瞳下嬉楽譚   作:炉心

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 随分と久しぶりの投稿……

 もう更新はないものと諦めていた皆様。

 大変お待たせいたしました、漸くの新作となります。

 どうぞ~


***2015/4/15:内容修正済***





シュトゥルム・ウント・ドラング

 

 

「すまないな、ナカジマちゃん。わざわざ道場にまで付き合ってもらって」

 

「別にいいさ。あたしもちょうど時間が空いていたし、荷物持ちくらいなら気にせず付き合うよ」

 

 両手一杯に買い物袋を抱え、天瞳流の道場へと続く石段を並んで登る少女が二人。

 

 腰をゆうに超える長さの黒髪に引き締まった均整のとれた身体つきの長身。麗人と呼ぶに相応しい容貌した――――ミカヤ・シェベル。

 

 ザックリとショートカットに切られた赤髪に気概と意志の強そうな面持ち。スポーティな雰囲気の美人タイプ――――ノーヴェ・ナカジマ。

 

 偶然にも街で出会った友人同士である二人は、備品の買い出し中だったミカヤに連れ立って街を巡ったあと、こうしてお互いに大量の荷物を持ちながら、ミカヤが通っている天瞳流の道場へと歩みを進めているところだった。

 

「しかし、師範代なのにミカヤちゃんは普通に買い出しにも行くんだな」

 

「意外かい? 他の道場での場合がどうなのかは知らないが、うちは買い出しに関しては基本的に当番制だからね。道場内での立場とか年齢とかはあまり関係ないんだよ」

 

 ノーヴェは包帯に湿布に傷薬などの様々な種類の医療品が大量に入った袋を右手に持ち、左手には差し入れ用のスポーツドリンクや菓子類などがこれまた大量に入った袋を持っている。

 

 傍らで石段を登っているミカヤもまた同等量の荷物を持っているが、二人の顔は笑顔で、そこに荷物の運搬による疲れは微塵も見られない。普段から肉体の鍛錬を怠らない彼女達にとっては、この程度の荷物を持っての運搬作業などは大した苦にはならないのだろう。

 

「そうだ。都合が良ければ、このまま道場で一息入れていってくれないかい? なんなら、夕食も一緒にどうだい? 今日は夜稽古があるんだけれど、終わったあと、私は道場の母屋の方で夕食を取るつもりなんだ。因みに、私のお手製だよ?」

 

「そうだな……折角のミカヤちゃんの誘いだし、ご相伴に預からせて貰おうかな」

 

 この後の予定が二人の間で決定したと同時に石段を登り終え、正門をくぐって道場の敷地内へと足を踏み入れる。

 

「あ、師範代。お帰りなさい。買い出しご苦労様です」

 

 母屋のある方へと向かおうとした二人に、道着姿の門下生の少女が声を掛ける。

 

「良かった……じゃない。待っていたんです、お帰りになるのを」

 

 どこかホッとしたような表情でミカヤに駆け寄ってくる少女。その様子にミカヤは首を傾げる。

 

「どうかしたのかい? 私がいない間に、何か問題でも?」

 

「あ~……えっと……問題って程ではないんですけど。……なんと言いますか、私共では対処に困るような状況でして」

 

「どういうことだい? よく分からないな?」

 

 ミカヤの詰問に視線を横に逸らして微妙な表情を作ったあと、何かを諦めたような表情になった少女の姿に、ミカヤは何故だか不意に不吉な予感が首筋を駆け上がるのを感じた。

 

「遊びに来ていらっしゃるのですが……あの人が」

 

「…………そうか」

 

 門下生の雰囲気と『あの人』の表現。これだけでミカヤには理解出来た。理解出来てしまった。

 

 それは、

 

「因みに、今は練武場を占拠して何やら怪しいことをしているようなのですが……」

 

 今日の夜の稽古は予定より遅れるであろうこと。

 

「ああ、分かった。大丈夫、私が対処するから。他の子達にもそう伝えておいてくれ。それから、今日はもう夕方の稽古までにするから。稽古が終えた時点で各自解散していいとも伝えてくれないか」

 

 今日買った物に早速使う機会が訪れたこと。

 

「なぁ、ミカヤちゃん。どうしたんだ急に?」

 

 そして、

 

「ナカジマちゃん……悪いが少しだけ予定が変わるかもしれない」

 

 疑問顔のノーヴェには悪いと思うが、彼女との予定に移る前にやらねばならない重大な案件が出来てしまったこと。

 

 ミカヤには理解出来てしまったのだ。理解したくはなかったが、理解してしまった以上はもう仕方ない。

 

「『オハナシ』をしなければならない相手がいるようなんでね」

 

 ミカヤは笑顔だった。

 

 それはもう素晴らしい笑顔で、不運にも真正面から直視した門下生の少女が顔を青褪めさせてガタガタ震えだす程の力を秘めていた。

 

「ミ、ミカヤちゃん……?」

 

 そんな友人の豹変ぶりに、ノーヴェは唯々戸惑うばかりだった。

 

 

 

*   *  *

 

 

 

 皆さんは不思議な光景を見たことはあるだろうか?

 

 端的な例で言えば、普段の様子からではまるで予想もできないような行動を取る友人だったり、本来の使用目的とは違う使用のされかたをしている場所を見たりなど、そのパターンは無数にあるであろうが、現在ノーヴェ・ナカジマの眼前にて広がっている状況もまた彼女にとっては不思議以外の何物でもない光景だった。

 

「何をしてるんだ? 何を?」

 

 練武場の引き戸を開き、己の右手を額に当てたミカヤの発した言葉が、ノーヴェの気持ちをこれ以上ないくらいに正確に代弁していた。ミカヤの方が前にいる為、その表情がノーヴェには確認出来ないが、わざわざ見ずとも思いっきり予想がついた。多分、頭痛に耐えるような苦々しい顔をしていることだろう。

 

「やあ、お帰りミカヤ。――――何をしてるかだって? 分からないかい? 感じないかい?」

 

 一人の少年が練武場の中央にいる。

 

「……分からないし、感じないな」

 

 それなりの広さを持つ練武場内には、キャンバスや絵筆などの画材道具諸々がそこらに散乱し、清潔で精練された空間を台無しにしている。

 

 ミカヤの声に殺伐としたものが混じりだしているような気がするのは、自分の早合点だとノーヴェは思いたかった。

 

「感性だ! 感性を広げるんだ! ミカヤ!! 己の内なるセンスの解放! そうすれば分かる! 感じる!!」

 

 上気する肉体と連動する魂。

 

 深く瞑想するように目蓋を閉じた状態の少年は吼える。

 

「……晴嵐を持ってこよう」

 

 踵を返すミカヤ。

 

「究極的にイマジネーションが湧き立つポージングの研究」

 

 超即答。

 

 少年は物分りが非常に良かった。

 

「もう、私には心底理解できないよ」

 

(同意見だな)

 

 ミカヤの呟きに、ことの成り行きを見守っていたノーヴェは心の中で頷く。

 

 広く両足を開き、前傾気味に斜めに傾いだ上半身。全開で開かれた右手の五指は突き立つように顔に当てられ、真っ直ぐ上に伸ばした左腕、左手の人差し指はピンと天頂を指している。

 

 もう、本気で意味が分からない。そのポーズも分からない。少年の考えも分からない。ついでに言うなら、何故に上半身裸? 辛うじて下は履いているのでまだいいけど。

 

 ミカヤとノーヴェ、二人の少女はいろんな意味で次の対応に困っていた。寧ろ、意味不明空間に突然放り込まれて戸惑っているといえた。

 

「何? 見惚れた? てか、惚れ直した? 俺の肉体美にときめいちゃった?」

 

 おもむろにポーズを解いた少年は、唖然と己を見ていたミカヤに向かってドヤ顔で言い放つ。両手を腰に当て、外界に晒した胸を反らし、堂々たる様子は尊大の一言。自信過剰もここまで来るとある意味で天晴れである。

 

「本気で脳が錯乱しだしたようだね」

 

(……確かに、意外とイイ身体付きはしてるよな~)

 

 呆れ顔で辛辣な言葉を吐くミカヤに対して、ノーヴェは少年の細身にも関わらず意外に締まりのある体躯に内心驚きの声を上げる。

 

 薄い亜麻色の髪や枯れ木を想わせる長めの手足等、見た目には痩身でヒョロっとした印象が強い少年だが、その肉の線は引き締まり、決して不健康且つ脆弱ではないことが見て取れる。あまり己から進んで運動をするタイプには見えないが、意外と隠れて肉体の鍛錬を積んでいるのかもしれない。

 

「もういいから……さっさとこの場を片付けてくれないか? 君が練武場を占拠しているせいで、門下生達が非常に困ってるのだが? あと、先に上着を着たまえ。恥ずかしくないのか?」

 

「ミカヤ……俺は芸術という無窮の深淵に身を捧げる孤高の耽溺者。幻想と理想の探求者。覚醒の世界へと至る求道者。――――即ち、真の理を知る天才とは、己のリビドーを高める為ならば、あらゆる苦難も世間体も恐れないものなのさ!! 羞恥? 無問題!!」

 

「いいから黙って服を着ろ……風邪でもひいたらどうする」

 

「――――了解デス。スミマセン」

 

 有無を言わせぬミカヤの命令。されど、最後の少しだけ本気の心配の気配が篭もった言葉に、瞬時に頷いて服を着る少年。彼は相手の本気の気遣いを取り間違えるほど愚かではないのだ。ついでに殺気もだが。

 

「やれやれ。ミカヤも帰って来たことだし、仕方ないから片付けて……――――あれ? そっちの人は確か……ノーヴェさん!!」

 

 奇跡再び。

 

 漸くミカヤの後方で待機していたノーヴェの存在に気がつき、鋭い反応を見せた少年。

 

「お久しぶりです!! お元気でしたか? 今日は何故ここに? まさか、俺の絵のモデルになる為に? そうですか! そうなんですね!! じゃあ、今すぐ初めましょう!! そうしましょう!!」

 

 またしても格闘技経験者の二人のお株を奪うほどの速度で移動。その様はまさに疾風の如し。

 

 何かしらの魔法強化でも使ってんのか? と、ノーヴェが思い至るまでの間に眼前に迫って手を掴み取り、相変わらず勢いで自己展開・自己完結を行う。それはまさに怒濤の如し。

 

 嘗てある世界の革新的文学運動に於いて、『疾風怒濤【シュトルム・ウント・ドランク】』と謂う言葉があったが、正しく彼の行動は言葉の大義である『理性に対する感情の優越』がそのまま現れた状態と言えた。平たく言えば、己が意志の赴くが侭にである。

 

「どんなポーズから初めましょう? 先ずは軽くラフスケッチを数枚取って、それから顔や手足の部位デッサンに移りましょうか? それともやはりここは一発……全身ヌード!! そう、ノーヴェさんの美しい肢体の魅力を完全に描き出すには……もうそれしかない!! それこそが最高っ! 寧ろそれ以外の選択などありえないって俺!! 何故ならモデルデッサンの基本にして極致なのはヌードモデルに決まって――――」

 

   ――――『私式、一撃必倒右ストレートパンチ』――――

 

 その瞬間、ノーヴェは刮目した。

 

 マジな目でガンガン迫り来る少年が、「ゴペシュッ!!」という漫画的叫びを上げながら、放たれた素晴らしいフォームの右ストレートによって左頬を横合いから打ち抜かれ、吹き飛んだ体が練武場の壁に激突して音もなく沈むのを。

 

「き、君という人間は……」

 

 ゼイゼイと肩で息をしながら、俯き垂れ下がった前髪が顔の表情を覆い隠し、呪詛のように口から言葉を漏らすミカヤの姿は、ホラーサスペンス映画に登場する怨念を纏った女性のようだった。

 

(今のはいいパンチだな。ミカヤちゃん、徒手格闘でも結構イケるんじゃねぇのか?)

 

 ノーヴェのどこか的外れな感想は、いろんな意味で怖すぎる現状のミカヤから目を逸らしたいという現実逃避の気持ちから来たものだったのかもしれない。

 

「まったく、本当に……どうして君は……人の気持ちも……昔から……」

 

「あ、あの~。どうかされましたか? 何か物凄い音が聞こえたんですけど……」

 

 ブツブツと表情を見せずに呟くミカヤとそれを傍から引き攣った顔で見ているノーヴェ。その微妙にカオスな空間に、少年が壁に叩きつけられた時の轟音を聞きつけた門下生が顔を出す。

 

「え、ええっと……」

 

 現状を見て、困惑の表情で佇む門下生の少女。彼女にしてみれば、今までに見たこともない恐ろしい雰囲気の師範代の少女、その傍らで救世主の登場を喜ぶような顔を自分に向けている師範代の友人、そして練武場の壁際で潰れたカエルみたいな無様な格好で轟沈している少年という、もはや己の許容範囲を三足飛びくらいでオーバーしている光景だろう。

 

「いいところに来た。そこの壁に寝転がっているバカを母屋の方に連れて行ってくれないか。治療はしなくてもいい。適当に転がしていれば充分だ」

 

 多少は気を落ち着けたのか、平常に近いトーンで門下生の少女に指示を与えるミカヤ。後半の内容がぞんざいなのは、もう気にするほどのことでもない。

 

「わ、わかりました。――――と、結構重い……メンドくさいな」

 

「……えっと、あたしも手伝おうか?」

 

「ああ、大丈夫ですよ。お気遣いしていただかなくても、私一人でも運べます。――――師範代、引き摺っていってもいいですよね?」

 

「構わないよ」

 

 ミカヤの指示に従って門下生の少女は気絶している少年を運ぶ。最初は少年を抱えて運ぼうとしたが数歩で諦め、ノーヴェからの助力の申し出に遠慮をいれ、ミカヤの承諾を取って引き摺って運ぶことにしたようだ。

 

 ガンッ! ゴンッ! バンッ!!

 

 練武場の戸口や廊下の段差に至るたびに鈍い音が響く。

 

(いや……なんで足を掴んでんだ?)

 

 ノーヴェの心の声どおり、門下生の少女は何故か気絶した少年の足首を持って引き摺っている。即ち、少年の上半身と頭部が普通に地面や柱にぶつかりまくっているのだ。

 

(まさか、ワザと追い打ちをかけてんのか?)

 

 その疑問に答えは出なさそうだ。少なくとも、すぐ横で同じ状況を見ているミカヤが何も言ってない以上は。

 

(まぁ、大丈夫だろう……多分)

 

 どの道、部外者のノーヴェがこれ以上口を挟むべきではない。なんとなく慣れている感じもあったから、意外とあの少年に関しては日常的な光景なのかもしれないし。

 

 納得と言う名の自己暗示を終了し、ノーヴェが辺りを見渡せば、そこは当然ながら色々な画材道具が乱雑に散らかったままだ。

 

(とりあえず、ここの片付けを手伝うか)

 

「なあ、ミカヤちゃ……ミカヤちゃん?」

 

 頭に浮かんだ提案をミカヤに示そうと、横を振り向いたノーヴェは怪訝な声を上げる。

 

「…………」

 

 右手で口元を隠すように覆い、左手は己の胸ぐらを掴んでキツく握り込み、先程同様に俯いた状態のミカヤが小刻みに震えているではないか。

 

「ど、どうしたんだ? だいじょう……ぶ……?」

 

 何か体調に急な変調でもきたしたのか? 慌てて様子を伺おうと、前髪で隠れたミカヤの顔を覗き込んで固まるノーヴェ。

 

「だ、大丈夫。ちょっと……あいつの裸なんか見たのは久々だったから、何故か今になって急に恥ずかしくて……」

 

 ワインレッドの瞳は潤み、火が付いたように真っ赤な顔で、異性のことを漸く意識しだした遅咲きの思春期突入中の初心な乙女のような台詞を紡ぐ少女が一人。

 

「あ、ああ、そうか……」

 

 予想外の展開。想定外の現実。

 

(な、なんだこれ? え? ミカヤちゃんってこんな反応するのか? そんなタイプだったけ?)

 

 正直、眼福的な光景ではあるが、友人の見せたあまりにも純情乙女モード全開なリアクションに、疑問と困惑と疑念の嵐が内心で吹き荒れまくっているノーヴェである。

 

「……私らしくもないな。ゴメン、ナカジマちゃん。少々、取り乱していたよ」

 

 表面には辛うじて出さずに焦りまくるノーヴェの前で数回深呼吸をしたあと、漸く普段の凛とした状態に戻したミカヤ。

 

「さっさと片付けてしまおう」

 

 ノーヴェがどう反応をしていいのか考え倦ねている間に、ミカヤは練武場の片付けをさっさと開始する。

 

(……ま、いいか)

 

 これ以上ウダウダ悩んでいても埒があかないと判断し、ノーヴェも片付けの手伝いをすることにした。非生産的な思考は、本来ノーヴェの好むところではないのだ。

 

(そう言やぁ、結局今回も名前を聞くのを忘れてたな)

 

 少年が自分の名前を名乗らないことや、嵐のように一瞬で過ぎ去っていくこと、そして何故かミカヤが少年の名前を教えてくれない為、前回会った時同様にノーヴェは少年の名前を知ることが出来なかった。

 

 ノーヴェがミカヤに少年のことを尋ねると微妙に不機嫌な様子になる為、敢えて無理に聞こうと思わないことも原因のひとつではあるのだが。

 

「ところでナカジマちゃん」

 

 ノーヴェの横で絵具や絵筆やらを拾い集めていたミカヤの不意の切り出し。その声は酷く重い空気を纏っていた。

 

「!!!???」

 

 動物的本能か、戦闘機人としての直感か。異様な悪寒が全身を駆け巡り、ノーヴェはその場で蛇に睨まれた蛙の如く身動きが取れなくなる。

 

「まさか……――――本当にヌードモデルになったりはしないよね?」

 

「え?」

 

 間の抜けた声を上げたノーヴェ・ナカジマ。

 

 彼女に友人からの『オハナシ』タイムが到来した瞬間であった。

 

 

 

 




 お読みいただき、ありがとうございます。
 
 今回もオリ主の名前は出さずでした。

 一応、候補を幾つか貰ったので考えてはいるんですが、なんか出すタイミングとかが掴めなくて。

 もう、このまま名無しの主人公でもいいかな~とかも思ってる今日この頃です。


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