「……何っ? 何なの? こ、来ないでっ。お、お
アリシアは、目にも留まらぬ速度で右腕を一閃した。
すると次の瞬間には、エーテルの口内に、丸められた手ぬぐいが詰め込まれていた。怯んだエーテルの後ろに回り込んで、もう一枚の手ぬぐいで口を縛る。そういう趣味があるのかと思うくらいの、手際の良さだ。
猿ぐつわだ。
「
「それでは、ふふ、魔法を使ってみてください、ふふ……」
「
ここにきて初めて、アリシアの涼しい微笑みがくずれる。上塗りされたのは性悪女の笑みだ。
「できませんか? できませんよね?」
「
「姫はどうでもいいとおっしゃいましたが、儀式について学ぶことは肝要です。汎用魔法は口枷をされるだけで、こうもあっさりと無力化されてしまうのですから……」
「
「それはどうでしょう? 実戦では何が起きるかわかりません。より対応力のある戦法を取るのが騎士の
ふと見上げれば、そこには姉が妹に向けるような微笑みがあった。
「私の授業はここまでです。お付き合いくださり、ありがとうございます」
ようやく終わった……。
エーテルはじっとりと睨み「早くこれを外せ」と言外に命令する。だが、お姉さん然とした笑顔が返ってくるだけだ。気まずい静寂が二人を包む。すると何を思ったかアリシアはいきなりエーテルの後ろ手をねじり上げ、手ぬぐいで縛り始めた。
「
「ふふ、昔を思い出しますねえ。懐かしいですねえ、ふふ……」
完全に身動きの取れなくなったエーテルを、唯一壊れずに残っていた机に押しつけると、アリシアは手を高々と振り上げた。
「
(……しょ、正気かこいつ?)
アリシアは正気だった。
容赦のない平手が、エーテルの突き出された部分に打ち込まれた。
――ペシィィン!
「
何とも恥ずかしい音が響く。
――ペシィィン!
単なる痛みよりも、羞恥の方がずっと上だった。
「
――ペシィィン!
「私はまだ二十代ですがっ!」
「
――ペシィィィィン!
怒りがこもったせいなのか、平手打ちの威力が数倍に増した。三発目にして耐えがたい痛みになりつつあった。
――ペシィィィィィン!
「もうすぐ三十ですよ悪かったですねえっ!!」
「
――ペシィィィィィィン!
「年増で悪かったですねえっ!!」
「
エーテルの経験上、アリシアは百回叩くと言ったのなら、百回以上は確実に叩く女だった。つまりあと九十四。
――ペシィィィィィィン!
あと九十三。
――ペシィィィィィィィン!
あと九十二。
――ペシィィィィィィィィン!
あと九十一。
――ペシィィィィィィィィィン!
あと九十。
(あぁ……地獄だ…………)
エーテルにできるのは、百を超えないように叩かれた回数を覚えることだけだ。
――ペシィィィィィィィィィン!
地下の書物庫という名の地獄から、恥ずかしい音が響く。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
まだまだ続きます m(_ _ )m