後のことは警察やら何やらに任せる。

 

「ん?」

 

 と、森を歩き回ってるとキラリと光る何かが奥に見える。

 もしや瑠璃丸!? これは確かめる必要がありそうだ。

 

「──」

「───!」

「──ッ ──!!」

 

 奥に進むと、巨大な金色の何かが木に張り付いているではないか。しかもそれを取り囲むように複数の人影が見える。

 俺の思ってた何十倍もデカイが陽の光を浴びて金色に輝くあの体は間違いなく瑠璃丸! そしてそれを囲んでるヤツ等は瑠璃丸を捕まえようとしてるヤツ等に違いない。ならば俺のやるべきことはただ一つ。

 

「瑠璃丸に、触るなぁあああ!」

「「え?」」

 

 夜兎の力を駆使し、瑠璃丸に群がるヤツ等を一蹴すべし。

 見慣れた天パとV字が見えたがきっと気のせいだろう。瑠璃丸を回収し、天パとV字を地面に叩きつける。その際、巨木が一本折れたがそこは瑠璃丸保護のために多めに見て欲しい。

 

「銀さぁあああん!」

「副長ぉおおおッ!」

 

 聞きなれた声が後ろで響くが気のせいだろう。さてさて、瑠璃丸は無事──

 

「……ゴリさん?」

 

 ──金色の物体は瑠璃丸どころかカブトムシですらなく、ハチミツを全身に塗りたくって金色に光る白目を剥いた見慣れたゴリラ顔だった。

 

 あーコレ、やっちまったな。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。