風と神話の幻想譚   作:ぎんがぁ!

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第七話 魔法使いの腕試し

 

 

 

 魔理沙にとって、その提案は奇妙でも突飛でもなく、極々普通の事だった。

 

 例え彼女のように勝気な性格ではなくとも、“それ”は誰もが気にするステータスの一つなのだ。

 この幻想郷に於いて――つまり、妖怪や妖怪に関わる者と関係を持つ場合に最も必要とされる技能であり、それ故の一般常識である。

 

 弾幕ごっこ――そして、その実力。

 

 吹羽の事を少しずつ知っていきたい。そう語った魔理沙の初動としては至極真っ当で、当たり前で、隣で話の行方を窺っていた阿求でさえ、途中から察する事の可能な内容だった。

 魔理沙ならば、取り敢えず初めはこうするだろう――と。

 だが同時に、阿求にはその提案が全くの無意味である事も察する事ができた。

 ――と言うより、知っていた。

 

 魔理沙よりもずっとずっと長く吹羽との付き合いを持つ彼女は、当然吹羽に関する多彩な情報を記憶している。まぁ、霊夢には及ばないと阿求本人が結論付けてはいるのだが。

 その記憶に依って話の展開を先読んではいても、しかし阿求は二人の会話に口を出そうとはしない。それは別に話すのが面倒だとか、言っても分からないだとか、そんな理由ではなく。

 

 ただ、吹羽自身の口から聞いた方が効率がいいと思ったのだ。

 説明するにしても、実証(・・)するにしても。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――はぁ!? 弾幕ごっこが出来ないィ!?」

 

 

 

 いっぱいの驚愕を孕んだ魔理沙の叫びは、それなりの振動を伴って森の中に響き渡った。

 驚いた鳥達がバサバサと一斉に飛び立ち、森中に木霊する声の残響を掻き消していく。

 目を見開く彼女の前では、正直に提案を否定した吹羽が申し訳なさそうに微笑んでいた。

 

「お、おいおいそりゃどう言う事だ!? てっきり出来るもんだと思ってたがっ」

「あうぅ、ゴメンなさい魔理沙さんっ。理由があるんですぅ!」

 

 若干弱々しくなった声で弁明を試みる吹羽を前に、魔理沙はハッとして声を詰まらせた。

 横から向けられる阿求のジト目が痛い。どうやら、あまりの拍子抜けを体験して無意識のうちに言葉遣いが荒んでいたらしい。

 ちょっと短気なところが弱点だな、と心の内で短所を認めながら、魔理沙は一つ咳払いをした。

 これで一応、彼女なりに空気を断ち切ったつもりである。

 

「あーえっと……そ、それでどういう事だ? 霊夢と話した感じじゃ、なんかお前が弾幕ごっこ出来る様な口振りだったけどな」

 

 少し前に博麗神社でお茶をした日を思い出す。相変わらずの会話の中でふと吹羽の事が話題に上がり、暫しその事で談笑した記憶がある。

 

 霊夢は裏表のはっきりした性格だ。故に言葉に遠慮がなく、悪く言えば空気の読めない発言をする事が間々ある。

 格上選手の超豪速球を見事に打ち返し、“アウト取られたけど場外近くまでカッ飛ばしてやったぜ!”と一矢報いたり的にわーわー盛り上がりまくるチームメイト一同に向けて、“まぁアウトなんだからどちらかと言えば負けてるけどね”と平気な面で言えてしまう非情な現実主義者こそが霊夢である。

 吹羽に元々弾幕ごっこが出来ないのなら、初めからあんな話などしないだろうし、先の例のように“まぁ吹羽は弾幕ごっこ出来ないけどね”とでも言葉を挟むはずなのだ。

 魔理沙の早とちりは、そこから始まっていた。

 

「で、どうなんだ?」

「えっとですね……正確に言うと、妖怪さん相手なら弾幕ごっこも出来るんです」

「……うん? 妖怪相手と人間相手じゃなんか違うのか?」

「妖怪さんは頑丈だし、素が強いのである程度は大丈夫なんですが、人間相手だとボクの武器は殺傷力が高過ぎて……あー、見せた方が早いですよね」

 

 そう言った吹羽は品定めをする様に周囲を見回すと、ふと二間ほど先にある一本の木に目を止めた。

 黒っぽい幹が“如何にも”な堅牢さを醸し出す大きな木である。直径も二尺程は裕にあり、建物に使われたのならばきっと立派に家を支える柱となる事請け合いだ。

 

 一歩だけ木に寄り、そっと腰に下げた小太刀の柄に手を掛ける。漆塗りの黒い鞘から輝く刀身がゆっくりと姿を見せると――吹羽は、特に構えもせず袈裟に刀を振り抜いた。

 

 間合いは、非常に遠い。

 例えどんな奇跡奇術を用いた所で到底刃の届き得ない場所で、吹羽は刀を振るったのだ。

 刀身約一尺といった具合の小太刀は当然の事として木には触れもせず、ただ一瞬空を裂いただけでその姿を鞘に納める。

 全く無駄過ぎる。どころか、一人芝居でもしている様に見えて滑稽ですらある。

 

 ――しかし魔理沙は、その一太刀を見て思わず息を呑んだ。

 

 剣術としては雑多過ぎる一撃である。構えも無ければ残心もない、ただただ刀を振り抜いてそれで終わりの、お粗末な一振りだ。

 抜刀術と言えば聞こえはいいが、そもそもその為の構えすら取っていない状態からの一太刀であった為に、最早その手による弁明のしようなどない。

 吹羽は確かに刀を振るった。しかしそんな彼女の刃では、確実に竹の一本すらも断ち斬れはしないと断言出来る。況してや堅牢な木なんて。

 

 

 

 ――と、ここまでが世間の一般常識である。

 

 

 

 魔理沙が息を呑み、驚きに見開かれた瞳で凝視するその先。

 それは無駄な行動をとった吹羽ではなく、二人の会話に僅かな微笑みを零す阿求でもなく、かと言って遥か向こうを見透かしている訳でもなく。

 

 その金色の双眸が焦点を合わせる一点は――真っ二つに断たれて斜めにずれ落ちていく、黒い大木だった。

 

「えと……分かって貰えました?」

 

 不安げに頰を掻く吹羽を視界の端に、魔理沙はただ驚くのみである。

 剣術はからっきし――と言うより魔法以外はからっきしな彼女に、吹羽へ直接的な疑問を吐き出す事など出来ないが、今の超常現象染みた光景が驚くべき事であるのは容易に理解が出来た。

 堅牢な木を、ぞんざいな一振りで容易く断ち切るなど、大人でも困難極まりない。そもそも刃自体が木に届いてすらおらず、ただ虚空を切っただけなのだ。不可思議の蔓延する幻想郷と言えど、物理法則くらいは適応されるというのに、それを無い物の如く無視した光景を目にして、魔理沙は堪らず度肝を抜かれた。

 

 なんだ、今の……なんだ今のっ!?

 そんな言葉が顔に浮き上がる魔理沙を見て、吹羽は“ああ、理解して貰えたっぽい”と簡潔に結論付け、一つ、軽く息を吐く。

 

「まぁそう言う訳で、弾幕ごっこが出来ないんです。ボクが使う“弾”も家に置いてきちゃいましたし、だからと言ってコレを人に使ったら、そのぅ……」

「ああ、うん、分かった。分かったから想像させないでくれ……」

 

 異変解決者の肩書きを持つ強者でも、やはり心は少女のそれ。吹羽が言うまいと口を噤んだ言葉の続きは、やはり魔理沙の心にとって不衛生極まりないモノのようだ。

 自らの想像にげんなりした魔理沙は、一つ息を吐いて思考をリセット。

 ズレてしまった論点を戻すべく“つーわけで、だ”と前置きした。

 

「そうなるとどうするべきか。吹羽が弾幕ごっこ出来ないんじゃどうしようもないぞ……?」

「うぅ、すみません。ご期待に応えられなくて……」

「あーいやぁ……責めてる訳じゃ……」

 

 何か必要以上に責任を感じている様子の吹羽に、魔理沙は曖昧ながらもフォローを返す。

 実際彼女に責める意図は全くなく、ただ困ってしまった故に誰かの助けを求めただけだった。それが何故か吹羽を責める様な形になってしまい、挙句しゅんとする彼女に上手い言葉を掛ける事も出来ない始末。散々だなと、魔理沙としては非常に複雑な気持ちである。

 

 なんか、こいつ意外と扱い辛いかも知れない。あでも、からかうと面白いとか霊夢が言ってたなぁ。

 ふと霊夢の言葉を思い出し、切り返した思考に早くも頭を染め、魔理沙は釣り上がりそうになる頬をどうにか保ちながらう〜んう〜んと悩む振りをした。

 尚、堪えた故にぴくぴくと震える魔理沙の頬の所為で、阿求にだけはその若干邪と言えなくもない思考を読まれていた事を、彼女は知らない。

 

「んー、どうするかー」

「……はぁ、そんなに考え込まなくても、方式を少し変えてあげれば済む話じゃないですか」

「……方式?」

 

 話の詰まった二人に手を差し伸べたのは、この場で最も頭の回る歴史家だった。

 阿求は一つだけ溜め息を吐くと、仕方なさそうに笑って人差し指を立てる。そして腰に拳を当て、

 

「撃ち合えないのなら、撃ち合わなければ良いんですっ」

 

 瞑ったその片眼の横に、パチンと星が弾けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――弾幕ごっこと言えば、オーソドックスなのは当然『撃ち合い』だ。

 勝負と賭け金に同意した二人が互いに弾幕を撃ち合い、一定数被弾するか気絶するかで勝敗を決する方式。異変の際に主に使用されるルールであり、今回吹羽の事情で実現し得なかった方式だ。そこにスペルカードの使用を織り込む事で、戦闘に華やかさと戦略性が生まれる。

 

 その派生系として存在するのが、『決闘』方式。一般的にそう呼ばれている訳ではないが、区別を付ける為にここではそう表記する。

 『撃ち合い』とは違い、あくまで弾幕を攻撃手段の一つとして使用する類の、接近戦方式である。戦闘をお遊びと化した弾幕ごっこの中では、最も実際の戦闘に近い方式とも言える。

 体術、剣術、勿論弾幕による砲撃術も、己の持てる武器全てを駆使し、主には気絶による勝敗を決するのだ。

 

 そして、もう一つ。“派生”と言うよりは“特殊”と表現した方が正確な方式がある。一つの異変の中でも、スペルカードで数えて一、二枚程度でしか使われない方式だ。

 『撃ち合い』に比べて時間は掛かるし、純粋に弾幕ごっこを楽しむには適さない為に、所謂“野良試合”ではあまり適用されない方式だが、一応は皆の認知の中にある代物だ。

 例えば、格上が格下の力を見る時の小手調べに。

 例えば、回避がズバ抜けて得意であるが故に。

 例えば――そう、訳あって一方が弾幕を撃てない時なんかに。

 

 改めて考えて見ると、なるほど阿求の提案はぴったりと状況に適していた訳である。

 相変わらずの頭の回転に、魔理沙は素直な感嘆を抱いた。反面、得意分野の一つである弾幕ごっこに於いてこの発想が浮かんでこなかった事に、少々自分自身に落胆もしていた。

 もう異変だって幾つか関わってきて、経験も豊富だというのに。

 まだまだ未熟らしい――と、その事実をこれから戒めとし、魔理沙は気持ちの切り替え次いでに帽子を被り直す。

 鍔から覗く金色の瞳は、眼下に佇む少女を見据えていた。

 

「分かってるな、吹羽。今からやるのは『耐久スペル』方式だ。わたしのスペルは二枚。五回当てたらわたしの勝ち、二枚とも時間切れでスペルブレイクしたら、お前の勝ちだ」

「はい、了解ですっ」

「……あー、一応言っておくが、弾幕を対処するのにならその刀使っても構わないぜ。使える手段は使うべきだ」

「……気は進みませんが……分かりました。気を付けて使います」

 

 魔理沙の許可を合図に、鯉口の切られた刀身が日を反射して鮮烈に輝く。抜き放たれた小太刀は一尺半といった程度の刃渡りで、その側面にはやはり――美しい彫り物が描かれていた。

 

「……へぇ、それがその刀の風紋か。店先に並んでたのよりも若干複雑か?」

「はい。包丁や農具に使うものよりも、武器に使うものは実戦特化ですからね」

「成る程、実戦特化……ね」

 

 実戦特化の風紋が刻まれた武器を使用する、と言うのなら、彼女が使う“弾”も同様の威力を秘めていると言う事だろうか。

 容易に大木を真っ二つにする様な、或いはそれ以上の凄まじい威力を誇る武器の数々を扱うのだとすれば成る程、彼女に人間相手をさせるのは確かに危険極まりない。

 まぁ、大木をぶった斬るような武器ならば妖怪でも危険とは思うが。そこは“弱肉強食の理”を振りかざせば最悪どうにかなる。

 ――ともあれ。

 

「じゃあ始めるぜ! 準備はいいな!」

「はいっ! どんと来い、です!」

「まずは一枚目――!」

 

 吹羽の威勢の良い返事に頰を釣り上げ、透き通る青空へ飛び上がる。風に靡く金色の髪を振り払いながら、魔理沙は一枚のカードを天に掲げた。

 そして、唄い上げるように、

 

「魔符『アステロイドベルト』!」

 

 宣言と同時、指に挟んだスペルカードが星の如き光を放つ。

 魔理沙の魔力を含んだ光が急速に膨張し、眩ゆい光輝と共に弾き出されたのは――まさしく流星。

 煌めく大量の星が、地上で対峙する吹羽に降り注いだ。

 

「まずは小手調べだぜ! お前の実力、見せてみろよッ!」

「………………っ」

 

 降り注ぐ星々に対して自然体で刀を引き構え、その大きな瞳でジッと魔理沙を見つめる吹羽。それに答えるようにして、見つめ返す魔理沙。

 絡み合う視線を媒介して、二人の間ではまるで走馬灯のように緩やかな時間が流れる。

 

 視線の間で果たしてどんなやり取りが行われるのか。言ってしまえば、それは魔理沙にも吹羽にも言葉にするのは難しい。

 ただ見つめる先の相手を見据え、出来る限りの己を曝け出し、或いは引き出させ、互いを知る為に思考を視線に乗せて交錯させる。言葉は必要ない。

 しかし、相手が僅かに笑っていることは、互いに認知出来た。

 

 やがて鈍い世界が徐々に速度を取り戻し、星々も従って勢いを再起し始める。先頭を駆けていた星は薄く笑う吹羽の眼前を陣取り、そして遂には――。

 

「簡単には、負けてあげませんよっ」

 

 軽く避けられ、少しばかり地面を弾いた甲高い弾の音が二人の耳に妙にクリアな響音を放つ。それを合図にしたかのように、ゆっくりとしていた星々は再び流星となって魔理沙の眼下に殺到し始めた。

 

 迫り来る星の弾幕は容赦なく吹羽に襲い掛かる。星と星の隙間は僅かで、規則性はあるものの密度で言えば小手調べどころではない。

 加えて魔理沙自身も少々弾幕を放つというのだから、その難易度は最早、とても素人の手に負えるレベルではなくなっていた。

 ――それもそのはず。

 魔理沙は敢えて小手調べと言いながら、多少本気混じりのスペルカードを唱えたのだ。

 

「(さぁ、どの程度デキるんだ、お前は――!?)」

 

 吹羽は、霊夢の友達だ。

 それは霊夢自身の公言であり、彼女の性格を考えれば疑いようもない。そして、他人を評価する上で彼女は平等である。

 自分にとってどこがどうだからこいつは良い奴――のような、主観による贔屓目がさっぱり無いのだ。それは彼女の美点であり、恐らくそれこそ彼女が他人を惹きつけやすい要因の一つなのでは、とも思っている。

 そんな部分を知っているからこそ、魔理沙には試したい事があった。

 

「へへっ、結構避けるの上手いじゃんか!」

「ギリギリですけどねっ!」

 

 ひらひらと舞い踊る吹羽。未だ一度も刀を使用していない事からも、彼女がまだ余裕を残している事が分かる。

 彼女の紙一重の回避を目の当たりにする度、魔理沙はつくづく霊夢の言葉が本当だったのだと思い知った。

 

 戦えば魔理沙が負ける――そう聞いた初めは、当然冗談だと思った。そんな馬鹿なことがあるものか、と。

 異変解決者として、弾幕ごっこのプロフェッショナルとして、少なくない自信と実績を持つ魔理沙には、人里に住まうただの人間に負けるなど欠片も考えられなかったのだ。

 だが、こうして実際にやってみればどうだ。

 

 迫る弾丸から目を逸らさず、常に最小の動きで避けてくる。

 僅かでも頭を超えて迫って来れば身体を下げ、肩口に当たりそうならば身体を半身に翻して受け流す。腹ど真ん中に来る弾にはわざと身体を前に出し、射線を頭に合わせた上で首を傾けて避ける。まるで弾の動きが全て見えているようだ。

 

 吹羽の立ち回りは正に期待通り――いや、期待以上である。体捌きは上々で、日々の鍛冶で鍛えられたのであろう体力はまだ到底その底を見せない。

 期待通りの上手さ。心踊る相手。『撃ち合い』出来ないのが残念でならない。

 

「(こいつぁ、仕掛けた甲斐があるってもんだぜ!)」

 

 わざわざ普段なら殆ど言わない嘘を吐いてスペルを放ったのも、吹羽の力を出来るだけ引き出して見極める為。

 小手調べと称してそれなりに強力なスペルを放てば、吹羽の真剣さにもより磨きが掛かると踏んだのだ。

 成る程、霊夢がああ言ったのも頷ける。余裕を残してこれならば、彼女の本気はどれ程なのだろうか――。

 

「――なんて、試せばいい話だよなぁッ!?」

 

 高揚した気分が反映したように、魔理沙から放たれる弾幕はその威力と速度を上げていった。宣言されたモノ故に弾幕のパターンは変化しないが、その難易度は確かに上昇する。

 

 ひらりひらりと舞う吹羽は、僅かに汗を滲ませ始めていた。

 体力はまだ保つようだが、その体捌きがだんだんと弾幕の速度に追い付かなくなっている。

 当然と言えば、当然の話だった。『耐久スペル』方式は、避ける方に求められる技術がべらぼうに高いのだから。

 

 決まり切った弾道を設定したスペルカード。魔理沙はそれを放つだけの単純作業である。それに対して、避ける側である吹羽は己の身体を引っ切り無しに動かし続け、その上細かな動きの節約で体力を制御しなければならない。

 野良試合でこの方式が使われない理由の一つがこれである。要は、フェアじゃないのだ。

 勿論避けるのに自信があるのなら、優先してこの方式を取るのも策の一つだろう。しかし、真っ当に有利不利を考えれば、当然この選択肢は早々に消し去るべきである。

 体捌きが追いつかなくなってきた吹羽は――遂に、その肩に一発の弾丸を受けた。

 その一発が、この拮抗状態にヒビを入れた。

 

「っ! やっちゃった――っ!」

 

 弾に当たれば、体勢は当然崩れる。そして体勢が崩れれば判断が遅れ、判断が遅れれば次弾の対処が出来なくなる。一発の被弾が吹羽を負の連鎖に陥れた。

 密度の高い魔理沙のスペルは、体勢の崩れた吹羽に隙など与えなかった。不安定な足取りながらも殆どの弾を避けている事に関しては見事としか言いようがないが、形勢は一瞬の内に魔理沙に傾いた。

 ――避けた拍子に飛来した腹への一発が、吹羽に対処させる余裕を与えず命中する。これで、二発目の被弾。

 

「くっ……これでっ、小手調べなんですか!?」

「おうとも! つっても、まだお前だって本気じゃないんだ、ろッ!」

「――っ!」

 

 ばら撒かれる星に紛れて、魔理沙も少量ながら弾丸を放つ。量こそ多くないものの、それらは確実に吹羽を狙って飛空する。

 他の弾幕の対処に気を取られていた彼女は、不意に飛来した弾頭群に若干手前で気が付くも、他の弾幕より速度のあるそれらを避け切れずに三発目の弾丸に命中した。

 ――残り残機、二つ。

 

「(このままじゃ終わっちまうぜ、吹羽……!)」

 

 立て続けに三発食らった吹羽に焦燥を感じたのは、むしろ魔理沙の方だった。

 このままでは二枚目のスペルを使うどころか、彼女の本気を見る事なく戦闘が終わってしまう。それではこの戦いに於ける目的が達成されない。だが、だからと言ってもう一度弾幕ごっこを行うと、お互いの体力が保ちそうもない事は火を見るより明らか。それを鑑みれば、ここで何の成果も得られないまま終わる事は即ち、訪れたチャンスを丸々棒に振るのと同じ事なのだ。

 だから――魔理沙が咄嗟に三十発(・・・)近い弾幕を放ってしまったのは、焦ったが故の早計だと言える。

 

「ッ! しまっ――」

 

 掌から弾幕を放った刹那に、魔理沙は自分の失敗を悔いた。

 確かに、このままの流れでは彼女の本気を見る事なく終わってしまう。だから、早い段階で本気を引き出さなければならない。だが――だからと言って処理し切れない程の大量の弾幕を放ってしまうのは、それこそ“戦闘の終わり”という引き金に自ら指を掛けた事に他ならないのだ。

 

 吹羽が大分疲労している事は明白である。それでも刀を使わないのは、恐らくこちらに当たる可能性を危惧しているか、他の要因があるかだろう。そんなタイミングに勝負を決めかねないほど多くの追い打ちをかける事は、魔理沙の望みにとっては悪手でしかないのだ。

 しかし――当然のことながら、無情にも時は決して巻き戻ったりしない。

 

 魔理沙の早計によって放たれた大量の弾幕は、自動で放たれていた星々と共に一束の流星群となって降り注ぐ。

 そこにある隙間はほんの僅かであり、そんな針の穴を通す様な回避をこなすのは至難の技だ。

 僅かに光る尾を引いて殺到した弾幕は、魔理沙の視界から吹羽の姿を覆い隠し、そして遂には、

 

 

 

 ――消失、した。

 

 

 

「な、に……?」

 

 その現象に、前触れなどは無いようなものだった。

 魔理沙の眼前で起こったのは、飛んで行った弾幕がまるで初めからプログラムされていたかのように、突然姿を消したという事だけ。その事実のみである。

 霧散してしまうほど微小な魔力ではなかった。消えてしまうほど構成が甘い訳ではなかった。一つ分かるのは――ほんの寸前、僅かに風切音が聞こえた事のみ。

 

「ふぅ……。勝負に出るのが早過ぎですよ、魔理沙さん……」

 

 茫然と瞳を見開く魔理沙に向けて放たれたのは、何処か呆れたような響きを含んだ吹羽の声である。

 汗の伝う朱の差した頰を人差し指で掻く彼女は、魔理沙を見上げて苦笑を浮かべていた。

 ふと視界の端に捉えた抜き身の刀が、太陽の光を受けてぬらりと輝く。その妖しい光輝に、魔理沙は背筋のひり付く寒気を感じた。

 

「お前……今、何したんだ? 弾幕が、一瞬で……」

 

 少なくとも、魔理沙からはそう見えた。

 不覚にも逸って撃ち出した弾頭群は吹羽を覆い、その小さな身体に殺到した筈だったのだ。しかし魔理沙が目の当たりにした現実は、衝突の直前で弾幕の悉くが掻き消された光景。

 確かにスペルは丁度時間切れ(リミット)でブレイクしている。見方によっては時間切れで弾幕が消えた様にも見えるかもしれない。しかし、当の魔理沙の眼球はしっかりとその瞬間の光景を映していた。スペルがブレイクしたのは、弾頭群が消えた僅かに後の事。加え、風切音を響かせる要因といえば一つしかない。

 つまり――あの三十発近くあった弾幕を一瞬で片付けたのは、紛れもなく吹羽なのだ。

 考えても答えは出ず、ただただ瞳に驚愕の色を浮かばせて、魔理沙は独り言のように吹羽に問う。

 返ってきたのは、困った様な苦笑だった。

 

「えっと……斬っただけですよ……?」

「“斬った”……? あの、量を……一瞬でか……?」

「は、はい。ボク達が狩猟民族だった頃の名残らしくて、前から刃物の扱い方を叩き込まれてたんです。お兄ちゃんの足元にも及びませんけどね……」

「ほ……ほう? す、すげーんだな……」

 

 半分以上心の篭っていない言葉を投げかけながら、魔理沙は頰に一筋汗の流れる感覚を覚えた。

 それが疲れからくる汗でない事は、誰よりも彼女自身が理解している。

 弾幕の相殺――それは、弾幕ごっこをする上では基本技術に類する――但し難度は当然高い――ものだし、かく言う魔理沙だってやろうと思えば出来ないことはない。身もふたもないことを言うなら、吹羽だってそれと同じ事をしただけで、彼女にとっては何も驚く事ではないのだ。

 だが、ここで反論しよう。“状況が違うだろう”――と。

 

 魔理沙が“出来る”と定義したのは、言わば技術の話だ。その他の要因による干渉など微塵も考慮に入れず、ただ出来るか出来ないかで議論した場合の結論に過ぎない。だから事実として、戦い慣れた魔理沙にも当然“出来る”。

 だが、そこにあらゆる要素を交えてみればどうか?

 例えば、その日の体調。

 例えば、その時間帯の天気。

 例えば、その瞬間の心持ち。

 人が可能とする行動の全ては、事実としてあらゆる要素に影響され、動きの質に細かな補正を加えられる。それが結果の良不良に関わるのだ。

 

 ――吹羽はあの瞬間、御世辞にも良い状態とは言えなかった。

 

 魔理沙の激しい弾幕の嵐に晒され、動き続けた身体は鉛の様に重くなり、その上誤って放たれた三十発以上に及ぶ弾頭の圧力を、真正面から受けていたのだ。

 ――それをあろう事か、彼女は一瞬で全てを斬り捨てた。

 それは“相殺した”という事実だけには留まらない。圧力の中で冷静に身体を動かす胆力、弾丸の一つ一つを目で追う視野と動体視力、そして弾幕を確実に斬り捨てる剣の腕。それらやその他諸々を統合した結果に生み出されたのが、あの信じられない一瞬である。

 魔理沙は思う――全く同じ状況で、吹羽と同じ事が自分に出来るだろうか?

 

「いやいや……こいつぁ……!」

 

 ――とんでもない奴が居たものだ。

 頰が釣り上がっていくのを堪えられない。無意識に力の入る身体が、感極まった様に武者震いを始めた。

 今日出会ったといっても過言ではない少女が持つ巨大な才能、実力を目の当たりにして、霊夢が一目置くのも無理はない、とひしと感じる。

 きっと彼女も吹羽とこの様な戦闘を過去にして、魔理沙と同じ事を思ったに違いないのだ。

 

 不幸な境遇にありながら自立した精神を持ち、高度な鍛治技術を使いこなし、戦闘に於いても高水準を誇る。彼女が魔理沙や霊夢と同じくらい戦闘を経験していたのなら、きっと想像を絶する強さを誇る事だろう。

 この幼い少女は、あらゆる才能に恵まれているのだ。

 

 断言、出来る。

 風成 吹羽は――博麗 霊夢に次ぐ天才である、と。

 

「良い……良い感じだぜ、吹羽! そんなら二枚目、続けて行くぜ!」

「――望むところです!」

 

 遂に笑いを堪え切れなくなった魔理沙の、気持ちを吐き出すような宣言が声高に響く。

 心底嬉しそうに頰を歪めると、眼下に二人目の天才を捉えた。その金色の瞳には、確かに期待と闘争心の鮮烈な色が映し出されている。

 

 ――掲げられたカードが、再び、強烈な光を放った。

 

 

 

 




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