※以前書いた短編を気分転換かつリハビリがてら書き殴っただけの代物です。
――魔法と科学は対立しない。
これが少女の導き出した基本理念であり、到達すべき目標であった。魔法の師であり名付け親でもある魔女からは残念ながら賛同を得られなかったが、少女は極めて合理的に考えればこそその道は真理に通ずると信じて疑わない。
そも、魔法とは何か。科学とは何なのか。
少女は考えた。魔法は自己を従前に信じ自然を受け入れることで現象を司ることである。科学は全てを猜疑的に見た上で自然の中に発生する現象を解析することである。
両者が決定的に分かたれると思われる最たる原因は、やはり信じるか疑うかの二者択一にあることだろう。
それでも少女は、両者は対立せしめるものではないと断言する。
確かに魔法と科学は、哲学的を元に二分した。それは変えようのない事実であり、理性ある者が歩んで来た歴史でもある。
しかし前述した通り、魔法は司り、科学は解析するものである。噛み砕いて表現するなら、魔法とは火起こしや風吹きの技であって、科学は火や風の原因を知ることにある。
平たく言えば、起こすことと知ることは対立し得ない。魔法の原因を解析し理解すれば科学になり得るし、科学の解析を魔法を用いて行うことも可能なのだ。
と、全てが上手く説明出来れば師たる魔女も反論することは無かったであろう。少女の理屈には、一つ大きな欠点があった。
すなわち、魔法の源である不可思議なエネルギー――魔力を、解析できないことにあった。
魔力とは極めて不安定なものである。魔力は存在自体が揺らいでいるものであり、魔法とは不安定なものを存在していると信じることから始まる。
その魔力を解析する行為は、言わば存在を信じていないことの裏返しなのだ。魔力は存在を肯定して初めて存在する、ある種の矛盾を内包している。魔力という根源を知ろうとすればするほど、その存在は遠ざかっていってしまう。故に魔法を用いるに置いて最大の要因は運だなどと言う結論に至ってしまうことになる。
しかし、それでも少女は両者が対立するはずがないと確信を抱く。
確かに魔力と言う存在は曖昧不明確と言わざるを得ない。しかしだからと言って、魔法が徹頭徹尾、不明確な存在というわけでもないのだ。
魔法の取扱説明書たる四元素思想に五行思想。あれらは合理的な肯定からなるものである。確かに魔力の存在は不合理かも知れないが、魔法として現象を起こす過程は全て合理的に説明出来る。
何よりそこに存在する筈のものを、証明できない道理がない。これに関しては合理的な結論と言うより少女の信念だが、その考えに間違いはないと少女は考える。全てを合理的に考えたい少女は、魔法は運で全てが決まると言う結論がどうしても許せなかった。
科学を以って魔法を解き明かす。言わば魔法と科学の融合。それこそが、彼女の至上命題なのだ。
◆
少女、ミューズの朝は早い。
真っ赤な館に住まう彼女は、日が昇るより前に目を覚ます。主たる幼き吸血鬼が寝静まってから半刻すら経っていないが、そもそも捨食・捨虫の魔法を修めた彼女にとって睡眠はそこまで重要なものでもない。精々が小休止程度の意味合いしか持っていなかった。
そんな彼女が目を覚まし、真っ先にすることと言えば――
「おはよう、ミューズ」
「おはよう、姉さん。早く退いてくれないかしら」
毎朝飽きもせずミューズのマウントを取る、瓜二つの姉へ苦言を呈することだ。
姉の名は十六夜咲夜。東洋の島国に倣っての館主による命名、その由来は“昨日会ったから”と言う何とも適当なものであるらしい。しかし一文的に捉えると十六夜の昨日で望月、と満月の意が込められており、師たる魔女曰く、普段のセンスを疑うくらいには中々洒落ているとのこと。
そんな洒落名の姉だが、ミューズが思うに彼女は十分に変人だと考える。現状が正にそれを物語っているというものだ。
彼女はミューズにも
姉曰く、お嬢様もまだまだお若いとのこと。その発言自体が既に主人を下に見てる気がしなくもないが、ミューズは特に指摘しなかった。将来には割ったティーカップを前衛的なデザインとか言いそうである。
「今日、お嬢様と一緒にヴァンパイアごっこをするなら退いてあげる」
「だから私はそういうことしないって言ってるじゃない」
と言うかごっこも何もお前の主人は立派な吸血鬼だろう。
「分かったわ。それじゃあミューズは魔女役を――」
「優秀な従者は随分とお耳がよろしいことで」
暗に退けとミューズ。連れないわね、とは咲夜の愚痴。
咲夜は素直にその場から退いた。ミューズは着替える為に化粧台へと向かうが、立て続けに愚痴を零すことは忘れない。
「全く。その変人癖、どうにかならないものかしら」
「あら、懲りもせず人形に生の眼球を入れ続ける貴方だって十分変人じゃない? あの目、直ぐに烏に持ってかれてるのに」
「そうした方が人形からの視界を確保しやすいのよ。掃除の役に立たせてるんだから文句言わないで欲しいわ」
因みに言うと掃除の役には全くと言っていいほど立っていなかった。咲夜が光の速さで掃除をするのだから、自室の整理以外でそもそも役に立つ筈がないのである。
しかしだからと言って、全く役に立っていないわけでもない。咲夜はああ言っているが、囮にして館内への侵入を許さないという意味で、烏避け程度にはそれなりに重宝していた。
「兎にも角にも、今日という今日はお嬢様に仕える一端の給仕として精一杯働いてもらうわよ」
「そうね、気が向いたらね」
「貴方の気は道草ばかりで信用ならないわ」
「そもそも私の気は外に出てすらいないもの」
「まあ。では一体何時になったら姿を見せてくれるの?」
「それこそ気の向くままに、じゃないかしら」
淡々と着替えをこなし、屁理屈ばかり垂れるミューズ。咲夜は腕組み頬をむくれさせる。
咲夜にとって、ミューズはただ一人の肉親であり、
だからこそ、彼女は妹たるミューズと一緒に仕事がしたいと考えている。廊下で他愛ない会話をしたり、一緒に料理をしたり、協力して主人を揶揄ったりすることが彼女の小さな野望なのだ。それ以外でも、仕事終わりにティータイムと洒落込んだり、浴場で他愛ない世間話を共有することもそれとなく視野に入れている。
詰まるところ、咲夜はミューズと一緒に享楽を共にしたいだけなのだ。
他方、ミューズにとっても咲夜は唯一知っている人間であるが、別段姉と一緒に仕事をしたいとは思わない。彼女にとって、咲夜は血縁関係不明だが便宜上姉である、と言う現実的な事実を只受け止めるだけの存在であり、それ以上でも以下でもなかった。
そもミューズは研究に対する熱意はあれど、日々過ごす中での喜怒哀楽の感情は非常に乏しい。表情は常に固く、合理性を追い求める非人間的な側面が彼女の大半を占める。余程のことがなければ彼女の心は揺らぐことすらない。世の理に好奇心こそ抱けど、彼女の娯楽は思考、研究、実験で完結し切ってしまっていた。
詰まるところ、ミューズは咲夜と何か行動を共にすることはまずないと考えていた。
そんな現状を咲夜は理解していた。両手で顔を隠し、これでもかと嘆き叫ぶ。
「寂しい、寂しいわミューズ! こんなにも情熱的に誘っているのに、何故貴女は振り向きすらしないの! 私達、姉妹でしょ! 幼くして両親がいなかった私達だからこそ通じ合うものがあるのではなくて!」
その場に崩れ落ちる咲夜。声は震え、覆った掌から幾筋もの跡が溢れ落ちる。顎から滴る水滴は咲夜の心境を如実に表しているものと思われた。
着替えを終えたミューズは、崩れ落ちた咲夜へ向けて目を細めた。
「姉さん、嘘は良くないわ」
「あら、ばれました?」
手を覆った状態のまま、咲夜はちろりと舌を出す。先の一挙手一投足に彼女の心なぞ一欠片も含まれてはいなかった。
全く厄介な役者もいたものだ。ミューズは心中で嘆息し、小さめの
「そんな馬鹿なことしてないで早く部屋から出てくれないかしら? 私、今から地下の書庫に向かうから」
やっぱり連れないわね。咲夜は咲夜で心中嘆息する。日々こうしてミューズの部屋へと押しかけているにも関わらず、今日も成果ゼロで終わりそうだ。泣くほど辛くはないが、残念な気持ちは確かに在った。
「仕方ないわ。明日に持ち越しね」
「出来れば勧誘は金輪際お断りしたいのだけれど」
「貴女の気が閉じ籠ってるのと同じで、私の気は時を駆けるのよ」
「姉さんが物理的に速いのは知ってるけれど、時を越えるとは思えないわ」
「あら、貴女を勧誘することにおいては気が早いわよ。いつでも歓迎してるわ」
言うや否や、咲夜は姿を消してしまった。きっと仕事を再開したのだろう。ミューズは小さく息を吐き、自室を後にした。
暗にこれからも勧誘を続けると宣言した咲夜。ミューズの小さな悩みの種は、しかし消えてなくなることは無さそうだった。
需要があればパッチェさんとの絡み程度は書くかも。