瞳下嬉楽譚   作:炉心

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 今作のテーマは、『アルコールって恐ろしいよね?』です。

 今回はテイストを少し変えて、主人公の少年の内面部分を書いています(まあ、ある程度は予想されている通りかもしれませんが……)

 注意:このお話では飲酒するシーンが出てきます。未成年の飲酒は法律で禁止されています。この作品はフィクションであり、ついでに法律の異なる別の世界でのお話ですのであしからず。




ファム・ファタール

 

「うにゅァァァ~~♪♪」

 

 普段の様子からは到底想像もつかないような摩訶不思議極まりない声。

 

 愛くるしさと庇護欲を煽る子猫の如く喉を鳴らしながら、ジリジリと擦り寄ってくる存在。

 

 眉目秀麗な面立ちの顔全体が真っ赤に染まり、トロンっと目尻の下がりきって緩んだ表情をした少女。その醸し出す和かな雰囲気からは、平素の少女が持つ凛とした雰囲気の欠片も存在を感じ得ない。ただ、胸元や裾が多少乱れがちの道着姿に、独特の扇情さと背徳感のある艶を感じてしまうのは、正常で健康な思考を有する10代の青少年としては仕方のないことだろう。

 

(まさか、ここまでアルコールに弱いとは……まさしく奇想天外予想外だな)

 

 軽薄で浮ついた表情がデフォルトであるはずの亜麻色の髪の少年は、珍しくも困惑を全面に押し出した表情で現状を受けとめていた。無意識に溜息を吐く少年のその姿は、すぐ真横にいる少女の現在進行形での色々と悩ましい姿と同様に、普段の少年の言動や様子を知る者達が見れば、まず間違いなく目を見開いて驚愕すること相違ない光景だった。

 

「なぁ、ミカヤ。取り敢えず、少し離れないか?」

 

 森厳さと伝統を兼ね備えた天瞳流道場。その母屋に設けられた大広間は、多数の人が集まる会合や宴席などと言った用途で主に使用される。この手の固定の壁や扉で細かく区切らない様式の部屋は普段は広く間を取られているが、必要に応じて襖で仕切ることで複数の部屋を形成することが可能であり、実際に現在は襖によって小部屋を二部屋程設けている。

 

 その二部屋の内の奥側。広間との間に小部屋ひとつ分を挟んだ六畳分くらいの広さの小部屋の一角で、アルコール臭のする液体が注がれたグラスを片手に胡座をかいて座っている少年が一人。そして、少々腰が引け気味の少年の左腕に己の両手を回し、抱きかかえるようにしている横座りしている少女も一人。

 

 部屋に来た当初、お互いに腰を下ろした地点の距離はある程度開いていたはずだったのだが、腕一本分程の空間は毎秒を刻む毎にどんどん縮まり、いつの間にか少女はギュッと己の肢体(てゆうか、普通に胸!! 別の言い方をすれば……バスト!!)にくっつけるようにして座っている。

 

 時折、熱を帯びて赤く色付いた頬をスリスリと少年の二の腕に擦り付けくるたびに、少女の繊手によって囚われの身となった少年の体が『ビクッ!』と跳ねたりするが……多分、問題など一切ないのだろう。

 

「ミカヤ……聞いてる?」

 

 自身の二の腕か随時電流が奔るが如く伝わる柔らかくも魅惑的な未知なる感触と、今や殆どゼロ距離に存在する少女の嫋かな女体から香る甘い匂いに、ガリガリと少年の心の防波堤が削られていく。

 

「あ~、ミカにゃんさ~ん。聞いてたりしますか~?」

 

 再度声を掛ける少年。それも、敢えて普段なら即座に怒りを伴ったアイアンクローでも咬まされそうな愛称での呼び掛けだが、残念ながら今の彼女からは求める応答が返ってくることはない。

 

 いや、

 

「う~ぃ~にゃ~~」

 

 反応はあった。

 

 微妙に解読不可能な感じの発音だったが、少年の要望を拒否していることは辛うじて伝わる。

 

「……流石に壊れすぎだと思うんですが。どうなんですかね~?」

 

 内心でちょっとだけ安堵しながらも、ミカヤ・シェベルの性格を良く知る少年にとって非常に正直な感想が漏れる。

 

(一口、二口しか飲んでないのにコレか~。……いくら未成年で飲む機会も無ければ飲み慣れてもいないって言っても、道場通をしてるんだし、今まで勧められる機会もあったはずなのにな……)

 

 襖を隔てた二つ隣の広間からは新年の宴席を楽しむ賑やかな声が聞こえるが、集まった関係者の中にはこの少年に対して一言どころか十言も百言もある面々も多いので、面倒事を避ける上でもさっさと避難してきたはずの小部屋だったのだが、よもや避難先の安住の地たるはずの場所でこんな事態に遭遇するとは予想もしていなかった。

 

 酔った勢いで少年への苦言や説教を延々と続けようとする連中を適当にあしらい、大広間の方から黙って失敬してきた上等な一品を秘かに楽しもうとした矢先、少年が到着する前から新年の挨拶回りに勤しんでいたミカヤが、一通り終えた様子で何故か小部屋の方へと移動してきた。

 

 少年の個人的な用向きが最近多かったこともあって、ここ半年程は擦れ違い続きでまともに会話らしい会話もしていなかったが、「取り敢えずは……」な感じで新年の挨拶を久々の会話として交し、次いで「一口寄越せ」と言って無造作に少年がちょうど口に付けたばかりのグラスを引っ掴み、一瞬凝視してから軽く口にしたミカヤだったのだが…………

 

「うふふふふふふふふふふ~~~♪♪」

 

「笑い上戸なのか?」

 

 思わず少年が若干の恐怖心すら抱きそうになるほどに、上機嫌で蕩けた微笑みを見せるミカヤ(ザ・酔っ払いバージョン)へと変貌した次第だった。

 

(まぁ、最近はまともに会ってなかったし、顔を合わせても不機嫌面ばっかだったからな。俺的にはミカヤが楽しそうにしている分にはそりゃ、別段オールオッケーなんだけどさ)

 

 急に色々と悩むのが億劫になって、少年は生来の楽観的な思考に戻すことにする。思索や知識よりも直感と感性を重視する少年は、現状に対する妥協と受け入れも早かったりする。

 

 そう結論付けさえすれば、感受すべき現状も見えてくる。

 

(何より、ミカヤのこんな姿は滅多に見れないわけだし。そうだよな。ここはシッカリとこの姿を記憶して、後で妄そ……いやいや、絵の題材として観察しておかないとな!! うん、これこそが正解だな! ホント、眼福眼福。…………てか、さっきからずっとこの腕に当たってる感触てば……おう、何これ!? これが世に言う最終兵器【リーサルウェポン】なの? 接触必殺【タッチ・アンド・デストロイ】なの? ああ……もう最高でゴザイマスっ!! 女の子の身体の神秘ってスゲェですっ! 成長ってスゲェですっ!! アルコール万歳っ!! ビバ無礼講っ!! ヒャッハァーッ!!)

 

 絶賛と欲望の声を限りなく心の中で上げながら、平静を取り繕った顔で持っていたグラスを口へと運び、ニヤニヤした感情と漂う少女の甘い香りとを一緒にして一気に中身を飲み干す。世に言う『至福』とは、この瞬間のことだと少年は悟る。

 

 そんな、世の寒風に身を震えさせている孤高なる諸兄が見たら即座に八つ裂きにされそうな境遇の少年だが、どうやら天は彼に更なる急転を用意したようだ。

 

「ど~こ~み~て~るぅ~~」

 

「おぐっ!?」

 

 急に押し付ける勢いが増し、油断していたこともあって耐え切れずに声を上げて横に倒れ込んだ少年。

中身の乾されたグラスが少年の手から放たれ、ゴロゴロと床を転がる中、押し倒した少年の体を己の下に敷いて伸し掛るような体勢になるミカヤ。

 

 ミカヤはジトっとした据わり気味の目で少年の顔を見詰め、乱れた漆黒の髪が顔や唇に掛かり、更に崩れた道着の胸元は半ば近くまで開放され、圧迫されて歪んだ双丘とその間に生まれた谷間が少年の視界内に出現した。

 

(あ、こいつは本気でヤバい。「助けて青い色の猫型ロボットーー!!」って冗談は抜きにして、マジで抑えられないかもしんない五秒前……)

 

 瞬間、沸点に達した感情と欲望が全身を支配し、冷静且つ本気で本能に従った行動に移る可能性が首をもたげた少年だが、

 

「ううぅぅ……なんでぇ~……私を~~…見ないで~…いつも~~……」

 

 眼前のミカヤの突如見せた様子に、冷水を浴びせかけられたように感情から熱が奪われる。

 

「どうして~…勝手にぃ~~……決めて~……相談…も…しないでぇ~~……」

 

 潤みだした瞳に、スンスンと鳴る鼻。時折、擦り付けるようにグリグリとおでこを少年の胸へと押し付け、途切れ途切れに言葉を紡いでいくミカヤ。

 

 酔った所為で思考が緩んだ為か、或いは感情が発露し易くなった結果か。普段の少年に対する態度とはまるっきり正反対。どこか幼ささえ感じる、随分と弱気でしおらしい雰囲気になっている。

 

(っあ~、これもまた規格外なほどに予想外)

 

 勿論、今までの経験から少年とてある程度の想定はしていたが、まさかこんな形で来るとは思わなかった。少年の想定では、いつものように呆れ果てた顔をしながら、それでも少しだけ悲しそうな表情を滲ませて上での叱責と送り出しの言葉とかだったのだが。

 

「いつだって~……自分だけで~……あんな~……何で…遠い……別…次元世界に~……」

 

(まあ、そう易々とは行けない距離ではあるわな、流石に。世界の果てどころか次元の海の向こうだなんて、ある意味ファンタジーと言うかSFだしな)

 

 少年は今年の春からは絵の勉強の為に第3管理世界ヴァイゼンへと留学することを決めている。

 

 愚図るような、拗ねるような言動を繰り返すミカヤの姿を眺めながら思う。

 

 自分の決めたこと。15年間の日々の大半を好き勝手し放題の自堕落無節操人生まっしぐらだった少年だが、別の次元世界に留学するという今回の事柄に関してだけは本当に真剣に模索し・悩み・考え抜いた。その上で出した決定だった(その経過の中で各種関係者から散々お小言や嫌味も言われたりもしたのだが、少年にとってそれ自体は全然大した問題ではなかったりする)。

 

 絵を描くことに関しては、昔から自身にそれなりの才能があることを自覚してはいた少年だったが、所詮は精々が趣味や遊びの範囲内でのこと。将来を見据えて真剣に取り組むつもりなど、夢見るどころか露ほども考えることすら無かったはずだったのだが。

 

(真剣に物事に取り組む人間をずっと傍で見てたりするとな~)

 

 不真面目さと適当さが売りの人間でも、時に影響されたりすることもあったりするのだ。

 

「なあ、ミカヤ。俺はさ……」

 

 親しい間柄であるからこそ、逆にこういったチャンスはそうそう巡ってこない。『らしくない』とは分かってはいても、自分の考えと気持ちをちゃんと伝えておこう。そう決心し、口を開いた少年。だが、その先を続ける前に、ミカヤの口から機先を制するように静かな声が紡がれる。

 

「寂しいけど……すごく…すごく…寂しくて……辛いけど…………」

 

 こんなに素直で飾り気のない声を耳にしたのは、一体いつ以来だろうか?

 

 郷愁にも似た感情に支配されている少年のシャツを両手でギュッと握りしめ、俯き続けている為に窺がえない表情、小刻みに震えている細い体と掠れた声。

 

「でも……でも、……がちゃんと決めたことだから……。私の……私の…うぐっ…我儘だから……が、我慢…す…る……ぐすっ……」

 

(あぁ~~、くそ、これは……こいつはなぁ……)

 

 まったく。アルコールってやつが齎す効果は本当にもうどうしようもないくらいにダメだ。最高に最悪だ。素面だったら絶対に気づかなかったり、そうでなくても気づかないようにしている部分が簡単に露呈してしまうのだから。

 

 ミカヤの弱々しい雰囲気も。少年の真面目で浮つかない態度も。全ては本人達ですら平素なら意識していない素の側面。

 

(キャラじゃないな……お互いに)

 

 己を嘲笑したくなるほどにそう思う。

 

 こんな感じの自分達が普段の姿だったなら、きっと毎日が大変なことになるだろうと、アルコールによって思考の醒め切った少年はただそう思う。

 

「あ~、まあ、なんだ。てか、まるでその様子からだと今生の別れみたいじゃん! 俺、別に戦地にでも赴くわけじゃないんだからさ! つーか、見てて思ったけど、ミカヤは愁い顔も美人だね! ホント、マジでそう思うわ!! 普段は凛々しく、でも、時に嫋やかな美少女なんて、正直反則だと俺は思います!!」

 

 これはきっとピンチと言うやつなのだろう。ならばこそ、何とかいつもの調子を取り戻す必要がある。

 

 卑怯とか臆病とか他人は言うかもしれないけれど、少年の精神の平静にとってはそれが最良の選択であったし、ミカヤに対してあらぬ行為に及ばないようにとの己自身への牽制でもあった。

 

「あぁ~、でも、俺的には出来ればお見送りの時の理想としては、はにかんだ笑顔に少し潤んだ瞳の上目遣いで「行ってらっしゃい、ダーリン♡」てな感じで頬キス的なシチュエーションが……おお! 我ながらスゲェ!! めっちゃくちゃして欲スィィーーー!!」

 

 普通に女性陣に見られたらドン引きされそうな妄想的発言を一気に展開する少年。握りしめた右拳を振り上げ、妄言を感情のままに発露するその様子はまさしく普段の少年の姿。

 

「なぁなぁ、ミカヤ。どう、一度お試し期間的な感じで今のシチュエーションを試してみな――――」

 

 漸く取り戻しつつある自分のペースの勢いのままに床に押し倒されていた体を持ち上げ、ついでにずっと張り付いているミカヤの体を引き離そうと、右手でミカヤの肩を掴んで押し上げようとした少年だったが。

 

 ぐにゅっ。

 

 意図したわけではない。本当に本気で偶然だ。未必の故意でも……無い筈だ。

 

「…………あ~、え~……あ~…ははははっ……」

 

 右手が思いっきり鷲掴みにしている物体。

 

 柔らかく、弾力があり、少し力を入れれば簡単に指は沈み込むが、緩めれば途端に押し返される絶妙の感触。

 

 神秘と未知と夢と希望が詰まった存在。同時に、少年を社会的にも生物的にも抹殺させうる要素も持った存在。

 

「あははははっ。い、いや~、うん、これは不可抗力だよな! 不幸な事故だよな!! てか、流石はミカヤ! 現役剣術少女なだけはあるよな!! まさかブラじゃなくて、胸をサラシで巻くとか、どこぞのエロゲーとか青年向けマンガのヒロインっかよ!?って思っちゃうよ!! うん、リアルでしてるとかマジでスゲェって!!」

 

 明るい口調と軽い態度。背中に冷や汗ダラダラ流しながらも、普段通りの勢い重視な言動でこの場を切り抜けようとする少年。ただし右手からは至高の感触が離れない。むしろ少年の意思とは無関係にワキワキと独立稼働を続けるライトハンドさん。

 

「…………ねぇ」

 

(おぅ、流石に素に戻ったか? 俺はここで終わるのか? 俺に明日はないのか!? あぁ、さらばミッドチルダの自由と放埓の日々よ!!)

 

 数瞬前までアルコールの影響で浮ついていた声のトーンが急に落ちたミカヤに対し、この先に待ち受けているかもしれない惨劇の未来を予想して、少年は達観の念を抱く。人の一生とはたった一度の予期せぬ事故で終結する。それでも、この手に伝わる天上の感触だけは胸に刻んで逝きたい。

 

 だがしかし! だがしかし!! 少年はまだまだ無知だったのだ。愚かだったのだ。アルコールの齎す影響というものを甘く見ていたのだ。そのことを今から骨身に沁みるほどに悟ることになるのだ。

 

「……し…いの?」

 

 少年の鼻孔を襲う熟れた果実にも似た甘く蠱惑な匂い。突如濃さの増したそれに眩暈がする。

 

「?? ミカヤ?」

 

 ゆっくりと俯いていた顔を上げ、アルコールの影響とは異なった熱によって真っ赤に染まった頬。頤から喉元、更に鎖骨や胸元へと流れる乱れた濡れ羽色の黒髪。潤んだワインレッドの瞳とそこから放たれる熱を帯びた視線。上目遣いと言う名の必殺の武器を携えたミカヤの一撃。

 

「した…の? ……私に……もっと…もっと……強く………………したい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *  *

 

 

「……ええっと。どうしたんだ、ミカヤちゃん? 何か不味かったかな?」

 

 友人の元へと訪れたノーヴェが頼まれものとして手にしていた荷物を差し出した瞬間、それまで笑顔だったミカヤの表情が一瞬にして歪み、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「ナカジマちゃん。頼まれものって言っていたけど、それは誰から……」

 

「ああ、ミカヤちゃんも知ってる廃車置き場のおっちゃん達から。何かの記念の祝い酒らしくてさ。偶然近くを通ったら声を掛けられて、手間じゃなかったら折角だしミカヤちゃんの道場にでもって頼まれたんだ。あたしはこの手のお酒とかあんまり飲まないしさ」

 

 ノーヴェの手には包みの施された一升瓶が2本。所謂、とある異世界では日本酒と呼ばれるものに近しいタイプの穀物の醸造酒が入っている。

 

「ミカヤちゃん、もしかしてお酒とか嫌いだったっけ? あたしが勝手に頼まれたんだけど、安請け合いして持ってこなかった方が良かったかな?」

 

「いや、いいんだ。別にナカジマちゃんは何も悪くないし、わざわざ道場への贈り物を持って来てくれたんだから、むしろ感謝しなければならないさ。ただ、ちょっと……」

 

 本気で嫌そうな……と言うよりもむしろ、何か避けたそうな顔で呟くミカヤ。

 

「ちょっと個人的に思い出したくないことを思い出してしまったというか。若気の至りによる黒歴史が脳裏に甦ってきたというか……いや、本当に何でもない。聞かなかったことにしてくれないか、ナカジマちゃん」

 

「そ、そうか。まあ、何だか分からないけど、ミカヤちゃんがそう言うなら、聞かなかったことにしとくけど」

 

(何だ、黒歴史って? ミカヤちゃん、お酒で何か失敗したことでもあるのか?)

 

 内心では困惑も疑問はあるが、そうかと言って安易な興味だけで根掘り葉掘りミカヤに聞くことなど出来るはずもないノーヴェは、結局下手な追求の姿勢は取らずにいることにした。好奇心に殺された猫になどなりたくないし、大事な友人関係に罅を入れるのも御免だからだ。

 

 ただ、それでも。

 

 受け取った酒瓶を母屋の台所へと運ぶ為、踵を返して歩きだしたミカヤの後ろをついていくノーヴェの耳に届いた呟き。

 

「そうだ、あんなのは普段通りの私じゃない。うん、そう、そうじゃないけど……それでも、何もしないって一体どういうことなんだ? 酔って多少前後不覚になっていたとはいえ、女の私が誘うような真似もしていたのに? 一晩を一緒に過ごしたのに? そりゃ、いきなり獣みたいに襲ってきたのなら抵抗もしたかもしれないけど、本気であいつが求めてくれるなら……別に……いや、でも…………」

 

 普段の理性的な彼女ならば有り得ないことなのだが、考えたことを口に出してしまっていることにすら気づかないほどに、完全に己の思考世界に没入しているミカヤ。

 

「ヘタレなのか? それとも……やっぱり私なんかに興味が無かった? 所詮はただの幼馴染程度の認識で、女としてすら見てないってこと?」

 

 どこを見るともなく一点を注視するような視線を前方に向けながら、ミカヤの口から愚痴なのか自問なのか判別できない内容の呟きが垂れ流され続ける。

 

(あ~、なんだろう。何となく誰について考え込んでいるのかが予想つくな)

 

 最近になって時折見るようになった姿。ミカヤ・シェベルという少女の普段のイメージからは程遠い、意外なほどに少女的な姿。ノーヴェとしてはギャップを感じつつも、存外嫌いじゃなかったりもする姿。

 

「あ~~っ、何でこんなことで私がこんなに……。もう、本当に何でここまで…………」

 

(剣に関してなら真っ直ぐ最速最短を突き進むミカヤちゃんも、この手のことになると意外と難儀な性格してるな……)

 

 地の底を這いずるような呻り声を上げ、どこか悲愴で憂鬱気な面持ちで呟くミカヤ。その何とも言い難い様子を後ろから見ながら、ノーヴェとしては色々と複雑な気分だった。

 

 中でも複雑且つ悩みの種となっているのが、

 

(昨日の夜に街中でバッタリ会って、そのまま晩飯を一緒に食べに行ったんだけど……これ、やっぱり言わない方がいいよな)

 

 何故か「何となく言いたくないな~」的な感情が微妙にある、ノーヴェ自身の複雑過ぎる内心の入り混じった葛藤だったりする。

 

 

 





 ミカヤが壊れすぎた……

 そして、正月明けから書き始めて、延びに延びた挙句に脱稿までに半年以上……どんだけ遅筆なんだと本気で嘆きたくなります。


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