瞳下嬉楽譚   作:炉心

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「前編のあらすじ!! ――――それは未知なる世界への切符。2人の少女は出逢ってしまった。夢見た未来をその手にする瞬間、煌めくステージへと足を踏み出すチャンス。突如少女達の目の前に現れた男は示す、少女達の秘められた可能性。不安と希望をその胸に、勇気を持って互いの手を取り合って。今まさに、少女達の果てしなき夢は始まったばかりだった!!」

「……妄想と捏造満載なフィクション全開なあらすじね。一昔前のアイドル伝説?」

「何? 文句があるなら、どんな感じがいいのかそっちがやってみせてよ」

「そうね。例えば……。――――前編のあらすじ――――それは、穏やかだが活力に満ちた剣道少女達の日々。変わるはずのないと思っていた日常風景。だが、少女達は知ってしまった。自分達が過ごす平穏な日々とは、ある日突然、一瞬の出来事よって脆く儚く砕け散るようなものだったのだと。不意に訪れる恐怖。白昼に見る悪夢。無力な少女達に成す術はなく、抗うことの出来ない無慈悲なる牙が、無垢で愚かなる少女達の身を引き裂こうと今――――ってな感じ?」

「って、何そのホラー系!? スプラッタ系!? B級映画の宣伝文句みたいじゃない!! 私とそんなに大差ない気がするんだけど!!」

「嘘は一言も言ってないわ」

「そうだけど!! 色々と端折ってるよね!! 都合良く誇張表現してるよね!!」

「『人生は舞台。人は皆、役者』って、かつて誰かが言ったわ。名言よ」

「ちょ、そんな眼鏡を反射で曇らせて表情を読めなくした上に、諦めの入った声で言わないで!! 何か絶対的にダメな気がするから!!」

「お気に召すままに逝きたいってことね」

「字が、字が違う!!」

「すべては崩壊に向かっている……これ、作者からの伝言ね」

「ど、どういうことなのぉぉぉぉ!?」

「読めばわかるわよ。読めば」





キアロスクーロ:後

 

 

 涼風が時折吹き抜ける廊下に、4人分の少年少女の姿があった。

 

「ハラホレヒレハレアレヤコレってなもんで、ミカヤはホントに言いたいことを言いたい放題だな~。まったく。付き合わされる幼馴染ポジションの俺としては、どうにもこうにも困っちゃうんだがね~」

 

 十中八九不機嫌と呼べる表情を向けているミカヤ。そんなミカヤの様子に対して、少年は両手を肩のあたりまで持ってきて掌を上に向け、『やれやれ』といった仕草で頭を左右に振る。

 

(この男は……)

 

 少年の「はいはい、わかってますよ。言うこと聞きますよ」とでも言いたげな、どこかこしゃまくれたような『俺は大人だよ』的な仕草に、ミカヤの中の殺意の導火線に火が点きそうだった。

 

(「不審な行動を取ろうとしていた」とでもそこの2人に口裏を合わせさせれば、この場で叩き斬ったとしても……情状酌量の余地有りで済む? 正当防衛成立する?)

 

 いや、既に着火済みでカウントダウンに突入中なのかもしれない。正直、ミカヤの心の声が周囲に悟られなかったのは幸いだっただろう。普通にドン引きどころか恐怖とヤバさを感じるレベルの思考を繰り広げているのだから。

 

「ねぇ? キミ達もそう思わない?」

 

「「え? あ~、いえ、あはははは…………」」

 

 不意に壁際で佇んでいた2人の少女の方を振り向き、自分の発言に同意の援護射撃を求める少年。

 

 息を潜めて出来る限りミカヤと少年の遣り取りに関わらないように静観していた少女達は、いきなり矢面に引っ張り出され、引き攣った笑顔に乾いた笑い声を上げて誤魔化すしかなかった。ハッキリ言って彼女達の心情は、「いきなり私達に話を振って、状況に引き込まないで欲しいです! しかも、問い掛けが地雷てんこ盛りな内容だなんて……あんたは鬼か!!」な感じだった。

 

「そうだよね~。やっぱ、キミ達もミカヤは言いたい放題に思うよね~。うんうん」

 

((ちょっ!? 私達、何も言ってないのに!? 答えを捏造してる!? 同調したことになってる!? お願い、勝手に納得して話を展開しないで!!))

 

 したり顔に両腕を組んで頷くと、完璧に同意を得た人間のポーズで話を進めている少年。何一つ言葉を発していないのにも関わらず、少年の脳内補完によって強引に共犯者にされている少女達は、心の中で全力のツッコミと悲嘆の籠った抗議の声を上げる。

 

(ど、どうしよう!? 私達、完全に巻き込まれてる!!)

 

(わかってるよ! 何とかしないといけないのは!! てか、このままだと師範代にオ・ハ・ナ・シされる!! 人生のジ・エンドルートまっしぐらにーーー!!)

 

 お互いに微妙に涙目の状態で、視線だけで会話を激しく交わす少女達。

 

 既に多大な被害(主に精神的に)を被っている状態で、何とか打開策(もしくはこの場からの脱出方法)を検討する少女達だが、現状へ至るまでの発端に少年の言葉に乗せられていた自分達にもあり、巻き込まれる原因の一因が自分達にもあるということは完全に忘却の彼方のようだ。だが、この際そんな事実は完全に無視したとしても仕方のないことと少女達を責める者など誰もおるまい。

 

「――――そうか」

 

 ……それは、静かな響きだった。細波ひとつない凪の海の水面にも似た、穏やかで平坦な声だった。

 

 日常生活の中でならば耳から耳へと通り抜け、印象に残ることも無いであろう声。

 

 だが、今この瞬間、この場に至っては違う。2人の少女にとっては違うのだ。

 

 その響きは、全身の肌を内側の神経から削り上げるような感触を以てつま先から頭頂まで駆け上がり、総毛立つ産毛の先端に不知の感覚が行き届くまでに奔る電流が如く。

 

 その温度は、生暖かい粘液の保護膜で包み込みながらも刺すような冷たさを内に秘め、絡みつくように喉をジワジワと緩慢なる拘束の身へと締め上げていく真綿の様に。

 

「ワカッタヨ」

 

(何!? 何が「ワカッタヨ」なんですか!? そして何で師範代はカタコト調なんですか!? 俯いて表情を隠してるのは何でぇぇぇぇっ!?)

 

「お? 何、言いたい放題だったて認めたの? 今日のミカヤは随分と愁傷じゃん」

 

(助けて!! もう無理っ!! 本当に限界っ!! 誰でもいいからこの場を何とかして!! あと、この人のナチュラルに空気を読めてない発言を止めて!! ヘ、ヘルプ・ミーーー!!!)

 

 感情の読めない空恐ろしい気配を全身から漂わせたミカヤ。眼鏡の奥は既に半泣きな表情の少女。お花畑に花が咲いたような春爛漫な軽い空気を纏った少年。今にもソバージュヘアーを振り乱し、半狂乱になって叫びだしそうな雰囲気満載な少女。

 

 カオスだった。少なくとも、この場の4分の3に関しては。

 

 因みに、まったくもってどうでもいいことなのだが。つい少し前まで稽古の行われていた練武場のすぐ傍の廊下にも関わらず、何故か他の門下生達の姿が先程から一切見えないのは、他の門下生達全員に潜在していた人の持つ動物的危機察知能力が開眼したからに他ならないとだけ言っておく。『触らぬ神に祟りなし』『好奇心? ははは、身の安全が第一に決まってんでしょ!!』である。

 

「う~ん、でも、どうすっかな~。2人の代わりにモデルとして俺のインスピレーションを刺激してくれる子を今から探すのも微妙だし、だからってモデルなしの絵を描くのも今日は何か気が乗らないんだよな~」

 

 少女達に絵のモデルを断られたことで午後からの予定が急遽白紙に戻ってしまった少年。腕を組んで瞑目し、今日の午後を如何様にして過ごすかを真剣に検討しだす。

 

((いやいや!! そんなどうでもいいことで悩むより先にまずすることがあるでしょ!! この状況を……師範代を何とかしてください!!))

 

 もはや懇願に近い思いで視線に有りっ丈の意思を込めて送り続ける少女達。何故この肝試しとチキンレースを同時に行っているような状況の中で、「一人だけ自分はまったく関係ないでーす的な状態でいられるんだこの人は!?」と、思いっきり叫びたい気分だった。

 

 だが、悲しいかな。そんな努力は大概の場合、徒労と言う名の結果しか齎さないのが現実の厳しさなのだ。

 

「特に予定もないことだし、どっかで昼飯食ってから適当に街をブラつくかな? う~む。こういう時、長期異世界留学での一時帰省者はツラいにゃ~」

 

 少女達の切実な願いを乗せた視線も少年はどこ吹く風と、留学生活を送る者特有の悲しい境遇に思いを馳せる。少年の名誉の為にも言っておくが、決してミッドチルダに友人がいないわけでも、ハブられたりしているわけでもない。ただ、どうしても疎遠になりがちなのは否めない上、少年のミッドチルダでの交友関係を結んでいる友人達の殆どが少年同様に異世界留学を選択する者達が多かっただけだったりする(類は友を呼ぶのだ)。

 

「――――そうか、予定がないのか」

 

 ……この声を何と表現すれば適切なのだろうか?

 

「それは奇遇だ」

 

 喜怒哀楽のどれかで当て嵌めるとすれば、喜か楽が近いのだろうが。

 

「ちょうど私も予定がないところだ」

 

 殺意が見え隠れする喜や楽の声。サイコパスな者達が発する喜悦の声のようだ。

 

(ヤる気!? 師範代、ヤっちゃう気なの!?)

 

(……ご愁傷様です。どうか安らかに眠って下さい。南無南無)

 

 片や引き攣った顔で心の中で恐怖の叫びを上げ。片や眼鏡を外して目元に浮かぶ涙を拭いながらも、どこか投げやりで突き放した感じの言葉を無言のエールとして送る。頭の中のイメージで両手を合わせ、どこかで聞いた憶えのある異世界の祈祷用語を呟くのはお約束と言えよう。

 

「――――ドウシタライイトオモウ?」

 

 幽鬼を想わせる音の無い足取りで距離を詰めてゆき、再びミカヤの口からカタコト調の声が這い出す。

 

 ユラユラと僅かに揺らめく体、小さく首を斜め左に傾げ、垂れた黒髪の数本が目元や顔の輪郭や口元付近に絡むように掛かり、薄く弦月型に歪んで開かれた口の奥から鮮やかな真紅の存在が覗く。

 

 誰か教えて欲しい。どうすれば瞳からハイライトが消せるのか? 見開いた瞳の奥だけを血色に染め上げる方法は?

 

(決めた。今日からもう絶対にホラーは見ない、読まない、聞かない。家にあるデータとかも全部処分する。今後何があっても絶対に一生関わらないから……)

 

(何も見てない! 何も見えてない!! 目の前の師範代はいつもと変わらない涼やかな笑顔! おかしなところなんて全然ない!! いつもと違って見えたのは、私の妄想に! 幻想で!! 空想だ!!! おかしくなったのは私の目の方!!)

 

 祈りを奉げることで救われるのなら、この真昼の悪夢から逃れることが出来るのなら、神でも悪魔でもベルカの聖王でも管理局の白い魔王でも何にでも祈る。何なら今までは特に持っていなかった信仰心にだって目覚めたっていい。

 

 神頼みと現実逃避によってこの場をやり過ごす。現状を打破する手段を持たない少女達は、猛悪な災難にその身を晒された哀れで無力な子羊も同然だった。

 

「ミカヤも暇なのか~。そうか、そうだな~……」

 

 今だ呑気な声を上げ、思考を巡らす姿勢を変える気配すらない少年。

 

 傍から見ている少女達には、死神が鋭く砥いだ大鎌を高らかに掲げなら、少年の首元へと狙いを定めた状態で刻一刻と迫っているようにしか見えないのだが。

 

 進むべき距離はもうあと数歩分。その距離がなくなった時、軽く伸ばしたミカヤの青白い両手が少年の細首を捉え、枯れ木をへし折るようにポキッと全てを終わらせる――――一度も見たことなどない筈の惨劇の光景が、まざまざと少女達の目には浮かんでいた。

 

「……よっしゃ、わかった!」

 

 だが、少年は運に見放されてはいなかったようだ。

 

「それじゃあ、こうしようミカヤ」

 

 不意に何かを閃いたかのように両目をパッと見開き、ピッと右の人差し指を立てる少年。そして、これぞ妙案といった具合の様子で口を開く。

 

「???」

 

 ほんの一瞬、怪訝な表情と視線を向けたミカヤに少年は溌剌とした笑顔を見せると、

 

「絵を描く予定が無念にも立ち消えになってしまった今、今日の俺の午後の予定は完全にナッシング。ノープラン決定となっているわけだ。そして偶然にもミカヤも同様に予定がないときた。これはもう俺にとってもミカヤにとっても由々しき事態だな。だ・か・ら……」

 

 清々しいまでに自信に満ち溢れた表情と声で、

 

「デートしよう!!」

 

 ぶっちゃけましたっ!!

 

 ガタンッ!!

 

「――――って、なしていきなり転ぶんだ? てか、大丈夫か?」

 

 何一つ障害になるものが存在しない平坦な床の続く廊下内で、ミカヤは歩いていた勢いもそのままに前のめりになって盛大にズッコケる。

 

 右側真横の空間をすり抜けるようにしてズッコケて、廊下に倒れ伏すミカヤの姿を少年は斜め右下を見下ろす形で視界に収めつつ、疑問符を浮かべた頭を傾げる。

 

((うわぁぁぁぁぁ。こ、これは……))

 

 ベチャッと廊下に全身を張り付けるように倒れ伏した姿は正直言って滑稽で、普段のミカヤの凛とした佇まいの面影を一切感じさせない何とも情けない姿なのだが、完璧に一部始終を目撃していた少女達にはそれを笑う気持ちになど到底なれなかった。むしろ、失礼とわかってはいても同情の思いしか湧いてこない。

 

「き、君という人間は……一体全体突然に何を言い出すんだァ!?」

 

 震える両手を床について踏ん張りながら身を起こし、耳まで真っ赤になった顔を勢いよく振り上げたミカヤは、頭上から見下ろしてくる少年の顔面に向かってあらん限りの音量の声で叫ぶ。ワインレッドの瞳は潤み、目元には僅かにだが涙さえ浮かんでいる。

 

「『何を言い出す』って。そのまんまだけど? 午後は俺たち2人共暇なんだし、『一緒にどっかに遊びに行くか?』的な提案をしただけだけど?」

 

 「起き上がれるか? ほれ、手」と言って右手を差し出しながら、全力で叫んでくるミカヤの言動の意味がまったく理解できません的な表情で先程までとは逆の方向に首を捻る少年。

 

「な、何でそれが……デ、デ、デートなんだぁっ!? 意味不明過ぎる!! 話の流れに全然脈略がないじゃないか!?」

 

 眼前に差し出された少年の手を払い除け、膝に片手を当て、もう片方の手は床に立てた愛刀に添えて支えにして、産まれたての小鹿のように震える両足を叱咤しながら立ち上がるミカヤ。

 

 少年は強情とも気丈とも取れるミカヤの姿に嘆息しながら、パシッとミカヤの手で無残にも払い除けられた己の右手をフリフリと振る。

 

「ミカヤこそ何を言ってんだ? 男と女が時間や場所を示し合わせて一緒に行動する……即ち、先人はこれを『デート』と言った!!」

 

(……そうだっけ?)

 

(多分、間違ってはいないと思うけど……)

 

 少女達の尤もな疑問。確かに辞書等では少年の言ったような説明がなされているかもしれないが、実際には男女が行動を共にするのには様々な状況やパターンが存在するのであって、一概に全てが『デート』扱いになるわけではない。そんなことを言い出したら、家族や会社等の異性の同僚達と出掛ける時も『デート』の範疇に入ってしまう。

 

 胸の前で強く握りこんだ右拳に力のこもった声での力説。真剣そのものな雰囲気の少年の語りだが、周囲3人の反応はあまり芳しくない。ヒートアップしている少年は大して気にしていないようだが。

 

「あ、ミカヤ。待ち合わせだけど、俺は待ち合わせ時間の30分前にはもう既に待ち合わせ場所に着いて待ってるから、その15分後くらいには来るようにしろよ。あと、多少小走り気味で来るのが鉄則だからな!!」

 

「こ、今度は一体何だ? 何なんだそれ。どうしてそんな変な指定をされなきゃいけないんだ?」

 

 少年の発言からいろいろと混乱をきたした感情や思考がミカヤの中で複雑に入り乱れ、それ故か、少年の口にした待ち合わせに関する提案にもただ疑問の言葉を返すことしかできない。既にデートすることが決定事項のような口調で少年が話を進めているのだが、そのことを言及する余裕というか、そのことにまで頭が回っていない状態だった。

 

 そんな混乱困惑中なミカヤに対して少年の方は、

 

「なっ!? ほ、本気で言ってるのかミカヤ!!」

 

 本気で信じられないものを見るような目でミカヤの顔を凝視し、驚愕の反応を見せる。

 

 そして、

 

「実際の待ち合わせ時間よりの明らかに早い時間にお互いが来る。そして、『ご、ごめん。待った?』『いや、大丈夫。俺も今来たとこだから』的な感じの会話! 後から来て焦った顔の女の子の不安げな問い掛けと、先に来て結構待っていたにも関わらず何食わぬ顔で答える男! これこそが『デート』に於ける千古の世より伝わる正統王道にして黄金パターンなシチュエーションじゃないか!!」

 

 全力全開で妄想をぶちまけた。……ぶち破った(人としての何かを)が正しいか?

 

「……うん。理解不能だな♪」

 

(激しく同意です。師範代)

 

 心の底から吐き出したようでありながらも、何故か軽快な調子の声で少年の発言に対して理解不能を示すミカヤと、その言葉に心から共感し、「うんうん」と頷く少女。だが、その傍らで別な反応を見せた者が一人。

 

「――――そしてその後、お互いに赤らんだ顔で二の句も次げずにしばらく見詰め合い、漸くぎこちない笑顔を浮かべた2人はどこかよそよそしい雰囲気を纏いながら、どちらともなく拙い会話を交わし合いつつ初めてのデートの場所である映画館へと足を向けるんですね?」

 

 眼鏡の奥の眼差しに鋭いものを混じえさせ、キラーンッと光った眼鏡の縁に手を当てた少女。それまでの巻き込まれた感が嘘のように鳴りを潜め、冷静で落ち着いた声の中に仄かな情熱の色を言葉の端々に感じさせている。

 

「ふっ、あったぼーさぁ。キミ、意外になかなかどうして。わかってるねぇ~」

 

 少女同様に鋭さを増した眼差しの少年は、ピッと右手の人差し指を天に向かって直立させ、悟りに達した修行僧のような不思議極まる柔和な微笑みを浮かべると、少女への賞賛と敬服の言葉を口にする。

 

「いえいえ、常識ですよ。……当然とは思いますけど、出歯亀する友人達の姿も遠くの建物の陰に見え隠れすんですよね?」

 

「然もありなん。個人的には、途中でバッタリ遭遇からの尾行パターン推進派でもあるけどね」

 

「運悪くも予想外な友人との遭遇にアタフタする初デート中の2人。その周知と狼狽に荒れている心情に軽く爆弾を投げ込んで、後々の話のネタの為に秘かに観察するパターンですか。……鬼畜ですね」

 

「初々しい瞬間を愛で、それを記憶や記録に永遠に残すことは、人類に与えられた大いなる使命であり本質に則った行為だと俺は思うわけだよ。『可愛いは正義!!』って名言も最近はあるくらいだし」

 

「『愛さえあれば大丈夫っ!!』って言って、コロッと道を踏み外すタイプですか?」

 

「楽しいと思えることは全力で楽しむべきだと思う。お集まりの紳士淑女の皆様、この考えに清き一票を! てね。何にしても、つまらないよりは面白い方が断然いいに決まってるからね」

 

「ああ、『その時を楽しめ【カルペ・ディエム】』とか言うやつでしたっけ?」

 

「おっ!? いいねぇ、それ! 超カッコイイ!! その表現の仕方は思い付かなかった。よし、俺の今月の座右の銘にしよう!!」

 

 饒舌に語り合う少年と少女。何か彼等の持つ琴線に触れあう部分があったのか、絶え間なく会話を続けていく。盛り上がる2人の距離は徐々に詰まり、余人の入り難い固有の空間を形成している。

 

 で、

 

 カッ、カッ、カッ、カッ、カッ……。

 

(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!)

 

 すぐ傍から聞こえる小さな打音。一定のリズムを刻むそれは、両手を刀の柄に添え、真っ直ぐ床へと立てられた刀の鞘の先端が幾度となく打ち付けられる音。ミカヤが奏でているその音には、時限装置のタイマーの秒針が刻む音の様に、圧倒的な恐怖と絶望を抱かせる何かが含まれていた。

 

(も、もうイヤァァ!! 何なのこれぇぇぇぇっっ!!)

 

 蚊帳の外にいる筈なのに、何気に一番被害甚大な少女。ほんの僅かな時間の中で、本日何度目になるかわからない心の叫びを上げ、今日の己の運勢の悪さを呪う。

 

 眼前には楽しそうに会話を続ける少年と友人の眼鏡少女がいるが、少し視線をずらせば見えてくるのはまるで別世界の光景。

 

 無感情な笑顔から顰め面、更には能面のような無表情へと変貌させていくミカヤの姿。淑やかで艶のある美貌の持ち主だけに、その様相はおどろおどろしくて空恐ろしい。

 

「――――成程。やっぱり、夏デートでプールに行くのは当然としても、その前に水着を一緒に買いに行くルートは意外に外せないか。確かに、更衣室から出て水着を恥じらいながら見せるシーンは貴重だからな」

 

(何の話!? え? 何、どういう話の展開?)

 

 不意に聞こえてきた少年の台詞に、逸れていた意識が一気に少年達の方へと傾く。

 

「プール場での初お目見えする水着姿で相手を魅了するってパターンも捨て難いとは思いますので、正直言って難しい選択だとは思います。だけど、何種類かの水着を披露できて、しかも好みの水着を選べるってパターンはそれ以上に魅力的ではないかと」

 

「初見での派手なインパクトより、細かな一撃の積み重ねとたたみ掛けか。そうか……。うん、すごく勉強になった。俺もまだまだだと痛感させられたよ。ありがとう」

 

「こちらこそ、貴重な意見をいただきました。ありがとうございます」

 

(だから何!? 水着ってどういう事!? 勉強? 貴重な意見? 2人は一体何の話をしてるの!?)

 

 一向に会話の内容が把握できないでいる少女は、疑問と混乱の渦巻く頭を抱えるしかない。因みに、少女がチラッと横目でミカヤの様子を窺うと、自分同様に混乱した表情でいるのが見えて、いろんな意味で安堵したのはご愛嬌と言えるだろう。

 

「ってなわけだ。これで俺とミカヤの午後の予定は決まったな」

 

 …………。

 

「――――えっ? 何だって? 何が決まった?」

 

 不意に振られた話題に一瞬完全に静止していたミカヤ。再起動したのはいいが訳が分からず、振り返って愉快痛快といった感じの笑顔を己に向けてくる少年に対して疑問の視線を送る。

 

「だ~か~ら~。午後をどうするかだよ。今、俺が話してただろ」

 

「いや。待ってくれ。『話してた』って、一体何のことだい? 第一、私はまだ君と一緒に午後を過ごすとは……」

 

 「話を聞いてなかったのか?」的はニュアンスで語り掛けてくる少年。

 

 普通ならその理不尽な展開に憤りを覚えそうなものだが、今のミカヤは何故か特にそんなこともなく、困惑と疑問だけが内心の大部分を占めている。そして、当然ながらミカヤの浮かべている表情も疑問と困惑の混ざった渋面に近いものなのだが……傍から見てちょっとだけ嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?

 

 次の瞬間、全てが盛大に吹っ飛んだが。

 

「水着だよ。水着を買いに行くって言ってたろ。場所は……クラナガンのアミューズメントフォレストに併設してるCC【クラナガンシティ・アンド・センターズ】にするかな? グランドオープン前に留学しちゃったから、実はまだ行ったことないんだyぉ「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」

 

 叫んだ。

 

 とにかく叫んだ。

 

 思いっきり叫んだ。

 

 ミカヤ・シェベルは叫んだ。恥も外聞も己のイメージも普段の涼やかな態度も何もかもをかなぐり捨てて叫んだ。

 

 それは、魂の慟哭だった。ミカヤという少女の根底から導き出される衝動だった。

 

「……ミカヤ、いきなりそんな大声を間近で出すなよ。鼓膜が割れるかと思ったぞ」

 

 ミカヤのあまりにも大音量な声での絶叫に言葉を途中で遮られた少年は顔を顰め、キーンと耳鳴りのする耳を両手で覆って苦言を発する。

 

「そんなことはどうでもいい!! それより、どうしてそんな……み、み、水着ってなんだ!? しかも、何をどうしたら私が君と一緒に買いに行くことになっているんだ!?」

 

 少年の様子などお構いなし。開いていた距離を雷光の如き速度で瞬時に詰め、勢いよく少年の服の襟元を掴むと、そのまま前後に激しく揺さぶる。ガクガクと少年の頭部が捥ぎ取れるんじゃないかと思えるくらいに激しく揺れ動いているが、そんなことも一切お構いなしだ。

 

「HAHAHAHAHA、何を言ってるんだいミカヤ。そんなことはこの世の必定! 不可避なるルート選択! イベント発生に必要なフラグを得る為ってやつじゃないか!!」

 

「頼むから、まともに会話をしてくれ!!」

 

 能天気ですっ呆けたような笑顔で激しく揺さぶられるがままな少年。

 

 腹立たしさからか真っ赤な顔で抗議の声を張り上げるミカヤだが、何をしても暖簾に腕押しな印象しか受けない。

 

「大丈夫。心配するなって。俺はこう見えても服選びのセンスはある方だから、ミカヤにばっちり似合った水着を選んでみせる! 大船に乗ったつもりでカモン・ベイビーさぁ!!」

 

「違う! そんなことは話してない!! というか、そのことに関しては心配してない!」

 

 まったく会話の噛み合っていない2人。人はたとえ同じ文化・言語を持っていたとしても、意思疎通の困難さを克服することの難しさをまざまざと見せつけられているような光景だ。

 

(ねぇ、ところで今の師範代の台詞だけど。何だか意味深じゃなかった?)

 

(んぇ? 何が? てか、私はもう本気で疲れたんだけど……)

 

 疲れ切った表情にどんよりとした空気を纏わせた少女に囁くのは、今だに多少の興奮を眼鏡の奥の瞳にキラキラとした輝きとして秘めた少女。少し前までは一緒にこの世の不条理を体験していた筈だったのに、今や対照的な様相を晒している。眼鏡の少女にとっては少年とのやりとりは予想外に有意義な時間だったようだ。

 

「今年の流行は何だっけ? バンドゥ? モノキニ? ビキニにフリンジタイプは定番か? あ~、一応サクッと調べとかないとな~。昼飯食いながらでいいかな? そうそう。ミカヤは昼に何食べたい? 俺的にはパスタ系が食べたいんだけど」

 

「だから待て!! 勝手に話を進めないでくれ! まだ私は一緒に買い物に行くとは一言も言ってない! しかも、何で昼食まで一緒に食べることになってるんだ!?」

 

「なんだよ~。パスタは嫌なのか? 前にミカヤが一度行ってみたいって言ってた、巷で最近評判になってるらしい店にしようかと思ってたのに……。不満なのか? 俺の奢りだよ? デザートも付けちゃうよ?」

 

「うっ。あの店か。そ、それは……確かに行ってみたかったけど」

 

 完全に少年のペースに乗せられ、完全に調子が狂いまくっているミカヤ。友人達や他の人達相手ならばこんなことは滅多にない。どちらかと言えば、ミカヤは会話での主導権を握る立場側に立つことが多い人間だ。それがことこの少年を相手にすると、あらゆる面で勝手が違う不思議現象。

 

(何だろう? さっきから師範代のイメージがどんどん変わってくるよね。これは……レアな経験をしているのかな?)

 

(ああ、そう。レアでもミディアムでもウェルダンでも、もう何でもいいよ。あたしゃぁ、今日一日で人生と世の中の大変さを骨身に沁みるほど経験した気分だからね。はっははははは……)

 

 涙を誘われずにはいられない悲哀な雰囲気の少女が約1名ばかしいたりするが、それ以外に関しては概ね平和(?)な感じの空気が昼時の廊下に流れる。気を抜いた次の瞬間にも人外魔境に変転する可能性も大いにあるのだが……今はその事実からは目を逸らそう。

 

 再び数歩引いた位置から傍観を決め込んでいる少女達。そろそろお昼を食べに行きたい気持ちとお腹の声も聞こえてきそうな気配がしているのだが、上手い具合にこの場から抜け出すタイミングを掴めずにいる。

 

 無関係な部外者の立場でならば、「さっさと先に退去する旨を切り出して立ち去ればいいのでは?」とも思うが、現実問題としてなかなかそうは問屋が卸さないのだ。何より、ミカヤと少年の会話に下手に口を挿んで、その結果矛先が再び自分達に向くことは避けたい。

 

 だが、少女達の焦れた気持ちを天が掬い取ったのかは定かではないが、現状の終焉は思いの外スパッと訪れる。

 

「――――も、もういい!! 私はもう行く!! 君のバカ話にいつまでも付き合ってなんかいられない!」

 

 まるで埒のあかない会話に対する激昂か、叫びまくってヒートアップした体温の上昇が原因か、はたまた他の何かしらの特別な理由故か。兎に角、真っ赤に染まったままの顔を背けたミカヤは、バッサリと話を切り上げてしまう。

 

 廊下に転がったままだった愛刀を無造作に拾い上げ、いろいろあって乱れまくった髪を掻き上げ、まだ何かを言おうとしている少年の顔を一睨み。ついでに廊下の隅に下がっていた少女達を一瞥すると、あとは無言となって素早く少年の脇をさっと通り過ぎ、母屋のある方へとズカズカと擬音語が聞こえそうな勢いで歩き去っていく。

 

(どうやら、終わったみたいだね)

 

(やっと解放される。ようやく解放される。自由って……素晴らしい!!)

 

 嵐が去った後のあの何とも言えない開放感にも似た微妙な感覚。何はともあれ、少女達もこれでようやくお昼を食べに行くことができる。剣の稽古以上に無駄に疲労もした気がするが、それも終わってしまえばそれだけのこと。

 

 知らず知らずの内に巻き込まれていた事態(半分は自業自得な感もあるが)も収束し、少女達は互いの顔を見合わせ、自分達ももうそろそろ行こうかと頷きあったのだが、

 

「……成程ねぇ。今くらいの感じでいけば、ミカヤはあんな風になるわけか。う~ん、面白い」

 

((――――えっ?))

 

 思わず驚きと疑問が瞬時に表情を支配するほどに、予想だにしていなかった静かで大人びたトーンの呟き。何事かと振り返った少女達。

 

 そして見たのは、

 

「俺が今言った台詞は……『禁則事項』ってやつだね」

 

 やけに格好つけた仕草で口元に右手の人差し指を当て、何故か様になっているウィンクをバチッとかました少年の姿。

 

「な~んてね! 格好つけすぎだな。なはははははっ!」

 

「「……………………」」

 

 そして、すぐにフワフワした風船のような軽い雰囲気に豹変して、まるで一瞬前の態度が無かったかのようにその場の固まった空気を笑い飛ばす少年。

 

 その変り身の素早さに何度目かの驚きを感じながらも、少女達としてはもはや何か言う気にもなれずにただ押し黙るしかない。

 

「さ~て、さて。じゃあ、俺も行くかな。今回は残念だったけど、縁があったら今度は是非とも絵のモデルをお願いするからさ。2人ともその時は宜しく」

 

 ひとしきりバカ笑いをしたかと思うと、そのままの緩んだ視線を少女達の方へと向けた少年は、何気に本心の見えない不思議な笑みを浮かべてのたまう。

 

「しかし、ミカヤの機嫌を取るなんて、なかなか高難易度のミッションが発生しちゃったな~。どうやって機嫌を取るかな? 押していくべきか、引いていくべきか、それが問題だ……てなもんだね」

 

 すぐに「はい」とも「いいえ」とも言えずに悩んでいる少女達の様子を気に留めた風もなく、少年は頭を掻きながらミカヤが去っていた方向へと歩き出す。どうやら少女達の返答を待つまでもなく、さっさと自己完結で済ましたようだ。

 

 少女達に嵐か閃光のような印象を残した少年の後ろ姿が母屋の方へと消え、静寂の風が廊下の中を吹き抜ける。何となくその場に佇んでいた少女達だが、どちらともなく動き出す。いつまでもその場に留まり続けるわけにもいかない。

 

「……なんか、不思議だけど侮れない人だったね」

 

「私はただ疲れたよ。できれば当分……少なくとも、師範代が傍にいる時には絶対に会いたくないよ」

 

 そんな感じの会話をしていた少女達。直後に「ミギャアアアアアァァァァッッ!!」という男性の叫び声と爆音が母屋の方から聞こえた気もしたが、今の彼女達は深く追求せずに何も聞かなかったこととして早々に道場から退去することを選ぶのだった。

 

 

 

 






 あとがきと言う名の釈明。

 キャラが崩壊し過ぎた……。

 あと、オリキャラも出っ張り過ぎた(だって、何故か勝手にガンガン動くんだから仕方ないんだこれが)。


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