瞳下嬉楽譚   作:炉心

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新シリーズに……なるでしょうか?


***2015/4/15:内容修正済***






タブラ・ラサ

 

 

「いいっ!! いいよ~、最高だね~」

 

 本来なら静謐な空気が場に満ちているはずの練武場の中で、高いテンションで賞賛の言葉を次から次へと捲し立てながら、広げられたキャンパスに絵筆を躍らせる少年を見て、ミカヤ・シェベルは頭痛のする思いだった。

 

「うおぁ! 今の表情最高!! ちょい待って。ラフを取るからそのままの表情で!!」

 

 ミカヤが嘆息した瞬間、別のイメージが湧いたのか、それまで描いていた絵と筆を放り出し、傍らのスケッチ帳を取って鉛筆でラフスケッチを描き始める。節操のないことこの上ない。

 

「おい……」

 

「その角度、イイね~。憂いを帯びた美少女って感じ。道着姿と相まって、言い様のない艶を感じます!!」

 

 笑顔を絶やさず。口を閉じず。筆を止めず。人の言葉にも耳を傾けず。どうすればここまで唯我独尊な状態を維持できるのか正直不思議でならないが、これで不快な印象を与えずにおれるのはある意味で稀有な才能と言えよう。

 

「次は後方から……あぁ、動かないでいいから。そのまま瞑想を続けて、俺が動く! むしろ、その状態のミカヤを描くベストポジションを探す! 探しまくる!」

 

 一度瞼を閉じ、深呼吸してからゆっくりと薄く開いた眼で少年の姿を捉えれば、亜麻色の髪とひょろ長い手足をバタバタと翻してミカヤの周囲を移動しながら、片手に握った鉛筆を照準器代わりにアングルを見定めている様子がそこにある。

 

「ここ、ここか? この場所がそうなのか? いや、違う。もっと、もっと良いポジションが在るはずだ。探せ。探すんだ、俺!! 見つけ出せ!」

 

 ブツブツと自問自答しながら目を光らせる少年。その姿は獲物を見定める一流猟師の如き鋭さを伴っている。

 

 少年が向けてくる鋭い視線に、訳も分からず全身に震えが走り、呼吸も辛くなっていくような感覚に襲われるが、視界の隅に引っ掛かった存在にそれらが一気に霧散する。

 

 ミカヤの目に触れないよう、閉じられていたスケッチ帳。そこに挟まれた数枚のラフスケッチが何かの拍子にはみ出したのか、描かれた内容を表に晒している。

 

(……斬るか)

 

 決断は、ミカヤの中で一瞬にして採択された。

 

 額に血管が浮き上がるのを感じつつ、清々しい迄の感慨が浮かんでくる。取り敢えず、自身の愛刀『晴嵐』は己の左脇に控えてある。その気になればいつでも抜刀可能な位置だ。

 

(だが、その前に)

 

 一応、少年の弁明だけは聞いておくべきだろう。問答無用で叩き切るなど、無頼漢のすることだ。仮にも抜刀術天瞳流の師範代を担う者として、礼の無い行いはミカヤの矜持が許さない。

 

「聞きたいことがあるんだが……いいか?」

 

「ナニナニソレナニ。質問かいな? オッケー。オッケー。なんでも言って。俺、答えちゃうよ~」

 

 真剣な口調で切り出したミカヤだが、対する少年の反応は軽い。視線は今描いているラフスケッチから一切動かさず、意識もほとんど割いているようには見えない。

 

 はっきり言って、「話聞いてないな、こいつ」を地で行っている。

 

 だからミカヤも、その態度に相応しい形で応じることにした。

 

「君は一体何を描いているんだ?」

 

「……ミカヤに決まってるじゃないか、当然。ミカヤを描いてるさ」

 

 一瞬、表情と口を含めた全身の動きを停止させた少年は、すぐさま元通りの状態となって解答を述べる。

 

「そうか、私の絵か……」

 

「そうそう、ミカヤの絵。それ以外に何があるっての?」

 

 解答を反芻するミカヤに、追従するように言葉を重ねる少年。爽やかさが逆に軽薄な印象に転じるような笑顔を浮かべている。

 

「どこをだ?」

 

「はい?」

 

「私の一体どこの部分を描いているんだ?」

 

 ミカヤはここ最近で一番の笑顔を少年に向けた。何故かその瞬間、練武場の外から複数の鳥が飛び立つ音が聞こえたが、特に問題はないだろう。

 

「――――ミカヤ。男とは……神秘に魅了され、未踏に踏み込む生き物なんだ。それを止めることは出来ないし、その好奇心こそが常にこの世界を広げてきたんだよ」

 

 突然真剣な態度となって語り始める少年。そこに一寸前の軽佻浮薄な雰囲気はない。

 

「まして、芸術に携わる人間にとって不可侵なんて言葉は在って無いものなのさ。己の情熱とインスピレーションの赴くままに描く。それが全てなんだ」

 

「……それで」

 

 半眼で少年の論説を促すミカヤ。その左手は当然の如く晴嵐の鞘に添えられている。

 

「女性の身体って、素晴らしいよね」

 

 少年の結論と同時に白刃が閃いた。

 

「ああーーー!!!!」

 

 魂の奥底から生じた少年の叫び声が練武場内に響く。そして、無残に斬り裂かれたものがそこに生まれる。

 

「まったく、何を考えているんだ」

 

 晴嵐を納刀し、多少溜飲が下がった思いのミカヤ。その眼前では、涙目で嘗てスケッチ帳だった紙の残骸に手を遣り、この世の全ての絶望を負わされた者のような悲しみにくれる少年の姿がある。

 

「俺の最高傑作誕生の為の大切な資料が……」

 

「人の胸部や臀部ばかり描いていて何が最高傑作だ。しかも、髪に隠れて見えないはずのうなじ部分に至っては、完全に妄想でしかないだろうに」

 

 バラバラになったスケッチ帳とそこに描かれたラフスケッチ。全部ではないが、その多くが特定の部位をクローズアップして描いているものばかりだということが、パズル状態になった現状からでも伺える。それこそ、ありとあらゆる角度から描いていたのではないのだろうか。

 

「やっぱり、理想とは斯くも遠く、届かないものなのか? 男のロマンは女には分からないものなのか?」

 

 遠い目をして世の真理に思いを馳せる少年。そのあまりに悲壮な様子に、ミカヤとしても少々罪の意識を感じ始めたが、

 

「仕方ない。……次は足首とかにしよう」

 

「おい」

 

 訂正。全然堪えてないようだ。

 

 この見た目も言動も軽薄な少年は昔からそうだった。何をするにも唐突で節操がない。

 

 初めて出会ったのはミカヤが六歳の時、天瞳流道場に通いだしてから少し経ったある日のことだった。

 

 まだ周りと馴染めず、練武場の外で一人で素振りをしていたミカヤ。その前に突然落ちてきたのだ。――――この少年が。

 

 あまりに唐突な出来事に目を点にしていたミカヤに、葉っぱと土汚れを顔に付けた少年は笑顔で急接近。「仲間ゲット!!」と言ってミカヤの手をいきなり握ると、引き摺るようにして走りだした。

 

 その後、思考が多少は回復しだしたとほぼ時を同じくして当時の師範を務めていた男性に二人揃って捕まり、何故か正座をさせられる結果となった。少年が男性に何かしらを言うと、すぐにミカヤは解放されたが、少年はその後一時間以上に渡って説教を受けていたようである。

 

 その時はこの少年について特に何も知ることはなかったが、数日後に再会した時に少年の名前と素性を聞くことになり、彼が剣の鍛錬から逃げ出していたことも知った。

 

「だって、興味なかったし。痛いの嫌いだし」

 

 数年後の少年の言である。

 

 かくして出会った二人だが、年が同じことや、少年がよく第4道場に訪れていた(正確には、連れて来られていたのだが)為に、何かしらにつけて共に過ごすこととなった。

 

(結局、剣の鍛錬は殆どしなかったがな)

 

 初歩的な剣の鍛錬は嫌々ながら行っていたが、年を重ねるにつれて完全に興味を失い、同時に何をするにしても長続きせず、唐突に始め唐突に飽きることを繰り返す有様だった。

 

「久方振りにミッドに戻ってきたのに、少しも成長がないのか君は?」

 

「失礼な! 俺の絵は日進月歩。千変万化。常に成長と変節を繰り返しているのさ!」

 

 だが、唯一絵を描く事に関しては昔から比較的積極的に取り組んでいた。それでも長年お遊びの範疇は出ていなかったが、二年前に突然真面目に勉強したいと言い出し、反対する周囲を説得し、泣き落とし、のらりくらりと躱し、遂には第3管理世界ヴァイゼンにある美術学校に入校してしまった。

 

(一度決めたことを問答無用で貫き通すその姿勢だけは認めてもいいんだけどな)

 

「俺の持つスッバラシイ才能とスンッゴイ努力の成果。日々の結実。即ちそれは、人物画を描く際の対象者の外面に秘匿された精神性の根源部すら引き出すことをも可能な技量へと――――」

 

(どうでもいい上によく解らんことを無駄な言い回しで延々と喋るのだけは、一生認める気にならないだろうが)

 

 ベラベラと得意気に語り続ける少年に、いい加減辟易しだしたミカヤだが、少年の腕時計に示された時間を見て今後のことを思い出す。

 

「と、もうこんな時間か。すっかり失念していたな」

 

 ミカヤの言動に反応し、特に躊躇もなく自身の話を切り上げる少年。

 

「何? 何か用事?」

 

「友人が来る予定なんだ」

 

「格闘技関係の?」

 

 少年はほぼ断言するように聞き返す。

 

「……何故そうなる」

 

「だってなぁ。ミカヤの知り合いってそっち関係ばっかじゃん」

 

「…………」

 

 否定は出来なかった。正直、思い当たる節が多過ぎる。もう少し、交友関係の範囲を広げた方がいいのかもしれない。

 

「――――ともかく、ここを片付けよう」

 

 己の人間関係に関する葛藤は一先ず棚上げして、まずは今からの予定の為の準備を優先することにする。

 

 練武場の中はスケッチ帳やら絵筆や絵具やらがそこら中に乱雑に置かれ、人を招き入れるのに相応しい状態とはとても言い難い。

 

「へいへい。あ~あ、ちょうどノってきたとこだったんだけどなぁ~」

 

 ぶつくさ文句を垂れながらも、素早く片付けていく少年。意外とこういう事態にはしっかりと対応する。無茶苦茶を普段から行うが故に、見切りよく状況を把握して行動するのは彼なりの処世術なのかもしれない。

 

「私は友人を門まで迎えに行ってくるから、その間に片付けておいてくれよ」

 

 晴嵐を持ち、片付けを行なっている少年を横目に練武場から出ていこうとしたミカヤだが、入口の戸に向かおうとした矢先、閉じられていた戸が開いた。

 

「失礼しま~す。あ、ミカヤちゃん。ワリい。門下生さんが練武場にミカヤちゃんがいるはずだから、気にせず入って向かってくれって言われたんで、入って来ちまった」

 

 ノーヴェ・ナカジマ――――ミカヤの友人であるショートカットの赤髪に蜂蜜色の瞳の活動的な雰囲気の少女が、挨拶をしながら軽く片手を上げて練武場の中へと入ってくる。

 

「あぁ、ナカジマちゃん。今迎えに行こうと――――」

 

 その時、ミカヤは人の持つ可能性を見た。

 

 正しく電光石火の動きだった。普段鍛えている筈のミカヤですら、一瞬捉えきれない程の速度でミカヤの後方から移動し、ノーヴェの眼前に迫る少年。その表情は鋭くも精悍なものとなり、そんな顔を初対面の少女に向ける少年に対して、ミカヤは何故か小さな殺意のようなものを覚える。

 

「絵のモデルに興味はありませんか?」

 

「うぁお?!」

 

 あまりに真剣な表情と唐突な行動に、訳が分からずリアクションに困るノーヴェ。

 

「ありますよね? あるはずです! ありましたか! ありがとうございます! 是非、描かせていただきます!!」

 

 目を白黒させて困惑するノーヴェの両手をガッシリと掴み、少年は怒涛の勢いで疑問と推定と納得と感謝と許諾を自己展開する。そこには有無を言わせぬパワーと情熱が見て取れた。

 

「いつから始めましょう? 都合のいい時間と場所は? あ、先にお名前を!」

 

「ノ、ノーヴェ・ナカジマ……」

 

 勢いに押されてつい名前を教えてしまう。ノーヴェとしては初めて接するタイプの人間で、正直頭の回転がついていかない。

 

「素敵な名前ですね! 絵のモデルにピッタシのお名前! これはもうモデルとなることが確定していると言ってもいい!!」

 

 どんな論理展開をすれば、「モデルにピッタシの名前」等という言葉を発するに至るかは疑問だが、傍から成り行きを見ていたミカヤにとっては、この少年は基本的にこんな感じの思考を平然と行うので、今更口を挟む気にもならない。――――次の台詞は許せなかったが。

 

「因みに、スリーサイzu――――」

 

「斬られたいのかい?」

 

 宣告と同時に晴嵐の刃が少年の首元にそえられている。ミカヤの人生の中でも一、二に入る速さの抜刀だった。

 

「私はこれから彼女と約束があるんだが……君はどうする? 自分の足で出て行くか。担架で運ばれて行くか」

 

 ミカヤの顔は笑顔だか、台詞は色々と物騒だった。

 

「――――じゃ、そう言うことで俺は帰るから」

 

 早々と体を反転。爽やかな笑顔をミカヤに向けた少年は、手早く自分の絵道具を抱えると、軽妙な足取りでその場から脱出を敢行する。

 

「そうそう、ミカヤ。俺、当分はミッドにいるつもりだから、またちょくちょく遊びに来るんで。――――ノーヴェさん、次に会った時は是非とも絵のモデルに!! んじゃ、アディオス!!」

 

 戸口で立ち止まり、ミカヤにとって微妙に不吉なことを口走ると、「フハハハハッ!!」と何故か昔の悪役のような笑い声を効果音にして少年は逃げ去った。

 

「……なんだったんだ?」

 

「聞かないでくれ、ナカジマちゃん」

 

 ノーヴェにしてみれば最初から最後まで意味の分からない状況が続いた。思った疑問を傍らのミカヤに問い掛ければ、沈痛な面持ちでそれに答える友人がいた。

 

「お茶でも淹れてこよう」

 

 一拍置いて表情を和らげたミカヤは、ノーヴェにそう言い置いて練武場から母屋の方へと向かう。

 

 一人練武場に残ったノーヴェ。ふと、先程見たミカヤの珍しい様子に苦笑したくなった。彼女とはそれなりの付き合いだが、今日のような不機嫌と呆れ顔等を見たことは殆どなかった。あの少年がそれを齎したのだとすれば、友人の思わぬ一面を知る機会を与えてくれたことに感謝しなければならないかもしれない。

 

「いきなり手を握ってきたのには、正直ビックリしたけどな……」

 

 少し熱くなっている頬に手で風を送りつつ、普段と違う、絵の顔料の匂いがする練武場内に視線を巡らしたところで、ふと目に留まるものがあった。

 

「ん? これは……――――へぇ」

 

 練武場の隅に落ちていた一枚の紙。おそらく、ミカヤがスケッチ帳を斬りつけた際の風圧で飛ばされたものだろう。

 

 裏返しになっていたそれを拾い、引っ繰り返して描かれていた絵を見てノーヴェは思わず感嘆の声を出す。

 

「上手じゃねぇか」

 

 鉛筆による素描だが、そこには静謐な雰囲気で瞑想をする道着姿の少女が描かれている。

 

 ノーヴェには絵に対する審美眼は然程ない。

 

 けれど、今見ているこの絵の中には、剣の道に生きる少女の持つ魅力を余すことなく表現し、見る者を惹きつけるだけの何かが在った。

 

 

 

 




読んで下さり、ありがとうございます。

周囲の反応がよければ或いはシリーズ化も考えます。

主人公の名前を特に決めていなかったので、感想等で何かしら書いて頂ければ、それを参考・採用する可能性も……

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